はてなキーワード: 成人式とは
【2月】 まだまだ寒い。これではやる気が出ない。3月から本気出す
【3月】 年度の終わりでタイミングが悪い。4月から本気を出す
【4月】 季節の変わり目は体調を崩しやすい。5月から本気を出す
【5月】 区切りの良い4月を逃してしまった。6月から本気を出す
【6月】 梅雨で気分が落ち込む。梅雨明けの7月から本気を出す
【7月】 これからどんどん気温が上昇していく。体力温存の為8月から本気を出す
【8月】 暑すぎて気力がそがれる。9月から本気を出す
【9月】 休みボケが抜けない。無理しても効果が無いので10月から本気を出す
【10月】 中途半端な時期。ここは雌伏の時。11月から本気を出す
【11月】 急に冷えてきた。こういう時こそ無理は禁物。12月から本気を出す
【12月】 もう今年は終わり。今年はチャンスが無かった。来年から本気出す
あちこちに讃岐うどんの店があるし、社食みたいなセルフサービスの形式だったのに驚いた。
うどんの値段も1玉300円というおやつ感覚で食べられる少量も売っていて地元の高校生やサラリーマンでにぎわっていた。
また地元のひとに「うどん文化すごいですねー」というと不思議な顔をされた。
「文化ってほどではないけど…」ということらしい。
たしかに。
例えば俺は大阪人だけど「笑いは大阪の文化」と言われると違和感がある。
大阪人からすると、ボケ・ツッコミの掛け合いやオチのある話というのは別に文化というほど高尚なものではない。ただの日常会話だ。
同じように香川の人からすると俺から見た特殊な形態のうどん店は当たり前にあるものなんだろう。
見る人によって文化に見えたりそうでなかったりするもの。それが文化なんだと思う。
俺が香川のうどんが特殊に見えたり、非大阪の人から大阪人のコミュニケーションが独特に見えたりそういうことが起こる。
一方で着物みたいに日本人からしても外国人からしても文化だとみなされるものもある。
また日本人から見ても着物は日常ではないだろう。夏のお祭りや成人式といったハレの日だけに着る文化だと思う。
日常から消えてしまいそうになって、それを大切にしようという意識が生まれた時が日常が文化に変わるときなのではないか。
そんなことを考えた。
Twitterに疲れ果てて、mixiでも再開しようかと思って何年振りかに開いた。2009年の日記に、「結婚式をしていないから写真を撮ろうと思っている」と書いていた。けれど、その後、予算を見て、数時間の写真のためのドレス代が70万近いとわかって辞めていた。
当時はザ・ジャパニーズの私がドレスを着るなんて気恥ずかしいと思っていて、それもあってお金出す気にもならなかったんだけど、あれから14年経ってみると、当時の私はかわいかったなーと思って、かわいいときにちゃんとした写真を撮っておくのは悪くなかっただろうなと思う。七五三、成人式、結婚式、くらいはちゃんとした写真を撮ってみると、老後に楽しめるだろうなあ、と。
増田は、人口20万人ほどの地方都市で生まれ育った。いわゆるベッドタウンではなくて、そのあたり一帯の中心的な都市だ。
典型的な非モテとして生きてきたが、数学化学物理の成績だけは学年2位を争う程度に良かったので、高校3年生の後半になって初めて「女性に好意的に話しかけられる」というイベントが発生した。もちろん、理系科目の難しい部分について「教えて欲しい」というものだった。それまでの人生において散々、指さして「キモーい」などと罵ってきた人物もある程度は含まれていたが、自分は嘘を教えて彼女らの成績を落としたりはせずに、真面目に応じた。
そんな女性たちとの会話が日常的になってしばらくすると、その中の1人の女性と親密になった。数学がひどく苦手な反面、国語と生物とスポーツ全般が大得意という女性だった。スポーツ得意な人間というのは自分達を差別的に扱う者ばかりだろと最初は思ったが、そんなことは無く、自分は数学を教え、代わりに自分の苦手分野かつセンター試験(※当時の呼称)で大きな配点を占める国語を彼女に教えてもらい続けるという形で関係が深まっていった。
センター試験の3週間ほど前の、冬のある日。自分は風邪を引いてしまった。3日ほど寝込んで再び学校に赴いたところ、その彼女に「増田くん、風邪を引いたら『しょうが湯』で身体を温めるんだよ」と教えてもらった。早速2日間ほど飲み続けたところ、すぐに治った。
その後、自分は第一志望の難関大学(の理系学部の中で一番簡単な学科)に合格したが、その彼女は残念ながら不合格となり、第三志望の滑り止めのところへと進学していった。自分は合格したというのに悲しくて泣いてしまった。そこで完全に自信を喪失した自分は、人にモノを教える職業には絶対に就かない、と心に決めたのである。
互いの進学先は物理的にとても距離が離れていた上に、当時は携帯電話というものは一部の裕福な人間の持ち物だったため、その後は稀に近況報告をし合うだけの仲にならざるを得なかった。成人式で再会した時に聞いた話では、その彼女は既に彼氏を作っているとのことだったので「人生オワタ\(^o^)/」となった。高校生の頃は全く知らなかったのだが、男友達によればその彼女は「学年で一番かわいい」と評判だったらしい。そんな大物と数ヶ月間という長期間に渡って親密になれただけでも人生大勝利である。30歳の頃にはご結婚の報告も頂いた。自分は非モテの民なので、それ以降の人生においては恋や結婚の話は皆無だ。年収が多少高い程度では、婚活アプリ等を利用しても人生はビクとも動かない。
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さて、40代にもなると身体にはガタが来るものである。風邪を引く頻度も上がってきた。その度にしょうが湯のお世話になって風邪を緩和させている。
今週も風邪を引いていたが、今回ばかりはしょうが湯を飲んでもなかなか緩和しない。「もしかして、しょうが湯そのものの効果は薄いのでは?風邪を治すには恋心が大事なのでは?」と思い至り、当時のことを思い出しながらこの文章を書いた。果たして、この風邪は治るのだろうか…?
成人式の夜なんてイベント感ある日に親父が「自分は父親として何点だった?」って聞いてきたらそりゃ気を使って100点っていうしかないだろ。
まぁ、そういう気を使ってもらえる対象でいるってのが子育てに失敗してないってことなのかもしれないけどね。すごーく昏い欲望として、何年か後に急に娘さんから「本当は子供の頃にもっと自分に時間とお金をかけてほしかった。子供の頃からおしゃれで高級な習い事とかしてる他の子が羨ましかった。でもウチはそんなに裕福じゃないってわかってたから我慢してた。もっと文化資本の太い家に生まれたら人生変わってたんだろうなって最近思って辛くなる。親ガチャ失敗だった」って言われてしょんぼりしてほしいという気持ちはある。
なんか話がずれてるけど、元増田でやばいのってそこもだけどよりやばいのは
の方だよな
とhttps://anond.hatelabo.jp/20230516224527で書いてスルーされたのでもう一度書いてみる
(そんな事ないという無理やりな擁護出るんだろうなあ…)
・娘の友達を家に連れて来させて逐一観察して自分が気に入る子としか付き合う事を認めない。20歳になるまでずっと。
・毎日あった事を逐一報告させる。誰と付き合っているか何に夢中になっているかを全て把握するべく束縛する。やはり20歳になるまでずっと。
・ゲームが趣味という割に娘にゲームを一切させない。小学生くらいならゲーム機くらい誰でも持ってるだろうに買ってやらない。
(この娘の世代なら小学生の頃はまだスマホよりゲーム機の時代だったはず。持ってないと友達と遊ぶのも支障が出るんじゃないか?)
・(父親の束縛が激し過ぎる為か)娘は成人式の日に一緒に飲みに行く友達すらいないor成人式の日に娘が一緒に友達と飲みに行く事すら許さない。
・ここまで束縛されていたら娘も不満がありまくるだろうに、100点とかありもしない事を言わされている。
子供の頃からずっと毎日身の回りの事を報告させるような親だから(当然親が気に入る事しか言わないだろう)、娘もそれが身についているんだろう。
ここまで父親に気を遣う娘が怖いしまともな親子関係ではない。或いは友達が誰もいないから家族に執着するしかないのか?
・(人間同士対等な付き合いをしていたら普通は喧嘩くらいするだろうに)妻と喧嘩した事がない。つまり妻から喧嘩出来るほどの信頼も得ていない。
恐らく増田の言う通り、就業経験なし専業主婦という事で夫に逆らえない状態なんだろう。
みんな子育てを難しく考えすぎ。逆に俺みたいに20歳で結婚して「どうにかなるだろ」と育てたけど
今、その娘が20歳を迎えた。小学校に入るまでは嫁に専業主婦としてやってもらって
俺が倍働いた。小学校に入学してからは嫁もパートに行きだして家計も安定
趣味だったゲームも旅行も我慢して夫婦で育て上げたけど、わりと適当にやってきた
まあ確かに目を離しちゃ駄目とか、言動で子供に影響が出るとか考えだしたらキリがないくらい心配だろうけど
自分自身が子供の頃を思い出してほしいが親が24時間ついてくれてたわけじゃなかったろ?
むしろ子供に影響を与える要素として一番大きいのは親じゃなく、周りの友達だよ
家に遊びに来たときにそいつらに目を向けるのが重要。話しかけてどんな子か観察する
子供と友達を連れてキャンプとか軽いドライブに行ってみる。物を運ぶのを手伝うのか?どう動くのか?とかね
観察する限り、娘の友達たちはドライブの途中に寄った店で俺に「ジュースでもどうぞ」と奢ってくれたり
「少ないですがガソリン代の足しに」と500円出してくれたりした
娘もそんな友達に囲まれてるから邪悪な部分が一切ないまま育った
嫁は知らないが、俺なんて大人として良い助言なんてしたことないし手本になるような背中を見せた自信もない
とにかく毎日話しをして、誰と付き合ってどんな考えを持ってて何に夢中になってるかっていうことを把握した
成人式の夜に一緒に飲んで「父親として何点だった?」と聞いたら「100点」と返ってきた
「どのへんが高評価なの?」「私の目を見て毎日話しを聞いてくれたことと、私の友達も大事にしてくれたこと」
俺は子育ての正解がわからないから、自分なりにやったつもりだったけどそんな高評価だとは思わなかった
「子育てしてみたい?」には意外な反応だった
「私はパパとママみたいに良い親になれる自信がない。2人が喧嘩してるの見たことないし、いつも仲良しで
私のことばっかり優先してすごいと思った。子育てってどうやるの?」
「今でも何が正解かわからないよ」
みんなそんなもんなんだなと思った。ただ、子育てで悩んでる人たちは自分が同じ子供を経験したことを忘れてるんだよね
なにか特別なことをするっていうより、毎日会話して子供に興味を持つことで何かあったら即対応するってことしかないと思う
余談だけど子育てから解放された我ら夫婦は元々も趣味だったゲームと旅行を再開することになって
SNSで目に止まったFF14とゼルダの新作に2人で没頭してる。20年前と別物のゲームは鼻血出るほど面白い
コロナも区切りがついたみたいだし、再来月にはヨーロッパを周ってくる予定。俺が40歳で嫁が38歳だし、これから楽しみすぎる
<以下、追記部分>
いつも読むだけで書くことがほとんどないんだけど、こんなに反応があるとは思わなかったから一度だけ追記する
>「俺が倍働いた」の雑さも笑う昭和の小説かなんか参考にしたのかな?
表現として書いただけで実際に2倍の時間働くって意味じゃないよ
ただ、嫁と役割分担を話したら「金銭管理も含めて家のことは私に任せて」と頼もしいことを言ってくれたから
俺は社長に訳を話して残業をさせてもらったり早く帰れるときは夜のバイトをやってたよ
夫婦の目標として娘が小学校に入るまではお互い頑張ろうねって誓いあったから苦しくはなかった
日曜日は嫁と子供と一緒に遊んでごろごろして楽しかった思いでしかない
当時の話だから語尾まで正しく表現したわけじゃないよ。すごく気を使ってくれる良い子達ばかりだったという思い出
自分なりにできることで返すというところに好感が持てて安心したんだ
ただ、実際に子供からお金を受け取ることはなかったよ。その気持ちが嬉しかった
「倍働いた」って表現に対して物理的な時間の話を持ち出したりするのを見て
「みんな」と言うと主語がデカいと言われそうだけど、みんなきっちりしすぎてると思う
0か1か白か黒かのような。もっと肩の力を抜いて、良い意味で適当になってほしい
子育てが難しいのは確かだけど完璧を求めたり、理想が高すぎるから
20年前のネットがどうだったかは覚えてないけど、今みたいにきっちり理詰めする人なんて少なかったし
一歩踏み出して失敗したり成功したりを繰り返してたのに
今はほんのすこしのミスも許さないって世の中が子育てを結婚や子育てを難しく感じさせてるのかもしれないと感じた
せっかく書いてくれたからコメントにはほとんど目を通したなかで気になったのは
嫁が専業主婦でやっていけるわけないという部分
はっきり言ってウチは裕福じゃなかったよ。だから娘が小学校に入学するまでは
嫁が切り詰めて頑張ってくれたし俺も無駄遣いは一切しなかった
支出が多いなら生活レベルを落とせばいいだけのはなしで、そんなに難しいことじゃない
車を売って自転車で通勤したし、水出しの麦茶を入れた水筒を持ち歩いてたし
夏は扇風機だけだったし、家族で遊ぶのは公園とか少し歩くけど入場料無料の動物園とかだった
それが成立したのは嫁が頑張ってくれたから
俺はただ何も考えないで働く時間を増やしただけだから頭は使ってない
今でも当時のことは嫁と笑って話すけど、すべて嫁のおかげで成立してたと感じてる
ただ、よく会話してるし喧嘩も一度もなかったしお互い貧しくても健康ならそれで良いよねという感じだった
これからの子育てに自信がない人に言いたいのは、なるようにしかならないってこと
100点を目指さなくていいんだから嫁と子供だけを見て家族が幸せならそれでいいと感じれば
いろんな壁に当たってもなんとかなるよ。最新の電子機器を持たなきゃいけないわけじゃないし
良い場所に住まなきゃいけないわけでもない
SNSで目にした人たちの暮らしは他人の暮らしなんだから、妬んだり噛みついたりせずに
家族だけを気にして「まあ、なんとかなるか」と一歩踏み出してほしい
小中学校のときに女子から「キモイ」と陰口叩かれたこともあって自分のことを普通の顔だと思えなくなった。
その事を母親に相談したら、「実際そうだから仕方ないじゃんww」と言われた。
そして成人式の時にも、前撮りをしたけど母親から「横顔が不細工」「正岡子規みたい~」と笑われた。
その時の母親は「この子は一生結婚出来ないからこんな立派な格好で晴れ舞台に立てないかも知れません~」などと従業員の方に笑いながら言っていた。
従業員も母親に合わせてたのか愛想良さそうに笑っていたのが何だか腹立った。
そんなことを言っておきながら、ごく稀に「あんたは○○さん(父方の祖父とか)に似て格好が良い」とか言うんだけど
「そんなことない。ブサイク非モテだろ」と自分が否定するとめちゃくちゃ怒る。
卑屈なところが大嫌いな父親(自分から見れば母方の祖父)に似ててイライラすると。
会った事も無いのに知らんよ。
客観的に見れば母親も外見が良いとは言い難く、有り体言えばかなりのデブスなのだが、そういったコンプレックスが余計に
実の子である自分や夫(父親)を見下し罵る事で精神的バランスを取ろうとしていたのかもしれない。
結果的に父親は鬱病気味のまま定年後に離婚して程なく自殺し、自分も対人コンプレックス・容姿コンプレックスを抱え惨めな人生を送っているのだが。
母親による負の性欲による虐待により、容姿に自信がなくなったのは小中学校の時のいじめだけではなく、母親が最も強い原因だったかもしれないと思う様になった。
”外”の人間であるクラスメイトからのイジメを、”内”の人間である母親が肯定し、結果的に自分の容姿に決定的な自信の欠如を植え付けられてしまった。
何度もカウンセリングに通っているが、全く上手く行かない。もう良い歳だけど恋人どころか友人すらロクにいない。
収入だけは何とか人並み以上稼げる様になったが、お金だけあっても解決出来ない事があるのだとわかった。
寄って来る異性は何かを目当てだとしか思えない、こんなブサイクな人間に寄って来る人間なんて…という思い込みがいつまでも消えない。