はてなキーワード: 情報操作とは
二つのテーマが同じ方向向いて動いてる今の状態のほうがよっぽど陰謀チックに感じるんだけど…
ちなみにその他収入源で多いのはamazonや楽天(どちらも潜伏期間があってクリックした商品そのものを買わなくても報酬が入る)
誰も調べてないのかな?
何で天皇は自分の心がつまらないことも理解できないのか。明治憲法にしろ現行憲法にしろこういう子供に何の夢も希望も与えない保守的なものを作るべきでない。私が公民で初めて憲法を見たときは「何が平等だよつまんねえこと言うな」「何だこの古色蒼然とした漢字の羅列は」と思ったものだ。「君が代」も歌詞が意味不明でつまらない。とにかく全体的に退屈で、なぜこんなものが日本国家の礎になるのか、その発想自体が理解不能だ。また天皇の実施する学校制度も極めてつまらない上、ここ30年は失敗している。これでは救いようがない。他方、民間の作るものは実に面白い。天皇が大学入試競争の存在を認めない反面、予備校や出版界は入試競争や偏差値差別の存在を認め、学生の心を明るくする情報操作に満ちている。こういう面では、天皇より、民間やヤクザの方が優れている。しかし、天皇制にはかなりの程度支配力があって、楽しんでいる者の邪魔さえする程度に達している。今の日本の真っ暗さをみれば明らかだろう。つまり天皇制とは鬱の象徴であって、せっかく躁状態になっている社会を脅かす存在なのである。日本は常に躁状態で世界制覇を目指せばよい。ところがなぜか日本の歴史には常に天皇制という厄介なものがあって、つまらない真面目腐ったことを言って楽しんでいる人の邪魔をしてくる。しかもその程度が尋常でないのは裁判所の長ったらしい判決文や警察の取調べをみても分かる。精神を殺しにかかってくるレベルなのである。なぜこうなるのか。それはもともと日本社会に鬱的傾向があって、それが支配的だからだろう。民間やヤクザのように、差別のある明るい躁状態の社会は例外的で、日本人なんて何をやってもだめだし、どうせ地道に生きるしかないという本質的な諦念がこの国に鬱という原則をもたらしている。それがここ数十年のグローバリズムで、何が何でも躁にならなければいけないという風潮が、天皇制を抑圧し、民間やヤクザの価値観の伸張を可能にしてきたが、二度の経済失敗によって再び日本全体が鬱状態になり、天皇制にすがろうという空気と、ここまでやったからには諦め切れぬという民間やヤクザの勢力が拮抗状態になっているのが現状である。しかし、鬱の天皇制と躁の民間ヤクザが戦争をするうちに、日本人の精神はズタボロになって、様々な紛争や事件が起こる中で絆を喪失し、気がついたら精神が空洞化した地獄が現出していたわけである。このように鬱と躁が戦争をするとろくなことにはならない。しかも鬱勢力の執拗さはすさまじいものがある。日本はそろそろ鬱の天皇制をかなぐり捨てて、差別のある明るい躁社会のデザイン設計をしなければならないのではないか。それにはまず受験競争を認めたうえで、東大を中心とする帝国社会へと再編成して、学力により人間を序列化することだ。それによって日本は極めて面白い社会になるはずだ。
鉢呂氏発言についていろいろ思うことがあり筆をとります。
今日新聞、テレビなどメディアで鉢呂氏が福島県「死の町」と発言し首相が不穏当な発言と非難し引責辞任をしたと報道された。
僕のツイッターTLでもおおむねその意見に同調する方が多く思えた。
http://www.chugoku-np.co.jp/News/Sp201109100180.html
(引用) 鉢呂氏は8日、首相とともに原発周辺地域を視察。翌9日の記者会見で「残念ながら周辺市町村の市街地は人っ子一人いない『死の町』だった」と発言した。
しかし、間違っているんだろうか?
僕が登山家 野口健氏が福島の原発周辺を取材したブログを見たときの印象は、どちらかというと鉢呂氏の「死の町」との表現に近いものだった。
野口健ブログ http://blog.livedoor.jp/fuji8776/archives/52166029.html
それまで生活があった町から人が消え、今後何十年にもわたって住めなくなってしまった。チェルノブイリのように健康への懸念もある。
ゴーストタウンになった町をその目で見て、これからも住めないと思うと「死の町」という表現を使ってしまうのもわかる。
(引用)鉢呂氏は福島第1原発事故を受けたエネルギー政策の見直しを所管しており、事故対応を政権の最優先課題に掲げる野田首相は早急な態勢立て直しを迫られる。停止中の原発再稼働をめぐる地元自治体との協議にも影響を与えそうだ。
そしてこれだ。
鉢呂氏は経済産業相で、エネルギー政策の見直しを所管していた。
その人物が実際に福島の現状を見てその絶望的状態を認めたともとれる発言をした。
それに対して首相が「不穏当」と言ったのであれば?
まったく意味が変わってくる。
もし鉢呂氏が原発について絶望的な状態を認めたとしたら、今後のエネルギー政策は大きく変わる。少なくとも原発推進を進めることはしないだろう。
それに首相は「不穏当」と言った。
(引用)また視察後の8日夜、都内で報道陣の一人に防災服をすりつけるしぐさをし、「放射能をうつす」という趣旨の発言をしていたことも分かった。
これにしたってツイッターからの情報で真偽は今の僕にはわからないが
鉢呂発言。記者が「福島の放射能ついたままですか?」と質問して、それに対して抗議した大臣が、「それがどうしたんだ?放射能つけてやろうか?」と怒ったという話がある。もしそうならば、記者が差別発言で、鉢呂さんは、それに抗議したということになる。
本当に糾弾するべきは鉢呂氏だったんだろうか?
そして
もっとも糾弾されなければいけないのはショッキングな言葉を捕まえ、その発言の真意を深く追求することなくスキャンダラスに報道するマスコミではないだろうか?それをそのままうのみにする我々国民ではないだろうか?
こんなもの自民党時代の「漢字が読めない」「夜はバー」などと政策と関わらないところであげ足をとる報道と一緒だ。
ツイッターでは震災以降、いや尖閣以降政府やマスコミによる隠ぺいだの情報操作だのに対する怒りが多く聞かれる。
それをそれを喜んで享受し一緒になって叩いてるんじゃないのか?
ふざけるな!
数年前にタクシーで体験した出来事。
後輩と二人で営業の帰り、確か東中野あたりでタクシーを捕まえて乗った。
運転手は最初、
みたいに当たり障りのない話を一人でべらべら喋っていたのだが、
少しして突然日本批判が始まった。
「ワタシ運転手だから分かるだけど、トヨタがいいってテレビで言ってるけど本当は全然ですよ」
「アメリカでトヨタがNo.1とか言ってるけど、あれはウソ。本当はヒュンダイがトップ」
「トヨタなんてすぐ壊れるんですよ。売れてるっていうのも全部情報操作」
「へー、そうなんですか?」
などと適当に相づちを打って、興味のない素振りをしていたのだが、
それでも運転手は喋り続ける。
「日本の技術がすごいとか言われてますけど、本当はそんなことない、ウソなんですよ」
「新幹線が時速300キロとか言ってますけど、ウソ。韓国の新幹線のほうが全然凄い」
こんな感じで日本批判と韓国賞賛が十数分続いたのち、目的地に到着し、自分達はタクシーを降りた。
助手席の運転手の名札をちらっと見たが、覚えていない。韓国名ではなかったと思う。
運転手の終止にやにやした「うやうやしさ」のようなものが今でも記憶に残る。
某テレビ局の最近の動向を見てこの件を思い出したため、テキストにしてみた。
運転手の話の持って行き方(道が混んでる→車の話→トヨタ批判とか)が妙にこなれてたので、
おそらく同じような話をされた人、他にもいるんじゃないだろうか。
ネットの噂話をネットメディアやニュースが取り上げる限り情報操作は「有効」です。
浅田真央ファンがひまわりの種でキムヨナを妨害しようとしたというデマだとか
フォロワーの数を水増しして人気があるようにみせかけるとか
これまで週刊誌やTVや新聞がやってきたこと珊瑚に傷を付けて記事を自作自演したり、誰かのイメージを落とすような
ことをしてきたのを近年はネットでも行われるようになったというだけの話
ツイッターやmixi等のSNSに情報を発信し、それが理由で炎上。
フジテレビの社員の横領なんかも見つかって、正直ネットは怖いなっと思います。
何故、このような炎上が日常的に発生するようになったのでしょうか?
当時大学生の私はサークル仲間がブログをしているのではないかと考え、
検索サイトを使って、キーワードから何人かのブログを探し当てた事があります。
探し当てられた事を知った人たちは、正直気味が悪かったと思います。
そこで、逆に自分自身も個人情報をネットに出す恐怖を感じていました。
SNSが飛躍する先駆けの
mixiでは自分の日記をマイミクだけに公開する事ができました。
正直、内輪話をするには最適であり、
そのことが日本人向けのSNSであることの証明ではないでしょうか?
mixiを利用した人はネット上に自分の情報をおおっぴらに出す事に対して
抵抗を感じなくなったのではないでしょうか?
そこから、
新しいSNSのフェイスブックとtwitterが導入されました。
フェイスブックには、今までの
この段階において、ネット上においてハンドルネームを用いるのではなく、
そのような文化が生まれました。
現実の自分のものとしてネット上にも関わらず責任を持たなくてはならなくなりました。
つぶやくという新しいネットへの情報発信の感覚が生まれました。
個人情報と考えることもなく、気軽に情報を発信することができてしまう。
それ故、発信してかまわないつぶやきか、
そして、
私は、むかし政治家のニュース等を隠す作業を担当していた事があります。
そんな時に登場し、ネット上から該当するニュースを隠す作業をしていました。
情報を完全に削除する事はできません。
商売上、具体的な作業方法は述べる事ができませんが
検索サイトのキーワード検索で100から、1000まで増加させる。
それだけで、情報が見つかる事はほぼなくなるでしょう。
強く言っていました。
情報を削除する事はできない事を理解していたのでしょうか?
今、SNSを使っている人たちは本当に
その発信している情報を消す事ができない事を正しく認識しているのでしょうか?
簡単にデブリを発生する事ができる以上、
落ち葉を広げている事だと考えてください。
それに火をつければ燃え上がる事でしょう。
同じように、一度出した情報は
枯れる事があっても、なくなる事はありません。
その溜めた情報、枯れて誰の目にも留まっていないと思った情報が
一度、火をつけると爆発的に広がって行くのです。
簡単に火はつかないでしょうが、
枯れ葉が多ければ多い方が、
引火した時に大きく燃え上がりやすい。
炎上を防ぐには、
つまり火種を出さない事と
君は思考が極端だね。まず、「差別」という言葉の使い方が極端すぎるよ(今は没交渉になってしまった「活動家」の先輩の言葉遣いを思い出す)。
いや、「差別」ですよ。大抵の原子力関係者だって、温暖化や石油枯渇が心配される中「原子力が人類を救う」という使命感と誇りを持って仕事しているわけです。それを誇ることが許されないばかりか、もんじゅのように「原子力関係者には嘘を含め何を言ってもよい」という風潮がはびこっている。「全て原子力村が悪い!温暖化CO2原因説は国際原子力村の陰謀だ!」みたいな陰謀論に至っては「全て国際ユダヤ人が悪い!」というのと同じようなパラノイア的なものを感じます(そういえば、広瀬隆はユダヤ陰謀論者、温暖化懐疑論者でもありました)。
一方、石油業界関係者は普通の人と同程度に、自分の仕事に誇りを持つことが許されているはずです。あれだけ叩かれてる官僚でさえ、個々人を叩くような人はまあいないでしょうし、誠実に語れば「世間で言われているより実際の官僚はずっとまともなんだね」ぐらいの反応は得られるでしょう。「お前ら全然残業してないでいい給料もらってるんだろ!」と言われて「いや、そうではなく労働基準法の適用対象外なのでサービス残業を強要されているだけだ」と説明して「公務員村の情報操作だ!」なんて反応が返ってくることは考えられない。この違いはなんですか?
そう、飛行機などが安全でないことと、原発が安全でないことは重みが違うんだ。(「重み」という言葉遣いがおかしいかもしれないが……「重大性」かな。この暑苦しい夜に、重苦しすぎるが。)
それがまずおかしいと思います。どう考えても「あなた」が飛行機で死ぬリスクと原発事故で死ぬリスクは前者の方が高い。土地が使用不能になるという話にしたところで、ダムだの空港だの区画整理だのと大して変わらない(時間の長いオーダーで見れば使用不能とは言えないという意味も含めて)。実は原発のリスクというものは既存のもののリスクと変わらないし、予測不能なほど巨大なリスクという意味ではCO2と温暖化というもっと強烈なものが比較対象として存在しうる。
というわけで、原子力だけを特別扱いするのは合理性に欠ける感情論でしかありません。その意味で、脱原発か否かという議論は原子力と「それ以外」の得失を比較して行われるべきです。それがない議論はまともな脱原発議論とはいえません。
原発だって隠せませんよ。放射能なんて1ベクレル(1ベクレルって原子核1個が1秒間に崩壊する放射能ですよ。超・超微量です)単位で計測できてしまうのに。事故に至らない「事象」を隠しうるという意味では飛行機や鉄道だって同じことです。
原発は、それを建設する計画の時点から、「安全」を強調して地元を説得した。地域の住民はそれが一番気になるからだ。これと比べることができるのは、「飛行機などの安全」ではなく、……そうだな、「金融商品の元本割れのリスクの説明」ではないか?
化学工場やガスタンクを建てる際だって「安全です」と説明されるでしょうがそれに文句を言う人はいないですよね。人工物に「絶対安全」があり得ないことは誰でも知っているからです。実際、命の危険という意味では化学工場やガスタンクの方がよっぽど高いです。原発だって当然同じように理解されるはずです。
一方、金融商品は「絶対元本割れしない」ようにすることができます。法律上、そういう契約を結ぶことは可能だからです。だから「元本割れはしません」といえば嘘になる。ここが全然違います。
JALも同じことをしていましたが、それでもなお「安全だ」と主張することは可能でしょう。
それにJCOが「原発でないこと」など、一般人には正直、どうでもいい瑣末なことなんだ。同じ「核(エネルギーの平和利用の)施設」で、何かあったら原発でもJCOでも周辺には同じ結果をもたらすものなのだから。
全然「同じ結果」ではありません(JCOでは土壌汚染は皆無。これは原理的にそういうもの)。JCOと原発を同一視するのは、石油精製工場で爆発事故が起こったらなぜか火力発電所が責められるような話です。ですがまあその辺は別にいいでしょう。「客観的にみて、JCO事故以前は『原発は安全』と主張してなんの問題もなかった」と言い直してもよい。それ以降にしたって、原子力業界の死者数が他の業界に比べて非常に少ないことは変わらないですし。
あ、ついでに思い出したので言いますが、1991年美浜事故、もんじゅナトリウム漏れ事故、JCO事故などのたびに「原発の安全神話崩壊」は騒がれていたはずです。これでもなお「マスメディアは『絶対安全』を国民にプロパガンダしていた」というのなら「嘘つき」か「健忘症」のどちらか一方だとしか言いようがないと思います。
美浜は何度も"事故"が発生しているが、「国際評価尺度」で「事故」扱いされる「レベル4」以上になったことはない。2004年ではなく、1991年の蒸気発生器伝熱管損傷が「レベル2」だ。
それはその「事故」が放射能事故に限られているからです。プラント事故という意味では2004年の二次冷却水漏れ事故は電力業界全体を揺るがす大事故であったことは間違いない。あの事故は火力発電所でも起き得るものだったのだから猶更です。
そのデータ開示が虚偽報告である可能性やさらに重要で深刻な情報を隠蔽している可能性はあるんだがな。
最近はIAEAや外国の専門家によって東電の嘘が論破されつつあるが、かといって昔からの隠蔽体質がすぐに直るものではない。
こと原子力行政に関していえば、日本政府と日本の電力会社は今回の事故以前から国際的にまったく信用されていなかった。
本来なら日本政府が世界に向けて国際的デマを検証・否定すべきだが、
外国からも国民からもまったく信用されていない民主党政権が何を言っても説得力は皆無。
外国人からは、日本政府の「安全宣言」は歴史問題における歴史修正主義者の言い分のように思われている。
増田だが、何のデータも持ち合わせず勝手な憶測でデマ飛ばす外国メディアよりはましだろ。
不十分ではあってもデータを開示なされ、事後的ではあれ専門家による検証の余地が残されている分だけな。
まあその検証も御用学者って言葉が大好きな奴らは聞く耳持たないだろうがな。
もちろん今の情報開示が適切とも十分とも思わないし、今後も厳しくチェックする必要はある。
だがその飯舘村にもモニタリングポストがあって、ネット環境があればいつでも線量は調べられるだろ。
日本国内だけでなく世界各地にモニタリングポストが置かれているんだぞ。
仮に何か隠蔽、改ざんしている情報があってもその辺の数値との刷りあわせで、完全とは言わないがある程度は検証できるだろ。
その値まで操作されていると考える奴は放射能もダイオキシンも二酸化炭素も政府もないユートピアで安らかに寿命全うしとけw
ところで陰謀論が大好きな奴らは外国の報道を見て「日本企業を締め出すための情報操作」とは考えないのか?
Five Egyptians
http://www.newyorker.com/online/blogs/newsdesk/2011/02/five-egyptians.html
Posted by Jenna Krajeski
February 10, 2011
雨と消耗、ホスニ・ムバーラクのかたくなな態度にも関わらず、タハリール広場の抗議者たちはその場にとどまっていた。
白衣の医師、スーツ姿の弁護士などの専門家もみすぼらしいキャンパーとともに金曜日の行進の先頭に立った。
ムバーラク退陣の憶測が流れる直前、私は5人のエジプト人にインタビューを申し込み、
今までの体験と今後の予定、拘束を解かれたばかりのグーグル幹部のゴニームへの印象、タハリール広場に行くかどうかについて聞いた。
友人の忠告を排して、「心理的に準備できていない」としてヴェールをかぶることを拒む。
■この16日間をまとめてみてください
サリームは抗議者たちについて当初、「複雑な感情」を持っていたという。
しかしその「勇気と辛抱強さ」が「数十年起こらなかったこと」を実現させたことで、衝撃をうけ感化され、「誇らしさを感じ、タハリールへ行きたいと思うようになった」と話す。
しかしサリームと同居する両親が身の危険を案じているため、実際には参加しないという。
「他の人たちと同じように、1週間休んでいた」
彼女たちは「状況がすっきりする、少なくとも道に出るのが安全になる」のを待っていたという。
■誰が次の大統領になるべきでしょうか?
■ニュースを知る手段は?
国営テレビについては、「しばらくはみていたけれど、信頼性に欠けていた。明らかに意見をねじ曲げて革命を攻撃していた」。
■ワーエル・ゴニームの印象は?
「行動を起こしたことについて尊敬しています。兄だったら、ものすごく誇りに思っていたと思う」
■エジプトを離れるつもりは?
31歳。アル・ジャジーラ・イングリッシュのカイロ特派員(エジプト出身、エジプトとアメリカ合衆国で育った)。
28日、モーヒェルディンはデモを生中継するアル・ジャジーラのチームを率いた。
彼自身はこのことをアル・ジャジーラの「湾岸戦争的瞬間」だと述懐している。
■この16日間をまとめてみてください
モーヒェルディンはタハリールで夜を過ごし、2度にわたってエジプト警察に身柄を拘束されたという。
抗議行動は「人々を喜ばせ、力づけ、怖がらせている。そしてそれ以上に、気づきを与えている」
「これほど多くの種類の感情が込められた事件を扱ったことはない」と語る。
「非常に厳しい」アル・ジャジーラのオフィスは2度侵入された。機材の一部は強奪され、レポーターたちは監視や取調べを受けた。モーヒェルディン自身は身柄を拘束された。
人目につかないようにカメラを持ち歩いて取材することは困難だが、彼は試みた。
「当局はアル・ジャジーラに対する糾弾キャンペーンを張った」という。
■誰が次の大統領になるべきでしょうか?
「外国の干渉を受けずにエジプト人が直接選挙で選んだ誰かになるべき」
■ニュースを知る手段は?
「主要な報道すべて」
ニュースを必要とする一般の人々にとって見るべきなのは、「アル・ジャジーラ・イングリッシュ。いや本気で」
「はい。ジャーナリストとして、起きたことを世界に伝える義務があります」
■ワーエル・ゴニームの印象は?
「エジプトの素晴らしさを体現している人物。彼のような人が何千といるのを見てから、エジプトの将来については楽観視している。彼らなら、正義と公平性の価値に基づいて自分たちの国の行く末を決めることができると思う」
■エジプトを離れるつもりは?
「仕事で派遣される場所は色々あるだろうけれど、私の足は常にエジプトに根ざしている」
定年まではエジプト内閣における人民議会のフランス語翻訳の責任者。
■この16日間をまとめてみてください
彼女は抗議行動の間、ガーデン・シティの自宅にとどまっていたが、元政府職員として状況を注視していたという。
「テレビで見る限り、怖かった。モロトフの博物館付近での爆破はとくに。ほとんど放火したようなもの。人間は逃げられるけど建物は逃げられない」
アブダラーは退職しているので、人民議会関係職員との接触はないという。
■誰が次の大統領になるべきでしょうか?
「オマール・スレイマンが一定期間の代役として有力な候補だとおもう。軍での経験は国を安定化させるのに役立つはず。人柄もいい。ムバーラクは病気だし、次の指導者は健康で強く、静かでなければならない」
■ニュースを知る手段は?
「アル・アラビーヤやアル・ジャジーラも以前は見ていたけれど、国営テレビに切り替えた。ケーブルテレビはものごとを誇張しすぎている」
■ワーエル・ゴニームの印象は?
アブダラーは彼について詳しくは知らなかった。「今の時点では、誰かをシンボル化するのはよくないとおもう。スタジオを泣きながら出たと聞いている。それは幼いと思う。ただ、インタビューを見ていないのでちゃんと判断はできない」
■エジプトを離れるつもりは?
「絶対にありません。旅行はするかもしれないけれど、帰ってきます」
29歳。作家、教師、学芸員。カイロにある多くの現代美術のギャラリーの展示を手がける。
■この16日間をまとめてみてください
「うまくまとめられない」リフキーは言う。
彼女は物理的にも「タハリールの人々数百万の中にいて」、仮想空間でも「#Jan25 革命のツイートの中にいた」。
「#Jan25 以来、普段どおりのこと、やらなければならないことだけをやっている。あまり睡眠がとれず、緊張している」
■誰が次の大統領になるべきでしょうか?
本当に聞くべきなのは、彼女によると「どういうシステムが作られるべきだと思うかということ。その上に誰が座るかではなく」。
■ニュースを知る手段は?
「複数のテレビチャンネルをみている。ほとんどすべての報道の抜粋も読んでいる。最初はCNNの報道を見ていたけれど、アル・ジャジーラ・アラビックとイングリッシュもみはじめ、主流メディアの状態をチェックするためにナイルテレビもときどきみるようになった。ただ、ニュースは市民の情報源から直接受け取ることも多い。自分自身頻繁にツイートするようになった」
新聞については「アル・マスリー・アル・ヨウム、アル・ショロウク、アル・アーラムを手がかりとして読んでいる。ニュースを知るのはジャーナリストの報告、市民のブログ、そしてほとんどの場合ツイッター経由。自治体 (governorate) に電話をして報告をもらったり伝えたりもする」
「毎日行っている。実際にその場に行くのと、情報交換をするのと両方に時間を割り振っている」。
木曜の夜、リフキーは広場で寝ることにしているといい、「寝袋を用意した。これがないと無理」
■ワーエル・ゴニームの印象は?
「彼は反対者として、政権の急所を突いた。感情的に情報操作をする、少し父権的すぎる政権。ゴニームは人々を有機的に代表した。ドリームテレビに彼が出演したとき、3000万人が共感した。あれで、金曜日の街に出る人数が1000万人は増えたと思う」
■エジプトを離れるつもりは?
「いままでもエジプト内外を行き来している。そういうことで、いつか、政治家になったほうがいいのかもしれない。いま考えている」
芸術と教育をタンタ大学で学び、現在は妻と娘とともにカイロで暮らす。
妻は妊娠中。
■この16日間をまとめてみてください
アボウ・ハターブはタハリール広場でなんどか夜を過ごしたという。
そしてその結果に驚いている。
タハリールでの集会では「はじめて、異なる政治的背景を持つエジプト人が一緒に住み、話し、この後の人生について夢を語った」という。
その日の広場では、ムバーラク派の抗議者は「昔ながらのラクダ使いとフェイスブック使い、ツイッター使いとの挟み撃ちにあっていた」。
2月2日の午後、アボウ・ハターブは自宅ちかくで襲撃を受けた。
そして首にかかっているIDカードを引っ張り、気道を切りつけ、黒い棒で彼を殴りつけた。
襲撃を受けてから、ファーティーは一週間の間、あまり仕事にもどる気分になれなかったという。
「仕事と抗議行動への参加とのバランスをとろうとしていた。エジプト市民として、、それをやるべきだし無視できないと思っていた。さいわい、仕事場でもニュースを伝え、知ることはできた。24時間いつでも読者に革命について伝えるようにしていた」
■誰が次の大統領になるべきでしょうか?
「タハリール広場が一人の選出に合意することはできないと思う。エジプト人全員の、自由な選挙にまかせるべき」
■ニュースを知る手段は?
テレビは「BBCアラビック、アル・アラビーヤ、BBCワールド」。
新聞は、すべてを読むが、アル・ハヤートが好み。
「もちろん。いつも行っている」
■ワーエル・ゴニームの印象は?
アボウ・ハターブの見るところ、ゴニームは「すごくがんばっている」という。
「ワーエルはフェイスブックのページの管理者が現実での指導者になる瞬間を体現した。ワーエル(が指導者になる)にはまだ努力が必要かとも思う。そう簡単ではない。新しい経験だから」
■エジプトを離れるつもりは?
元増田。あー…なるほどね。
論を張るときってのは、
AはBである。
BはCである。
よってAはCである。
って進めるのが基本なわけよ。
うん、論理はそうなっているが、これって、要するにCが結論でAやBが理由だろ?卒論では、「結論を先に書く」、つまり、「Cである。その理由は、A→B→Cだからである。Aが言えることはxxから分かる」っていう書き方をしろ、と習ったよ。だから、どの段落も、なるべくCを一番最初に書いているつもり。
この三段論法でA→Cを帰結するというのが、1つの「論理操作」(論理演算、といった方が分かりやすかったか)だと思っている。そして、「時間あたりの論理操作能力」というのは、基本的には「時間あたりに演算できる回数」と同じような意味で使っている。じゃぁ、なんで「論理演算」と書かなかったかというと、無意味な結論Cをいくらたくさん帰結しても、それは能力が高いとは言わないからだよ。Aが与えられたときに、有意義な結論Cと、そこに至る道筋Bを即興で組み立てることのできる能力を「論理操作能力」という言葉で刺したつもり。「操作」は、英語だとoperationの意味で使っている。一回の操作が"an operation"、複数の操作が"operations"。
だいたい、「頭の回転が速い」って置き換えれるなら、
「頭の回転が速いヤツとは議論するな」でいいじゃん。
「頭の回転が速い」は曖昧だから、単に「頭の回転が速い」っていう言葉を使ったら、それぞれの読み手が勝手な想像で「頭の回転が速い」っていうのを想像するだろ。俺の考える「頭の回転が速い」と、お前の考える「頭の回転が速い」は違うだろ。定義を追記で与えたのは悪かったが、どうやら、単に「頭の回転の早い」よりも厳密な概念を伝えようとしているようだ、ということはお前にも伝わっただろ。
地方のFラン私大卒の俺ですが、こんなに頭の悪い文章は久々に見た。
だいたい、「頭の回転が速い」って置き換えれるなら、
「頭の回転が速いヤツとは議論するな」でいいじゃん。
誰も知らない言葉を勝手に作って、定義も無しに使って論を進めるとかって何なの?
論を張るときってのは、
AはBである。
BはCである。
よってAはCである。
って進めるのが基本なわけよ。
お前の論は1文1文が全然つながってないの。いきなりAからCにいってるからわかりにくい。
その上、関係ないところで冗長性が高いから余計にわかりづらい。
曖昧性がないように書くっていってるけどお前に足りないのは論理性と客観性だよ。
頭の回転が速いヤツとは議論するな
1.東大生には頭の回転が速いヤツが多い。
頭の回転が速いとは「 」な状態のことを言う。
頭の回転の速いヤツは「 」な速さでこなしてしまう。
3.頭の回転が速いと議論の場においては特に有利である。
それは「 」な理由による。
4.そして頭の回転の速さは先天的な能力であるため、訓練によって鍛えることはできない。
それは「 」が「 」な理由による。
よって我々常人が頭の回転を速くすることは不可能であるので、頭の回転が速いヤツと議論をしてはならない。
5.しかし万が一、頭の回転が速いヤツと議論せざるを得なくなった場合は
「 」するとよい。
なぜなら「 」が「 」であるためだ。
6.そして頭の回転の速いヤツというのは往々にして「 」しがちである。
これは「 」が「 」になるという問題点を抱えている。
それはその通りだが、その事と、東大生・情報操作能力の因果関係は0ではないものの、強固である。ということでもない。
むしろ、東大>官僚 や 東大>大企業のルートは そこに行こうと思ったら 簡単そうに見えて実は競争激化で厳しい道の1つだろ。
むしろ、東大は、 平均以上で安定化のルート。 積分したときの人生の幸福度は大きいと思うけど、 持てる者という程でもない。
なので、元増田の文章は、うっかり楽なルートと思って険しいルートに入ってしまった悲鳴にすら聞こえる話であって、それ以外ではないなぁと。
そもそも論として、わかり易い例を上げれば
東大生がどんなに頑張ろうと、美術では美大、音楽では音大にかなわない。
こういう中でごく、簡単な例で
仕事をすると 営業を東大が 実務を美大がやる Webデザイナーみたいな会社が作れるかも知れない。
これが分業と協業。
まさに貴方がおっしゃられているように、東大生は弁が立つことが多い。多いのだから、そういう仕事をやればよい。他の人は他の仕事をやれば良い。
こういっちゃなんだが、世の中蛇の道は蛇で 金がなくてもツテなんかでいいものを安く手に入れるルートやなんだは存在するし 学がなくても儲けている奴もいっぱいいる。
そういう中で、東大生を特別視する理由も、敵視する理由も何も無い。
適度に仕事して、適度に幸せに生きて行く事に 論理操作能力の高い必要は必ずしもないし、したがって、東大をでることも必ずしも必要じゃない。
にもかかわらず、論理操作能力の高い低いに拘泥されても、そら、ようするに、学歴エリートコースという道を選んだ人間の話であって、大抵の人間にはあまり関係ないのよねー
世界のすべてが、金で生きてるわけでも、ステータスで生きてるわけでもないのよねー。
それに、東大生相手に勝つ方法が無いわけじゃないし。東大の人も何人も知ってるけど、いや、普通に詐欺に会うことだっていくらでもある。つまり、詐欺的手法にはかかるんだよ。
だから、別に、必要なら東大生を仲間にする、詐欺的手法でハメる。いくらでも手がある。
全ての東大生が東大生Or Notで団結するなら、そらおっしゃる通りだが、そら、一部の職場だけだw
そういう意味では、情報操作能力の高い相手に、情報操作能力で戦うから悪いんであって、それ以外の自分が得意なもので戦えばいいでしょ?みんなそうしてる。
http://getnews.jp/archives/80423
どんな観点から見ても変な規制、なんてものはあんまりない。
たとえば、市場競争を促すための規制緩和というのは、往々にして消費者保護法制とトレードオフになってる。業者から見て、競争を阻害するガチガチの規制は、消費者団体や日弁連から見て、必要最低限の弱者保護だとか。消費者団体や日弁連から見て、合格点を与えられる程度の規制は、業界から見て、市場を殺すような規制だとか。後者の典型例が、消費者金融という業界をこの世から消し去ろうとしている上限金利&総量規制ですな。
こうした両極のどちらかに位置する規制は、その対極からの強い反対により、そもそも導入できないのが世の常。また、トレードオフなんだから、両極がどちらも大賛成、なんてものは、理念的にはあり得ても、現実的にはほぼ絵に描いた餅。結局、実現している規制ってのは、両極がどちらも不平たらたらではあれど、ま、しゃーないか、って反対はあきらめるようなもの。つまり、関係者に感想を聞けば、誰もが反対だったりするけれど、無い方がいいとか、もっと強化すべきとか、その「反対」が持つのは全然違ったベクトルだったりするわけだ。そこをうまく調整できたものだけが、規制として実現する。
「両極」なら、大概は足して二で割れば調整できちゃったりするケースが少なくはない。でも、「業者」が、既得権者と新規参入者とか、大手と中小とか、日系と外資系とか、いろいろと分かれていたりもするし、「消費者」が、都会と地方とか、金持ちと貧乏とか、被害の多寡とか、これまたいろいろ分かれていたりもして、現実は往々にして多極である。多様な第三者が絡むこともあるし。こうなると、調整の難度は幾何級数的に跳ね上がる。
冒頭のリンク先ではとんでもない情報操作がなされているけれど、議員立法は、実は提出だけなら決して少なくない。現与党の民主党は議員立法に抑制的なので政権交代前を見ると、
http://www.shugiin.go.jp/itdb_gian.nsf/html/gian/kaiji171.htm
議員提出法案の数は内閣提出法案の数を上回る。ところが可決・成立する法案は、内閣提出法案の方がはるかに多く、結果的に、多くの規制は内閣提出法案に基づくものとなっている。この差は、偏に調整の有無によって生まれてる。板ばさみに会い多くの関係者から相矛盾する罵詈雑言を浴びながら、汗をかき雑巾をかけ、なんとか皆が許容する妥協案を纏め上げる存在がなければ、法律なんてできっこない。
何故だか経産省の役人には、とりわけ役所に否定的になって転職したOB/OGには、こうした現実の政治過程が(目にはしているはずなのに)わからない人たちが多くて、原氏もその伝なんでしょう。もっともうまく人を騙すのは、騙しを真実だと自らも信じ込んでしまう詐欺師なわけだけど、リンク先の記事もまさにそのように、多くの人々が釣られるんだろうね。船に乗ったはいいけど、船長の「こんなはずじゃなかったのにぃぃぃぃぃ」という叫びを聞いて始めて、騙されていたことがわかる。
原氏の成功報酬が法案成立ベースでなくて法案提出ベースだというなら、自分は船に乗らないわけだから、そのビジネスモデルはご立派なものですが。
常にどこかで論争になるtwitterは、人間性の凶悪さを醸し出しています。
そもそも、140文字で伝えられるはずもないのに伝えた気になってたり、
面白いと思って面白くないことを書いたり、リプライやRTで馬鹿みたいに変態発言を繰り返すガキとかが多すぎます。
そもそものtwitterのスタンスというものが何か知らないのですが、
アメリカの使い方と日本での使い方は完璧に違っている気がします。
所変われば品変わるとは言いますけれど、日本では炎上の原因になってもいますし。
某漫画家さんも140文字なんかで言いたいことを伝えられるはずもないのに伝えた気になって、
その言葉の上辺の意味とか、違う意味とかを勘違いして理解した人がRTでつなげていって…。
阿呆じゃないのかと。
断片的な情報だけがRTされてTLにのったら、その人の印象が偏ってしまいます。
例えば
「何故ならば、人間存在は利己的に行動しようとするからである」
という二つのポストがあったとして、上のポストだけがRTされたらどうでしょう。
提言するのに、何故理由を分けて書くのかが理解できませんけれど、
恣意的なのかどうか分かりませんが、上のポストだけをRTして悪者にしようとする。
情報操作にかかるのはいつも考えない人だけ。
情報が流れてきたらすべて鵜呑みにするのではなくて、少しは疑ってかかってください。
もとのポスト自体が悪いことも結構ありますが、それでも直接には関わってこないだろうし。
それなのに、こういうポストするとか人間的にありえないよね~、なんてRTで流す、その性悪な根性とか。
嫌というほど目にしました。
twitterではこういうのがありふれている気がします。
特定個人の名前を出して罵詈雑言が溢れかえっていたり、リムーブ・ブロック騒動だの。
twitterなんて浅い関わりでその人自身を理解出来るわけがないんだから、飽きたらリムーブするでしょう。
そもそも、こっちが好意を持っていても、相手は知らなかったり、場合によっては嫌悪していたりすることも。
140文字だと、その加減がよく分からないので、ちょっとしたことで人間関係に亀裂が入ります。
こういうのは、リアル知人とはやらない方が良い気もします。
お互いをある程度しっているなら、連絡手段や場所の特定としては良いかもしれませんが、全世界に公開しているメールと同じ。
結局は、使い方次第で変わってくるのでしょう。
twitterの使い方は人それぞれ。
RTするのが一番楽しいとか、リプライをし続けるのが大事だとかもあるでしょう。
変態発言を繰り返して悦に入ることや、欝ポストを垂れ流して人を不快にさせたりするのもあるでしょう。
けれど、そのTLはフォロワーが見ているのです。