はてなキーワード: FGoとは
日本が舞台じゃないし登場人物が外人なのに日本で日本人が演じるから間違っている。
この逆を行けば大ブレイク間違いなしなわけだよ。
日本が舞台で登場人物が日本人の作品を日本人が演じればいいのだ。たとえそれがどんなにファンタジーでも日本が舞台で日本人が演じる限りはきっと溢れんばかりのリアリティが観客の目頭を焼き尽くし視覚野にこれは現実だと錯覚させること間違いなしである。
しかし、それが元々リアリティのある作品であっては面白みがない。たとえば半沢直樹や下町ロケットは内容こそふざけていたが作品の地盤そのものはこれといってファンタジーでは無かった事が記憶に新しい。あれでは駄目なのだ。リアリティのあるファンタジーによって脳に混乱が引き起こされ、それによって◯◯はいいぞしか連呼できない傀儡を生み出すに至ってこその実写化ではあるまいか。
ならば選ぶべきは限りなくファンタジーでありながら舞台が日本であり日本人が主役の作品だ。そこで私が推奨するのがFate/stay nightである。殷賑極まるソーシャルゲーム業界において、話題性において頂点にすら立っているとすら噂されるあのFGOの原点、日本有数の傑作文學でありながらジャンルが18禁ビジュアルノベルゲームであったばかりに頭の固い老害の暗躍により認知を拒まれ続けた悲劇の雄篇である。
他人の成功を妬むしか脳がないネットモヒカンの手によりアーサー王が美少女であることばかりが殊更に注目されるが、この作品の主要人物は大部分が日本人である。主人公、ヒロイン、ライバル、主人公にそっくりな正体不明の強敵にして頼れる兄貴分、創作物を顕現させる器として選ばれた名も知らぬ農民にして無銘の妙手、これら全てが日本人である。当然舞台は日本の冬木市、モデルは神戸。
何故いつまで経ってもFateが実写化されないのか不思議なぐらいだと思わないかね?私は不思議だ。日本七不思議を現役世代だけで決めるなら絶対に入れるべきだろう。
いろいろ言われているが、私はつまらないと感じている。
1期はとてもおもしろく、2期の放映開始を楽しみにしていた。
・1期と2期の間に面白いと思えるツボが変わった。
・(ツイッターなどで調べると、2期はどうやら「くん」を意識して作られているらしく)「くん」の時のギャグの雰囲気に私がついていけてない。
・別のアニメにハマって、松に集中できなくなった。
・2次創作を読みすぎて、自分の中のキャラクター像とアニメのキャラクター像がズレた。
野球マンを見た時も「?」と思ったし照英が出て来た時も「?」と思った。「スベってる??」と思った。「ボエバー」というセリフ、1回目に聞いた時は面白かったが2期でもう一度同じセリフが出てきたときは「つまらない」と思ってしまった。)
(2期を見ていると、セリフやストーリーなど、随所で「腐に媚びてるのかな??」と思ってしまう)
まあつまらないのなら見なければいい、と思うのだが、一期であれほど夢中になりDVDも全巻揃え始発の電車に乗り列に並びグッズを買い漁るほどハマっていたアニメに対して、こんなにも冷めてしまった理由が知りたい。
いろいろと考えているが、納得はする理由にたどり着けていない。どれも腑に落ちないというか…。
ED曲は有名人を起用しすぎて、お互いの良さを打ち消しあってる?と思ったし、OPも、1期のが好きかな…。
つまらないと思うけど嫌いになったわけではないのでこれからも毎週見ます。
■追記
たくさんのコメント、トラバありがとうございます。
またアニメをつまらないと言って、不快な思いをさせてしまって申し訳ありませんでした。
「つまらない」というのはネガティブな意見ですが誰かに共感してもらいたく、しかしツイッターやブログなどには書きづらく、匿名であればいいか、という気持ちで投稿してしまいました。
・いろいろと考えてみて、自分自身が変わり熱が冷めてしまったのかなぁと思います。
感想を言語化できていないのにグダグダと長文を書いてしまってすみませんでした。
・FGOやYOIは視聴していないのでよく分かりません。
(あと本文とは直接関係ないのですが、私は腐女子ではありません。)
理由は友人にうんざりするほどFateのうんちくを語る人がいたから。
下手にFGOの話題をだそうものなら、うんちくだらけで元の話がわからなくなるほど。
本当は他の友人たちにFGOの話題で聞きたいこともあったし、LINEでうんちく野郎以外を集めてルームを作成しようかと思ったけど
他の友人は気にしてないかもしれないし、そんなことで友人たちを不快な気持ちにさせたくなかったので自分からFGOの話はしないようになりました。
他の友人も自分からは進んでFate関係の話をしない人たちだったので、今思えば友人たちもうんざりしていたのかもしれません。
たった一言の話題が1時間ぶっ通しで独り言のように流れてくるLINEは病的なものを感じます。
いつしかLINEの通知もOFFにし、全然関係ない話が流れてた時だけ参加するようになりました。
誰も注意しないのが悪かったのかもしれません。
しかし、それに気づいたときにはFGOやFateの存在に嫌悪を感じざるを得なくなってしまいました。
今ではゲーム記事を見るだけでも吐き気がするくらいになりました。
たった一人のうんちく野郎のおかげで、本当は大好きだったはずのFGOたちが病気の象徴にしか見えなくなり自分も困惑しています。
そんな作品じゃないんだよ、アイツが異常なだけなんだ。
そう頭のなかでは理解しているのに、同時にあれは気持ち悪いものと頭の中を駆け巡ります。
どんなに大丈夫と思っても、心がどうしても受け入れられない状況になってしまい、今は別のソシャゲを始めました。
ソシャゲ内のチャットでは、相変わらず知らない人がうんちくを垂れ流すこともありますが
元々チャットを重視してつくられたものではないために流れも早く読まずに終わるため問題なく楽しめています。
今、一番怖いのは友人がこのソシャゲを遊び始めたらどうしようかと思う事です。
FGOの話してんの?
実際プレイすればただの箇条書きマジックで、オマージュ含むとはいえ話としては全く別物だったんだけど。
お前の中ではパクリパクリと大騒ぎするアンチが正義で、それに反論すれば「複数ユーザでフルボッコ」呼ばわりされるの?
ファンは一切反論せず、言いがかりも全て受け入れろって言いたいの?
盗作ならともかく、盗作「疑惑」に対して危機感を持てって発想もスゲーな。
何にも似てない作品なんてないし、疑惑なんてどうとでも言るけど。
参考に増田は刀剣乱舞をやめて何のコンテンツに行ったのか教えてくんない?
何一つ似てるもののない空前絶後のオリジナル作品なんだろうなー。マジスゲー。
刀剣乱舞は知らんけど、普通にサービスが続いてて流行語大賞にも選ばれてる時点で、大した問題じゃないものをアンチが粘着してるだけなんだろうな。
モバマスやめた増田を見た。(https://anond.hatelabo.jp/20171110044443)
なんとなく察しはつく。あのゲームは、一部はそうならないように気をつけてはいるが、基本的には「愛の重さ」でマウントをとる事にすべてがかかっている。
ジャニオタなら「同担」を嫌う傾向があるように、モバマスにも実際人気なキャラのPは「同担」を嫌う傾向がある。それを隠しているか、自覚はしていないが。
例えば、以前話題(https://anond.hatelabo.jp/20170914224407)になったフレデリカPも「フレデリカを○○の付属物にするな」という物の、心の底には「自分並に愛情がないやつがフレデリカをプロデュースするのが許せない」という「同担」を嫌う性質がでている。多分、彼は声もなく、いまいち総選挙で高い順位を取れなかった頃はフレデリカの素晴らしさをわかってほしいと常々思っていただろう。
但し、我々アイマスPはジャニオタとは違う。一緒にされては困る。しかし、どうしてもマウントをかけたい。そこで生まれたのが「同調圧力をかける」ことである。
即ち「○○Pって名乗ってるのに○○のSRもってないの?」である。直接的にこんなマウントはかけない。なぜならこういうこと言うと周りから袋叩きにされる。
なので、やることは愛の重さの証明である。自分がいかにこのアイドルを愛していままでいくらつぎ込んできたかを示し、新しいガチャがでたら証明をし、○○Pを名乗るならこれぐらいは普通といったような立ち振舞をするわけだ。
もちろん、そうではないPもいる。そういう意識をしているPか、マイナーアイドル(仮に総選挙50位以降とする)のPはそうではないPだ。だが、残念ながらそうではないPは少ない。
なぜかって?アニマスから入ってきたにわかPを嫌い、本家モバマスを強要するような空気が出来上がっているのを目の当たりにしても「マウントはない」「同調圧力はない」なんて言えるかい?
残念だが、これはオタクというか、ガチャゲームをする日本の人間の性だとおもう。
殆どのガチャゲームでこれが行われている。いわゆる「おりゅ?w」だ。
日本の人間はどうやら「コンプリート癖」があるらしい。他の国はゲームに課金する時、アメリカの人間は「楽しいから対価を払う(月額や買い切りを好む、ペイ・トゥ・ウィンは嫌う)」、韓国の人間は「勝つために対価を払う(強い武器やキャラなど、これは弱いと感じたら払わない)」、中国の人間は「有利にするために対価を払う(回復アイテムなど)」。
つまり、「いくつ集めたか」というのは日本の人間の性とガチャゲームで非常にマッチしている。好きだと言っているのにコンプリートをしていない人間が許せないのだ。
モバマスで、イベントで勝つためにガチャをする人間がいるだろうか?恐らくいない。なぜなら目的はイベント自体ではなく「順位報酬」である。「○○位だった」と誇ってもそれで報酬でキャラが貰えなければクソである。そもそもモバマス自体がデッキが強いかどうかより、何時間かけられるか、いくつ回復アイテムがあるかで決まる。
長々と持論を語ったが、いまのモバマスPに必要なのは寛容以外なにものもない。
にわかを許す勇気。だりーなをなつきちが「にわか」といいつつも友情を育むように、拒絶しない勇気である。
新規にその寛容を求めてもいけない。自分が寛容になり、新規を支えてあげること。なぜならモバマスはもう人が入ってこないのだからマイナーアイドルのPの如く、宣伝をし、新規が入ってきたら囲い込まなければならない。
返信
「にわか 嫌い」とでもググればにわかが嫌われているのはわかるでしょう。また、にわかPとツイッターで検索すれば新規さんが「にわかPですみませんが」と断りをいれて発言するのがよく見られるでしょう。こういう空気を作り出したやつはよっぽど愉快でしょうね。モバマスに限らず。
本家モバマスを強要するような空気については今は殆ど無いですが、デレステが始まった時に嫌というほど感じませんでしたか?「モバマスをプレイしてみて!」っていうお願いというなの強要。まぁ、こればかりは私の感じたことなので客観的なデータを出すことはできません。すみません。
「にわかが嫌い」なのはわかるんですよ。そして「新規を嫌っているのではなく、にわかを嫌っている」のも分かるんです。
確かに、ツイッターをみれば「デレステ/シャドバ/グラブル/FGOプレイしています!」みたいな奴はゴマンと居ます。例えば、イラストレーターで○○が人気だからってちょろっとプレイして人気な絵を描く、オタクたちが「イナゴ」や「同人ゴロ」とか言う絵師も確かにいます。
それをにわかとして批判する空気がある。全体的に。例えば、「やさしい世界」で全人類総新規の「けものフレンズ」ですら「サーバルがいいそうにないセリフを言わせた」事で某イラストレーターが少し叩かれましたよね。
この時点で「作品に対して深く知ること」を圧力としてかけているわけです。それを察知した新規さんは「にわかPですみませんが」なんて断りを入れて入ってくる。なんとも異常じゃありませんか。
確かににわかはムカつきます。間違った知識で喋ってたら怒りたくなります。もう二度と○○から出て行けとなります。
でも、彼らも新規には変わりがないんです。新規故に間違います。そして、浅く広く情報を収集するのが彼らのプレイスタイルなんだとして、そのプレイスタイルを認めるべきです。
それを認めずに「新規はまずこうしろ」「プレイ歴長いものに合わせろ」「もっと真剣に取り組め」となってるから「にわかを許せない」んです。
それって、本気でオタクが嫌がっている「同調圧力」じゃないですか。「飲み会は参加しろ」「俺の話を聞け」「楽なことせず苦労しろ」あたりですかね。
まぁ、私のみの狭い観測範囲内ですが、どこのオタク界隈もこの「重度のにわか敵視」があるんです。そしてそれは、人が少なく、新規が入ってこないモバマスにも確実に。
このモバマスやめた元増田は、間違いなくこの空気にやられたんだと私は思います。違ったらごめんなさい。老Pの戯言です。
あなた達が「にわかを許さない」「担当はこうあるべき」という同調圧力をかけ続けている限り、このような増田は増えていくと、私は確信しています。
他人を認め、自分で消化する。そういう寛容さがコンテンツを長続きさせるものだと私は考えています。
後半部分について書き直しました。
演技してくれ、以上。
って言っても何のことだかわからないだろうからそう思った背景も含めて説明する。
まず、昨日はTOHOシネマズ上野のプレオープンに気づいて急遽行ってみることにした。で、気になっていたけど観ていなかったHeaven's Feelを観てみることにしたのだ。評判良かったし。
でも観ていて何だか違和感。その時は上手く言葉で言い表せなかったけど、何だか作画が残念に感じた。いや、桜がリボンをいじるシーンとかはすごく良かったんだけど。
話に関しては、うん、Fateを知ってる人じゃないとついていけない感じだね。でも知ってる人には有名なところ(聖杯戦争の仕組みとかセイバー召喚とか)を全部吹っ飛ばした思い切りの良さはは好印象だった。
ところで、観終わった後もまだ時間があったので、今度はプレオープンの間だけ上映しているらしい君の名はを観てみることにしたのだ。これは飛行機の中では観たことがあったんだけど劇場では観たことなかったので。
で、これを観たらHeaven's Feelの違和感が一発でわかった。Heaven's Feelはキャラが演技をしていないのだ、と。
君の名はの方は、瀧と三葉が入れ替わっているとキャラの仕草だけでそれがわかる。それ以外のキャラも、感情を表現するのに体全体を使わせている。
でも、Heaven's Feelにはそういう作画の面白さはなかったなぁ、と。ぶっちゃけ顔だけ演技だったな、みたいな。神父が麻婆豆腐食べてるシーンとか、狙い所だったと思うけどね。
でも逆にHeaven's Feelのすごさも見えてきて、それはよくあれだけ動かさずに劇場の画面をもたせたな、というところ。でも、それが監督の趣味でした、という話だったら残念ながら俺とは趣味が合わん、とも思ったけど。予算の関係上仕方なくだったら納得するけど、FGOで荒稼ぎしてるところでそれも考えづらいし、まぁ多分趣味が合わないのだろう。
しかしこんだけ文句言ってるけど多分三部作全部見るクソオタクではある。嫌な客だな、俺。
余談
ごちうさの劇場版の予告編も観たんだけど、キャラが可愛いのはいいんだけど、絵作りがテレビを意識してるものから抜け切らないっていうか明らかに大スクリーンを意識した絵作りじゃない(つまり、キャラでかすぎ)だったので残念さを感じた。これは多分観に行かない。
一時期、好きなアイドルは勿論特に知っている子でもないのに限定高レアピックアップの度に携帯の使用限度額までガチャガチャしてた。
自分でも依存症だと思ってアプリアンインストールしたりしたけれど治らなかった。
なんとか限度額を三万円まで下げることで少し課金額を減らせる程度だった。(一万まで下げたら耐えきれずすぐに五万にしてしまったので自分のなかで限度額変更を躊躇える一定の大金感ある三万は大丈夫だった)
そのうえ、デレステ始めてから半年くらいして、周りがみんなFGOやってたのでFGO始めてしまった。幸い、携帯の限度額は守れていたのでガチャ先が分散されたたけで課金額は増えなかった。
それで、先々月。FGOで必携と言われている高性能の、「マーリン」という限定高レアのガチャが開催された。
なんとしてでも引く、という覚悟というか欲望で回そうとした。そしたら、無償石で引けてしまった。
これまでの過程でかなり課金している事実はあるのだけど、私の中ではマーリンは無償で引けた扱いになり、他のレアも相対的に考えて(?)無償じゃないと合理的じゃない(ことはないと思うが)となってしまった。
それ以来、高レアは変わらず欲しい気はするけれど、どんなに課金してでも欲しいとか、引けたときの嬉しさとかは随分と減退してしまった。
依存症治りつつあるのはよかったけど過程が意外だったので今の気持ちを書き留めておく。
2ヶ月後くらいにまた課金してたら怖い。
Tokyo 7th シスターズという流行らないソシャゲ。略称はナナシスです。アイナナではありません。
アイドルのソシャゲとしては楽曲だけはかなりのレベルにあるのに肝心のゲームがクソ。FGOはクソだと思っている私ですが、それ以上にクソ。クソオブクソ。
さっさとアニメ化すればよかったのにそうしなかったのはソシャゲで盛り上げってからのアニメ化でドッカーンという感じを狙っていたのでしょう。アニメ化のタイミングは逃しました。
ナナシスは逆にアニメから初めてソシャゲでドッカーンとやろうとしたバンドリもナナシスほどではありませんがコケましたね。
アイマス、デレマス、ラブライブを見ているとオタクちょろいとか思っちゃうけど、全然ちょろくない。
でもTokyo 7th シスターズの曲はいいのでアニメ化されるまで課金してください。