はてなキーワード: 不動産投資とは
このニュースに限らないが、東京の住宅価格は上がっている。過去20年くらいのグラフを調べればずっと上がっている。
主な要因は
と言われる。
「35年ローン組んでも、補助金を投資に回して早期返済する」とか、
「価格上昇する所を渡り歩いていけばよく、波に乗れないやつが悪い」とか、
うまく世渡りしている事例はあるだろうが、世の中そういうやつばかりじゃない。
借金しすぎという話もこの間話題になっていたが、審査機関があり、そこがプロなんだから、無理を通してないのだったら審査で落とすべきだろう。
一般的な工業製品だと、大量生産できるよう工場を建て効率化して生産性を上げれば価格は下落するが、不動産はそうではない。
もちろん現場での施工が入るという特殊性はあるが、下落するどころか上昇しすぎだろう。
上物ではなく土地の価格だという意見もあるだろうが、それにしてもだ。
日本の競争力の減少が、住宅に起因しているような気がしてならない。
住宅が狭すぎ物が置けない、住宅ローンが高すぎる、ローンを早く返済しないといけないので消費している場合ではない。景気低迷。
政府が補助金だそうにも住宅周りに全部吸い取られる。(補助金の名目が直接的に住宅ローンでなくても間接的に)
景気も良くならない。
こんなん払うぐらいなら賃貸の方がマシ
戸建てと違って資産が目減りしないっていうけど、それは単にこれらの固定費を払い続けてるから
おまけに新築で売り抜くためにわざと低めに設定しておいて数年後に値上げするとかもあり得る
そのせいで問題が起きたときに賛成・反対に分かれがちで揉め事しか起きない
まぁタワマンなんてまだ10年も経ってないからそこまで問題起きないだろうけど
そもそもそれって売れたらの話
売りに出して買い手が付けば売れるけど、中古マンションのリスクを考えると買ってくれるかどうか謎
まぁ売れなきゃ価格が下がるから結局価値が下がるっていう話だけどね
不動産投資が過熱しててまだまだ住宅価格は下がらないっていうけど
企業によっては住宅補助出してくれるから高い家賃でもやっていけるはず
思ったより不動産投資会社への憎さも弱くて困惑したけど別の問題透けてきた感があるな
不動産投資ってめんどくせえなあ
はーーー死にたい。
流石にそんなうまい話ねーだろと思ってたけど、何回か話聞いてたら節税効果もあわさって、まあ不動産会社がいうほどうまい話にはならんと分かりつつ、トータルではプラスになると思ってた。
リスクになりそうな項目もしつこいくらい聞いた。一応納得して購入した。営業とも5回くらい話したから抜けはないと思ってた。
そしたら購入して2ヶ月で修繕積立金が予想の数倍あがると言われて収支計画完全に崩れ去った。
流石に事前の話と違うと思い、弁護士ポータルサイト的なところで相談したら10人くらいの弁護士から回答あった。
そのうち5人位と直接面談して、一番話があいそうな若い弁護士を選んだ。年配の弁護士はこちらを若造扱いしてるのが鼻についたからだ。若いとはいえ経験5年くらいだからまあいいだろと思った。
そしたらコイツがただのポンコツで、内容証明だしたら相手からの予想通りの回答に「いやーこんな回答来て困りました」とかいうだけでろくな対案も出さない。
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
山田商店(やまだしょうてん)とは、大阪市に本拠地を置く化学系商社。1856年に大阪市の南船場に山田権左ェ門が開いた山田商店を源流とし、以降今日に至るまで重工業・軍需産業を中心に日本のトップ企業として君臨し続けている。戦後の財閥解体後も生き延びており、現在は住友グループに属しているものの、その影響力は未だ健在である。なお、旧三菱グループの総帥岩崎弥太郎の親族も経営に参加しているため、両派閥間の関係は極めて良好とされている。
概要. 創業者であった山田権左衛門は大阪で米穀商を営む傍ら、南船場の豪商たちと共に鴻池善右衛門の蔵屋敷から近い場所に倉庫を借り受けて商品販売を始めた。これが山田商店の始まりであり、その後徐々に店舗を拡大していったことでも知られている。そして明治に入ると米相場への投機を行い巨万の財を成した。また一方では海運業にも進出し、近代における日本商船隊の設立に大きく寄与した。他にも銀行や保険事業への進出など金融面でも多大な功績を残したことから、大阪財界の重鎮と称せられるに至った。
しかし第一次世界大戦により好景気が訪れると、その影響を受けて急速に成長していった。この流れの中で山田商店もまた順調に業績を伸ばしていき、大戦終結時には日本を代表する大商社へと成長した。しかしながら1929年の世界恐慌をきっかけにして世界経済全体が停滞すると、相対的に山田商店の業績も大きく落ち込んだ。それでも何とか持ちこたえていたものの、太平洋戦争に突入すると物資不足によって多くの企業が苦境に立たされる中で、山田商店をはじめとする関西資本系の大企業は逆に大きく躍進していくことになった。
戦争末期になると山田商店を始めとする関西系の大企業の経営陣の多くは徴兵されてしまい、代わりに軍人出身の者が後釜を埋めるようになった。戦後になって彼らの多くが戦犯容疑で逮捕されたものの、軍需品生産などのノウハウを持つ人材を失うことを嫌ったGHQの指示もあって不起訴処分となったことで山田商店をはじめとした関西系企業の存続が確定した。その後は朝鮮戦争勃発の影響による特需で復興を遂げていくとともに、高度経済成長期を迎えることになる。この時も山田商店をはじめ関西資本の大株主たちは多額の利益を上げ続けたが、バブル期の不動産投資の失敗を機に債務が増大したことでバブル崩壊後に破綻することとなった。それでも同社の株式は依然として高値を維持し続けており、依然として日本経済に大きな影響を与えていることは間違いない。
現在、同社では新規採用を行っていないために社員のほとんどは定年退職者か再雇用者であり、現役の社員数は最盛期の半分以下となっている。そのため現在では社内政治において発言力を有する人間はおらず、会長職にある人物を除く全ての取締役たちが社長以下の役員たちと同格の地位にありながら決定事項には従わなければならないという異常な状態になっている。これは会社のトップに立つ人間が実質的に会長の山田嘉吉しかいないためであるとされており、実際に彼は自身の権力を使って様々な便宜を図ってきたとされる。ただしその一方でこうした独裁的な体制に対して反発する人間も少なくなく、現在でも対立が続いている状況だと言われている。
…この区域は、この国で中流の人々が多く住んでいる地域です。それでも、多くの人が、爪に火をともすような、つましい生活をせざるを得ません。
インタビュー映像1 「給料は妻と合わせても1か月でたった14万ウォンです。それも家賃でほとんど消えてしまいます。学校にいく子供のノートも、何冊も買えません。」
インタビュー映像2 「最近は、学校には必ず弁当をもっていきます。学食が値上げされてしまって。」
この国はかつて、アジアで一番裕福な国だと言われていました。ニューヨークのエンパイアー・ステートビルを丸ごと購入するほどの経済力がありました。
一度は世界中を敵に回して戦争をし、枢軸国として原子力爆弾を受けましたが、降伏から10年後にはもう、驚くべき復興を遂げていたのです。
しかし、幸運はわずか30年しか続きませんでした。1980年代に不動産投資業の規制に失敗したと言われています。今、この国の人々の平均収入は私たちの国の3分の1以下で、多くの人が高等教育を受けられません。
インタビュー映像3 「あの頃は、仕事帰りに毎日、銀座で飲み歩いていた。朝まで飲んで会社で寝てたこともあったな。高級クラブじゃ国会議員なんかも見かけたもんじゃ。」