はてなキーワード: 悪用とは
ソースxevra
女性弱者を悪用した利権化、税金で基地へのデモなどcolaboは極めて悪質。悪は滅ぼさねばならない。女性の敵colabo、市民の敵colabo、許さん! Colaboを批判できない者もまた犯罪者だ。声を上げて行こう! 正義は勝つ‼️
・お互いのスマホ画面にQRコードが表示され、それをお互いのスマホで撮影
・撮影後パターン認証(指で特定の軌道を描いたら認証されるやつ)
・同意パターンに加えて通報パターンがあり、通報パターンを使用すると警察に通報される
こんなところでどうでしょうか?
ブラッシュアップしていきましょう。
このくらいかな
5億円でこども家庭庁から受注してChatGPT君に作ってもらおう
害オタに規制派のレッテル貼られすぎてもうそれでいいよっていう諦めの境地に至ってるってのもあるけど
そもそも害オタに作られ、消費され、時に女叩き棒にされる萌えと性的表現って日帝の旭日旗やナチ党のハーケンクロイツ、わかりやすく言ってしまえばブラックフェイスみたいな扱いにしていいんじゃねえのって思う。
都合の良い性格だとかケツに挟み込まれるスカートだとか乳袋だとかが認知のズレみたいなの起こしてるわけだしゾーニングすれば無問題だなんて私はそう思えないし、甘いと思ってる。
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確かにむしろ害オタに叩かれるフェミニスト側に立ってくれてるクリエイターや消費者がいるのはわかってるし、フォローしたりフォローされたり、相互だったりする人もいる。
だからそういう人たちがそういうものを消費してるのはフェミニストとして活動してるのに矛盾だとか言いたくはない、けれどオタク向けのそれは女性差別の象徴として、ヘイト規制の一環に入れてほしくある気持ちが「個人的に」ある。
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あとすっごい反発されそうだけど、欧米基準の規制例でよくあがる
年齢がそうではなくても児童を連想する人が多ければそれは児童ポルノとして扱っていいみたいな規制もしちゃっていいと思う。
乳袋はエロじゃない~がぶっ壊れた感覚なのは反差別内においては周知の事実だけど、これは児童じゃない~みたいなのもぶっ壊れた感覚として扱ってほしい。
それ以前に絵で判断する必要もなく、設定女子高生ばっかなんだけどね、それが蓄積され結果として信用を失っただけって面もあるから容赦なく言ってるんだけど
そういう所を突かれて二次元でぐらいロリは許せ~みたいな害オタが多くなければ、こっちだって純粋にそういう絵を愛してるんだなって思えたよ、でも現実はそうじゃなかったし
もうそう思えない、同時にフェミニストの側に立ってくれる人やFセクの人には悪いと思ってるけど。
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それって統計的差別じゃないか?と言われそうだけど統計的に考えちゃダメなら、極論マジョリティとマイノリティの差がなくなってしまうと思う。
統計的に考えてこれって不公平になってないかとか差別に遭ってないかとか考えられるわけだから、統計的に考える事は大事。
昨今のトランスジェンダーを巡っての議論でマトモなトランス女性がいるのもわかるけど身体的男性って時点で脅威で、それを悪用する人がいるからって不安に思う人がいても、個人的にはそれは差別ではない。
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https://anond.hatelabo.jp/20230413182813
だからこの増田の気持ちもわかる、ただタトゥーに関しては先住民の文化という側面もあるから暴力団が悪用してたり脅しの道具として使われてるからといって無闇に規制するのは危険。
特殊知能暴力集団(とくしゅちのうぼうりょくしゅうだん)とは、暴力団など反社会的勢力との関係を背景に、その威力を用い、または暴力団と資金的なつながりを有し、構造的な不正の中核となっている集団のこと。警察用語。
反社会的勢力と連携して、法律などの専門知識を悪用して、株価操縦やインサイダー取引などで証券市場や企業から金品の要求を繰り返している。この集団に現職の税理士や弁護士が加わることもある。
トランス女性が女性として認められない理由は男性への信用が無いからだ、っていうの
まあ身体的男性の機能がどれだけ女性を脅かしてきたかを考えると、気持ちはわかるんだけど
信用問題に落とし込んで考えていくと自分も矛盾にぶちあたってしまった
その場合、たとえばタトゥーは「暴力団関係者の可能性」があるって事で規制され続けるのは当然になるのではないか、って思う
自分はタトゥー差別に反対してたけど、トランス差別に関しては「信用問題」の四文字に理解を示してしまい自分は矛盾にぶちあたってる
自分語りをすると、自分はタトゥー差別に反対はしてるけどタトゥーを見せつけられて脅された過去はある、だから正直今でもタトゥーを入れてる人を見るとぎょっとしてしまう
だから心のどこかで信用ができていない、けれど全員がそうではないわけじゃん? そう信じてタトゥー差別やそれに伴う規制に反対してきた
ただトランス女性を巡る議論を見ていて、トランス排斥は「身体的男性の信用問題」によるものという流れがあって自分はそれに共感した
共感した瞬間、じゃあタトゥーも「信用問題」の点で考えると規制はされて当然なのではないか? という考えが過ぎった
別にタトゥーをした時点で人権を剥奪されるわけではない、トランス女性も女性を自称したからといってそこで人権を剥奪されるわけではない、そこで人権を剥奪されれば差別だが
周りが恐怖しようが自分の好きな場所に自由に入りたい…という欲望にNOを突き付けるのは、差別ではないのではないか?
黒人を見て恐怖するのはそれは黒人への差別だ、けれどタトゥーに関しては事実として暴力団関係者によって悪用されてきた歴史があるし、暴力団でなくとも脅しの道具としても使われてきたわけだから
フィクトセクシュアル(二次元に性的に惹かれる事)という言葉を最近見つけたおかげで、説明しやすくなったわ
題名通りだけどトランス女性への不信感は、フィクトセクシュアル(以下、Fセク)への不信感と同じなんだよ
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二次元の女性キャラを消費する事で、現実の女性への認知を歪めた挙句、それが差別にまで発展してる現状で果たしてFセクは尊重されるべきか? 尊重されるにしてもそれは女性に限った話で、上記を考慮して男のそれは尊重されなくていいと思ってる
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トランス女性もこれとほぼ同じで、心の性別とは尊重するにしてもあなたの股にぶらさがっている男性器、あなたが身体的男性だからこそ女性より優位に立ちやすい筋肉や骨格は女性を襲う為に悪用されてきた
手術しようがしなかろうが、トランス女性は残念ながら信用問題をクリアできてないんだ
トランス男性もやはりスペースの話になると女性として扱うべきなのは信用の無い男衆の所に行かせて無事に帰ってこられるかが不安だからだ
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ちなみに誰かが男性は全員レイプしなきゃ気が済まない生き物という話は否定するのにと言っていたが
男性が全員レイプしなきゃ気が済まない生き物だというのを否定するのはそういうバイアスを解消する為だ
何よりそういう話はミソジニストの言い訳として出てくるものなのだから
今この瞬間に男性の信用問題がクリアできていないのとは話は別だ
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ちなみにFセクという言葉を知るまでは、ロリコンと並べて考えようかなと思っていた
ロリコンと実際に児童を性虐待してしまう男性は重ならない事も多々あるからだ、しかしそれでもロリコンの信用問題がボロクソなのは
実際に児童を性虐待する人々を止められないどころか、時に肯定してしまう時があるからだ
そんな社会においては児童にいくら手を出さないにしてもロリコンは脅威に見えても仕方ない、ただ並べて考えるのはやめておいた
トランス女性はたとえ自分の性を告白してもそれだけなら大丈夫だが、ロリコンはそれを告白した時点で児童への脅威になってしまうからだ
新入社員とかの研修の一環であるというような話は聞いたことあるけど、遭遇したのは初めてだった。
結局やらなかったけど、これこっちに得はほとんどないんだよね。
何もなかったらそれこそ御の字だと思う。
イラストレーターで130万人の登録者がいたさいとうなおきのYoutubeチャンネルがBANされた。
不適切なコンテンツ利用だったという話だが、さいとうなおきはそういったコンテンツは取り扱っておらず、冤罪かと考えYoutubeに対して審理請求をしたが「規約違反があったため復旧はできかねる」的な返答があった。つまり正式にBANされたということ。
実際、具体的なBAN原因に関してはわかっていないんだけど、さいとうなおきは視聴者から添削希望イラストを募集してそれを添削する動画が人気を博していたのね。その動画自体はセンシティブな内容を含んでないものを選んではいたんだけど、この応募作品にはそういったものも含まれていたそうなのね。
で、この添削希望イラストの募集を、GoogleフォームでやってたんだけどGoogleフォームの利用規約ってGoogleフォトと同じなのよ。で、増田とかはてブとかをボケーっと見てる層ならちょっと覚えてる人もいるかもしれないけど、Googleフォトに自分の子供のお風呂の写真をアップしてたらGoogleアカウントをBANされちゃった人がいたじゃん。今回の件、その類型なんじゃないかってさいとうなおきが話してたのね。
つまり、Googleフォームに不適切なコンテンツが投稿されたため、それがGoogleの監視AIに引っかかって審査されて不適切な利用じゃねーか!はいBAN!ってされた可能性があるんじゃないかということ。
まぁ、Googleフォームに好き勝手画像をアップロードさせるような使い方をしてる人はそんないないとは思うんだけど、前のGoogleフォトでBANされた件と併せて、Googleは特に「児童の性的虐待と搾取」に関してはめちゃくちゃ厳しいので、そういった画像が仮にアップロードされてしまうと自分のアカウントが突然死する危険性があることは自覚しておきたい。
画像投稿可能なGoogleフォームに児童ポルノ画像アップして通報したらそいつのGoogleアカウント吹き飛ばせる可能性があるので悪用は絶対にしないこと。
Wikipediaの欠陥は何か。それはWikipediaを編集すると、頭のおかしい人に絡まれる事だ。
これに比べれば、ホッテントリにあがっていた「Wikipediaの抱える構造的欠陥」(https://kai-you.net/article/83849)など、どうでもいいほど小さな問題だ。
【ケース1:出典の捏造】
私が書いた出典付きの記事を全消しして、妄想レベルの記事を書いたやつが現れたので、
数ヶ月単位で「議論」して、やっとそいつに出典を出させる事に成功(注)。
しかし出典と称するウェブページを読んでみると、そいつの言っている事は全く書いていない。
それどころかむしろ私の主張内容がそのまま書いてあった。
そいつが出した「出典」は英語だったから、こっちが英語は読めないとでも思ったのだろう(当時はまだGoogle翻訳すら(たしか)なかった)。
いくらなんでもお粗末すぎる。
ちなみにこれ以外にも出典の捏造をしたやつに出くわした事がある。
このときはさらに悪質で、出典に上げてきたのがウェブページじゃなくて書籍だったので、こちらは捏造に気づけなかった。
運良く、その本を持っていた別のユーザからの指摘で撃退に成功したが。
Wikipediaに出典があっても、信頼しすぎないほうが吉だ。
(注)Wikipediaでは、こういう連中との「議論」に負けると自身の編集を全消しされてしまうので、
明らかに相手の頭がおかしい場合でも、数ヶ月「議論」に付き合わねばならなくなる。
このときも妄想レベル意見で記事を消してをきたやつがいたので、またもや数ヶ月かけて「議論」の末、
Wikipediaの公式ルールに従って数ヶ月間のアクセス禁止(「投稿ブロック」という)に追い込んだ。
アク禁に追い込んだ事を逆恨みし、アク禁終了後、ひたすら粘着。
明らかに問題がない編集にいちいち絡んでは、私の編集を消してノートで「議論」しろと迫る。
最終的にそいつを永久追放(「無期限ブロック」という)に追い込むまで、半年くらいはかかった。
ちなみにそいつが永久追放になったのと同時期、別の記事でそいつとほぼ同じ妄想を書き連ねているのを発見した。
おそらく同一人物の別アカウントだと思うが、さすがに面倒だったので、ほっておいた。
繰り返しになるが、Wikipediaの記事の信頼度など、その程度だ。
またもや頭のおかしいやつにからまれたので、「議論」の相手を永久追放(「無期限ブロック」という)に追い込んだ(ケース2とは別人)。
永久追放してしまえば大丈夫、当初はそう思ったがWikipediaという無法地帯ではもちろんそんな事はなかった。
永久追放になったユーザでも、申開きのために自身のノートのみは書き込みが可能なのだが、
こいつはそのルールを悪用し、自身のノートにひたすら私の悪口を何ヶ月も書き続ける。
まぁこの件は、無視してればよかったんで、他のケースよりもマシだった。
延々垂れ流されるヘイトを無視できるような鉄の心臓の持ち主じゃなきゃ、そもそもWikipediaの編集なんてやってられない。
【結局Wikipedia何がクソか】
他にも色々ロクでもない目にあっているのだが、そろそろやめて、Wikipediaの真の「構造上の欠陥」について述べよう。
Wikipediaのクソなところ、それはWikipediaが西部開拓時代並みに自力救済を求められるところだ。
もちろん、自力救済ではない公式の「救済システム」もある。前述の「投稿ブロック」と「コメント依頼」(=第三者にコメントを求める)だ。
だが、基本性善説を前提としているWikipediaでは、簡単には投稿ブロックはされず、
ひたすら相手と「議論」するなど延々と下準備をした上で投稿ブロックを依頼する必要がある。
コメント依頼も「救済」というには程遠い。
依頼を受けてくれるボランティアがその記事の専門外だったりする事も多く、こちらが正しいと信じてもらうだけで相当時間を食うからだ。
なので、クソどうでもいい難癖に対応するために、相手との「議論」→ひたすら「議論」
→コメント依頼→またもやひたすら「議論」→投稿ブロック依頼→実際にブロックという数ヶ月単位の手続きが必要だ。
こうしたあたまがおかしい難癖をすぐさまブロックできない原因は、Wikipediaのルールの優劣が曖昧な事にある。
「出典の明記」と「中立の観点」に優劣がないので、何ら出典がない妄想であっても「「中立の観点」に従うため、○○という意見も書くべきだ」などと言われてしまうと対応の必要が生じてしまうのだ。
(専門外の第三者にはそいつと私のどちらの主張が正しいか判断がつかないから)
というわけで、世間の評価ではWikipediaは「信頼できるネット情報」なんだと思うが、
実際にWikipediaの編集に関わった身としては、Wikipediaは「みんなで編集する5ちゃんねる掲示板」くらいの認識で捉えたほうがいい、という意見だ。