2021-11-04

ナレーター

…この区域は、この国で中流の人々が多く住んでいる地域です。それでも、多くの人が、爪に火をともすような、つましい生活をせざるを得ません。

インタビュー映像1 「給料は妻と合わせても1か月でたった14万ウォンです。それも家賃ほとんど消えてしまます学校にいく子供ノートも、何冊も買えません。」

インタビュー映像2 「最近は、学校には必ず弁当をもっていきます学食が値上げされてしまって。」

ナレーター

この国はかつて、アジアで一番裕福な国だと言われていました。ニューヨークエンパイアー・ステートビルを丸ごと購入するほどの経済力がありました。

一度は世界中を敵に回して戦争をし、枢軸国として原子力爆弾を受けましたが、降伏から10年後にはもう、驚くべき復興を遂げていたのです。

しかし、幸運わずか30年しか続きませんでした。1980年代不動産投資業の規制に失敗したと言われています。今、この国の人々の平均収入私たちの国の3分の1以下で、多くの人が高等教育を受けられません。

インタビュー映像3 「あの頃は、仕事帰りに毎日銀座で飲み歩いていた。朝まで飲んで会社で寝てたこともあったな。高級クラブじゃ国会議員なんかも見かけたもんじゃ。」

ナレーター

北朝鮮テレビ外国探訪」を終わります。次回は「ウラジオストク漁港の冬」。お楽しみに。

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