はてなキーワード: メンマとは
最近誘ってくれなかったじゃんと軽く小突くと、ごめんね、勉強会の方で、ばたばたしてたんだと言う。
ベンキョーカイ?ああ、メンマ検定技師の?休日まで大変だねーと労うと、実は勉強会で後輩達と揉めちゃってさと言う。
友人は名門大学のメンマ学部に入学し大学院まで出て見事メンマ検定技師になった。
卒業後少しして、教授から教え子たちに声がかかり、技術力向上と後輩達の育成を目的に勉強会を開催する事になったそうだ。その勉強会の方針で後輩達と揉めてしまったそう。
話を聞いていて、口にはしなかったが私は驚いてしまった。卒業して10年近く経つのにまだ大学と関わりがあるのかと。私は適当な大学に行き、全く関係のない仕事に就いた。研究室からの連絡なんて何もない。寄付を募るお便りは読まずに食べ、いや捨てている。
メンマ検定技師の友人は仕事も忙しそうだ。それなのに卒業後10年も経って後輩の面倒を見るなんて全く大変だ。
「意識高い」という文字がコバエのように目の前をうろつく。追い払うようにビールを煽った。正直辞めたいんだけどねーあっお通しなんだろ?小鉢を覗き込む友人。
コッテリが好きだ
ニンニクが好きだ
九条ネギが好きだ
チャーシューが好きだ
メンマが好きだ
餃子が好きだ
チャーハンが好きだ
オシンコ付きご飯が好きだ
かしば店で 押熊店で
この地上で食べられる ありとあらゆる天一コッテリが大好きだ
戦列をならべた天一のコッテリラーメンが 轟音と共に空腹を吹き飛ばすのが好きだ
スプーンで放り込まれた唐辛子味噌が 丼の中でばらばらになった時など心がおどる
1分で食べ尽くした時など胸がすくような気持ちだった
中毒状態のラヲタが 既に空っぽの丼を 何度も何度も舐め回している様など感動すら覚える
次々注文される伝票達をカウンター上に吊るし上げていく様などはもうたまらない
泣き叫ぶ客達が 私の降り下ろした手の平とともに
金切り声を上げる「麺売り切れ」に ばたばたと薙ぎ倒されるのも最高だ
何も知らない客が 味がさねを食べようと健気にも来店してきたのを
途切れない行列が昼休みごと木端微塵に粉砕した時など絶頂すら覚える
必死に守るはずだった品質が蹂躙され コッテリの注文にアッサリが出される様は とてもとても悲しいものだ
強欲客の物量に押し潰されて殲滅されるのが好きだ
無料券目当ての客に追い立てられ 害虫の様に地べたを這い回るのは屈辱の極みだ
君達は一体 何を望んでいる?
更なる天一を望むか?
情け容赦のない 粘液の様な天一コッテリを望むか?
鉄風雷火の限りを尽くし 三千世界の鴉を殺す 嵐の様な天一を望むか?
よろしい ならば天一だ
我々は満身の力をこめて今まさに振り下ろさんとする握り拳だ
だがこの暗い闇の底で1年もの間 堪え続けてきた我々に ただの天一では もはや足りない!!
ならば我らは 諸君と私で総兵力100万と1人のラヲタ集団となる
我々を忘却の彼方へと追いやり 眠りこけている連中を叩き起こそう
髪の毛をつかんで引きずり降ろし 眼を開けさせ思い出させよう
連中にコッテリの味を思い出させてやる
連中に丼の底の文言を思い出させてやる
天と地のはざまには 奴らの哲学では思いもよらないラーメンがあることを思い出させてやる
一千人の屍食鬼の戦闘団で
天一コッテリを喰らい尽くしてやる
征くぞ 諸君
<一番下に追記しました 2013/8/9 2:00頃>
下痢腹さんや増田さんでちょうど「年収400万」がゾッとするだのしないだのと取りざたされてたので、ジャスト400万円の俺が家計簿を叩きつけてやるよ。
アバウトな家計簿がベースなんで細かいツッコミはなしでヨロアイコ。
項目立てもオレ流です。
<スペック>
妻(30歳・専業主婦)、子2人(3歳、1歳)
クルマなし
厚生年金 34万
健康保険 20万
雇用保険 3万
────────────────────
手取り 328万
児童手当 30万
↓
使えるお金 358万(約30万)
<毎月の出費>
食費 2.5万
外食費 1万
水道光熱費 2万
通信費 1.5万
被服理容費 1万 服と美容院
医療費 0.5万
生命保険 0.5万
雑費 1万
交際費 0.5万
幼稚園 1万
────────────────────
支出計 25万
<貯蓄>
普通預金 2万
投資信託 3万
<メモ>
<追記 2013/8/9 2:00頃>
ブクマや増田へのレスありがとう。正直びっくりしてる。平々凡々なところがかえって参考になったのかな。ダメリーマンが久々に味わう達成感。見積もり作成を後回しにしてブクマコメントで多かった内容に答えてみるよ。
今の俺には仕事よりもこっちの方が大事だぜ!(←ダメリーマン)
ラーメン一杯につき400円政府から補助金がラーメン屋に対してでるのでやっていけないことはない
ラーメンに何か麺以外のもの(のりメンマチャーシュー玉子など)を入れても追加料金をとってはいけないことになっている
600円でペイする範囲でのりメンマチャーシューをのせることが通例となっていた。
600円+味玉代をとられる
普通の人は普通のノリメンマチャーシューラーメンで十分満足(200円だし)
一部のお金持ちが豪華ラーメンを非常に高額な料金で楽しんでいた
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さらにラーメン(麺のみ)の料金は100円になった(補助金も合わせて下げられた)
ラーメン屋の意見を取り入れすぎればラーメン屋が儲かるように料金設定してしまうだろう、
前と同じトッピングにしようとすると700円になってしまうようになった。
素ラーメンで腹を膨らませたい人は喜んだが
いつものラーメンを食べたい人は余計にお金がかかるようになった。
味玉ラーメンを安くたべたかった人も一瞬喜んだけどラーメン+のりメンマチャーシュー+味玉だと裏ラーメン+味玉とあんまり変わらないどころか店によっては余計にかかるようになった
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カレーだとトッピングがなくても成り立ってしまうので例えが難しいと思って
ラーメンにしたけど無理だった
お腹すいてきた
それは、オタク・童貞的なこじらせた身勝手な恋愛感・世界観を全面肯定している様に感じたから。
あの花に出てくるキャラクターはどれも魅力的だし、青春群雄劇的な展開で流れる様に話を進める様とか、秘密基地とかの誰もが懐かしさを感じるファクターを入れてきたりとか、OP&EDテーマの曲は物語と凄くマッチしてたし、メンマは最終的には成仏してしまう事を物語前半から定時して、安易なハッピーエンドが無い事を示唆しながら、与えられたシチュエーションではベストと思える終わり方を提示していたと思う。
見ていて面白かったし、感動もしたけど、何でかラストは入り込めなかった。
それは、最後、みんなが独白するシーンが小舞台みたいな急展開で、そこで感情移入が少し途切れてしまったせいかな?とも思っていたのだけど、物語が終わってから色々考える内にそれだけじゃないなー、と言えてきた。
まだ考えがまとまりきってはいないので、チラ裏だけど、書いてみようと思う。
みんながメンマの死を負い目をきっかけにトラウマを抱え、疎遠になってしまう。
それを、メンマの黄泉帰りをきっかけにトラウマを解消し、関係性を再構築する、と言う物語。
もちろん、他の要素もいっぱいあるけど、話を分かりやすくする上でそう言う仮定の下に話を進めたい。
各々が抱えたトラウマを、ストーリーを通して、徐々に視聴者に提示するなんてのは非常に上手だった。
このストーリーの過程で、ポケモンを探したり、花火を上げたり、めんまのためにメンバーは色々行動を起こす。
ただ、めんま以外の超平和バスターズの面々は、極論をすれば、常に"めんまのため"より"自分のため"が上に来ていたと言う描写になっている。
しかも、それをメンバー同士で隠しているから、いつまで立っても昔の様に信頼感を築けない。
結局、それではダメだと言うのに気付いたのが最終話で、自分をさらけ出す独白につながる。
ただ、この独白の段と言うのがちょっと納得いかなくて、この時のみんなの行動って、結局、"めんまのため"に何かした訳じゃなくて、"自分のため"なんだと思う。
懺悔って、相手のためを思ってする事じゃない。
こう考えていくと、"自分よりメンマのためを思って行動した"と言う描写が最後まで描かれていない事に気付いて、驚愕してしまった。
これ、何かで見た事あるって考えたら、ヲタクとか童貞こじらせた人の恋愛感・世界観に似てるなーと思った。
具体的には問題を解決するのに、"自分が努力する"と、"自分の努力を無条件に受け止めてくれる人がいる"の二つの要素で解決が付く、っていう価値観みたいなの
例えば、恋愛をする際に自己承認欲求が強すぎて、自分のコンプレックスを全て相手にさらけ出して、それを全て受け止めてくれる、みたいなのが恋愛だと夢を見てしまう。
付き合いたてとかちょっと仲良くなっただけなのに、コンプレックス丸出しの痛い長文メールなんかを送った事無いだろうか?
僕は良くそういった事をやって、ある時は相手が上手くスルーしてくれたし、ある時はそれをきっかけに疎遠になったりもした。
付き合いたてとか、そもそもそこまでの信頼感が無い時にコンプレックスを剥き出しにされるのは、相手に取って負担も大きいし、そもそもそれを受け止める義理も無い。
それを受け止めてくれるのが"好き"って事でしょう?って言うのは恋愛に幻想を抱き過ぎだと思う。
もちろん、恋愛に限らず、人との関係性の中で自分を全くさらけ出さないのなんてのはつまらないけど、それは相手と重ねた時とか相手を大事にする事で、信頼感を築いて、それを担保に少しづつ自分を出していく事じゃないかと思う。
もちろん、所謂リア充と言われる共感力が人並みに働く人はこう言うのを無意識に行えるんだけど、ヲタク・童貞的恋愛を拗らせた人はこれが全く出来ない。
相手のために何が出来るのか?これを言ったら迷惑だろうかと言う視点のリアルさが欠けてるし、欠けてる事にも気づけていない。
あの花に戻って考えた時、幼少期を一緒に過ごした仲であると言う点でメンマとみんなの信頼感の描写がある訳だけど、これは与えられた物であって、努力とか工夫をして築き上げた物じゃないよね。
あの花の話は超平和バスターズの繋がりがメインであるけれども、それを得るための他者への気遣いだとか努力とかが全く無くて、努力した点って言うのは偽りの無い自分をそのままさらけだす努力、っていう自分のための内向きの努力しか描かれていない。
じんたんの"人の事を常に考えて行動して、自分を抑圧してしまう"キャラクターに付いての描写も、実は殆ど無かったと思う。
勿論、幼少期のじんたんはリーダー格で、先頭に立ってみんなを引っ張ったり、みんなの面倒を見たりしていたんだと思う。
ただ、これらはたまたま何かのきっかけでリーダー的な立場に立った人が、みんなが望むリーダー的行動を何となく取ってたに過ぎず、やっぱり努力や工夫をして得た物じゃない。。
これは、立場を失った高校生じんたんが結局、他者のために何も出来ないし、自分の抱えている問題(不登校)すら解決出来てない事より明らかだと思う。
敢えて挙げるなら、あなるがラブホに行った疑惑の時にじんたんが立ち上がったシーンはそうだけど、何というかあれは主人公補正みたいな、まぁ主人公だったら、あぁするよね、と言うのが大きくて、アレだけで、じんたんが仲間のために努力している、と言う描写だとするのはちょっと無理があると思う。
何か色々散漫になってしまったので、繰り返すと、結局、自分のトラウマを包み隠さず独白する(自分の枠の中だけで他者を意識せず努力する)→トラウマを受け止めてくれて大円団、と言うのがイマイチだと思うのだ。
努力が常に内向きにしか向かって無くてお手軽・身勝手過ぎるし、受け止めてくれる他者への視点が欠如している。
エンディングでじんたんが高校に通う描写が出てくるけど、これだって結局、不登校と言う自分の問題を解決したにしか過ぎない。
彼らが、自分自身のためだけで無くて他人のために何か生み出した事と言えば、メンマ家のトラウマを花火によって解消した事だろうか?あれは動機はどうあれ評価出来ると思うけど。
もちろん、主人公達は高校生なのだから、他者への視点が不器用でしかるべきなんだと思うけど、視聴者のオッサン達が感動しちゃうなら、もうちょっと考えた方が良いんじゃないかな?と思った物で。
逆に言えば、最初からメンマがトラウマを受け止めてくれたら、メンバーが努力する描写が無いから、花火を上げる段になっても自分のトラウマを表に出せない→それじゃ解決にならない→やっぱり自分に正直にならなきゃいけない、と1段、下の状態からみんなをstartさせる事で、超平和バスターズの面々の努力を表現している点は上手いなーと思った。。
N2N! N2N! ( ゚∀゚)o彡°
とりあえずBBQ編が物語の位置的にYou Don't Knowに対応してて俺得でした。
N2N的に考えると主人公以外の誰か(鶴子か主人公の父親あたり?)がメンマのこと見えてるんじゃね?と思う今日この頃。
N2Nは家族愛を中心にしたけど、こっちはまだ何を中心に持ってくるか読みきれない。
今のところ「のすたるじー」とか「望郷」みたいなのがテーマか?とは思うけど、
母親ネタの転がし方次第で全く違うものになりえるのでまだまだ様子見。
2013年に東宝がN2Nをやるらしいけど、日本語公演になるだろうし…orz
ぶっちゃげN2Nは役者の技量に大きく依る所があるので、日本語での公演は爆死フラグのような気がしてならない…((( ;゚Д゚)))
飲み疲れた体でたばこ屋の脇の路地へ入ると、雨に濡れた地面が自販機の明かりを反射させている。
昼には薄暗かったはずのこの路地が、深夜になるとここまで明るく見えるのだから不思議だ。
少し前方へ目をやると、赤提灯が風に揺れている。無造作に並べられた待合席には誰もいない。
店の前に立って中の様子を窺おうとするが、結露がひどくて腰より上の高さは見えない。まあいい。
少し勢いをつけてドアを開けると、頭にタオルを巻いた若者が「いらっしゃい」と迎えてくれた。
右手には水商売風の女性と会社員らしき中年男性。平日だというのに随分と楽しげだ。
テレビの見える席に座ってラーメンを頼む。威勢の良い返事。コップに注がれた水が出てきた後、調理が始まる。
ラーメンの調理風景に興味はないので、私はテレビを楽しむことにする。
テレビではネコがコタツに入るかどうか、どうでもいいことを実験している。深夜番組らしい雰囲気だ。
結局コタツに入ったネコはたったの一匹だった。本当にどうでもいい。
テレビの実験が終わると共に、ラーメンが出てくる。そういえばここのラーメンは久しぶりだ。
少し黄色がかったとろみのあるスープに、細めの麺。チャーシュー、メンマ、ネギ。
テーブルに置いてある高菜を少し入れて、スープを飲む。どこにでもありそうでここにしかない味。うまい。
少し堅めの細麺はスープとよくマッチしている。ずるずると下品にすすると、体の芯が温まってくる。
〆のラーメンというのはこういうのでいい。高い完成度も奇抜さも必要ないのだ。
完食まで五分と少し。コップの水を飲み干した後、ご馳走様と告げて代金を支払う。
さて、通りまで出てタクシーを拾おう。
味については作ってる側が納得できないんじゃないか?
「あそこマズいな!」
「ギリギリでマズいな!」
と言われて
「それじゃ判んねーよ!どこがマズいんだか言ってみろ!」
となるんじゃないのか?
美味い理由も、グルメ番組だとかは味を視聴者に伝える事が目的だから「美味いです!」で済ませたら提供店に怒られる。
全部いちいち理由がある。
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ちなみに素人が言ってるとむかつく、という部分は確かにある。
タバコ吸ってるような味音痴の連中だ。味批判したかったらタバコ吸うなって感じ。
タバコを吸う=味音痴は美味しんぼが始まりだが、確かにタバコを吸う店の味はちょっと強めになったり、渋みが入ったり、脂が多くなっても平気で出してくる。
でもってタバコを吸ってる連中が味の批評会をやってると、確かに「何じゃそりゃ」のオンパレードになる。
「まったり」だとかはグルメ番組の借り物の表現で、そういう言葉を使うヤツは総じてダメ。
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ただ、普通の素人の中にも、絶妙なる味覚の持ち主はゴロゴロいる。
俺も1リットルの水の中に1適の酒を入れられて、銘柄を当てた事がある。というか味覚を鍛えた事がある人間ならそれは出来て当たり前のレベルだそうだが。
今の店、美味いのかマズいのか、どうなんだ、みたいな店に入った後は他人の評価が知りたい場合がある。
「あそこ、メンマが臭いんだよ。だからいつもメンマ抜きしてるんだ」
とか
「あそこデフォルトだと塩が強いんだよ、だからいつもタレ少なめに言ってる」
とか。
そういうの聞いて実践すると、イマイチだった店が急に美味しくなったりする場合もある。
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お前、B型だろ?だから世間で嫌われる。
夫が二郎という、ラーメンのような食べ物のようなものに熱中しています。
食ってみたら?と言われて店内を見たところ、平日・休日関わらず、一日のうちに何度も、野菜マシマシコールされていました。
ナルトやメンマを乗せるのではなく、野菜(もやし9割)や、豚肉の塊が、一掴みで山盛りなっています。
夫の趣味の仲間も参加していて、最初は、連帯感が面白いのかな、と思っていたのですが、全マシコールしたり、野菜が別盛りで来たの後、夫がリアルタイムで食しているのを見ると、興ざめするようになりました。
最近では、休日に家族で過ごすたびに、「この瞬間も、数分待たずに二郎を食べているのか」と思うと、不快感を抑えられません。
夫には、私の不快感はわからないようです。
私もうまく説明しようがなく、気持ちをもてあましています。
どうしたら良いのか、相談させてください。
てか、それをネタとしてあちこちのサイトで実際に作って喰ってみました!
みたいなサイトがあるじゃないですか。
http://www.tanteifile.com/diary/2007/07/14_01/index.html
http://www.zakzak.co.jp/top/2007_07/t2007071827.html
割り箸メンマと違って
http://portal.nifty.com/2007/04/01/uso03/
実際に作って喰える以上、ヤツラならやってそうな気が…。
しかもテレビ局のあと、現地の工商当局による続報も出た後の撤回劇。
http://imihu.blog30.fc2.com/blog-entry-2944.html
そのあと市公安局が調べたら「嘘でしタ!」って…。
毒塩流通率9割とかやっておいて、
http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2007/04/post_9ac2.html
平気で「一部の悪徳業者をみて全体だと思わないで欲しい」とかのたまう国っすよ。
みんないい人すぎる!
こんな国ですヨ!!