はてなキーワード: シュタインとは
寓話を観光資源に転換しようとした際には、売り込み方が変わってくるのでマネジメント的には重要。
吉四六さんとか、遠野物語とか、ある程度観光資源化できる具体的な情報や諸説の取集などやることはいっぱいあるわけで。
目的に沿うような木を探してこないといけない。
この際に、桜の木を探すか桜桃の木を探すかの違いがまず出てくる。
ここで桜の木を探して来たら、桜なんてあの時代にねーよwという事になる訳で、探すのは桜桃の木にしないとならない。
この手の観光資源化は当時の品物とか風俗の展示がセットなので、当然それと売り込みの柱である寓話が乖離しないようにしなければいけない。
とまぁ、全くのフィクションだったとしても、事実により近いだろう情報が無いと酒飲み話にしかならんのよ。
寓話とは多少ずれるが、ディズニーランドのこの手の努力ってのは凄まじいものがあるぜ。
どうやって、実際のアミューズメント・アトラクションに落とし込むかとか。
ノイシュヴァンシュタイン城をモデルに眠れる森の美女の城をデザインし、そこからシンデレラ城をデザインしているわけで、元ネタや築城技術に詳しくないとデザインとかできない。
麻生とか管とか仙石、小沢など、今までの国の重要なポストにいた人が続々と出てきます。
そう、ヨブ・トリューニヒト本人の画像以上に。
ヨブ・トリューニヒトは確かに悪い政治家ではあったが、妖怪じみてると評価されるほど「保身」とか「人気取り」には長けていたのだ。
つまり彼らは嫌い、と言われているだけでトリューニヒトのような存在ではないと思う。
ブラウンシュバイクとかリッテンハイムとか良くてオーベルシュタインで、トリューニヒトほどの力はないと思う。
じゃあトリューニヒトって誰なんだよって言うと。わからん。
・民衆からはかなり人気を得ているが、一部からはかなり懐疑的に見られている。
・扇動が上手で、弁舌に優れる
たぶん本当のトリューニヒトは、その人の死後とかでないと酷評されないと思うよ。
その1と一緒にしてもよかったんだけど
あまりにも個人的な内容だったんで一応分けた。
この作品は私の個人的なトラウマを
20年ぶりに解消してくれた作品としても私にとって特別なゲームです。
20年前のトラウマとは何かというと、ズバリ「大長編ドラえもん」のこと。
この作品、オープニングムービーが流れる直前で、
秋葉原からすべての人がいなくなるシーンが描写される。
私はこのシーン見たときに「のび太と鉄人兵団」の鏡面世界を思い出したのです。
<鉄人兵団>についてはこちら。
作品のあらましは省きますが、
この作品にいるリルルというキャラの結末が私にとってのトラウマだったわけです。
ご存じかとは思いますが、長編ドラえもんというのは子供が見る作品という制約のせいか
ほぼ間違いなく下記の3つのうちのどれかが発生します。(例外は「竜の騎士」など)
2「タイムパトロールなどの大人たちによって助けられる」ことにより
3現実に持ち帰れないものを残すことで、あれは一時の夢だったのだと悟らせる
さて「鉄人兵団」においては1のパターンで、犠牲になるのがリルルというキャラ。
彼女はロボットであり、自らの意思を持たず敵の首領の命令に従うだけだったはずが
のび太たちと交流を持つことで、自ら思考し、判断し、
最終的には自らの身を犠牲にしてのび太たちを救って消えていきます。
<詳細はこのあたりから>
http://cagami.net/dansyaku_blog/archive/000163.html
http://www.geocities.co.jp/Playtown-Dice/6159/dd-7.html
この結末がすごい哀しくて記憶に残ってたのですが
シュタインズゲートにおいても、
特にクリスやもえかなどはリルルの影を強く感じたんですよね。
あるいはどこかで超ご都合主義が起きてうやむやになってしまうのか、と。
実際そういう展開になっていきました。
助かってほしいけど、あんまりご都合主義もいやだ。
特にもう社会人になっていることもあり、
個人だけ、身内だけの解決も望ましくない。
「世の中には限界がある」とか認めてうなだれるだけってのも物語を読む意味がない。
子供の頃なら受け入れざるをえないことかもしれない。
大人としては認めざるを得ないことかもしれない。
でも、何かないだろか。
この作品はその葛藤にひとつの答えを出してくれたように思います。
この問いの中に、非常に肯定的な意味として「中二病」が出てくるわけです。
この作品では「既知の悲劇の法則(カタルシスの原則)」を拒否する。
子供と大人の両方の絶望を十分に理解し、「未知」の中に希望を見出す。
全能感を妄想するのではない(オープニング時の主人公。これもわけありだけど)で終わるのではなく
力のない状態ではてしなく願望を抱く幼さと、
力はあるがルールに縛られて身動きが取れない老いとの間の中庸として
己の人生が無為に終わることも恐れずに、
大きなリスクと引き換えに絶対に不可能とおもわれていたことにでも可能性を開き「うる」。
それが自分にはなぜか可能だと信じること。
・・・自分で書いてても恥ずかしくなるけれど、そういった青臭い部分、
まさに中二病的な精神「のみ」をまるで黄金の精神であるかのように描く。
そして実際に、私の中のリルルを助け出すことに成功してしまった。
なんつーかぼかぁ感動しましたよ。
残ったものだけを見ればボーイミーツガールとしてはありきたりだったんだけれど
なんかすごく、いい。
この作品が「最高の厨二病作品」と言われるのもよくわかる。
子供じゃない、でも大人でもない。その真ん中にだって道はある。
その道を極めることによってのみ開かれる可能性がある。
僕の心のどっかが解放された気持ちです。
この「厨二病讃歌」と一緒にグレンラガンを見るととても楽しめそうだ。
最後に。
これはこの記事を書こうと思ってぐぐってみて初めて知ったんだけれど、
これは何というグッドタイミングだろう。何かの運命を感じるよ個人的に。
私はシュタインズゲートのおかげで、過去Verが提示した問題を自分の中で解決できた。
リメイク版は20年を経てどのように変化するのだろうか。
それを自分はどう受け止めるのだろうか。
まずはじめに。間違いなく面白いのでみなさんもぜひやりましょう。
で、こっからは完全に自分ごと。
誰の役にも立たないしはずかしーんで増田で書いとく。
どうせすぐに流されるからいいよね。
2つに分けて書きます。
この作品は間違いなく私にとってものすごく意義のある作品なんだけど
それを説明するのが難しい。
面白さの種類で考えると、Key作品みたいに感動して涙ボロボロだとか
Ever17みたいにあまりの衝撃に目ん玉飛び出すとかではない。
YU-NOみたいにその壮大さに圧倒されるというわけでもなかった。
何かにとんがって最強とか、そのスケールで最強とか言う作品ではない。
SFとしても、エロゲとしても決してエポックメイキングな何かがあったわけじゃない。
ぶっちゃければ、チームワークがあることをのぞいたら
「これって紫色のクオリアじゃね?」で以上、終了、なんだけどね。
だからそういうところにこの作品の評価ポイントはない。
と・・・ここまでの部分は懐古厨とか言われそうだがそうじゃないんだ。
この作品が今までやってきたエロゲ作品の中で一番好きだと断言してもいい。
私はこの作品が出てきてくれたことに本当に感謝したくなったんだ。
私がこの作品で感じたのは。面白さとか、作品単体としてのできとかそういうものを超えたところに
前置きが長くなったけんど、この作品を一行で形容するなら
「長年付き合ってきたエロゲ業界から私に対するプレゼント」という感じだろうか。
作品単体でも十分に面白い。
でも、それ以上にメタ的な部分、作品外の部分の積み重ねが
そういうところに、この作品のスタッフからの私らに対する愛情を感じずにはおれない。
私は作品のクライマックスとあまり関係ないところで何度となくホロっと涙が出た。
今までエロゲやってきてよかった。本当に良かったとそう思う。
いつかガンダムでも、そういうことを再び思わせてくれる作品があらわれるのだろうか
プレイしてない人には何のことやらって感じかと思うだろうけれど、
今までの集大成というか、過去のエロゲの取り組みのほとんどを引き受けて、
それをまとめて肯定しちゃうというか
「(クリエイターに対して)お前たちが作ってきた作品1つ1つ、
(プレイヤーに対して)お前たちが遊んできたゲーム1つ1つにみんな意味があった。
それは今、私が、このシーンを最大限に味わうために。
このシーンで立ち止まらずに、その先に進むためにあったのだよ」
と。そんなことを言われてる気がした。
それだけの過去に対する愛情と、現在に対する自負があるように感じた。
この作品はずっとエロゲをやってきた人間にとって新しい部分は全くない。
それでもどことなく新しい。
むしろ小さな目新しさを売りにするのではなく(そういう作品多いのよマジで)
ひたすら過去作品からの蓄積を有効に組み合わせて
それを1つの作品にまとめ上げきったときに、
全く別の作品が生まれる、新しい地点を目指せるってことを示してくれた。
そういう意味で、
今までを認めてくれてありがとう。そして新しい希望を与えてくれてありがとうと
感謝の気持ちを今強く感じている。
Kanon問題からC+C、リトバス問題までメジャー作品のエッセンスが
ぷんぷんきいてて食が進むこと間違いなしでござる。
<余談>
もちろん不満もある。
フォーントリガーシステムのフラグ管理はマジで頭悪いというかですね
何回9章のメールが来なくてやり直させられたことか。
危なかった。
何が危なかったって、俺はXbox360を買おうとしてたんだ、シュタインズゲートがやりたくて
ただ12時を過ぎていたために今買うと当日宅配でたかが500円、されど500円かかってしまう。
どうせ後9時間の注文猶予ができたから、と最後まで購入を迷っていたPS3のソフトでも眺めていた。
そこには「CHAOS;HEAD NOAH」の文字。
あれ?何で?シュタインズゲートと同じとこの会社で確かXboxのソフトだったはず・・・移植?
このソフトは少しシュタゲにも内容が重なる部分あったし、もしかしてシュタゲも移植されてたりとか都合のいいこと思い描きながら
あんまりに出来すぎていて驚かなかった。公式ページでの発表は4月22日だった。
発売は7月30日の予定らしい。伸びなきゃいいいなぁ、むしろ縮んでくれないかなぁ。
割れ厨がゲーム売ってるぞwwwwwwwww
http://blog.livedoor.jp/insidears/archives/52221282.html
ごく最近のことであるが、上記リンクの記事を読んだ。内容はネット上で違法ダウンロードしただろうゲームデータそのものを、無料どころか有料で他人に販売するという者が現れ、それを晒したレスに対しスレッドに現れた者たちが同一人物が運営しているWebサイトや果ては在学する中学校や友人の住所まで特定され、結果的にサイトは閉鎖した、と言う締めくくりになっていた。
勿論、晒された者の行為は海賊版のDVDを路上で販売することと同義であり違法、年齢によっては逮捕である。よってサイトの閉鎖あるいはコンテンツ削除は然るべき結果であるのだが、何も周辺の個人情報まで晒さずとも、サイトを閉鎖あるいは法律に違反する行為を指摘して取りやめさせるなどの方法はあったように思う。これらに関してははてブのコメントでも同じようなニュアンスのコメントが散見された。
問題は記事自体がこのブログに存在することである。同様の事例を抑止すると言う意味では多少の影響力があったかもしれない。なにしろここのおかげで「シュタインズゲート」は話題になって売れたとの話もあるくらいだから、影響力はかなりのものだろう。
しかし記事中で、アニメ動画の違法アップロードを含む著作権の違法性を指摘する数々のレスをハイライトしている一方、同ブログ内の他の記事に目を向けてみると、特に「アニメ」カテゴリにおいて、アニメ本編のキャプチャはおろか、公式サイトを転写したものまで堂々と掲載されているのだ。これには失笑した。
http://www.bakemonogatari.com/
下部に目を向けると、"掲載の記事・写真・イラスト等のすべてのコンテンツの無断複写・転載を禁じます。"とハッキリ明記されている。にも関わらず、公式サイトの内容が丸ごとキャプチャされている。
先に述べた動画をアップロードする行為とこれらアニメの本編やサイトのキャプチャをアップロードする行為、何に違いがあるのか。アニメをライブラリ化してDVDを購入しない要因になるから動画はダメだが、これらのキャプチャは特に売上には影響しないだろうし、宣伝になるから許されるとでも思っているのか?著作権者から何もお達しが来ないから掲載していいのだろうか?
煽り記事を載せておいてこれとは、明らかにモラルが欠如しているだろ。
違法アップロードに関したスレをまとめることにより晒されたものが絶対悪であり、それらを喧伝している者たちは正しいことを煽る一方で、別の記事では違法にもなり得る画像をアップロードして堂々と掲載している。そしてコメント欄ではその事実に対してはほとんど言及されていない。
これほど気持ち悪いことはない。まさに矛盾している。
著作権者には、このような行為に関するガイドラインを一刻も早く規定して、然るべき対処を取っていただきたい。
そうでもしないと、今後も同じような事例は発生し続けるんだから。
書評:川口マーン惠美 著『日本はもうドイツに学ばない?』(徳間書店)
小生のようにドイツを知らず、漠然とした技術大国=ドイツの印象を身勝手に抱いてきた者にとって、この評論集は新鮮な驚きのパケッジであり、あのメルセデス・ベンツをつくる器用なドイツ人が、他方では奇妙な思考体系をもつことなど想定外のこと。またドイツおよびドイツ人の意外な側面を知り、本書はとても有益である。
一般的に日本人のドイツの印象は良い。いや、良かった、と過去形で書くべきだろう。
森鴎外が留学し、伊藤博文はプロシア帝国憲法を範にとって明治欽定憲法を起草、制定した。ゲーテ、トーマスマン、ヘルマンヘッセ、ワグナー。
手塚富雄、高橋義考という人たちの名訳でドイツ文学にしたしみ、西尾幹二の新訳でニーチェに親しむことができだ。三島由紀夫も第二外国語はドイツ語だった。
大学ではドイツ語を第二外国語に選択する学生は稀となり、中国語へ語学ブームは移った。
日本の戦後政治は混沌としてきたが、ドイツもご多分に漏れず混沌そのもの、いや東西ドイツ統一以後は、旧東ドイツの貧困を旧西ドイツが吸収し、そのためドイツの経済優等生の質が劣化した。さらには欧州通貨統一によって、ドイツ経済は中国に抜かれるほどに疲弊した。米国、日本に次ぐGDP世界三位は北京が獲得した。
ドイツにも政治家の右往左往、右顧左眄、売国奴の跳梁跋扈があり、構図的にいえば、ちょうど日本に売国的媚中派と保守派とに二分され、さらにその保守が真性保守、体制保守、偽装保守などに細分化されるように、ドイツの政治は、ロシアの利益と通底する二流の政治家がいる。
言うまでもなく売国奴的政治家とは、シュレーダー前首相である。
川口さんは舌鋒鋭くこう批判する。
「シュレーダーは首相在任中、毎年中国を訪れたが、当地では、徹頭徹尾相手の嫌がることには口を噤み、大型商談をまとめることだけに心を尽くし、中国人のやんやの喝采を浴びて満面の笑みを浮かべているのが常だった。そして、このシュレーダー外交を、官邸で、裏からしっかり支えていた」男が、後述するシュタインマイヤーというニヒルな政治家だった。
戦後、アデナゥワーは米国と協調したが、ブラント政権で東方外交へ急傾斜をはじめた。そしてブラントの個人秘書は東ドイツのスパイだった。
後継シュミット時代に「ドイツ経済は完全な停滞状態にはいったしまった。それを引き継いだのがCDUのコール首相。行き過ぎた福祉にブレーキをかけ、19990年には華々しく東西ドイツを統一下」(本書140p)
だが、いまやドイツ統一の偉業をなしとげたコール首相は顧みられず、現首相メルケルへの罵詈雑言が左派からなされる。仕掛け人は現連立政権にありながら次期首相の座を虎視眈々と狙うシュタインマイヤーらSPDの面々である。
現ドイツ政権は左右大連立で「十五の大臣のうち8つがSPD」。外交を取り仕切るのは左派なのである。
日本との比較で二点、異なるポイントがあると川口さんは指摘する。
「ドイツには日本とは決定的に違う二つの負い目がある」、それは「ホロコーストと戦時賠償未払い」
東方外交をすすめたブラント元首相はユダヤ人慰霊塔に跪き、ヒトラーを擁したドイツ軍がなした狼藉を謝罪したが、「ヒットラーの率いたドイツと自分とを同一視していない」。
いや一般的にも「ドイツ人政治家の謝罪はヒットラーが起したことに対する謝罪であり、自分や国民の罪に対するものではない」。
つまり「親族に人非人がいたことに対する悲しみの表現のようなものであり、つまり『あいつのしたことは本当に悪いことだった。恥ずかしい、許してくれ』と誤っているのだ。日本は幸いなことに、あとにも先にも身内にこのたぐいの人非人を持たなかった」(本書73p)。
本書にはホーネッカー(旧東ドイツの独裁者)が、旧東ドイツ市民が秘密警察に監視されつつ、生活がうまく行かずモノもなく、途端の苦しみを味わっていても、一人だけ核戦争にも生き残り、モスクワへ逃げる場合に備えた豪華な核シェルターを築いた事実が暴かれる。その妄想ともいえる塹壕が、ドイツ統一後、埋められる前の見学ツアーが行われ、川口女史はでかけて、壮大な無駄と独裁の虚無を見いだす。
それにしても直撃取材のフットワークの良いこと!
また“ドイツの良心”などと左翼ジャーナリズムに持て囃された“ドイツの大江健三郎的な作家”ギュンター・グラスが青年時代はナチの「太鼓持ち」だったこと、シュレーダー前首相がプーチンの代理人のごとき政治屋ロビィストであること、ダライラマとの関係でベルリンが北京へ頭を下げるのも、日本と同様であり、北京とはビジネスさえ旨くいけば中国に叩頭しても構わないと考えているのがドイツ人の大半であること等々。
次々と暴かれるドイツの真相を知れば知るほどに、表題のようにドイツに学ぶことなんぞ、もはや無いという結論が出てくるのだった。
作者名が抜けまくってます。さすがに補足する気力なし。サーセン・・・orz
上手に引用をしたいなら、すぐれた読み手でなければならない(アルコット)
人生の前半は楽しむ能力があってもそのチャンスがなく、後半には楽しむチャンスがあってもその能力がない(マーク・トウェイン)
危機という言葉は二つの感じで出来ている。ひとつは危険、もうひとつは好機である(中国のことわざ→JFケネディが引用)
共に生きることを学ばなければ、ともに愚か者として亡びるであろう
楽観的な人はトゲではなくバラを見る。悲観的な人は、バラに気づかずトゲを見る
話すことは知識の本領を発揮することであるが、聞くことは知恵の特権を享受することである。
権利には責任が、機会には義理が、所有には義務が伴う(ロックフェラー)
平等の欠点は、われわれが目上の者との平等のみを求めることだ(ヘンリー・ベック)
経験は自然には身につかない。自然に身に付いたことを活かし、行動すると経験になる(アルダス・ハクスレイ)
日曜日の身なりを持って、人が裕福かどうか、敬虔かどうかを決めつけてはいけない
いくじなしは、土地を手に入れても、採掘権を手に入れることができない
いったん悪が蔓延すれば、それが避けようがなくなるまで悪に対抗する解決策は生まれない。
勇気を試されるのは、しぬ時ではなく、ただ生きているときである。
「長さ」が足りない分は、幸せが「幅」で補ってくれる。
健やかな精神だけでは不十分で、それをどう使うかが大切だ
議論する人より、回避しようとする人を恐れなさい(シェンバッハ)
誰もが知りたがるが、誰もが料金を払おうとしない
これまでずっと知っていたことが突然新しく見えるようになることをこそ、学びという
年齢は年月ではなく、心のありようと健康状態によってもたらされる。
本当の知識とは、言葉ではなく物事を知っていることだ。
狭い心の持ち主は普通でないものにひかれ、広い心の持ち主は、ありきたりなものにひかれる
破滅の道はいつも手入れが生き届いている。その道をたどる旅人が自らその費用を払うのだから。
倫理的な人は、相手の望んでいる以上のことを行う。同時に決して自らの許容範囲を超えた行動をとることがない。
賢明な人は、発見するより多くの機会を生み出す(F・ベーコン)
不都合だと考えるべきではなく、むしろ災難だと考えるべきだ
世界には苦しみが満ちているが、克服される苦しみもたくさんある(ヘレン・ケラー)
風がなければ、オールを持てばいいじゃない(ラテン民族のことわざ)
なぜフェンスが建てられたのかわかるまで、決してフェンスをとりはずしてはならない(チェスタートン)
港にいる船は安全だが、それは船が本来作られた目的ではない
どれほどよい友であろうとも、人はみな、それぞれだ(カベンディッシュ)
知識には、徳の高い行動が伴わなければいけない。無知は危険だが、無責任な知識はもっと危険だ。
成功は、成功するまでの所要時間を知っているかどうかにかかっている(モンテスキュー)
将来は、それを準備した人の手のうちにある。
他人の身に起こっている間は、どんなことでも陳腐にしか見えない
人はあなたが何を言ったかを忘れても、あなたが言ったことでどう感じたかは決して忘れない(ビューナー)
悪を悪であるが故に選ぶ者はいない。悪を幸福と誤解しているにすぎない。
悪という木の枝をたたく者は何人もいるが、根を叩くものは常に一人
われわれが持ち込む内容に応じて、世界は我々をよりよくしてくれる。
人格はあなたが何者かであるという答えであり、評判は他人がどう見ているかということだ。あなたの評判でなく、人格を見なさい。
人格は授けられるものではなく、勝ち取ったものであり、これからも勝ち取っていくものである。
能力は沈黙のうちに形成され、人格は激流の中から生まれる(ゲーテ)
いかなる場合にも、自分の役を上手に演じなさい。
服従を経験したことのない者は、よい司令官にはなれない
愛情より、信頼で示される賛辞の方が素晴らしい(マクドナルド)
夢を見つめる前に、自分の財布を見つめなさい(ベンジャミン・フランクリン)
倹約とは将来欲しくなったときにモノを買うために今欲しいものを買わないようにすることだ。
浪費は今欲しいものを買うために、将来欲しくなったときにモノを買うことを諦めることだ。
多くの人は、裕福にはなりたいが、裕福になるためにすべきことをしたら負けかな、と思っている(シュタイン)
食欲に罰を科せられるより、食欲に罰を課しなさい。
富を産まずに富を消費することができないように、幸福を創り出さずに幸福を消費することはできない。
礼儀に対してはすべてのドアが開かれている(トマス・フューラー)
言葉での説明は長い時間を要するが、模範で示せば簡単でしかも効果的である(セネカ)
良心のコストがその価値ほど高いことはまずない。規律ある良心そのものが最高の友である。
規律を身に付けた人だけが自由を手にする。自分自身を征服せずに、自由を勝ち得る人はいない。
心には、頭の中とは全く異なる、心の理屈っちゅーもんがあるねん(パスカル)
始めに習慣を作るのは私たちだが、そのあとは習慣が私たちを作る(トライデン)
習慣は最高の召使か、もしくは最低の主人である。
電灯のもとで正しいことが、太陽のもとで正しいとは限らない。
思慮に裏打ちされない力は、自らの重みで崩壊する(ホラティウス)
自由の身に生まれた者の最大の誉れは、自由を子孫に伝えていくことである。
私が恐れるのは自分に課された義務を知らないことと、その義務を果たせないことの2つだけである。
多様性は楽しさの母である
若い時に学び、年老いてからは理解する(シェンバッハ)
将来もっと不幸な時が来るのかもしれないのだから、今が不幸だと思うのはおろかしい(セネカ)
不運を恐れる気持の方が、不運そのものよりたちが悪い(カーリー)
幸福の秘訣は、好きなことをすることではなく、やらなければいけないことを好きになることだ。
語るだけでは不足だ。信じなくてはいけない。信じるだけでも不足だ。行動しなくてはならない(E・ルーズベルト)
人生は、憎しみ合ったり、誰が悪いのかを追及したりするには短すぎる
他人と戦争をしている者は、自分自身との平和を築いていない(ウィリアム・ハズリット)
常に頭は高く、ただし鼻は高くなりすぎないように
まず熟慮し、それから勇気を出しなさい。順番を間違えてはいけません。
相手の同意なく相手を支配できるほど優れた人など存在しえない(リンカーン)
請求書とは泣きわめく赤ん坊のようなもので、すぐ面倒を見なくてはならないって父がいってた(リンドバーグ)
ヒトを学校に連れて行くことはできても考えさせることはできない
支配者にとっては、戦場の敵より民衆の不満の方が危険である
教育とは、感情を乱さず、尊厳を保ったまま、なんにでも耳を傾けることができる能力のことをいう(ロバート・フロスト)
教育の目的は、人々に正しいことをさせるだけでなく、それを楽しませることである(ジョン・ラスキン)
批評家のいうことなどに耳を傾けるな、批評家の功労をたたえて銅像が建てられたことなどないのだから(シベリウス)
賢明であるとは、すなわち見逃すべきものを知っているということである
博愛主義者なら、友人たちを恥ずかしい目に合わせないよう「自分の欠点を大目に見る」べきである。
最高の政府とは何か?私たちが、自分自身を統治できるよう教えてくれる政府のことである(ゲーテ)
<最後に>
私が人生について学んだことなら一瞬でようやくできる。「ずっと続く」ということだ(ロバートフロスト)
いつも晴れ晴れとした気持ちでいる人は長生きする(シェークスピア)
横槍ですが、このページの内容が参考になりませんかね。
http://www.cla.kobe-u.ac.jp/kusccs/essay/2003koike.htm
それではなぜ、山火事は同時多発的に発生し、かつ大規模化したのだろうか。カリフォルニアの気候に照らしていえば、毎年山火事の危険があることは、先に述べた通りである。だが今年はその熱波・乾燥の程度が例年を越えていたのだ。例年にない熱波・乾燥といって真っ先に思い浮かぶのは、ヨーロッパであろう。 2003年の欧州はかつてない猛暑に襲われた。パリでは観測史上最高の暑さに迫る日々が、何日も続いた。パリの夏は本来過ごしやすいもので、多くの家庭や事務所はもちろんのこと、カフェですらクーラー付のところは稀だったという。一方イタリアでは、山火事が多発した。殆どが放火によるものだったが、猛暑と旱魃の影響で被害は拡大した。件数としても多く、7月中に6,000件、これは昨年の倍近くに及ぶという。またポルトガルでも山火事は猛威をふるい、16 万ヘクタールが焼失し15人が犠牲になった。
ここでヨーロッパの熱波の原因を「地球温暖化現象」に求めるのは、早とちりだと思われるかもしれない。その直接の原因がヨーロッパ上空を流れる「ジェット気流」であることは、私も認めよう。しかし、私の認識が正しければ、ジェット気流はそれ自体が熱い・寒いという訳ではなく、あくまで偏西風の影響を受けた大気の流動/停滞形式である。そのメカニズムの中で、大気をはさんで閉じ込めてしまうこともあるのである。ヨーロッパの場合、そのはさまれた内部の大気が「熱い」ことが問題なのだ。つまり、ジェット気流による熱波というのは見かけ上の問題であって、根本的な原因は欧州の気温自体が上昇していることにあるのである。よって、ヨーロッパを「亜熱帯」に仕立て上げた張本人は「温暖化現象」である、といって差し支えないと思う。
米デューク大のウィリアム・シュレンジャー教授は「近年の温暖化傾向で地上からの水分の蒸発量が増え、雨が少ない地域の森林は乾燥して山火事が起こりやすい状況が続いている」と指摘している。
同じように、米ハーバード大学のポール・エプシュタイン博士も「現在の温暖化傾向が続けば山火事は世界各地で増加。その結果、大量の二酸化炭素が大気中に放出され、温暖化をさらに悪化させることになる」と警告している。
ここでエプシュタイン博士の考えを整理してみよう。彼の頭の中には、温暖化→乾燥化→山火事→二酸化炭素放出(→温暖化へフィードバック)、という図式が存在すると思われる。これは特殊な考え方ではなく、むしろ周知の「事実」として扱われている類のものである。「二酸化炭素濃度の増大が温暖化を引き起こす」といった想定は、疑いのない真実として人びとの意識に刷り込まれているのではないだろうか。
お父さん、手鏡教授、ついに保釈されて出てきたね。またやるんじゃないの?
ああ、また、やったことにされるんだろうな。
え?
あの痴漢裁判は、ウォール街のユダヤ人が主催している裁判だ。そのくらいのことは、わかるよな。
お前も、まだ、なにもわかってないな。マスコミ風情に騙されてどうするんだ。そこまで知能低かったか?
げ。だって、世の中じゃ、みんな、教授の性癖は病気だから仕方ないって......それに、教授は出てきたけど、「これは陰謀だ!」とか「嵌められた!」とか一言も言ってないし。
あのさ、この事件を解析すると、日本の構造がよく判るよ。教授は裏社会の連中にきっちり嵌められたけど、まだ、自分がなにをどうされたのか、判ってないようだ。おまえもだけどな。
う??オヤジ、判らん。降参だ。
よし。じゃ、ヨン様大好きオバサンでも判るように解説しようか。あのさ、教授の拘留が130日に及んだこと、極めて異常な事態なんだよ。女子高生のお尻触ってもいないのに、130日。よしんば触ったとしても、130日はどう考えても異常だ。しかも、東京地検が教授の保釈にキチガイのように抵抗した。保釈して外に出れば、第三者と接触できる。このインチキ事件の背後関係を第三者に喋られるのを恐れたんだろう。
だれが?
裏権力がだ。東京地検は、ウォール街のユダヤ人のために、教授を130日間拘留し、家宅捜索してパソコンを押収したんだ。教授が誰と情報を共有しているのか、血眼になって調べまくったんだ。教授の痴漢冤罪は、裏権力が仕組んだ猿芝居だ。裏権力は、教授の口をどうしても封じたかった。
口封じって............教授は経済学者じゃん。一体なにを?...........
あーそういえば、「りそな銀行」がどうのこうのいってたよね。
それだ。小泉政権時代、りそなが倒産しそうになったよな。あの時、小泉・竹中はりそなを冷たく突き放して、「倒産容認」みたいな発言をした。おかげでりそなはマジに倒産しそうになって、株価は思いっきり下落した。その株を底値で買い漁った連中がいる。ウォール街のコーエンさんやら、なんとかバーグさんとか、かんとかシュタインさんたちだ。ユダヤ金融資本ってやつだ。親分はロックフェラーだ。
う、インサイダー取引。
で、小泉たちは最後の最後になって、りそなを公的に救済することを発表した。これで、りそなの株価は大反騰した。底値で買ったなんとかバーグさんたちは、ぼろぼろに儲けまくった。最初から公的救済が入ると判っていれば、底値で買い漁る。確実に儲かる。ユダヤさんたちの取引に便乗して儲けた勝共議員や政権関係者もたくさんいたはずだ。発覚すれば、大スキャンダルになるし、日本の支配構造も露呈してしまう。教授は、この巨大なインサイダー取引疑惑を追及しようとした。証券取引等監視委員会が調査に動くべきだとテレビ番組でも指摘した。
だから、痴漢をしたことにされて、口封じされちゃったわけか。でも、警察や検察が、裏権力の利益のために動員されてるって、にわかには信じがたいよ。そこまで司法が腐ってるなんて。
腐ってるよ。腐臭プンプンだよ。警視庁や神奈川県警は創価警官の巣窟だ。警察内部の創価組織が教授を嵌めるチームを組織し、シナリオどおり、教授を陥れた。教授は逮捕時、酩酊状態だったという。そういう状態には、酒を飲んでもなるが、酒に薬物がはいっていてもなる。ワインにハルシオンでも入れられたら、もう、意識がなくなってしまう。気がついたら痴漢に仕立て上げられているというわけだ。
だから、日本という国が、朝鮮半島勢力を介して、ウォール街のユダヤ権力の間接支配を受けているってのは、もうわかったろ?日本の政権与党は、朝鮮半島宗教統一教会の支配する自民党と、朝鮮半島宗教創価学会の支配する公明党の連立だ。統一も創価も、ユダヤ権力の手先だ。それに、東京地検こそ、ユダヤの代理人の巣窟だ。それこそ、創価検事だらけだ。東京地検は、オウム事件で裏権力のために大活躍した。覚醒剤プラントだった第七サティアンをサリンプラントと偽るのに成功したし、オウムの薬物事案を異例の起訴とりさげして、オウムの麻薬事業への追及を阻止したのも東京地検の功績だ。裏社会御用達司法機関ってわけだ。
でもさあ、もし、インサイダー隠しが目的なら、教授はなんでそれを声高に主張しないの?
あのさ、それを主張されたら金融悪魔さんたちや自民党の森派の利権議員さんたちが困るだろ?だから、口に出さないように、教授を言いふくめてるんじゃないかな。
どうやって?
あー父さんが黒幕だったらの話だが.............。まず、弁護団に、息のかかったのを送り込む。で、「裁判に関する話を外ですると保釈が取り消しになって、保釈金が没収される。」「第三者と接触するのもまずい。」と、教授を脅す。経済しかわからない教授は、恐れをなして口をつぐむ。この程度の話かもな。
うー、とことん腐ってるなー、この世の中。じゃ、この後、教授は痴漢冤罪で実刑判決が出て............
その次は、拘置所や刑務所内部の「創価組織」の出番かもな。麻原が東京拘置所で薬物漬けで廃人にされたようなことが、また、起きるかもな。周囲の刑務職員、全員創価とかでね。
ひでー、そこまでこの国は腐ってるんですか?
はい、腐ってます。これで、日本の構造がよく判ったろ。あの、竹中とか言うヤツが議員辞職したろ。あれも、実は、この疑惑の発覚を恐れて逃亡したってことさ。
なるほど。父さん、やっと判ってきたよ。この国の腐れ具合が。
以下、参考文献
http://web.chokugen.jp/uekusa/2006/06/10_47b9_1.html
http://www.videonews.com/on-demand/281290/000859.php