はてなキーワード: チェンジアップとは
リリーフで実績
→怪我
なぜか?
パドレスのロベルト・スアレス投手が、ナ・リーグ最強の守護神と言っても過言ではない成績を残している。ここまで13試合に登板して1勝0敗10セーブ、防御率0.66。セーブ機会の失敗なしで、11セーブでリーグ1位のライアン・ヘルズリー(カージナルス)とは1差。日米でのタイトル獲得も視野に入れる。
メジャー3年目の今季、守護神の地位を実力で掴み取った。オープン戦の時点ではクローザーを固定されていなかったが、松井裕樹投手らとの争いを制した。元々、球種は少なくフォーシームとシンカーの直球とチェンジアップのみ。4月3日から22日(同4日から23日)にかけ、79球連続で“速球”を投じて圧倒した。
マイナーリーグでの経験もなかった苦労人。メキシカンリーグからソフトバンクを経て2020年に阪神に加入すると、守護神として2年連続で最多セーブに輝いた。2021年オフにパドレスに移籍し、2022年オフには5年4600万ドル(約70億4000万円)で契約延長。無名だった右腕が、アメリカンドリームを掴んだ。
メジャーでも無双状態のかつての守護神に日本のファンも反応。SNS上では「レベル違う」「変化球の握り方忘れたのか?」「真っすぐだけでゴリ押すようになったバケモノ」「ストレート縛りしてる大偉人」「ストレートしか投げずにこれやからな、意味不明」「スアちゃんえぐいわ」との声があがっている。
日本は侍ジャパンで大盛りあがりだけど侍ジャパン以外のWBCも面白いので紹介したい。
https://youtu.be/10mapdh-tho?t=506
韓国は8回裏1アウト満塁のチャンスも内野ゴロでの1点に終わるのだが、このとき二塁アウトの判定をめぐりチャレンジ(ビデオ判定のこと)を要求するも判定覆らず。
続く9回裏、韓国系アメリカ人のT.エドマンがヒットで出塁するも2アウトからまさかの盗塁失敗でゲームセット。
メジャーで2年連続30盗塁を記録しているエドマンでも空回りするWBC。
1次リーグではチャレンジ権が1回しかなく、韓国が8回にチャレンジせず9回に温存していればエドマンが韓国の英雄になる世界線もあったかもしれない。
https://youtu.be/cOM1WSgX_mI?t=171
実力伯仲のPOOL Aにおいてやや格上と見られていたのが前回ベスト4のオランダ。
予想どおりオランダが先制するが、2回裏台湾の四番で唯一のメジャーリーガー・張育成が満塁ホームランを放つ。
実はもともと張育成は調整を理由にWBCを辞退するつもりであった。
しかし台湾では「補充役」という兵役短縮の恩恵を受けた選手は国際大会の招集を拒否できないというルールがあり、張育成も「補充役」のメリットを享受している選手のひとりである。
この「補充役」の選手が代表招集を拒否することに台湾野球ファンの間で議論が起こり、台湾リーグのコミッショナーが直々に張育成本人を説得し参戦するに到った。
こういう経緯があるため私は張育成の本気度を疑っていたのだが、この一打と咆哮を見て彼を疑った自分を恥じるとともにすっかり張育成のファンになってしまった。
https://youtu.be/Z_PW8QpzY78?t=341
POOL Aは全チーム2勝2敗でならぶ結果となりWorld Baseball Chaosとも称された。
その最大のハイライトを上げるならPOOL A最後の試合、満塁のピンチを抑えイタリア初の1次リーグ突破を呼び寄せた「ラソーラの9球」だろう。
無失点で切り抜けた彼のガッツポーズと雄叫びをぜひ見てほしい。
https://youtu.be/AtP3U7CVmeE?t=275
ドミニカ代表アルカンタラは昨年、その年最も活躍したピッチャーに与えられるサイヤング賞を受賞した世界最強のピッチャーだ。
なにが凄いかというと160km/hのストレート、160km/hのツーシーム、150km/hのスライダー、150km/hのチェンジアップぜんぶエグい。
そんな最強ピッチャーを攻略し盛り上がるベネズエラの選手とファン、タオルで顔を覆う失意のアルカンタラとのコントラスト。
https://youtu.be/FDXHEruN4wE?t=293
勝ったほうが準々決勝に進出する大一番。
打ったリンドーアはショートを守りつつめちゃめちゃ打つスタープレイヤー。
守るJ.ロドリゲスは去年デビュー1年目の選手としてメジャーリーグ史上初めて25本塁打・25盗塁をクリアした新人王。
もともとキャッチャーとして中日に入団した中尾氏が外野に回ることになった理由は、決して前向きなものではない。きっかけは1987年、右腕投手の鈴木孝政が先発した試合での出来事だった。
その日の鈴木は立ち上がりからストレートが走り、3回まで無安打、与四球1と抜群の立ち上がりを見せた。中尾氏が手応えを感じながらベンチに帰って腰を下ろすと、耳元から予期せぬ指示が飛んできた。
「今日は真っすぐがいいけど、3回までは真っすぐが多すぎた。4回から変化球主体でいこう」
ピッチングコーチの言うとおりにすると、4回、荒井幸雄にライトへホームランを打たれた。チェンジアップが内角寄りに甘く入り、見事に仕留められた。それでも後続を抑えてベンチに戻った刹那、そのコーチからまさかの言葉を浴びせられる。
「おまえ、真っすぐが走っているのに、なんで変化球をいっているんだよ!」
半年で見事にリバウンド、1年前の脂肪肝状態に戻った反省から断酒をしていたが、大晦日くらいは……ということで、アルコールに支配された脳みそを振り絞り、何とか年内中に書いてみたいと思う。
春秋ともにリーグ制覇を達成した福祉大も、全国ではいずれも早期敗退と寂しい結果に終わってしまった。特に秋は最終回に4失策(実質5失策)という、鉄壁の守備を誇る野球エリート軍団らしからぬショッキングな形での敗退となった。
春は打力不足を露呈しただけに、秋は東海大を相手に8得点と課題の克服はアピールしたものの、自慢の守備があそこまで乱れては……4年になってからずっと良くなかった津森が最後の最後で復調の兆しを見せていただけに惜しかった。
春の反省で打撃を磨きまくった結果、秋は守備が疎かになってしまったのだろうか?
春は無双状態を続けていた山野も、秋は不安定さを感じさせるピッチングに終始した。ラストイヤーは、年間を通してモノの違いを見せ続けて欲しい。
レギュラーの野手陣では、個性豊かで頼れる4年生軍団がゴッソリと抜けてしまうのが痛い。残された下級生レギュラーでは、プロ注目のショート元山、全国大会で決勝点となるHRを放ったサードの楠本弟もラストイヤーを迎える。元山は、ドラフトを考えると走力でのアピール、全国大会での打撃の結果がもうひとつ。楠本は速球の対応と、意外に守備の安定感が課題。2人とも来年は、圧倒的なパフォーマンス・数字を見せつけて欲しい。
下級生の投手では、三浦がまずまず活躍を続け、ノーノー男・綱脇が台頭してきたものの、椋木・佐川の2年生コンビがパタリと姿を見せなくなった。来年はリーグ戦で投げているところを久々に見たいものだ。
野手では、最終的にスタメンを勝ち取った大里、新人戦でキャプテンを務めた斎藤の打撃面での成長が著しい。走攻守そろうルーキー・杉澤も木製バットでの対応力に成長の余地があり、定位置の確保が期待される選手だ。
ロマンあふれる4年生軍団の全国出場があちこちのファンから期待されながらも、福祉の壁を超えられなかった仙台大。
野手では佐藤優、柿澤といった有力な4年生たちの全国での活躍が見たかった。
怪物・宇田川は、決して満足のいくシーズンではなかった。特に秋は、自慢の速球が走らず、フォーク頼みのピッチングが続いた。また、苦しい時のマウンド捌きにも課題を残す印象を受ける。素材は素晴らしいものがあるだけに、一つ一つを克服し、全国出場と最高評価での指名を目指し、精進して欲しい。
その他投手陣では、長久保・松本・佐藤亜と1年生の活躍が目立った。
特に1年生左腕らしからぬコントロールと変化球の精度を兼ね備える長久保のピッチトンネルの使い方は、もはや学生レベルを超えていると言って良い。
来年以降も先発の柱として大きな期待がかかる。同じく実戦派の佐藤亜、サイズは宇田川以上の巨漢・松本と、今後の同校を担う投手たちの成長が非常に楽しみだ。
野手では、今津や佐野といったスーパールーキーも早いものでラストイヤーを迎える。コンスタントに活躍し続けてきた姿は立派だが、来年はチームを全国へと導く爆発的な活躍にも期待がかかる。
その他、永長・益子・小笠原・大北・川村といった経験豊富な下級生レギュラー組が残る点も大きなアドバンテージ。
三番手は、持ち得るパフォーマンスをフルに発揮できる学院大か(その点を県内高校で例えると、なんとなく三高が被る)。
長いこと4番・捕手を務めた渡邉の離脱は痛いが、早坂という成長著しい正捕手候補がいるのは大きい。投手陣も速球派右腕が揃っており、左腕の台頭がポイントか。
野手陣も布施・林田・根本など打力のある新人が残る。新入生でも、一芸に秀でた逸材たちが入部予定とのことで、早いうちから出場機会を与えられるかもしれない。
学院とは対照的に、個々の能力・資質は確かながらそれらを実戦で中々生かすことのできない工大は、投打において絶対的な柱となれる選手が必要だろう。
軟投派投手で小刻みに繋いだり、新人戦のようにアベレージヒッターを4番に置いてなんとかしてもらうのではなく、有望株は多いだけに、王道の戦法で挑んで欲しい。
東北大・宮教大の国公立勢も、田村・鳩原・松下クラスとはいかなくとも、例によって見所のある選手は複数存在する(つい先日、松下が独立リーグで再開すると知った時はものすごく嬉しかった)。
ラストイヤーを迎える東北大・中尾は素材だけなら先輩の田村と比べても遜色ないし、指にかかった時の140キロ超の速球は私学勢でも苦戦するはず。そろそろひとり立ちしなければならない時期だ。
宮教の速球派・青木も、ラストイヤーを迎える。速球のスピードは確かだが、1年の頃からほとんど変わっていないのも事実だ。今シーズンはチェンジアップはじめ変化球に大きな成長を感じただけに、速球の進化次第では大化けも期待される。
東北大は、打力強化の成果が出てきており、椋木・山野の高川学園ー福祉大コンビの連続無失点記録を2年連続でHRによって破るなど、インパクトのあるシーンを量産している(近年の二高といい、インテリは守備を捨ててでも打撃を強化するという方向に落ち着くのだろうか?)。
宮教も、4番も務める守備職人の小原、あと一歩で盗塁王を逃したシュアな打撃も魅力な菅野、高校時代は4番も大学の洗礼を味わった猛肩・大川口など、見所のある野手が散見される。全体的にパワー不足は否めないので、投打共々、一冬での成長を期待したい。
福祉一強の様相を見せる仙六リーグだが、すべての大学に見るべきものがあり、今後どう勢力図が変わってもおかしくない雰囲気がある。一度ハマると、高校に負けず劣らず魅力的な仙台六大学野球を、来年度も追い続けていきたい。
久保康友。
松坂世代最後の大物として、社会人からロッテに入団。トレードで阪神へ行き、FAで今年から横浜。
成績と言えば地味の一言。
先発としての登板が多いがシーズン勝利数や投球回数は微妙。10勝以上は二度だけ。
これと言ってとくに特徴のないフォームからチェンジアップやフォークを投げ込む。
そんな地味な久保が、3球団目の久保が、何故か今年最多勝を狙える位置にある。
2005年に新人王を取った久保も今年34歳。ベテランと呼ばれる年になった。
足を挙げるタイミングをずらして打ちづらくする老獪な工夫をしている久保。
ここまで地味ながらもチームに必要とされて1軍で登板していた久保。
一花咲かせる時が来た。
頑張れ。
学生時代に仲が良かった連中と、週末に集まって草野球をやっていたことがある。
チーム創設当初は昔の仲間が中心だったんだけど、人伝てだったりブログ経由だったりで徐々に大所帯になっていった。
そうやって少しずつ人数を増やしながらワイワイ楽しくやっていたら、あるとき外国人の青年がやってきた。
私たちが盛り上がっているのをブログで知って、仲間に入れてほしいとメールをくれたのだ。
監督も兼任していた私は、とりあえず見学に来てくれないかと提案した。
チームとしてはそこそこの規模だったけど、外国人が入ってくるのは初めてだったので、みんな彼には興味津々だった。
もちろん事前に彼のプロフィールは知ってたんだけど、それでも見学当日はチーム全体がソワソワしていた。
もちろん、みんなが歓迎ムードだったことや彼の人柄や優れていたことも大きかった。
でもそれと同時に、彼の技量がずば抜けていたことも大きかった。
彼は184センチ、92キロというピッチャーとしては申し分のない体格だった。
母国にいたころは、高校生の全国大会でベスト8に輝いた実績もあるという。
体格と実績のとおり、彼の投球は本当に素晴らしいものだった。
まず、カーブ、シュート、スライダー、シンカー、チェンジアップという豊富な球種を扱えた。
加えて、100球以上投げてもコントロールがほぼ一定であり、集中力が乱れることがなかった。
球速自体はそこまでではなかったけど、それは問題にならなかった。
ピンチの場面でも出せばキッチリ抑えてくれたし、先発させても7回まで1~2失点という具合だった。
彼のお陰で草野球大会では常にベスト4以上に食い込むようになった。
本当に、うちのチームを選んでくれてありがとうという感謝の気持ちでいっぱいだった。
そんなことがあったんだけど、あるとき仕事の都合で、私は海外赴任をすることになった。
偶然にも、助っ人外国人である彼の母国に赴任することになったのだ。
どこぞの知らない国であれば辞退しようと思っていた私だったが、彼の母国に行けると知って嬉しくてたまらなかった。
彼からその国でのルールやマナー、野球事情などを教えてもらい、早く行きたいと思いながら過ごしていたのを覚えている。
それがだいたい7年ぐらい前の話。
現在の私はというと、甲子園というものにすっかり夢中になってしまった。
このぐらいの時期になると、どうしようもなくソワソワするぐらいハマっている。
毎年のことながら、高校球児たちの活躍の姿が見られるのが楽しみでしょうがない。
初めて観たときは日本の高校生のレベルの高さにビックリしたものだ。
それと同時に、彼のような人材が育ったのも頷けた。
ただ、甲子園を見ていると時々すこし辛くなる。
高校生だった彼と一緒に、甲子園でプレーができなかったことが悔やまれるからだ。
国が違うからしょうがないのはわかっているんだけど、どうしてもそんな事を考えずにはいられない。
彼と同じチームに入って、彼と喜びを分かち合いたかったと考えるたびに辛くなる。
メジャーリーグのワールドシリーズがついに始まりましたね。そこで、5日ほど前のものですが、アメリカ3大ネットワークの1つNBCによる上原の記事を翻訳してみました。誤訳があったらご指摘ください。
ウエハラ・フェノメノン
http://hardballtalk.nbcsports.com/2013/10/18/the-uehara-phenomenon/
さて、君もおそらく、今年のボストン(レッドソックス)の上原浩治が、野球史上の全投手と比べて、最も塁に出るのが難しい投手だったということをご存知だろう。それはとてもいいことだ。ここにWHIP(1イニングあたりの被安打と与四球の合計。少ないほど出塁されていない)の歴代トップ10、少なくとも50イニング以上を投げた投手のリストがある。
2. デニス・エカーズリー, 1989年, 0.607
3. デニス・エカーズリー, 1990年, 0.614
8. J.J.プッツ, 2007年, 0.698
興味深い小ネタを2つほど――リストの11位はまたも上原で、2011年のことだ。12位は? ペドロ(ペドロ・マルチネス)だ。それは2000年のことで、WHIPは0.737であった。彼がほかの選手の3倍のイニングを投げたことを考えると(訳注:ペドロ・マルチネスは先発投手)、彼の三振四球比(K/BB)が284割る……まあ、多くの人々が、ペドロの2000年のシーズンこそ野球史上で最高のシーズンであったと信じるのも、驚きではないだろう。
とにかく、トップ10を見れば君も気づくだろう……クローザー(抑え投手)だ。いや、そのうちの2人――ベノワとメレディス――はセットアップマン(セットアッパー、中抑え)だが、残りは全てクローザーである。歴代のWHIPトップ10のうち8人がクローザーだという事実は「9回はアウトを奪うのが最も難しいイニングだ」という神話に小さな短剣を投げつけるかも知れない。だが、今日のポイントはそこではない。我々が焦点を絞っているのは上原だ。
上原がキャリアをスタートさせたのは日本である――大阪大学(訳注:大阪体育大学の誤り)を出て、ドラフト1位で指名されたのだ。上原は1年目に20勝を挙げて、読売ジャイアンツの先発投手として活躍。また、オリンピックやWBCなどでは、日本代表の先発投手としてめざましい活躍を遂げた。2007年、32歳のときに、上原は読売のクローザーになり、そこでも周囲を圧倒した。2008年のシーズン終了後、上原は先発投手としてボルチモア・オリオールズと契約する。(しかし2009年)彼はもがき苦しんだ。彼は故障した。翌年、オリオールズは上原をブルペンに送った(リリーフに転向させた)。上原は驚くべきコントロールを見せ(44イニングで与四球は5個)、いくつかの試合では実際にボルチモアのクローザーもつとめた。だが、誰も彼に熱狂することはなかった。
そして2011年、当時は誰も驚異とは考えなかった驚異のトレードが行われることになる。
オリオールズは上原と幾ばくかの金銭をテキサス・レンジャーズに送った。レンジャーズはトミー・ハンターという悩める先発投手と、クリス・デービスというマイナーリーグの一塁手を送り返したのである。
私は、彼らが言うことも正しいと思う。将来の50本塁打男(訳注:デービスは今年のアメリカンリーグ本塁打王・打点王)と、年間WHIPの史上最少記録保持投手を、小さなトレードが生むことになるなんて知るよしもない。OK、それがことわざだかどうかは分からない(訳注:ここら辺ちょっと自信なし)。上原はレンジャーズでいい投球をしたが、怪我なしで居続けることはできなかった。テキサスでのWHIPは驚天動地の0.685。純粋に安打を打たれなかったし、四球も出さなかった。だが、1年半でたった54イニングしか投げなかった。そしてともかく、ただ1つ、誰もが本当に注目したのは、上原が2011年のポストシーズンの3試合で苦しんだということだった。それはおおむね1試合のことだ。2011年の地区シリーズ、タンパベイ(レイズ)との一戦で、上原は7対3でリードする7回に登板。すぐさまデズモンド・ジェニングスに四球を与えると、B.J.アップトンにライナー性の安打を打たれ、エバン・ロンゴリアに本塁打を打たれた。そして降板させられた。
上原はまた、デトロイト(タイガース)とのアメリカンリーグチャンピオンシップシリーズにおける、次の二度の出番でも失点を許した。しかし私は、それが酸っぱい後味を残した初めての出番だったのではないかと思う。上原はそれまで、アメリカの野球ファンたちの心に、何一つ印象を残してこなかった。無地のスレート(屋根葺き用の石板)のようなものだったのである。ロンゴリアの惨事のあと、誰もが皆、上原に(悪い)印象を持った。翌年、上原はボルチモア(オリオールズ)とのワイルドカード決定戦に、レンジャーズがすでに3対1で負けている状況で登板。トレード相手のクリス・デービスを三振に仕留めた。アダム・ジョーンズも三振に仕留めた。マット・ウィータースも三振に仕留めた。だが、それは大事な局面ではなかったし、ロンゴリアの記憶を消し去るのに十分ではなかった。
レッドソックスは、425万ドル(約4億2500万円)という以前と同じくらい少額の契約で、上原と1年契約を結んだ(とはいえ、今では2年契約になっている。付与オプションが有効になったからだ。ボストンにとって大変嬉しいことだろう)。上原はクローザーではなく、セットアップマンでもなく、セットアップマンのためのセットアップですらなく、単なるチームの6イニングの選択肢になろうとしていた。レッドソックスの本来のクローザーは剛速球投手のジョエル・ハンラハンであった。ハンラハンは9試合で肘を破裂させ、トミー・ジョン手術を受けた。
そこで全員1つずつ繰り上がった。つまり、今やアンドリュー・ベイリーがクローザーになったということだ。ベイリーはアスレチックスのクローザーとして2009年に新人王を獲得し、翌年もまた周囲を圧倒していたが、その後はあらゆる怪我と辛苦を経験していた。ベイリーはレッドソックスのクローザーを3カ月弱つとめ――そして肩を故障した。6月26日、レッドソックスは上原をクローザーに指名した。
ではここで、上原の残りのシーズン(クローザー指名後)の成績をご紹介していこうと思う。拍手喝采は紹介が終わるまでお待ちいただきたい。
投球回:44 1/3
被安打:14
ふざけてるよな:分かるよ。
失点:3
被本塁打:1
三振:59
与四球:2
待った、今すぐ止めろ:2四球。よく見ろ。
被打率:.094
被長打率:.152
早く言えよ:ちゃんと頼め。
WHIP:0.358
紳士淑女の皆様、ご来場ありがとう。気をつけてお帰りください。
どうやって? OK、これはたった44回1/3でサンプルとして少なすぎるし、クローザーは1試合でたった1イニングしか投げないし……、どうやって?? 上原浩治は剛速球を投げない。Pitch f/xは上原の速球が平均で89.2マイル(143.6キロ)だと示しており、これは彼が日本から来たときとだいたい同じままだ。上原のマネーピッチ(決め球)、スプリットフィンガー・ファーストボールは約81マイル(130.4キロ)。102マイル(164.1キロ)の速球の世界で、一体どうすれば上原は対戦相手に出塁するのが無理だと証明できたのだろうか?
もちろん、コントロールの話から口火を切ることができるだろう。これはマリアノ・リベラの栄光の輝きの中で、常に最も過小評価されてきた部分の1つである――そう、リベラは対戦したみんなのバットをへし折ってきたし、同じ球を繰り返し繰り返し投げ続けてきたが、四球で自滅することはまずあり得なかった。リベラの最高のシーズンはおそらく2008年だ。彼は70回2/3で6人の打者にしか四球を出さなかった。
上原は、大リーグでのキャリアを通じて常に、気が狂うほどコントロールが良かった。2012年のレンジャーズでは、わずか36イニングしか投げなかったが、四球を出したのはたった3人だ。我々は、キンブレルの代名詞である剛速球を投げるようなクローザーと恋に落ちている(訳注:ここら辺自信なし)。しかし、剛速球を投げない代わりに、ピンポイントコントロールと多くの惑わし(投球術)で成功した名クローザーたちは、これまでにも多数――デニス・エカーズリーを筆頭とするが、偉大なるダン・クイゼンベリーとダグ・ジョーンズも含まれる――存在した。上原も明確にそれらを備えている。
2つめはこれだ:上原の投球――特に、ツーシーム・ファーストボールとスプリッター――が非常に鋭く動き、メジャーリーグの打者たちはしばしば当てるのに失敗しているということ。それがストライクゾーン内であったとしても。これは重大だ。大リーグの打者はストライクゾーン内のボールにバットを振るとき、一般に大成功を収めるものである。今年、打者がストライクゾーン内でスイングした上原のボールは、31.1%が空振りだった。これはいうまでもなく球界で最高のパーセンテージだ。
ストライクゾーン内のボールで打者を空振りさせた投手のトップ5は:
2. エルネスト・フリエリ, 26.9%
3. アロルディス・チャップマン, 25.6%
さて、同じトップ5の速球の平均急速は:
ああ、そうだ。君にも違いが分かるだろう。彼らは打者のバットを吹き飛ばす。上原は打者のバットの上下を通り抜けるのだ。上原には、大きく違う方向に動く2つの球種がある。ツーシーム・ファーストボールは右打者に向かって突っ込んでくるかのように見えるし、左打者を引き剥がす――リベラの代名詞カッターの逆バージョンのようなものだ。そして、スプリットフィンガー・ファーストボールはチェンジアップのように機能する傾向がある(速球より8マイル遅い。これは理想的な差に近い)上、遅くになって急降下する。打者の観点からすると、これは見たところ(飛び回る)スズメバチと、地中から現れるゾンビの手に、攻撃されるかすら定かではないまま、草原に踏み入れるようなものらしい。打者はどこを見ればいいのか分からないのだ。
全力の上原を前にしては、今や逃げ場などどこにも存在しないのだ。
特に、上原は今38歳で、レッドソックスは上原をクローザーとする前に2人の男たちを試していたということを考慮すると、これは極めて異例な才能の行列である。ここまでのポストシーズンで上原は7試合に登板し、そのうちの1試合でタンパベイのホセ・ロバトンにサヨナラホームランを許した。ほかには、落ち着く前にタイガースの2人から安打を打たれたが、失点は許さずにイニングを終わらせた。木曜日、上原は1回2/3をパーフェクトに抑えた。
全体として、このポストシーズン、上原は8イニングを投げて安打を4本で抑えた。WHIPは0.500。ここまで、一人の打者にも四球を出していない。
仕事やめてー就職失敗したーと言うかスタート時点での人間関係がなー
あー、やりなおしてー
とかウダウダ考えてたらやめるにやめられなくなった不況氷河期の今日この頃
一番の敗因はですね、自己アピールのしすぎだな
面接とかエントリーシートって自分が学生の頃してた特異な事や特技とか特殊な経験とかで埋めるワケじゃん
そういうのに自信あったし大学時代にやった活動に事欠かなかったから、内定決まった後も同期の人達とフランクにつきあってたつもりなんだ
彼らに、面接の時どんな事話したか、大学の頃何やってたかとか特技は何なのかを最初の話題に選んじゃったりしてさ
もしかしたら彼らのうち誰かが自分好みの特技持ってたら、プライベートで一緒に色んな活動ができるかもしれない、せっかくだから仲間探しだと
そんな事してたらよくない噂たてられちゃってハブられたハブられた
大学の頃はみんなヤりたい盛りと言うか、自分の周囲に集まる人みんなイベント好き好きバカやるの大好き!!!って人ばっかだったから
いつの間にか高校の頃みたいな謙虚さと言うか中庸をもってよしとするみたいなの忘れてたんだよな
大学時代の仲間からはいまだに「クラブイベントやるんだ!お前も手伝わないか!?」「今度絵画展やるんだけど、ポスターのデザイン受けてくれない?」「Webラジオのゲストに来てよ!」「自作Tシャツ作ってるんだけど、お前もデザインしてみろよ」「今度舞台やるからチケット送るわ」「小学生向けのサマーキャンプあるんだけど、引率のお兄さんやらねぇ?」とか誘いを受けて、その時はノリノリで引き受けて人に囲まれて楽しんじゃうんだけど
俺にはイベントを起こさない人の気持ちがわからないけど、考えてみたら、みんなそれなりに浮いてて
浮いてる人同士で固まりたいだけなのかもしれない
少数派だから、少数派だけで少数派が多数派の空間を作りたいだけなのだろう
【追記】
そういう事よく言われるけど、自分含めて理屈っぽい人が多いから、リスクとか過剰に考えちゃうのな
貯金もそこまでないし、自分でさえ恵まれてるってぐらいに、みんな給料安いし
フリーターの方が多いぐらい
それにイベント起こすだけで儲けられるってどんだけ少数よとも
イベントに客として参加する人も少ない昨今
で、どんな噂だったの?
俺が悪いよ
例えばお酒の話とかするじゃん?そしたら、自分の知人にウィスキーを家で作ってる人がいるよとかそういう話題切り出しちゃうんだ俺。で、自家製酒の作り方とかベラベラ喋っちゃう
同調圧力スルーしちゃうというか、「だよねー、そうだよねー」的な発展性も新たな知識の習得もない会話をしなかった
それぞれが持ってる知識を総動員して、あっちゃこっちゃ話題が飛ぶ話が好きだったからなぁ
中には気の合う人もいたけど、鬱とか見切りをつけたとか言って同期の内仲がいいのからどんどん辞めていったよ
それと「すごーい」って単語にまんまと騙されて中々疎まれてた事に気付けなかったってのもあるな
議論がしたいんじゃなくて同意が欲しくて、知らない話題はしたくないってのに気付けなかった
はいる会社をまちがえたのでは?
そうでもない
小学校の頃からの親友が高専卒でバリバリ働いてて、同じ業種選んでみたって感じの不純な動機ではあるけど
この業界に足を踏み入れて、大学の頃接点持たなかった人達と接して得るものはとても大きかった
もし、また同じような普通である事を確かめ合う人達の輪に放り込まれても溶け込める演技と言うか、みんながしてる個性を出さないように生きるっていう生き方が身に付いた
きっと自宅ではそれぞれ色々趣味があったり、会話してる最中にも色々考えがあったりしてるんだけど我慢してるんだなって思うよ
我慢する事を覚えられて、バカ正直でいていい場所とそうでない場所があるって知る事ができて本当によかった
あと、同じような事を仲間に言ったら「それは会社がおかしいわ」「お前は俺か・・・」の二極だな
ただ単に人見知りとか一切しない人だったからかな
フリーペーパーとかラジオ番組なんかの手伝いしてて、取材をメインにやってたんだ
だから、記事にしたいからとかインタビューしたいからって色んなサークルに顔出したり
地域のお祭りや伝統工芸とかの主催者にマイク向けにいったりしてた
人見知りを一切せず、フランクに、まるで十年来の友人見たく接するってのを好む層と好まない層がいて
スキルがあるかどうかは今は自信あんま無いや・・・なんか自信を会社で砕かれた感じ
数日前増田であった
http://anond.hatelabo.jp/20081202215824
読んでうんうん頷いたなぁ
話すっとぶけど、色んな特技を持つ人と出会うってサイコーよ
鬱になった時、心理学の大学院に進んだ女友達に色々と話聞いてもらって、鬱ってなんだとか、積極奇異型アスペルガーってなんだとか
自分1人じゃ到達できなかった知識を得て立ち直れたんだ
自分が発達障害かどうかは置いといて、色んな考えの人と魔球のキャッチボールをして得たモノが山ほどある
魔球のキャッチボールに慣れすぎてチェンジアップが取れなくなってた俺が悪いってのは重々承知してる
あとは会社全土で大ブームの、その場にいない人の悪口って流行に参加しなかったりとかだな
失敗した人を笑ってる人に一生懸命やってる人を笑うって失礼じゃね?とか言ったりしたのも我ながらおかしな人だった
変人である事に喜びすら感じてた