はてなキーワード: きりしまとは
http://anond.hatelabo.jp/20120207214834
ありがとうございます。私はちゃんとあなたの文章の趣旨を理解できてなかったですね。確認してよかったです。
誠実な議論の「あと」に政治的口論が来るのだ、というこの順番の指摘が興味深いです。
今まで自分の中では逆のイメージだったのですが言われてみると、こちらのほうがありがちであるように思います。
議論の限界を悟っているからこそ、ああいう態度に出るのだ、と思うとものの見方が少し変わってきますね。
その上で、なんちゅーか…議論の限界がクルのが早過ぎるのではないか、議論で物事を解決することの訓練があまりにも足りていないのではないか?
そんなふうにも感じました。
なおさらできる限り先の議論に自分も相手も留めておく、そこで踏ん張れるようにする工夫を考えたいと感じました。
まぁ、佐々木さんの件に関しては、今回の指摘でだいぶすっきりしました。本当にありがとうございました。
面倒くさがり屋はいつも何かを「ウザいなー」と思っている。もっと○○だったらと思いつつ面倒くさいから手を付けない。だからそれをウザいなーと思っている。その中でも特に部屋が荒れててウザいなー、と思っているあなたに贈る、部屋の片付け方。
よく部屋の片付け方とかでモノにラベルを貼ろうとかモノをリストにして使わないものを把握しようとかそんな方法を紹介しているものがあるけれど、そんな几帳面なことが出来るんだったら元々部屋が荒れたりせんわ!と心の底から思います。そんな面倒くさがり屋な私なりの片付け方です。ヤル気があるときにやるやり方で数年かけてゴミ部屋から脱出しました。
基本は、ゴミ捨て→分類→収納です。収納は一番最後に持ってくるのがコツです。ゴミ捨て→分類のサイクルを繰り返して、必要なモノが残り置きたい場所が決まってから収納を考えましょう。最初から綺麗な収納に憧れて手をつけるのは面倒のモトです。で、モノの置き場所がちゃんと決まると、『散らからない部屋』が出来上がります。最終目標はそこです。
面倒くさい時には片付けしなくていいです。でも逆に、今日は片付けしようと思ったら時間があろうとなかろうと片付けしましょう。思い出してください。我々は面倒くさがり屋なのです。次にヤル気が起こるのはいつかはわかりません。だから、思いついたときにちょっとでもやる。短時間でもやる。それが半年に1度でもいいです。全部片付かなくてもいいです。やらないよりは前進します。さらに言えば、ちょっとでも面倒になったらすぐにやめてもいいんです。○○しなきゃ、と思ってできるのは几帳面な人。でも我々は面倒くさがり屋だからやりたいときにしかやらなくていいんです。
整理整頓とか面倒くさいです。だからまずゴミを捨てるところからはじめましょう。取っ付き易いし、お手軽に達成感も得られます。種類分類整理整頓してからゴミを捨てるのは手間の無駄です。結局ゴミを捨てたあとにまた残ったものを整頓しなければならないんですから。まずいらないものをゴミ袋に突っ込んで、口を縛って玄関に置く。明日はごみの日だから今日やって明日朝に出さなきゃ、とか几帳面なこと考えなくていいです。いつでもいいから、少しでもいいからゴミ袋に詰めて玄関に置く。そしてごみの日になったら出かけるついでにゴミ捨て場へ。
捨てるかどうか判断がつかないものは、部屋の入口近くに適当に積みましょう。で、気が向いたときに捨てればいいです。面倒くさがり屋がちょっとでも捨てようかなと思う=内心ウザいと思ってるものは捨てていいですよ。買い直しても大金にならなければ特に。ここで部屋の隅に置くのはNG。面倒くさがり屋だとそのまま数年放置になりかねません。通りがかるところに放置。部屋を出入りする度に嫌でも目に入ります。同じ放置するならこっちで。
部屋のゴミが減ってきたら自分が何を持ってるのかとかわかってきます。それをウザいと思わないように片付けるにはどうしたら良いか妄想しましょう。ウザいか否か、これが大事です。この視点を忘れて見た目の綺麗さにだけこだわると使いたいものがすぐ手に取れないウザい部屋になり、またゴミが溜まる生活に一直線です。そのモノを使うときにどうするか、それを考えたらPCの周りにはPC用品が、ゲーム機の周りには充電器とゲームソフトが、食卓の周りには食器や調味料が集まるようになります。使う場所にあるんだからテキトーに積んでるだけでもいいんです。
ここで、今は置き場がないから使うところとは離れたところにおいておこう、と思うのはNG。使うときにウザいから結局使わなくなる悪循環が待ってます。整頓や見た目は後で考えるとして、とりあえず使いやすいようにものを配置しましょう。
ここまで出来ればあらかた片付いてるはずです。また、やるならゴミを捨てるのが先と書きましたが、全てのゴミを捨て切ってから次へとか考えなくていいです。ヤル気が出た時に目についたところをちょっとでもやる、それの繰り返しでもいいですし、ヤル気があるときに一気に片付ける方法でもいいです。面倒くさがり屋といってもいろんなタイプがありますから、自分がやりやすいようにやればそれで十分です。
で、自分でいらないものは大体捨てて、使うものの置き場も大体決まったら、もうウザいとはあまり感じないはず。そうすると気持ちがすっきりします。そう感じるかどうかをひとつの目安としましょう。これで片付けは90%は終了です。そして仕上げは、見た目や使いやすさを考えた収納です。自分の予算や部屋の作り、希望にあわせて収納用品を用意して、使いやすい机周りとか綺麗な食卓とかになるようにしましょう。
また、収納用品は本当に最期まで買わないことをオススメします。片付けているうちに使えそうな収納用品が発掘されることもありますし、残すものが決まってからじゃないと適切な収納用品を用意するのは難しいと思います。
ここまで読んで、でも片付けても散らかるから一緒じゃん、と思った方もいらっしゃるでしょう。しかし、本当に片付いている部屋というのは『散らからない部屋』なのです。使うものは使う所にあるからどっかに行ったりしない。使う所に置いてあるからしまうのもすぐ。さらにこの方法だとモノの動線が出来る限り短くなるから動線が通らない場所が部屋にできる。そこは理論上散らからない場所になるのです。
それになにより、必要なモノがすぐ近くにある生活というのは面倒くさくない!
片付けができていることの利点っていうのはいろんな人が語ってますし自分の体験もそれと特に変わったところはないので割愛。まぁ使うものが使う所に置いてあるっていうのは狭い部屋でも捗りますよ、ってことで。
A Sister’s Eulogy for Steve Jobs
貧しかったので、そして父はシリアからの移民だと教えられていたので、
父については、オマル・シャリフのような人ではないかと想像していました。
裕福な人であればいいなと、いつか私たちの(いまだに家具も揃っていない)家に迎えに来てくれればいいなと思っていました。
のちに面会したとき、私は、父は理想に燃える革命家で、アラブの新世界を導く人だったのだと、
だから転送先を残さずに住所を変えてしまったのだと思い込もうとしました。
私はフェミニストでありながら、自分が愛せる、自分を愛してくれる人を長いあいだ探していました。
二十数年間、父がその人なのだろうと思っていました。
25歳になってその人に出会いました。
それが兄でした。
他の作家志望者3人と一緒に、クローゼット並の大きさの事務所で小さな雑誌の仕事をしていました。
その弁護士は、上司に健康保険をねだるような、カリフォルニアの中流階級の娘である私に、
「裕福で、著名で、あなたのお兄さんである人物の代理人だ」と名乗りました。
同僚編集者たちは騒然となりました。
それでも私は大好きなディケンズの小説の筋書きに放り込まれたようでした。
弁護士は兄の名を伝えるのを拒み、同僚たちは賭けを始めました。
一番人気の候補は、ジョン・トラボルタ。
私が密かに期待していたのはヘンリー・ジェイムズの後継者、
何の苦もなく優れた作品を生み出す、自分より才能のある作家でした。
初めて会ったとき、スティーブは私と同じ年格好で、ジーンズを履いていました。
オマル・シャリフよりもハンサムな、アラブかユダヤの顔立ちでした。
偶然にも二人ともそうするのが好きでした。
何を話したのかはあまり覚えていませんが、
とにかく友達にしようと思えるような人だと感じたのは覚えています。
私はまだオリヴェッティのタイプライターを使っていましたから。
コンピュータを一台、初めて買おうかと思っているとスティーブに言いました。
Cromemcoという名前でした。
彼は、恐ろしく美しいものを作ろうとしていると言いました。
これから、スティーブから学んだことをいくつかお伝えしたいと思います。
彼の充実した人生。
彼の病気。
彼の死。
彼は頑張って働きました。
毎日働きました。
彼は散漫の対極のような人でした。
彼は、たとえ失敗に終わるとしても、頑張ることを恥とはしませんでした。
スティーブのように聡明な人が挑戦を恥じないのであれば、私も恥じる必要はないのかもしれません。
彼はシリコンバレーの指導者500人が現職大統領を迎えるディナーのことを話してくれました。
彼は傷つきましたが、 NeXT に行って働きました。毎日働きました。
スティーブにとって最高の価値は、新規性ではなく、美しさでした。
彼は流行や小道具を好みませんでした。
自分と同世代の人が好きでした。
「ファッションとは、美しく見えるがのちに醜くなるもの。芸術とは、最初醜く見えるがのちに美しくなるもの」
スティーブはいつも、のちに美しくなるようにしようとしていました。
彼は誤解を受けるのを恐れませんでした。
パーティに招かれなかった彼は、三台目か四台目の同じ黒いスポーツカーで NeXT に通い、
あるプラットフォームを、チームとともに静かに作っていました。
それは、ティム・バーナーズ・リーがのちに、
ワールドワイドウェブを動かすプログラムのために使われることになるものでした。
愛について話す時間の長さにかけては、スティーブは女の子並でした。
愛は彼にとってこの上ない美徳であり、最高の神でした。
「独身なのか? うちの妹とディナーはどうだい?」と声をかけました。
彼がローリンと出会った日にかけてきた電話を、今でも思い出します。
「こんなに美しくて、頭がよくて、こんな犬を飼っている人なんだけど、結婚するつもりだよ」
リードが生まれて以来、彼は止まることなく家族に愛情を注ぎ続けました。
彼はどの子にとっても実の父親でした。
リサの彼氏と、エリンの旅行と、スカートの長さと、イヴの愛馬についてやきもきしていました。
リードの卒業パーティに出席した人はみな、リードとスティーブのゆっくりとしたダンスを忘れられないでしょう。
ローリンに対する変わることのない愛が彼を生き延びさせました。
私は今も、そのことを学ぼうとしています。
彼はそのことで孤独を感じていました。
私が知るかぎり、彼の選択のほとんどは自分のまわりに巡らされた壁を壊すためのものでした。
ロスアルトスから来た中流の男が、ニュージャージーから来た中流の女に恋をする。
二人にとって、リサとリードとエリンとイヴを普通の子供として育てることは重要でした。
スティーブとローリンが一緒になったことが分かってから何年間ものあいだ、
夕食は芝生で食べていましたし、食事が野菜一種類だけだったこともありました。
一種類の野菜をたくさん。
一種類だけです。
旬の野菜。
簡単な調理。
若き億万長者でありながら、スティーブはいつも私を迎えに空港まで来てくれました。
ジーンズを履いて待っていてくれました。
「お父さんは会議中ですが、お呼びしたほうがいいですか?」と答えてくれました。
リードが毎年ハロウィンに魔女のかっこうをしたがったときには、
何年もかかりました。
同じころ建設されていた Pixar のビルはその半分の時間で完成しました。
パロアルトの家の中はどこもそんなかんじでした。
ただし、これが重要なところなのですが、その家は最初の時点ですばらしい家でした。
彼が成功を満喫しなかったというわけではありません。
何桁分か控えめではありましたが、十分満喫していていました。
その店で最高の自転車が買えるんだと自覚するのが大好きだと話していました。
そして実際、買いました。
スティーブは学びつづけるのが好きでした。
彼はある日、育ち方が違っていれば自分は数学者になっていたかもしれない、と言いました。
彼は大学について尊敬を込めて語り、スタンフォードのキャンパスを歩くのが好きでした。
最後の数年間、彼はマーク・ロスコの絵画の本を研究していました。
未来のAppleのキャンパスの壁に何があれば皆を刺激できるだろうと考えていました。
スティーブは物好きなところがありました。
イギリスと中国のバラの栽培の歴史を知り、デビッド・オースティンにお気に入りのバラがあるCEOが他にいるでしょうか?
彼はいくつものポケットにいっぱいのサプライズを持っていました。
たとえ二十年間人並み外れて近しく寄り添ったあとであっても、
きっとローリンにはこれから発見するものがあるだろうと思います。
彼が愛した歌、彼が切り抜いたポエム。
彼とは一日おきくらいに話をしていたのですが、
ニューヨークタイムズを開いて会社の特許の特集をみたとき、
こんなによくできた階段のスケッチがあったのかと驚きうれしくなりました。
四人の子と、妻と、私たちみなに囲まれて、スティーブは楽しい人生を送りました。
そしてスティーブが病気になり、私たちは彼の人生が狭い場所に圧縮されていくのを見ました。
彼は京都で手打ちそばを見つけました。
もうできませんでした。
最後には、日々の喜び、たとえばおいしい桃ですら、彼を楽しませることはできませんでした。
多くのものが失われてもなお、多くのものが残っているということでした。
兄が椅子を使って、ふたたび歩けるようになるための練習をしていたことを思い出します。
彼は肝臓移植をしたあと、一日一度、椅子の背に手を乗せ、支えにするには細すぎる足を使って立ち上がりました。
メンフィス病院の廊下で、椅子を押してナースステーションまで行って、
そこで座って一休みして、
引き返してまた歩きました。
ローリンはひざまづいて彼の目を覗きました。
彼は目を見開いて、唇を引き締めました。
彼は挑戦しました。
いつもいつも挑戦しました。
その試みの中心には愛がありました。
彼はとても直情的な人でした。
その恐ろしい時節、私は、スティーブが自分のために痛みをこらえていたのではないことを知りました。
家族を連れて世界を回り、退職したときにローリンと乗るために造っていた船の進水式。
病気になっても、彼の好み、彼の決意、彼の判断力はそのままでした。
看護婦67人を試し、優しい心があり全幅の信頼をおけると分かった三人をそばにおきました。
スティーブが慢性の肺炎を悪化させたとき、医師はすべてを、氷をも禁じました。
スティーブは普段割り込んだり自分の名前にものを言わせたりすることを嫌っていましたが、
このときだけは、少し特別な扱いをしてほしいと言いました。
「これが特別治療だよ」と私は伝えました。
彼は私のほうを向いて、「もう少し特別にしてほしい」と言いました。
挿管されて喋ることができなかったとき、彼はメモ帳を頼みました。
そしてiPadを病院のベッドに備え付けるための装置のスケッチを描きました。
妻が部屋に入って来るたび、笑みが戻るのが分かりました。
こちらを見上げて、お願いだから、と。
彼が言いたかったのは、医師の禁を破って氷を持ってきてほしいということでした。
私たちは自分が何年生きられるか知りません。
彼はプロジェクトを立ち上げ、それを完了させるようAppleにいる同僚に約束させました。
オランダの造船業者は、豪華なステンレス製の竜骨を組み、板を張るのを待っていました。
私の結婚式でそうしてくれたように、彼女たちと並んで花道に立ちたかったことでしょう。
物語の途中で。
たくさんの物語の途中で。
ガン宣告のあと何年も生きた人についてこう言うのは正しくないかもしれませんが、
スティーブの死は私たちにとって突然でした。
二人の兄弟の死から私が学んだのは、決め手はその人のあり方だということでした。
どんな生き方をしたかが、どんな死に方をするかを決めるのです。
火曜日の朝、彼はパロアルトに早く来てほしいと電話をかけてきました。
声には熱と愛情がこもっていました。
同時に、それは動き出した乗り物に荷物が引っかかってしまったかのようでした。
申し訳なさそうに、本当に申し訳なさそうに、
私たちをおいて旅に出つつあるときのようでした。
「待って。行きます。空港にタクシーで行くから。きっと着くから」
「間に合わないかもしれないから、今のうちに言っておきたいんだ」
視線をそらすことができないかのように、子供たちの目を覗き込んでいました。
昼2時まで、彼の妻は彼を支えてAppleの人と話させることができました。
そのあと、彼はもう起きていられないということがはっきりしました。
呼吸が変わりました。
つらそうに、やっとの思いで息をしていました。
彼がまた歩みを数え、より遠くへ進もうとしているのが分かりました。
これが私が学んだことです。
死がスティーブに訪れたのではありません。
彼が死を成し遂げたのです。
彼はさよならを言い、すまないと言いました。
約束したように一緒に年をとることができなくて、本当にすまない、と。
そして、もっと良い場所へ行くんだと言いました。
フィッシャー医師はその夜を越せるかどうかは五分五分だと言いました。
彼はその夜を越しました。
ローリンはベッドの横に寄り添って、息が長く途切れるたびに彼を引き寄せました。
彼女と私が互いに目を交わすと、彼は深く吐き、息が戻りました。
やらなければならないことでした。
その呼吸は困難な旅路、急峻な山道を思わせました。
山を登っているようでした。
その意志、その使命感、その強さと同時に、
美術家として理想を信じ、のちの美しさを信じる心がありました。
その数時間前に出た言葉が、スティーブの最期の言葉になりました。
船出の前、
彼は妹のパティを見て、
そして皆の肩の向こうを見ました。
改変前は
だったんだけど、
これはなんか、最後の最後でシモンがちゃんと答えてないみたいで気持ち悪かった。
形式的にも状況的にも、アンチスパイラルからシモンへの要請だったのに
「ええ、問題なくやっておくと思いますよ…あいつらが」みたいな。
急によそよそしくよそへ振る。
一見請合ってるようでどこか、お願いした側が不安になるような答え方。
最期に敵の立場を捨てての「ちゃんとやってくれよ」っていう願いの言葉に
吼える感じ一辺倒の返答をするのは無礼で愛想が悪い。
相手の危惧や念押しは「当然だろ!そんな心配すんじゃねえよ舐めてんのか」と強い態度で一蹴しておきながら
保証の話になると「ちゃんとやると思いますよ…私じゃない奴が」ではスッキリ消えられない。
ああいう答え方を書いた人の気持ちはわかるよ。
あそこでシモンが個人対個人の会話のように「おう任せとけ」って言ったら
傲慢になってしまうだとか、もう人類って言うかシモンがすげーだけじゃん、って思われてしまう危険があったと。
(この発想はもちろん、帰還後に総統引退して旅に出てしまうのともつながってる。)
だからあそこは人類の・螺旋族の総代としての立場からの返答になった。
でもさー、熱血に殴り合って殴り合った相手の最後の言葉に政治家答弁でレスは無いでしょ。
シモン「ああ… お前も一緒に祈ってくれ」
すべての問題を解決しつつ
大変すっきりしました。
どうして苦しいことを認められなかったのか。
「かわいそう」でした。
人の世と隔たれた様なアフリカの小さな村での、矮小な自由から別の異質な自由を手に入れた彼等は、かわいそうでした。
彼等は学校に行けません。
彼等は人を愛せません。
彼等は私たちと同じじゃありません。
だからかわいそうでした。
皆大体同じことを考えたと思います。
今の社会では愛や希望と同じくらいに、他人の苦痛が氾濫しています。
そして情報化のおかげで感情というよくわからないものが相対化され、値札がつくようになりました。
違うのです。
周りの人も全然疑問は湧いてないようで、私もそう考えていました。
「苦しい」と言えば、
「お前より苦しい生活している人は一杯いる。」と言われ、
「死にたい」と言えば、
「お前が死にたがっている今日は、昨日死んだ奴が生きたかった明日なんだ」と言われる。
そしてそんな言葉を口にすること自体が恥ずかしく思われる様になり、中二病なんて名前が付けられる程になりました。
私は小学生の時に太っていることを理由にいじめられていました。いじめと言っても一部のクラスメイトなどに「デブ」などと言われるくらいなのでまぁ大そうなものではありませんが。はっきりとではありませんがその頃、デブでスポーツも出来ない私は全く価値の無い人間なのだと考えていたのですが、小学校高学年あたりでそのいじめはなくなりました。
理由は私の兄にありました。
私の兄は、かっこよくて、スポーツが出来て、私みたいに太っていなくて、そして、とてもユーモアのある人でした。
少し我の強い人でしたが、一緒に遊んだ時はなにかと私を笑わせてくれたのでその時の兄はとても好きでした。私はかっこよくないし、スポーツも出来ないけど、人を笑わせることなら出来るんじゃないか、と考えました。
実践してみれば簡単なことでした。
変顔をするだけで笑ってくれるし、デブと言われても開き直ればそれでまた皆笑ってくれる。ああ、自分の価値はここにあるんだなと思っていて、将来はお笑い芸人になろう、などと考えていました。
今思えばここが間違いだった、と感じています。
道化は見世物です。故に私という存在は指をさされ、馬鹿にされ、笑われるべき存在です。
そしてそのピエロは観客の嘲笑に包まれた喜びを糧に生きていくのです。
人の好奇心は底が無く、少しタガが外れれば面白いことならなんでもいい、と考えてしまいます。要するに、面白ければ私には何をしてもいい、という結論に至るのです。
私はそれを苦痛だと考えませんでした。
周りの人が笑ってくれることが喜びであり、それが快感でした。
ただ、やはり好奇心というものは一か所に止まらずに色んな方向に向くもので、自分では飽き足らず、いじめや、危ないいたずらもするようになりました。
私はそれを見ているのがとても嫌いでした。
笑うべきは私の存在であり、どんな下らない罵倒でもそれを身に受けるのは私の専売特許のはずでした。私の生きがいを横取りされたような気持になりました。
それは単純に、私は苦痛を喜びに変えただけであって、他人にとって苦痛はただの苦痛だったのですから。
私は本当にうれしいのか?
中学生になり、地元の学校だったので小学校のほとんどの生徒が同じ中学校に入学しました。思春期ですのでこの頃から自分の体型にコンプレックスをもつようになり、友達に部活の入部を勧められて、これは良い機会だと思い、サッカー部に入りました。
そうするとやはり、私を知らない人達も私を私として扱うのです。
わたしは結論しました。
部活に入ったお陰で自分でも見違える程痩せることが出来ました。しかし二年生になってすぐやめてしまいました。原因はいじめもありますが、何より私はスポーツのセンスが無いようで、後輩に馬鹿にされるのがこわくてやめて、というのが一番でした。
こう書いていると私はいつも教室の隅に追いやられているような生徒に感じると思いますが、私は交友関係が広く、人気もそこそこありました。情けないことに、私こそ周りの人達と同様に私を私として存在させていたのです。
何故なら、私はその私しか知らなかったからです。それに、今の私をやめてしまえば私の価値はどうなるのだろう、何か残るのだろうか、と考えていました。
中学生にもなると、いたずらなどを楽しむより、好奇心の側面としての、暴力的な行動が盛んになります。それで中学二、三年生では私はサンドバックでした。どこかで会う度に殴られるようになり、私のクラスでは暴力をけしかけるような人はいなかったので、教室の外へ出るのが恐くなりました。
勿論初めのころは抵抗していました。しかし、毎日、毎時間と続く暴力と、自分が未だに道化でいるという立場のせいで怒りを露わにすることができないという下卑た矜持と、そして何より、彼等の私に対する態度に絶望しました。
私が少しふてくされると、彼等は「ごめん」と言ってくれました。しかしすぐにまた同じことをするのです。その度に彼等は謝り、謝罪という行為の中に含まれているであろう自省や克己を蔑ろにして、5分前の誓約を堂々と捨てるのです。
一度、本気で怒ったことがありました。その日は珍しく喧嘩別れになったのですが、翌日にその人物は私に少し沈鬱な面持ちで謝罪してきました。私はその言葉を信じていました。しかしその翌日には何も変わってない、彼等と私の関係が在るだけで、自分が激怒した様子を真似された時は、名状しがたい、確かな殺意と、他人に対する恐怖と、途方もない呆れがないまぜになった感情で吐きそうになりました。その時、自分は人に怒ることはやめて、諦念が纏わりつくようになりました。
ただの暴力は一部の人間には大変興が乗るようですが、大半の人は一歩引くのが普通であって、いくらなんでも、やり過ぎではないのか、何故こんなことをするのかと聞くことにしました。この頃は最早彼等の前での私が思う私はただのいじめられっ子でした。
彼等いわく「お前を見ているとむかつくから」とのことでした。
なるほど私を見ていると苛立つのですかそうですか、じゃあ私はどうすればいいのだろうか、私という存在がむかつくのですかじゃあ私が消えればいいのですね。
彼等は私を少しも憎んでいないというのは知っていました。週末になれば遊んだりもするし、私を殴る以外にもコミュニケーションをとろうとするからです。一方私は殺意を持っていましたが、彼等に対する好意も持ち合わせていました。何故なら、暴力的じゃない彼等は面白くて、自分と対話してくれるからです。そして彼等は私をいじめていると考えていないのです。
限界はどうしても来てしまうものです。三年生頃には、家に帰って布団の中で泣くことが多くなりました。何故自分がこんな目に、自分は悪くない、やりかえそう、殺そう、という感情が渦巻くのですが、不思議なことに翌朝になると何事もなかったかの様にすっきりとしてしまうのです。一人で絶望を反芻する度に決意し、忘れる、ということを繰り返していました。同時に、私は学生生活を楽しんでいました。私でいることを楽しんでいたのです。
そして学校で面白い奴でいる私と家で惨めに布団にくるまって泣いている私とで、完全に乖離しました。
しかし私は希望も持っていました。自分の様子が変だと気付いた母親に尋ねられ、私は「馬鹿で嫌なやつがいる」とだけ言いました。すると母は、高校生にもなればそんなやつはいなくなる、と言ったので、私はなるほどと思い、多少の虚脱感と戦いながら勉強に励みました。高校生になれば自分は変われる、と信じながら。
勉強のお陰で、それなりの、県内で指五本のうちに入るか入らないかというレベルの高校に入学出来ました。少し離れたところにあり、何より自分を日常的に殴っていた人達はその高校に全くいなかったのでとても喜びました。
人格は変えることができませんが、キャラのようなものなら簡単に変えられると思っていました。しかし私はそこでも私を私として存在させたのです。
何故そんなことをするのか、私はいつまでも子供ではなく、自分の思考、行動の原因がわかるような年齢になりました。
私なりの結論でした。
そしてそれは正鵠を得ていました。
教科書を破られたり、靴を捨てられたり、落書きされたり、チョークを食べさせられたり。一日そんなことが無いと、何故か残念な気持ちになるのです。そして、私が望んだ苦痛を与えられると、不快な感情と同時に、安心できるのです。高校生にもなって、いじめられている悲劇的な私が好きなのです。皆から同情の目線で見られている私が好きで好きでしょうがないのです。しかし絶望もします。私は変わることができなかった。私は悪くないのに惨めなままだ、それは他人が無知蒙昧であるからだと怨み言が頭に並びます。
この頃、自殺願望がありました。しかし実際は死にたくなどありませんでした。何故なら私はまた、今の私を楽しんでいたのです。
高校三年生頃になると、受験シーズンとなり皆が勉強に励むのですが、私は中学生の頃の 様に大学に希望を持つことが出来ませんでした。それ以前に、普段の勉強からしてやる気になりませんでした。たまにやる気になって休み時間などに勉強していても、クラスの人が辞書を投げてきたり教科書を濡らされたりして勉強になりませんでした。
全てが嫌でした。
惨めに耐えているだけの自分が嫌でした。
こんな恥ずかしいことで頭がいっぱいになっている自分が嫌でした。
死にたい、とか、何故生きているのか、とかは子供が持つ感情であり、十八にもなった男子が持つべき感情じゃないのです。何より私は毎日学校に通えて、屋根のある家で寝食が出来て、家族がいるので、とても恵まれた人生を送っているのです。
私より不幸な人は世界中にいっぱいいるのです。私は、私の苦痛を認めることなど許しは出来ないのです。
二律背反の、板挟みの状態がずっと続きました。
学校で笑います。家に帰って泣きます。猿の様に自慰をします。寝ます。さっぱりして学校に行きます。この頃は寝ることと自慰行為が喜びでした。
私はそれでも狂えない。皆の前では面白いやつで、先生の前では立派なクラス委員です。おかしいはずなんです。頭が焼き切れるはずなんです。
しかし生きることを望みたくないのです。私が悲劇的であるためには。
生きることも、死ぬことも、選びとらずに責任を放棄したのです。
結局これが私の思春期の全てでした。
大学生になりました。
冬に勉強をそこそこにして、なんとか国立の大学に入り、親の前での面子を保たせました。
大学は県外で、更に海を渡ったので、実家に帰るにも一苦労なところまで来ました。と言っても別にその大学に行きたかった訳でなく、県外であり、かつ自分の学力で行ける範疇の大学を選んだだけでした。やりたいことも無ければ、大学生の遊びを謳歌したいわけではなく、またしても選ぶことをやめたのでこの結果になったということでした。
大学生にもなり、皆、落ち着いた行動をしている。それに慣れていなかったので戸惑ったのと同時に、自分の知っている自分がいないことに気付きました。
しかし確実に私と違うところがありました。
彼等は正常でした。
彼等には目的があり、良心があり、喜びがあり、夢があるのです。
彼等は何の疑問を持たず勉学に励むのです。
思い切り殴られた時より、制服をびりびりに裂かれた時より、この目を見るのが苦痛でした。
苦痛の得ることの出来ない私は、更に酷く、目を覆いたくなるようなことをするようになりました。
自分の苦痛を認めずに、自分をいじめた人間に同情をし始めました。彼等を誰も止められなかったのがいけないのだ、彼等の行いは環境のせいでありもし自分が彼等ならば同じことをしていた、と。傍観して楽しんでいた人達も同様に立場が逆なら私もそうするだろう、と。
苦痛の無いことが私には苦痛なのだ、苦痛を失えば私は私でいられないのだ、と。
使用期限の過ぎた苦痛に、記号と化してしまった過去の苦痛に相変わらず縋りついています。
行きたくは無かったのですが、身体が限界の様なので、最近になって心療内科に行ってみました。どうやらパニック障害のようです。しかしその症状は殆ど昔からあるもので私には馴染み深いものでした。この機会に精神科に行こうか、とも考えたのですが、この頭を治す気にはなってないのでやめておきました。
私は毎日働いて生きていくことに魅力を感じませんが死にたくはありません。生を望み、相も変わらず自慰をして寝る生活です。
結局私はいつまでも私なのです。変わることなど出来ませんし、忘れることも出来ません。意志も薄弱で、一人の大人としての責任も持てません。
しかし案外明日には希望を持って歩き出すかもしれませんし、誰かと衝撃的な出会いをして価値観が180度変わるかもしれません。
こんな人間になってしまいました。多分私は誰かに決めて貰うのを待っているのでしょう。そしてわかったような顔をして卑下をしながら斜に構えていればいいと考えるのでしょう。
私の苦痛は私だけのものです。他の不幸や苦痛と秤にかけることなど出来ないんだ!、とでも思えばよかったかもしれません。
でも結局子供ですし、そんな考えにはなかなか辿りつきませんよね。大変です人生は。
なんか最後の方で口調が変わっている気がしますし、長ったらしく冗長とした文をたっぷりと書きましたがこれもオナニー好きな私のオナニーです。不幸自慢みたいなのって気持ちいいですよね。書いたら少しすっきりしました。何も解決してませんが。
RubyのSymbolと文字列の違いを研究室の輪講用に書いたのですが,折角なので公開したいと思います.
元々学部生に対する輪講用に書いた物なので,若干上から目線ですがご了承ください.
文字列とSymbolはよく似ています.プログラマから見ればどちらも文字列です.違いを一言で説明すると『プログラムが扱う』文字列か,『プログラマが見る』文字列かの違いです.例えば変数名は『文字列』ですが,rubyのオブジェクトである『文字列』ではないですよね?
例えば,今あなたがC言語でお絵描きライブラリを作っているとしましょう.その中に,色で塗りつぶすfillという関数があり,色を青・赤・緑の3色から選べ,fillの引数でそれを指定できるとしましょう.
fillの引数の設定方法として一番単純なのが,0を青,1を赤,2を緑として,0〜2で選択させる方法でしょう.しかし,それでは,どの数値が何色か覚えないといけないし,fill関数を知らない人から見れば,どういう意味の引数かすらさっぱり分かりません.
ではどうするかと言えば,普通はBLUE = 0, RED = 1, GREEN = 2と適当に定数を設定して,その定数を引数で指定させますよね.
こうして,fill関数の引数が意味の無い数値から意味のある文字列に変わったことによってプログラムが分かりやすい物となります.さて,ここで注意してほしいのは,ここで言う文字列はプログラムが扱うオブジェクトとしての文字列では無いということです.fill関数の引数として,"BLUE","RED", "GREEN"などとC言語の文字列を渡すということは普通しませんよね.それは,ここで言う文字列は,あくまでプログラマがプログラムコードを分かりやすくするために必要な文字列であって,プログラムがオブジェクトとして扱う(例えば,長さを求めるとかする)文字列ではないからです.
分かってきたでしょうか?
プログラムコード上では(つまりプログラマから見れば)どちらも同じ文字列(文字の列という意味で)ですが,実際に動くプログラムから見れば単なる数値と本物の文字列という大きな違いです.結局,fill関数の引数の具体的な値は何でもいいわけです.プログラマから見て文字列であればそれだけでよく,プログラムが動くときの実際のその中身は何でもいいわけです.これのために存在するのが,Symbolであり,:fooとひとたびSymbolを作成すれば:fooの実態は適当な数値となります.(この数値がいくらかなんていうことはもちろん気にする必要はありません)
そして,もちろん同じプログラム上では:foo == :fooはちゃんと成り立ちます.もうここまでくれば,Hashのkeyとして文字列でなくSymbolを使う理由が分かりますね.Hashのkeyはあくまで,プログラマが見る(プログラムコードを分かりやすくするための)文字列であってプログラムが扱うオブジェクトとしての文字列では無くて,keyの実際の値は何でもいい,からですね.(特別な場合を除いて)Hashのkeyに対してrubyのStringのメソッドを使うなんてことは無いですよね.
しかし,他の軽量言語ではSymbolなどなくHashのkeyとして普通に文字列を使うことが多いです.では,なぜrubyだけSymbolを使うのでしょうか.
その答えは一言でいうと,rubyの(プログラムコード上に直接書かれた,つまりリテラルの)文字列は他の言語と違いimmutable(不変)でない,からです.実際,pythonやjavascriptの文字列(リテラル)は破壊的に変更することはできませんが,rubyの文字列は破壊的に変更することができます. ('abc'.concat('d')の様に)
これがどういう違いを生むかというと,コード上に直接現れる文字列がimmutable(不変)であるならば,実行時に一つだけそのオブジェクトを作成し,後はそれを使いまわすという最適化ができます.
そうした時,Hashのkeyの様なプログラマから見た文字列というのは,プログラムコード上のリテラルとして現れるわけですが,これらは実行時に一つだけオブジェクトが作成され(特にコード上に現れる同じ文字列は全て一つのオブジェクトにまとめると),それらの比較はそれらに対する参照(そしてこれは大抵メモリのアドレスなど単なる数値)の比較で済むので,結局Symbolと同じ様な働きをするわけです.
本当はプログラマが見るためだけの文字列だけど,それをオブジェクトとしての文字列としても,Symbolと同じ様な働き,パフォーマンスが得られるならば,別にオブジェクトとしての文字列であってもいいわけです.
繰り返しになりますが,プログラマが見るためだけの文字列は,その中身・実態は何でもいいわけですが,その実態がオブジェクトとしての文字列でも十分なパフォーマンスが得られるならば,別にオブジェクトとしての文字列でもいいわけです.
さて,rubyに話を戻しますと,rubyはコード上に現れる文字列であっても,実行時にそのコードを通る度に毎回新たな文字列オブジェクトを作成します.
(以下のプログラムを動かすことで確認できる.)
def foo 'foo'.object_id end p foo, foo
つまり,rubyでは文字列が可変であるため,先に述べたような最適化ができない(または難しい)ので毎回新たな文字列オブジェクトが作成されるのです.
こうなると,先ほどの話とはうってかわって,プログラマが見る文字列はその実態は何でもいいのに,それを文字列リテラル(rubyのオブジェクトとしての文字列)にしてしまうと,毎回毎回文字列オブジェクトが作成されてしまうという非常にばかばかしい状況になってしまいます.我々はそれらの文字列オブジェクトに文字列としての操作は一切施さないのにも関わらず,です.
こういうわけで,rubyではプログラマが見るためだけの文字列にSymbolというruby特有のものを使うのです.
もちろん,プログラマが見るためだけの文字列を全て定数として(そしてもちろん中身は適当な値で)定義しても構わないわけですが,Hashのkeyとかで数多くのプログラマが見るためだけの文字列が現れることを考えると,とてもじゃないですけどそんなことは面倒でやってられないですよね.ですので,実行時に自動で適当な値にしてくれるSymbolというものが存在するのです.
以上で,Symbolについての説明を終えます.以下は蛇足です.
最初の方で出てきたfill関数をrubyで実装しようとしたとき,青・赤・緑の各色はその実際の値はなんでもいいのでrubyのSymbolを使って:blue, :red, :greenとしてもいいのですが,ライブラリとかでは大抵ちゃんと定数として定義されていることが多いです.
これは恐らく,定数として明示的に定義することで値の存在を明示でき,ドキュメント化の際にも役立つことによっているのでしょう.
しかし,あくまでこれは外部に公開するようなライブラリでの話であって,自分が使うちょっとしたプログラムならこういう場面でも精力的にSymbolを使っていってもいいと思います.ちなみに,僕ならSymbolを使います.
Symbolだと定義もいりませんし,定数は大文字ですから打つのが面倒ですし,あまりソースに大文字が入ると見た目がすっきりしません(主観).
Symbolは非常に便利なものですので,その意義・用途を十分に理解して,Hashのkeyにとどまらず様々な所で使えるようになりましょう.
http://anond.hatelabo.jp/20110707014449
相手はいなくなり瞬間的にすっきりしますが、その後の自分の人生が台無しになります。相手を殺したせいだと相手を恨んでもすでに死んでいますのでどうにもできません。
逆に殺されたり、殺しきれずに自分が罰を受けるだけになってしまう可能性もあります。
相手の嫌な行動が無知や想像力の欠如によるものであれば、なぜ問題なのか教えることで改善するかもしれません。
わかった上でやっていたとしたら考えを書き換えるのはかなり困難でしょう。
ご自身が仰るこの部分が、ブラックスワンの一端を説明されています。
>もちろん過去と将来で状況が大きく変われば過去のデータに基づいた予測は難しいですが.
Wikipedia によくまとまっているのでどうぞ。
http://en.wikipedia.org/wiki/Black_swan_theory
仰るとおり、確率分布を推測し活用できるケースは多々あります。そして同時に推測/活用できないケースもあります。原発の安全性は後者であると今回の事故ではっきりしました。
仮に原発が致命的な事故を起こす確率が推測できて、それに何の意味があるのでしょうか?
(発生確率)x(損害)=期待損失という考え方は、ある時点のスタティックな数値を示しているだけで、「安全性」を考えるときには全く意味がありません。確率的に100年に一度の地震や津波は、100年経ってみればほぼ2/3の確率で起きているのです。「想定外はいつか起こるもの」と考え、最悪の最悪ではどのような状況になるかを推定し、その水準をコントロールするしかないのです。そして最悪の最悪をカバーできないならば、手を出すべきでない。自動車事故はカバーできるが、原発事故はカバーできないでしょう、おそらく。
みなさんありがとうございます。
これを書く前にもっと長くいろんなことを書いて
唐突におかしなことを書いたかもしれません。すみませんでした。
完璧を求める、完璧にはできないことがわかる(やる前からわかってることが多い)、少し悩む(そんな自分に酔う)、突然変な悟りを開く…
いつ見てもこんなパターンで生きているみたいなので、今回もそうなのかもしれません。
本人にとっては苦しいのかもしれないですが、変な悟りに同意を求められたりして、
聞いてるこちらが疲れてきました。
mixiにもtwitterにもいる友達なので増田にしか書けませんでした。
一言で言えば気持ち悪い、と同時にまあそれも部分的には必要だなとも思った
1人目は部屋を魔界と呼び その部屋のものを捨て去ることで心がすっきりしましたとか どんな宗教だよ
2人目は親の遺品を捨てていくが最後に親の遺品のすずり箱に最終的に残すことにした遺品だけをいれてこれから新しい人生を始めますってとこで終わる
そこに他者のないナルシシズムとエゴが見えてこの上なく気持ち悪い
結局のところ今までの整頓術に邪術的ライフハックで精神的なインセンティブを与えたものに見える
自分探しするようなB級市民には神罰覿麺なんだろうけどこんなものを持ち出す時点で他者に対する悪意が見える
赤松健のいう感情を持って人を動かすって奴だろうけど 邪術世界そのものだ
その方法もありふれたもので
規範などにより負い目または承認を与え(片付けられないのはだらしない、情けない)
それを元に闘争の形にする
闘う者は自分の問題と向きあっている戦士であり
負けたならそいつが弱いのがいけない
こうすればどちらにせよ やっていることの正当性は保たれる
その枠組自体が正しいかは問われない 内部に対しては無敵の論法だ
こんなのが流行っている事自体頭の弱い人が溢れているってこと、そしてそんな奴らを騙して使うのがオ・ト・ナとか思っているろくでなしが正しい社会人とされている証拠だ
これ自体がありだと思ったのは、捨てる必要性自体は存在するからだ
物は捨てなきゃ溜まり続けるし、物をいくら残しても自分はいなくなる。自分が存在した影響もなくなる
何処かでそれは受け入れなきゃいけない
親自身半ばどうでもいいと思ってもいたのではないだろうか
もしくは死後まで自分の跡がどうなるかを考えるのは辛かったためかもしれない
これは取捨選択したところで最終的には変わらんのだけど
自分を否定しているように見えるのだろう
ただ気持ち悪さと感じる理由については違うと思う
結論としては、命は投げ捨てるもの
http://www.webcreatorbox.com/inspiration/100ways-better-life/
1. 間違いを受け入れる
あなたは人間です。私たち人間は間違う事もあります。自分のしたミスを受け入れて次はうまくいくように努力しましょう。自分自身に罰を与える必要はありません。間違いを受け入れる事が、罪悪感を消し去る唯一の方法です。
2. 友達のミスを許す
誰かに傷つけられる事もあるでしょう。人間は間違うものですし、自分の間違いを受け入れるのと同じように、他の人の間違いも受け入れましょう。最終的に、あなたの必要なものは彼らからの「愛」です。
3. 新しい習慣をつける
私たちは無意識のうちに多くの物事をこなしています。自分の人生に取り入れたい新しい事をこの習慣の中に結びつけてください。習慣は強力です。自分のためにこのエネルギーを利用してください。
4. 自己規律を作る
誰かがあなたに規律を作るのを待たないでください。早いうちに自己規律を作成しましょう。厳しく聞こえるかもしれませんが、自己規律はあなたの人生の多くの物事を容易にしてくれるでしょう。大変かもしれませんが、自己規律があるということは素晴らしいことです。
5. 新しい友達をつくる
手を差し伸べ、恐れないでください。新しい付き合いを始めましょう。起こりうる最悪の事態は拒絶されることです。そうなった場合は次へと進みましょう。
楽しみを刺激する事は、人生に多くの価値を生み出します。今の仕事に満足がいかないのであれば、新しい仕事につきましょう。収入がなくなるのは一時的なものです。乗り越えましょう。
7. いつも食べている物を変える
毎日の食卓に並ぶ食品を変えてみましょう。新しい食事を試すのは健康とエネルギーのために必要です。ヘルシーなものやベジタリアンである必要はありません。いいなと思ったものを試してみましょう。
8. 日記をつける
思ったこと、アイデア、目標、行った事を日記に書くことは、自分が人生の中で何を行ってきたのかを知るいい方法です。必要な物はペンと紙だけですよ。
今日一日の目標、したい事を「今日の一言」として毎朝作成しましょう。どんなものでも構いません。その目標はその日のうちにきっと叶うでしょう。朝起きて最初に今日の一言を言うだけ。とても簡単です。
10. 遠くへ旅にでる
遠くへ旅に出ることはとてもいいことです。わくわくするし、知りえない出来事に満ちています。
あなたの人生がなんだかつまらないのは…リスクを冒した事がありますか?最後に本当に大変な事に挑戦したのはいつですか?最後にリスクを伴う何かに挑戦したのはいつですか?さあ、やってみましょう。
自分自身を管理しましょう。自分の時間で働きましょう。浅はかな考えに思えるかもしれません。そう、保証があるからと好きでもない仕事をしている人にとっては、浅はかな考えに思えるでしょうね。最初の一歩を踏み出さない限り、何も挑戦できません。
13. 仕事場を変える
机を整理し、模様替えをしましょう。仕事場に新しい色を加え、仕事場を楽しめる場所に変えましょう。楽しめない仕事は仕事ではありません。それをしたいと思えるのが仕事です。
繰り返し挑戦し続けましょう。もしあなたが 10. 遠くへ旅に出る をする予定なら、新しい言語も学んでみましょう。たとえそこへ旅行しなくても、新しい言語を学ぶ事は素晴らしい事です。
15. 同意する理由を見つける
反対ではなく同意。私たちは絶えず論争し合います。それをやめましょう。無理に同意する必要はありませんが、もしその必要がある場合は十分な理由を見つけましょう。
あなたが持っていない物は、他の人に与える事もできません。あなたの中に光がなければ、他の人を照らす事もできません。あなた自身にゆとりがないと、誰かに与える事はできないのです。
17. 早起きをする
これは習慣ではなくライフスタイルです。ただ、目的もなく早起きするのでは効果がありません。早起きし、誰よりも早くチャンスを探してください。早起きするという事は可能性を見つける目を開くという事です。
18. 本質を見抜く力を鍛える
事実上、あなたの考えうることががあなたの現実です。それを賢く使ってください。物事の本質の何処に焦点を当てるかを考え、鍛える事で、あなたが今まで想像もしていなかった方法が見つかります。それはあなたの世界の質を高めます。こうした感覚を研ぎ澄ます事で、あなたの人生はより、すばらしいものになるでしょう。
19. ブログを始める
どんなトピックでも構いません。ブログは何か新しくて価値のある物を作り出すだけでなく、あなたの人生に新しい人々を連れてきてくれるでしょう。ブログは人を成長させるツールです。
あなたは自分に才能がないと思っているかもしれません。しかしそれは大きな間違いです。電子書籍を書いてみることは、自分の才能に気づくいい方法です。トピックはあなたが知っている事、勉強したい事などを選びましょう。楽しいですよ。
完璧を目指して努力し過ぎるとあなたの人生を台無しになってしまいます。 人間であるあなたを作っている不完全さがなくなってしまいます。完璧でないことは、逆に価値のあることなのです。 昨日の自分に向かって言いましょう。「もっとよくなったよ!」
22. 自己妨害をやめる
あなたは自分自身が、どれほど自分の負担になっているかを驚くかもしれません。 多くの場合、無意識のうちに、あなた自身を文字通り自己妨害しています。 もし、あなたの人生が、長い期間ずっとうまくいっていないなら、その最大の敵は、自分自身なのです。
人生は公平ではないと感じているかもしれません。そう、人生は公平ではないのです。しかし、それは素敵な事です。個性的で、美しくて、シンプルで、挑戦的で、甘く、苦しく、二度と体験できない、世界にただひとつのものです。自分の人生を見つめ直し、人生を愛する理由を探してください。
きっとあなたは退屈すぎて悲しくなっているのでしょう。そう考えた事はありませんか?今までしたことのない新しい事に挑戦してみましょう。新しいスポーツを始めたり、いつもと違うレストランを選んだり、いつも観ないジャンルの映画を観たり。
25. 争いをやめる
誰かと争うという事は多くのエネルギーを使います。あなたは相手が間違っていると平然と言おうとしますが、それが間違っています。あなたは誰かの間違いを立証するためではなく、人生の驚きを認めるためにここにいるのです。彼らは間違ってはいません。ただ意見が違うだけです。そして、それが人生です。
26. エネルギーを浪費しない
今すぐしなくてもいいと思う事をしていませんか?エネルギーの無駄です。あとどれほどし続けるのでしょう?なぜ無駄にエネルギーを浪費しますか?
27. 無視する事を学ぶ
これは学校で教わるべき事です。私たちは多くの物に焦点をあて、多くの事をしていかなくてはいけません。人生はそういった物に悩まされているのです。物事をこなす事はいいことですが、無視することはもっといいことです。
あなたが最後に「ありがとう」と言ったのはいつですか?それは心から言った言葉でしたか?みんな感謝する事は成功の鍵だという事は知っていますが、多くの人が実行できていません。
29. 負けん気を持ち続ける
あなたの目標のために負けん気を持ち続けましょう。あなたの中にある強い思いを声に出しましょう。負けず嫌いの気持ちはあなたの一部であり、今以上に強くなるために、それを決して否定してはいけません。
触ってはいけない、食べてはいけない、チャンスを掴もうとしてはいけない…あなたが何か本当に欲しい物があったときに、このような言葉が駆け巡るでしょう。こういったもう一人の自分が頭の中であなたを守ろうとします。それを解き放てばよりよい生活を送れるでしょう。
31. 掃除する
楽しいものです。そしてそれはあなたにとってもいい事です。家の掃除をする習慣をつけて楽しんでください。部屋の乱れは心の乱れ。整頓するだけです。簡単なことです。
32. 目標や行動方針を書き記す
あなたはここにいる理由があります。どんな小さな、ささいな事でも、あなたには目的があります。将来の成長する為に必要な目標や行動方針を書いてみてください。それが人生の明るい道しるべとなります。
あなたができると思っている事は、あなたが本当にできる事の半分程度です。それはあなた自身に対してネガティブな考えを多く持っているためです。それらを解決し、可能性を秘めている事実を受け入れ、行動しましょう。
34. 異なったスキルを磨く
学ぶことをやめないでください。ひとつのキャリアにとどまらないでください。たったひとつのキャリアなんて、退屈で、制限のあるものです。今までしてきたこととは全く違うスキルを磨いてください。いつそれが必要になるかわかりませんし、何よりも楽しいものです。
お金と同じように時間を管理するとどうなるか、考えた事はありますか?なにに時間を費やしているのか、どれほど時間にゆとりがあるのかを見てみましょう。
36. 運動する
新記録を作るとか、そういった事はしなくてもいいんです。ただ定期的に体を動かしましょう。体は健康に、頭はすっきりします。よりよい人生を送るための簡単で、取り組みやすい方法です。
37. 親になる
子供を持つことはあなたの人生を大きく変えます。永久に持続的な愛とあたたかい気持ちをもたらします。愛に生き、多くのことを学ぶでしょう。
38. 一日にひとつ、家にあるものを捨てる
きっとあなたの人生は何かの物によって息を詰まらせている事でしょう。思い切って捨ててみましょう。寄付するのもいいでしょう。
39. 週に一度、本を読む
ブログ記事でもかまいません。あなたの心のアンテナを安定させるでしょう。 読書は脳にとって良い食材です。それなしでは怠けてしまい、健康的とは言えません。良い食材と良い関係を持ちましょう。
40. 月間目標を作る
物理的で、精神を安定させ、社交的な生活を送れます。 30日間であなたの人生に何か新しいものを取り入れましょう。 新しい始めることによって、新しい方法を利用して、健康的な生活を送りましょう。
41. 古い友人に電話する
長年連絡をとっていない人と話しましょう。さあ、今直ぐ電話してみてください。素敵な思い出話と新しいチャンスが待っているでしょう。今までの関係を無駄にしてはいけません。
42. 偶然に身を任せる
いえ、偶然なんてありえないですね。嘘をつきました。全ての物事には理由があります。偶然と思える出来事に遭遇したら、それは本当に運がいい事です。それを信じて、身を任せましょう。すべてはうまくいきます。
43. 遊ぶ
どんなものでも構いません。ただ子供の頃のように楽しんでください。目標なしではただのプレッシャーに感じるかもしれません。全ての物事を「ゲーム」だと思って楽しんでください。苦しい時もあるかもしれません。でも大丈夫、ただの「ゲーム」です。
44. 許す
過去に嫌な思いをしたことを、いつまでも根にもってはいけません。恨みを取り除くのは難しいでしょう。しかし、長年の恨みを取り除くのはより困難なものになります。許して自分を開放しましょう。
45. 必要のない問題を解決しようとしない
あなたは粗探しをするためにここにいるのではありません。日々を楽しむためにいるのです。本当に重要な問題のみを解決する事に集中してください。
46. 古くからの敵と和解する
許す事よりも、仲の悪い状況を変える事が重要です。和解し合い、友人となってしまいましょう。それは簡単な事ではありませんが、うまくいくものです。敵の数を減らし、友人の数を増やしましょう。
47. 約束をして、それを果たす
大した事ではなくても構いません。誰か特別な人とでなくてもいいんです。もちろん、難しい事でなくても構いません。約束をし、果たしましょう。気持ちいいものですよ。
48. 本当に嫌いな人とは縁を切る
なんとなく縁を切れないでいる嫌いな友人がいるでしょう。別れてしまいましょう。あなたに、あなたが長年失っていたと思っていたもの(勇気)を運んでくるでしょう。
49. 長年欲しかった物を手に入れる
「お金や時間がなくて我慢している物」…思い切って手に入れましょう。自分を高めるだけでなく、長年あなたを悩ませていた欲望を解放してくれます。
50. 批判するのをやめる
誰かの、そして自分自身の批判をするのをやめましょう。過度の批判はあなたの情熱を失わせます。心を明るくし、人生をそのまま受け入れましょう。
51. クローゼットの中身を変える
自分が着るものがどれほど限られているか知らないと思います。クローゼットをあけて、暗い色ばかりなら明るい色を足してみましょう。簡単に変えることができますよね?
さあ、数えてみましょう。笑顔は正直で、とても強力です。多くの人が嫌な出来事に涙していますが、強力な笑顔だけがその気持を取り除く事ができます。次は一日20回の笑顔を目指しましょう。
53. 黒歴史を消し去る
中1の時のノート?十代の頃書いた寒気のするポエム?もう捨ててしまいましょう。難しいかもしれませんが、過去に囚われていては素敵な人生を歩めませんよ。
54. 観葉植物を育てる
数カ月に一度は部屋に緑を与えましょう。潜在能力を高めてくれるでしょう。また、植物の成長する様子を見る事は、自分の成長にも繋がります。さあ、始めましょう。
55. 違う街や国へ引っ越す
そろそろ生活環境を変えてみませんか?違う街や国へ引っ越してみましょう!最初は戸惑うかもしれませんが、本当にいい刺激になります。
バイクサークルや、話し方教室など、なんでも構いません。新しいグループに参加しましょう。熱中する何かを発見でき、コミュニティー力もアップします。
57. テレビを観るのをやめる
まずは一週間、その後一ヶ月、テレビを観るのをやめてみましょう。その間あなたの精神状態がどのように変化するか感じてください。きっと驚きますよ。
58. 全く違う趣味を見つける
マッチで列車を作ってみたり、コブラを育ててみたり、小さな瓶に船を入れてみたり…。自分の抱えている問題を忘れて、新しい事を始めましょう。
59. 道端で見知らぬ人にハグ(挨拶)を
少し危険かもしれませんが、ハグを返してくれる人もいます。いい刺激になります。
※Mana注:この記事は海外ブログを翻訳しています。海外のフリーハグの文化を指しており、日本では挨拶程度にしておいた方がいいかもです…
サプライズパーティーはいつでも楽しい気分にさせてくれます。あなたが落ち込んでいる時、もしくは友人が落ち込んでいる時に効果的です。友達を誘って、友達にはその友達を誘ってもらいましょう。新しい出会いが待っています。もちろん、楽しむ事が大切です。
61. ハイキングへ行く
週末、ハイキングへ出かけましょう。人工のものより自然のもつ力は強力です。休息が必要であれば、外にでて、自然とふれあいましょう。
62. ペットを飼う
鳥でも、ハムスターでも、犬でも猫でも構いません。落ち込んでいるときの癒しになります。ペットの世話をすることは、人間関係よりもたやすいことです。例え相手がペットでも、愛は愛です。
例えそれを送れないとしても、感謝の気持ちを書き記す事が肝心です。過去に助けてくれた誰かの事を考えながら、その人に言いたい事を書き始めましょう。あなたがどれほど感謝に満ちた人生を送っているのかを知ることができます。
64. 毎日瞑想する
簡単に始められます。心を空にして、感覚に身を任せましょう。難しいテクニックなどはありません。あるがままに瞑想しましょう。
知っている人にでも、知らない人にでも、何か素敵な一言を言ってみましょう。その人の反応から喜びと感謝の気持ちを得る事ができるでしょう。あなたも誰かにそうされたら嬉しいですよね?
誰もあなたに素敵な事を言ってくれないなら、自分自身に言ってみてはどうでしょう?あなたにふさわしい一言を、付箋に書いて机に貼っておくのもいいでしょう。自分に優しく生きてください。
67. 思いついたままに行動する
行動する事を恐れていては何も解決しません。考えすぎると、あなたを余計に混乱させます。流れに身を任せ、自分の思いつきのままに行動してみるのもよいでしょう。無意識の行動によって、本当の自分に驚かされます。
68. 結果に対して議論しない
結果に対して議論しないという事は、争いを避けてくださいと言っているわけではありません。議論から生まれる結果は、勝つか、負けるかしかありません。あなたの望む通りの結果にならずとも、結果が決まったものは受け入れて、それに従う事が人生を円滑にする手段です。
ごまかす事は簡単です。世間は建前や偽りでできていて、時にはあなたもそうする必要があるでしょう。それをやめて、正直に生きる事が大切です。悲しみも、楽しみも、どちらもあなたの人生です。
70. 目標を設定する
明確な決意表明であり、あなたが本当にしたい事です。あなたは目標がありますか?熱中する事がありますか?
71. 他人を助ける
手を差し伸べ、誰かを手助けできるか考えてください。聖者になる必要はありません。誰かに与えるようにみえて、実は自分がもっと多くのものを受け取っているのです。
72. 社交的に
外に出て誰かとふれあいましょう。新しい人と出会うのに慣れましょう。その習慣を身につければ、新しい事を始めるのにも慣れてきます。目標はいいネットワークを作ることではなく、なるべく多くのエネルギー源とつながり、それを手にすることです。
73. 一人の時間をつくる
あなた自身のために必要な時間も十分にとってください。新しい観点に気づくでしょう。あなたはどこにいますか?今後どうなりたいのですか?少し立ち止まって、辺りを見渡してみましょう。
74. 自分で何かを直す
お店に修理に出さず、壊れた窓や車の傷を自分で直してみましょう。どれほど周りのサービスに頼っていたかがわかるでしょう。汗を流して自分
披露宴の話でちょいちょい気になるのだが、披露宴する側がご祝儀の金額を指定するとかなんなの?
披露宴ってのは「未熟な若い夫婦ですが、皆様よろしくお願いします」ってお願いする場で、お願いする側が「3万もってこい」とか「1万でいいよ」とか・・・
料理の代金?引き出物の代金?お願いする側が相手をもてなすための諸々の費用を、その相手に負担しろということですか?
別のところで聞いた話だと「ご祝儀でトータルをプラスにして車の頭金にしたい」とかいう人がいる(あるいはプランナー側がそうけしかける)らしい。
なんなんですか?見世物小屋でもやるんですか?
それならもっと面白い見世物を用意してもらって好みの料理を選べるくらいしてほしいもんだ。
これから家庭を築くにあたって色々と物入りだろうから、ご祝儀を渡すのはあるべき姿だと思う。特に年長者・上司といった類の人は是非そういう援助の姿勢を出して欲しい。
ただ、立場とか順序とかそういうのがめちゃくちゃになってる気がして、どうもすっきりしません。
と、未婚の私が素朴に疑問に思うのですが、間違ってるところをご指摘下さい。
あと結婚式・披露宴や、結婚そのものを否定するつもりはなく、むしろ肯定してます。
ただ「もらって当然」「ただならもらう」という風潮がね、なんかそこらじゅうそういう感じの人ばかりな気がしてちょっとね。
元増田です。
一応顛末を書いときました。
思いつめていたけど、なんかすっきりしましたw。
確かに小町でめちゃめちゃたたかれそうね。
「本当に奥さんのために尽くしてきたのか?」
とか
「まだまだ足りないんじゃないのか?」
とか
「あなたにも非があるんじゃないの?」
とか。
でも、俺が女だとしたら。
「旦那はひどい」
とか
「すぐ離婚しなさい」
とか
とか言われそうww
個人的にはなぜその奥さんと結婚する気になったのかが気になる。
いや、昔から一緒w。
なんか「この人を守らなきゃ!!」って気持ちだったんだよね。
今となっては本当に好きだったのか、ただの同情だったのかわかんないや。
後悔しないように気をつけてパートナー選びしたはずなんだけど、
人生って難しいねぇ
あそこで遊んでる連中の年収ってそれぞれいくらぐらいなんだろうね。
一番多く稼いでる奴の言う事を俺は信じようと思ってるんだけど、なかなか皆開示してくれないんで困ってる。
私が挙げたなかで言えば、一番年収を稼ぐのは経営者ではないでしょうか。
増田さんの「一番多く稼いでる奴の言うことを信じる」というのも、自分ではそうしませんがいいと思います。年収なら数値を比較できますものね。
みんなが職場への満足度と年収を明記して書き込んだら判断材料は増えますよね。あと会社情報とか月労働時間とか。やりがいと収入の相関関係がどれだけあるか、とか知りたいです。みなさん書いてくれないですかね。
社畜批判してる人のうちニートとフリーターとワープアが大半を占めていたらそれはそれで分かりやすいですが、そうはならない気がします。
結局、価値観については、人は自分の体験からしか語らないし語れない、ということになるのでしょうか。
ちょっとすっきりしませんが受け入れる必要がありそうです。ありがとうございました。
Googleリーダーに何も考えずに登録していくと、いつの間にかどのフォルダにも入っていないフィードが溢れていきます。
これらの未分類フィードがズラーっと並んでいると、なんとなくゴチャゴチャした印象になります。
購読を解除するほどでもないけど、わざわざ一つ一つ分類するほどでもない。
あらかじめ未分類フィードを分類するためのフォルダを作っておいてください。
まず設定→登録フィードに移動してください。
そこに「選択: ×××件のフィードすべて, 選択解除, 選択なし」
こんな感じでメニューが並んでいます。
ここで「選択なし」をクリック。
すると未分類フィードがすべて選択されます。
その後は横にあるプルダウンメニューからあらかじめ作っておいたフォルダ(「その他」や「etc」などお好きなように)を選択して「フォルダに追加」。
これで完了です。
Googleリーダーがすっきりしました。
らない(字余りでした)
小学生からの頃の付き合いでもう10年に近い。よく話すようになってからは4年くらいか。
高校大学と離れてしまったからメールと電話、あと帰省時に会うくらいで、一緒にいる事は決して多くない。
自傷癖があって(今でもするのかな)、それでちょっとやっかいな事になった。それが4年前。それ以降よく話をすようになった。
今でも辛くなったときにメールをくれる。まあいわゆる構ってちゃんだね。
うざいと思う事が少なくない。でも一応返信してあげてる。
メールは頻繁に送られてくるわけでもない。数ヶ月に1回とかかな。
ただ全然快方に向かってない事で、嫌々してるのかな。もう疲れたっぽい。
4年前の事から書きますね。簡潔に。
中学卒業以来会う機会も無かったのだけど、久し振りに彼女からの連絡があった。携帯電話越しに話を聞く。
内容はあまり覚えてないけど、支離滅裂でぶっ飛んだ事言ってた気がする。
「自殺未遂したの、だから生まれ変わったの」とか言ってた。
んでさらに危なっかしい事言ってた気がする。とりあえず心配になった。何言ってるかは分からないけど一度会おうと言った。
そんで後日会って話を聞く。
でまあ結構酷いんだけど、ここで何が原因って言ってたか今覚えてない。読んでくれてる方本当にすみません。
いじめられてた事は話してた。一緒だった中学時代にね。あと学業とか家族とかだったかな…。
生きてるの辛い、って事だった。
それで何とかしたいって思った。
それからよく会って話すようになったんだけど、まあ簡潔に書くと次第に「今すぐ会って、でないと死ぬ」になっていった。
受験の時期だったけど授業休んで会ったりね。
塾の合間縫って公衆電話から長電話したりね(長電話代は後日その子の親から頂きました)。
そんな事が数ヶ月続いた。会って自分なりに話を聞いてあげて励まして、一応大学入学前に「本当にありがとう、もう大丈夫」って形に収まったんだ。
当時は気付いてなかったけど、この時の自分の気持ちに中ニ病的な(何て言えば良いんだろ?)(まあ「死にそうな女の子の為に頑張ってる!俺特別!」みたいな)ものがあったのではないかと、事が終わってから自己嫌悪するようになったりもした。
「本当に彼女に死んで欲しくないの?」とか聞かれたらぶっちゃけさ。当時より冷めた今の自分ならなおさら。あるいは「構わない」って口にしそう。
自分を動かしてた感情が、綺麗な感情じゃないのかって事にまず自己嫌悪。
ようは「自分の感情を満たす為に」彼女に接してたって事だからね。
そんで死ぬの良くない、とか命の大切さ、とか言ってた言葉も根拠が無くてね。
万人が納得する根拠が無いのは何となく理解した年頃です。
自分としては「社会が上手く回るために制度上そうなってます」って理解なんだよね。
だからみんながみんな死んじゃ駄目なんて思ってない。
親しい人には、好きな人には死んで欲しくない。そういう、まあエゴで。
だから彼女に何て言えば良いのか今でも分からなくて(つまり彼女に対して「死んで欲しくない」って気持ちがあんまり無いって事。自分結構冷たい人間なので。ほとんどの友人が亡くなっても泣かないと思う)。
最近は無いけど、最後に連絡があった数ヶ月前。その時も手首切り画像添付で連絡くれました。
メール見て「連絡しなきゃ」って思ったけど、友達と遊んでる最中だったからかな。面倒臭いって思ってたはず。
今来てもそう思うと思う。
だからさ。結局考えるの面倒臭いし、行動するのはなお面倒臭いし、彼女には早く良くなってもらいたいんだけど、自分でどう接すれば良いのか分からなくて面倒臭くて投げ出したいんだな。しんどい疲れた。
だからここに書いて皆さんの意見聞きたかったんだと思うな。あと若干話を聞いて欲しかった。
何か自分酷すぎてupしたくなくなってきた。
構ってちゃんに構い過ぎるのは良くないんですよね。多分。
でも接してあげる事で楽になったりもするんだと思う。
あーでも書いてて気付いたけど、こんな考えの人間に、中途半端に接されてもむしろ悪化するのかもね。
ならば身を引いた方が良いんでしょうか。
身を引く事なんて出来るんでしょうか。
何が嫌ってさ、このエントリでも「どう接してあげれば良いか」とか「話を聞いてあげる」とか上から目線なんだよね自分。
自分が何様なのかって凄い嫌悪感。こういう気持ちが本当自然にある。
全部含めて、じゃあどう考えて接すれば良いんだろう、って事なんです。
でも書いてすっきりしました。とりあえず。少し楽になった。就活とか上手くいって、余裕が出来たらまたちゃんと考えてあげれる(嫌悪感)のかな。
凄い雑文だし相当読みづらいと思うし、客観的に読むと自分も構ってちゃん臭出してるのかもね。まあ多少は良いと思うんです人ならみんな。