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はてなキーワード: ぼんやりとは

2018-08-26

英語圏東南アジア移住してる人は理由わかるけど

チェコとかスイスとか英語圏でも物価が安いわけでもない国に結婚以外の理由移住してる人ってなんなの? 

ぼんやりした国への憧れ持ったまま突っ走った感じ?

2018-08-25

妻がいない休日が暇

本日は妻が仕事で不在だったので、一日一人で過ごした。

11時くらいに起床し、昨日のカレーの残りを食べる

12時くらいかNetflixでびっくりするほどつまらないデスゲーム系の映画を見る(昔子役だった男性が主役のやつ)

・15時くらいかカフェ勉強(ネスペを受ける)

17時くらいから丼丸で買った海鮮丼で夕食(日替わりネタ盛り)

・19時くらいかFGO周回(イベント全部回りきってしまいそう)

20時くらいからkerasの環境構築(環境構築したところで満足して何もしない)

1年後に今日という日を絶対覚えていない自信がある。それほどぼんやりしたまま一日過ごしてしまった。

一人で過ごす時間がこんなにつまらないとは。。。

そしてあと数週間で妻が1ヶ月仕事アメリカに行ってしまう。これが1ヶ月続くのか。。。鬱になりそう。

意味がわかると怖い話

昨日、銭湯に行ったらバッタがいた。

わたしの前にあるケロリンと書かれた桶に入ってきた。

窓際に逃がしてやった。

この間も車の中にバッタが入ってきたな。

そう思いながら湯船に浸かっていた。

ぼんやりと、日本未来について考えていたら、全身刺青だらけのヤクザ人達が4-5人入ってきた。

入ってくるなり、

そのうちの1人が「なんやこれ!」

とでかい声をあげた。

さっきのバッタである

ヤクザの人はなぜか一瞬で怒りが沸点に達し、バッタケロリンの桶で潰していた。

即死だろう。

それなのにケロリンの桶が割れる勢いでさらバッタを潰していた。

力いっぱい潰していた。

バッタは粉々になっていた。

なぜバッタは粉々になってしまったのだろう

わたしにはわからない。

バッタはわかっていたのかな..

anond:20180825004705

よく知らんけどエジソンあってのテスラなんじゃないの

そしてエジソンテスラあってのイーロンマスク

我々がぼんやり増田をしている間にも世界は発展していく……

2018-08-24

anond:20180824111050

元は漁師文化っていうか生活の知恵か。

当たり前のように入れ墨ヤクザの証って思ってたが、いつごろかそんな風なイメージが定着するようになったんだろうな?

あと囚人ナチSSが番号とか記号をいっぱい入れ墨してたのも忌避感に繋がってんのかなあ、ってぼんやり思ったりする。

2018-08-23

待遇は悪くないけど職場雰囲気が陰気ってパターン

陽キャ陰キャも妻子持ちも独身イケメンブサイクもみんな卑屈になるから恐ろしい。

「風通し」なんていうぼんやりしたものが悪いってだけなのに。

あとなぜか老けるのが早まる。

2018-08-22

天丼食べたいな~と思ったけど

近くにてんやなぞないので、冷凍エビやら野菜やらに衣付けてあげて、

適当に作ったつゆをご飯にかけて食った!!!

油でべっとりして、つゆもぼんやりしてて、まずかったです!!!

2018-08-20

女の人生

数年前生理が遅れまくった時に、もし子どもができていたら絶対自殺しようと思ったことがあった。

彼氏が生でしたいとか言ってきた時、そこにあったのはどうしようもない嫌悪感だけだった。

どうしてこんなに妊娠というものを過剰なまでに忌避するのか昔は分かっていなかった。

けど、何のことはない。単純に私の人生に対して子どもを望んでいなかっただけだ。

まだ生みたくない、今は困るというのではなく。私は一生子どもが欲しくない。

それに気づけて、そして女の人生の捉え方が変わった。

子どもさえ生まなければ女性人生の悩みのあれこれはかなり消える。

あの頃の自分はそれを分からずに何となく生きていて、「女性に優しい企業」を就活で探して、大学の友だちと結婚出産含めたキャリアについて話したりなんかして。

あのどこか虚しい感じの理由の一つが自分子どもを持つことの具体的なイメージが欠けていたせいなのだろう。

歩みもしない女の人生の上っ面を私はなぞっていた。

いや、自分気づきをみんなとっくに知っていたのは分かる。ただ自分人生に対してあまりぼんやりしていただけだ。

それでもこの気づきは私のものだし、今の私は昔の私より少し自由だ。

2018-08-19

明日自分に向けて

涙でうるみながら文章を書き始める。

涙が流れると、自分感情的にいっぱいいっぱいなんだな、ということが分かるので、自分自身とても助かっている。

そんな自分はいつか人前で突然泣いてしまうのではないか、と心配するが、不思議と人前だといつものように振る舞えてしまう。

逆に決壊するときは本当に予想がつかないくらい急なのではないか、とぼんやり考える。

  

涙は止まった。

  

自分がここ数年、うまく環境適応できていない自覚はずっとあった。

目の前の業務一見こなしているが、数年単位仕事は全く手がつけられず、そのことを誰にも相談できずにいた。

どうしてそうなってしまっているのか、という自己分析もある程度できている。

  

想像力の乏しさ 質的な乏しさというよりは、量の問題なのかも知れない。想像はできるが、想像した未来イメージが今の自分を動かす動力になりにくい。

衝動性 目の前の課題にとびつき、表面上はこなしてしまう。長期的な課題が先送りされていることを更に実感しにくくなり、周囲にも機能していると見られてしまう。  

不注意 家庭内雑務が気になり、時間を割いてしまう。本当にするべきは妻と適切に雑務を分業するべきだと分かっている。

コミュニケーションの苦手さ 想像力の乏しさにも通じるのだが、相手思考想像はできるが、確信の度合いが低かったり、ブレが大きかったり、量的な問題がある。相手の反応を想像すると相談ハードルが高くなり、一人で悩んでしまう。

  

そして、自分は他の人よりも周囲の環境自身の行動が律されるところが大きい。

「やらないといけない」「自分がそうしたい」「その行動が求められている」といったものではなく、

自分能力内で行える」「習慣化していて余り考えずに行える」「行動に分かりやすい結果が伴い、フィードバックループがかかりやすい」といった環境課題遂行に大きな役割を果たす。

「やらないといけない」という理解はできているだけに、行動がスムーズに行えないことで抱えるストレスも大きいかも知れない。

  

言い訳として上記自分特性を使いたいのではない。

ただただ、自分を思うように動かしたいのだ。

  

そして、数年単位仕事がもう完遂できない時期であることを - 乏しい想像力でも分かるくらいに - ようやく認識した。

そのことで更に精神的に追い込まれ、もはや今の自分がどれくらい機能しているのか、自分アセスメントもおぼつかなくなってきた。

  

明日の朝、上司メールを送って、仕事が全く進んでいない状況、自分がうまく機能していない状況を報告する。

もっと早く相談していれば、と思いはするが、どこが転換点だったのか自分でも分からない。

明日の朝、またこ文章を見て、メールを書こうと思う。

メールを書いたとして、自分送信ボタンを押せるだろうか。

一見穏やかに回っていた日常生活を、いつもの生活を壊してしまボタンを自らが押す。

それは苦しいけど、これまでずっと苦しんできた自分いたことを知らせたくて、そして、昨日の自分明日自分を後押ししてくれるように、祈りながら。

推し俳優として殺された

地方の小さなスクリーンで、八王子ゾンビーズライブビューイングを見た。

ストーリーのこと、時事ネタのこと、女性へのいじり方のことなどは指摘している方が多数いるので割愛して、推し活という観点だけで気持ちを書き留めたいと思う。

推しが殺されていた。ゾンビの役だとかそういう話ではない。俳優として殺されていた。

推しの配役は双子兄弟というものだった。背格好は似ても似つかず、顔もパーツひとつ取っても似ているとは思えない。他作品の絡みのいうこともあって、そういう"狙い"が見え透いている役どころだなあ、と発表のときぼんやり感じたし別にそれはよくあることだから何とも思わなかったが、少しの危惧が頭の片隅に芽生えた。そしてその危惧は悲しくも現実になってしまった。

双子というもの演劇で扱うときにはしばしば見られると思うが、同じ台詞を同時に喋るというものがある。

それ自体別に悪ではないと思う。とんでもないステレオタイプだとは思うが、分かりやす表現方法なんだろう。

推しに与えられた台詞は、自分名前または兄弟役の名前を呼ぶというたった三文字単語以外、全て双子言葉を揃えるというものだった。同時に元気に高らかに言葉を読み上げるだけ。そこには抑揚も表現も何もない。ただ合わせて声を張り上げるだけ。そこに彼らが俳優として役に命を吹き込む余地はない。

もしその双子兄弟の役どころに奥行きがあり、物語があるのならそれでもまだ余地はあったのだろう。けれど、八王子ゾンビーズというチームのその他大勢だ。

万引きを繰り返してきた双子兄弟、という設定はあった。いや、設定しかなかった。それはその他多くのゾンビたちにも当てはまるだろうが、ひとりひとりのバックボーンはない。それをやっていると、あのぐだぐだしたストーリーを完結にしたところで2時間では済まないし、難しいのはわかる。仕方がないし不要なのだらうとは思う。けれど、それならそれでせめて、双子ではない兄弟ではだめだったのだろうか。主要キャスト以外の各人に与えられた数少ない台詞。その短いセンテンスで、彼らに俳優として演技をさせてやってほしかった。でも私の推しは、一定テンポで声を揃えることに集中するだけの作業しかさせてもらえていなかった。

数公演続いた2.5次元作品がひと段落ついてから、初めての演技の仕事だったのに。演技のひとつもさせてもらえないのか。ただ、わちゃわちゃして、ダンスやって。それだけだった。

推し舞台上でにこにこして、ぴょんぴょん飛んで、踊っている姿が可愛くなかったかと聞かれたら、めちゃくちゃ可愛かったですと答える。推し笑顔はいだって可愛い

ただ、私は推し舞台上でかっこいいかわいいだけで満足というタイプではなくて、それが自分でわかっているから、今回の作品チケットを取らなかった。昨年にもあった、イケメン俳優がたくさん死んでる某作品のことがあったから。

演技の仕事が発表されたら、初めての作品はどんなに忙しくても懐具合が厳しくても必ず行こう。2.5次元作品に出演している真っ只中、半年前くらいからそう決めていた。

けれどどうしても駄目な気がする、肌には合わない作品ではないか、という予感が大きすぎて、遠方から駆けつけることをどうしてもどうしても躊躇ってしまった。絶対に行くって決めていたから。

でもこの判断は正解だったかもしれない。本当は、生で見たかったし推しお金を落としたかったけれど、推し俳優として殺されているところを1万払って2時間も見せられたら、今頃宿泊先のホテルで泣いていた。演技させてあげてほしかった。ダンスの上手さで売っている子だったのなら、それでも多少は満足感を得られたかもしれないけれど。

推し以外も多分、そんな感じだったのではないかなと思う。正直、中心にいることが多かった3名ほどのゾンビ以外は、その他大勢という感じだった。チームを作るために頭数が必要だったかイケメン揃えました、という感じ。去年の大量死作品よりも、個々のキャラクターに奥行きがなかったのではないだろうか。

私は推し俳優をさせて貰えなかったことが悲しすぎて気が回らなかったけれど、他の俳優さんを推している人がどう感じたのか聞いてみたい。全然フラット意見じゃなくて構わないから。

自分より年上の人間は透明

年下〜同世代までは自分経験があるから、あの頃の自分と比べることができて存在リアル

でも年上となると、自分経験していない年代なので、どういう風に生きているのか想像がつかないし興味が湧かない。

その歳になってようやく、あぁこの年代の人も生きてるんだなぁと思う。

もう30になったんだけど、ずーっとそんな感じ。

30代の人間について考えたこともなかったし、全く興味がなかった。

今もそんなにないんだけど。

31から上は未知だし身近でないので想像もしない。

ましてや40代50代・・・??

目に入らない。透明な存在

特に性別が違うと余計そう思う。

40代の異性にも人生があって日々を生きてるんだなってことは頭でぼんやり理解してても心で理解してない感じ。

NPCみたいな。

2018-08-17

anond:20180817140952

無党派層勝手ぼんやり期待してたのが勝手に離れたんじゃないの

飽きただけ

お盆明けの怪談

昨日の夜のことだった。静まり返った住宅地ゆっくり車で走っていたら、前から歩行者。姿形は若い女性だが、なにかおかしい。

顔だ。青白く光っている。まるで能面か何かのようなその顔は、ヘッドライトレンジを少し外れた薄暗がりのなかでぼんやり光っている。

映画の一シーンのようだなと思ったが、考えてみればこれは現実で、そのホラー映画の場面の中に自分は放り込まれている。背筋が寒くなった。

すれ違い際によく見ると、別にゾンビでも何でもない、ただの人間だった。

蛍光ファンデーションって、あるの?

怖いわ

2018-08-16

気づけば社会人になって10年以上がたった

嫌なことはたくさんあるし、働く意欲は年々失われてくるし、まだ30年働くとおもうとげんなりするけど

社会人になる前に思っていた漠然とした社会へのこわさみたいなのは流石になくなったし(当たり前か)、

ポンコツ自分でも意外と戦えるなという実感は少しはもてた。

ぼんやりと夢見てたデキルビジネスマンとは程遠い現実だけど、いくばくかの金銭的な余裕もでてきたし

なぜかお酒は年々うまく感じるようになってるし、悪いことばかりでもないなとふと思った。

誰もほめてくれないからなんとかこの社会を生き抜いてる自分自分でほめてあげたい。偉いよ俺くん!

2018-08-15

彼女欲しいなあ

ってぼんやり思うときがあるけれども、その気持を掘り下げると、単に疲れてて、癒やしが欲しいってだけなんだよな。

最近はこういう動機恋人をほしがると、男でも女でも叩かれるんでしょ?

恋人はお前の保護者じゃない」みたいな感じで。「生活をともに歩むパートナーから」とかなんとか。

というわけで増田欲望を吐き出すだけにとどめます。あー、癒やしてくれるような彼女が欲しい。

人生疲れた。がんばって生きるモチベーションが日に日にさがる。

2018-08-13

食べるものが水と野菜ジュースお菓子しかなくて一日ごろごろしていたら具合が悪くなった

頭とかくらくらするっていうかぼんやりするっていうか

夕方カップ麺を発掘したので食べて 布団に居ても体が冷えるのでホッカイロポケットに入れていたら今になってだいぶ落ち着いてきた

かいものの大切さを感じた

2018-08-09

女の人としゃべる時は最初に顔をぼんやり見るわけだけど

俺みたいなキモオタが顔を見つづけてたら相手に失礼だし

そのあとはすぐ視線をそらして顔の横の空間とか肩のへんを見るわけだけど

胸の上あたりとかもマズイしまったく違う方を見てしゃべるのも具合悪いし

なんていうか焦点が定まらないんだよね

髪飾りとかでターゲットになるようなものをつけておいて

困ったらここを見つめてねっていう印があったら便利だと思う

2018-08-08

酒飲んでかなり酔って寝てる時

よく 自分の体が2つ以上ある前提の考えしてる

この体はかなりダメージあるからもう一つの方に

みたいなことを寝ながらぼんやり考えてる

起きて、意識が戻って

そんなわけないだろ って理解するんだけど

割と頻繁にこの認識してるみたい

アルコール作用の特徴とかでなんかあるのかな

ずっと続けてきていた仕事から好きなことに関連する仕事へと転職した。

転職した結果、好きなことじゃなかったんだって気付いた。

友人づてでの転職のため、スパッと辞めるに辞めれない。今はこの会社の役に立っているのか、自問自答する日々が続いてる。会社の人に言わせれば残っていてほしいと言う事だけど、本当のところは分からない。

ぼんやり、こうやって「好きなことを仕事にしないほうがいい」っていう言説が作られていくんだろうなって気がした。

関西特急そっくり問題

在来線新大阪駅に入線する直前、なにかしらの特急列車が並行して走ってきた。

特急列車について私自身もうマジで知識がないので、電車の横っ腹見ただけでは何の特急かは分からなかったんだけど、子連れのお父さんが‬「おっ"はるか"だなぁ、はるか」と言っていた。

そうか、はるかかぁと思って並走する電車ぼんやり眺めていたら、特急が少しスピードを上げたのでヘッドマークが見えた。

サンダーバード

2018-08-06

anond:20180806071735

事実婚カップル子供ができると一気に現実を知ると思うので、まぁその辺がぼんやりしてる間は避妊しとけよと。

2018-08-04

ヒプノシスマイクミソジニー問題がわからない

たぶん最初議論を読んだだろう記事を読んだときは、「盛り上がってるオタク正論を説いてもムダ」(意訳)「あなたたちはバカにされてる」(意訳)みたいな「現状に気づいてない踊らされてるオタク真実を教えてあげるね」というような語り口が嫌で、不愉快になった。

うがった見方かもしれないが、私にはそう思えて、「声を上げることは正しいと思う。が、上げたいなら上げたい人だけでやって」とだけ考えた。

実際、「男尊女卑が徹底してないのにミソジニー要素がある=女性差別ターゲット層の女はバカにされてる」という論法がよくわからなかった。

仮にそれが女性差別であるなら、差別されてるのはコンテンツ内の女で、購買層の女ではなくないか?と思った。

下品と評されるコンテンツ、或いはスプラッタとかディストピアものコンテンツを見るからかもしれないが、コンテンツ内の差別(倫理観?)=現実のそれに値するとは思えない。

見るけどやらない、では駄目なのか。人を殺すゲームをやるけど現実では人を殺さないという常識差別適用できないのか?犯人ゲームの影響で…論説はけっこうネットで叩かれるのに、この話ではそういう「現実と切り離して考えよう」みたいなのが見つけられなくて、そこがよくわからなかった。

で、後日(というか今日)、ちゃんとしたとこの記事で同じ話題を扱ってるものを読んだ。

引っ掛かるところはあったが、考え方は少し変わった。最初に読んだ記事より共感できたというか、ヒプマイにミソジニーがあると感じてて、嫌だと思っている人がいるのなら、ダメことなのだなと思えた。

(ちなみに引っ掛かったのは、不良とヤクザの「カマ野郎」「女の"放送禁止用語"にでも」という発言を取り上げて、「女性男性を虐げているという設定ならこういう女性差別発言が許されるのか」としてあったところ。個人的にこれらのセリフは「女性に虐げられてるから」出たというわけではなくて、発言者がそういう人種からだと思う。一因ではあるだろうが、別に女尊男卑世界じゃなくても、不良は女っぽい男を蔑んだだろうし、ヤクザは女を酒権力金と並べてトロフィー化して放送禁止用語を吐いたと思う。要するにキャラ付けの一環というか、そういうの)

二個目の記事は、よく知らなかったヒップホップミソジニーについても解説してあって、そういう状況にあるコンテンツと密接に関わったものミソジニーがあるのは、嫌な人もいるんだろうな~と思った。

思ったが、実感として全く自分のものにならない。

実感はないけど、一個目しか読んでなかった頃みたいに「そう思う人だけそう思ってて」と割り切ることもできない。たぶん批判してる人の意見が正しいんだろうなと感じてしまたから。

どのコンテンツでもアンチ意見は見ないようにしてるから、それと同じように避ければいいか…と議論を目に入れないようにしても、アンチ意見とは違って内容が世間的に正しいだけに、SNSで何回も目につく。

その度に嫌だと思う気持ちと、そう思うこと及び正しい(のだろう)意見賛同できないことへの罪悪感で気が滅入る。

批判理解しよう、批判側に立とうとしても、どこかで「言っても創作物なのに割り切って見ちゃ駄目なのか」というこれまでのスタンスが引っ掛かっていて、そうなれない。

こんだけ話題になってるってことは、「創作物なのに」で許される範囲じゃないんだろうなとぼんやり思うが、ぼんやり思うだけで、どうしても実感として自分のものに出来ない。わからない。

こういうのを読めば理解できるかもよって記事とか本があったら、教えていただけると嬉しいです。

この国はもうダメ国外逃亡しよう

という話題が今回も起きた。そう思う。自分英語ペラペラ世界通用する技能があればな〜と思うぐらいだ。

それと同時に思った。だから日本はいつまでも変わんないんだろうね。

だってみんな「自分が変えてやろう」なんて思わないんだから

何かが変わるには血が必要だ。

市民権参政権も争って手に入った。女性の権利だってそうで、私達が逃げたいと思っている先の国では、私達の知らない誰かが、そこにずっと住んでいる人の血の繋がった誰か達が、たくさんの苦しみを背負いながら戦って、涙して、深く傷付いて、その人生も楽しみも犠牲にして、権利を手に入れた。おとぎ話理想郷のような素敵な世界も、元々そうあったわけではない。

そして、すでに血が流れて乾いたところに行けば、自分は労せずしてその成果を享受できる。それはすごく楽だ。私達は、日本よりも様々な平等に溢れる世界で、趣味だとか、恋だとか、仕事だとか、そういうものに慌ただしくしながら、本質ほとんど日本での生活と変わらない日常を過ごす。そんな夢を見るから海外移住に憧れる。

何より、権利を得るために「自分が」苦しみたくないんだもん。

だって楽に生きたい。なんで自分が苦しまなきゃいけないの?楽しいこともやりたいことも全部投げ出して、辛いことたくさんあるのに、どうして「今の自分若いうちに得られる可能性が無いかもしれない」「私以外の誰かたちのための」権利を手に入れるために地獄を見なきゃいけないの?そんなこと「私」はしたくない。「誰か」がやってよ。「私以外」の誰かが。でも「権利」だけは欲しいな。

なんて、みんな思ってたんだろうな。

すごく分かるよ。私もそう思う。辛いことするぐらいなら好きなことしていたい。

かに嫌な役割押し付けあってきて、「いつか王子様が」なんて夢見るお姫様みたいに「いつか革命者が」なんて思いながらみんな生きてきた。だからほとんど変わらずに現代まできて、「あれ?この国はなんでこんなに遅れているの?」と首を傾げる。

出る杭になりたくないか自分からは動きたくないけど、誰かが一歩踏み出すのを待っている。そうやって、全然変わらないなあ、なんて文句を言いながら、変えるつもりは毛頭ない。それなら海外移住した方が楽だろうし。そういう風にみんな思ってきて、今を生きる私達も思っている。

からしばらくは、あと10数年は何も変わらないんだろうなあ。

なんてことを、ぼんやりとした絶望感をもって、寝る前の布団の中で思った。


だけど。この国はもうダメだ、という話になったとき文句を言い合って嘆き合うだけじゃなく、「良くなるために何をすべきだろう」とみんなで考えるようになれば、少しは生きやすくなるとも思う。

私は何が出来るかな。何なら出来るかな。起きてからずっとそんなことを考えている。

2018-08-01

駄目な過量服薬

ウットという薬がある。所謂精神作用する鎮静剤だ。最初ちょっと不安を軽くしたいという理由風邪薬を過量摂取した。それが連日続くと内臓が駄目になって動けなくなるのでウットに変えた。

量の話とか具体的には話さないほうがいいかなと思う。だんだん量が増えてきて致死量にならないか心配ではある。死にたいわけではないけど死にたくなる夜は連日訪れる。このまま徐々に服薬量が増えていって自覚しないうちに死んでしまうのも良いのかもと思うけど、少なから自分と関わってくれている人達には迷惑をかけるわけで、難しいなと思う。薬をお酒でちびちびと飲みながらそのまま死にたい

時は金なりで生産性合理性で埋め尽くされた現代社会に対して私は生きるのに向いていていないと思う。でも生きるのにはお金必要で、必要から働く。まるで何かよくわからないもの生産するための機械になったような気になる。

効率的にとか気にしないで鈍行列車で海まで行ってぼんやりなんも考えずに過ごしたりする。そういう日をつくってみたら何か変わるかなぁ。そんでたまに文章とか書いてお金を貰って野菜を育てたりさ。でも海まで行くお金がないのであった。

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