はてなキーワード: セカイ系とは
音声合成DTM製品「VOCALOID2 CVシリーズ」の第二弾である「鏡音リン・鏡音レン」を用いて作られた一連の楽曲作品。詳しくは検索。
小説とか漫画とか劇化もされてるようだけどそっちはノータッチなので除外。なんか詳細設定とか山のようにあるらしいけどあくまで元動画とその歌詞に情報源を絞る。
前者はある国で暴政を敷いた愛らしい王女が革命によって倒されるまでのことを歌った歌、後者はその王女に仕えた召使いの視点から同じ一連の出来事を歌ったもの。
YouTubeとかに死ぬほど転がっているのでこの文章を読む人にはできれば聞いといてほしい。ネタバレを含むので。『悪ノ娘』から先に。
英語版ならEnnという人? が歌ってるやつの歌詞が好きだな。情報量が多くて。
身も蓋もない言い方だけど「売れてる」から。
ニコ文化が中高生とかOTAKU中心に大人気とは知ってましたが劇って。コミカライズくらいまではわからんくもないが劇。
ファンとはいえそこまでのめり込むほどか。何がそんなに優れてるっつーかウケてるのだろう、という話です。
「優れてるからウケてるんじゃねーよ」というお話はあるでしょうがまあそこはおく。ぶっちゃけ「優れてない」点はいっぱい挙げられるし。
たとえば物語終盤の交代劇とかバレねーわけねーからね常識的に考えて、とか。
・仮にも国のトップなんだから、立てるならもっとマシな影武者を立てるのが普通というもので、脱がした瞬間バレるようなのに気がつかないとか革命が総崩れしかねない。
いや史上の狂乱というのは往々にしてそういう熱狂が高じてもはや狂気〜みたいな面があんだろうことは否定しないけど、そんなの後世には物好きな歴史家とかにケツの毛までひんむかれるレベルまで分析されるのが当然なんだからさ。恥ずかしい性癖が伝わっちゃってる為政者が今どんだけいると思ってんの。読んでないけど正直小説版にはクビ落としてから替え玉と判った革命軍の偉いさんとか偽史として押し通してきた『召使』側の話を証明しちゃったアマチュア研究家とかが裏で始末されるドロドロとかがきっとあった! と信じている。三次創作。
・本物も見物に戻ってくんなよ。そこでバレたらすべてがガチで水の泡よ。危険すぎるだろ。
…とか、突っ込みどころはとってもたくさんあるわけなんですね。文化ルーツもしっちゃかめっちゃかだとかそもそも歌詞がちょっと拙いとかね。
にも関わらず、絶賛者とかいっぱいいる作品でもあるわけで。合唱とか英語版とかあって再生回数すごいし。
何がそんなに人を酔わせるのかしら。それがロマンスというものなのか。
いやねーだろ。これロマンスじゃないじゃん。中世の騎士物語とかほんのちょっぴり読んだことあるけどコレジャナイ感すごいじゃん。
三大悲劇って言われてるけど悲劇ですらねーだろと言いたい。少なくともwikipedia曰くの古典主義的・新古典主義的「悲劇」では絶対ない。
それでは「これ」は何なのか?
まあアレじゃん。ジェンダー界隈でいう性役割意識がどうこうとかあと男の娘ブームとかなんかそんな。
あとこれ国家の皮をかぶった家庭悲劇なんですよね。一種のセカイ系というか。
このお話は王家に生まれた男女の双子のうち女が王家に残されて(おそらくは凄い抑圧とか受けて)暴君になって、男はどっか養子とか?出されて召使いとして戻ってきたつーことになっていますが、男をイエに残して女はよそに嫁がせるつーのがどっちかというと鉄板ですよねこういうの。
「なんでそんなことになっちゃったの」というのはきっと小説版とかが政治の派閥抗争がどうのとかに絡めて辻褄つけてると思うのでおいといて、「よくこれでウケたな」ってーのをですね。
この作品は基本的にすごいストレスを(受けたくないに決まってるけど)受けなくてはならない人間が見るとツボに来るようにできてるんスね。
よく何かこう、最近の若者は〜的な文脈で、男が女っぽくなっただの女が強いだのと言われますよね。いや印象だけど。自分の観測範囲内の話だけど。観測範囲内でもいい加減下火っていうか言い古されて説得力がアレな言説だけど。
少なくともこの作中ではまさに男がやるようなことを女がやっているわけで、そこんとこのギャップがウケてるっていうのはあると思うの。
鏡音リンってキャラクタ的には妹系ってんですか? 笑顔がかわいくてドジで〜みたいな感じだと思うんだけど、それが女故子ども故の残酷さみたいなのを全力発揮してるあたりのギャップもあると思う。
そう、彼女は良い為政者ではない。聖母聖女は齢14で「お金が足りなくなったなら〜、愚民共から搾り取れ〜♪」なんて言わない。普通の女でも言わない。
彼女はむしろ聖女みたいな女に恋人取られたら相手の国ごと潰して復讐する程度にはやりたい放題の女のコ☆です。
しかもそのレベルの人格破綻者まで「最初は無垢だった、ホントは彼女は悪くない」的な補足が入るわけです。これもウケたツボだろう。
イエのあれこれとか人間関係でむっちゃ我慢とか強いられてるけど正直破裂したい、けど破裂したらあとが面倒だけど破裂したいけどあああああとか思ってる人間にはとてもツボ。
破裂したい人間がなぜ破裂しないかって、破裂すると崩壊するナニカがあるわけで、この王女の話は破裂してナニカを崩壊させてしまったってことなので「ああ、あんな風にならないためにも我慢がんばらなきゃなー」とか、「私がしてきた我慢は正しかった!我慢しなきゃああなってた!ざまあwww」とかいろいろと解釈できて美味しい。
それだけなら単なる破滅劇なんだけれども、これを悲劇にするのが王女と対になる召使いの存在ですね。『悪ノ召使い』は『娘』よりもあとに発表された作品ですが、何千回単位だった再生回数を100万くらいまで押し上げたらしいっす。
「顔の良く似た」召使いは(内緒になってんのか知らんが)召使いってことになってるが王女と双子です。これをまず物凄く突っ込みたい。王家の血縁が人に使われる側に回ることのあり得なさとか。でもまあそれはいい。
召使いは破裂しそうな王女のそばであれこれ世話を焼くわけです。王女の命令なら惚れた相手も暗殺してくる。それくらい自分を殺している。
ある意味王家という枷つけられてる王女と完全に同類なわけですが、召使いはそれほど人格破綻してないというか暴君的な方向に爆発しそうではない。
彼には「王女のため」という大義があるからです。彼が背負っても良かったモノを彼女に背負わしたら歪んでしまった、王女がこんななってるのは彼にも責任がある。
だからその責任を果たすためなら、ほんのちょっぴりの「自分」も捨てられる。盲目的に尽くせる。
完全に「家庭なるもの」の中で板挟みになるガキそのものですね。あとほんのりとした近親愛。これがツボをつく。
オチはもうその最たるものですね。自分を殺して殺して殺して…の召使いは本当に自分を殺してしまう。王女はその代わりに助かる。
要は例えば機能不全気味家庭のお子様らには神話のように美しい物語だということですおわり。
鏡音リン・レンなるソフトは作中やファン間でも双子ってことになってますが公式的には「鏡に映るもうひとりの自分」的な感じではっきり双子ではないらしい。
というのもなんかこう、意味深ですね。
怖ェなーと思うのがこの作品が世界規模ですごい再生回数稼いでるという事実。
機能不全家庭の子どもにばかりウケてるわけじゃねーとは思うが、でも例えば上で述べたような「この身代わりはあり得ねーだろ常考」みたいな意見はたぶん野暮としてブーイング浴びるだろうし、きっと小説版あたりで「そうするしかなかったんだよ…」みたいなことが切々と説かれていたりして要するに反論として封殺されることが明らかなわけです。
実際には例えば召使いの行動として「二人で一緒に逃げる、最後まで王女のそばにいて守り通す」みたいなのがあっても良かったはずだし一昔前なんてそれで逃げ切れなくて死んじゃってーみたいなのが悲劇のテンプレ化してたような時代があった気がするんですが、そうならない。
何というか、すごい絶望的で、しかもその絶望が絶望のまま肯定されて同類間で共有されてる感がする。
そういう方法で絶望が連鎖して伝播しているような感じがするのです。
漫画家のとり・みき氏の言葉(の引用の引用)だけど、こういうのがある。
人が涙を流すのは必ずしも作品の出来とは関係がないのだ、と。
かつて自分が何かに感動した時にできた涙腺回路のようなものが頭の中にはあって、そこにピタリとはまるような場面だの言葉だのを見聞きしてしまうと、涙というのはどうやら自然に流れる仕組みになっているらしいのである。歳をとると涙もろくなるというのは、つまりそういう回路のパターンが増えているからではないか。
個人的にこれは結構ガチだと思っているんだけど、一点だけズレてる部分がある。
ここで書かれてる涙腺回路の起動スイッチである「感動」っていうのが、自分個人に限っていえば何か崇高なものに触れて心を動かされたとかではなくて単純に傷つけられたときのことを指すようになってんのね。
つまりこの文章に則って言うと、自分はある一定の場面とか言葉だのを見聞きしてしまうと自動的に繰り返し繰り返し傷つくようになってしまっている。
恐ろしいことなんだけれどこの「回路」が結構強固で、俺はこいつを潰しておかないと日常生活が送れないっていうレベルでいろいろと不便。具体的にいうとAED講習で実際の救命現場の録音(子どもが突然心停止して倒れたそばで手当てする人とか救急車呼ぶ人とかその子の名前を狂ったみたいな大声で必死で呼び続ける母親の声)聞いたときとか、アレ本当は命が助かる感動的な場面のはず(「とりあえずはもう大丈夫です」まで録音されてたはず)なんだからすごくイイ話だと理屈では思うしわかってるんだけど生々しいやりとりそのものがあまりにもショッキングでしばらく「親子」みたいなキーワードで突然ぼろぼろ泣くようになって本当に困った。もうすぐ一年になる例の津波関連も未だにいろいろな場面でダメージ。直に被災したわけでもないのに。
閑話休題。
だから例えば映画とか小説なんかで「泣ける」みたいのを売りにしてるのは基本見ない。
そういう作品は大体が回路起動ツボを外していて(かつ、他の例えば大爆笑回路の起動とかには結びつかないので)白けるが故に、そしてごく少数の作品は客観化が十分でツボ自体から適切に距離を取れるが故に、涙腺回路起動までに結びつくことは滅多にないんだが、それでも見ない。
何が楽しくてそんな自傷行為をせねばならんねん。
でも例えばナイフは指を切るだろうとかわかるけど、この作品で泣くようになるだろうとか普通は読んだり聞いたりするまではわかんないわけじゃん。
で、『悪ノ』シリーズも回路の起動スイッチになってしまったので、困ったなー。と思っている。前述の録音ほどの威力はないしもうだいぶ整理して削いだんだけども未だに人前ではこの曲聞けねえ。
あの召使いの台詞で泣かねー奴は人じゃねーみたいなコメントが動画についていたりして、それを「気持ちはわかる」と思ってしまう。
気持ちはわかるけど、実際問題召使い馬鹿だし王女も馬鹿でみんな馬鹿すぎて救いようがないと思う。「崇高なものが犠牲になる」みたいな楽しみ方は視点が狭すぎて阿呆だと思う。
いろんな人が感動してファンになって翻訳とかされてるのはわかるけど、作品としては全然優れてないと思うのです。
他の作品と比較してどうとかではなく、あの物語自体にもっと洗練の余地があるということ。
そして洗練されるとたぶんあれは悲劇オチ(と取ってつけたようなハッピーエンド後日談)じゃなくてちゃんと喜劇にもなれたはずだなー、悲劇にしてももっとレベルの高い悲劇になれたはずだなーと思うということです。
「物語の洗練」を。
機能不全家庭の傷なめ的なものでなくて、もっとちゃんと救いとか絶望とかが欲しい。
具体的にいうとこのネタで小説でも書いてそれで旅行のためのおこずかいとか稼いでみたいんだけども、まあおこずかいにならなくてもいいから二度と回路起動スイッチにこのネタで手を触れられる奴がいなくなるように自分でパテを塗っておきたい、そのために小説を練ってみたい、ということでした。
すでにやってる人いるけどねそれ。舞城とかね。でも最近なんか舞城も振るわないっていうか、「その先が欲しいんだけど!」みたいなあたりで止まっちゃってる感するからね。ジョジョノベライズ期待してます。
実はテレビ放送は一期しかチェックしていなかったが、個人的にロンドンに思い出があり、今回の舞台はロンドンと聞いて鑑賞。
空気系、日常系と評される本作品の中にあってもとりわけ空気「系」・日常「系」 感の強い本作品。
夢のロンドン行きが決まった瞬間、澪の歓喜する顔は、画面にない。
卒業式の日の朝、三年生の四人にとっては高校生活の最後を締めくくる、記念すべきライブ。唯はいつもの照れ笑いで、ステージを降りる。
ラストシーン 。軽音部ただ一人の後輩に捧げる、先輩からの最高のプレゼント。あずにゃんは拍手で応える。でも泣かない。
いわゆる「ドラマ」であればまず間違いなく涙で描かれるであろうシーンで、徹底的に涙が排除される。
許容されるのはただただ、回るものを怖がって怯える澪の涙だけ。萌え。
地震と津波が明らかな非日常であったのに対し、原発事故による放射能リスクは日常への疑念として、震災後も続く日常に影を落としている。この状況にあっては、日常はむしろ希求されるべき状態ではないか。
被災地では、一度は失いかけた日常を取り戻すべく活動が続いている。
未だ顕在化しないリスクを抱えたホットスポットとされる地域においては、(それが認知的不協和に基づくものであろうことはさておき)逃げ出そうとする人々は非難され、普段の生活を送ることこそが「平和」、「平穏」として志向される。
「セカイ系」に対しての「空気系」・「日常系」と評された本作。けれどそれが否定したのは本当は「セカイ」ではなくて「ドラマ」なのだと思う。
「感動」に対しての「平穏」。
涙は現実だけで十分。
今こそ平穏を取り戻そう。
ゲハ厨はセカイ系という奇怪なタイトルからある程度覚悟していましたが、最後の一言が「なんだかセカイ系のような気がする」と意味不明。しかし書いてある内容は非常に興味深いですね。
ゲームがつまる所ソフト依存なのは同意できます。しかしソフトはハードに依存しているのではないでしょうか?たとえばwiiとpspでは操作や錨鎖が変わってっくるはず。当然ソフトの系統がにかよってくると思います。そういった意味での好き嫌いは当然でてくるのではないでしょうか?
僕はゲハ厨に限らず、全ての人間がセカイ系だと思っています。人間の認識できる範囲は限りなく狭く、小さいものであります。それはそれで構わないと思います。その中で他のセカイをもったセカイ系の人々と触れ合うなかで自分のセカイが少しずつ変わっていく。人はそうやって生きているのではないでしょうか。必要なのはまずは自分のセカイに自信を持ち、それを人に伝え、人から教えてもらう。そういった姿勢だと僕は思います。
大阪駅の一風堂当りで演説してる人からただでもらったので読んでみた。
ひとことで言うと「大人のためのセカイ系中二病のススメ」という感じ。
誤解がないよう、本の内容の前にwikipediaを引用しておく。
設立当初は霊言集の刊行などによる「霊知識」の普及を中心とした啓蒙活動が展開され、信仰に関することが説かれることはあまりなかった。後に、教団内で組織ができるようになるが、多くの会員は入会する前に持っていた信仰に従い、会を指導(支援)しているとされた「高級霊」(例:日蓮宗系の人は日蓮、浄土真宗系の人は親鸞)を信仰していた。1989年からは、「三宝帰依」など信仰心について説かれるようになり、1990年「信仰と伝道」の法話が説かれ、1990年からは組織的な伝道活動が開始されるようになった。また、宗教法人となった1991年には、『月刊Asahi』4月号で幸福の科学の紹介記事が掲載されたほか、東京大学での野外講演「黎明の時代」(5月)、東京ドームでの「御生誕祭」(7月)、講談社フライデーへの抗議行動(9月)などで世間の耳目を引いた。1992年12月には、会員でも代理本尊の一つである「家庭御本尊」を安置することが可能となった。1994年4月10日には、主宰により「方便の時代は終わった」と宣言され、根本経典や基本書の『太陽の法』が改訂され、教団の運営体制の整備が進むとともに、三宝帰依を中心とする信仰へと移行し、1994年6月からは三帰誓願式が始まっている。
現状は、仏教の中でもとくに浄土真宗をベースとした教義を説いている印象を受けた。
他力信仰、来世での救済をベースとした互助組織のようなカタチをとっている。
言ってみれば戦国時代における石山本願寺から、武力的要素を引いたようなものである。ってそれ引いたらもう別物か?
今までの宗教は、仏教しかりイスラムしかり、発祥した地域の束縛を受けているとし、
それゆえに争いが絶えない。特に旧いものを新しいものが倒そうとしてしまう傾向があるとして諫め、
そういったものを、より広い視野から、至高存在「エル・カンターレ」によって調和・調停させる。
これによって未来の最終戦争を防ぎ、地球平和を実現しようというのが最上の目的。
要するにセカイ系。
ただし、普通のラノベと違って、そこそこ現実感覚があるため主人公一人だけというのは無理があると理解している。
また、大人は若者と違って基本的に殺し合いや戦争といったものに憧れよりも嫌悪を抱く。
そのために補足が行われている。
・その一は「一人で戦わない」こと
「大勢の人間が一つに集まって、セカイ系の主人公の役割を一緒に果たそう。みんなでセカイの敵と戦おう」と促す。
・そのニは「武力を持って戦わない」こと。
平和を目的とし、手段にしても「争いの調停者」という形を取る。武力介入しないソレスタル・ビーイング?・・・うーん。
・その三は「支配するのではなく模範となる」ことを目的とする。
世界宗教によって世界を統合し、争いをなくすことが目的なのだが、自らが世界に広がろうとはしない。
あくまで日本に理想の宗教国家をたて、モデルケースとして運営することで、世界がソレに倣うように仕向ける。
なぜ日本にモデル国家を建国するかというと、日本は未熟ながら、最も理想を実現するのに適した下地だから、だそうです。
こうやって中途半端に自分のコトを賢いと思っている大人の心をくすぐるのが上手だな、と感じた。
何事も斜めに構えてケチを付けるけれど、ちょっと合理的な説明を返されるところっと信じてしまうタイプの人ははまっちゃうんだろうな。
成り立ちからして明確な教義を持ってスタートしたわけではないことから、信仰によって他者を排斥するということはあまりない。
唯一のルールは教祖である大川隆法を信仰することであり、ソレ以外を強要されることはない。かなり自由。
(逆に言えば、他の「個人崇拝」型の宗教や論理的に厳密な人間を極端に嫌う)
「幸福の科学」という言葉にあるように科学についても寛容、というより手段や戒律に厳格な要素は少ない
あくまでも幸福を実現することが目的であり、その目的にかなうのであればそれは全てエル・カンターレの意に沿うものである。
それは他者への愛(作中では「慈悲」)と大いなる存在への感謝(作中では「信仰」)によって成し遂げられる。
要するに目的が正しいならなんでもありってこと。
大事なのは「信仰心=大いなる存在を信じ、その愛に感謝すること」をもって生きることだけであり、
その基礎さえできていれば他の宗教についても非常に寛容。
社会全体の幸福を増大させる限りにおいて自由を尊重し、格差社会も肯定する。
彼らは「みんなで不幸になりましょう」という教義を持った異端なんだそうです。詳しい説明はなし。
セカイ系の文脈で見れば、明確に戦うべき敵が存在する。それは「世界の幸福量を減らす存在」である。
非常に漠然としているが、それだけ個人によって想像力を働かせる余地があるということでもある。
幸福実現党の人たちが、実にいろんなバラエティに富む政策提言をしているのはこのあたりのユルさがポイントか。
人間を霊的な存在と捉え、より高次な視点から世界全体を把握する
あくまで天上界から見ての善悪を重視する。一番大事なのは信仰を持つことであるとする。
ちなみに、人間が霊的な存在であるということを認識し、ソレを極めると過去の偉大な霊との交信なども可能になるらしいです。
世間一般では「幸福の科学=大川隆法が○○の霊との対話をしてなんかテキトウなこと言ってる」というイメージがあると思うが
あの対話はこの「人間は霊的な存在」=「霊的な存在には制約がない」=「現世と来世の境界も超えられる」という教義によるらしい。
現代の日本や世界情勢の分析について、中途半端に現実的で、そこからはじまる怒涛のオカルト臭い説明がなんとも言えない。
ツイッターのログ見りゃ一目瞭然。あとはありむーウォッチスレ見ろ。
http://twilog.org/y_arim/friends-cruel_alice
↓
http://twilog.org/y_arim/friends-alice_in_ruins
52 : 名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!: 2011/01/10(月) 11:58:50 ID:XpjuBuVV0
@cruel_alice お帰りなさいませ、お嬢様
http://twitter.com/y_arim/status/23277902523011073
@cruel_alice お茶会来ないの? 佳嶋さんの冬コミ新刊渡そうと思ったんだけど。
http://twitter.com/y_arim/status/23676587895427072
凛として時雨は @cruel_alice 気に入るだろーか
http://twitter.com/y_arim/status/23748887424536576
@cruel_alice 9mmはゼヒ聴いてほしいなあ。きっと気に入るよ。
http://twitter.com/y_arim/status/23750849708695552
@cruel_alice 「セカイ系とは何か」持ってるから貸そうか?
http://twitter.com/y_arim/status/23975526863470592
どうやら有村悠が好きなのはhttp://twitter.com/cruel_aliceっぽいなw
72 : 名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!: 2011/01/27(木) 13:38:23 ID:cVdVP6S30
>>70
>>71
73 : 名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!: 2011/01/27(木) 15:34:29 ID:Jk8fSWKe0
>>72
http://twitter.com/y_arim/status/18217542690537472
@miraiko いやー、文章書くか絵描く以外のことには興味なかったので…。
710 : 名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!: 2011/04/22(金) 00:13:14.80 ID:psS0KTWqP
>>705
有村 悠
大人気。
Togetter - 「自称左翼、有村悠(@y_arim)のツイートは支離滅裂で差別的」http://togetter.com/li/125965
も少し年いってる娘が恥じらいながら云々のほうが好きだな、
と思った時点で有村さんとの歳の差を痛感する四十代。
有村 悠 ぼくのセクシュアリティについては、もし****さんがかまわなければ、
いずれゆっくり説明させていただければと思います。幼女に対しては
945 : 名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!: 2011/05/17(火) 19:43:31.91 ID:Dn5/Fq/70
http://twitter.com/Trinity_13/status/79509702408552448
@y_arim 某狂えるナントカとはうまくいってないの? ありむーとお似合いだと思うんだが…
今年こそ童貞捨てれることを祈っているよ #y_arim
272 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2011/06/30(木) 18:24:03.33 ID:m15I5Yln0
有村がBL本買い集めて腐男子気取ってるのも、狂えるアリスへの同一化願望なんだろうね。
273 :名無しさん@ゴーゴーゴーゴー!:2011/06/30(木) 23:36:41.03 ID:/cAuzmoS0
ありむーが虎兎見てんのも妖精帝国聞いてんのも狂えるアリスの影響
宇野常寛「南京大虐殺が捏造か実在か、戦後民主主義が虚妄か否か、 好きなほうを信じればよい」 (宇野常寛『ゼロ年代の想像力』50ページ)
宇野常寛は南京大虐殺について、大きな物語が失墜したから捏造か実在か「好きなほうを信じればよい」と書いた。
意味不明である。大きな物語云々という話と、歴史学における個別の実証研究に、何か関連があるのだろうか?
加えて宇野は、自身の利益に直結する論争ともなれば、東浩紀を「嘘つき」だと批難する、実証主義の立場から反論した。
wakusei2nd:
嘘をついて自分の罪を後輩になすりつけ、それを彼我のフォロアー数の差を利用して論点をずらし、ストーリーをでっちあげてのりきろうとする人には無論ライダーの資格はない。無論会社社長や文学者の資格も。
東浩紀のツイッター論争テクニックは、とにかく自分の捏造したストーリーをフォロアー数の差を利用して喧伝する、というもの。だから今回も読者に証拠まで突きつけられているのに、そこはスルーして全力で別の話題にシフトしようとしている。もう誰もそんな手には乗らないし、呆れてものも言えない。
自身の利益保護についてだけ「実証研究」を求めるのは、明らかにアンフェアだろう。
youtubeに上げられた動画を見れば、宇野は笑いながら東浩紀に相槌を打っている。
東「知ってる?黒瀬が俺に言ったの。カオスラウンジのメンバーの一人は年収7000万なんですよ」
http://www.youtube.com/watch?v=qyV1okRD1rU
よく読めばわかるけど、この文字起こしは「宇野が黒瀬の年収は7000万と語った」などと書いてないよね。
そして東浩紀は、「宇野が黒瀬の年収は7000万と語った」などと責任転嫁していない。
宇野のいう「自分の発言を本気で僕(及びその友人筋)のせいにして押し通すつもりだった」という東浩紀像は、どうみてもフェアじゃない。
それに、あなたもustreamで「7000万ちょっと黒瀬君名言すぎるよそれはw」と参加しているじゃない。
自身も制作と流布に関与しているのに、<東の7000万発言がデマだとは知らなかった>という自分の(法律的な意味での)「善意(・知らなかった)」だけは絶対の前提にする。
しかし東が「善意」から“カオスラウンジのメンバーの一人”の年収を間違ったり忘れていたりしたかもしれない、という可能性は全否定する。
これはフェアな思考じゃないでしょう。
流布における瑣末な間違いを、さも論敵の能動的で極悪非道の悪意のごとく、繰り返し執拗に印象操作するのはどうなんだ?
どうやら、宇野常寛自身の「小さな物語」だけは圧倒的に正しいようだ。
しかも、東浩紀に対してだけではない。これまでも宇野の信じる小さな物語を害する『小さな物語』を語る相手には、高圧的な恫喝をくりかえしている。
「宇野常寛の想像力とかの批評」批判として成り立っているのかいないのか
はあ? そんなこと言った? あなたこそ勝手に人の主張を誇張して批判して悦に入っているだけでしょ?
RT @teramat セカイ系好きな連中はオタクのマザコン野郎でレイプ願望もってる、って冷静に考えるとありえないでしょw
wakusei2nd 2011/01/19 00:09:58
挙句の果てに「トンデモ」認定されました。批判する対象の主張を適当なイメージに基づいて罵倒して、ご満悦の人に。うわー。
RT @teramat 【結論】宇野さんはコンスタティブに読むとトンデモ。しかし「あえて」やってるのだとしたら、つまりパフォーマティブに読めば、これほど影響力のあ
↓こんな雑で恣意的なマッピングで無数の作家や読者を貶めてきた奴が、よく言えるよ。
http://nariyama.sppd.ne.jp/comment0707b.html#070722
これでも宇野常寛の自己イメージは「適当なイメージに基づいて罵倒して、ご満悦の人」ではないんだろうな。
どうやら、宇野常寛自身の「小さな物語」だけは圧倒的に正しいようだ(大切な事だから二回言いました)。
これらの振る舞いって、どうみても彼が批判する「決断主義者」そのものでしょ。
東浩紀氏は、「自分の思い通りにならない玩具は床にたたきつけて壊す」という人で、周囲に対してそんなコミュニケーションを繰り返してきた。しかしそれでは仕事仲間からも、読者からも信頼されない。僕はそのことを彼から反面教師的に学んだ。
wakusei2nd 2011/06/12 13:17:49
その結果が、今の「裸の王様」的な「東浩紀3.0」で、挙句の果てに堂々と嘘をつき、他人を陥れ、それが追求されても誤魔化すようなことを平気でやるようになってしまった。震災以降、言動が以前にも増しておかしくなってきたが、ついにここまで墜ちたか、と思う。
wakusei2nd 2011/06/12 13:19:40
そう思って周囲(僕含む)が、「東さんはそういうキャラだから」と彼の横暴と嘘と卑劣さを結果的に承認してきた。それがこのような事態を招いているのだと思います。RT @soujibucho: @wakusei2nd 東さんが子どもっぽいところがあるのは今に始まったことじゃないし
「結果的に承認してきた」とか言って、宇野は全ての罪悪を東浩紀に押しつけているけど、
例えば↓大澤信亮を東浩紀が批判したとき、宇野は 主体的に大澤バッシングに便乗している。
「責任を仕事で取る方法を探すつもり」)なんて曖昧模糊とした事を言う前に、まず公然と大澤信亮などに謝るのが、
もしも反省しているなら自然な感情だと思う。( http://twitter.com/wakusei2nd/status/79915073577025536 )
吉六会/AZM48による 大澤信亮+文芸誌へのクロスカウンター
大澤信亮: 枝葉末節をつっついて本題をなし崩しにする汚いやり口はよくわかっています。僕はべつにあなたたちを憎んでいない。
ただ、誰かに釣られて振るってしまった暴力をなかったことにせず、内省してほしいと思うだけです。
叩けそうなものを叩いてすっきりする敗北の人生や、子分として忠誠を示し続ける惨めな生き方を克服し、個として生きてほしいだけです。
要するに、全然信頼できないんだよこの人の言動。
決断主義批判していて自分が決断主義者だし、東と宇野というホモソーシャルな関係でとんでもない言葉の暴力の応酬に発展した点で、
同性間の友愛をもちあげてみても説得力が無いし。
宇野氏はまた、
「今回の震災で明らかになったのは、こういう事態が起きたときには、今あるリソースをどう活用するかが問われるということ。そういうときには、原理論ばかりをふりかざして、テンプレ的な批判を繰り返しても話はまったく進まない。中間的なものを考える想像力の不足を感じる」
これもね。
さっさと相反する2つの批評家をつなぐ「中くらいのもの」への想像力とやらを発動してくれよ。
議論における寛容さを。
口だけかよ。
http://b.hatena.ne.jp/entry?mode=more&url=http%3A%2F%2Ftogetter.com%2Fli%2F127673
Togetter - 「3.11大震災が起こったにもかかわらず、変わらない『日本』 東浩紀シリーズ」
こういうクズを信奉するクズどもとまとめて火刑にしたいが、代表として首長のクビだけ刈り取れるならそれでもいいだろう。
とにかく、コイツを信奉してるクズどもと、ついでにベーシックインカム待望論者は全員消えろ。てめえの無力を社会責任に転嫁してんじゃねえよガキが。
変わることができないなら黙って歯車にでもなって死ぬまで思考停止してろっつーの。
マジウゼーwww
激動の時代に於いて、流れにどう身を任せるか、というのはいろいろあるが、
一部の人間はその前提自体を疑ってかかる傾向を示す。これまでの停滞した現実がおかしかったんだ、と。これからはスピード感だ、と。
そもそもこれまでがおかしかったんだ、というのはなかなか聞こえがいい。おそらくそうやって己を社会に適応させているのだろう。
これを今までおかしかったんだ症候群<Gym Ghingham Syndrome>(以下GGS)と呼びたい。
GGSは本邦でイマオカ症として親しまれている。パニック症候群との関連が調査されているが未だ解明されていない。
症例としては、以下のようなものが挙げられる。
いずれも、社会や組織、景観に基準など、個人を規定するより大きい概念への疑いのまなこと、それを更新しうる新たな概念――ときに自身の基準がそれと重なる――への希望のこころが併存する。
したがってその個人の心理状態は極めて不安定であり、セカイ系との関連も指摘されている。
処方箋としては、たいてい時が解決する。つまり、極度の緊張から生まれた過剰適応なので、平静を取り戻せばこころも落ち着きを取り戻すのだ。
しかしその後に、枕に顔をうずめて足をバタバタしたくなるような羞恥に苛まれることになるが、それは本症例とは異なるものであるため、詳細は割愛する。
結局のところ得るものはなかった。
『ポスト・エヴァ』とか『セカイ系三大作品』とか、Keyの一連のアレとかを乱暴に括って揶揄した言葉、という印象には変化はなかったし、特に目新しい発見はなかった。
まあ、俺より随分年下の若手オタク系評論家の文章をちゃんと読んだのは初めてだったのでそれなりには面白かった。
彼らが作った同人誌を持ってるのに読んだことはない。更科修一郎の名前を見かけたから買ったようなもんだ。
更科修一郎という人間は、評論の形をかりて自分語りをやっていた。自己表現というものは大なり小なりそういうものだろうが、彼が評論家をやめた理由が俺には分かる気がする。理論武装というものの危うさを彼は知っていた。彼の評論には、いつも自分を含むオタクというものに対する批判が含まれていた。自説を強化するために借り物の理論を持ってきて、歪な欲求を正当化する欺瞞を彼は知っていた。あるいはある時から気付いていた。自分の評論が自分の忌み嫌う人たち(自分もその一員なのだということはさておき)の自己正当化の手段として使われることに我慢が出来なくなって彼は評論をやめたのではないか、と俺は思う。
結局声のでかいものが勝つ。最後までわめき続けた方が勝つ。その事を承知の上で自分語りをしたいなら、評論を書けばいい。
俺ならまだ誰も読まない物語を書いている方がましだ。
http://twitter.com/hazuma/status/49768039494856704
東京人は東京に留まる。水食糧からは放射性物質が検出それ続けるが、それにも慣れていく。数年後微妙に小児の癌発生率があがったという報道が出るが、それも誤差の範囲でなんとなく曖昧に。そうやって日常は回復されるが、西日本や海外から見たらそれそのものが異常。そんな感じになるのではないか。
http://b.hatena.ne.jp/entry/twitter.com/hazuma/status/49768039494856704
pulltop-birth 2011/03/21
uduki_45 twitter, 東浩紀, 東北地方太平洋沖地震, デマ 2011/03/21
niccoro 地震, twitter, 東浩紀 ここ一年ほどで僕の中でのこの人の評価はがりがり下がっていったがここに来て底値に達した。こんな酷い自己正当化があるかよ。 2011/03/215 clicks
kaoruo *東浩紀, これはひどい なぜこの人がもてはやされていたのか大いなる疑問。 2011/03/2120 clicks
white_rose これはひどい 逃げた人が言うんですか。逃げること自体はいいけどさ、黙ってたら。/一時的に?戻ってきてるらしい 2011/03/21
ken1rou これは晒されるべき 2011/03/21
te2u そんなに怖いなら、日本から出た方がいい。 2011/03/214 clicks
ohsamu こういうのセカイ系っていうんでしたっけ? 2011/03/2117 clicks
chateaudif 地震, これはひどい 自分を正当化するために、どこまで人を貶めるのだろう。 2011/03/2148 clicks1 RT
klaftwerk twitter, ネタ, 東浩紀, 東北地方太平洋沖地震 晒し者にするためブクマ。どの面下げて関東に戻られるか非常に楽しみなんですが。 2011/03/21
Cujo baka, これは恥ずかしい, これはひどい, 記事がひどい 次に出すSF小説のプロットですか? 2011/03/21
takanofumio twitter, 東浩紀 ひらたく言うと「ピカの毒が伝染る」ってことですね? 2011/03/21
andre1977 \(山手線脳)/ 2011/03/214 clicks
fdblues9 twitter, ; ええぇ。;創作ですよね? 2011/03/21
zaikabou 流石、作家先生は創作がおじょうず。ひょーろんかには出来ない所業 2011/03/21
BEW @hazuma 2011/03/21
andalusia これはひどい 2011/03/21
md2tak 「その朝が来るなら私達はその朝にむかっていきよう」「私達は血を吐きつつ、繰り返し繰り返しその朝を越えてとぶ鳥だ!!」 2011/03/21
zenibuta 2011/03/21
xGat6 Tn5B Twitter / hiroki azuma: 東京人は東京に留まる。水食糧からは放射性物質が検出そ ... 2011/03/21
nessko 猪瀬直樹>ツイッター上に誤った情報が流れていますが、東京の水道は安全です。詳しくは http://bit.ly/gypOac (http://twitter.com/inosenaoki/status/49767334977609729) 2011/03/21
sauvage ネタ, Twitter, 東浩紀, これはひどい 東京だとギスギスしてるから云々って言い訳してた筈なのに、ただのダメな人ではないの(笑) だめだこりゃ。西浩紀ってあだ名は完全に正当だったw 2011/03/21
gakusi *ニュース, なんだかなあ とにかく意味がわからない。大丈夫なのか……? 2011/03/21
emiladamas twitter 2011/03/21
MWAVE これはひどい, 地震 AERA表紙の防毒マスクがダメなら、これもダメだろ→ 2011/03/2126 clicks
mujisoshina 事実がどうあれ、本人がそう思っているのであれば疎開するしかないよなあ。どうせ周りにどうこう言われたって安心出来ないんでしょ。 2011/03/21
FUKAMACHI これはひどい 海外では、「日本人の誇り」だのなんだのと調子こいてるけれど、国内ではこれ。こんなのが持て囃されていたと思うと、誇りどころか恥辱そのもの。 2011/03/21468 clicks1 RT 16 @toronei 僕この人、出始めの頃からどうして世の中に出れたのか不思議で仕方なかったんですが、どうしてなんですかね?RT @ash0966: [これはひどい]海外では、「日本人の誇り」だのなんだのと調子こいてるけれど、国内ではこれ。こんなのが持て囃さ…
@toronei 僕この人、出始めの頃からどうして世の中に出れたのか不思議で仕方なかったんですが、どうしてなんですかね?RT @ash0966: [これはひどい]海外では、「日本人の誇り」だのなんだのと調子こいてるけれど、国内ではこれ。こんなのが持て囃さ…
ore_de_work 電車のホームで一日三人轢かれて死ぬのは異常、ホームで並ぶの異常、土曜に吉本やってないのは異常、人大杉て弾幕ゲーできないのが異常、食い物屋で行列←異常 2011/03/21
welpherd 東浩紀 変に間違った理屈をこねくりまわしているので動物以下だと思う 2011/03/21
itotto twitter もっとまともな人かと思ってた 2011/03/2116 clicks
susahadeth52623 あたまがわるい, これはひどい, デマ, Twitter 別に疎開するのは自由だけど捨て台詞を残さなくても・・・戻ってこれなくなるよ。 2011/03/2116 clicks
nmun 2011/03/21
rikuo 東北地方太平洋沖地震 2011/03/21
machida77 何を言っているんだこのバカは…。 2011/03/21
mobanama temp 全略。何言い出すかわからんので自制。 2011/03/21
Midas 「東京生まれの娘さんは遺伝子異常だから嫁に行けないと差別されるようになる(事故後に逃げた奴も『誤差』の範囲内)」が抜けてんじやないのwww 2011/03/21
okoppe8 自分=社会の図式が崩れたとき、社会学者としての命は終わってしまうらしい。脆いものだな…。 2011/03/21
frivolousman 終了 尊敬してたんだよ。ひどいもんだね。/放射能がこわい人へ→「ローマの放射線量東京の6倍」http://p.tl/B6kW「放射性物質にさらされた世代」 http://p.tl/w9Mh 2011/03/21
kyo_ju 東浩紀 カンニング学生に「誰か注意した方がいい」というだけで自分は何もしなかった件を思い出すけど、太宰メソッド発動しないと人に何も言えない人なんだろうな。娘さんへの教育もそんな感じなのかしら。 2011/03/21
otokinoki この発言はさすがに科学的な根拠がなさすぎるかと思います/自説に固執するあまりハルマゲドンを起こそうとしたオウム真理教と変わらなくなっています/もう事故を望んでる?/モヒカン刈り&肩パッドを準備中? 2011/03/2141 clicks
p260-2001fp 最初にID部分を読まなかった私が悪うございました 2011/03/21
ochamecool 太陽系外に行くと良い 知り合いも海外逃亡して同じこと言っている。 2011/03/21
oldriver 何でそう思ったのだろう?一般的な情報ソースを無視する理由は何だろう?/ブコメ見て思うのは、臆病であること自体を嘲笑するのは良くないね。逃げたい人は逃げられることが大切。ウソの垂れ流しは良くないけど。 2011/03/21
Mamoru-Chiba 災害, twitter 2011/03/21
daybeforeyesterday アハハ 2011/03/21
zonia ひと 2011/03/2111 clicks
LethalDose YouはShock。 2011/03/21
ncc1701 「放射能が怖くて逃げた」って認めたようなもんじゃないか。/どんなタイミングで、どんな口実作って東京に戻ってくるか期待せざるをえない。 2011/03/21
kabatana 自己肯定化のために不安をあおるのは後ろめたい証拠。今は一刻も早くよりよい日常を想起させるメッセージを送るべき時。発言に力がある人は特にね。上を向いて歩こう。 2011/03/21
bt-shouichi Twitter, あたまがわるい, 東浩紀 なんで「俺は怖いから疎開した」で済まさず、「怖がらないやつらのほうが異常」となるのか/これを読む限り、もう東京に足を踏み入れることはなさそうだな。万が一戻ってきたら…嘲うw 2011/03/21
a-lex666 2011/03/21
trinh そこまでして自分と家族を疎開させたことを社会全体と関連させたいのか。最初に言ってた様に、他所様は知らんけど、娘が不安だから伊豆に行った。それでいいじゃん。 2011/03/21
hokuto-hei ネタ, 東浩紀 じゃ東京にもどってこなくて良いから 2011/03/21
Pz-4 そろそろお母さんにtwitterを取り上げられる時期。 2011/03/21 21
a8888 ネタ かなりテンパってるね。しかし、その土地に対する愛着のある人って海外でもそんな珍しくないのに。 2011/03/21
hyaknihyak 2011/03/21
k-takahashi ネタ 『水食糧からは放射性物質が検出それ続けるが、それにも慣れていく。数年後微妙に小児の癌発生率があがったという報道が出る』 東浩紀がこういった、という記録として。 2011/03/216 clicks
ghostbass 行くとしたら鳥取島根あたりだけどね…玄海あるしね… 2011/03/215 clicks
kouchi203 これはヤバい, 地震, 天才 ようするに、東京に住んでる人はアホと言いたいのか。 2011/03/21
REV 動物化 2011/03/2130 clicks 15
T-3don # |ω・)……, twitter 度しがたい。 2011/03/21
ublftbo 何を言っているのだろうか 2011/03/21
抜粋すんのめんどくさいから全部載せた。全部ヒドイってわけではないからね。
僕個人としては東浩紀の創作する「東京人異質未来」という差別目線的な予想図に対して、まあひどいかな、とは思うんだよね。<そういう未来になれば>だけどね。
実際それ自体もまた既に福島県の人が差別されているらしい記事もあるわけで、そういう未来はあるのではないかと考えている。
で、そういう主張をするうえで差別的な表現を利用するのは当然といえば当然で。それは「東京人」というムラ社会的区分にも顕れているわけだ。
僕が気になるのはどちらかというとブコメの方で、優越感を得るために東浩紀を利用するというか、さも避難したのを負け犬かのように非難する構図というものがみえてくるわけで。
読み違えてる人も多いだろうけど、あれは東浩紀個人の思想であるかというのはわからないんだよね。その点が池田信夫と本質的に違う。あいつは確信的ダダ漏れだから叩かれてもしょうがないけども。叩きたい人にとってはそんなものはどうでもいいのだろうけど。
これはやはり実名であることの弊害なんだろうか、気持ち悪い人間が多いなあと感じた。こういう人が論理武装してんだからおっかねー国だよ日本は。気持ち悪い。もっとも実名出さない時点で気持ち悪いといえば気持ち悪いか。
というかああいうのを「逃げ」と笑って、その上でなにか言えば叩く奴ってほんと何がしたいんだろう。こういう人って疎開についても同種の感情を抱くのだろうか。子供でも?子供なら仕方ないとして、では保護者は?離れたい人なら誰でもいいならどうなんだ?また我慢大会かよ、鎖自慢でもしてろって。
http://umiurimasu.exblog.jp/12210453
多神教がどうとか、食文化がどうとか、本当にくっだらないと思う。ちゃんとラヴクラフト嫁と思ったのでつらつらと書いてみる。
ラヴクラフトのクトゥルー神話が「ホラー」であるのは、「おれたちの信じているキリスト教の神さまの他にも神様がいるなんて!」ということではない。
ラヴクラフトのクトゥルー神話が「ホラー」であるのは、「自分の信じていた世界観はじつは嘘っぱちだ」ということにある。
例えば、俺は生きてメシをくって仕事をしてSEXをして子どもを育てるわけだ。
俺は日本という国に生まれて、その文化や自然や人々の共同体を愛しているわけだ。
そんな平凡な俺っちが、クトゥルーという存在を知ってしまうと、その全ては無価値なものだということに気付く。
日本という国も、そこで千年だか二千年だかの間にはぐくまれてきた文化というやつも世界全体から見た場合には実は無価値なのだ。
俺たちの人生や世界というものは、いってみれば犬の毛の中に住むダニたちが作り上げた世界と同じようなものだ。
それらは、クトゥルーがちょっと身じろぎしただけでも崩れ去るわけだし、今自分たちの所属している世界観が崩れ去ることは予め決まっている。
自分が生きていることも、生きて何か仕事を残したとしても、子孫を作ることも育てることも、それはすべてクトゥルーの前では無価値なのだ。
そういう認識に立った場合、俺は自分の存在することの意味が見いだせなくなる。
じぶんがここに存在することも、自分の子どもが存在することも、自分の親が存在することも、自分がなにかに努力していたとしても、何かに幸福を感じたとしても、それは全て意味がないのだ。
自分が拠って立っていた世界観が崩壊して、たったひとり、自分が何者かもわからなくなって虚空に落ちていく感覚。
おれ、大学のときラヴクラフト全集3冊読んだぐらいだから間違ってたらすまん。
それは魚介類だとか、自分の信仰だとか、そういうのとは本当にまったく無関係に「怖い」とおもったし、救いようのないアンハッピーエンドで終わる「セカイ系」のラノベ短編集みたいな感覚で結構面白かったよ。
セカイ系は社会的背景を一切飛ばして主人公とヒロイン(にあたる存在)の関係が世界の命運に直結してる(ように場面を切り取って物語が構成されてる)もののことだぞ。
いい加減、「主人公が世界を変える力があったらセカイ系」って思考から離れろよ。少年漫画の主人公はそもそも全員そういう能力持ってるだろ。キリコ・キュウびぃだってそうじゃねえか。
セカイ系を語る時には「君とぼく」だけを軸にしてればいいんだよ。「セカイ」に捉われるな。
※ただし、多くセカイ系と言われる作品においては「きみとぼく」という関係性よりも周辺人物のエピソードが多く語られる傾向にあるということに留意されたし。「きみとぼく」で括るとただの恋愛ドラマもそうなる。まず「セカチュー」と「エヴァ」を切り分ける(前者は「人が死んじゃう系」にカテゴライズされる)ことから始めたし。
というよりも、セカイ系かどうかを分けるのって設定とかではなくて純粋に物語の締め方であるような気がするよ。
世界では戦争だなんだでくそ忙しいのに「――こうして僕たちは結ばれた」みたいな終わりをする作品が基本セカイ系って認識されてるんじゃね?
http://anond.hatelabo.jp/20110225163758
あんこちゃんどんどんいい子になってきてるから心配しちゃうね。
最初いやなやつって雰囲気だったのにね。
そういえば、今までも「まどかはセカイ系」ってな言説あったけど、世界の存亡に直接的に魔法少女と魔女が関わっていなかったので、俺はセカイ系とは呼べないんじゃないかって思ってた。
でも、ついにきゅうべえさんが、「まどかは宇宙の法則すら捻じ曲げれる」って言い始めたので、ついに明確なセカイ系要素がきた! って思ったのだけど。
しかし、一般的なセカイ系は、「君と僕」の関係性があって、主にはストーリーの視点となる「僕」と、世界の存亡を握る「君」で成り立ってるわけだが。
まどか☆マギカは、「君と僕」ではなくて、「私」が世界の存亡を握っている「自セカイ系」とも呼べる新ジャンルなのかなって思った。
でもでも、もう少し厳密に考えると、実は主人公はさやかとも言える描かれ方をしてるので、「君と僕」は「まどかとさやか」って形とも言えるかもしれない。
まあそう言うならハルヒだって主人公はハルヒで視点がキョンなだけって見方もできるし、やはりまどかを主人公って考えても間違いではないんだと思う。
そう思えば、「セカイ系」の枠組みからは外れてるって言えると思うんだ。
まあ、視点と主人公の関係については、もうちょっとエライ人が考えて解説してくれないと僕ではわかんないすが。
それにしても、「君と僕」の構造ととらえても、「私」の構造ととらえても、まどか☆マギカは女性だけでのセカイ系、あるいは自セカイ系なんすね。
こういう人って、ラノベや大衆小説しか読まずに、純文学を理解しない人なんだろうか?
「病人が徘徊して本屋に檸檬を置いて帰っただけで、なんら物語をもたない」
なーんつってな。
セカイ系的空気系なんてハルヒからすでに言われてることだし、一方、まどかはセカイ系的要素は未だ帯びていないよ。
なんだか、かけらだけでも納得してあげようと思っても、それすら困難な言説に思えるよー。
理解してあげられなくてごめんよー。
純粋に不思議だ。なぜ『まどか』はストーリーを持たないんだろう。
もう第7話だっていうのに、魔女の正体が徐々に明らかになるわけでもない、キュウベェの目的が明らかになるでもない。
ましてや最初期に見せたセッティングが深化を見せるわけでもない。
7話までに起こったことといえば、マミさんが死んだことと、さやかが契約したってことくらいだ。あと赤い髪のキャラが出てきた。一行で説明できる。
やっていることといえば、「葛藤」だ。本来自己の外部から襲ってくる「事件」、それらとの折り合いの中で葛藤が生まれるはずだ。
しかし『まどか』ではそういったコンテクストから独立した、抽象的な「葛藤」そのものを扱っているように見える。こんな歪な構成のアニメはそうそうお目にかかれるものではない。
碇シンジくんもエヴァンゲリオンに乗るかどうかで葛藤した。しかしそれは彼の周囲の人間関係が孕むドラマがあってのものだったはずだ。
『まどか』も、正体不明の魔女が襲ってくるだろう、とするには、その”魔女”の輪郭はあまりに抽象的なのだ。例えば、セカンドインパクトが起きて人類の半数が消滅…という具体的な輪郭を持たない。
さやかだけが申し訳程度にバックグラウンドを持っているくらいだ。
なぜだろう?魔法少女的なコンテクストをあえて無視した仮説を立てるが、
大きな物語を捨象して生活感・空気感、あるいはとめどないガールズ・トークといった要素を抽出した「空気系」のジャンルがゼロ年代に勃興したように、
セカイ系から大きな物語を排し、セカイ系的な空気感のみを取り出したアニメが現れはじめたのではないか?
エヴァンゲリオンからディティールを捨象し、「葛藤」だけを抽出したアニメ、
ええっと、皆さんお察しのとおり、大して何も考えず思いついたことをザザッと20分くらいで書いただけの頭の悪い記事です。なにぶん、こんなに多くの人に読まれるとは思っていなかったもので。
でもさすがに文意くらいは伝わるだろうと思っていましたが、ブコメを見るとkkobayashiさんくらいにしか伝わっていないようで少し残念です。言いたかったことを悪意むき出しにして簡潔に書くとこうなります。
どうしてこんなに広く支持されているんだろう。
それってもしかして「空気系」が受容されているのと同じ理屈じゃね?
そんな体なので「中身(=物語)」とは何ぞや?と言われても全く考えておりません。考えてないので代わりにエヴァに喩えて語ったまでです。ブコメに
>「如何にロボットに乗るか」で一本話作っちゃったタイプと思ってたからな
>エヴァにディティールがあったとは思えんがw
とありますけど、それはまぁそうなんですがもうちょっといろいろあったじゃないすか。例えばミサトさんとかね。何故まどかの母親はミサトさんではなく時々顔を出してアドバイスをする便利キャラなんでしょうかね。その辺りがすっごく不思議なんですけど。
「空気系」と一口に言っても多様ですが、念頭に置いていたのは『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』です。いや、あれはあんまりウケてないじゃん、と言われるとそうなんですけど。現在こんな体の『まどか』がラスト1,2話になっていかなドラマを見せようとも、それって『ソ・ラ・ノ・ヲ・ト』の最後に戦争が起きるか起きないか程度の意味しかないよね、という意図で。
あと
>エヴァだ何だ持ち出すから厨二系と解釈されるだけで、実際は序盤のイベントドリヴンな展開から中盤戦の内面掘り下げに移った点を停滞と感じているというだけの話かと。常時イベントドリヴンな作品好みな人なのかな。
とありましたが、僕の好みは仰る通りですが、さすがに「常時イベントドリヴン」な作品しか見れないわけじゃないですよw 例えば同じ虚淵さんが関わっている『Phantom』(アニメ版)なんかは傑作だと思います。けど、『Phantom』の2クール目がなくて最初の1クールで終わってたら無いなぁって思うんですよ。『まどか』はそれに近いものがあります。もちろんあと5話あるので、残り5話の中に『Phantom』の2クール目みたいなのを破綻なく詰め込んできたら、僕は平謝りするほかありません。が、『まどか』でやりたいのはそういうことではないんだろうなと思ったんですよ。
(そもそも私は「鹿島茂(2003)『勝つための論文の書き方』(文藝春秋)」を踏まえてこの日記を描いています。)
まず、先日の日記(◕‿‿◕)ラノべえ「そんなことより僕をテーマにして研究生になってよ!」に対して
・意図に反して論文に対する、あり方や手法という点で反響してしまった
というのが全体的に見て思ったことです。
論文のあり方については多様でいいと思うので、ここでは問題としません。
前回の日記も「テーマの意義」についてでしたので、テーマを決めた時の「どこまで問題点、着眼点を絞るのか」に対する考察でしかありませんでした。(問題と目的(序文)、手法、結果と考察(本文)、今後の課題、といった論文の段取りの全ての「前提」としてテーマを取り巻く要素から「研究意義」を考察しただけです。要するに自分のテーマのみを考えるだけでは社会的な前提や研究意義にはならない可能性が高い、あえてテーマの外部にあるであろう要素から迫る方がテーマの本質は見やすい、ということでした。)
無論、このことは研究に対してのモチベーション維持に関係するだけではなく、実際に調査をする上での注意点や考察を書く上での前提になりえます。
また、よくありがちな「結局何が言いたかったのかがわからなくなる」のを防ぐ役割があると思います。
論点がブレないための論文の前提としての考察に、引用が多すぎることは、深く考えるだけ無駄でしょう。
今回、論文を書く上で問題だと思ったのは「引用の多さが恥に思える」点です。
この考え方の背景には、論文を書く上での前提が「前人未踏であることによる自分らしさ」となっているということだと思います。
なるほど、たしかに自分の考えを誰の考えも前提とせずに書けることは素晴らしいと思います。そんなことをしてのける天才になってみたいものです。
しかし、私は賢い人が論文を書くのではなく、疑問に思った人が論文を書くべきだと思います。
それに、仮に体裁を気にして、できるかぎり自分で考えた結果を主張をしたものの、「それって〇〇といってること同じだよね、どう違うの?」なんて聞かれたら(○○について知っていても、知らなくても)終了してしまうようなシビアな世界でもあります。
未踏であることは前提ではありますが、自分らしくあることに前人がいてはいけないということはないと思います。
というのも、時代によって物事のあり方は変化していくので様々な観点での検証の余地がでてくるものだからです。
例えば、「既存の手法を別の目的に転用する」というブリコラージュという手法もあります。(横井軍平さん風に言うと枯れた技術の水平思考ですね。)
「こんな考え方が認知されているんだから最新の研究である、私のテーマでも適用してみます。」は研究の観点的に未踏なのです。
ところで、内田樹は自分らしさについてこんなことを言っています。
「自分らしく」ふるまうということは、「他人の模倣をしない」ということである。ところが脳科学の知見が教えるとおり、人間というのは他者の模倣を通じて固有性を形成し、他人の思考や感情を模倣することによって人間的な厚みを増してゆくものである。
階層化する社会について (内田樹の研究室)(http://blog.tatsuru.com/2010/11/10_1216.php)
また、欲望とは他者の欲望の模倣であるとする「欲望の三角形」というルネ・ジラールの理論もあります。
つまり、「○○好きな自分」は別の「○○好きな誰か」たちを模倣し、複合した結果になります。
模倣したことを恥ずかしく思うよりは、模倣することによって何か一つでも自分の観点に自分だけの結論が見いだせるならば、
そのプロセスを隠すかどうかは、正直馬鹿らしい事のようにさえ思えます。
(◕‿‿◕)ラノべえ「そんなことより僕を研究にして発表してよ!」http://masuda.livedoor.biz/archives/51603662.html
・読者にとっても作り手にとってもクソの役にも立たない研究ってくだらない
→あくまで、役に立つか、ではなく真剣な問いがあるかで研究は考えるべきだと思います。好きだからでは駄目です。役に立つかどうかは考え方で決まります。
・読者を楽しませようとする=読者にないものを提供するという一面は当たり前だけどラノベの萌えに限った話じゃなくすべて外部性
→セカイ系というジャンルに言及出来ていない点で不完全でした。セカイ系というジャンルの考察と定義を踏まえるとラノベの萌えも包含する範疇です。
→少しでも「女性という存在と外部性とを遊戯的につなげている文学メディア(媒介装置)」であることをまず認識して欲しかったという点で細かな引用をしました。引用があまりにも細部に及んだ場合、拡大解釈に繋がりかねないことは度外視しています。web以外で探せるならば文脈で引用ができますね。その点で浅はかな引用でした。ただし、書籍引用のデリダの読解(「ハイデガーがニーチェを読解したものの」デリダの読解)はフェミニズムという点でデリダの中で一貫していると本人が発言したと書籍内にもありましたので問題ない部分です。
・モテない男は女性性の代償行為としてラノベを読む。代償行為はラノベに限った話ではないが、じゃあラノベを取り上げるのはなぜか。どう違うのか。どう意味が、時代性が。
→まさに批判された指摘部分に焦点を当てて意義を捉え、調査すべきですね。つまりマクロな現代社会の延長としてのオタクの内面を切り分けていくべきだと思います。