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<英ケンブリッジ大学の研究チームが、アルコールの摂取がDNAを損傷して、がんのリスクを高めると発表した>
1年で最もお酒を飲む機会が多くなると思われる年末年始のこの時期、お酒を愛する人たちにとって気になるニュースが報じられた。アルコールが、DNAを損傷してがんのリスクを高めるというのだ。英ケンブリッジ大学のケタン・パテル教授率いるチームが、英MRC分子生物学研究所で行なった研究について、科学誌「ネイチャー」に発表した。
https://www.newsweekjapan.jp/stories/world/2018/01/dna2.php
研究チームは、この酵素が十分でなかったり欠陥があったりする人は、東南アジア人に特に多いと指摘。科学系ニュースサイトのサイエンス・アラートはこれを受けて、ALDH2が変異している人(つまりうまく機能しない人)の数は、アジアに5億4000万人いると具体的な数字を挙げている。
・ああ…日本人だけど上手だった。
・本当に素晴らしいよ。
童話を見てる感じがした。
国籍を離れて考えると。
・羽生選手の2連覇の話が出てくるたびに、キムヨナ選手が2連覇できなかったのを思い出して心が痛む。
東洋の国だけど、選手たちが本当の自分の実力で評価を受けることができる国だというのが…
・ユンソンビンが金メダルを取ったのに、この日本の選手がリアルタイム検索語1位なのが残念で皮肉である。
韓国の人々は国の位相を高めてくれて堂々と1位に輝いた大韓民国選手よりも、その種目で上手だった日本選手のほうがより重要だと思っているようだ。
・なぜ金メダルのユンソンビンが検索1位じゃなくて、羽生が1位なのか…
・男キムヨナ…
・2連覇候補選手なので、審判がわざと加算点を与えてるんです。
ロシアの奴がジャンプを二つもミスしたのに86点を受けてた。コメンテーターも与えすぎだろうと呆れてた。
・男キムヨナと言う奴がいるが話にならない。
イジュンヒョンのスコアがあまりにも低すぎた。ジャンプの難易度も高いのに。涙
・羽生、本当にすごい。
・66年ぶりの男子フィギュア五輪2連覇+五輪2連覇を通じた、アジア歴代最高のフィギュア選手の登板が目の前だ。
パンサンアの解説「完璧な演技だった。完全にクリーンな演技をしてしまった」ふふふ
・フィギュアがジャッブマネーに落ちてることなどとっくに知っていたが、今日もう一度感じました〜
・賢明になりましょう。
本当に無知に見える。
・顔も実力も最高だね。
・やはり羽生。美しい。涙
・まあ、正直上手かったけど…
http://sports.news.naver.com/general/news/read.nhn?oid=076&aid=0003216311
http://sports.news.naver.com/general/news/read.nhn?oid=018&aid=0004036773
http://sports.news.naver.com/pc2018/news/read.nhn?oid=311&aid=0000823773他
高橋大輔以降の数人だけだから、独壇場でもなんでもないんだよなぁ。
フィギュアスケートもアジア人がメダル取れるようになったのは、伊藤みどり以降だからね。伊藤みどりは超絶天才。男女通してフィギュア選手で一番の天才じゃないかな、伊藤みどり。
伊藤みどりまでは、フィギュアスケートは技術よりも美しさを競うバレエ的なスポーツとされていたんだよね。そこに、圧倒的な技術と強さで伊藤みどりが殴り込んでいった(伊藤みどりは芸術点も高得点を獲得してたから、技術しかなかったわけではない。念のため)
その影響で採点方式もどんどん変わって、6点満点の旧採点方式から一つ一つの要素を細かく採点する新採点方式に変わった。白人の独壇場だったフィギュアスケートにアジア人や黒人が増え、上位に絡みだし、今では世界ランク1位2位を日本人が占めてるし、中国人のボーヤン、中国系アメリカ人のネイサンが活躍してる。四大陸でも日本女子が表彰台独占したしな。
http://b.hatena.ne.jp/entry/bunshun.jp/articles/-/5906
をみて、知ってほしいことがあったのを思い出したので、それを書こうと思う
自殺した遺体を見つけようと富士の樹海にいった外人youtuberが炎上したころあるけど覚えてる?
あいつはわかりやすいジョックス階級で右翼だと思うけどさ、そういう連中だけじゃないんだよね
リベラルエリートが社会的正義という錦の旗を掲げて行う、なげきいじり芸があるのよ
何でもそうだけど、他人を評価すると「お前はどうなんだ!」とかカウンターをくらうでしょ?
だから「私は紹介をしているだけ」というテクニックで責任を外部化するのよ
報道の三店法みたいなかんじ
マックの女子高生論法がもてはやされるのって、ツッコまれた時に逃げることができるからだよね
知り合いでもないからそいつを連れてこいといわれても逃げることができる
redditとかimgur見てる人ならわかると思うんだけど、奇妙なJAPANは欧米で需要あるんだよね。
そして奇妙な部分を楽しむだけ楽しんで上から目線で「日本は変わらないでね」という意味でNever change Japanっていうのが決まり文句なんだよ。よく見る文言なんだよこれ。
自分から奇妙な部分を見に行っといて、JAPANはなんでいつも奇妙なんだ?とかまじめに議論してて
まさにそれが欧米の奇妙な行動なんだけど、連中はマジでやってるわけ。
色眼鏡って便利な言葉があるけど、連中はそれをまじめにやるわけよ
東京のメディアが大阪特集するときにわざわざ道頓堀でパーマな虎柄のおばちゃんを好んで取り上げるのと似てる
エコーチェンバーなんて言葉があるけど、自分からそれ見に行ってるだけでしょって話なんだよね
参考資料
http://blogos.com/article/252158/
日本ってちょうどいいのよ
途上国でこれやったら炎上するけど、連中のなかにあるコンプレックスがこの嘆き芸をやる正当性を強化してるのよ
あのね、意外かもしれないけど、欧米人ってアジアにコンプレックスあんのよ。英語よめるならむこうの掲示板みればわかるよ
正確に言うと脅威に感じてるっていうのかな。アジア人って頭いいからさ。黄禍論みたいなかんじだよね。
そんでそのなかでいじっていい候補がJAPANなのよ。JAPAN相手なら小ばかにしてもいいんじゃねーの?って思われてるわけだよ。
コンテンツ発信能力的にJAPANは便利だよね。中国はまだよくわかってないポジションだよね、経済とか政治とかでネタにはできるけどポップじゃないんだよね中国って。あと北朝鮮もね
ポップという点でJAPANは不動だよね、テレビ番組とかアニメとか漫画とかゲームとか奇妙なものがいっぱいなJAPANは欧米のいじり芸界隈では大人気なのよ
それがリベラル的に許せないものなら待ってましたって感じよ、ヨダレたらしながら社会正義をいいわけにいじれるぜ~って感じ。
奇妙さをいじりたいけど、それには正当性が欲しい、だって僕らは正義のリベラルなんだもーんって感じ。
それで正当化できそうな理由が見つかったらBBC、CNNは奇妙なJAPANにWhy?するわけ。
東京のメディアは大阪はいじっていいと思ってるでしょ?でもほかの地域はいじれる?沖縄とかいじったらポリコレ的にまずいでしょ?
あと、連中は最初散々奇妙だなんだと言っておきながら面白そうだなと思ったらパクるから注意な
素直に最初から評価するなんてことなくて、馬鹿にしてまたJAPANが奇妙なことやってるわとか言って、そんで真似するから
ケータイにカメラが付いた時もおなじような反応してて、あいつら写真ばっかとってて奇妙とか言ってたじゃん、ケータイでネットやってて奇妙とか言ってたじゃん
自撮りって日本じゃ90年代の言葉だけど、英語はセルフィーっていうんだけど2013年に流行った言葉で、オックスフォードの今年の言葉として乗ったんだけど馬鹿にしながら後からしれっとパクるわけ
ローガン・ポールひどいな。やりたい放題じゃねーか。
一般人と警察にモンスターボール投げつけたり道路にゲーム投げつけたり市場で乗り物に乗り込んだりさ。
差別だよあれは。
こういう差別って外国を面白おかしく紹介する番組に影響されてるんじゃないか?
日本は変わってるって言い過ぎてんじゃないの?
日本人が顔を黒く塗るのはアフリカ系人種差別か?という論争が巻き起こっている。
1人だけ映画「ビバリーヒルズコップ」のエディマーフィーのコスプレをさせられるというシーンだった。
この番組ではダウンタウンの浜ちゃんが1人だけ番組の趣旨から少しだけ外れた仮装を行うことが恒例となっている。
つまり「番組のテーマをしっかり理解していない」という体のボケであり、
番組が仕掛けたくだらないギャグに浜ちゃんが巻き込まれる不条理さも相まって独特な可笑しさを楽しむ風景なのだ。
この番組は無論アフリカ系人種(以下「アフリカ人」)を卑下する意図はなく
単にエディマーフィーのコスプレをさせただけのつもりだったが
「ミンストレルショー」のトラウマが根深い欧米人から非難があがり問題となっている。
僕が言及したいのはなぜアフリカ人のコスプレ、テレビ番組的に言えば物真似をするときに、日本人は黒塗りをしてしまうのか、
そして「ミンストレルショー」の存在を知ってもなおここまで非難されることに日本人は納得できないのかということだ。
日本人は物真似を形態模写という職人芸として捉えているのに対し、
欧米人は物真似を風刺の手段だと認識しており、そのギャップが今回の問題の噛み合わないところなのではないだろうか。
白山雅一や江戸屋猫八等に代表されるような寄席演芸で培われた職人芸の延長線上にある。
なので似ていればいるほど賞賛され、
鍛錬の成果や手間暇が垣間見えれば
それは「対象への憧れからくる興味の現れ」として敬意の証とされる。
何かに対する批判を風刺で表現しているという感覚が根底にあるように見える。
その文脈の中で物真似とは対象を揶揄する行いであり、対象を貶しているのである。
今回の騒動に当てはめれば
エディマーフィーに好意的感情があるからこそ物真似のモチーフに選び
しかもわざわざ凝った黒塗りの扮装までしていると日本人は捉える。
しかし見下げる感覚があるから表層を真似るのだという前提が欧米のステージショーには存在するため
欧米人は180度違う意図があるように感じてしまったのではないだろうか。
もはやこれは文化的断裂でありどちらかが折れれば済むことではないと僕は思う。
この騒動で指で目を釣り上げる行為を引き合いに出す人もいたがズレていると思う。