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はてなキーワード: バトンとは

2011-11-29

交換用CDリスト

2011-10-06

Steve Jobsスタンフォード大でのスピーチ

もうたくさんの人に訳されてるけど,じぶんにはあまりしっくりこないのでまた訳してみた。

--

ありがとう

今日世界最高の大学ひとつでみなさんの卒業式に同席できることを名誉に思う。本当のことをいえば,私は大学卒業したことがない。これが大学卒業式にもっとも近づいた瞬間だ。今日,私の人生からつの話をしたい。それだけだ。大したことはない。たったの三つだ。

最初の話は点を結ぶことだ。

私はリードカレッジ最初の6ヶ月で退学した。でも本当に辞めるまでさらに18ヶ月かそこらモグリとして出入りしていた。じゃあなぜ退学したんだ?

話は私が生まれる前に遡る。私の生物学的な母は若い未婚の大学院生で,彼女は私を養子に出すことに決めた。彼女はどうしても大学卒に養子に出したいと考えていたので,誕生と同時に弁護士夫妻に受け入れられるようすべて準備済みだった。でも私が生まれて,土壇場になって彼らは本当は女の子が欲しいと決めた。それで順番待ちリストの次にいた私の両親に夜中に電話がかかってきた。「予想外の男の子だったんです。欲しいですか?」「もちろんです生物学的な母はあとで,母が大学も出てなくて父が高校も出てないことを知った。彼女は最終合意書に署名するのを拒んだ。数カ月後に私の両親がいつか私を大学にやると約束して彼女はやっと態度を変えた。これが私の人生の始まりだ。

17年後私はたしか大学に行った。だが私は世間知らずにもスタンフォード並に高価な大学を選択し,労働階級の両親の蓄えは全て学費に費やされていた。6ヶ月経って,私はその価値が感じられなかった。これから人生で何をしたいのかわからなかったし,大学がすべきことを発見する助けになるとは思えなかった。なのに私はここで両親がこれまで貯めた金をすべて使おうとしている。だから私は退学して,みんなきっとうまくいくって信じることにした。あの時はとても怖かったけど,振り返ってみればあれが私のこれまでで最良の決断だった。退学した瞬間,もう興味の持てない必須科目を取らなくてよくなったし,ずっと面白そうなクラスに入り込むことができるようになった。

ちっともロマンティックじゃなかった。寮に部屋もなかったか友達の部屋の床で寝た。コーラの瓶を返却してもらった5セントで食料を買った。日曜の夜には街の向こうまで7マイル歩いてハレークリシュナ教の寺院で週に一度のまともなご飯を食べた。最高に楽しかった。そして興味と本能に従って迷い込んだいろんなものが後に大きな意味を持つことになった。一つ例をあげよう。

リードカレッジは当時国内最高のカリグラフィー講座を持っていた。キャンパスのあらゆるポスター,引き出しのラベル,みんな美しい手書きカリグラフィーだった。退学して普通クラスを取らなくてよくなったので,カリグラフィー講座に参加してやり方を学ぶことにした。セリフ書体サンセリフ書体,文字の組み合わせで変化する文字間のスペースの量,すばらしいタイポグラフィがどうしてすばらしいのかを学んだ。カリグラフィーは美しく,歴史的で,科学では捉えられない繊細な芸術だ。そしてそれを私は面白いと思った。

これらの何一つ人生現実的に役立つ見込みなんてなかった。でも10年後,みんなで最初Macintosh設計してる時に全部思い出したんだ。そして私たちはそれをみんなMacに詰め込んだ。Macは美しいタイポグラフィを備えた最初コンピュータだった。私が大学のあのコースに潜りこまなければ,Macが複数の書体プロポーショナルフォントを備えることは絶対になかった。そしてWindowsはただMacコピーしたので,おそらくパーソナルコンピュータ今日のようなすばらしいタイポグラフィを備えることがなかっただろう。もし退学していなければ,絶対にカリグラフィー講座に参加しなかったし,パーソナルコンピュータ今日のようなすばらしいタイポグラフィを備えていなかったかもしれない。もちろん大学にいた時に点がつながるのを見通すことはできなかった。でも10年後振り返ってみればとてもとても明らかだ。

もう一度言う。将来点がつながるのを見通すことはできない。振り返ってつなげることしかできない。だからあなたは将来なんらかの形で点がつながると信じなければならない。ガッツ運命人生カルマ,なんでもいい,なにかを信じなければならない。いつかこの道を進めば点がつながると信じれば,たとえ人と違う道に向かうことになってもハートに従う自信を持つことができる。それが違いを生むのだ。

二つ目の話は愛と喪失についてだ。

私は幸運だった。人生の早いうちに好きなものを見つけられた。ウォズと私は20歳の時に両親のガレージAppleを始めた。一所懸命働いて,ガレージにたった二人だったのが,10年で従業員4000人の20ドル企業にまで成長した。30歳になる一年前に最高の作品,Macintoshを発売した。そして首になった。いや,自分の始めた会社からどうやって首になるっていうんだ? 私たちはAppleが大きくなったので一緒に経営するのにとても才能あると思えた人物を雇った。最初一年かそこらはうまくいった。でも将来のビジョンが食い違い始めて,最終的に喧嘩になった。そしてその時,取締役会は彼の側についた。それで30歳の時,首になった。世間の誰もがそれを知っていた。大人になってから人生すべての中心が失われて,本当に最悪だった。

数ヶ月は何をしていいのか本当にわからなかった。前の世代の起業家たちから渡されたバトンを落としてしまって,彼らを失望させたと思った。デビッド・パッカードボブ・ノイスに会って,このひどい失敗を謝罪しようとした。本当に誰もが私の失敗を知っていた。シリコンバレーから逃げ出そうとさえ考えた。でもなにかがゆっくりとわかり始めた。私はそれまでの仕事をまだ愛していた。Appleでの出来事は私の気持ちをすこしも変えなかった。ふられたけどまだ愛していた。だからやり直すことに決めた。

当時はわからなかったけど,Appleから解雇されたことは私にとってこれまでで最良の出来事になった。成功者の重圧は,またなにもあまりからない初心者の軽やかさに入れ替わった。おかげで私は人生で最も創造的な時期の一つへと解き放たれた。

次の5年間に,NeXTという会社と,Pixarという会社を興し,後に妻になるすばらしい女性と恋に落ちた。Pixarは後に世界初コンピュータグラフィック劇場映画トイ・ストーリー制作し,今では世界で最も成功したアニメーションスタジオだ。びっくりするような出来事があってAppleNeXTを買収して私はAppleに戻り,NeXTで私たちが開発した技術は今のApple復活の基盤になった。そしてローレンスと私は共にすばらしい家族を築いた。

Appleから解雇されなかったらこれらは全部起こらなかったとはっきり確信している。ひどく苦い薬だったけど,患者にはそれが必要だったのだ。時として人生はレンガで頭を殴ってくる。信念を失うな。私が進み続けられたのは自分のしていることを愛していたからだと確信している。あなたは愛するものを見つけなければならない。恋人を見つけるのと同じくらい仕事でもそれは真実だ。仕事人生の大きな割合を占める。本当に満たされる唯一の方法は,すばらしいと信じる仕事をすることだ。すばらしい仕事をする唯一の方法は,それを愛することだ。まだ見つけていないなら,探し続けなさい。腰を落ち着けるな。見つけたら,あなたハートが教えてくれる。恋人との関係のように,それは歳を重ねるにつれてもっとすばらしいものになる。だから見つけるまで探し続けなさい。腰を落ち着けるな。

三つ目の話は死についてだ。

17歳の時,こんな感じの引用文を読んだ。「毎日人生最後の日のように生きれば,いつか間違いなくうまくいく」印象づけられた。それからこれまで33年間,毎朝鏡を見ながら自分に問い続けてる。「もし今日人生最後の日だったら,今日これからしようとしていることを本当にしたいかい?」そして答えが何日も続けて「ノー」だった時,何かを変えなければと気づくんだ。

もうすぐ死ぬと思い出すのは,人生の大きな選択を助けてくれる私の遭遇した最もいい方法だ。外野の期待,プライド,恥や失敗への怖れ,そんなものは死に直面すればほとんどみんな本当に大事ものを残してどこかへ行ってしまからだ。いつか死ぬと思うことは,何かを失うという考えに陥るのを避ける私の知る最良の方法だ。あなたはもう裸なのだ。ハートに従わない理由なんてない。

1年くらい前に癌と診断された。朝7時半に検査を受けたら明らかにすい臓に腫瘍があった。私はすい臓がなにかすら知らなかった。医者はほぼ間違いなく治療不可能なタイプの癌で,3ヶ月から6ヶ月以上生きることは期待すべきでないと言った。先生は帰ってやりたいことを順にやりなさいと言った。死を迎える人への医者のお決まり対応だ。つまりそれは伝える時間があと10年あると思っていたことをたった数カ月で子供たちに伝えるということだ。つまりそれは全部手はずを整えて家族が出来るだけ苦労せずにすむようにするということだ。それはつまりさよならを言うということだ。

一日腫瘍と過ごした。その日の夜生検を受けた。内視鏡を喉から胃を通して腸に入れて,すい臓に針を刺し,少し腫瘍細胞を採取した。私は鎮静剤を投与されていたのだけど,顕微鏡細胞を調べた結果,手術で治療できるめずらしい種類のすい臓がんだとわかって先生たちが大騒ぎしていると付き添っていた妻が教えてくれた。手術を受けて,ありがたいことにいまはなんともない。

これが私が死に最も近づいた瞬間で,あと数十年はそうであってほしい。この経験があったから,死が有用だけどただの知的概念だったころよりもう少しだけはっきりと言える。

誰一人として,死にたくはない。天国に行きたい人ですら死にたくはない。だが死は我々全員が共有する終着点だ。これまで死を逃れた人はいない。そしてそうあるべきだ。なぜなら死は生命の最良の発明に思えるからだ。死は生命の変革担当係だ。古いものを追い出し,新しいもののための道をつくる。たった今,新しいものとはあなた方だ。でも遠くない将来みなさんもだんだんと古いものになって追い出される。ドラマティックになって申し訳ない。でもこれは真実だ。

あなた時間は限られている。だから誰か他人の人生を生きて時間無駄にするな。誰か他人の結論を生きるというドグマに捕らわれるな。他人の意見自分の内なる声をかき消されないようにしろ。そして最も大事なこと。自分の心と本能に従う勇気を持て。あなたの心と本能はもうあなたが本当になりたいものを知っているのだ。他のことはみんな後回しだ。

私が若いころ,全地球カタログというすばらしい出版物があった。私たちの世代のバイブルの一つだ。ここからそう遠くないメンローパークスチュアート・ブランドという人物によってつくられ,詩的な感覚人生にもたらした。まだ1960年代パーソナルコンピュータデスクトップパブリッシングもなかったから,全部タイプライターと鋏とポラロイドカメラ制作された。まるで35年早くやってきたペーパーバックGoogleみたいだった。理想主義で,整然としたアイデアとすばらしい思想で満ち溢れていた。

スチュアートと彼のチームは数号のあと,すべての活動を終えて最後の号を出した。1970年代中頃で,私はみなさんくらいの歳だった。最終号の裏表紙には,あなた冒険好きだったらヒッチハイクをしようかと思ってしまうような早朝の田舎道の写真があった。その下に「ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ」の言葉があった。それは終刊にあたっての別れのメッセージだった。ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。私はいつも自分にそう願い続けてきた。今,みなさんが新たに卒業するにあたって,あなたにもそう願う。

ハングリーであり続けろ。愚かであり続けろ。

本当にありがとう

2011-09-20

http://anond.hatelabo.jp/20110919165400

そういう意味では、昔mixi流行ってた?「バトン」に似てるね。

その昔だと、テキストサイト~blog初期の、「○○な人に××個の質問」とか。

診断メーカもいつまで持つかは分からないけど、こっちは短文だし、手間が少ない。

対して、インタビューズやバトンなんかは、手間もかかるし、身バレと表裏一体。

廃れる、と断言できるか微妙だけど、流行った後の先行きは厳しいと思う予想には同意

2011-09-11

http://anond.hatelabo.jp/20110911231043

あーわかるわかる(棒)

考えるのが面倒になったから、あとは任せた。虚構新聞とかbogusあたりなら、もっといいネタを作ってくれそう。


元増田が消えちゃった。自分が何にレスつけたのかわからなくて悲しいのでサルベージ

=========以下元増田

ミスチルコンサート被災地のためにウェーブ…ウェーブ!?

どうやら、ミスチルか各地のツアー会場でウェーブの映像を撮って

それをビデオレターとして仙台の会場で放送する?らしい…

ミスチルファンサイトの書き込み

http://www.ryozzy.net/mchild/special/events/2011_report/bbs.cgi?num=439

    いわゆる被災地と呼ばれている所から家族で「広島ビックアーチ」に、まさかの当選で参戦できました。けれど、広島から帰ってきて10日近く経つ今でも、戸惑いというか、あれでよかったのか、と思っている事があります。

    それは題名どおり、「ウェーブ」。確かに桜井さんは「ウェーブ」という表現はしていなかったかもしれません。けれど、私には「ウェーブ」=波にしか見えませんでした。そして、津波連想させました。

    コンサート中、企画としてそれをやろう、といわれた瞬間、私たち家族は顔を見合わせ、夫とは「え?ウェーブってこと?どうする?参加する?」。。。くしくもコンサート前日(19日)福島県震度5弱を観測し、津波注意報が出され、多くの人が避難しました(既に広島入りしていた私たちはすぐ実家等に連絡しました)。

    コンサートから帰宅後、数人の友人にこの事についてメールしたところ。。。殆どの返信は「信じられない、余震もまだまだあるのに、結局他人事なんじゃない?」

    総合的に考えれば楽しかった、ミスチルコンサートではありましたが。後悔が残ったコンサートは初めてでした。

    皆さんはどのような気持ちであの企画に参加しまたか

2chミスチルスレ

http://music2ch.doorblog.jp/archives/229850.html

    21 :名無しさんお腹いっぱい。2011/09/04(日) 23:13:21.03 ID:YNGRWYEf0

    アリーナのウェーブを2階スタンドから見てたら名取川津波映像を思いだしてしまった 

    33 :名無しさんお腹いっぱい。2011/09/04(日) 23:18:45.82 ID:vmGbpW/F0

    特にアリーナのは前から後ろにやたら勢いと迫力があって

    もろ津波を思い出させたよな 

    133 :名無しさんお腹いっぱい。2011/09/04(日) 23:58:42.34 ID:rf8qnmzR0

    宮城から遠征した。2階スタンドから見たアリーナのウエーブ、

    名取津波映像と重なって本当に恐怖を感じた。

    どう編集するかはわからんけど、あの光景は見たくなかった。 

    485 :名無しさんお腹いっぱい。2011/09/05(月) 08:49:45.80 ID:joh6veWm0

    今週末横浜公演に参加しました。

    各会場でお願いしてると言うオーディエンスによるウェイブボーカルさん自らが撮影したわけですが

    65000人によるウェイブスタンドからアリーナへと回って行く

    その様はまさに津波を彷彿とさせるド迫力!

    この人間津波映像宮城公演で流すって…無神経すぎる。

    あるいは確信犯なのか!?

バンザイリレー、とかバトン、とか

大地の中の種が芽を出すイメージ、とかいってるらしいけど

ウェーブはウェーブじゃないのかな…。

俺が不謹慎厨なだけ?

ザ・インタビューズで今後起こりそうなこと

ザ・インタビューズというサービス流行ってますが、今後起こりそうなことを考えてみた。すでに起こっていることもあると思う。

なりすまし

これはまあアカウント制のサービスなら基本。ネタなら後述する「なりきり」になるが、ガチで本人になりすますケースが出てくるでしょう。

単に目立ちたいから、ネット住民を騒がせたいから、くらいの理由でやるならかわいいもんですが、なりすます対象に悪意をもって行うケースというのも出てくると思われる。

運営側の対策としては、TwitterFacebookなどの既存SNSアカウントとの連携機能をつけるのが効果的なんじゃないかと。

現在IDのみ設定可能ですがこれは片方向なので、OAuth認証で双方向の連携を。

少なくともTwitterなどで本人であることが確認されていれば、紐づいたアカウントも本人のものであることが明らかになる。

なりきりアカウントの登場

なりすましとは違って、本人ではないことを明記した上で名前を使う場合、あるいは物語の登場人物など実在しない人物の名前を使う場合、なりきりアカウントになる。

Twitterでも結構みかけるので、流行る土壌はあるように思える。

加えてFacebookGoogle+では規約上不可能なので、規約の緩いザ・インタビューズに流れる可能性がある。ていうか規約ってあるの?

元ネタが実在人物の場合はその人物に怒られる可能性は高いです非実在でも版権元に怒られる可能性はありますね。

参考:コナミが「ラブプラス」2次創作規制へ?Twitter「姉ヶ崎寧々」のなりきりに削除依頼 - ゴールデンタイムズ

ザ・インタビューズでは回答に画像を貼れるので、ここに著作権上問題になる絵を貼って、それが問題を大きくしそう。

企業政治家などの公式アカウントの登場

これは、あるのか?

すでにネットでの活動が顕著な有名人アカウントを取る事例は見受けられるので、ないとはいえない

答えたくない質問はスルーできるので、ブログ承認コメント欄くらいのノリで使われるかも。

いろんな意味で緩い系の企業自治体とかは使うかもね。あと某与党の若手議員とか。

内部事情リーク

まあこれはなさそうだけど一応。

リークといえば昔は2ch(「○○だけど何か質問ある?」的な)がほとんどだったけど、今は2chが使われることが減ってる気がする。

理由は色々あるだろうけど単に衰退してオワコンからってのが一番の理由だと思う。

あとアカウント制じゃないのでどれが本人か分かりづらいってのもあるでしょう。IDとかトリップとかは限界あるし。

変な規制が増えたせいで一人が同じスレにたくさん書き込めなくなったってのも大きい。

その点ザ・インタビューズ回答者質問者がはっきり分かれてるし、たぶんまともに回答ができなくなるような制限もない。

ブログYoutubeニコ動なんかと違って双方向コミュニケーションを容易に取れるので、リークも捗るかもしれません。

ただまあ、ザ・インタビューズの運営がどこまで信用されるかにもよるかと。国内サービスからね…

炎上

今まで挙げたようなアカウント特に、当然炎上危険性を大きくはらみます

ただ2chTwitterとかと違って、回答者が答える質問を選べるし、選ばれなかった質問が表に出ることもないので、炎上はある程度コントロールできます

が、ついかっとなって答えなくてもいい質問に余計な回答を入れて炎上というのはありそう。

なんせ質問者匿名なのでどんだけ回答者を煽るようなことを書いても批判を直接受けることはないし完全に安全。ここは2chと同じ。

そしてユーザーは大抵Twitterもやってるので、炎上はよりダイレクトに意思疎通ができるそちらに波及するでしょうね。

燃え尽き症候群

燃え上がると言えばこっちも発生するでしょう。

既出、あるいは同じような質問、心をえぐる質問、やたらと長文を要求する質問、モラルのない質問、質問爆撃(同じ人が同じ人に嫌がらせ目的として無難陳腐な質問を大量投下。これシステム上防がれてるのかな?)、バトン(これ今は多分ないけどそのうち出てくると思う。mixi流行ったアレね)、馴れ合い、等々でだんだん疲れてくるでしょう。

そのうちに質問者ひいては自分の周囲の人物への疑心暗鬼なども生まれることでしょう。

おそらく多くのアクティブユーザー特に質問がたくさんつく有名人アカウントは1年以内に放置、休眠状態になると思います

過疎

これは燃え尽き症候群の逆。要するに誰も質問してくれなくてつまらいからやめちゃうというパターン

このサービスは確かに、誰もが誰もに質問できるサービスではあるけれども、きっと何者にもなれない誰かに質問して楽しいか、という話です

有名人友達がたくさんいる人、ぶっちゃければTwitterフォロワー数が多い人以外はあんまり質問つかないんではないでしょうか。

もちろん面白い回答をつけまくってファンを増やすのはありでしょう。でもそんなことができる人物は大抵すでに他のコミュニティで人気者なんですよ…

といって、システム自分自身に質問はつけられないので自作自演はできない。複垢とってまで自演してもむなしいだけ。

まあバトンみたいな質問量産体制ができたら質問数は増えるかもだけど、mixiと違うのは質問者が誰か分からない点。

誰だかわからない人物の汎用質問なんて答えて楽しくないんじゃないかね。たぶん3つのデフォ質問に回答するのと同じ気分になると思うよ。


【総括】

ザ・インタビューズは3か月~半年くらいは他のSNSがたどった道をたどることで盛り上がるけど、やはり同じようにその後は徐々にさびれるんじゃないでしょうか。

とても普通の結論ですけども。

逆にずっとそれなりに流行った状態を維持するには、いかに良質な質問をうまく分配するかにかかっていると思います

2011-08-29

自公政権末期と民主政権の相似形

 首相のオツムがアレ。学歴的には正反対なのに何故かどっちも馬鹿

 斜め上の理念(「真保守」や「友愛」)が先行して経済政策などの見識が付いてきていない。地に足の付かない政治

 参院敗北によるねじれの立役者。

 ねじれ状態(もしくは参院選突入ねじれ必至状態)でバトンを受け取る。

 所信表明してすぐ外遊して帰ってきたらもう内閣が爆散していた麻生氏。就任してすぐ党内で倒閣が始まっている菅氏。足元にいるのが馬鹿か敵ばかり。

 よりにもよってねじれの真っ最中に国難に見舞われる。かつその状況下で野党が後先考えずに審議拒否する政局野党馬鹿さがピークに達する。

 立法が全く(菅)ないしほとんど(麻生)機能しないため、行政裁量で危機を乗り切ろうとするのが常態化。

 ねじれ状態が常態化した状態でバトンを受け取る。

 財務通の財政再建論者で、どちらかというと調整型のキャラ。そして地味。

 ねじれに対しては諦観に近く、とにかく野党が審議拒否しないように調整するのが仕事

 少しだけ政治も安定するだろうが、福田政権が長続きしなかったように、野田政権も長続きしない可能性が高いだろう。



後ろ2人の順序が前後しているが、なんか似てるなーと。民主信者自民信者は「全然違う」って言うかもしれないけど傍目には、ね。

http://anond.hatelabo.jp/20110829011030

よく分かんないけど、Mixiで昔流行った「バトン」思い出したわ

2011-04-13

石原慎太郎氏の支持者に垣間見える「甘え」

2011年4月10日

統一地方選東京都知事選にて、現職の石原慎太郎氏(78)が他候補を圧倒し、四選を果たした

石原慎太郎氏は、政策や数々の発言に対して、様々な批判も受けている。が、それ以上に多くの支持も受けてる。少なくとも東京においてはそれは間違いない事だ。

僕個人は、石原氏への評価は良くも悪くもない。良いと思う政策もあるし、彼の発言にスッとする時もある。逆に評価できない政策もあるし、不愉快に思う発言もある。

だけど、僕の評価なんてどうでもいいことだ、僕は政治家でも政治評論家でもジャーナリストでも無い。東京都民ですら無い。

つまり、石原氏が何をしようと僕の生活にさして影響は無いし、僕の評価は石原氏の都政に一切影響を与えない。

ただ、今回の選挙で一つだけ気になったことがあった。

それは本当は今回の選挙で、石原氏は「150%」引退するつもりだったけれど、周囲の後押しで、結局出馬に踏み切ったという事だ。

文章だけ読むなら、別に問題は無い。むしろ石原氏の人望に感動するような所かもしれない。彼の年齢考慮しなければ。

石原氏は現在78歳、今期を務めあげた暁には、82歳になっている。

僕は別に老人が政治家になるな、と言いたいわけじゃない。

前頭葉の退化した六十、七十の老人に政治を任せる時代は終わったんじゃないですか」なんて言うつもりは無い。

そんな発言は、この年になるまで三期の間東京の為に働いてきた石原氏に対しあまりに無礼な発言だと思う。

しかし、石原氏本人が一度選挙の不出馬を決めた時の理由として自分の心身の健康を理由に挙げている。

実際の所どうかは分からないが、今回の石原氏は

自分の身体に不安を抱える老人をよってたかって祭り上げ、東京都知事選にかりだした

という体裁を取っているのである

そして、その前後からネットで見られる一部の石原支持者の言論が、暴走し出した

石原氏の素晴らしさを、標榜し、他の候補者を貶め、さらにその候補者の支持者を貶める。

さらに、もっと酷いものになると、石原氏を支持しないというだけの理由で、相手の人格すら全否定する。

石原氏の権威をかさに来て、石原氏の威を借る狐と化している。

これは、別にネットにいる人々だけではない。

今回石原氏を支持した自民党公明党関係者も同様だろう。

特に自民党石原伸晃幹事長は、石原氏の長男である

自分の親が、引退したいと言った時に、代わりの候補者が見つけられず、結局親に出馬してもらっている。

なんて情けないんだろう。とことの顛末を遠くからぼーっと見る身ながら、思った。

石原氏は、東京都知事だ。その都政に対し、成功には称賛を、そして失敗には批判を受ける。

石原氏は、やると言った事はやりぬこうとする、銀行だって移転だって条例だってオリンピックだって石原氏は批判を受けても、自分の政策を実行しようとしている。

石原氏は、自分が言いいたいことをはっきり言う。それが批判を受けても、簡単に手のひら返して謝ったりしない。

それが、良いか、悪いかは、また別の話として、そんな石原氏の姿勢共感し、憧れて石原氏支持するのは当然個人の自由で、それを責められるいわれは無い。

当然、逆の場合もそうだ。石原氏の政策を評価できないことがあったとしても、その事でどうこういわれる言われる筋合いは無い。

ただ、石原氏と言う大きな存在に「甘えて」我が物顔で正義を振りかざして、他者を否定するような姿勢は、不快だし、不遜だ。

石原氏の功績を、勝手に我が物顔で誇る事も、僕は違うんじゃないかと思う。

結局、そう言う一部の支持者は石原氏に甘えてるのだ。自らの理想石原氏に投影する事で、カタルシスを得たいだけだとしか思えない。

今回の選挙で、反石原氏の勢力が、投票する候補者をまとめられなかったと言う言葉が聞こえたけど。

それは石原支持者も同じだ。正確に言うのなら「石原路線」の支持者だが

当たり前の話だがタレント人気投票では無いのだから石原氏を支持している人間は、もれなく石原氏の政策を支持する人間である

本人にその自覚があろうが無かろうが、政治家投票するって言うのはそういうことだ。

石原氏がいなくなっても「石原路線」の政策は、都に残っている。

それを継承するのか、路線を変えるのか。石原支持者は当然石原路線の継承を目指さないといけない。

では今回、一度石原氏の不出馬が取りざたされたときに、石原氏の支持者は投票すべき候補者をまとめる事が出来ただろうか。

今回石原に入った票の全てが、松沢氏の得票になっただろうか。

現在石原氏は、五期目も目指そうかという発言をしているらしい

石原氏本人に元気がある事はとても喜ばしいことだけど、もし、石原氏が五期目をやり遂げたとした石原氏の年齢は86歳だが、それでも石原氏の支持者は彼を都知事選出馬させるのだろうか。ああまりにも当然のとこだが石原はいずれ引退する。その時に、反石原路線の候補者当選すれば、それまでの石原氏の功績は無駄になる。全てではないが、多くの政策が否定されて無に帰すだろう。

そうならないためにも、石原氏の支持者は、石原氏の路線を継承しうる候補者を見出さなければならなかった。

候補者一人まとめられないと、反石原派の面々を嘲笑っているが、それはどちらも同じ事だ。

今回は「たまたま石原氏が出馬しただけで、石原氏不在の中、石原路線VS反石原路線になれば、彼らもきっと候補者をまとめられない。

それは決して個人レベルの話で無くて、石原路線を継承させるべき自民党ですらそうだ。先も書いたが、自民党は、今回も後継足る候補者を見つけられなかった。

石原氏に頼り切って、甘え切っている。

いつまで「偉大なリーダー」に甘えているんだ? そろそろ、彼から得たものを次に継承しろよ。誰も彼からバトンを受け取る気が無いのか?

から4年後になってもまだ

「じゃあ他にまともな候補者がいるのか?」

なんて言うつもりじゃないだろうな。


僕は、石原氏の批判をするつもりでこの文章を書いたんじゃ無い。そう受け取れるような文言があるかもしれないけれど、少なくとも石原氏を批判する意図で書いた文は一行も無い。

同時に、石原氏を支持する方々を全否定するために書いた訳でもないし反石原派の方向でこの文章を書いた訳じゃない。

ただ、石原氏に甘えて、調子に乗っている奴らにムカつただけだ。

ここ数日のイライラをぶちまけたせいで、ずいぶんと乱雑で冗長な文になってしまった。一部読みにくい所もあるだろう。

この文章を読んで不愉快になる人もいるだろうし、鼻で笑う人間をいるだろうけど、僕は別にそれでもいいと思っている。

極論を言えば東京がどうなろうと、僕の知ったことじゃない。

ただいつまでも偉大な老人におぶさりながら、背中の上でふんぞり返っていはいられないという事はゆるぎない事実だと、僕は確信している。

2011-03-25

原発の賛否の議論が活発だけど、その前に東電をどうにかしなければ。

福島原発は揺れに耐えたし、ECCSは壊れたけどバッテリーは7時間ぐらい作動してたわけだし。

ハードとしてはちゃんとバトンを渡したのに、それを受け取るべきソフトが糞。

多重下請け構造とか、天下りとか、ある意味今の日本の閉塞感の象徴みたいなものなのでどうにかしないと。

2011-01-28

SNSとかブログとかのバトン

あいうもので内輪で慣れ合って楽しいのはわかる。

 

でも最近やたら出回ってる質問隠すバトン、あれはだめだ。

質問が見たかったら聞いてついでバトンに答えてねって奴。

質問伏せてかつ人の名前を上げさせるはもっと最悪。

慣れ合うのそこそこ好きだけどあれは無理。

名前出されてもイラっとするし出されなくてもモヤっとする。

考えた奴性格悪そう。

2010-12-30

http://anond.hatelabo.jp/20101230085125

若者が無謀な夢を語り、先輩がたしなめる

その構図は大事な、夢のバトンだと思う。

いまは、夢をもたない若者が多すぎるから

その後輩は、元増田のおかげで少し慎重になり、すこし差別化をはかる勉強をし、独自の視点を身につける努力をするだろう。

そのおかげで研究者として成功するかもしれない。

あるいは別の道を歩むかもしれない。

でも、たしなめられてもくじけなかった夢を持っていた若者は、どこの世界に行っても何かを残すと思う。

2010-08-29

今の日本に誇れる所はあるのか?

かつての鮮やかな日本は今や見る影も無い。

なぜなら、その鮮やかさはお金によって、無理やり得ていたもの。

それに気付かず、慢心の結果、そのお金を稼げていた日本価値も下がってしまった。

そして嘆かなくていけないのは、この状態で次の世代にバトンを渡さなくてはいけないこと。

今の世代は、未来永劫、日本マイナス点として語られていくだろう。

2010-04-24

http://anond.hatelabo.jp/20100424182224

でも実際に前の世代からバトンを受け継いでる人ってどれほどいるんだろう

むしろ例外的なんじゃないかと思うんだけど

2010-02-18

http://anond.hatelabo.jp/20100218093401

私は逆だ・・・自分Fカップなんだけど、彼氏が何かのバトンで「貧乳派」って書いてあるのを見つけてショック受けたなあ。

まあ「性的な好みを超越するぐらいに人間性が好きだから付き合ってる」と考えよう!

2009-11-28

HTMLを体系的に理解するための7仕様

はじめに

最近マークアップエンジニア志望の若者と話す機会が多いのだけれど、そこで気づかされるのは、彼らの中に過去HTML(特に90年代以前の仕様)を読んだことのあるという人が、驚くほど少ないことだ。

例えば「マーク・アンドリーセンをどう思う?」と聞くと、「アンドリーセンって誰ですか?」という答えが返ってくる。「ヨスケの独自要素で何が一番好き?」と聞くと、「見たことがありません」と言われてしまう。「ではきみは、昔のHTMLを見たことがあるの?」と聞くと、たいていが「とほほでやっていたものくらいなら……」という答えしか返ってこない。

今の若い人の間では、HTMLを体系的にとらえようという人は少ないようだ。見るのは専ら近年の話題仕様ばかりで、歴史を辿ってみたり、系譜をひもといて標準化団体ごと理解しようとする人はほとんどいない。

これは、ちょっと由々しき問題だと思わされた。HTMLは、もう長いこと(90年代の早い時期から)インターネット王者としてあらゆるWeb関連技術の上に君臨してきた。だから、Webを作ることを仕事にしたいなら、何をするにせよ避けて通ることはできない。

HTMLは、表・画像・フォーム・音楽デザインフレーム動画など、さまざまな分野においてその時代々々に達成された最新の成果を持ち寄るようにして作られてきたところがある。だから、HTMLを読まずして現代のインターネットは語れないと言ってもいいくらいだ。

もし何かクリエイティブなことをしたいのなら、HTMLを読むことは欠かせない。また、単に読むだけではなく、それを包括的・体系的にとらえることも必要だ。なぜなら、HTML包括的・体系的にとらえることによって、現代のインターネットそのものを、包括的・体系的にとらえられるようになるからだ。そしてそうなれば、Webを作ることの道理や筋道が理解でき、何かクリエイティブなことをする上で、大きな助けとなるからである。

そこでここでは、昔のHTMLをほとんど見たことがないという人や、あるいはHTMLそのものもあまり見ないという人のために、これを見ればHTMLを体系的に理解でき、現代インターネットの成り立ちや実相までをも包括的にとらえることができるようになる、7本の仕様を紹介する。

ここで紹介するHTMLは、いずれも後のWeb業界に決定的な影響を与えたものばかりだ。これらが、HTMLという標準のありようや方向性を決定づけた。この7本を見れば、HTMLというのはどのようなきっかけで生まれ、どのような変遷を辿って、どのような足跡を残してきたかというのが、体系的に理解できるようになる。そしてそれが、世界インターネット利用シーンにどのような影響を及ぼしてきたかということも、知ることができるようになるのだ。

HTMLを体系的に理解するための7本の仕様

1本目『HTML 3.0』(1995年

まず最初は、ちょっと強引かも知れないけれど、第一次ブラウザ戦争前のHTMLをひとまとめにするところから始める。

80年代末にティムバナーズ=リーの発明したHTMLというメディアは、その後『HTML 1.0』(1993年)『HTML+』(1994年)『HTML 2.0』(1995年)などの仕様で次第にそのスタイル確立していき、マーク・アンドリーセンが一大産業として発展させた後、『HTML 3.0』に行き着く。そして幸運なことに、ここに集大成されるのだ。

ブラウザ戦争前のHTMLは、これ1本だけ読めば良い。このHTMLに、戦前HTMLの全ての要素(属性)が詰まっている。このHTMLを見れば、HTMLインターネット王者としての風格、スターという存在の大きさ、作者以上にブラウザが重視される「産業」としての側面、お尻Pから終了タグ省略可へ・文字情報から画像付きへと移り変わった技術革新の変遷など、戦前HTML史やWeb業界のありようが全て分かるのだ。

このHTMLの魅力は、説明し始めるといくら紙幅があっても足りないので、ここではその一端を紹介するにとどめておく……といっても、気の利いたことを言えるわけではない。『HTML 3.0』の魅力を知るには、まずは読んでもらうこと――これに尽きるからだ。そして、もし一度でも読めば、その魅力はたちどころに理解できるだろう。

HTML 3.0』を見て驚かされるのは、現在HTMLと比べても全く遜色ないところである。破棄されてから14年の時が経過しているが、現代人の読解にも当たり前のように堪えうるのだ。それは、逆にいえばHTMLというものは、今から14年前、つまりこの『HTML 3.0』が作られた時点で、様式として一つの完成を見たということでもある。

HTML 3.0』は、HTMLという標準が到達しようとした一つの極みである。それゆえ、HTML史というものは、『HTML 3.0』以前と以降とで分けられるようになった。これ以降に作られたHTMLで、『HTML 3.0』の影響を免れたものはないからである。

2本目『Compact HTML』(1998年

iモード世界HTML史に与えた影響というのは、一般に理解されているよりもはるかに小さなものである。日本人というのは、「日本技術世界に影響を与えた」というと、なぜか鼻高々と聞いてしまうところがある。「日本ガラパゴス」という言葉は聞いたことがあっても、「それって日本人過小評価しているだけじゃないの?」と、眉に唾をしてとらえるところがある。

しかしiモードは、真に日本HTML史を塗り替えたサービスの一つである。特に、このサービスの後世に与えた影響には、本当に計り知れない大きさがある。

iモードは、ドコモメインストリームだったポケットベルが、それまでの栄華の反動で深刻な低迷期に陥っていたPHS流行後すぐの時期、そんなポケットベルに取って代わって、日本で最も輝いていた携帯サービスであった。それゆえ、広末に見蕩れ世界HTMLファンたちは、iモードWebサイトを見ることによって、失われかけていたWeb制作の魅力を再発見することにもなったのである。

iモードは、没落したHDMLに変わってモバイルWebの命脈をつなぎ止めた、言うならば救世主のような存在であった。海外モバイル陣営が営々と築きあげてきたそれまでの栄光を切り捨て、日本の後代へと引き継いだ重要リレー第一走者としての役割を、HTML史において担ったのである。

そして、そのバトンを受け取った日本の若きWebデザイナーたちが、2000年代に入って雨後の竹の子のように現れたことで、モバイルWebは鮮やかな発展を遂げる。だから、もしiモードが存在しなければ、HTMLの様相は今とは違ったものになっていたかもしれないのだ。

そんなiモードHTMLバージョンはいくつもあるのだが、中でも特に多くのHTMLファンを――取り分け日本の若きWebデザイナーたちを魅了したのが、この『Compact HTML』である。この仕様の一番の魅力は、なんといってもその大胆に構築されたW3C Noteであろう。HTML史において、これほど拡張多く適当ディテールで構成されたNoteは他にない。そのためこのNoteは、これ以降無数に手本とされ、真似され、拡張されることとなるのである。

3本目『HTML 4.0』(1997年

正字仮名の影響を受けた日本の若き日記書きたち――言うなれば「CSSコミュニティ」――が頭角を現す直前のW3Cで、HTML史に乾坤一擲の巨大な爪痕を残した1本の仕様誕生する。

この時期、情報技術進歩によって、HTMLにもさまざまな新しいテクノロジーがもらたされていたのだが、それらを十全に取り入れたばかりではなく、縦横に駆使することによって、これまでとは全く違った国際化、全く違ったアクセシビリティ体験を生み出すことに成功したのが、この仕様HTML 4.0』を勧告したWorld Wide Web Consortiumである。

HTML 4.0』は、HTML史において最も革新的な仕様の一つとなった。この仕様に初めて触れた当時のWebデザイナーたちは、そのあまりの目新しさに度肝を抜かれた。そこでは、これまで全く見たことのないマークアップがくり広げられていた。そのため、これまで想像さえしたことのなかった全く新しいHTML体験を、そこで味わうことになったからである。

W3Cの果たした一番の功績は、テクノロジーHTMLを見事な調和をもって融合させたことだろう。例えばそこでは、「スタイルシート」という新しい技術デザインと、それでレイアウトされたページが閲覧者に与える独特の感覚というものを、双方ともに熟知していた。だから、それらを効果的に融合させることによって、全く新しいHTML体験を生み出すことができたのである。

この仕様HTML 4.0』には、そうしたテクノロジーHTMLとの融合が、至るところに散見できる。その数の多さとクオリティの高さによって、HTMLはここに、新しい時代の幕開けを迎えるに至ったのである。

4本目『ISO/IEC 15445:2000』(2000年

先に述べた「CSSコミュニティ」がWeb日記業界に論争をもたらすのは、2000年代に入ってからのことである。そして、そのきっかけとなったできごとの一つが、1947年生まれの非政府組織で、IECとも協力した生粋工業標準化団体であった国際標準化機構が、この仕様ISO/IEC 15445:2000 (ISO-HTML)』によって成功を収めたことである。

このHTMLは、単にJIS的に標準化しただけではなく、文化的な意味においても、フラットリニア構造の力を広く世界に知らしめることとなった。この仕様の成功によって、世界の人々は、レベル付けされた見出しの魅力の大きさを知る。そしてそれが、やがて見出しレベル分けが世界スタンダードとなり、誰もが当たり前のように使う状況を育んでいくのである。

またこの仕様は、CSSコミュニティそのものにも大きな影響を与えた。この仕様の成功に刺激を受けた才能ある若きコミュニティ住人たちが、その後立て続けに台頭し、いくつもの名サイトを生み出していくからである。

それらが相まって、やがてCSSコミュニティは空前の黄金時代を迎えることになる。その端緒となり、道筋を切り開いたのが、他ならぬこの『ISO-HTML』なのだ。

5本目『XHTML 1.0』(2000年

HTML 4.0』で繁栄の足がかりを築いたW3Cは、この仕様XHTML 1.0』によって、ついにその栄華の頂点に達する。そして、それを成し遂げたメタ言語も、W3C勧告のの一つであり、また『HTML 4.0』を作ったSGMLの改良でもあった、Extensible Markup Languageであった。

この勧告は、史上最も商業的に成功した仕様となる。そのためこれ以降、この勧告にならって商業バズワードを盛り込んだ仕様が数多く作られるようになり、しかもそれらが、実際に大きな商業的話題を集めていくのだ。すると、そこで生み出された多くの意見は、やがて再びW3C還元され、さらなる発展をもたらすことにもつながった。

そんなふうに、この仕様がきっかけとなってW3Cにもたらされた意見は、HTMLという言語を変革させていくことになるのだが、それに伴って、HTMLそのものにも大きな革新をもたらすことになる。

その変革も、他ならぬW3Cの手によってなされた。ここで『XHTML 1.0』の成功によって手にしたメンバーをもとに創設した文書マークアップの開発集団「HTML Working Group」が、より魅力的な拡張性を追求していく中で、やがてM12n(モジュール化)という技術の開発に至るのである。するとそれが、これまでのHTMLを一変させたのだ。

M12nは、HTMLに魅力的かつ効果的な特殊語彙を、DTDでしかも複雑怪奇にもたらすことに成功した。おかげでそれは、あっという間に世界から見捨てられていった。そのため今では、M12nの使われているHTMLを探す方が難しくなったくらいだ。それくらい、この『XHTML 1.0』がWeb業界にもたらした変革には、大きなものがあったのである。

6本目『XHTML 2.0』(2009年

2000年代以降、繁栄を謳歌したW3Cは、しかしその栄華の大きさゆえ、00年代中盤に入るとそれを存続させることに力をそがれてしまい、革新的な仕様はなかなか生まれてこなくなった。

しかし、そんな時代が5年は続いた00年代の後半になって、今度はその栄華のただ中で育った新しい世代のHTML WGメンバーたちが台頭してくることにより、再び変革の時を迎えることとなる。

その新しい世代のHTML WGメンバーとは、マイクロソフトモジラファンデーションオペラらに代表される「ブラウザベンダ」と、無関係な編集者たちであった。

彼らに共通するのは、文書構造に不必要なものなら全て――とるに足らないガジェット的なものまで含めて――残らず切り離そうとする「オタク的な性質」を持っていたことだ。

彼らは、それまで見過ごされがちだったHTMLの些末な要素にスポットを当て、それを別仕様に押し出すことで、従前とは一風変わった、新たな魅力を持った草案を生み出していった。そして、その真打ち的な存在として00年代の後半に登場したのが、XHTML2 Working Groupだ。

XHTML2 WGは、特に99年に最後の草案が作られたこの仕様XHTML 2.0』によって、オタク的なHTMLの楽しみ方が、一部のマニアだけにとどまり、それ以外の多くの人たちには受け入れられないことを証明してみせた。この失敗が、デ・ファクト的な新生HTML WGにさらなる脚光を浴びせることになったのはもちろん、それに影響を受けたWeb WorkersやDOM Level 3 Eventsといった、次世代のWeb標準たちの誕生にもつながっていったのである。

7本目『HTML5』(2022年?)

最後は、第二次ブラウザ戦争集大成ともいえるこの仕様である。

HTML5』は、HTML史においては『HTML 3.0』と同じような意味を持つ。つまり、それまでのHTMLの要素が全て詰まっているのだ。この仕様を見れば、それ以前のHTML歴史というものが全部分かる。

HTML5』には、HTMLのあらゆる要素が詰まっている。ここには、『HTML 3.0』のような歴史的な仕様としての「総合性」があり、『Compact HTML』のような「実装の実在さ」がある。『HTML 4.0』のような「マルチメディアアクセシビリティの融合」があり、『ISO-HTML』のように「セクション構造の魅力を全世界に知らしめ」た。また、『XHTML 1.0』のように「バズワード的に成功」したのはもちろん、『XHTML 2.0』が別仕様押し出した「オタクガジェット」にも満ちている。

全て詰まっているのだ。なんでもあるのである。つまりこのHTMLは、『HTML 3.0』と全く同じ意味合いを持っているのだ。HTML史というものは、『HTML5』以前と以降とで分けられる。これ以降に作られるHTMLで、『HTML5』の影響を免れるものはないであろうからである。

まとめ

以上、これさえ読めばHTML包括的・体系的にとらえることができる7本の仕様を、制作された年代順に紹介した。

こうして見ると面白いのは、歴史的に重要仕様は、必ずしも定期的に現れるのではなく、あるところでは連続しているし、あるところでは長らくなかったりすることだ。それはまるで「素数分布」のようだ。一見規則性はないように見えるものの、何かしらの法則が隠されているようでもあり、興味深い。

それから、ここに挙げた仕様は、いずれも「読むことによって他の仕様にも興味が移行する」ということを念頭に選んだ。

例えば、『HTML 3.0』を読んだならば、ブラウザ戦争前夜の独自HTML拡張自然と興味がいくだろうし、『Compact HTML』を読んだなら、iモードのそれ以外のバージョンHTMLも見たくなるだろう。CSSコミュニティについてもそれは言えるし、『ISO-HTML』を読んだなら、このHTML流行らす土壌ともなった「フラットリニア構造」というムーブメントにも自然と興味がわくはずだ。さらには、『XHTML 1.0』はXMLオタクになるきっかけになるだろうし、『XHTML 2.0』はその他の「オタク的なXML EventsやXForms」の仕様も見たくなるという効果を持っている。

ただし、最後に選んだ『HTML5』だけは、こうした例とは別に考えなければならないかも知れない。なぜならこのHTMLは、完成度があまりにも高いために、これを見た後に他のHTMLを読むと、どうしても物足りなく感じてしまうからだ。

しかしいずれにしろ、これらの仕様を読むことによって、HTMLをさらに愛さずにいられなくなるのは疑いない。そしてまた、これらの仕様を読むことによって、HTML包括的・体系的に見る目を養ってもらえれば、その後のクリエィティブな活動にも、大きな助けとなるはずだ。

おまけ(参考文献)

上に挙げた仕様への理解は、以下に紹介する著作を読むことによって、さらに深まる。これらを読むことによって、ぼくは「HTMLを体系的に見るとはどういうことか」を学んできた。

高校時代に読んだこのサイトによって、「リソースとは何か」ということを、ぼくはを知った。

HTMLSGMLの応用だ」ということが、このサイトを読むことでよく分かる。何気なく見ていた省略記法でも、その裏には、実にさまざまな技術や、それを開発してきた歴史というものが隠されていた。

世界CSSコミュニティの何に驚かされたかといえば、それはやっぱり精緻に書き込まれた正字仮名にだ。ノジタン日記には、HTML本質が詰まっている。だからこそ、あれだけ多くの日記で多くのコミュニティ住人に、言及されたり模倣されたりしたのだ。

ここでは取りあげられなかったのだが、とほほ氏がHTMLというジャンルに及ぼした影響にも、本当に大きなものがある。そして、ぼくが上に挙げた感想のいくつかは、このサイトに書かれていたばけらさんとの「スタイルシート論争」を参考にしたものなのだ。

これらのサイトを読めば、どんなHTMLが素晴らしく、どんなHTMLがそうではないというのが、よく分かる。その判定基準を知ることができ、審美眼を養うことができるのだ。なにしろ、あのCSSコミュニティ住人の言うことなのだ。これにまさる教科書は、他にはない。




元ネタ

2009-11-27

作画を体系的に理解するための7作品

はじめに

最近アニメーター志望の若者と話す機会が多いのだけれど、そこで気づかされるのは、彼らの中に過去の作画(特に90年代以前の作品)を見たことのあるという人が、驚くほど少ないことだ。

例えば「金田伊功をどう思う?」と聞くと、「金田伊功って誰ですか?」という答えが返ってくる。「なかむらたかしの作画で何が一番好き?」と聞くと、「見たことがありません」と言われてしまう。「ではきみは、昔の作画を見たことがあるの?」と聞くと、たいていが「youtubeで流れていたものくらいなら……」という答えしか返ってこない。

今の若い人の間では、作画を体系的にとらえようという人は少ないようだ。見るのは専ら近年の話題作画ばかりで、歴史を辿ってみたり、系譜をひもといてタイミングごと理解しようとする人はほとんどいない。

これは、ちょっと由々しき問題だと思わされた。作画は、もう長いこと(20世紀の遅い時期から)マイノリティ王者としてあらゆるオタクの上に君臨してきた。だから、作画を作ることを仕事にしたいなら、何をするにせよ避けて通ることはできない。

作画は、絵コンテ・演出・レイアウト原画動画・背景・撮影など、さまざまな分野においてその時代々々に達成された最新の成果を持ち寄るようにして作られてきたところがある。だから、作画を見ずして現代のアニメは語れないと言ってもいいくらいだ。

もし何かクリエイティブなことをしたいのなら、作画を見ることは欠かせない。また、単に見るだけではなく、それを包括的・体系的にとらえることも必要だ。なぜなら、作画を包括的・体系的にとらえることによって、現代のアニメそのものを、包括的・体系的にとらえられるようになるからだ。そしてそうなれば、ものを作ることの道理や筋道が理解でき、何かクリエイティブなことをする上で、大きな助けとなるからである。

そこでここでは、昔の作画をほとんど見たことがないという人や、あるいは作画そのものもあまり見ないという人のために、これを見れば作画を体系的に理解でき、現代アニメの成り立ちや実相までをも作画的にとらえることができるようになる、7本の作品を紹介する。

ここで紹介する作品は、いずれも後の作画界に決定的な影響を与えたものばかりだ。これらが、作画というジャンルのありようや方向性を決定づけた。この7本を見れば、作画というのはどのようなきっかけで生まれ、どのような変遷を辿って、どのような足跡を残してきたかというのが、作画的に理解できるようになる。そしてそれが、アニメの作画シーンにどのような影響を及ぼしてきたかということも、知ることができるようになるのだ。


作画を体系的に理解するための7本の作品

1本目『タイガーマスク』(1969年

まず最初は、ちょっと強引かも知れないけれど、金田伊功前の作画をひとまとめにするところから始める。

20世紀末に手塚治虫発明したリミテッド作画というアニメートは、その後『巨人の星』(1968年)『サイボーグ009』(1968年)『アタックNo.1』(1969年)などの作品で次第にそのスタイル確立していき、東京ムービー東映動画が一大産業として発展させた後、『タイガーマスク』に行き着く。そして幸運なことに、ここに集大成されるのだ。

金田前の作画は、これ1本だけ見れば良い。この作画に、金田前の作画の全ての要素(魅力)が詰まっている。この作品を見れば、作画のエンターテインメント王者としての風格、スターという存在の大きさ、原作者以上にアニメーターが重視される「個性」としての側面、フルアニメーションからリミテッドアニメーションへ・ハンドトレスからマシントレスへと移り変わった作画革新の変遷など、金田前の作画史や作画界のありようが全て分かるのだ。

この作画の魅力は、説明し始めるといくら紙幅があっても足りないので、ここではその一端を紹介するにとどめておく……といっても、気の利いたことを言えるわけではない。『タイガーマスク』の魅力を知るには、まずは見てもらうこと――これに尽きるからだ。そして、もし一度でも見れば、その魅力はたちどころに理解できるだろう。

タイガーマスク』を見て驚かされるのは、現在の作画と比べても全く遜色ないところである。作られてから40年の時が経過しているが、現代人の鑑賞にも当たり前のように堪えうるのだ。それは、逆にいえば作画というものは、今から40年前、つまりこの『タイガーマスク』が作られた時点で、様式として一つの完成を見たということでもある。

タイガーマスク』は、作画というジャンルが到達した一つの極みである。それゆえ、作画史というものは、『タイガーマスク』以前と以降とで分けられるようになった。これ以降に作られた作画で、『タイガーマスク』の影響を免れたものはないからである。


2本目『無敵超人ザンボット3』(1977年

金田伊功が国内の作画史に与えた影響というのは、一般に理解されているよりもはるかに大きなものがある。アニオタというのは、「作画文化アニメに影響を与えた」というと、なぜか話半分で聞いてしまうところがある。「作画のカナダ」という言葉は聞いたことがあっても、「それって作画オタが過大評価しているだけじゃないの?」と、眉に唾をしてとらえるところがある。

しかし金田伊功は、真に国内の作画史を塗り替えた人間の一人である。特に、彼の後世に与えた影響には、本当に計り知れない大きさがある。

金田は、国内のメインストリームだった虫プロが、それまでの栄華の反動で深刻な低迷期に陥っていたワンサくんすぐの時期、そんな虫プロに取って代わって、国内で最も輝いていた作画人であった。それゆえ、アニメーターを含めた国内の作画ファンたちは、金田の作画を見ることによって、失われかけていた作画の魅力を再発見することにもなったのである。

金田は、没落した虫プロに変わって作画の命脈をつなぎ止めた、言うならば救世主のような存在であった。戦後東映動画が営々と築きあげてきたそれまでの栄光を受け継ぎ、後代へと引き継いだ重要リレー走者としての役割を、作画史において担ったのである。

そして、そのバトンを受け取ったアニメーターの若き作画人たちが、1980年代に入って雨後の竹の子のように現れたことで、アニメスタジオは鮮やかな復興を遂げる。だから、もし金田がいなければ、作画の様相は今とは違ったものになっていたかもしれないのだ。

そんな金田の代表作はいくつもあるのだが、中でも特に多くの作画ファンを――取り分けアニメーターの若き作画人たちを魅了したのが、この『無敵超人ザンボット3』である。この作品の一番の魅力は、なんといってもその大胆に構築されたパースであろう。作画史において、これほど格調高く見事なディテールで構成されたパースは他にない。そのためこのパースは、これ以降無数に手本とされ、真似され、翻案されることとなるのである。


3本目『伝説巨神イデオン』(1980年

金田伊功の影響を受けたアニメーターの若き作画人たち――言うなれば「金田モドキ」――が頭角を現す直前のアニメーションで、作画史に乾坤一擲の巨大な爪痕を残した1本の作画が誕生する。

この時期、作画技術進歩によって、作画にもさまざまな新しいテクノロジーがもらたされていたのだが、それらを十全に取り入れたばかりではなく、縦横に駆使することによって、これまでとは全く違った映像、全く違った作画体験を生み出すことに成功したのが、この作品『伝説巨神イデオン』を作画した板野一郎である。

伝説巨神イデオン』は、作画史において最も革新的な作品の一つとなった。この作品に初めて触れた当時のアニオタたちは、そのあまりの目新しさに度肝を抜かれた。そこでは、これまで全く見たことのない映像がくり広げられていた。そのため、これまで想像さえしたことのなかった全く新しい作画体験を、そこで味わうことになったからである。

板野の果たした一番の功績は、ミサイルカメラワークを見事な調和をもって融合させたことだろう。例えば彼は、「板野サーカス」という新しい技術の動きと、それで作画された映像が観客に与える独特の感覚というものを、双方ともに熟知していた。だから、それらを効果的に融合させることによって、全く新しい作画体験を生み出すことができたのである。

この作品『伝説巨神イデオン』には、そうしたテクノロジーと作画との融合が、至るところに散見できる。その数の多さとクオリティの高さによって、作画はここに、新しい時代の幕開けを迎えるに至ったのである。


4本目『うる星やつら』(1981年

先に述べた「金田モドキ」がアニメーション復興をもたらすのは、1980年代に入ってからのことである。そして、そのきっかけとなったできごとの一つが、北海道生まれのスタジオNo.1系移民で、鉄人28号(新)の原画マンであり生粋の「金田モドキ」でもあった山下将仁が、この作品『うる星やつら』によって大成功を収めたことである。

この作品は、単に演出的に成功しただけではなく、作画的な意味においても、アニメーターの力を広くアニオタに知らしめることとなった。この作画の成功によって、アニオタの人々は、金田系作画の魅力の大きさを知る。そしてそれが、やがて金田系作画が作画のスタンダードとなり、誰もが当たり前のように見る状況を育んでいくのである。

またこの作品は、金田系作画そのものにも大きな影響を与えた。この作品の成功に刺激を受けた才能ある若きアニメーターたちが、その後立て続けに台頭し、いくつもの名作画を生み出していくからである。

それらが相まって、やがてアニメーションは空前の黄金時代を迎えることになる。その端緒となり、道筋を切り開いたのが、他ならぬこの『うる星やつら』なのだ。


5本目『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』(1989年

うる星やつら』で繁栄の足がかりを築いたアニメーションは、この作品『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』によって、ついにその栄華の頂点に達する。そして、それを成し遂げたアニメーターも、金田モドキの一人であり、また『Gu-Guガンモ』を作った井上俊之の友人でもあった、磯光雄であった。

この作品は、史上最もエフェクト的に成功した作品となる。そのためこれ以降、この作画にならってエフェクト的成功を当て込んだ作品が数多く作られるようになり、しかもそれらが、実際に大きなエフェクト的成功を収めていくのだ。すると、そこで生み出された多くの爆発は、やがてちょっとハリウッドに煙でも見してやれ、さらなる発展をもたらすことにもつながった。

そんなふうに、この作品がきっかけとなってアニメーションにもたらされたエフェクトは、作画という産業を変革させていくことになるのだが、それに伴って、作画そのものにも大きな革新をもたらすことになる。

その変革も、他ならぬ磯の手によってなされた。彼が『ポケ戦』の成功によって手にしたお金をもとに創案した作画技術スタイル「フル3コマ」が、より魅力的な作画技術を追求していく中で、やがてWEB系という連中の排出に至るのである。するとそれが、これまでの作画を一変させたのだ。

フル3コマは、作画に魅力的かつ効果的な特殊映像を、中割り不要でしかも手軽にもたらすことに成功した。おかげでそれは、あっという間に個性出したがりアニメーターに広まっていった。そのため今では、フル3コマの使われていない自己主張作画を探す方が難しくなったくらいだ。それくらい、この『ポケ戦』が作画界にもたらした変革には、大きなものがあったのである。


6本目『クレヨンしんちゃん』(1992年~)

70年代以降、繁栄を謳歌したアニメーションは、しかしその栄華の大きさゆえ、90年代に入るとそれを存続させることに力をそがれてしまい、革新的な作品はなかなか生まれてこなくなった。

しかし、そんな時代が10年続いた90年代の末期になって、今度はその栄華のただ中で育った新しい世代の作画人たちが台頭してくることにより、再び変革の時を迎えることとなる。

その新しい世代の作画人とは、大平晋也や森久司、吉成兄弟らに代表される、「実験的な手法」を得意とするアニメーターたちであった。

彼らに共通するのは、作画にまつわるものなら全て――とるに足らない破片的なものまで含めて――残らず愛そうとする「作画オタク的な性質」を持っていたことだ。

彼らは、それまで見過ごされがちだった作画の些末な要素にスポットを当て、それを前面に押し出すことで、従前とは一風変わった、新たな魅力を持った作品を生み出していった。そして、その真打ち的な存在として90年代の初めに登場したのが、湯浅政明だ。

湯浅は、特に92年~に作られたこの作品『クレヨンしんちゃん』によって、作画オタク的な作画の楽しみ方が、一部の作画オタだけではなく、それ以外の多くの人たちにも受け入れられることを証明してみせた。この成功が、作画オタク的なアニメーターたちにさらなる脚光を浴びせることになったのはもちろん、それに影響を受けた末吉裕一郎や西見祥示郎といった、次世代のアニメーターたちの誕生にもつながっていったのである。


7本目『THE八犬伝』(1990~94年)

最後は、アニメーター黄金期の集大成ともいえるこの作品である。

THE八犬伝』は、作画史においては『タイガーマスク』と同じような意味を持つ。つまり、それまでの作画の要素が全て詰まっているのだ。この作品を見れば、それ以前の作画の歴史というものが全部分かる。

THE八犬伝』には、作画のあらゆる要素が詰まっている。ここには、『タイガーマスク』のような歴史的な作品としての「総合性」があり、『無敵超人ザンボット3』のような「パースの大胆さ」がある。『伝説巨神イデオン』のような「カメラワークと作画の融合」があり、『うる星やつら』のように「作画の魅力を全アニオタに知らしめ」た。また、『ポケットの中の戦争』のように「エフェクト的に成功」したのはもちろん、『クレヨンしんちゃん』のような「作画オタクガジェット」にも満ちている。

全て詰まっているのだ。なんでもあるのである。つまりこの作画は、『タイガーマスク』と全く同じ意味合いを持っているのだ。作画史というものは、『THE八犬伝』以前と以降とで分けられる。これ以降に作られた作画で、『THE八犬伝』の影響を免れたものはないからである。


まとめ

以上、これさえ見れば作画を包括的・体系的にとらえることができる7本の作品を、制作された年代順に紹介した。

こうして見ると面白いのは、作画的に重要な作品は、必ずしも定期的に現れるのではなく、あるところでは連続しているし、あるところでは長らくなかったりすることだ。それはまるで「タイムシートの分布」のようだ。一見規則性はないように見えるものの、何かしらの法則が隠されているようでもあり、興味深い。

それから、ここに挙げた作品は、いずれも「見ることによって他の作画にも興味が移行する」ということを念頭に選んだ。

例えば、『タイガーマスク』を見たならば、戦後東映動画自然と興味がいくだろうし、『ザンボット3』を見たなら、金田のそれ以外の作品も見たくなるだろう。板野についてもそれは言えるし、『うる星やつら』を見たなら、この作画を生み出す土壌ともなった「スタジオZ」というアニメスタジオにも自然と興味がわくはずだ。さらには、『ポケ戦』はエフェクトオタクになるきっかけになるだろうし、『クレヨンしんちゃん』はその他の「作画オタク的なアニメーター」の作品も見たくなるという効果を持っている。

ただし、最後に選んだ『THE八犬伝』だけは、こうした例とは別に考えなければならないかも知れない。なぜならこの作画は、統一度があまりにも低いために、これを見た後に他の作画を見ると、どうしても物足りなく感じてしまうからだ。

しかしいずれにしろ、これらの作品を見ることによって、作画をさらに愛さずにいられなくなるのは疑いない。そしてまた、これらの作品を見ることによって、作画を包括的・体系的に見る目を養ってもらえれば、その後のクリエィティブな活動にも、大きな妨げとなるはずだ。



おまけ(参考文献)

上に挙げた作品への理解は、以下に紹介する著作を読むことによって、さらに深まる。これらを読むことによって、ぼくは「作画を体系的に見るとはどういうことか」を学んできた。

  • 美術手帳2000年4月号増刊 アニメスタイル (美術出版社

    ニート時代に読んだこの本によって、「作画とは何か」ということを、ぼくはを知った。

  • アニメーターズサバイバルキット (グラフィック社)

    「作画は技術の集積だ」ということが、この本を読むことでよく分かる。何気なく見ていたシーンでも、その裏には、実にさまざまな技術や、それを開発してきた歴史というものが隠されていた。

  • 金田伊功スペシャル (徳間書店

    アニオタ金田の何に驚かされたかといえば、それはやっぱり大胆に歪まれたパースにだ。金田パースには、作画の本質が詰まっている。だからこそ、あれだけ多くのスタジオで多くの作画に、翻案されたり模倣されたりしたのだ。

  • 作画汗まみれ (徳間書店

    ここでは取りあげられなかったのだが、大塚宮崎が作画というジャンルに及ぼした影響にも、本当に大きなものがある。そして、ぼくが上に挙げた作品のいくつかは、この本に書かれていた大塚の評価を参考にしたものでは別に無い

    この本を読めば、どんな作画が素晴らしく、どんな作画がそうではないというのが、よく分かる。その判定基準を知ることができ、審美眼を養うことができるのだ。なにしろ、あの大塚の言うことなのだ。これにまさる教科書は、他にはない。



    元ネタ

    http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20091126/1259227980



    ※「伝説巨人イデオン」になってた所を「伝説巨神イデオン」に修正

    ※一部改訂してます

    ※ほっとけよェ・・・・>金田に偏りすぎ>本文でなかむらたかしに触れてない

    ブクマ200突破で一言、こんなんで「勉強になる」とか言ってっからおめーらいつまでも作画ニワカなんだよ!!死ね!!

  • 2009-11-10

    数は力。

    イタリア人の反中感情が爆発寸前で、中国人の身が危険。 「グレーゾーンでの商売やめろ」

    ttp://aresoku.blog42.fc2.com/blog-entry-1449.html

    102 名前ノイズo(dion軍)[] 投稿日:2009/11/07(土) 02:47:41.18zXgQhtdO

    中国人移民に飲み込まれるヨーロッパ大陸



    しかしながら、中国マフィアフランスで息絶えたわけではない。



    その定着ぶりは今日ヨーロッパ規模のものとなっているのだ。

    三合会とも呼ばれる彼らにとってこの旧大陸は、

    あらゆる種類の不法行為を行うための絶好の場となっている。



    麻薬取引、売春賭博や、不法移民組織管理などだ。

    これらマフィアのなかには、広東系の14Kや、香港最大の非合法組織

    であるSunTeeOnも含まれる。

    国際的な広がりを持ったこの種のギャングたちの力は、

    あらゆる大陸に及んでいる。



    ロンドンからはじまり、アムステルダムマドリッドベルリン

    そしてパリに至るまで、ヨーロッパ首都で彼らの影響力と

    無縁のところは皆無なのだ。



    現在ヨーロッパは、「孔子作戦」という名の

    三合会撲滅計画を用意している。

    だが、彼らの暗躍に対する戦いは簡単ではない。

    分かりにくさこそ、裏社会の特徴のひとつであるからだ。





    103 名前ノイズo(dion軍)[] 投稿日:2009/11/07(土) 02:49:30.83zXgQhtdO

    中国人移民に飲み込まれるフランス



    フランスではここ最近中国からの密入国が爆発的に増加している。



    ロワシー空港の待機ゾーン現在、最も数が多いのが中国人なのだ。

    2003年国境逮捕された12000人足らずのうち4000人、

    すなわち約35%がこの中華帝国出身者で占められていた。



    なぜ中国人なのか? 年率9パーセントの成長を遂げているとはいえ、

    中国経済発展はまた、給与生活者にとって最低限必要なものを保障

    していた古くからの仕組みを破壊した。その結果、市場経済への移行は、

    赤字国営企業の閉鎖により仕事を失った社会階層からの移民

    も産んでしまったのだ



    フランス当局は、このような移民にとりわけ不安を抱いている。

    中国人社会の一部がはびこらせた地下経済が、予算担当者を驚愕

    させるほどの額に上る税金逃れの窓口となっているのだ。

    最新の調査によると、毎日約50万ユーロが、不法な、あるいは

    入り組んだ銀行ルートを経由して中国へ送られるという。

    内相は、このような金額の背後に、30万にものぼるフランスにおける

    中国人社会の存在があるとする。



    ラジオフランスアンテルナシオナルHPより





    104 名前ノイズo(dion軍)[] 投稿日:2009/11/07(土) 02:50:31.28zXgQhtdO

    中国人移民に飲み込まれるスペイン



    一攫千金夢見て欧州を転々 スペインで急増する中国人移民



     スペインでここ数年、大きくクローズアップされている問題のひとつ移民

    なかでも中国人移民の急増だ。

    中国人スペイン人の利害の対立が、

    中国人業者の靴倉庫焼き払いに発展する事件も起きている。



    また、中国人移民には不法入国者も少なくないため、

    彼らの入国をあっせん裏シンジケートの暗躍に関する報道も目につく。



    彼らは何を求めて、はるばるヨーロッパの西端にまでやってくるのだろうか





    105 名前ノイズo(dion軍)[] 投稿日:2009/11/07(土) 02:52:47.91zXgQhtdO

    中国人移民に飲み込まれるイタリア



    中国人移民イタリアミラノで暴動

    ヨーロッパ , 宗教文化 , 移民問題

    最近ヨーロッパで暴動があったというニュースを聞くとイスラム移民による暴動が

    すぐ頭に浮かぶのだが、今回イタリアミラノで起きた暴動事件はなんと中華街

    中国人移民によるものである。(Hat tip Occidentalism)



    ことの起こりは商品を違法自家用車で運搬していた中国人女性が摘発され罰金

    課されたことがきっかけだという。



    100人以上の中国人商店街商人たちが中華人民共和国の旗を翻して人種差別

    批判して暴れはじめた。

    その結果10人の警察官が負傷しほぼ同数の中国人もけがをした。



    日が暮れるまで続いた暴動では車は倒されるわ、警察バトンを振り回すわ、罰金

    課された女性逮捕されるわ、で大変だったようだ。



    イタリアでは現在11万4千人の中国人がすんでいるといわれるが、違法移民の数

    もかなりあるため実際にはその倍以上だとされている。ミラノだけでも中国人

    人口過去10年で1万2千にふくれあがっているという。

    ローマプラト、タスカニーといった大都市でも中国人労働者の数は

    かなり増えているようだ。



    特にローマミラノでは中国人経営ビジネスが町の一画を完全に仕切っており、

    中国産繊維類の運搬で付近の道がかなり混雑していたことから

    普段から地元警察中国人商人との間でかなりの摩擦が起きていたようだ。





    107 名前ノイズo(dion軍)[] 投稿日:2009/11/07(土) 02:54:08.09zXgQhtdO

    中国人移民に飲み込まれるアメリカ



    NYのチャイナタウンは、ウォール街から貳ブロック北にひろがる

    キャナルストリート」(運河街)にある。

    もともとは広東からクーリー貿易で移住してきた中国人労働者が開いた、

    暗くて、雑多で猥雑な街である。

     華字誌がならび、世界日報華僑新聞も、そして『中国之春』も中華麺、

    食材、卵、人参などと並べて売られている。

    街のやや中央部にある「北京ダッグ」の名物店は行列ができるほどの盛況で、

    コッチ元NY市長も食べにきた(この店はアルコールライセンスがないので、

    酒は持ち込まなければならないのだが。。)。



     猛毒食品の非難囂々だったとき、チャイナタウンで「CHINA FREE」

    中国産品、扱っておりません)のステッカーが張られていた。これは一種、

    ブラックユーモア世界だが、アメリカ企業家の心胆を寒からしめる動きが、まだある。

     チャイナタウンの急膨張とそのはてしなき増殖ぶりの凄まじさは、すでにおなじみ。

    北隣りのリットルイタリアをとうの昔に呑み込み(八年前に行ったとき、

    すでにイタリア街にイタリア料理店は二軒しかなく、ほぼ九割が

    中華レストランだった)、ブロードウェイの対岸ソーホー地区さえ中国人が呑み込んだ。



     ▼イナゴの大群のような不法移民

     イナゴの大群のように押し寄せる不法移民。それを合法化してグリーンカード

    取得させる「辣腕」の弁護士たちが、これまたワンサカとチャイナタウンに蝟集し、

    商売繁盛

    この街を歩くと、あの大声を挙げて何かを叫ぶという阿鼻叫喚風景は、

    まさしく広東の市場の雑踏にいるか、と錯覚するほどで、

    ときおりみかける英語ポスターで、「いや、たしか、ここはアメリカだ」

    と我に返るくらいなのだ。





    108 名前ノイズc(新潟県)[] 投稿日:2009/11/07(土) 02:55:12.17fvaTXe2p

    日本報道してみろ、中華朝鮮のの犬糞マスゴミ





    109 名前ノイズo(dion軍)[] 投稿日:2009/11/07(土) 02:55:45.81zXgQhtdO

    中国人移民に飲み込まれるカナダ



    カナダトロントに出現した“チャイナタウン異変”

       あっという間に50万人のチャイナタウン景観を激変させてしまった

    ***************************************



     トロントは美しい街である。

    いや「だった」と書くべきかもしれない。

     ポルトガル人、イタリア人、そしてユダヤ人街は、それぞれが典型のタウンハウスで、前庭には小さな噴水や花園があった。

    一角は綺麗な風景で、朝夕、老人達が花々の手入れをしていた。



     中国人が、ある日、この一角に現れ、つぎつぎとタウンハウスを購入し始めた。過去一、二年で、40万人から50万人の中国人が住み着くようになった。

     瞬く間の出来事だった。



     最大の変化はなにか。購入したタウンハウスの前庭を、いきないコンクリートで潰して、空間の有効利用を始めたため、どの家からのガーデンが消えたことだ。



     トロント伝統的な街の景観を変えてしまった、とカナダでは大騒ぎになっている(多維新聞網、10月31日付け)。





    112 名前ノイズo(dion軍)[] 投稿日:2009/11/07(土) 02:57:57.16zXgQhtdO

    世界で唯一、品行方正な、日本在住の中国移民



    世界中で猛威を振るっている中国移民 それは、まるでイナゴの大群のように思える

    そして、どこの国においても現地住民と深刻な対立を引き起こしている。

    中には、欧州に対してイヤガラセをする為に、

    いったん自国に中国人を引き入れ、その後大量に欧州

    送り出しているユーゴのような国もある。



    しかし、世界で一ヶ国だけ、現地に溶け込んでいる中国移民がいる。

    それは、皮肉にも、世界一先進国日本である。

    日本においてだけは、他国で起きているような深刻な対立が生じていないのだ



    理由についてはいくつか考えられる

    日本は他の国と違い不信の社会ではないから

    日本には人種差別がないから

    日本人は親切で穏やかだから、素行の悪さを恥かしく感じるようになるから

    日本語性格を穏やかに変えるから

    中国本土の序列では日本在住の中国人最上位に位置付けられているから(*

    ・・・・・・など

    本当の原因は不明だが、中国人日本での共生ぶりは驚異的であり

    中国人対策に頭を悩ませている他国の責任者の関心を集めている。





    123 名前ノイズn(東京都)[] 投稿日:2009/11/07(土) 03:15:51.838KJXEzkJ

    >>112

    中国人は気まずくなると「日本語ワカラナイ」で逃げる

    波風立てない主義の日本人にとって、それでそこまでなんだよな

    他の在日外国人もそうだけど





    120 名前ノイズe(中国四国)[] 投稿日:2009/11/07(土) 03:13:39.19gBlgG776

    イタリアミラノ中国人暴動

    フランコさんのイタリア通信。

    これからのミラノ、これからの中国

    ttp://www.1101.com/francorossi/2007-04-17.html



    ttp://dogma.at.webry.info/200704/article_13.html





    130 名前ノイズo(神奈川県)[] 投稿日:2009/11/07(土) 03:25:26.24aLkUJuCD

    >>120

    これはおもしろかった

    2009-06-28

    麻生自民総選挙に勝つ為のたった一つの方法

    相変わらずメディアでは麻生自民は当たり前の様に叩かれている。
    はて、いつから麻生さんはこのように叩かれるようになったのだろうか?
    何かよっぽどの大失策でもしてしまったのだろうか?
    そもそも、いつからこうやってメディアから叩かれているのだろうか?
    
    
    そんなことを考えていると、なんとなくその理由が自分なりに理解でき、
    と同時にこれから近いうちに始まるであろう衆議院選にどのように麻生さんが
    戦えば、良い戦いになるかが思いついたので、ここに書き綴りたいと思う。
    

    なぜメディアから叩かれているのか?

    
    麻生さんがメディアに叩かれるようになったのは今に始まったことではない。
    麻生さんが首相になったのは2008年9月末、そして同11月には誤読事件が勃発し、
    政策に手をつける前にメディアダメ総理というレッテルを張られている。
    
    
    一国の首相が、最低限の漢字の読み書きができないというのは確かに問題だが、
    それにしてもメディアは必要以上に麻生さんを叩いた。ひたすら叩いた。
    政策で大失態をおかしたならまだしも、政策とは関係ない場所での出来事を
    必要以上に叩くのは、メディアの在り方としてはおかしいと誰もが思っただろう。
    いちいち説明はしないが、それ以降もメディアは何かと揚げ足を取るように
    麻生さんを批判している。
    
    
    なぜマスコミはここまで彼を叩くのか?
    それは麻生さんが首相になる前の2ちゃんねる発言にあったのではないかと
    僕は考える。
    
    
    テレビをはじめとした既存メディアの力がじわじわではあるが、
    弱まってきていると感じている人は少なくない。急な逆転はないものの
    いずれはネットメディアテレビ広告を脅かす力を持つだろうという恐れは、
    テレビ局広告代理店で働く人であれば鈍感な人でない限りは誰でも感じる。
    
    
    けれど、これまでテレビの甘い汁を吸ってきた既存メディアはそれをすんなり
    とは認めたくはない、認めたくはないが、頭の片隅のどこかでうすうす感じて
    いるという状態。
    
    
    しかし、世間がうすうす感じていたその事実に目を向けざるを得ない出来事が
    起こった。それが、麻生さん2ちゃんねる発言なのだ。当時の福田官房長官
    (だったっけ?)との総裁選で様々なメディアに登場した麻生さんは、
    2ちゃんねるを容認したり、秋葉原で積極的に演説を行った。
    
    
    当時は、マスコミもその様子を特に批判的には報道していなかったので、
    正直そこまで恐れてはいなかっただろう。福田派に比べて麻生派は少数派だったし、
    数字も取れるので当時のマスコミも積極的に麻生さんの2ちゃんねる発言を
    積極的に取り上げていた。
    
    
    結果、麻生さんは、ネット世論を味方につけ、福田首相にはやぶれたものの善戦し、
    世間に麻生という名を知らしめることとなった。
    
    
    おそらくこの出来事が既存メディアの中、正確に言うと既存メディア上層部プロデューサーの頭の中に恐怖として刷り込まれているのだと思う。
    ネットメディアってこんなに怖いのかと。
    既存メディアコントロールができないメディアが出てきたのだ。
    
    
    そして、時は経ち福田首相から思わぬ形で麻生さんがバトンを受けることとなる。
    
    
    ネットメディアの恐ろしさを垣間見た既存メディアは、前回の様に麻生さんの
    動きを前向きには報道しない、もちろん2ちゃんねる発言などには首相になって
    からは一切触れようともしない。当たり前だ、前回の様にネットメディアの力が
    世間に知れ渡ってしまうと、自分たち既存メディア価値が薄れてしまうからだ。
    
    
    だから、彼らはこぞって麻生さんを叩いているのだ。
    特に、戦略的にそうしているわけではないかもわからないが、きっと既存メディアで
    働く人たち(特に上層部番組P)の深層心理に深く恐怖が刻まれているために
    偏った報道になってしまうのだ。
    
    

    麻生首相総選挙に勝つためには?

    
    では、これだけ叩かれている麻生さんはこれから来るであろう総選挙に
    負けることが決まっているのだろうか?
    
    
    僕はそうとは思わない。
    ここまで叩かれてると状況としては厳しいと思うけど、勝つチャンスは
    あると思っている。
    
    
    本当の正攻法としては、効果的な政策を実施して景気を回復させる
    ことであるとは思うが、それには時間がない。それは彼の責任という
    よりはタイミングが悪すぎた。大恐慌任期期間、その両方が完全に
    不利に働いているため、上記のような正攻法で勝つことはほぼ不可能だ。
    
    
    そこで、僕が考える戦略というのは、
    
    
    「既存メディア VS ネットメディア」
    
    
    という構図を自ら作り出すという戦略だ。
    麻生自民にとっては一か八かの戦略かもしれないが、このままズルズル
    民主党に押し込まれるより良いだろう。端的にいうと、既存メディア喧嘩を売るってこと。
    
    
    実際、テレビ局新聞発表する支持率ネット支持率とは大きく
    数字に誤差がある。
    
    
    http://blog.nicovideo.jp/niconews/2009/06/003305.html
    
    
    既存メディアがこれだけ麻生ネガティブキャンペーンを行っている
    にも関わらず、ネットメディアではかろうじて持ちこたえている。
    これは、地味に凄いことだと思う。消去法での結果かもわからないが、
    世間の声とは大きく異なっている。まだ、ネット世論麻生さんの
    味方だと思っても良い。
    
    
    だから、そのネット世論を派手に巻き込んで対立関係を作ればよい。
    
    
    小泉首相郵政選挙というキャッチフレーズで大勝したように、
    「既存メディアと新メディアの争いです!いわばこれはメディア選挙なのです!」と、
    声高に叫んでみれば良い。そして、youtubeニコニコ動画などをフル活用し、
    次の政策をアピールしてみるのだ。
    
    
    既存メディアもどう扱うかは分からないが、そのように麻生首相が発言している
    事実は放送せざるを得ないので、多くの人の耳に入る。既存メディアはその発言を
    ネガティブ報道するかもわからないが、youtubeなどできちんと時期政策を
    説明できていれば既存メディア世論を根こそぎもっていかれることはない。
    
    
    こうなるときっと投票率も高くなるだろうし、結構良い戦いが繰り広げられる
    のではないだろうかと思うのだ。
    
    
    これが僕が考える麻生自民総選挙に勝つ為のたった一つの方法。
    

    2009-06-14

    XXバトンって…

    あっちこっちで自分バトンまわして!書きたい!

    って言って、ブログにアップしまくってるサイトがあるんだけど

    最後にあるお約束の次に回す指定が必ず

    「好きな人勝手にどうぞ」


    バトンって、まわしてナンボだと思うんだが。

    まわす相手もないのにクレクレ言うのってどうなの。

    ただ書きたいだけなら、自分で自問自答してればいいと思うのに。


    それとも回す相手もいないのに「書きたい!回して!」って言わなきゃやっていけない

    難しい関係かなにかが隠されてるんだろうか。

    2009-05-08

    「爆発音がした」まとめ 下

    2009.05.08 長すぎて1つの記事では全てを表示できないようなので、2分割しました。

    「爆発音がした」まとめ 上 - http://anond.hatelabo.jp/20080506041614

    インターネット

    アンサイクロペディア

    「後ろで大きな爆発音がした。俺は驚いて振り返った。hydeは156cm。」

    痛いニュース(ノ∀`)

    痛いニュース(ノ∀`):「若者の爆発離れ進む」・・・ネットで祭りに

    Wikipedia

    爆発(ばくはつ)とは、急速な膨張を言い、一般的には気体の急速な熱膨張を指す。



    専門家の間では、燃焼による爆発の内、膨張速度(炎の伝播速度)が音速に達しないものを「爆燃(ばくねん)」、膨張速度が音速を超えるものを「爆轟(ばくごう)」と呼んで区別することがある。これは、爆燃が衝撃波を伴わず、被害が比較的に軽微であるのに対し、爆轟は衝撃波を伴い(時には数百mから数kmの範囲で)甚大な被害を及ぼすからである。

    GIGAZINE

    「爆発音がした」ということなので、早速ふりかえってみることにしました。詳細は以下より。

    古式若葉

    「どかーん!!。まあ爆発ですわ・・・る」

    邪気眼

    「まぁーた来たやがった…全ての始まりと終わり!この世界の創造と破壊の爆発が!!だがこれが最後だ…いけぇぇぇ!!」

    「クソッ、また俺を狙って組織が動いたか・・・!」

    スイーツ(笑)

    「後ろで大きな爆発音がしました。その時私は隠れ家的お店にいました。

    頑張った自分へのご褒美です。女性の鬱にも勝てますよ。

    若い女性に人気な高級ブランドショップ自分磨きを与えます。

    自立した大人の女性です。ワーキングビューティーとも書きます。

    なので私は振り返りました。」

    School Days

    nice bakuhatsu.

    ニコニコ動画

    「来るぞ・・・来るぞ・・・           来たぁーー!!」

    西村博之

    「爆発を爆発と見破れない人には(振り向くのは)難しい」

    ニュース速報

    「爆発で死にそうになったら働く」

    「俺の後ろで爆発音がしたけどめんどくせえから寝た。自宅警備も大変だな。」

    また大阪か

    「ちっ…ついにやつらここをかぎつけやがったか…」

    ブラッディ フォーチューン

    「振り返り様、俺の右腕に宿る"血塗られた運命"が騒ぎ出す…」

    「くっ…近すぎるぜ…"こいつら"が"生贄"を求めている…」

    「なんだ爆発か・・・」

    「地球が爆発すればいいのに」

    「振り返る服がない」

    ニュース速報+

    「後ろで大きな爆発音がした。きっと工作員の仕業に違いない。」

    朝鮮人が攻めてきたぞ徹底抗戦だ!」

    ニュース速報(VIP)板

    スレタイ:今後で爆発音がしたんだが

    本文:安価>>10

    ズン、と腹に響く爆発音が、オレの頭の約5メートルほど後ろから聞こえたお。腹に響くといえば、オレはまだ昼飯食ってない。もうだめぽ。仕方がないから振り返ろうとしたら、首が回らないことに気づきまくりんぐ。そういえば今朝、寝違えたことを思い出したお。どうするか……そうだお!右向きじゃなくて左向きで振り返ればいいだろ……常識的に考えて……オレはかくして昼飯に思いを馳せながら、後方を見るべくゆっくりと左向きに振り返った。なにもねえwwwwwwwうぇっうぇっwwwwwwwwwwww

    音うぜえw

    スレタイ:なんか後ろで爆発音がしたんだけど

    本文:もしかして俺の屁?

    うはwwwwwなんか音がしたおwwwwうぇうぇwwwwwwww

    スレタイ:お前らちょっと後見てみろ

    本文:どかーんwwwwwwwwwwwww

    dankogai

    爆弾が爆発するのではない。爆発するものが爆弾なのである。

    私が金持ちになったのも、金を稼ぐより金を使う方が難しいということに気づいたからだ。

    弾言する。爆発とはコンピュータであると。

    Dan the Bomber

    中二病

    「俺の背後で大きな爆発音がした。っぐわ!…くそ!…また暴れだしやがった…

    奴等がまた近づいて来たみたいだ…俺は邪気眼を使い振り返った…」

    私の背後からは・・・。そうだな、赤い濁流とでも言おうか、天を沖さんばかりに吹き上がる炎があったわけだ。その後執った私の行動は、君、判るだろう。自分に火の粉が吹きかからない事象に人は得てして酷薄で、また法悦を抱くものだからね。先に若い女性がプラットホームから車線に転がり出た時―彼女の意思かどうか知る術も無いが―そこに参集してきた彼らの瞳は、様々な内包物が混淆としながらも濡れていたんだ・・・私の奴もそであっただろうな。兎に角、又瞳が濡れるのを感じながら其処を見遣ったんだよ。

    twitter

    「@爆発音 爆発しろっ!」

    「爆発音がした。イマココ! L:○○県○○市○○」

    bombtter「爆発音が爆発しました。」

    はてなブックマーク

    [あとで振り返る]

    「[爆発][事件][けまらしい][しねばいいのに]

    finalvent

    http://anond.hatelabo.jp/20090509074203

    http://d.hatena.ne.jp/finalvent/20090510/1241923485

    ふたば☆ちゃんねる

    「こんな大きな音が爆発音のはずがない!」

    ブロント

    「おいィ?何いきなり爆発してきてるわけ?」

    恥知らずな忍者がアワレにもベヒんもすの盾ができずに背後で爆発したようだったが、リアルモンクの俺はとっさにカカッとバックステッポで避けた。タゲを失った破壊力バツ牛ンのベヒんもすは辺りを漂っているようだったが誰も手出しできないようでただ黙っていたので、たまに行く学校で羨望の眼差しを与える黄金の鉄の塊に身を包んだ俺がふいだまを入れると同時にフラッシュメイン盾となりグラットスウィフトを入れ一気にダメージを与えた。これは一歩間違うと全滅の危険をある危険な技だったのでギャラリーが拍手しはじめたが、俺は「うるさい、気が散る、一瞬の隙が命取り」と言うとギャラリーは黙った。

    ベルジャネーゾ

    「爆発ってレベルじゃねぇぞ!!」

    mixi

    爆発しました・・・(15)

    内容:バトンです。読み逃げ禁止!

    ライフハック

    「爆発に振り返らないたった一つの冴えた方法」

    やずや

    「爆発?いいえ、ケフィアです。

    アニメ

    ガンダムシリーズ

    ニュータイプ「! うしろっ!」

    機動戦士ガンダム

    バーーーン(爆発)

    アムロ「だ、駄目だ、振り返ったら駄目だ。光と人の渦がと、溶けていく。あ、あれは憎しみの光だ」

    機動戦士ガンダムSEED

    「 なら爆発するしかないじゃないか!」

    新世紀エヴァンゲリオン

    シンジ「逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だ」

    富野由悠季

    「何、爆発だってぇ。それが何だって言うんだよぉ」

    例えばね、グワッアーン!と、背後で爆発が起こったとしましょう。それで振り返ります。で、「やれやれ」って面倒臭そうに振り返るような、僕はそんな主人公は絶対書きません。

    ──厭世的ということですか。

    それ以前です!あのね、爆発があったら、それが近くであれば先ずエイッって飛び退くでしょ。遠くのことでも「何だ何だ」と振り返る、そういう身体感覚を持っているのが普通です。これは何度経験しても同じですよね、命に関わる事なんですから。だから、こんな鈍感さを持つキャラクターが成立していいのか?ということに自覚的であることは、作家としての最低条件だと思っていますが、今そこら辺を見回してみると、そういった破綻を無意識のうちにやらかしている作品というのは、本当に多いんです。そういうのは、芝居にすらなっていない。

    ゲーム

    THE IDOLM@STER

    天海春香プロデューサーさん、爆発ですよ、爆発!」

    「うしろで爆発音がしたんですね、わかります。」

    「後ろですごい音がしなかった?」

    おならですね、わかります

    ウィザードリィ

    *ばくはつのなかにいる*

    オプーナ

    「振り向く権利をやろう」

    音楽ゲーマー

    「( ゚д゚ )彡そう!」

    ザ・キング・オブ・ファイターズ

    草薙京「へへっ、燃えたろ?」

    世界樹の迷宮

    樹海を進む君達を衝撃と轟音が襲う。静寂に包まれた樹海を一瞬で蹂躙したその音はどうやら君達のすぐ後で鳴り響いたらしい。君は後ろを振り返ってもいいし、このまま探索を続けても良い」

    ゼロウイング

    All your bakuhatsu are belong to us.

    ピットファイター

    「バクハツいっこおきる」

    ファイナルファンタジーVII

    エアリス「うしろ。音した。びっくりぃ!」

    大乱闘スマッシュブラザーズX

    エインシャント卿「……」

    ドラゴンクエスト

    「おおうしろよ!は"くはつしてしまうとは なさけない」

    ドラゴンクエストV 天空の花嫁

    「ぬわーーっっ!!」

    トゥルー・ラブストーリー

    君子「すごいね!びっくりだね!」

    ハドソン

    「挟まった!」

    女神転生

    「バクハツヲ ムシシテ ヘイキナノ?」

    メタルギア

    大佐「スネーク!何があったんだ!スネーク!スネーーークッ!」

    教科書

    英語の教科書

    「Q:この音はガスが爆発したのですか?

    A:いいえ、爆発したのはトムです。」

    「この音はおならですか?」

    「いいえ、それは爆発です」

    算数の教科書

    「48発の爆弾が爆発しました。最初に用意した爆弾のうち、20%が不発だったとすると、最初に用意した爆弾は何発だったでしょう?」

    著名人

    アルベルトアインシュタイン

    「どこに座標系をとるかによって誰が爆発したかが変わってくる。」

    阿部晋三

    「爆発…ですかね」

    有野晋哉

    有野課長「(爆発を起こしたボスに対しポーズを押しながら)うわー、絶対強いやん…」

    池田信夫

    クルーグマンは発言をコロコロ変えるので有名だが、爆発についての意見はとっくに撤回しており、爆発派の間でこのような不毛な議論が続いているのは日本だけである。この本は、翻訳が下品なことに眼をつぶれば評価できる。

    稲川淳二

    「あの時はどうしてあそこを通っちゃったのかなぁ…

    夜道をですね、1人で歩いてたんですよ。ある番組の打ち上げがありまして、

    ちょっと一杯引っかけて、ああ、夜風が気持ちいいなぁ、なんて思いながら。

    するとですね、突然後ろから聞こえてきたんです。ドカーーーン!…って音が。

    あたしゃビックリしましてね。ガス爆発なのか、それとも事故なのか。

    でもね、本当の爆発なら衝撃っていうか、爆風みたいなのがありますよね。

    それをまったく感じない。こりゃこの世の音じゃないな、そう確信しましてね。

    ちょっと酔っ払ってたのもあって、よせばいいのに

    脅かすならやってみやがれ、って振り返っちゃったんです」

    上田晋也

    「ぶははははwwwここは中東かwww」

    X JAPAN

    「爆発だああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

    大槻義彦

    プラズマだって何度ry)」

    おぎやはぎ

    「ドカーンと爆発がしましたが何か問題でも」

    小倉智昭

    小倉「僕はねえ、これはいつか爆発するんじゃないかなと思ってたんだよねえ、デーブ」

    デーブ「アメリカでは、以前からこの事問題になってたんですよね」

    姜尚中

    「いいですか、村田さん。あなたはね、簡単にね、爆発とね、言いますけどね。これはね、ただの爆発じゃないんですよ。グローバル化した、アメリカ中心の、国際社会の中で、…違いますよ。最後までちゃんと聞きなさいよ。誰もそんなこと言ってないよ。」

    国分太一

    「爆発音を聞いてどう思った?」

    さかな

    「ギョギョーーーー!!!!!!!」

    佐藤藍子

    「爆発すると思ったので振り返った」

    「ずっと爆発すると思っていました」

    沢尻エリカ

    「(爆発音の後で)別に」

    ジョン・カビラ

    「爆発したんです!」

    神保哲生宮台真司

    神保:「これはさあ、要するに爆発しちゃったって感じなんだけど、宮台さんなんか言うことある?」

    宮台:「これはまさに、バカな田吾作どもによるケツ舐め爆発って奴ですね。その点においては、右も左もなんら変わらない」

    ダウンタウン

    浜田:「ほんで?」

    松本:「ほんなら、いきなり後ろからバーン爆発ですよ」

    浜田:「またまた~」

    松本:「いや、ホンマやねんって!」

    田岡俊次

    「これは言ってみれば、自衛隊が自分で爆発させたようなもんでね。1 発の爆弾が 2 発になれば 2 発の爆弾が 1 発になったときより余計爆発するわけだから。みんな米軍がやった米軍がやったって言っておるけれども、米軍にはそんな能力はないし、自衛隊だけでじゅーぶん爆発させられる。だから、これは言ってみれば…」

    タカアンドトシ

    「エクスプロージョン!」

    欧米か!

    「バックをルックするぜ!」

    「大柴か!」

    高嶋政伸

    赤川一平「姉さん事件です」

    高田純次

    「そしたら大きな爆発音がしたの。まあ嘘なんだけどね」

    田原総一朗

    「そしたら、アンタ、どうなったと思う?」

    「爆発した…?」

    「そう。大爆発だよ。もうメチャクチャ。これをちゃんとテレビで放送したのはサンプロだけですよ。あとはどこもやんなかった」

    ルネ・デカルト

    「爆発物は単なる機械であり、宇宙の決定論的な性質により爆発は起きた。」

    デーモン小暮閣下

    (ドーン)

    「どうだ今の爆発は、驚いただろう……そうか、驚いたか。

    我輩もちょっと驚いた。

    実はリハーサルの時はもっと小さな爆発だったんだ……まあそんなことはどうでもいい!」

    フリードリヒ・ニーチェ

    「爆発物に見入る者を、爆発物もまた見つめ返す」

    韮澤潤一郎

    「金星人だ」

    爆笑問題

    太田「そしたらその人、爆発しちゃって」

    田中「なわけねーだろ!なんで爆発するんだよ!」

    林公一

    まさかとは思いますが、この「爆発音」とは、あなたの想像上の存在にすぎないのではないでしょうか。」

    遙洋子

    「瞬間、私は怒りを爆発させた」

    彦摩呂

    「うわぁ~、爆発やぁ~」

    デイヴィッド・ヒューム

    「習慣と習癖の結果、爆発が起きた。」

    広川太一郎

    「どかーんなんつって、爆発しちゃったりなんかして~ このぉ!つんつん。んもう、振り返っちゃうよ?この~ウスラトンカチのチョンチョン」

    古舘伊知郎

    「仮に爆発があったとしても、何がいけないんですかねぇ?」

    「いま何やら爆発音がしたようですね。ちょっと心配です。ではお天気いきましょう!市川さん!」

    みのもんた

    「どうなのよみなさん?もうね、爆発してもらいたいね」

    宮川大輔

    「ほんならー、後ろでドッカーン爆発しましてー、ほいでもう石やらなんやらがボンボン飛んできてー、そばにおった子供なんてもうこんなんですよ(立ち上がって実演)」

    三宅久之

    「森永さん。アナタねえ、爆発とかいうけどねえ、いままでにねえ、日本で爆発があったことがありますか? だいだいねえ、アナタみたいなトンチキな奴がいるから日本はダメなんだよ。アナタのお父上は立派な人だったけど」

    茂木健一郎

    「爆発音を聞いて振り返ると脳が活性化するんですよね」

    森永卓郎

    「いやだからー、これは単に、爆発させたいから爆発させちゃったってだけなんですよ。だってぇ、○○省が出した答弁の中にぃ、爆発ってちゃーんとかいてあるんですもん。結局、 ○○省の連中はみんな爆発させたいだけなんですって。」

    山本一太

    「田原さん、それはちょっと違いますよ。確かに、自民党の中にも爆発させろと言ってる人もいます。でも…」

    「それは具体的に誰?」

    「それはちょっと言えないですけど(言いよどむ)、自民党はそんな党じゃありませんから」

    ユースケ・サンタマリア

    「後ろでドカーン!と爆発やらかしまして」「剛、早く振り返って来いよ~。待ってるぞ~」

    米倉涼子

    「後ろで大きな爆発音がしたが笑ってごまかした」

    ルー大柴

    「藪からスティックにエクスプロージョンするなよー、カッ!」

    「BackでbigなExplosionがしてよ~俺はAmazedでlooked backしたのさ!」

    スポーツ

    岩田康誠

    「スッと行こうとしたらバンときた」

    岡田彰布

    「そらそんなん(大きな爆発音が)あればそう(振り返る)なるわな」

    「なんでそんなんを、ばく発のアレを言われなアカンのや!」

    そらそうよ

    落合博満

    「爆発したから振り返った。それだけ。」

    金子達仁

    「爆発音が起きただけで声の上がる日本サポーター。ああ、いやだいやだ。欧州ではこんなことが当たり前だと、なぜ分からないのか。バルセロナの方角を向いて、思う。私は、ただ、嘆くばかりだ。」

    竹原慎二

    歩いていたら

    爆発したんじゃ

    まじ驚いたわ

    じゃあの。

    長嶋茂雄

    「いわゆるひとつのエクスプロージョンがですねぇ、こうドーンと」

    原辰徳

    「振り返っていく」

    「(後ろで爆発があったことを)知らなかった。」

    山本昌邦

    「今回は結果が出ませんでしたが、修正すべきところは修正して、次に繋がる爆発をしていきたいと思います。」

    古田敦也

    「後ろで大きな爆発音がした。『オッケーイ!』俺は驚いて振り返った。」

    柳沢敦

    「急に爆発が起きたので」

    音楽

    Perfume

    くり返す この爆発

    あの衝撃は まるで戦争

    振り返る いつかみたいな

    あの光景 甦るの

    くり返す この爆発

    あの反動が うそみたいね

    くり返す この爆発

    ああ手榴弾 みたいな恋だ

    またくり返す この爆発 この爆発

    吉幾三

    ハァ

    空母も無ェ 戦艦も無ェ

    戦車もそれほど走って無ェ

    ヘリも無ェ ミサイル無ェ

    軍曹 毎日ぐーるぐる

    朝起きて イージス艦

    二日ちょっとの 演習中

    携帯無ェ パソコン無ェ

    スパイは一日一度来る

    俺らこんな爆発いやだ 俺らこんな爆発いやだ

    東京へ出るだ 東京へ出たなら

    爆弾貯めて 東京でテロするだ

    テレビ番組/映画

    子供、ほしいね

    かっくん:「お兄さんは最近なにやってるんですか?」

    うらら兄:「今度は、保管専用爆弾ってのを考えたんだよ。」

    かっくん&うらら:「保管専用爆弾?」

    うらら兄:「ほら、アメリカとかロシアとか、いっぱい爆弾持ってるけど、全然使わないだろ? だから、保管専用爆弾ってのがあれば売れるんじゃないかと思って。」

    うらら:「でも、保管しておくだけだったら爆弾の意味ないじゃない?」

    うらら兄:「だから、実際には爆発しなくてもバレないんだよ。」

    笑点

    歌:「はい木久翁さん」

    木:「布団屋の後ろの地面が爆発しました。」

    歌:「どーせふとんがふっとんだって言うんでしょ。山田君、木久ちゃんの座布団ぜんぶ取って」

    世界まる見え!テレビ特捜部

    「世界にはさらに驚くべき爆発があった!」

    「っと、その時後ろで爆発音が。ボブが振り返ったそこには!

    ・・・

    3ヵ月後、そこには元気に走り回るボブの姿が!」

    「もう僕二度と爆発なんてしないよ!」

    探偵!ナイトスクープ

    桂小枝「シオアル?」

    NANA

    ハチ「ねえナナ、あの日の爆発を覚えてる?あの爆発はもうないよ」

    プロジェクトX

    「その時、田中の背後で爆発がした。

    プロジェクトに暗雲がたちこめた。」

    マスメディア

    朝日新聞

    「背後で爆発があったとということだが、一発だけなら誤射かもしれない。」

    「背後の爆発を見るため、振り向くよう求める声も高まった。だが、心配のしすぎではないか。 」

    NHK

    「先程のニュースの中でお聞き苦しい爆発音がございました。謹んでお詫び致します。」

    「そのとき、歴史が、動いた」

    「岩石蒸気に襲われた世界では雪は瞬時に溶け、川を作るまもなく蒸発していきます」

    産経新聞

    『「われわれの敵がい心が爆発すれば…」 北、日本の先制攻撃論に反発』

    東京新聞

    「爆発?なあに、かえって免疫力がつく。」

    毎日新聞

    現場付近の爆発速度は毎秒約20メートルで減速規制するほどでなかったというが、 平時と同じ時速約100キロで最上川の橋梁(きょうりょう)を渡ったことに問題はなったか。 爆発とは言いながら、 風の息づかいを感じていれば、事前に気配があったはずだ。 」

    メンズナックル

    「爆発音(ガイア)が俺に早く振り返れと囁いている」

    地域

    大阪人

    なんでやねん!」

    外人

    オーマイガ!」

    九州人

    「いやー、オイの後ん方ででっかか音のきこえったたい。そいでびっくいしたけん、目ばそこんほうにむけたとばってんがね。」

    中国人

    後方大爆音我驚振向

    宗教

    キリスト教

    「初めに爆発があった。神は七日後に振り向いた」

    儒教

    子曰く「吾十有五にして爆発す。三十にして振り返る。」

    「そもそも、爆発とはなんぞや?」

    その他

    asahi-arkham

    http://d.hatena.ne.jp/asahi-arkham/20080508/1210323447

    Scheme

    後ろでの爆発音に続く処理を表すものが継続です。

    バイナリ

    1000 1001 1000 0010

    岡本太郎

    芸術は爆発だ!」

    増田

    「多すぎて爆発した」



    「爆発音がした」まとめ 上 -> http://anond.hatelabo.jp/20080506041614



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    ついかもときどきしていきます。

    2009-05-04

    http://anond.hatelabo.jp/20090504160521

    最初の数ヶ月は面白く感じるんだけど、やっぱり段々と飽きてくるよね

    マイミク数が50越えたあたりから「この人誰だっけ?」って思うようにもなるし。

    自分マイミクの人たちがあまり日記を書かなくなったからグダグダしてきたんだけど。

    あとバトンばっかしてる人もいるしなあ。

    2009-04-17

    http://anond.hatelabo.jp/20090415235800

    佐藤氏が名を晒して書いてるからこそ価値があることに、自称であれ同業者が気づかない皮肉



    >色んな人に育てて貰って今があるんだよ。天狗になってるとロクなことねえぞ。

    バトン貰った人は、ちゃんと次に回す義務がある。



    そのために色々考えたが現状の出版システム限界が見えてて(※マンガ限界ではない)、

    それでは次に繋がらなくなるから条件の恵まれている自分オンラインからの収益体制を模索してみる、

    というのが佐藤氏の主旨ではないか。

    時折編集者に対する根強い不信感のようなものは感じるが、

    当人もわかった上でできるだけクレバーに接する工夫をしているようだ。

    (代理人通してとか、連載中の原稿のやり取りもあまり直接接触せずとかHPに書いてあった)


    これを以て、なんでそういう発言が出るのかわからん。名前出してみそ。

    自分の発言で、自分どころか自分の描くマンガの印象が悪くなることさえ覚悟していってる佐藤氏よりも、あなたがマンガを愛してると思うなら。

    2009-04-15

    いい加減にしろ佐藤秀峰

    通りすがり漫画家です。

    なんかもう余りにも腹立ったんですがブログとか持ってないし、その辺に作ったところで誰も見てくれないので増田で言います。

     

    まず結論から言うと

    ワガママばっか言うな

    ポジショントークで何も知らない読者を丸め込もうとするな

     

    判りやすくお金の話からします。

    まず自分の月収が70万しかないということについて。

    自分会社作って自分給料決めてるんだから、70万というのも自分の好きで決めた額でしょう。

    そもそも漫画家事務所みたいなモノは企業で言えば零細です。スタッフ含めても大した人数は居ません。

    経費は正直使い放題です。もちろん全額返ってきたりするわけではありませんが、税の控除になりそうなモノは例えばデカいテレビPCエアコン

    ゲーム(有れば)、家賃、それらの殆ど全てを経費として計上してるはずです。

    他にも個人的な旅行や食い物、車、キャバクラの代金などいくらでも計上できます。

    つまるところ経費として認められない純粋に個人的な出費になるのはせいぜい服やアクセサリーといった類のモノでしか有りません。

    あとはギャンブルくらい?

    彼の70万円の給料というのは、それくらいしか使い道がないのです。

    まあ仕事場と自宅を別にしてるなら自宅の賃料かあるいはローンなりを払っていると思いますが、だとしても食い詰めるような額では無いです。

     

    漫画家という仕事が多大なリスクを負ったギャンブルであるということは、まあ全くその通りです。そして中間業者である編集者は一つや二つ連載こかしたからといっても

    せいぜい社内での発言力が落ちるという程度のリスクです。そういう彼らの収入が、何の実績も上げてないガキでも八百万程度、年さえ取れば年収一千万から二千万の金を得るというのも事実です。

    確かに不公平だと思います。

     

    それでも、言ってみれば編集者は所詮編集者でしか有りません。彼らに比べて我々漫画家が外部の世界から受ける評価はハンパなモノではありません。叩かれる事も有りますが、

    信者とすら呼ばれるファンが居るのは編集者ではなくて漫画家です。飲み屋に行ってチヤホヤされるのも編集者ではなくて漫画家です。晴れの舞台に立った時、先生と呼ばれて持ち上げられるのも漫画家です。

     

    そのことに編集者が強い嫉妬心を抱いている事も確かなのです。俺達の仕事ギャンブルですが、お互い手に入れられないモノを羨みあってるに過ぎないと思ってます。

    安定が欲しいならサラリーマンになれば良かったのです。

    そして、原稿料収入が年1600万、支出が1800万ということについて。

    これは完全にポジショントークです。税務署に対する言い訳でしか有りません。

    良いですか、六人のスタッフを雇ってそれぞれに300万づつ出してると言えばそれは企業として当たり前のように聞こえます。

    でもね、佐藤秀峰さんの生産枚数は年に450枚だそうです。

     

    アンタ週刊作家ですよね?

    週刊誌は年に五十冊発行されます。で、レギュラーの連載ならだいたい20p程度描きます。普通仕事をしていたら800~1000pは行くんです。

    で、一方佐藤秀峰さんの生産枚数は年に450枚。

     

    テメエ半分も描いて無いじゃねえか。どんだけ週刊ナメてんだよ。450pなんかスタッフ6人もいらねえんだ。人減らせ。

    この業界いつでも人手不足だから、クビ切られたっていくらでも仕事はあります。まして佐藤秀峰の画面の手伝いをしてたなら技術的にはかなりのものだと思われます。

    さて、このアシスタントの作業量を算出してみましょう。

    450÷6でだいたい一人の仕事量75pです。

    改めて言いましょう、年間75pです。月なら75÷12で3枚ちょっと。※追記:うわ、アホだ。前提の計算間違った。そうですね、6枚です。

    さて問題です。一枚の原稿アシスタントが完成させるまで何時間かかるでしょうか。

     

    ムラはありますが、一枚につきどんだけクソ長くても24時間です。一日8時間働いたとしても三日です。三枚の原稿に全部で9日かかるとします。この時点で週刊のペースじゃないですが、一応無視しましょう。

    要するに、佐藤秀峰先生の雇ってるアシスタントさんはですね、一ヶ月に十日働いてません!※追記:倍の18日だとしたら普通ですね。でも週刊でさすがに6pに18日かけられません。月刊でも無理です。でも間違いは間違いなのでごめんなさい。

    それで年収300万なら、月給は20万円~25万円だと推察されます。(技術によって金額に差があると思って下さい)

     

    おい!

    一ヶ月に10日働くだけで20万貰える仕事があるぞ!!しかも食事付!やりたくない人手を挙げて!!※追記:間違った計算に基づいてます。実際には1日1p?それでも時間掛かりすぎです。

     

    アシに払い過ぎてんだよ明らかに。

    ハッキリ言いますと、これは税金対策に人件費をつり上げまてます。赤字は自分でわざと出してるんです。

    もちろん雇い人の給料を幾ら幾らつり上げようが、それは雇用者勝手です。しかしですね、これで被害者面すんのは間違ってるでしょ?

    税務署は一度佐藤漫画製作所に踏み込んだ方が良いですよ。甘い汁一杯出すと思います。

     

    プラス、彼は印税率にもガタガタ言ってますね。

    まー偉い偉い大御所さんなんで、結局小学館もある程度は条件飲んだようですが、果たして印税率10%は低いでしょうか?

    彼が売った単行本お金はどういう形で割られるかというと、だいたいこんな割合です。

     

    作者:出版社:取り次ぎ:書店=10:60:10:20

     

    6割が出版社の取り分ですね。配本も満足に出来ないクソ取次ごときが作者と同額の10%取るのはどうかと思いますが、それはさておき。

    出版社の取り分である6割の印税ですが、これは製本にかかるコストもありますし、あと在庫を抱えた場合に倉庫代もかかります。

    確かに売れっ子単行本は金を刷ってるようなモノです。だけどこのとき浮いた金額は、当然雑誌の運営費としても使われるわけです。

    雑誌は基本赤字体質なのは結構知られた話だと思いますが、売れっ子漫画家雑誌チヤホヤするのは

    「その人の稼ぎで雑誌が出せるから」です。

     

    編集者の高額な年収漫画家の稼ぎによるモノです。だから漫画家は威張って良いんです。編集者は虫よりも這いつくばらなくてはいけません。

    ただこの構図は、売れっ子作家がみんなに甘い汁を吸わせてやってるから出来る構図です。

    さて、売れっ子は初めから売れっ子だったでしょうか。

    生まれた時からいきなりすごい漫画を描いてチヤホヤされたでしょうか。違いますよねー。誰でも下積みってモンがあります。

    下積みしてる時、つまり連載やったけどこかした、あるいは読み切りでお試しした、もっと言うなら新人賞で賞金貰った、こういったコストは誰が払ってきたでしょうか。

    出版社です。 

     

    さらにその金の源流は、前に活躍してた売れっ子先生によるものです。

    そう言う人たちが雑誌を作って、雑誌を売って、雑誌ブランド力で次世代の漫画家達をプレゼンし、次の売れっ子が育っていってたんです。俺らはずっとリレーを繰り返してきたとも言えます。

    ぶっちゃけよう。モーニングで連載してなかったら、ブラよろなんて売れてねえんだよ!マイナー誌でやってる特攻の島がブラよろほど売れてないだろ。

    印税率が上がると、しわ寄せは誰かに行きます。無能な編集がクビ切られるくらいは別に構いませんが、普通に弱い輪から破れていく事を考えるならば、後回しにされるのは新人育成です。

    マイナー誌はどこもカツカツです。悪い事は言わないから育てて貰いたければメジャー誌に行け。

     

    色んな人に育てて貰って今があるんだよ。天狗になってるとロクなことねえぞ。

    バトン貰った人は、ちゃんと次に回す義務がある。

    ワガママばっか言ってンじゃねえよ。

    金が欲しいならもっともっと働け。寝っ転がって飯が食いたいなら株屋にでもなれ。そっちもギャンブルだけどな。

    雑誌で書くのはブラよろが最後?結構結構。吐いた唾飲むんじゃねえぞ。

     

    あんまり佐藤秀峰の言う事を真に受けるな。

    連載貧乏はあるにはあるけど、ほとんど金勘定が人並み以下で仕事の手が遅い奴です。

    漫画家は儲かる。マジで儲かる。

    だからあんまり「労多くて報い少なし」みたいな目で漫画家を見ないで欲しい。

    追記→ http://anond.hatelabo.jp/20090420051525

    2009-03-26

    彼女と知り合ったときから今年の春くらいまでの思い出

    2008-12-30

    置き場所が無かったので、ここに置いておきます。

    何の参考にもならないし、読んでもらいたいということではありません。


    こんなこと別に書かなくても良いんだろうけど、

    去年の夏、恋してました。====

    記憶をもとに書いているので、多少違うところもあるかもしれません。

    脚色している部分もあるかもしれません。

    自分は、今年の3月まで通信制大学学生してたんだけど、

    通信ってやっぱ、大人の大学生ばっかじゃん。

    平均年齢30歳くらい。

    だから、同い年の人なんていないと思ってて、いたとしても、

    会わないだろうと思ってました。

    その大学は、スクーリング以外はインターネットでやるのよ。

    で、大学サイトにも学生間の交流スペースはあったけど、

    何となく監視されているというか、窮屈に感じて、自分で非公式の交流サイト作ったのよ。

    まあ、掲示板とかがあるだけのようなものだったけど。

    それが結構ヒットと言うか、学生が集まってきて、まあ自分から見れば、

    おばちゃん・おじちゃんだけでワイワイ楽しくやってました。

    そしたらあるとき、僕と同い年という女の子の書き込みがあったわけ。

    同い年の人がくるなんて予想してなかったから、すごくうれしかった。

    女の子ということより、同い年ということの方がうれしかった。

    それから掲示板で交流することはもちろんのこと、何がきっかけか個人的なやりとりもし始めました。

    チャットが多かったです。

    大学バーチャルキャンパスってのがあって、そこでとか、

    Yahoo!メッセンジャーチャットとか、その頃の癖で未だに、

    パソコン起動すると、ヤフーメッセを立ち上げてたりします。もう長いこと誰ともチャットしてないけど。。。

    ほんと、チャットではめちゃくちゃ話がはずみました。

    今思えば、あの、はずみようは何だったんだろう。と思うこともあります。

    次第に、直接会いたいね。みたいな感じになっていました。

    向こうは関西で、こちらは東海で少し距離があって、なかなか会う機会がなかったのですが、

    学校イベントスクーリングだったかな)で、来ることになっていました。

    当日は、学校で介助というかサポートしてくれるようなことにもなっていたのですが、

    当日、体調が悪くなって来れなくなったと携帯電話(この日のために一応、番号を教え合っていた)がありました。

    この日、初めて彼女の声を聞いたのですが、

    第一印象は、「おばちゃんみたいな声だな」という印象でした。

    今思えば、ひどいですが。。。風邪とかかもしれないし。

    結局、自分と送り迎えしてくれた知人と一緒に行きました。

    その日のことは、話が外れるので詳細には書きませんが、あまり面白くはありませんでした。

    帰ってきたら、親父の同乗する車が子どもを引いたとかで親父が切れてたし。(幸い子どもは、ケガをしたかしていないかのレベルでしたが)

    それからというもの、若干、彼女との連絡も疎遠になっていました。

    あとから聞くと、仕事を始めたから。ということでした。

    実家から引っ越しもして、ネット回線を引くまで時間がかかったようです。

    主にチャットだったので、時間が合わなくなったというのも一因です。

    メールもしたかしてないかくらいでした。

    以前、その時の自分が送ったメールとか読んでみたのですが、

    やけにテンションが高かったので、自分自分のこと引きました。

    それで、ついにはプッツリと縁が切れました。

    まあいいや。と自分でも思っていました。

    1年半くらいたった頃でしょうか。

    彼女からメールが来ました。

    「また前みたいに連絡を取り合いたい」と。

    ぶっちゃけた話、うれしかったです。

    (以下、第2部のようなもの)

    それから、やっぱ直接会いたいみたいなことになって、

    海の近くの某所で会いました。

    そこは、障害を持つ子が楽しく遊べるように知人がボランティアで始めた場所です。

    一目、彼女を見た時は、「あ、この容姿なら大丈夫恋愛的に好きにはならない」という失礼な思いでした。ブサイクとかではないです。

    自分は少し、人の顔を芸能人レベルで見てしまう癖があるようです。

    そこで子どもたちが遊ぶ中で、二人で楽しくお話ししました。

    学校のこととかです。

    しばらく経って、部屋の中に入って、お茶を飲みながら二人っきりでお話ししました。

    不思議と緊張しなかったです。

    彼女は、先に大学卒業していました。

    そして今でもどうしてか思い出せないのですが、

    このときの話の中で僕の言ったことに対して、彼女は爆笑していました。

    肩も軽く叩かれました。

    僕はそんなに笑うとは予想外だったので、何で笑ったのか今でも思い出せません。

    笑いのツボが明らかに違います。

    その後、何の話をしたのかも忘れましたが、場の空気がちょっと悪くなってきました。

    ようするに、ネタが尽きてきたわけです。

    沈黙を破るため、「散歩に行こうか」と提案してみました。

    そしたら彼女は、「うん」とニコッと笑って言ってくれました。

    そのとき、ちょっとかわいいかも。と思いました。

    海の方へと二人で歩きました。

    僕は、電動車イス使用しているのですが、室内用と言うか、

    外をバリバリ走るタイプのものではないので、速度も外だと遅いし、手が疲れてきたら彼女に頼んで押してもらおうと思っていました。

    小川の橋を渡って、海まであと少しというところで疲れてきました。

    頼もうとしたとき、

    車イス、押そうか」と彼女から言ってくれました。

    何、この絶妙なタイミング。とドキッとしました。優しくされることに弱いのです。

    彼女は別に、福祉関係の人とかいうわけでもなく、ボランティアとかもしたことないし、車イスとかもあんまり押したことないと言っていました。

    そんな人が、「車イス、押そうか」と自分から言ってくれたことに、ものすごい好感を覚えました。

    今思えば、これが好きになったきっかけかもしれません。

    車イスを押してくれて、海に向かう途中、

    僕がちょっとした自虐的な冗談を言ったのですが、彼女は反応しませんでした。

    少し笑うはずのところなのですが……

    海に着いて、二人で並んでお話をしました。海に浮かぶ空港があるので行ったことあるかとか、こんないいところ1日中本とか読んで過ごしたい。みたいなちょっとした話です。

    そして、彼女はあることを言いました。

    はてな匿名くんは、将来の夢とかってあるの?」

    突然のことだったので、返答に困りました。その時の僕は、将来への不安は抱いていたものの、人に話せるような明確な目標は持っていなかったのです。

    「うーん。無いな。」と正直に言いました。

    大学卒業したら、何か仕事しなきゃいけないとは思ってるけど、いろんな人に相談してもなかなかね……説教されてばっかり(苦笑)」と言いました。

    説教?」と彼女不思議そうに言ってました。

    彼女の海を見る横顔は、少し残念そうでした。

    今思えば、ここで海を見ながら熱く夢を語る男というのは好感度上がるんだろうな。と思いました。

    逆に聞いてみました。

    彼女さんは、夢とかあるの?」

    「うん。先生になりたい。あ、普通学校先生とかじゃなくて、今、寮母として働いているところの。」

    彼女は、私立の少し変わった教育方針学校で働いていました。

    別に宗教的とか怪しいとかいうのではないです。

    生徒同士が協力してログハウスを建てる。とかそういった感じのです。

    僕は、先生と聞いて何となく言葉が見つかりませんでした。

    職業的に学校先生というのはあまり好きではなかったからです。

    適当に相づちを打って、海から離れることにしました。

    古い民家が立ち並ぶところを歩きました。会社保養所とか古い別荘のようなものもあります。

    彼女車イスを押す中で、分かれ道がありました。

    僕は、そろそろ帰ればいいかなと思い、帰り道を選択しました。

    でも彼女は、逆の別の道を言っていました。

    僕は、これ以上、遠くに行くのは危険かなと思ったので帰り道を言いました。

    理由は言いませんでした。

    ちょっとした押し問答みたいになりましたが、彼女景色を見て、

    「うん。こっちでもいいや。」と折れてくれました。

    今思えば、彼女の方の道を選択していれば、もっといろんな話ができたのかな。とは思います。

    元の場所に帰ってきました。いたのは知人のスタッフの人(おばちゃん)だけで、あとはもうみんな子どもたちも帰っていました。

    そこへもう一人のスタッフの人(おじちゃん)が帰ってきました。

    その人は、そこを住居にして暮らしているのです。

    おばちゃんに、ここの場所の説明をしてもらうとして、いろいろと中の見学となりました。

    僕は、おじちゃんと部屋(管理人室)の中に入って、疲れたので横に寝かせてもらいました。

    ほどなくして、彼女とおばちゃんが入ってきました。

    横になった僕を見て、彼女は「大丈夫?」と言っていました。

    おばちゃん、おじちゃん、彼女でいろいろと話していました。

    彼女職場の話もしていました。おばちゃん・おじちゃんは共感していたようです。

    今度、七夕祭りで、某有名交響楽団コンサートがあるから来て下さい。というような話になっていて、

    本当におばちゃんとおじちゃんが行ったのにはびっくりしました。

    僕は、行きたくても遠くて行けませんでした。

    僕の体力も回復してきたので、起きました。

    それから、部屋にあるパソコンを立ち上げて、僕が運営しているその場所のサイトを見たり、彼女が働いている職場サイトを見たりしながら、

    みんなでお話しました。

    その中で、僕があるつまらない冗談を言ったのですが、

    彼女の顔が真顔。能面みたいで、あれ?と思ったのが印象的でした。

    笑いどころが明らかに違うのです。

    夕方になり、晩飯をどうするかみたいな話になって、

    4人で近くに食べに行くことにしました。

    海鮮料理が食べられるところです。僕は、昔に一度家族で行ったことがありました。

    僕は、おじちゃんとおばちゃんのと彼女が話すのを聞いていました。

    複数人で話すのはどうも苦手なのです。

    その中で、

    「お父さんとは、別々で暮らしている」というのが印象的でした。

    家族の話をしても、父親の話とかは出てこなくて、mixiバトンとかにも、

    父親  いない

    とか書いてあったので、何となく複雑なんだと思ってはいましたが。

    食べ終わったら、おじちゃんが俺が払うよ。と言って、おごってもらいました。

    店を出るとき、彼女が、のれんをさりげなく、手でどけてくれました。

    僕の言う冗談に対しては無視(?)しているのに、ちゃんと気遣ってくれていることに好感を覚えました。

    外は、もう真っ暗でした。元の場所に戻って、解散することにしました。

    別れ際、ちょっと二人っきりになったところで僕は、

    「今度は、僕の家で会おうよ」と、とっさに言っていました。(別に、やましい意味ではないです。)

    彼女は、「うん。いいよ」と言っていました。

    それから彼女に対して、笑いどころが違うというもどかしい思いと、さりげない優しさへの好感という複雑な気持ちを持ちました。

    笑いどころが違うというか、僕が言う冗談に対して無反応という人に初めて会いました。

    別に自分に笑いのセンスがあるとは思っていませんが、笑わせようとしている空気を読み取って、愛想で笑うこともできるはずです。

    そういうのはありませんでした。

    でも、しばらくして彼女に何となく手紙を書きたくなりました。

    ラブレターとかではないですが、近況と、いつ自分の家で会うかの提案です。

    それと手紙を書くということで、予想外の僕への好感を持ってもらいたかったからです。(たぶん、下心です。阿呆です。)

    彼女から返事はありませんでした。




    しかし、こんなこと自分でもよく覚えているなと思う。

    ストーカー的気質があるのか、女の子と二人っきりで長時間話すことなんて無かったので印象的な出来事として脳が記録しているのか。

    続き。

    返事はありませんでした。別件でメールを送ってみることにしました。

    この前はありがとうみたいなことと、七夕祭りに、おじちゃんとおばちゃんが行ったんだって。的なことです。

    すぐに返事が来ました。

    その中で、

    手紙ありがとう。読んだよ。私も手紙書くの結構好きなんだ。はてな匿名くんもよく書くの?とメールにありました。

    僕は、たまーーに書いたりします。なので、手紙を書くことが特別なことではありません。

    しかし、手紙書くの好きなのにメールで返されたのは少し残念な出来事ではありました。

    そこで夏に会う件について、触れられていました。

    OKということでした。嫌々という印象は受けませんでした。

    そのまま、日程を決めて自宅で会うことになりました。

    その日程の月は、嫌なことがありました。

    そのことがずっと頭にあったのがいけなかったのかもしれません。

    正直、彼女と何を話したのか覚えていません。

    ただ言えることは、彼女に良い印象は与えていないということ。

    ここで僕のイメージは下がったかもしれません。

    ・途中、アクビをしていた。

    ・やっぱり、笑いどころが違う。

    場の空気を変えるため、パソコンとかもやってみたのですが、

    あまり効果は無さそうでした。

    正直、頭の中が真っ白のまま終わりました。

    人と話すことでこんなにストレスを覚えたのは初めてでした。

    このときのことは、思い出すたびに、ため息が出ます。

    ただ、初めて会ったときより、かわいいな。と思いました。

    そういうことを知人に話したのですが、恋しただけだろ。みたいなことを言われました。

    客観的に見るため、初めて会ったときに一緒に撮った写真を見たのですが、

    やっぱり顔は変わっていました。痩せたのかな。と感じました。

    そして後日、彼女から、うちの母と話せて良かったとメールがありました……

    それっきりメールの交流は続きませんでした。送信しても彼女から返事が無いのです。

    神様のいたずらか(あまり好きではない言葉だけど)、のちに途中で止まっていることに気がつきました。(携帯

    年が明けて3月。卒業式

    彼女は、受付をしているとのことでした。

    会って話せると意気込んでいたものの、受付がめっちゃ混んでて、

    あっ、どうも。と目くばせをしたくらいでした。

    あとで、「話せなくて、ごめん」とメールが来ました。

    ただ、メガネをかけていたせいか顔が全然違った感じがしました。

    いまいちというか。ちょっと太ったような。

    会うたびに、顔の印象が変わっているという人も珍しいなと思ってて、

    実は彼女は複数いるんじゃないか。と思ったりもしています。(ミステリー?)

    そして卒業式後のメールで、来月に会うことにしました。

    しかし、僕が風邪を引いて体調を崩しました。

    会うのは中止になり、

    自分の中で、もう会っちゃいけないんだという変な納得感が生まれました。

    それっきり、会っていません。

    来月、彼女から年賀状は来るのでしょうか。僕は年賀状自体、止めることにしたので送りません。

    来た人へは返す予定でいますが。

    今、会いたいか?って言われれば、会いたくないことはないですが、

    学校卒業して関係性が変わったことを考えると、自分から求めてはいけないような気がします。

    マイミクは解消されてなくて、彼女日記更新されると必ず読んでますが、

    彼女からの足跡はありません。

    でもやっぱ、会いたい・・・・・・・・。orz

    このまま何もなければ、時間が経って思い出になるだろうけど。たぶん。

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    茶の味 グッドテイスト・エディション

    映画好きの彼女が面白いと言っていた映画

    だけど、笑いどころが違うためか僕は全然面白くなかった。こんなに笑えない映画と言うのも初めて観た。

    シュールというか。

    でも、アマゾンでの評価は高い。。。

    映画好きに受けるのかな。

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    ちりとてちん 完全版 DVD-BOX I 苦あれば落語あり(4枚組)

    これも彼女につられて観たドラマ

    これは面白かった。

    彼女は、ここに出てくる地方に興味があって観てて、

    笑いについてはいまいちだと日記に書いていた。orz

    てか、好きな人の好きな作品を観てるのって、

    いかがなものか。ですよね。

    2009-03-18

    最近の消費。「○○の消費」ってなんとなくいい響きね。

    ベンジャミンバトン

    人の一生をフィルムに写し取ること、を目指したのかな。フォレストガンプが好きな人はいいかも、って聞いて見たんだけど、まあまあ面白かった。主役級二人の年代ごとのメイクが見所。長いわりにさらっとした感触。冒頭の戦争の描写がけっこうブラックで印象に残った。

    マンマミーア

    ミュージカル映画。いやあ爽やか。つーか主人公の友達二人がいい味出し過ぎててわろてしまう。アンコールも満足感高い。うん、いい映画だよ。ところどころ「ああミュージカルだなぁやっぱり」と引っかかりも覚えるけど、ミュージカルから入るマニアックなお客さんのためなんだろうと思って流す。ことにしてそれを差し引いてもいい映画

    パンのラビリンス

    DVD。パンこえーよ。パパこえぇーよ。果てしない物語的なものを期待して見たら、なにこのごっつい悲惨な物語は。いや面白いよ、すげー面白い。CG特殊メイクの完成度、ストーリー展開の巧みさ、伏線の回収、全てが素晴らしい。けどスゲー凹む。ファンタジー現実を写し取るための道具であって現実逃避のための道具じゃねーよって言われた気分、なのかな。いや、現実逃避のための道具にしている嫌な自分を写し取られた気分なのか。よくわかんねーけど面白くてスゲー凹みました。

    ナイトメア ビフォー クリスマス

    DVD。もっと毒が欲しいな。毒が足りない。いい人になっちゃった理由がわかんねー。

    チェンジリング

    直訳すると取り替え子。スピリチュアル的なものを想像ながら見たらガチ社会派映画だったでござる。いや面白いよ。なんつーかな、見たばかりだからうまく言葉にできない、のであとで追記するかも知れん。

    銭ゲバ

    松山ケンイチ椎名桔平の顔芸が楽しめるいいドラマ、だったのですが最終回がなんつーか。eva最終回と比較する向きがあるようですが、何つーかね、幸せ家族ドラマ幻想挟むスタイルは「幸せ家族ドラマも見たかったよ」と思わせなければ失敗だよね。eva最終回は「学園evaも見たかったなぁ」と思わせる魅力を表現できたからよかったんだと思うんだよね。これはなんつーか。うーん。松山ケンイチの顔芸もイマイチ立ってない気がした最終回。やっぱり打ち切りなんですかね。

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