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はてなキーワード: 二塁打とは

2021-06-01

ステータスペンできないから  anond:20210526030528



ワイ(999)

.999 999本 999打点 999盗塁 999得点 999二塁打 999三塁打

999四球 999死球 999犠打 999三振999失策 999悪送球

999犠牲フライ 999併殺打 999捕逸 UZR +999 BABIP .999 RCWIN 999

出塁率 .999 長打率 .999 得点圏打率.999

OPS .999 NOI 999.9 GPA .999 RC 99.99 RC27 9.99 XR 99.99 XR27 9.99 RCAA 9.99 RCWIN 9.99 XRWIN 9.99 WAR 9.99

マジレスすると、ファンタジーロボって事は、(作者が)実際に脳みそを使って、各国のテクノロジーレベルを考えないといけないし、魔法はどうなるのか、魔法テクノロジーの兼ね合いはどうしたらいいのか、どうすればロボを運営しつつファンタジー感をアピールできるのか考えなきゃならないか素人作家の99%には普通に無理。特に毎日更新するなろうスタイルは余計にね

2020-04-19

anond:20200418070515

星野君の二塁打を知らないのかね?あん日本人

日本では個人独断で動いて勝つよりも、大本営命令に従って全滅するほうが偉いんですよ!

2020-03-02

正義」はバカの決まり文句

普通の日本人」はとにかく正義が嫌いらしい

https://vergil.hateblo.jp/entry/2020/03/02/082415

これが酷い。

酷さを丁寧めに解説する。



1.まず例えが色々おかし

「イートイン脱税」の例が示しているように、本来意味での「正義マン」とは、もともと理不尽な「村の掟」レベルルールや、独りよがりな「俺様ルール」を強引に押し付け人間のことだ。彼らが無理強いするものが実際には正義などではないかこそ、「正義マン」と揶揄されているのだ。

まずなんかおかしいのが、この人の「イートイン脱税」に対する認識である

村の掟?俺様ルール

いやいや、「イートイン脱税」は文字通りのど真ん中の脱税行為であるから、許されるものではない。

そしてそれをする客以上にそれを黙認する店側が許されない。

税務署にこの件で脱税を指摘されるのも間違いなく店側だ)


店に対してそれを指摘するのは客についてのチクリと言うよりも

「店内で脱税行為が横行しているが店側はどういうつもりなのだ

確認する意義がある。

…とまあ要するにこのブログ主は話の例えに持ち出して得々と語るほど当該税制理解してはいない。

見下しているらしい世間一般有象無象以下のもの知らずである


また上記のことを理解すれば、

イートイン脱税を指摘することが断じて

理不尽な「村の掟」レベルルールや、独りよがりな「俺様ルール」を強引に押し付け

などではないこともわかるだろう。

法律違反だっつうの。

免税で買った食べ物国内で貪り食うようなものだ。

(勿論それは出来ないように免税品は専用の袋に入れて空港開封されてないかチェックされる。)




2.論理展開もがガバガバ

おわかりだろうか。

イートイン脱税の指摘は法令に忠実なものであり、

「イートイン脱税を指摘する人間」(のイメージ)が広く嫌悪される理由があるとすれば

その理由は彼等が振りかざすルールが「村の掟」や「俺様ルール」だから、ではないわけだ。

ブログ主考察は前提から成り立たない。


そんなはた迷惑な人たちと、危機的な状況の中、危険を省みず正しいと信じる行動をとった勇気ある人々を同一視してしまうのはなぜなのか。

彼らには、「村の掟」レベル理不尽ルール普遍的正義区別がついていないのではないか

さらに続くブログ主論理展開は、

・イートイン脱税指摘は「迷惑俺様ルールを掲げる人」(上記の通り無残なまでの事実誤認だ)であるからこれは嫌われても仕方ない。

・だがそれと同じ感じに「普遍的正義を掲げる人」が嫌われており、これは不当である

・この不当さと混乱の原因は、日本人に「理不尽ルール」と「普遍的正義」の区別がつけられないかである

となっていく。


脳の健常な人にはこの論理展開の怪しさがすぐピンとくるだろう。

というよりこのガバガバした文章にまさに「正義マン」が嫌われがちな理由が余すことなく現れている。


そう、ブログ主は、

どのルールが不当でどのルールが正当かという肝心な所の基準が極めて曖昧で、

明白な法律違反すら「村の掟」呼ばわりする一方、自分気持ち普遍的正義と呼んでいるのである


土台がこれではどのような論理的思考不可能だし他者との疎通も無理である

同じレベルに脳がぼんやりしつつたまたま似たような気分を持っている者と声を合わせて鳴くのが精一杯だろう。

こういうレベル現実認識思考をする人間俗語ではバカと呼ぶ。


3.正義マンが嫌われている本当の理由

イートイン脱税を注意するような人間が嫌われる理由が「俺様ルールから」は成り立たないことはすでに述べた。

法令という相当に客観的社会的コンセンサスの高い掟に基づいて注意しても嫌われることがあるのだ。


では逆恨みケース以外のどういう理由で嫌われるのか。

自分が正しさに立ったと感じたとたん興奮しだす人間

自分の方が立場がいいと感じたとたん攻撃的・侮辱的になるような下品人間

そういう連中が嫌われるのではないだろうか。

その種の人間はどこにでもいるし必ず見覚えがある筈だ。


実際にイートイン脱税の注意でトラブルが続出したと言うよりは

「そういうことで嵩にかかって張り切って攻撃する人間」のイメージが既に世間では共有されており、

イートインをきっかけに「正義マン」という名がついた、というのが実際のところではないのか。


ネット炎上だってそうだし、はてなブックマークなどはサービス自体がそれだ。

正義立場に立ったつもりの人間攻撃性の醜悪さは毎日のように見ることが出来るために

それに参加経験のある人間ですらもはや辟易としてきていると言うのが現代社会ではないのか。




4.正義のろくでもなさ

正義とは何かというと、


戦時中なら隣人のちょっとした敗北主義者性や非国民性を嬉々としてあげつらっていたようなあの性格である

己の下品さやせせこましさを正当化する理路はもちろんお国の為という絶対の「正義」なのである

戦後山小屋で仲間のちょっとした反革命性をあげつらってはいじめ殺していったようなあの性格である

己の行動の馬鹿らしさや残忍さを糊塗する理屈ももちろん世界革命という絶対の「正義」なのである


自分道徳側だとか正義の側だとか感じた時に興奮して攻撃的になる下品さは、別に特殊な異常者のものではない。

しろ人間基本的仕様であるから意識して克服の努力を重ねなければ死ぬまで下品なままなのである


自覚する、意識する、ということが重要だ。

自分思考や行動を努力して客観的検討し続けなければならない。

であるから普遍的正義などという怪しさ満点の言葉ジョーク以外で使える人間というのは

客観性論理性が極度に欠損している。


普遍的正義だの明白な使命だのいう仰々しくも内容空疎有害寝言

本来は脳の麻痺しきった宗教右翼あたりが好む語彙だったもの

現代では知能の退行しきったリベラルが喜んで使うのである


彼等はもはや宗教右翼並に頭が悪い知的底辺でありながら、自分では一般より頭が良いと思っているのだ。


5.正義の魅力は問答無用絶対

この例で言えば、そもそもコンビニのように購入した食品を持ち帰ることも店内で食べることもできる業態の店が街にあふれている中で、持ち帰るか食べるかでいちいち税率を変えるなどという馬鹿げたルールが混乱を招いているのであって、頼まれてもいないのにそんな謎ルールへの「違反」を監視して「摘発」する、独りよがりな「正義」の押し付けが笑われていたのだ。

法律であろうと自分が不合理であると思えば破ってよい、

けれども自分の独特で論理すら検討していない気持ち価値観は「普遍的正義であるから誰も破ることはまかりならん、

これはワイズガイとかマフィオーゾとか呼ばれる人種の考え方である


とはいえもちろんブログ主はそのような酷薄アウトロー覚悟人生観を持っていってるわけではない。

ひたすらぼや~~~っとした意識レベル思考何となく自分気持ちだけは正しい、他のルールは軽視してよい、

という感情があるだけなのだ


お前の言ってることこそまさに「俺ルール押し付け」に他ならない。

でも自覚はないのだ。

バカからね。


こんな奴のいう「普遍的正義」なんて怖くて仕方ないだろ。

そもそも当人の中でもぼんやりしていて「普遍的正義」のコンテンツをきちんと説明することなどできないだろうが。

まり頭が悪いのだ。


この思考力の絶望的な鈍さ、

頭の悪い人間特有自己肯定力の高さ、

これこそが「正義マン」が嫌われる理由のものである

正義とは頭の悪い人間安易自己肯定しつつ誰かを殴るためのおもちゃなのだ



6.余談

そもそも

正義」という言葉を好む人間は必ず頭が悪い

個別にきちんきちんと論理的に検討するということについて強いストレスを持っているからこそ

正義」のような問答無用の御威光に引かれていく。

心底自分の頭に自信がある人間は「正義」のような意味不明な言葉ディベートが決着することを嫌悪する。


野球星野君の件にしても、バカ好みの単純明快な答えがスパッと出る話ではない。

指示に逆らってバット振って結果的に勝てた件のデメリットなどいくらでも挙げられる。


・失敗していたらその責めが監督作戦ではなく星野くんの独断に帰してしまう。

・チーム内トラブルいじめの原因にもなりうる。

・不規則に動かれてしまえばその試合全体の作戦の出来不出来もわからなくなる。

・周りも星野君の真似をしだせばチームの統率が崩壊する。


運動部指導者の間でも「自分考える力」の養成が叫ばれるようになって数十年、しかしそれは練習生活への取り組み方の話だ。

打席星野君が「打てそうな気がしたから振りました」というのは局所直感丁半博打の話である

正義だとか自分が正しいと思える行動を貫くだとかの話ではない。

これを

星野君の二塁打」のように、自ら考えて正しいと思える行動を取るのでなく、上位者の言うことに黙って従え、という奴隷思想が「道徳教育」と称して注入されている。

とまとめてしまうやつの知能は完全にアレなのである


頭が悪い奴等は保守右翼宗教信者をやっていればよいのである

お前らは正義原理正義根本法則普遍正義に従って大勝利しながら生きていけばよろしい。


一方、リベラルだの進歩派だのを志向する人間正義伝統に頼れない。

どこまでの己の思考力頼みのウルトラマッチョ空中戦世界なのだ

お前らのように脳のスペックが足りない連中が挑むべき競技ではない。

お前らはバカなんだから右翼宗教をやっておけ。

2019-10-25

ピッチャーがヒットを打ったら+1進塁」制度

セリーグが導入したらええんちゃうか。

まりシングルヒットが二塁打二塁打三塁打三塁打ホームランになる。

そしたらピッチャーバットを振るようになるやろ。

2019-06-14

anond:20190614123949

野球で、一人の選手が1試合中に、単打・ 二塁打三塁打本塁打のすべてを打つこと。

素直に、アホでも分かるように説明してくれよ...。

2018-10-09

星野くんの二塁打は、教材と相性がわるい

https://president.jp/articles/-/26355

野球ってのは確率スポーツから作戦絶対じゃないんだよな。

たとえばエンドランサインが出てるとこで振らなかったらランナー憤死だけど、

バントサインが出てるところで好球必打、二塁打やっても結果オーライになる。

監督作戦と、ピッチャーバッター駆け引き、瞬時の判断が、野球醍醐味だよ。

野球ファンからしたらクソだな

2018-08-05

星野君の二塁打の教訓は

給水タイムに水も飲まずに勝ったとしても

そういった不安行為は許してはならないということだ

たとえ事故が起こらなくても

ATKYをおろそかにする業者出禁にすべきである

2018-06-16

anond:20180616004407

「高度プロフェッショナル制度にしても

星野くんの二塁打」に見られる道徳教育にしても

いくつかの育児に関する政策、そのほか発言にしても

いずれも若年層を蔑ろにしています


若年層を重視する政策を挙げて見てください

2018-06-05

俺のパワプロペナントモード渋川選手

パワプロペナントモードで、ドラフトで獲得した架空選手ばかりにして、オートでペナントモードを回している。

選手の成長は自分でやってる。もう総計70年くらい回している。

今年のペナントで、我がパワフルズの渋川選手シーズン最多本塁打更新しつつある。9月4日の段階で、57本。バレンティンの実際の記録まであと3本だ。時間問題である

ただ、渋川選手には一つ大きな問題があった。打率が2割6厘なのだOPSは.818。

現在までの総安打数97本(内本塁打57本、二塁打12本、短打28本)。ただのヒットより2倍近くホームランが多い。

しか問題なのは得点圏打率も同じく悪いこと。2割1分9厘。そして打点が98であることから分かる通り、ほとんどがソロホームランなのだ

そして三振が極めて多い。152.三振率は3割2分3厘。

渋川選手はもともとミート力(C68)もあり、前年も60本打っている。その際の打率は2割8分。3割を打った年だってある。

なぜか今年だけ、打率2割でホームランばかりの選手になってしまった。

もしこんな選手が実際にいたら、どうなるんだろうか?

ただホームランの数だけ多いのだ。他はひどい。一応チームの決勝点ホームランでもぎ取ることはある。だけど、いつも三振内野への力ないフライばかりしている。

他の指標が全く揃わない60本打者。昔、外国人王貞治の55本を更新しようとした時、露骨敬遠されたことがあった。その問題をも乗り越えてバレンティンは60本打った。

もし現実プロ野球で、日本人で、打率2割打点100程度で60本打たんとする打者が現れたら、どうなるだろうか。ちなみに四球も選べない。ただ、守備は上手い。

ホームラン記録にも品格と言うものがある」「こんなただホームラン打っただけの記録は認められない」とかいって、退けられやしないだろうか。

勝手渋川選手への賛否両論想像している。

2018-06-04

星野くんの二塁打よりも、

これを道徳の教材にしてほしい


安倍政権は、意図してかしてないかは知らないけど

我々を家畜のように扱っている。


我々は家畜ではない...

https://www.youtube.com/watch?v=J7GY1Xg6X20

2018-04-17

星野君の二塁打の話で、原文に当たらずに

恣意的に要約されたあらすじだけ見て議論(のようなもの)してるネット民

普通に能無しだと思う

2015-03-21

デーゲーム

心中しようと思った。彼女と一緒に崖から飛び降りるつもりだった。

それは最後なのだからと思って有給休暇を貰った日のことだった。

心中するのは夜中と決めていたから、朝起きてやることなんて何もない。

おれはふと野球試合を観たくなった。これと言って観たい理由なんて

なかったのだけれど、強いて言えば小中高と野球部に入って色々

練習を積んで来ていたからかもしれなかった。


それでおれたちは、どうせ死ぬまでの暇潰しと決め込んで近所の球場

出掛けることにした。野球をやっていたと言ってもおれの役割は大体

ベンチウォーマーだった。たまに代打代走で使われるくらい。

レギュラーになることはどうしても出来なかった。

春が近づいて来る外野席は結構かいのでおれたちは上着を脱いだ。

彼女の胸元に光っているペンダントが眩しかった。おれが買った安物だった。


彼女野球ことなんて何も分からないので退屈そうだった。まあ、それを

抜きにしてもダラダラした退屈な試合だったと思う。おれも最初のうちは

「あの監督サイン二塁打を打てという意味だ」とか出鱈目なことを

喋っていたのだけれど、それにも飽きて外野席のベンチの上で

ビール片手に試合を観ていた。眠気に襲われながら。

これから食いに行く最後の晩餐のことをぼんやり考えていた。


野球部時代にはあまりいい思い出がない。ベンチウォーマーだったのは

さっき書いた通りだ。部活が厳しかったわけではない。むしろ緩い方だった。

何せ煙草の吸い方も酒の飲み方も高校時代に教わったようなものだったからだ。

二日酔いに悩まされながらグラウンドをひたすら走ったことを思い出す。

噴き出る汗が酒臭かった。この汗で一杯やれそうだと思ったくらい。

そう言えばそんな頃に彼女と知り合ったんだっけ。いい思い出のひとつだ。


突然、バッターの鳴らす金属バットの音が聞こえてきた。音の鋭さからして

ホームランだろう。打球は狙ったようにこちらに飛んで来る。

つの間にか眠ってしまっている彼女を狙ったように。

おれはそれを素手でキャッチした。掌に痛みが伝わって来る。

その時に思ったんだ。これが生きてるってことなのかと。この痛みが

生の実感なのだろう、と。そう考えたらもう少し生きていようという気になった。


おれたちは最後の晩餐キャンセルした。そして居酒屋に行って

ぼんじりやつくね串なんかをつまみに呑み明かした。

からというわけでもないのだろうけれど、おれたちは今でも死にたくなると

デーゲームを観に行くんだ。選手たちの試合の中に、おれが失ってしまった

もの存在するような気がして。そしてそれを取り戻せそうな気がして。

彼女が作ったサンドウィッチを食べながら、相変わらずビールを呑みながら。


ちなみに、キャッチしたホームランボールはこっそり今でも玄関に飾ってある。


BGM:ユニコーン「デーゲーム

2013-11-20

http://anond.hatelabo.jp/20131120175309

なんJでは清原立浪が同列扱いされてるけど、世間の知名度も人気もまったく桁が違うから

ドタキャン繰り返しても、清原講演会は有料でも人が集まる。

ナンシー関らの週刊誌コラムでも清原桑田落合とかは選手時代によく出てきたが

立浪なんか一度も話題にされたことがない。

立浪二塁打日本記録と言われてもハァ?だし。

(福本らと違って足が遅いという証明になってるが)

2013-04-11

DeNA中畑清監督(59)がラミレスの拙守を嘆いた。1点リードの6回、左翼への平凡な打球をスライディングしながら落球(記録は二塁打)。この回2失点と逆転につながったプレーに「ど素人だね」と厳しい表情を見せた。

【DeNA】キヨシ拙守ラミに「ど素人」

2012-11-02

巨人】ブーイングも加藤必死でした」

巨人加藤捕手31)が大ブーイングを浴びながらダメ押し打を放った。5回2死二、三塁で、打席に立つと、日本ハムファンのブーイングをはね返して2点適時二塁打。「必死でした」と振り返った。

http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20121101-1041088.html

2012-11-01

栗山日本ハム連勝!伏兵飯山がサヨナラ打(1/2ページ)

 (日本シリーズ第4戦、日本ハム1x-0巨人=延長十二回、2勝2敗、31日、札幌ドーム)劇的勝利で五分に戻した! 日本ハムは両チーム無得点で迎えた延長十二回一死一、二塁から途中出場の飯山裕志内野手(33)が左中間へサヨナラ二塁打。1-0で巨人を下し、対戦成績を2勝2敗のタイとした。負ければ王手をかけられる一番を総力戦ものにし、栗山英樹監督(51)は「感動しました!」と目をウルウル。シリーズの流れは完全に変わった。

http://www.sanspo.com/baseball/news/20121101/fig12110104370007-n1.html

2012-10-31

日本ハム7-3巨人テキスト速報詳細

日本ハムが「大地」で息を吹き返した。打線けん引したのは、稲葉篤紀外野手(40)だ。2回に巨人先発ホールトンから右越えに先制ソロを放つと3回には右中間に適時二塁打だ。勝負強さを発揮した稲葉が4打数安打打点と大暴れすれば、打線も先発全員の2桁12安打、相手のミスも生かして7得点。「道産子の大声援」を背に元気白星を手に入れた日本ハムが、2連敗で迎えた落とせない一戦で見事に踏みとどまった。

http://www.nikkansports.com/baseball/news/f-bb-tp0-20121030-1040050.html

2012-01-27

村上春樹の猛々しい想像力 (2/3)

Sam Anderson

2011年10月21日

1 - 2 - 3

どうやら村上は、この本のアメリカ版をそのとき初めて目にしたらしい。

そういう文化交流はえてして少しぎこちなくなるものだ。

日本では『1Q84』は2年を掛けて3巻に分かれて発表された(村上は2巻目で一度終わりにしたが、一年後にもう数百ページ付け足したのである)。

アメリカでは、一巻のモノリスとして組まれ、秋の読書イベントに発表が設定された。

YouTube ではきらびやかトレーラームービーを見ることができ、

一部の書店では発売日10月25日に深夜営業が予定されている。

Knopf は英語訳を急がせるため、二人の訳者に手分けして翻訳をさせた。

村上にこれほど長い作品を書くつもりがあったかと尋ねると、なかったという。

これほど長くなることが分かっていれば、書き始めなかったかもしれないともいう。

彼はタイトルや冒頭のイメージ(この作品の場合は両方だった)が浮かんだ時点で、机の前に座り、

毎朝毎朝、終わるまで書きつづけるのである

1Q84』によって彼は三年間収監されたという。

といっても、この大作はごく小さな種から生まれた。

村上によれば『1Q84』は、人気を博した彼のショートストーリー『四月のある晴れた朝に100パーセント女の子出会うことについて』(英語版では5ページ)を増幅させたものに過ぎないという。

「基本的には同じなんだ」と彼は言う。

少年少女出会う。別れてしまった後、二人は互いを探し合う。単純な物語だ。それを長くしただけ」

実際には『1Q84』は単純な物語ではない。

筋書きを要約することすら、少なくともこの宇宙人間言語をもって雑誌の1記事で書くとすれば不可能だ。

物語は行き詰まりから始まる。

青豆という少女が、タクシーに乗って東京の周縁に掛かる高架の高速道路を行く。

そこで渋滞に巻き込まれ、身動きがとれなくなる。

タクシーラジオからある歌が流れる。

チェコスロバキア作曲家レオシュ・ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」だ。

渋滞に巻き込まれたタクシーの中で聴くのにうってつけの音楽とは言えないはずだ」と村上は書く。

しかしそれは神秘的な深さで彼女共鳴する。

シンフォニエッタ」は進み、タクシーは動かない。

運転手は青豆に変わった迂回路を提案する。

高架高速道路には非常用脱出口が設置されている、そして、普通の人には知られていない脱出口への階段がある、と彼は言う。

本当に絶望しきっているのであれば、そこから地上に降りることもできる。

青豆が考えていると突然、運転手が村上一流の警告を口にする。

「見かけにだまされないように」と彼は言う。

降りていけば、彼女にとっての世界根底から変わってしまうかもしれない、と。

彼女はそうして、世界は変わった。

青豆が降りた世界歴史の軌跡がわずかに違っていた。

そしてわずかではない違いとして、月がふたつあった(ちなみに彼女遅刻した約束というのは暗殺約束であったことが明らかになる)。

そしてその世界にはリトル・ピープルと呼ばれる魔法の種族がいる。

彼らは死んだ盲の羊の口(詳しく書くと長くなる)から生まれ、オタマジャクシの大きさからプレーリードッグの大きさにまで育ち、「ホーホー」と合唱しながら空中から透明な糸を紡ぎだして「空気さなぎ」と呼ばれる巨大なピーナッツ型のまゆを作る。

1Q84』の狂気はおよそそのような流れだ。

この本ではなかばあたりまで、このように浮世離れしたした超自然ガジェット(空中に浮かぶ時計、神秘的なセックス麻痺など)が繰り出されてくるので、

私は行間にエクスクラメーションマークを置きたくなった。

この数十年、村上は自身が「本格小説」と位置づけるものを書こうとしていると言い続けてきた。

一例として彼は『カラマーゾフの兄弟』を挙げて目標にしている。

その試みこそが、三人称の幅広い視点から描かれた巨大小説1Q84であるように思われる。

怒り、暴力惨事、奇妙なセックス、奇妙な新現実を抱えた本であり、

日本のすべてを取り込もうとするかのような本である

偶然ぶつかることになってしまった悲劇にも関わらず(あるいはその悲劇のなかでこそ)、

ひとりの人間の脳に詰め込まれた不思議を提示して、本書は読者を驚嘆させる。

驚きを覚える本の数々をこれだけ読んだあとでもなお、私は村上の本で驚かせられた。

そのこと自体が驚きだったと村上に伝えると、彼はいものようにそれを受け流し、

自分想像力を入れたつまらない花瓶でしかない、と言い張った。

「リトル・ピープルは突然やってきた」という。

「彼らが何者なのかはわからない。その意味づけもわからない。

 僕は物語の虜だった。選択したのは僕ではなかった。彼らが来て、僕はそれを書いた。それが僕の仕事

村上の作品は夢のようであることが多い。

明晰夢を見ることがあるかと尋ねると、

覚えていられたことはない、という。

目覚めたときには消えている、と。

ここ数年で覚えていられた夢は一度だけ、それは村上春樹小説のような繰り返す悪夢だったという。

その夢の中で、影のような未知の人物が「奇妙な食べ物」を料理してくれていた。

蛇肉の天ぷら芋虫パイ、そしてパンダ入りライス

食べたいとは思わないが、夢のなかでは彼はそれに興味をひかれていて、まさに一口入れようというとき目が覚めた。

2日目、村上と私は彼の車の後部座席に乗り込み、彼の海辺の家へ向かった。

運転したのはアシスタントの一人である身ぎれいな女性で、青豆よりわずかに若かった。

私たちは東京を横切り、青豆が『1Q84』で運命的な下降をした高架高速道路の本物へと向かった。

カーステレオではブルース・スプリングスティーンカバーした「Old Dan Tucker」がかけられていた。

アメリカシュールレアリズム古典である

車中で、村上は冒頭のシーンを思いついたときに考えていた緊急脱出口のことを持ち出した(青豆と同じように実際に渋滞に巻き込まれていたときにそのアイデアを思いついたという)。

次に彼は存在論的に複雑な仕事をした。

実際の高速道路で、小説中であれば青豆が新世界に向けてくだっていったであろう場所を正確に特定しようとしたのである

彼女用賀から渋谷に行こうとしていた」車窓をのぞきながら彼はいう。

「だから多分このあたりのはずだ」

と言ってこちらを向いて念を押すように

「それは現実じゃないけれど」

と付け加えた。

それでも、彼は窓の方に戻って実際に起こった出来事を話すように続きを語った。

「そう」と指差して「ここが彼女が降りていった場所だ」

キャロットタワーと呼ばれる、およそ巨大なネジが刺さった高層ビルのような建物の前を通り過ぎた。

村上はそこでこちらを向いて、もう一度思いついたように、

「それは現実じゃないけれど」と言った。

村上フィクションは変わったやり方で現実漏れ出す。

日本に滞在した5日間のあいだ、私は村上東京にいたときとは違って、実際の東京で落ち着くことができなかった。

村上東京、それは本物の東京を彼の本というレンズで見たときの姿だ。

私はできるかぎりその世界時間を過ごそうとした。

村上天啓を得たあの場所神宮球場へ行き、

客席の上の方で二塁打が打たれるたびに注目した(私がもらった天啓もっとも近いものは、枝豆を喉につかえさせて窒息しかけたことだった)。

また、私はローリングストーンズの「Sympathy for the Devil」とエリック・クラプトン2001年アルバム「Reptile」をかけながら、神宮外苑という村上お気に入り東京ジョギングルートゆっくりと走った。

私のホテル新宿駅に近い。そこは『1Q84』でも重要役割を果たす、交通機関ハブ的な場所だ。

登場人物たちが好んで使う集合場所中村屋で私はコーヒーを飲み、カレーを食べた。

そしてフレンチトーストタピオカティーの向こうで東京人たちが交わす会話に耳をひそめた。

そうしてうろつくあいだに、村上小説が極度に意識しているものごと、すなわち、偶然かかる音楽、上昇と下降、人々の耳の形といったものを、私も極度に意識するようになった。

こうして私は、村上巡礼者の列に連なることになった。

実際、彼の小説中の説明をもとにして料理本を出版した人もいるし、

登場人物が聞いた音楽プレイリストオンラインでまとめている読者もいる。

村上は、明らかに喜んだ様子で韓国のある会社西日本への『海辺のカフカ旅行を企画したこと、

ポーランド翻訳者が『1Q84』をテーマにした東京旅行ガイドブック編集していることを教えてくれた。

こうした旅自体が、形而上の境界を越えてしまうこともある。

村上は読者から彼が生み出したもの現実世界で「発見」したという便りを受け取ることがよくあるという。

たとえば、彼が作り出したと思っていたレストランや店が東京に実際ある、など。

ドルフィンホテルというのは『羊をめぐる冒険』で村上が生み出したものだが、札幌にはそれが複数ある。

1Q84』の発表後、ありえない名字として作り出したつもりだった「青豆」という名字家族から村上は便りを受け取ったという。

彼はサイン本を一冊その家族に送った。

ここでの要点と言えるのは、現実漏れ出す虚構、虚構に漏れ出す現実というものが、

村上の作品についてはほとんどの場合、作品そのものだということだ。

彼は私たちを世界から世界へと往還させる。

世界から世界への往還──それは翻訳の作業を思い起こさせる。

翻訳は、様々な意味村上の作品を理解する鍵となる。

彼は一貫して日本作家からの影響を否定してきた。

作家活動の初期には、「日本人という呪いから逃れようとしているとさえ語った。

その代わり、十代の若者として、西洋小説家の作品を貪ることによって、文学感受性を培った。

その中にはヨーロッパ古典ドストエフスキースタンダールディケンズ)もあったが、

彼が生涯を通して繰り返し読んだのは、とりわけ20世紀アメリカのある種の作家たち、

レイモンド・チャンドラートルーマン・カポーテ、F. スコット・フィッツジェラルドリチャード・ブローティガンカート・ヴォネガットなどだ。

処女作に取りかかったとき村上は奮闘し、標準的でない解決法に行き当たった。

本の冒頭を英語で書き、それから日本語翻訳し直すのである

そうやって自分の声を獲得したと彼は言う。

村上を長く翻訳しているジェイ・ルービンによると、村上の作品の特徴のひとつは、

たか英語原作から翻訳されたかのように読めることだという。

2011年10月21日

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村上春樹の猛々しい想像力 (1/3)

Sam Anderson

2011年10月21日

訳注:長文注意。誤訳あったらごめんなさい。教えてもらえたらあとで直します)

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この夏、私は初めての日本への旅行を企てた。

村上春樹の作品世界にほぼ浸りきってやろうというつもりだった。

ところがその目論見は外れることになる。

私は村上の作品の影響下にあるまま、東京に降り立った。

期待していたのは、バルセロナパリベルリンのような街だった。

そこでは、市民はみな英語が達者で、さらにはジャズ劇場文学シットコムフィルム・ノワールオペラロックといった、

西洋文化のあらゆる枝葉に通じている……そんなコスモポリタン世界都市を私は期待していた。

誰かに聞いておけば分かっていたはずなのだが、実際の日本はまったくそんな場所ではなかった。

実際に足を踏み入れることができる日本は、どこまでも頑固に、日本的だった。

そう思い知らされたのが地下だったというのは、我ながらよくできていたと思う。

東京での初めての朝、私は村上の事務所に向かっていた。

アイロン掛けたてのシャツに包まれ、なんの躊躇もなく地下鉄の駅へと降りて行くや否や、

私は迷子になり、助けを求めようにも英語話者を見つけることができなかった。

最終的には(電車を乗り間違え、馬鹿げた値段の切符を買ってしまい、必死のジェスチャーで通勤客を怖がらせたあと)、

どうにか地上に出てはみたものの、もはやインタビューの時刻はとうに過ぎている。

私は絶望して、目的もなくあちらこちらへとさまよい歩いた(東京にはほとんど標識がないのである)。

そして蜂の巣状のガラスピラミッドのような建物の前で途方に暮れていたとき

ついにユキという村上アシスタントに見つけてもらうことができた。

このようにして私は東京の地下の洗礼を受けたのである

まりにもうかつな、アメリカ人的な私は、村上のことを現代日本文化を忠実に代表する人物として考えていた。

実際には彼は私が思っていたような作家ではなく、日本は私が思っていたような場所ではなかった。

そして両者の関係の複雑さは、翻訳を介して遠くから眺めていたときには想像しえないものであることが明らかになっていった。

村上の新作『1Q84』の主人公の一人は、自らの人生最初記憶に苛まれており、誰に会ったときにも、あなた最初記憶はなにかと尋ねる。

やっと村上に会えたとき、私は彼の最初記憶について尋ねた。

それは3歳のとき、初めて家の門の外に歩き出したときのことだという。

彼は道をてくてくと渡り、溝に落ちた。

流されていく先にあるのは、暗く恐ろしいトンネル

そこに差し掛かろうかというとき、母が手を差し伸べ、彼は助かった。

「明確に覚えている」と彼は言う。

「水の冷たさ、トンネルの闇、その闇のかたち。怖かった。僕が闇に魅かれているのはそのせいだと思う」

村上がこの記憶を語るとき、私は既視感とともに心の中でくしゃみをするような気持ちを覚えた。

その記憶には聞いた覚えがある、いや、不思議なことにその記憶自分の中にある、と感じた。

ずっとあとになって分かったことだが、私は確かにその記憶を持っていた。

村上は『ねじまき鳥クロニクル』の冒頭の脇役に自分記憶を写し込んでいたのだ。

村上を初めて訪問したのは、日本にしてもありえない夏の厳しさの最中

週の真ん中、蒸し蒸しする午前中のことだった。

それは非現実的なまでの災害の余波を受けた夏だった。

4ヶ月前に北日本を襲った津波で2万人が命を落とし、

いくつもの街が破壊され、原子力発電所メルトダウンした。

その結果、電力、公衆衛生メディア政治にも危機が到来した(当時の首相の辞職によって、5年間に5人目の首相が生まれることになった)。

日本を代表する小説家である村上に会いに来たのは、

大作『1Q84』の英語訳(そしてフランス語訳、スペイン語訳、ヘブライ語訳、ラトビア語訳、トルコ語訳、ドイツ語訳、ポルトガル語訳、スウェーデン語訳、チェコ語訳、ロシア語訳、カタルーニャ語訳)について話すためだった。

この本はアジアで数百万部を売り上げ、

まだ翻訳が出ていない言語圏ですらノーベル文学賞の噂が囁かれていた。

62歳にして30年のキャリアを持つ村上は、日本文学最高峰としての地位を確かなものにしている。

疑いなく、彼は母国の表層とかたちを世界に伝える、想像世界大使となった。

そのことは、関係者には非常に大きな驚きだったと言われている。

村上は常に自分日本アウトサイダーだと考えている。

彼は不思議社会環境最中に生まれた。

アメリカによる戦後占領を受けた1949年京都日本の前首都である

「これ以上の文化混交の瞬間を見つけるのは難しい」と John W. Dower は1940年代後半の日本について書いている。

「これほど深く、予測不能で、曖昧で、混乱していて、刺激的なものは他にない」という。

「瞬間」を「フィクション」に置き換えてみれば、村上の作品を完璧に説明することができる。

彼の物語の基本構造は、互換性のない複数の世界に根を下ろした普通の人生であり、

それはそのまま彼の最初人生経験の基本構造でもある。

村上は成長するまでのほとんどを神戸郊外で過ごした。

そこは、さまざまな言語の喧騒に包まれた国際的な港湾都市である

彼はアメリカ文化、とくにハードボイルド探偵小説ジャズに没頭して十代を過ごした。

そうして反逆のクールさを自分ものにし、

二十代のはじめには大企業の序列に入り込む代わりに、髪を伸ばしヒゲを生やして、両親のすすめを押し切って結婚し、借金をして「ピーターキャット」というジャズクラブ東京で開いた。

掃除をして、音楽を聞いて、サンドイッチを作って、酒を注いで、

彼は約10年間をその仕事に費やした。

作家としての村上キャリアの始まり方は、彼のあの作品スタイルそのものだった。

どこまでも普通の設定で始まり、どこからともなく神秘的な真実が主人公に降りかかり、その人生根底から変えてしまう。

29歳の村上地元野球場の芝生でビールを飲みながら、デイヴヒルトンというアメリカ人助っ人バッター二塁打を打つのを見ていた。

平凡なヒットだったが、ボールが飛んでいくのを見て村上天啓に打たれた。

自分小説が書けると気づいたのである

そんな望みはそれまでなかったが、いまや圧倒的なまでだった。

そして彼は書いた。

試合が終わった後、書店に行きペンと紙を買って、

数ヶ月のちに『風の歌を聞け』を書き上げた。

それは名もなき21歳の話し手が語る小さく凝縮された作品だったが、冒頭から村上らしさが見えていた。

アンニュイとエキゾチシズムの奇妙な混合。

わずか130ページで、その本は西洋文化をぶつ切りにして引用してみせた。

名犬ラッシー』、『ミッキーマウスクラブ』、『熱いトタン屋根の猫』、『カリフォルニア・ガールズ』、ベートーベン第三ピアノ交響曲フランス映画監督ロジェ・ヴァディム、ボブ・ディランマーヴィン・ゲイエルヴィス・プレスリー、『ピーナッツ』のウッドストックサム・ペキンパーピーターポール&マリー。

以上はごく一部に過ぎない。

そしてその本には(少なくとも英語訳には)日本芸術引用がまったくない。

村上作品のこうした傾向は日本批評家をしばしば苛立たせている。

村上は『風の歌を聞け』を権威ある新人賞に応募し、受賞した。

そして一年後、ピンボール機を取り上げた次の小説を出したのち、執筆時間のすべてを費やすため、ジャズクラブを畳んだ。

時間のすべて」という言葉には、村上にとっては余人とは異なる意味がある。

30年を経て、彼は僧侶のように統制された生活を送っている。

すべてが作品を作り出すのを助けるように調整されている。

彼は毎日のように長距離を走り、泳ぎ、健康的な食生活を送り、夜9時には床につき、朝4時に起きる。

そして起床後5、6時間は机に向かい執筆に集中する(2時に起きることもあるという)。

彼は自分の事務所を監禁場所だとみなしている。

「ただし自発的な、幸せ監禁だけれど」

「集中は僕の人生もっと幸せものだ」という。

「集中できないとき、人はあまり幸せではない。僕は考えるのが速くないけれど、何かに興味を持てば、それを何年も続けられる。退屈することはない。僕はヤカンのようなものだ。沸かすのに時間はかかるけれど、いつまでも熱い」

そうした日々の湯沸かしが続いていって、世界でも類まれな作品群ができあがった。

30年の歳月を経て積み重ねられたそれには人を虜にする不思議さがあり、様々なジャンルSFファンタジーリアリズムハードボイルド)と様々な文化日本アメリカ)をつなぐ位置にある穴を埋めている。

どんな作家にも、少なくともこれほど深くまでは、埋められなかった穴だ。

時とともに村上小説は長くシリアスになる傾向が強くなった。

シットコム引用もその傾向に調和している。

そして今、とりわげ激しく長い湯沸かしの結実として、もっとも長く、奇妙で、シリアスな本が上梓された。

低く深い声で村上たくみ英語を操る。

彼は翻訳者を通して会話するのが嫌いだという。

なまりは強く、落ち着くべき箇所で動詞の活用が劇的に現れたり消えたりする。

はいえ相互の理解に支障を来たすことはまずない。

特定の熟語("I guess" 「ではないか」、 "like that"「というような」)が、ときたまおかしな位置で使われることがある。

安全言葉いから逸脱するのを楽しんでいる節が彼にはあった。

英語即興の遊びをしているように感じられたのである

私たちは東京にある彼の事務所で席を持った。

その事務所は半ば冗談ながら村上製作所と名付けられている。

数人のスタッフが靴を履かず他の部屋で作業をしている。

村上は青いハーフパンツと半袖のボタン付きシャツで現れた。

彼のキャラクターと同じように、アイロン掛けしたばかりのように見えるシャツだった(彼はアイロンけが好きだという)。

靴は履いていない。

彼はペンギンのある本の表紙を模したマグカップブラックコーヒーを飲んだ。

その本とはレイモンド・チャンドラーの『ビッグスリープ』、彼の昔からお気に入り小説であり、今日本語訳をしている小説でもある。

話を始めながら、私はあらかじめ用意していた『1Q84』をテーブルの上に置いた。

村上純粋にびくっとしたようだった。

その本は932ページあり、ほぼ30センチのその厚みは本格的な法律書を思わせるほどだ。

「大きいな」と村上は言った。

電話帳みたいだ」

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