2013年03月20日の日記

2013-03-20

娘が事故に遭った。

先日、息子が私のパソコンYoutubeを見ていた。私の閲覧履歴から鉄拳の"振り子"の動画を見つけ、クリックした。私は数か月ぶりかにその動画を見て涙が溢れていたが、息子の眼差しディスプレイから逸らされることはなかった。息子に気付かれないように涙を拭った。私が涙を流したのは、数か月前にこの"振り子"の動画を初めて見た時以来だった。

その次の日、娘が交通事故に遭った。家に居た妻とケータイで話しながら横断歩道を歩いていた際に、車に接触されたらしい。電話の向こうで何が起こったのか解らない妻は、電話で娘の名前叫び続けた。現場事故を目の当たりにされた方が娘のケータイを拾い、妻に状況を報告してくれたのだが、加害者は動揺して娘を自分の車で病院まで連れて行こうとしたらしい。妻は混乱しながらも私に電話をし、娘が交通事故に遭ったこと、足を怪我したこと、加害者が連れ去ったことを伝えてきた。断片的な情報しか受け取っていない私は、まだ記憶に新しい楽天社員による事件を思い起こした。

私は仕事を投げ出し、急いで帰宅した。家に妻は居なかった。後で聞いた話によると、現場の近所の方が救急車を呼んでくれて、加害者に連れ去られることなく救急車に収容されたものの、救急隊員に保護者の同伴を求められ、更には収容先の病院がなく、救急車はなかなか出発しなかった。その間に妻が現場に到着し、家で待機していた私に電話をくれた。電話から聞こえる声は、妻ではなく娘だった。少し話をして電話を切った。娘のはっきりとした口調を耳にして安心したのも束の間、その後の妻からメッセージに「開放骨折」という言葉が入っていた。妻はそれが意味するところを全く知らなかったようだが、私はそれがどういう状態なのかをある程度理解し、娘は元通りには歩けなくなるかもしれないと覚悟した。

収容先の病院で妻と二人、担当医に娘の状況を説明される。いくつかの幸運が重なり、私が勝手想像していた最悪のシナリオは否定された。しかし、最悪死に至るような合併症などのリスクゼロではなく、まずは緊急手術をする事に同意を求められた。選択肢はない。ひとりの人間としてはまだ幼すぎる娘だが、事故からここに至るまで涙を見せることはなく、救急車の中で妻に会い、最初に発した言葉は「ごめんなさい」だった。2時間に及ぶ手術も無事に乗り越えた。ここまで本当によく頑張ったと思う。術後、ベッドに眠る娘を見て、私はようやく人心地付いた。気が弛み、涙した。私が2日連続で涙を流すことなんて、何年ぶりだろうか。

話は少し前に戻って収容先の病院に車で向かう途中、一台の救急車に追い抜かれた。病院救急医療センターには断続的に患者が訪れてくる。あるいは救急車で運び込まれてくる。事件なのか事故なのかパトカー警察官も来る。うちの家族に起きた災難と同じようなことが日常的に起こっていることを痛感した。手術が終わるのを待つ間に、警察署から加害者が直接お詫びしたいと待っているという連絡があったが、会ってもこちらには何のメリットもないどころか自分の中で悪い感情が大きくなることが容易に想像できたため、面会を拒否した。この連絡で加害者には直接我々に会って謝罪する意志があり、まともな人間であることがわかったが、我々から見ればまともな人間などではなく、過失で娘を殺しかけたヒトゴロシのなり損ないに過ぎない。罵倒しようが殴り倒そうが娘の傷が癒えるわけではないし、やりどころのない気持ちを加害者に向けても何も解決しない。その一方、謝罪する機会を加害者に与えることすら拒否したいと考えていることも事実だった。

帰宅途中に警察署から再び電話があった。今回の事故報道されるかもしれないという。記事になるかどうかは報道機関次第とのことだが、我々に記事掲載を拒否する権利がないなら何故わざわざ連絡をよこすのかと気分が悪くなった。この程度の事故なら日本中で嫌というほど起こっているだろうに。違和感を覚えながらも匿名希望していることを強く伝えてもらうようお願いした。

事故の翌日、私は仕事に行き、妻は自分スケジュールを調整して面会時間中はずっと娘の傍に居た。私も仕事を早めに切り上げて娘の元に向かった。点滴による薬投与のせいか発熱のせいかは判らないが、娘はずっと調子が悪そうに寝ていた。人間とは強欲なもので、事故を知った時には生きてさえくれればと神に祈り、娘の声を聞いた時には障害さえ残らなければそれで良いと思い、担当医に完治の見通しについて説明された時には傷跡が残ってしまうことを呪い、完治には十分な時間必要と告げられた時には今後の予定が全て崩れてしまうことを嘆いた。ずっと我慢していた娘が、事故後に初めて泣いた。妻も私も泣いた。3日連続で涙を流すのはおそらく幼少の時以来になるのではないか

帰宅後、今回の事故新聞に載っていることを知った。加害者報道されるに値するだけの人物だったのだ。なるほど違和感を覚えたあの電話は、こうなることを予期しての予防線だったのか。とある新聞では「重症」と記され、その言葉で妻はことの重大さをもう一度噛みしめてしまい涙し、別の新聞Web記事では「骨折」と記され、その言葉の与える印象の軽さに私は怒りを覚えた。娘は今後何か月にも渡り貴重な時間不自由に過ごさなければならないのだろう。もし元通りに歩いたり走ったりできるようになっても、その傷跡が完全に消えることはないだろう。事故の瞬間を電話で聞いていた妻は、確実に寿命が縮まるほどの精神的なダメージを負ってしまっただろう。それ以外にも、私と妻が病院に通うだけの労力と、通院のための時間を使ってするはずだった経済的な活動、通院のために発生する周囲の人たちへの負担は、誰も補償してくれはしない。

あれから娘は順調に回復し、熱は下がり、点滴も外れ、食欲も出てきた。まだ入院中の娘の笑顔を見て、安心してしまっている自分がいる。過去事故加害者被害者になったこともあり、車を何度もぶつけたことのある私は、自分がいつか今回の加害者と同等の立場に立たされる可能性、自動車を運転することのリスクを見つめ直した。また、被害者という立場に立たされ、被害者しかからないこと、「被害」とはどういうものなのかを身をもって体験した。その一方、家族の大切さを嫌というほど再認識させられ、また周囲の人たちからの温かい支援を得られることが嬉しかった。本当に貴重な体験だった。だがそれを学ぶにはあまりに高い代償であり、娘が元気に走れるようになるまでは、まだまだ多くの時間が掛かり、その間にも様々なことがあるだろう。

様々な葛藤を整理し、記し、公開することで区切りをつけたかった。

以上、今日までの出来事と、今現在感じていることを記録しておく。「娘が入院している」という「非常」が、「日常」になりつつあることに恐怖しながら。

娘が事故に遭った。

先日、息子が私のパソコンYoutubeを見ていた。私の閲覧履歴から鉄拳の"振り子"の動画を見つけ、クリックした。私は数か月ぶりかにその動画を見て涙が溢れていたが、息子の眼差しディスプレイから逸らされることはなかった。息子に気付かれないように涙を拭った。私が涙を流したのは、数か月前にこの"振り子"の動画を初めて見た時以来だった。

その次の日、娘が交通事故に遭った。家に居た妻とケータイで話しながら横断歩道を歩いていた際に、車に接触されたらしい。電話の向こうで何が起こったのか解らない妻は、電話で娘の名前叫び続けた。現場事故を目の当たりにされた方が娘のケータイを拾い、妻に状況を報告してくれたのだが、加害者は動揺して娘を自分の車で病院まで連れて行こうとしたらしい。妻は混乱しながらも私に電話をし、娘が交通事故に遭ったこと、足を怪我したこと、加害者が連れ去ったことを伝えてきた。断片的な情報しか受け取っていない私は、まだ記憶に新しい楽天社員による事件を思い起こした。

私は仕事を投げ出し、急いで帰宅した。家に妻は居なかった。後で聞いた話によると、現場の近所の方が救急車を呼んでくれて、加害者に連れ去られることなく救急車に収容されたものの、救急隊員に保護者の同伴を求められ、更には収容先の病院がなく、救急車はなかなか出発しなかった。その間に妻が現場に到着し、家で待機していた私に電話をくれた。電話から聞こえる声は、妻ではなく娘だった。少し話をして電話を切った。娘のはっきりとした口調を耳にして安心したのも束の間、その後の妻からメッセージに「開放骨折」という言葉が入っていた。妻はそれが意味するところを全く知らなかったようだが、私はそれがどういう状態なのかをある程度理解し、娘は元通りには歩けなくなるかもしれないと覚悟した。

収容先の病院で妻と二人、担当医に娘の状況を説明される。いくつかの幸運が重なり、私が勝手想像していた最悪のシナリオは否定された。しかし、最悪死に至るような合併症などのリスクゼロではなく、まずは緊急手術をする事に同意を求められた。選択肢はない。ひとりの人間としてはまだ幼すぎる娘だが、事故からここに至るまで涙を見せることはなく、救急車の中で妻に会い、最初に発した言葉は「ごめんなさい」だった。2時間に及ぶ手術も無事に乗り越えた。ここまで本当によく頑張ったと思う。術後、ベッドに眠る娘を見て、私はようやく人心地付いた。気が弛み、涙した。私が2日連続で涙を流すことなんて、何年ぶりだろうか。

話は少し前に戻って収容先の病院に車で向かう途中、一台の救急車に追い抜かれた。病院救急医療センターには断続的に患者が訪れてくる。あるいは救急車で運び込まれてくる。事件なのか事故なのかパトカー警察官も来る。うちの家族に起きた災難と同じようなことが日常的に起こっていることを痛感した。手術が終わるのを待つ間に、警察署から加害者が直接お詫びしたいと待っているという連絡があったが、会ってもこちらには何のメリットもないどころか自分の中で悪い感情が大きくなることが容易に想像できたため、面会を拒否した。この連絡で加害者には直接我々に会って謝罪する意志があり、まともな人間であることがわかったが、我々から見ればまともな人間などではなく、過失で娘を殺しかけたヒトゴロシのなり損ないに過ぎない。罵倒しようが殴り倒そうが娘の傷が癒えるわけではないし、やりどころのない気持ちを加害者に向けても何も解決しない。その一方、謝罪する機会を加害者に与えることすら拒否したいと考えていることも事実だった。

帰宅途中に警察署から再び電話があった。今回の事故報道されるかもしれないという。記事になるかどうかは報道機関次第とのことだが、我々に記事掲載を拒否する権利がないなら何故わざわざ連絡をよこすのかと気分が悪くなった。この程度の事故なら日本中で嫌というほど起こっているだろうに。違和感を覚えながらも匿名希望していることを強く伝えてもらうようお願いした。

事故の翌日、私は仕事に行き、妻は自分スケジュールを調整して面会時間中はずっと娘の傍に居た。私も仕事を早めに切り上げて娘の元に向かった。点滴による薬投与のせいか発熱のせいかは判らないが、娘はずっと調子が悪そうに寝ていた。人間とは強欲なもので、事故を知った時には生きてさえくれればと神に祈り、娘の声を聞いた時には障害さえ残らなければそれで良いと思い、担当医に完治の見通しについて説明された時には傷跡が残ってしまうことを呪い、完治には十分な時間必要と告げられた時には今後の予定が全て崩れてしまうことを嘆いた。ずっと我慢していた娘が、事故後に初めて泣いた。妻も私も泣いた。3日連続で涙を流すのはおそらく幼少の時以来になるのではないか

帰宅後、今回の事故新聞に載っていることを知った。加害者報道されるに値するだけの人物だったのだ。なるほど違和感を覚えたあの電話は、こうなることを予期しての予防線だったのか。とある新聞では「重症」と記され、その言葉で妻はことの重大さをもう一度噛みしめてしまい涙し、別の新聞Web記事では「骨折」と記され、その言葉の与える印象の軽さに私は怒りを覚えた。娘は今後何か月にも渡り貴重な時間不自由に過ごさなければならないのだろう。もし元通りに歩いたり走ったりできるようになっても、その傷跡が完全に消えることはないだろう。事故の瞬間を電話で聞いていた妻は、確実に寿命が縮まるほどの精神的なダメージを負ってしまっただろう。それ以外にも、私と妻が病院に通うだけの労力と、通院のための時間を使ってするはずだった経済的な活動、通院のために発生する周囲の人たちへの負担は、誰も補償してくれはしない。

あれから娘は順調に回復し、熱は下がり、点滴も外れ、食欲も出てきた。まだ入院中の娘の笑顔を見て、安心してしまっている自分がいる。過去事故加害者被害者になったこともあり、車を何度もぶつけたことのある私は、自分がいつか今回の加害者と同等の立場に立たされる可能性、自動車を運転することのリスクを見つめ直した。また、被害者という立場に立たされ、被害者しかからないこと、「被害」とはどういうものなのかを身をもって体験した。その一方、家族の大切さを嫌というほど再認識させられ、また周囲の人たちからの温かい支援を得られることが嬉しかった。本当に貴重な体験だった。だがそれを学ぶにはあまりに高い代償であり、娘が元気に走れるようになるまでは、まだまだ多くの時間が掛かり、その間にも様々なことがあるだろう。

様々な葛藤を整理し、記し、公開することで区切りをつけたかった。

以上、今日までの出来事と、今現在感じていることを記録しておく。「娘が入院している」という「非常」が、「日常」になりつつあることに恐怖しながら。

娘が事故に遭った。

先日、息子が私のパソコンYoutubeを見ていた。私の閲覧履歴から鉄拳の"振り子"の動画を見つけ、クリックした。私は数か月ぶりかにその動画を見て涙が溢れていたが、息子の眼差しディスプレイから逸らされることはなかった。息子に気付かれないように涙を拭った。私が涙を流したのは、数か月前にこの"振り子"の動画を初めて見た時以来だった。

その次の日、娘が交通事故に遭った。家に居た妻とケータイで話しながら横断歩道を歩いていた際に、車に接触されたらしい。電話の向こうで何が起こったのか解らない妻は、電話で娘の名前叫び続けた。現場事故を目の当たりにされた方が娘のケータイを拾い、妻に状況を報告してくれたのだが、加害者は動揺して娘を自分の車で病院まで連れて行こうとしたらしい。妻は混乱しながらも私に電話をし、娘が交通事故に遭ったこと、足を怪我したこと、加害者が連れ去ったことを伝えてきた。断片的な情報しか受け取っていない私は、まだ記憶に新しい楽天社員による事件を思い起こした。

私は仕事を投げ出し、急いで帰宅した。家に妻は居なかった。後で聞いた話によると、現場の近所の方が救急車を呼んでくれて、加害者に連れ去られることなく救急車に収容されたものの、救急隊員に保護者の同伴を求められ、更には収容先の病院がなく、救急車はなかなか出発しなかった。その間に妻が現場に到着し、家で待機していた私に電話をくれた。電話から聞こえる声は、妻ではなく娘だった。少し話をして電話を切った。娘のはっきりとした口調を耳にして安心したのも束の間、その後の妻からメッセージに「開放骨折」という言葉が入っていた。妻はそれが意味するところを全く知らなかったようだが、私はそれがどういう状態なのかをある程度理解し、娘は元通りには歩けなくなるかもしれないと覚悟した。

収容先の病院で妻と二人、担当医に娘の状況を説明される。いくつかの幸運が重なり、私が勝手想像していた最悪のシナリオは否定された。しかし、最悪死に至るような合併症などのリスクゼロではなく、まずは緊急手術をする事に同意を求められた。選択肢はない。ひとりの人間としてはまだ幼すぎる娘だが、事故からここに至るまで涙を見せることはなく、救急車の中で妻に会い、最初に発した言葉は「ごめんなさい」だった。2時間に及ぶ手術も無事に乗り越えた。ここまで本当によく頑張ったと思う。術後、ベッドに眠る娘を見て、私はようやく人心地付いた。気が弛み、涙した。私が2日連続で涙を流すことなんて、何年ぶりだろうか。

話は少し前に戻って収容先の病院に車で向かう途中、一台の救急車に追い抜かれた。病院救急医療センターには断続的に患者が訪れてくる。あるいは救急車で運び込まれてくる。事件なのか事故なのかパトカー警察官も来る。うちの家族に起きた災難と同じようなことが日常的に起こっていることを痛感した。手術が終わるのを待つ間に、警察署から加害者が直接お詫びしたいと待っているという連絡があったが、会ってもこちらには何のメリットもないどころか自分の中で悪い感情が大きくなることが容易に想像できたため、面会を拒否した。この連絡で加害者には直接我々に会って謝罪する意志があり、まともな人間であることがわかったが、我々から見ればまともな人間などではなく、過失で娘を殺しかけたヒトゴロシのなり損ないに過ぎない。罵倒しようが殴り倒そうが娘の傷が癒えるわけではないし、やりどころのない気持ちを加害者に向けても何も解決しない。その一方、謝罪する機会を加害者に与えることすら拒否したいと考えていることも事実だった。

帰宅途中に警察署から再び電話があった。今回の事故報道されるかもしれないという。記事になるかどうかは報道機関次第とのことだが、我々に記事掲載を拒否する権利がないなら何故わざわざ連絡をよこすのかと気分が悪くなった。この程度の事故なら日本中で嫌というほど起こっているだろうに。違和感を覚えながらも匿名希望していることを強く伝えてもらうようお願いした。

事故の翌日、私は仕事に行き、妻は自分スケジュールを調整して面会時間中はずっと娘の傍に居た。私も仕事を早めに切り上げて娘の元に向かった。点滴による薬投与のせいか発熱のせいかは判らないが、娘はずっと調子が悪そうに寝ていた。人間とは強欲なもので、事故を知った時には生きてさえくれればと神に祈り、娘の声を聞いた時には障害さえ残らなければそれで良いと思い、担当医に完治の見通しについて説明された時には傷跡が残ってしまうことを呪い、完治には十分な時間必要と告げられた時には今後の予定が全て崩れてしまうことを嘆いた。ずっと我慢していた娘が、事故後に初めて泣いた。妻も私も泣いた。3日連続で涙を流すのはおそらく幼少の時以来になるのではないか

帰宅後、今回の事故新聞に載っていることを知った。加害者報道されるに値するだけの人物だったのだ。なるほど違和感を覚えたあの電話は、こうなることを予期しての予防線だったのか。とある新聞では「重症」と記され、その言葉で妻はことの重大さをもう一度噛みしめてしまい涙し、別の新聞Web記事では「骨折」と記され、その言葉の与える印象の軽さに私は怒りを覚えた。娘は今後何か月にも渡り貴重な時間不自由に過ごさなければならないのだろう。もし元通りに歩いたり走ったりできるようになっても、その傷跡が完全に消えることはないだろう。事故の瞬間を電話で聞いていた妻は、確実に寿命が縮まるほどの精神的なダメージを負ってしまっただろう。それ以外にも、私と妻が病院に通うだけの労力と、通院のための時間を使ってするはずだった経済的な活動、通院のために発生する周囲の人たちへの負担は、誰も補償してくれはしない。

あれから娘は順調に回復し、熱は下がり、点滴も外れ、食欲も出てきた。まだ入院中の娘の笑顔を見て、安心してしまっている自分がいる。過去事故加害者被害者になったこともあり、車を何度もぶつけたことのある私は、自分がいつか今回の加害者と同等の立場に立たされる可能性、自動車を運転することのリスクを見つめ直した。また、被害者という立場に立たされ、被害者しかからないこと、「被害」とはどういうものなのかを身をもって体験した。その一方、家族の大切さを嫌というほど再認識させられ、また周囲の人たちからの温かい支援を得られることが嬉しかった。本当に貴重な体験だった。だがそれを学ぶにはあまりに高い代償であり、娘が元気に走れるようになるまでは、まだまだ多くの時間が掛かり、その間にも様々なことがあるだろう。

様々な葛藤を整理し、記し、公開することで区切りをつけたかった。

以上、今日までの出来事と、今現在感じていることを記録しておく。「娘が入院している」という「非常」が、「日常」になりつつあることに恐怖しながら。

増田っていつもこんな感じなん?

そこそこ歴史あるIT企業なんやからしっかりせえよ

こんな調子じゃ、この会社の将来性にはてなじゃ 怒 (`Д´)

30分前の誰かのエントリーがまだ表示されてない増田にて

おれはいわゆる有名私立大学の2年生

周りには学力はそれほどでもないけど、コミュ力はそれなりにあって友達と楽しそうにキャンパスを歩くリア充どもばかり

学歴で言ったら国公立大学にはかなわないけど、人付き合いが器用で自分をアピールする能力に長けているからそりゃ就活もそこそこ強いわなって感じ(自分除く)

自分にも友達がいないわけじゃないけど、イケメンって言われたことはないしいつも同じような服を着て、一人でキャンパスを早足で歩くことも多い

中高一貫男子校受験勉強文化系クラブの活動しかやってこなかったから、女子自然コミュニケーションをとることにすら慣れない

気のせいかもしれないけれど、なんとなく大学の中で浮いているような気がする

いい意味でも悪い意味でも目立つのはそんなに好きじゃないのに、モブキャラというかキャンパスを歩く人波に同化できてないと思ってる

そんな自分を少しでも変えるためにできることは色々あると思うけど、春に向けて垢抜けた服装をすることもひとつ方法かなと思ってる

でもどんな服装をすればいいのかさっぱりわからない

ファインボーイズでも読んだらといいのかなと思って読んでみたけど、モデルキラキラしたイケメンリア充ばっかりで自分には合わないコーデのほうが多い

一人暮らしで金はそんなにないけど、最低限のファッションができるくらいの金はなくはないと思ってる

でも、何を買えばいいのか分からないし、服のことを考えても楽しくない

コーデまるごと面倒みてくれるような友達はいないし、みんなたぶん中学生くらいから「なんとなく」でやってる

冷静に判断できなくなるから友達と買い物をするのは好きじゃないし、かといって一人でショップに行くのもめんどくさい

努力がたりないと言われればそれまで

でも、 例えば自分の外見を見て、3万から5万くらいの予算の範囲内で自分に似合う、春に必要ものをいろんな店から一揃い買ってきてくれる人がいたらどんなに楽だろうと思う

気にしすぎかもしれないけど、自分の着てる服に自信がないから授業以外で外に出るのが面倒になる

誰か、なんとかしてくれないか

http://anond.hatelabo.jp/20130320224221

デザイン・・・かな・・・。

・パッと見た瞬間、「何が出来る/何をするサイトなのか」が分からない。

 →更新通知やお知らせの前後に、「~なサイトです。」といった説明文があるといいかも。

・ランキングの視認性が悪い

 →最低でも各行毎の余白と、奇数偶数別の(とても薄い)背景色を加えたほうがいい。こんなの → http://2ch-c.net/

・古臭い

 →・・・何が、といわれると困ってしまうが、全体的に「昔のファンサイト」感が強い。はてな民には多分ウケない。

  とりあえず、リンクの文字色をデフォルトで無くすところから始めよう。

※素人意見です

http://anond.hatelabo.jp/20130320224221

ランキング200ちかく一気に表示しなくていいかな。選択肢が多すぎるのもげんなりすると思う。

http://anond.hatelabo.jp/20130320231230

数年先輩の公務員ですが

基本的に地方公務員仕事ルーチンワークなので、作業が正確で早ければ良い

資格無意味って言われたのは、別に資格必要仕事じゃないからです。それは個人的なものでおさめてください。

正直、上の人に評価されるためにはその人たちの好みがわかってないといけないので、飲みニケーション()でもタバコミュニケーションでもするしかないです。

公務員場の空気がなぁなぁになりやすいので(民間を詳しく知ってるわけじゃないけど)、特に空気を読む力が必要です。

君を知らないから的確なアドバイスはできないけど、しいていうならやることは業務上の勉強資格とかの個人的な能力に関することではなくて、周りを見てツテを作るってことかな。バカらしいと思うかもしれないけど、評価されたいならそれしかない。

ツテを作るってのは、酒・タバコでもいいけど、もっとプライベートに踏み込んだものとかもね。

まぁぐだぐだと書いてみる、増田からね。

考えてみれば、贅沢な話なのだけどね。

先日、仕事の年度契約更新はされたけど、去年までと違い、正直感慨もなにも浮かばなかった。

給料は給与表の天についてるからこの先も昇給しないし、手取りは公務員改革と復興税で下がったし。

正職員への転換は見通しがないといわれている。(本部の意向、というかやる気がない。)

35歳独身実家暮らしで週4×7H、手取り15万(通勤費2万円込なので実質13万)年収で税込み180。200万超えないのが…。

大卒で勤めたときの初任給が残業やら出向手当やらで税込400だったのでそこからのギャップがいまだに埋め切れてない。

それはもはや過去の幻影でしかないのだけど。

今のところは残業がないのと気楽なのと、躁うつ病もちで正職員職場に不安があったのは確か

(2回再就職して短期離職をやったのでトラウマ。今は残業には耐えられる日とそうでない日があると思う)。

今も治療中。だいぶかんかいしてきた。少なくとも年単位で見たときに2,3年前よりはよくなっていると思う。

最初は行く途中の地下鉄で休む電話を入れる(で、そのまま一日まちなかのベンチでヘタる)ことも多かった。

それでもなんとか持ちこたえられた。1回2週間休職したけど戻れた。

だから愛着もあるし、何とかしていきたい。けど、この給料では生活は、まして結婚はと考えると、それではよくないだろうと思う。

いい加減次のステージに行く時期なんだろうか。次のステージとは違う職場なのかな。

こないだ占術師に見てもらった。

(あなたはサラリーマンで終わる人じゃないけど、独立はこの3年はおよしなさいと言われた。ペースダウンしてと。)

四柱推命は向こう3年は空亡(いわゆる大殺界)。前回はこの時期に鬱で会社辞め田舎に帰った。今でも後悔している(いっそ倒れて入院してれば…それでも

やめる時期が違っただけかもしれないと思ってるけど、8年たってもそのころの仕事が夢に出てくる。結局好きだったんだよね。)。

今度はそういうことがないようにと思ってるのだけど、今度は今のところにしがみつくことが逆に後悔になるのではないかとそこが不安である。

ただ、占術氏いわく空亡の時期はがんばったことは空回り、思わぬところから恩恵が来るという時期らしいので、じっと耐え忍びつつも動きを止めない、ぐらいの方がいいのかもしれない。

(たとえば一発屋が売れる時期が空亡の時期なのだそうだ。3年たつと元の状態(売れてない)に戻るので、空亡中に売れてもで謙虚に過ごすことが大事)

結局自分はどうしたいのか。今の職場を逃げたところで次のところでもまた逃げる羽目になるのではないか。

それならば今のところで適当によろしくやりながら趣味などをつらつらつまみ食いしてやってみてもいいのではないか。

株のスキルを磨いて合法的に副業するのもありだろう。(なんだかんだで10年やってきた。今のところ累積赤字だけど徐々に解消してきている)

やってみたいことが浮かぶならやってみればいい、といわれたのでつらつら書いてみると、乗馬、ダイビング、大学院、海外旅行、一人暮らし、東京に住む、

ただ興味あちこち向いているのと神経質な分ノイズを拾いやすいので、あんまり深堀りしたらいけないのかも。

まあ、書いていると大局的には今(むこう半年くらい)はこのままじっとしてる方がいい気がしてくる。動物的勘。

時々実家じゃないところ(安いビジネスとか)に泊まって一人の時間を取ることが大事と友人が言ってくれた。

その通りだと思う。あてなくぶらり旅でもいいんだけどね。最近してねーや、ぶらり気まま旅。行くとしたらこだまで東京ばっかり。

電車好きだから行きたいように行ってどこでも民宿とかビジネスとか泊まればいいんだよね。

書いてたらなんかちょっと元気出てきた。明日からまたちょっとだけがんばれそうだ。

いつものことながら、増田という「場」には本当に感謝してる。ありがとう。おやすみなさい。

コンプレックス黒歴史を作るのかなという話

中二病という言葉が有名だけど、私は中学の頃はそんな状態にならなかった。

そういう「痛さ」や「無理してる感じ」をまといだしたのは大学に入ってからだった。

大学に入るまでコンプレックスを全く感じていなかったのだと思う。

モテなかったけど、友達モテていなかったから、全然平気だった。

成績は良かったし友達も多かったから、何も引け目に感じていなかった。

その自信が崩れたのが大学モテなかったはずの友達モテはじめて置いてけぼりにされ、

無理して入った大学では勉強が大変で自信を失った。

その結果が、

http://anond.hatelabo.jp/20130320140830

この記事に書いたような痛い行動だったのだと思う。

 

136 緑山タイガ(埼玉県)[] 2011/01/08(土) 12:00:04.04 ID:5n1vXK3x0

中学ときクラスあいつとあの子がつきあってるって話題になったとき

そういうのはませた一部の人達だけで、自分を含む大多数にはまだ早いのだと思った。

 

高校のときに、中学では大人しかったあの子が今はやりマンなんだって話を耳にしたとき

セックスなんてこういう不良が面白半分にしているもので、

ほとんどの高校生には無縁のことだと思っていた。

 

大学で同じサークルの先輩が彼女同棲しているなんて聞いたときには、

ほとんどの大学生普通に一人暮らししてるし、

恋愛トントン拍子に進んだ一部の人達の話だなと思っていた。

しかし大抵の大学生恋愛したりセックスしていることは想像したこともなかった。

 

社会人になり、知り合いが結婚するって人伝いに聞いた。

でもまだ結婚するやつなんて少なかったから、まだ俺には関係ないなと思った。

しかし同年代の大多数は恋愛経験を積み、すでに恋人をみつけているということに気づいて愕然とした。

 

俺が女の子と付き合うのはまだ早いのだと、ずっとそう思い続けてきた。

いつそういう時期がくるのかはわからないが、そのうちだろうと軽い気持ちでいた。

セックス2次元AVの中の出来事でリアリティがなかったから、

こんないやらしいことをみんなしているなんて思いもせず、

非処女には高校のときのやりマンやAV女優のような汚れたイメージしかなかった。

でも実際は恋愛セックスは当たり前で、気がつけば俺の方が社会の「ごく一部」になっていた。

 

恋愛が「ごく一部」の人たちの話だった頃は、自分人生恋愛必要性すら感じていなかった。

大学生になって、突然、恋愛が「ごく普通」のこととして周囲に押し寄せてきたんだよね。

途端に私は「普通未満」になってしまった。

 

普通未満になる恐怖と、自尊心との葛藤

それが中学二年生頃でおとずれる人が多いから、中二病なんていわれるのかもしれない。

中二臭いと言われる作品は、平凡な日常生活から脱出して、別世界活躍する話が多い。

ハリーポッターとか、多くのライトノベルとかがそうだよね。

その「ここではないどこかへ」という欲求は、中二的な葛藤から生まれているのかなと思う。

なんか、死ぬほど語られてそうな平凡な意見だな…。

 

大学生のころの、追い詰められていた私は、何らかの逃げ場を欲してた。

でも私の状況に最適化された逃げ場コンテンツって、当時はなぜか見つからなかった。

それで標的にされたのが店長、というか「年上男性」というドリームなのだと思う。

もてない男アイドル天井知らずの夢を見るように、

もてない私は「年上男性」…リアルの年上男性とは違う、概念としての年上男性に、天井知らずの夢を見た。

天井知らずの夢」を見ている姿は、客観的にはキモイ

モモクロを見て「コッココッコ」とか踊ってるオタはキモイし、ジャニオタK-POPオタの熱狂も客観的にはキモイ

コンプレックスが無茶な夢を見せる。そして無茶な夢が黒歴史をつくる。

から覚めなければ黒歴史にはならないけど…。

 

男が「何も知らない女」に夢を見るのと対照的に、

女は「何でも知ってる男」に夢を見るのかもしれない。

でも行き着くところは同じ。

男は「何も知らない女は寛容で、何でも知ってる女は狭量だ」と思ってる。

女は逆で、「何でも知ってる男は寛容で、何も知らない男は狭量だ」と思ってる。

今はどちらも間違ってると思う。

寛容な人なんてそうそう居ないし、寛容な異性に全てを受け入れられたいなんて、願うだけムダだと思う。

 

今でも私は、優しい年上の男性と接すると、すごく無責任な甘えを押し付けしまいそうになる。

あの人ならこういう風に受け止めてくれるんじゃないか、あの人だったらこういう風に言ってくれるんじゃないか

なんだかすごく都合のいいように妄想してる。

でも、人からそういう庇護を受けられる人って、生まれつきのキャラで決まってる。

なにやら愛されてなんでもやってもらえる人と、自分でやれるでしょ?って任される人と。

私は後者なんだろうなと思う。

バイト先の店長には、前者の感じを疑似体験させてもらえたので感謝してる。

でもやっぱり夢とか妄想とかを押し付けしまった罪悪感があるので、連絡は絶対に取れないな。

あの人が私の黒歴史の象徴のようになってしまっている。

 

多分、今もまだ私はコンプレックスでいっぱいで、振り返ると頭を抱えたくなるような行動を、きっと今もしてる。

大学以前は生きるの楽だったなーと思う。

いつか本当の意味解放されるときがくるんだろうか。

地方公務員だが、何を勉強すればいいのか分からない

大学卒業し、1年の就職浪人の後、地元県庁採用されて5年になる。

同期の中には、ぼちぼち大事仕事を任される奴も出てきた。

同い年の人(俺は大学に入る時にも一浪しているので、職場では2年先輩だったり、同期でも修士卒だったりする)は、部長やら局長やらに同行して泊まり東京会議に出席してるような奴もいる。

しかし俺は相変わらずバイトでも出来るような雑用とルーチンばかりである

自分に割り当てられた仕事はどれも期限までにきちんとこなしているつもりだ。大きなミスをしたことはない。

ただ、おそらく評価されるためには、言われたことをやるだけじゃダメなのだろう。自分から仕事を見つけて率先して提案して取り組まなくては。

そう思って自分なりに考えていろいろ提案してみた時期もあったが、全て却下された。

受け持った分野の基本的な知識を身につけ、興味とやる気をアピールするために、ちょっとした資格をとってみたりもした。(環境課にいるとしたら、環境検定みたいなのを2つほど取った)が、これも無意味だと言われた。

すごく社交的な性格というではないが、コミュ障ではない。普通に遊ぶ友達は何人もいるし、彼女最近まではいた。酒は弱いが、職場飲み会は断ったことはない。

一体俺には何が足りないんだろう。

評価されている同期を見ると、内部事情やら庁内の暗黙のお約束みたいなのに異様に詳しい。どこで学んでいるのだろう。当然だけど、そんなことが書いてある本などないし。管理職同士の折衝の場とかに同席していれば徐々に覚えるだろうけど、そもそも同席させてなんてもらえない。

あと、部屋の反対側で部長課長がボソボソ話していた内容とかをなぜかみんな知っている。そんなの四六時中聞き耳立てていたら本来業務に支障が出ると思うのだが……。

デキる公務員になるためには、何をすれば良いのだろう。最近はもう、万策尽きた閉塞感しかない。

最近、増田の空白記事数がヤバイな・・・

サーバー大丈夫か?

心の薬

履歴書を書くこと、応募することが心の平穏を得ている。ダメだなぁ。

Facebookで回ってくるイイ話が怖い

Facebookでこんな話がシェアされて回ってきた。

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◎バスの中で言葉の暴力を喰らった

10歳の息子がある病気を持っており、車いす生活で、さらに投薬の副作用もあり一見ダルマのような体型。

知能レベルは年齢平均のため、尚更何かと辛い思いをしてきている。

本日、通院日でバスに乗ったとき、いつも通り車いすの席を運転手が声かけして空けてくれたんだが、どうやらそれで立たされた人がムカついたらしく、ひどい言葉の暴力を喰らった。

・ぶくぶく醜い

・何で税金泥棒のために立たされなきゃならないの

・補助金で贅沢してるくせに

・役に立たないのになんで生かしておくかなあ?

それもこちらに言ってくるのではなく、雑談のように数人でこそこそ。

それがまだ小さい子連れの母親のグループだった。

息子が気付いて「お母さん降りようか?」と言ってくれたんだが、実は耳が聞こえにくいため、声が大きく発音が不明瞭な息子に今度は普通の声で「きも!」と言われたよ。

あまりのことに切れて「何か息子の件でご迷惑でも?」と言ったら、笑いながら「何か?だってwwうけるwww」と嘲笑された。

さらに「うちは娘だから、あんなのに目付けられたくない」「アタマがないからレ●プされても泣き寝入りだもんね~」とも言われた。

さすがにもう降りようとしたら、運転手さんがバス停に止まって「えー、奥さん、ここで降りてください」と言われる始末。

『あーもーいいや、苦情だけ入れて二度とこの路線使うもんか』と思いながら車いすを外そうとしたら「あ、お母さんじゃなくて」と私を見て運転手さんが続けた。

「後ろの奥さん方、あなた方が乗ってること自体が他のお客さんに迷惑ですので、こちらで降りてください」

私ポカーン、息子もポカーン、指された子連れママたちもポカーン。

そしたら後部から「さっさと降りろ!うざいんだよ!」「食べこぼしは片付けて行きなさいよ!」「ほらさっさと行きなさい!」との声が聞こえてきた。

さらに降りるときに運転手さんに「クレーム入れてやる!おぼえとけ!」と言ったら「はいどうぞ。乗車賃いりませんからさっさと降りてください」と言われてた。

その人たちが降りてからお礼を言ったら「迷惑行為排除は私たちの仕事ですから気にしないでください」と言われてしまい、もう私涙目。

冷たい視線ばかりと思ってたのに、世の中捨てたもんじゃないと思った。

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読んでゾッとした。

2chとかでよくあるイイ話系のコピペで、この話自体嘘八百だろうな、と思う。

悪口の内容もありえないし、小さな女の子を連れた母親が、「アタマがないからレイプされても泣き寝入りだもんね〜」なんて、言わないと思う。

ちょっと、信じられない。それから、後ろに座ってた人達の罵声による応戦。・・・感覚的に、信じられない。

そしてまあお決まりのようにかっこいいバスの運転手。・・・どうしてこの手の話って、バスの運転手やタクシー運転手が、

殊更に美化されとるんだ。

この話がもし本当にあったのだとしたら、酷いし、この母子の気持ちを考えたら本当にやるせないのだけど、

バス運転手が途中で子連れお母さんグループを降ろすのはちょっとやり過ぎだし、(小さい子いるんだよね?)後部座席の人達も酷いし、

その人達が降ろされた後に本当に気まずい思いをするのはこの母子だと思う。

で、この手の話がほぼ間違いなく嘘であるという事を前提に、なんでこーいうイイ話が作られて、

たくさんの人に絶賛されることが気持ち悪いと思うのか、考えてみる。

こういう勧善懲悪系の話って、完全なフィクションで、現実にはありえないような(漫画、アクション映画、ヒーロー物など)設定だったり、

バイオレンス物や復讐系の話で悪役が極悪非道だったりしたら、私は受け入れて感動したり楽しむ事ができる。(あまり好きではないけど)

でも、現実に起こりそうな話で、しかも悪役は普通の一般人で、咎められる事は暴力や犯罪行為でなく「悪口」や「マナー」。

そして、そういう現実的な勧善懲悪である「イイ話」の作り手は、それを「フィクションです」と言う事はなく、あくまで「実話です」という体でこちらに提供してくる。

恐らく、元から「フィクションです」なんて言うつもりはなくて、あくまで作り手は「実話」を作ってるんだと思う。すごく手の込んだ、限りなく実話に近い実話。

その魂胆には、「障がい者やお年寄りや人種被差別者を尊重する」気持ちなんて微塵もなくて、

「悪役、実際の社会に存在する自分にとって好ましくない人達(なぜか女子高生、女子大生、子連れ母親、ヤンキー、お年寄り、気の強い女性が多い)をとにかく乏しめたい」

という気持ちが見え見え。こういう話で、悪役側が普通の男性サラリーマンとか男子高校生とかっていうの、全然見ない。

悪役にされる女子高生は、進学校に通う真面目そうな女子高生ではなく、あまり偏差値の高くない私立の女子高に通う茶髪でスカートが短い子、とかね。

ものすごーーーく偏ってる。

それに、なんか知らんけど「障がい者」や「お年寄り」や「真面目そうな女子」や「黒人」を勝手に弱者、被害者に仕立て上げて、勝手に罵倒を浴びせ、健常者で男である「バスの運転手」

や「客室乗務員」や「サラリーマン」を勝手にヒーローに仕立て上げて、憐れみを施すかのように「弱者」を「助けてあげてる」。

もーこれが胸糞悪い意外の何かだったら一体なんなんだ。

本当に真面目に、社会的弱者の支援や、病気や障害や人種や性別や年齢による差別を失くそうと考えてる人は、こんな話を作らない。

そういう考えや行動の基本は、「全ての人が幸せに暮らす」ことなのだから、悪役を仕立て上げる必要なんてはなからない。

有川浩の「阪急電車」で、電車の中でごく普通の一般人が繰り広げるこのコピペと似た「イイ話」も、すごくすごく気持ちが悪くて、

小説だからまあフィクションなんだけど、やっぱりなんか許せなかったのを思い出した。

有川浩好きな知人二人が、この手のイイ話もシェアしたりしてるんだけど、なんか変だな。って思ってしまう。

こういう話を絶賛する人って、恐らく「自分は絶対的に正しい」とか、「自分は良い人だ」って、思って疑わないんじゃないかな。

自分はヒーローだと信じていて、悪役をこてんぱんにやっつけることで、自分の正しさや優位性を押し付けてる印象。

そういう、「真面目で純粋で優しくて正しい」人の事を、否定するわけではないけど、そういう人達の向ける、そうでない人達への、

無自覚の攻撃性みたいなものが、怖いなーと思ってしまう。

もちろん、電車内なんかで、酷い言葉を浴びせられる事や、酷い悪口を聞いてしまうことは、たまにだけどある。

嫌な思いをしたこともあるし、なんかあの人達、感じ悪かったなーって思う時もある。

でもそこに、物語のように「ヒーロー」が現れることはほとんどない。3年間通学で電車を使ったけど見たことない。

現実の一般人なんてそんなもの。もしマナーがあまりにも悪いときや犯罪行為が行われているときは、注意したり車掌を呼んだり

すればいい話で、「ヒーロー」が生まれる必要なんて全く無い。見知らぬ人を憎んだり、絶賛したり、知らん人の間で対立構造が

生まれるなんて絶対嫌だ。そんな勧善懲悪を、現実にまで望んでいない。現実では、「善」はすぐ「悪」に成り代わってしまう。

ちょっと悪口を言ったりマナーが悪かっただけの一般人を貶め、注意した人を絶賛し正しさを押し付ける、ヘイト満載のイイ話は、やっぱり嫌いだ。

「少しスッとする」気持ちも分からないことはない。だからこそ、こういう話は人気があるのだろうけど。

でもやっぱり、気持ちが悪い。地獄への道は善意で舗装されている、この言葉がぴったりだと思う。

WEBサービス作ったwww

けど、全然人が来ない\(^o^)/

http://hatena.sapo-to.com/

使ってみてどこが悪いのか教えてくださったらうれしいです。

http://anond.hatelabo.jp/20130320171138

社員自分も含めて3人って・・・

そもそもあまりこだわる価値もないような

似たような規模なら次もすぐに見つかるんじゃないか

「続けてみます」ってとりあえず社長には答えておいて、他の会社検討していいのでは

高校生のインタビューで「やっぱ」の発言率高い

今週からセンバツ高校野球が始まりますが、インタービュー中になぜ「やっぱ(やっぱり)」を出だしに言うのか理解ができない。

在日は目隠しなの・・・帰化した連中のコミュニティが出来てるの・・



日本朝鮮系の連中に支配されてるの・・・

正しく言うと↓こうなる

日本薩長系と半島系の連中が婚姻関係を結び支配している、そのボス欧州銀行家」

「この連中は戦後日本に渡って来た難民済州島出身者を手先として利用している。」

「手先として利用する為には帰国・帰化をさせてゃいけないので一方で特権既得権益を与え、一方で差別

民族意識を維持しコミュニティーを作らせて同化させないように工作している。」

「帰国・帰化させないように一方で特権を与え既得権益を与え、一方で差別しているのが、WW2前・中に

日本に渡って来て戦後GHQと結託した半島系の帰化した連中や帰化しなかったゴロツキ連中なんだよ・・・この帰化した連中は

真の戦犯の近衛・岸・笹川児玉・糞文官達と婚姻関係を結んで日本の支配者階級に居るんだよ・・・当時下っ端のゴロツキ達も

今じゃ大会社社長クラスに昇進したよ・・今の下っ端は済州島の連中だ・・・



日本人と見た目が変わらないから…

国を捨てた浮き草で肌の色が黄色いから…

人間はさ~どうしても血族や同族を傍に起きたがるものだろ?

で…移民も同じなの…で対立が生まれる…

だけど移民はどう頑張っても少数派だから淘汰されるか同化させられる…

そこに銀行家が手を差し伸べて利用している…

在日特権階級帰化人)=韓国北朝鮮ではない…

繋がりはない…


国を捨てて愛国心なんかない…大半がサイシュウ出身からな…

共産主義に憧れたわけ出もない、韓国から虐げられていた所を北に囁かれただけ…

こいつ等は北朝鮮人でもないし韓国人でもない…愛着もない…

から銀行家に「日本の支配階級にならないか?」と言われた時に飛び付いた…

で…薩長の犬と婚姻関係を結んで支配層に伸し上がった…

現在巷で在日と言われている連中は朝鮮戦争中に済州島から逃げてきた難民だぜ?

から兵庫大阪朝鮮部落があるんだぜ?

コイツ等は糞役人尖兵か何も知らずに既得権益を与えられ利用されてるだけのアホばっか…



問題は日韓併合後につまり戦前日本に渡ってきた在日末裔達だぜ?

コイツ等が今もヤクザなんかやってるわけないだろうが…

戦争を起こした薩長の犬と婚姻関係を結んでエリートとして君臨してるよアホ…

銀行頭取政治家裁判官エリート官僚してるよ…安倍信三や小泉純一郎がそれだよ…

ヤクザやってるのは戦後に渡ってきた済州島出身の下っぱ白丁在日だよ…

日本に住む在日韓国人が嫌う理由がわかったか

白丁だからだよ…



日本半島系に支配されてるって意味が理解できましたか在日は目隠しなの・・・帰化した連中のコミュニティが出来てるの・・・

から俺は在日を叩いても意味が無いと言ってるんだよ・・・

WW2が何だったか理解してる?明治維新銀行家の思惑通り進まなかったんだぞ?で・・薩長連中が銀行家に逆らったか

起こされたんだぞ?で・・今の薩長系の連中はWW2前に軍門に下った連中だ・・小泉竹中みたいな連中なんだよ・・・この犬と

半島から渡って来た連中が婚姻関係を結んだのが今の日本の支配者階級なの・・・



在日には二種類有る。

戦前日本出稼ぎに来た連中

戦後朝鮮戦争の時に済州島から逃げてきた白丁難民


1は戦後、大半が帰ったが一部の貴族薩長系と婚姻関係を結んで現在は支配層になっている。

2は関西の一部に極秘に移住集落を形成、難民手当てが生活保障に切り替わった

切り替わった理由は済州島から逃げて来た難民である事を知られたくないから。


2の連中を関西の一部に連れてきて今現在税金で食わせて居るのは1の連中=行政府である

憲法外国人生保を受給さするのは違法なのに普通に受給している理由はこの為である

現在在日と言われている連中は大半が2で1は大半が帰化し支配層となり

2の連中に特権を与えて日本人との軋轢を作り出している。

ドウワ利権なども1の連中が許可して作り出した糞利権である

考えたら解る…弱者=少数派が強者になれる訳が無いよな?

支配層の支援がなけりゃ不可能である




から正しい歴史を知ってる連中は「日本朝鮮系に支配されている」と言ってるの・・・その裏には銀行家が居るんだがな・・・

銀行家にしたら単なるデコイだ…支店長叩いても意味いからな…

































中央銀行・発行権】黒幕銀行家37【信用創造

http://uni.2ch.net/test/read.cgi/kokusai/1343051395/

中央銀行・発行権】黒幕銀行家2【信用創造

http://jbbs.livedoor.jp/bbs/read.cgi/movie/10043/1353851390/l50

http://anond.hatelabo.jp/20130320073013

わりと原文に忠実に書きなおしてみました。現代でもありそうな話だなって思って。

でも、そう簡単に人間発狂しないよな……

大学院に受かったけど、やっぱり行きたくないなーって場合、今なら逃げられるよ

 教授とか助手とかとの人間関係がなー、ってあると思いますが、今が最後のチャンス。

 「入学金を振り込まない」だけで逃げ切れます

 もう卒業は取り消せないし、就職だって1年あればどうにかなるよ。

 院に行かなかったことでグダグダ電話だの押しかけだのしてくるようなら、録音などして、大学の上の方人のアドレスを複数CCに入れてメールで「二度と絡んでくるな」って送ればまず絡んでこなくなる。

http://anond.hatelabo.jp/20130320210727

あの…ものすごいブクマ数にビビってブコメとかにも沈黙を守ろうと思ってた増田ですが

 

捨ててませんっ!

 

よく元を読んでください

あれ、嫁の友達からの借り物でたとえ内容がガラクタでも4~5万するものです

捨てられるわけないですよ

ちゃんとその方に妻の方からお返ししてます

 

一度分解して中見ましたけどw

http://anond.hatelabo.jp/20130316083537

すげーな、こいつ。よっぽど苦労してんだな。

http://anond.hatelabo.jp/20130320211038

異文化体験した結果、他人の「その人が面白いと思う旅行の仕方」を否定する考えに至ったというのなら、むしろ異文化体験なんて害悪だな。

この活動を、在日朝鮮人も見習うべきだ。

韓国に嫁いだ日本女性の変わり果てた姿をご覧ください : あじあにゅーす2ちゃんねる-2chアジアニュース-

http://asianews2ch.livedoor.biz/archives/20418577.html

在日朝鮮人も、日本人と協力して拉致事件の解決に乗り出せ。

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