はてなキーワード: 課税とは
https://anond.hatelabo.jp/20210312203939
本文がどうしても途中で消えるため、追加部分として分けた。
部落問題は、根が深い。かといって、そこまで複雑なものではない。
各時代の政権が正しく対処していれば、部落解放同盟といった組織が存在することはなかったし、また存在しているべきでもなかった。
被差別部落は、歴史が積み重なったエリア(代表的なものとして京都。あるいは「府中」が付く地域など)に多く存在する。
平安時代以前に、そのエリアに特定の民族(土着系、中国系、朝鮮系、マレー系ほか)が住み着いて生活を営んでいたものの――何らかの原因によって、とある民族一派が生活圏を追われた結果として生まれたのが、伝統的な意味での部落だ。
すなわち、戦争や政変で自民族が敗北する、ある者が重大な罪を犯す、心身に何らかの異常があるなどにより、生活しやすい都市部を追われた者たちは、山地や川べりなどに住まわざるを得なくなり――そこから、普通の人間が忌避する穢れを含む多くの仕事(食肉、葬送、処刑、皮革加工や汚物処理)を行うようになり、やがては専門的、特権的職業に分化していった。
明治以前は、そうまで貧しくはなかったようだ。彼らが町人の生活に必須な物を売ったり、公共サービスを提供していたこと、税金が免除されていたのも大きい。
だが、維新によって明治政府が生まれ、西欧に倣った近代的な理念や法律が社会に浸透すると、四民平等の名の元に、彼らにも課税がされるようになった。加えて、近代産業が伝統的な部落民の仕事を奪うようになっていき、彼らは貧困にあえぐようになった。
当時の政府は何らかの手を打っておけばよかった。しかし、何も手を打たなかったので、部落に住む人々は貧しい時を生き残るために集団の結束を高めた。家族間や親族間での助け合いはもちろんのこと、その地域に住んでいる全員が全員を認識できるほどに。そして、彼らの結束は、やがて一般社会への怨嗟を募らせる方向へと動いていった。
昭和の中期になり、国民の人権意識も向上していき、部落解放運動が盛んになるなかで――部落に生まれた人々の恨みが爆発した。彼らは、一般社会への恨みを持ち続けていた。復讐したいと考える者が多数いた。だから、あそこまで過激な、暴力を伴う運動に発展した。
令和の時代に、その人が部落出身かどうかを気にする人間は少ないだろう。部落に生まれようと、生まれまいと、その人の人生に何らの影響もないからである。現代の都市環境においては、その場所が被差別部落だったかどうか、一見ではわからなくなっている。※道幅や道路改良の跡でわかることもある。山地や川べりにあるタイプの部落も、分かる人間であれば判別がつく。
部落というのは、文化的な意味では、もうほとんど存在しないといっていい。しかし、人はタブーに惹かれる性質を持っている。「穢れ」という概念は、今の時代を生きる人間も持ち合わせている感覚である(人が触ったパンや米粒は食べたくないはずだ。安全性が保障されていたとしても)。だから、インターネットなどでは、若い人達も部落について語り合うことができる。彼らは、昔の人々がどのような「穢れ」を持っていたのか気になるらしい。
被差別部落に生まれた一個人として、現代人の意識から、この「部落」という言葉がいつの日か消えることを祈っている。いずれは完全なる死語となり、教科書の中だけの言葉になることだろう。子どもの時分から解放運動に携わってきた者として、そんな未来を望んでいる。
>つまり、制度のせいで市民一人ひとりに政治参加の実感がない。故に政治参加しない。それが問題である。
>という考えなのかな。
動物としてアンケートのサンプルとして参加しているだけで、人間としては参加できていない構造なのではないか。という話にも見えますが違うんです。
アンケートへの参加は答える方にとってはそもそも非合理的で、そういう非合理性をメンバーに強いる国家システムはまずくないか、という話です。
選挙のたびに非合理的なお祭りのような雰囲気に包まれますが、あれは政治≒祭りである人間の本能の問題というだけではなく、非合理的にならなければ投票するという結論にならないという論理的な問題でもあると思うんです。
>個人的には、そもそも現代の政治ってのはもはや国際規模であるべきで、しかし世界政府は無いので政治の力は制限されてしまっている。分割のし過ぎこそが今の政治の衰退に直結していると思うので、あまり賛同はできないな。
同意します。二つの対案の内、前者の方は世界政府に繋がり得るアイデアだと考えています。
ちなみに、デジタル課税が少し前に話題になりましたが、もう一本の柱として国際的な最低税率の制定も議論されていて、それがその問題意識への解答になるんじゃないかという気もしています。
クロ申告w追徴課税以外ないな
https://twitter.com/terrakei07/status/1364124022720454657?s=20
「最近になってようやく確定申告について詳しくなり「賢い人」「情報源が豊富な人」「教えてくれる人脈や環境に恵まれている人」がいかに有利なクソゲーであるかを痛感しました」
まあ、お年寄りで収入が多くないのに住民税が課税されていて、なんでやねんと追いかけたら寡婦控除がついてなかったとか、奥さんを扶養に入れてなかったとか。そういうのもありがちだわねぇ。
もーちょっとシンプルな制度にできなかったのかとも思うけど、みんなが賢くなったらなったで、また対策されるだろうからなぁ。
バカな為政者に投票した覚えはないが、結果的に私らが選んだことになるんだよなぁ。そのバカしか出馬させられなかった(そのバカの出馬を止められなかった・もっとマシな人を送り込めなかった)のも、あとからでもバカを罷免しようとしなかったのも、私らだから…
https://www.financepensionrealestate.work/entry/2021/02/21/192319
これ見てビックリした。
何がって、"従業員給与・賞与と配当金の長期推移" というグラフ。
これが本当ならめちゃくちゃヤバくない?コレ2軸じゃないのよね?
資本金10億円以上の企業に絞ってるとはいえ、給与賞与の合計が約45兆、配当金の合計が約20兆。配当金が給与賞与の4割超えてるってヤバい。しかもこの伸び率を見ているとそのうち5割までいくんじゃないか。
従業員の人数と株主の人数がそれぞれ何人ぐらいなのか知らないけど、株やってる人の方が圧倒的に少ないだろうし、株やってる人はだいたい複数銘柄持ってるだろうから、一人あたりが得ている金額に直すと差がヤバそう。富の再分配が富める者に集中している構造がここまでとは。
しかも所得税って給与は累進課税で所得税max45%だけど、配当利益は約20%。株式投資をできる種銭がある富める者が配当金でさらに富み、税金は少ないって、おかしくない?
自分はそこそこ高収入で貯金もそこそこあって資産運用も少しやってる。普通預金口座に寝かせているだけのお金がもったいなくて株と仮想通貨の投資額を増やしたら、みるみる増えていって、お金ってこんなに簡単に増えるんだ、しかも種銭が多ければ多いほど増え方がエグいな、と実感している。まだ利益確定してないからこのあと下がる可能性ももちろんある、でも下がったところで元々余剰資金でやってるから生活には困らない。自分のレベルでこれだから、自分より早く投資をしてたり種銭が大きい資産家はもっとすごい利益を得てると思う。
税金増やすならこういう層からとるべきだろ、と、常々思ってるけど、上のグラフを見てますますその思いは強くなった。配当金増えすぎだろ。
自分に関してはもちろん確定申告は毎年きっちりしてるし、脱税はしてない。ただ、決められた額以上の税金は納めない。税率が上がったらブーブー言うだろうが支払う余裕はあるし、税率が上がっても可処分所得も高いから生活には困らない。消費税を上げたり子ども手当を削ったりするくらいなら、配当や雑所得の税率を上げるべきだと思う。税金に何百万円も払うのは嫌だけど。
全ての交差点に歩道を爆走するチャリカスを射殺するタレットを設置していただきたいが、それとこれとは別で違法駐車がなくならない限りチャリカスも車道走れないよねえとも思う。
個人的には23区内でマイカー所有する意味がわからんので、自転車が流行ってほしいなーとは思うのだが。
新宿近辺に住んでいた頃に、中野坂上付近のチャリカス無法(歩道での爆走、違法駐輪etc)を見ているのでチャリカスにヘイトが集中するのはしかたなし。
都市部のマイカー所有に対しての課税を死ぬほどブースト(ぶっちゃけいらねえだろマイカー)、駐停車禁止違反に対する罰金強化、60歳以上から免許取り上げ(もしくは3ヶ月ごとに運動性能のチェックテスト)あたりは実施してくれないかなあ。
はじめに断っておきますがエビデンスとかがなくて一個人の憶測レベルの話なんで片手間で読んで
直近ではSDGsのように、欧州や国際的な時流に乗っかって日本を変えようという機運が高まることがよくあります。
表立った動きを見る機会が少ないのですが、自転車でもそれにならうように欧州と基準を揃えようという声が上がっています。
どういうことが言われているのか、それは「車道を走ろう」ということです。
ああ〜ありがとうございます!いま、自動車ドライバーの方から痰をいただきました!こんなんなんぼあっても(道路を埋めるには)足りませんからね!
…さておき、そもそも自転車が(軽)車両であることは万国の共通事項であり、自転車が車道(もしくは自転車専用道)を走るのは何を問うでもなく当たり前のことなのです。
日本人はこと自転車に限って言えばヤバい。パパでもママでも、子供が居ようがだいたい蛮族です。普通のパパママは希少です。こと自転車に限りますけれど。
道路交通法での自転車の歩道通行は暫定措置として追加されただけのことで、暫定措置をそのままにしてる六法側も、暫定措置をアテにして自動車最優先で道路設計した側もみんな等しくバカです。
イギリスでは都市部への自動車乗り入れに通行税を課しています。最近低排ガス・EV優遇になったから結局自動車様が一番になるんじゃん!という指摘があるやもしれません。待ってました。残念ですがそちらは「高排ガス車に更に課税する」ので結局通行税は払います。
割と数々の自転車交通に関する書籍で医学の観点からも「中長距離移動の自転車乗り換え」が推し進められていることが語られています。
混雑解消、交通スペースの再整理、健康の観点から自転車乗り換えと自転車交通のための道路再整備が叫ばれてる訳で、ついでに言うと今出来てる自転車用スペースはえらく評判悪いです。
時流に乗るならば、車道を1本削って自転車とバス停車のために殆どの幹線は再工事していくくらいの計画が組まれるでしょう。
時流に乗るならば、なんですよ。
欧州ではマイカーから自転車への乗り換えが推し進められてるんです。
そうです。小さいくせにバカみたいに車ばっかり走ってる上に台数も市場規模もビッグな国、日本にそう易々と脱クルマされては困るのです。
都民様のマイカーが毎回道で渋滞につかまるようではメーカーも都合が悪い訳ですね!
もしかしたら、表参道のあの歩道も、もう1車線欲しいと思っているのではないでしょうか?
雨が降ればひとりがやっとのタイル地の上に自転車も歩行者も上げてもらわなきゃいけないんですよ、とは言わない。好感度があるんで。
増田では最近生活保護のレポートが上がったところですが、自転車も資産なんで持てないそうで…
(202102202340追記 これ anond:20210215161950 の終盤の空目してました。すんません。ブコメの指摘ありがとう)
弱い人となると本当にどこへ出ても居場所がなくなる訳です。歩道にいたら自転車走行の邪魔になる、と言われ始める頃です。
人対自転車ですか? 横ばいでしたよ。
規制緩和は何も産まないよ。
そもそも規制はその昔になにかこれは守らないとならないということで生まれた。
だいたい、規制があればイノベーションが起きないというのなら、1980年代日本が数多くの産業でシェアトップをとり、京セラ、ソニー、日本電産のようなメガベンチャーを抱える国だった理由が説明できない。
だって、現行ベースじゃめちゃくちゃ規制の多かった時代だったから。
市場を生むのは新しい商品を作ることについて金と時間をかけること。国と企業の研究投資、設備投資。
だけど、バブル崩壊後、保身に入り金を貯め込み設備研究投資をしなくなった。さらに、フリーハンドの法人税減税や、設備研究投資に紐付いてると言えない金融分離課税でどんどん金を貯め込む厚を強くした。
てか預金税がセーフなら、内部留保課税じゃなくて預金税でいいじゃん。としか思わん。
あん?利益に対して、使ったら減税、貯め込んだら増税にしろということだ。なので、使ったら減税、資金調達しての設備研究投資に資するもののみ減税の余地を設けた上で、分離課税なんかやめて所得税、法人税を適応させろって話。
そうなんだけど、現預金の内部留保が増えすぎてるって話。内部留保の議論自体貸借対照表の貸方、右側の話だが、それに対応する左が現預金か、設備開発費であるかのほうが重要。
設備開発費の内部留保は景気を回し、次の財サービスの供給を作るため望ましい。だが、現預金の内部留保は景気を落とし、次の在サービスの供給に寄与しない。
無論貸借対照表にしてしまえばわからない。融資由来の金もあるから。
だけど、単年度の損益計算書であれば、単年度の利益に対して、単年度の設備、開発費がどうかということで、現預金と、設備開発費を分けての税制とすることができる。
そうして、設備開発費なら減税、あるいは、利益に対して使途がない部分に追加で増税するということで留保金課税を課すとメリハリを付けるべきだろう。
フリーハンドの減税は、特に企業が保身に入り、金をためこみ、設備研究投資をせず資金余剰局面にある状態では、貯め込まれて景気を落とす。
配当でもいいよ。無論、配当受けた側が貯め込むだけであればそれまた貯め込んだら増税で回収すべきだな。金融投資は設備研究投資に資するもののみ減税で、残りは増税にすべきだと思うわ。
そもそも、企業税制は本体を下げたんだけど、あれは貯め込んでも減税だから。金だけなら企業に溢れてる。
法人税本体を上げて、その代わりに、様々な設備研究投資減税を設けるとか、利益の使途を確かめ、使途がなくて溜め込まれる金に追加で税をかける留保金課税を課すと言った、使ったら減税、貯め込んだら増税で誘導する必要あるわ。
あと、政府が何に使えるかわからない段階の基礎研究、着想はえたが市場に照らし合わせてない段階の萌芽研究に金をだす必要があるわ。実用的な研究の前には、実用的ではない研究の積み重ねがある。
最も、単に実用に向けるには企業にはリスクが高いということでもあるのだが。