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はてなキーワード: 君主とは

2011-07-26

あれは虐待だったのだろうか?

♀、もう社会人になって5年ぐらいの歳。



今日、ふとしたことから思い出した嫌なことがある。

誰にも言えないのでここに書く。



高校生まで父と風呂に入っていた。

というか無理矢理入らされていた。



小学生の5、6年ぐらいからそれとなく拒否するようになったのだが、父には笑って誤魔化された。母は特に何も言わなかったと思う。

中学生になると何とかして時間をずらすよう子供ながら知恵をこらすようになった(宿題しなきゃーとか言って)。回数は少し減った気がするが、なくなりはしなかった。

一緒に入らないと父は不機嫌になるようになった。

高校生になった。さすがに気持ち悪くてもう無理だと思い。初めて父にはっきりと口に出して「お父さんと一緒にお風呂に入りたくない」と言った。

殴られた。

それ以上暴力を揮われるのが嫌で、泣きながら一緒にお風呂に入った。父は上機嫌だった。母は困っていたようだったが特に口を出したり、止めてくれたりはしなかった。

大人になったら絶対に家を出る、そして父を殺してやる、なんて今思えば出来そうにない事を本気で考えていた。



性的虐待になるのかどうかは分からない。

単純に、自分に逆らう人間が嫌いだったのだと思う。

少なくとも成長していく娘の体に性的な欲望を覚えたわけではない、と信じたい。


彼は家族の中では何よりも自分が一番偉く、家族のことは全て自分の思うままになるべきだと信じている。

今でもそれは変わらない。

少しでも自分の意に沿わないことがあると、理不尽な怒りで周囲に当り散らす。ただし、相手は家族限定。

外では人格者と言われているらしい。父の知り合いは皆、口を揃えて言う。「こんなに良いお父さんでうらやましいよ」と。



全然良いお父さんじゃない。

家族は皆、父の怒りの矛先が自分に向かわないよう、常に父の顔色を窺って生きてきた。

我が家で父は絶対君主で逆らうことを許されない存在なのだ。(こう書くとなんかアホらしい)



社会人になったと同時に家を出たが、未だに父が不機嫌になったり声を荒げたりすると動悸がするし手足が震える。勝手に涙が出てくる。

明らかに父が間違っていることで意見をしようとすると父が露骨に不機嫌な顔を見せる。それだけでもう何も言えなくなる自分が情けない。

本当に悔しい。復讐してやりたいのに。

2011-06-16

マズロー人間心理学君主道徳奴隷道徳

私はこのエントリの真に驚くべき言説をもっているが、上限文字数が少なすぎるので、ここに記すことはできない

2011-05-04

ばあちゃんから殿様の話をきいた

ばあちゃん(大正うまれ)から、ひいじいさん(ばあちゃんのお父さん・明治初期うまれ)の話を聞いた。

ばあちゃんの家は田舎藩主の家臣だったらしい

ひいじいさんは明治の人だけど、まだ主従関係の影響はハッキリと残ってて、

藩主家の当主のことは「御前様」と呼んでいたとか、

当主の息子が結婚するときは旧家臣も集まって会議したとか、

ばあちゃんのお兄さんも、正月には「御前様」の家に挨拶に行かされたとか、

正月には「御前様」の家で園遊会がひらかれたとか。



昔っちゃ昔だけど、80年前にはまだ、江戸時代君主―家臣がひきずられてたんだなあ、と意外だったり

でも明治維新から60年しか経ってなかったわけで、当たり前かもなあと思ったりしました



田舎藩の小藩の家臣でもこんな話が出てくるのだから

今でもそういう意識がどこかに残ってる人達がいてもおかしくないね

そんな話、ないでしょうか。

2011-03-21

言葉を変えて言う奴がうざい

天皇が飾りで王じゃないなら日本君主とか説明してんじゃねえよ。日本がどういう国で、誰が君主かちゃんと説明しろ。どうせまともに説明したら、犯罪王が人民を極力好き勝手に抑圧して搾取している地獄たい社会しかないんだろ。

2011-01-29

Wizardry 狂王の試練場のパーティ

1.スカルダ:人間、戦士 → 侍に転職



2.ディードリットエルフ、戦士 → 君主転職



3.ドワーリン:ドワーフ、戦士



4.フロドホビット盗賊 → 忍者転職



5.(そのときの気分で):ノーム僧侶 → 司祭転職



6.D.S.:人間魔術師



5の名前には何を入れるべきか、いつも悩む。

他の5人は固定。

2010-12-04

http://anond.hatelabo.jp/20101204014257

文化だっていうのは分かってるって書いてあるだろ?

天皇家を廃絶しろって言ってるわけではない。

国体から除去すべきっていうのが俺の意見な。まあ、ここまで書いてないけどな(ごめん)。

それ(制度)が不合理だったら正すべきじゃないか

不合理を不合理として残しておくから、当時も天皇政治を行っていたわけでなく、利用されて八紘一宇とか、大東亜共栄圏かいろいろ生まれたわけだろ。

んで、お前みたい曖昧で限りなく危うい天皇観を持つ人間がいる。

今の政治状況で天皇の名のもとに排外主義ナショナリズムを主張するクーデターが起きたらどうせ賛同しちゃうんだろ?

俺は日本っていう文化歴史国土そのものにアイデンティティをもつべであると思う。

そこに基づくちゃんとしたナショナリズムが生まれてほしい

天皇は確かに今までの日本の象徴だったけど、ちゃんと考えれば日本の象徴として必要ないことがわかるよ。

フランスたいに、君主が居なくても自国に誇りを持つ国家の方が、多少は健全だと思う。

天皇がいなくなっても第二第三の「天皇」に相当する(役割を果たす)存在や思想や制度が生まれてくると思う。

それが天皇以下の存在であってもいいんだ。

少しずつ進歩していく姿勢が大事だと思う。

2010-10-08

http://anond.hatelabo.jp/20101008122055

過去歴史において、芸術価値を重視するような謙虚な(?)パトロンはどちらかというと珍しいね。

それこそ一国の君主とか、道楽貴族とか。主流派ではなかった。どっちかっつーと

雇用主の評判を高めるのに効果的な音楽を作ってくれる」

「(あらゆる経路で)承認欲求を満足させてくれる」

このへんが重要。特に後者だと、愛人関係も無きにしもあらず。


そして、彼らが作っていたのは『商品』ではない。

強いて言えば商品は彼ら自身とその芸。パトロン消費者

要求されていたのは雇用主個人への働きであって、

創作するものの「芸術価値」は本質的には関係ない。

どっちかっていうと、そういう役割を負っていたのは教会だ。


現在のショービジネス世界だけど、これはそもそも利益を上げることが大前提

曖昧な「芸術価値」、なんてものに微塵も価値が無いけど、

価値の無さの度合いは(見栄や外聞が関与しない分)もっと熾烈。


非常に即物的でカネに汚い世界だよ。

同時に、承認欲求にも汚いけれど、カネを生まない存在価値はない。

過去芸術家と、現在の「アイドル」「アーティスト」の違いは、

個人つきの執事と、回転寿司屋の店員の違いって言ったら分かりやすいだろうか。


プロダクトが定期的に排出されるわけでもない歌手とかを従業員ないし「ファミリー」として迎い入れるっつーのは、

ソロバン弾いてものを考える人からしてみたら本来ありえないことっしょ。


レコード会社はそうだね。そういう役割を(これまでは)負っていた。

沢山集めた「歌手」を支えることで、その中から所謂ミリオン歌手みたいな存在が出てくる。

そして、彼らの稼ぐ金で会社全体を支える。その余裕の中から次の稼ぎ手が出てくる。そういう産業構造

ただ、ここでも、能力のある表現者を『保護』するのは、あくまで将来的に利益を上げるためだ。

今は産業自体が空洞化して、そういう役割を期待できなくなっているけれど。

既に雇ったミュージシャン社員を支えるだけで精一杯で、新しい稼ぎ手を育成することが難しくなっている。

結果的に、今はインディーズなんかで「既に売り上げが見込める」商材を青田買いして売り捌くケースが多い。


でも、ジャニーズ事務所(というか、タレント事務所全般)はそういうカラーは薄いね。

稼げないタレントは即解雇コネも無ければ、もしくはそれこそ枕営業みたいな方法で残してもらうしかない。

……ここまで来ると、個人に対する奉仕、という意味で、かつてのパトロン制に近いんじゃない。


でもまぁ取り敢えず、「プロデューサー」と「パトロン」はまったく別のものだ。

興行によって金と影響力を得た個人が、金と影響力を持った個人として、「パトロン」に近い振る舞いをすることはある。

ただ、それは基本的に(あなたが誤解しているように)芸術社会的価値だとか、公共の利益を守るための行動ではない。

2010-09-21

バレたときが怖いなあ

http://anond.hatelabo.jp/20100921010110

本人たちが「先生が私たちをのせるために方便を使った」ということを自覚したとき、何が起こるかが問題だ。そもそも担任の先生リーダーシップが無いから学級崩壊が起こるわけだし、この対応を見れば「今、形が整えばいいでしょ」という学級運営をしていることは明らか。

公立の小学校なら毎年クラス替えがあるんだろうから、来年度はこの先生にあたらないよう祈ったほうがいいよ。

代替案は「係」の撤廃。誰も何もしない状態で1カ月過ごせば、他のクラス大分様子が違ってしまっているだろう。「係をさぼるとどうなるか」が具体的に見えるようになったら、近所のクラス見学して回ればいい。で、クラスで話し合えばどうだろう。

話し合った結果「係なんかいらない」となるのなら、それはそれでOKしてやればいい。それが民主主義でしょ。学校の言うこと、先生の言うことが絶対だったら、君主主義でしょ。

何がなんでも学校の決まりを守らせようとするから、こんなことになるんだ。「なぜ、この決まりがあるのか」から理解させるようにしないと、結局、前よりひどい学級崩壊になると思うよ。

2010-09-06

エホバの証人とは

はてなID:ykkjhrk

はてなキーワード投稿しましたが、編集合戦を避けるため、こちらに転載します。

エホバの証人とは

公式サイト

http://www.watchtower.org/j/ 雑誌バックナンバーや聖書研究の手引き書などがいくらか読める。

http://www.jw.org 機関誌ポッドキャストフィードの受診、書籍、電子雑誌などがダウンロードできる。

http://www.jw-media.org 広報室の公式サイト

概要

キリスト教一教派。jwとも略される。

名称の由来は旧約聖書メシア預言のひとつであるイザヤ43章10~12節に基づく。

エホバの証人についての解説(公式サイト): http://watchtower.org/j/jt/article_02.htm

個人サイト): http://biblia.milkcafe.to/thesis009.html

ものみの塔聖書冊子協会」は、彼らが用いる代表的な法人の名称である。世界本部はニューヨーク法人ものみの塔聖書冊子協会にあり、出版物の著作権表示はペンシルバニアものみの塔聖書冊子協会となっている。(ただし、「わたしたちの王国宣教」は、2009年4月以後、著作権表示がエホバの証人クリスチャン会衆"Christian Congregation of Jehovah's Witnesses"となっている。)

なお、ものみの塔とは1879年に創刊された雑誌の名称であり、ジェームズ王欽定訳のイザヤ21章8節などを由来としている。聖書預言と照らし合わせながら世界情勢を見張っている、という意味がこめられている。さらに、1884年、この雑誌出版社として現在ものみの塔聖書冊子協会が米国ペンシルバニア州非営利法人法に則って登録された。したがって、彼らは自分たちを「ものみの塔信者」とは言わない。ものみの塔協会は法人名に過ぎないからである。

また、「エホバの証人」という語は彼らが構成する集団社会と、信者各個人の両方を指す。(英語などの場合、複数形と単数形で区別する。)したがって彼らは、「エホバの証人信者」という表現は使わない。ちょうど、「クリスチャン信者」とか「ムスリム信者」などと言わないのと同様である。

1870年米国にて、チャールズ・テイズ・ラッセルらが聖書研究会を結成したことに始まり、1931年米国オハイオ州コロンバス大会で、「エホバの証人」という名称を採択する決議が可決された。この大会は短波放送で中継されており、日本にいた数名の信者も決議に加わった。(なお、戦前・戦中の大日本帝国下では、「灯台社」という名称で活動しており、天皇は被造物であるなどと主張し、本土および台湾・朝鮮において、治安維持法違反検挙されている。―参考: 灯台社または燈台社または燈臺社を調べるぺえじ http://www.geocities.jp/todai_sha/

聖句と聖句を比較しながら論題別に掘り下げてゆくという19世紀の聖書研究者ヘンリー・グルーの聖書研究ポリシーが、現在でも一貫して守られており、エホバの証人出版物の特色となっている。聖書は文字通り神の霊感(インスピレーション)を受けた神の言葉であり、普遍、無謬であって、絶対に矛盾していない、という前提で聖書を調べ、矛盾と思われる箇所がある場合には、ほかの聖句を持ってきて説明しようとする。聖書で聖書を説明するのである。(ものみの塔2006年8月15日号12~15ページを参照。)

((聖書は矛盾している、との主張に対するエホバの証人の反論については、「ものみの塔出版物索引」の「聖書の信ぴょう性」の項の「聖句間に見られる調和」という見出し以下から資料を探せる。))

信者数は日本で21万人ないし30万あるいは40万とも言われ、2009年現在全世界で731万余の伝道者が活動している。

全世界の統計(公式): http://www.watchtower.org/e/statistics/worldwide_report.htm

エホバの証人の実勢信徒数の数え方: http://jwpc.milkcafe.to/media03.html

機関誌ものみの塔」や「目ざめよ」などを配っている。最近雑誌の朗読版(mp3およびaac(m4b))やオーディオブックポッドキャスト配信、アメリカ手話(ASL)や日本手話(JSL)をはじめとする手話版のビデオキャスト配信、オーディオドラマやPDFによる電子書籍のRSS配信も行っている。

「目ざめよ!」は2006年以後月刊誌となり、「ものみの塔」は2008年から一般大衆向けと研究用(信者向け)とに分かれた。

出版物のダウンロードサイト(公式): http://www.jw.org

モルモン教統一教会と並び、カトリック総本山であるバチカン法王庁教皇庁)からキリスト教系三大カルト(または異端)の一つとされている。

また、カトリックと対立関係にあるが、プロテスタントではない。プロテスタント諸派もエホバの証人との教理上の相違が大きく、エホバの証人自信も自分たちをプロテスタントであるとは主張しない。

http://www.watchtower.org/j/20091101a/article_01.htm

エホバの証人スポークスマンによると、ときおり、日本基督教団牧師が「保護説得」などと称してエホバの証人拉致、監禁して強制棄教を試みるといった事例が生じており、アメリカ大使館日本警察当局に、これを事件として取り締まるよう勧告している。((なお、宗教監禁の実態(統一協会信者)に関する情報は、こちらの月刊現代の記事を参照。))

参考:2003年 国別人権報告書 http://tokyo.usembassy.gov/j/p/tpj-j20050601-50.html

ただし、SDA―セブンスデー・アドベンチスト教会―はエホバの証人に比較的好意的であり、国によってはセブンスデー・アドベンチスト系の病院がエホバの証人の望む無輸血医療を積極的に提供していることもある。

主な教義

  • 神の名

神の名はエホバであり、敬意を込めてその名を積極的に用いるべきである。

http://www.watchtower.org/j/bh/appendix_01.htm

なお、「エホバ」であるか「ヤハウェ」あるいは「ヤーウェ」であるかは彼らにとって大きな問題ではない。マタイ福音書主の祈りの冒頭にあるように、神の固有名を用い、それが神聖にされることが重要である、とする。(マタイ 6:9)

さらに、聖書を翻訳する際、神聖四字(YHWH(JHVH)テトラグラマトン)を「神」や「主」といった称号に置き換えると、読者は一般名詞としての神と固有名であるエホバとの意味の相違が識別できないという弊害が生じる。「神」(エローヒーム)と「エホバ」の違いについて、インペリアル聖書辞典(P・フェアベアン編、ロンドン1874年、第1巻、856ページ)は次のように例証している。

「それ[エホバ]はどんな箇所でも固有の名であり、人格的な神を、そしてただその方だけを表わしている。一方、エローヒームはどちらかと言えば普通名詞の特徴を帯びており、確かに普通は至上者を表わすが、必ずしも、またいつも一様に至上者のことを指しているわけではない。……ヘブライ人はあらゆる偽りの神々に対立する方のことをthe Elohim、つまりまことの神と言う場合があるが、決してthe Jehovahとは言わない。なぜなら、エホバとはまことの神だけの名だからである。また、わたしの神とは再三言うが……決してわたしのエホバとは言わない。というのは、わたしの神と言う場合、エホバのことを意味しているからである。また、イスラエルの神について語りはするが、決してイスラエルエホバについて語ることはしない。それ以外のエホバはいないからである。さらに、生ける神について語りはするが、決して生けるエホバについて語ることはしない。生きている方ではないエホバなど考えられないからである」。(訳文は、聖書に対する洞察、第一巻、「エホバ」の項より。)

  • 悪魔

ヘブライ語聖書中に「サタン」が登場するすべての箇所において、定冠詞が使われており、悪魔は固有の実在者であって、人の心に内在する抽象的な概念などではない。(ヨブ 1:6 脚注)

http://watchtower.org/j/20091001a/article_01.htm

神は愛の動機からすべての良いものを創造された。生きる喜びを分かち合うため、み使い(天使)や人間を、倫理的に自由な行為者、つまり神に仕えるか仕えないか、どのように仕えるかを能動的に選択できるものとして創造された。

やがて天使のある者が自由意志を誤用・悪用して神に反逆し、神の主権の正当性、妥当性、義にかなっているか否かに疑念を差し挟むようになった。その天使は、ヘビを使ってエデンの園にいた最初の男女アダムとエバ(イブ)を罪へといざなった。こうして、完全だった人間は不完全になり、原罪を受け継いで死ぬようになった。

悪魔となったその天子が投げかけた問いは、もっぱら倫理的な論争であった。つまり、悪魔は神の力を否認していたのではなく、宇宙の主権者としてエホバがふさわしいか否かを問題にした。したがって、悪魔と叛逆した人間を即座に滅ぼしても、この種の問題の解決とはならなかった。

神からの独立を望む人類社会には、神から倫理的独立してやっていけるかどうかを試す時間が与えられた。そして、数千年の歴史の中で、君主政治、軍国主義全体主義共産主義自由民主主義などあらゆる政治形態を試みることが許された。

神を愛する人には人間の政治に希望を寄せるのではなく、エホバによる神権政治を支持する機会が差し伸べられている。人間一人一人は、エホバの側につくか悪魔の側につくかを選ばなければならず、エホバの主権を受け入れることによって神の心を喜ばせることができる。―箴言 27:11。(←この側面は「忠誠の論争」とも呼ばれる。)

http://watchtower.org/j/bh/article_11.htm#q10_src

http://watchtower.org/j/bh/article_12.htm#q6_src

なお、悪魔の投げかけたこの論争は、当初から矛盾(論理破綻)していた。悪魔は、自分が論争に勝つなら、エホバ自分を生き続けさせる義務を感じるであろうと考えていたからである。神の公正に疑念を差し挟む一方で、神の公正をあてにしていたのである。(聖書に対する洞察、第一巻、「主権」の項を参照。)

  • 贖い

イエスは、人類を罪と死から救済するために天から地に遣わされた。イエス贖罪死と流した血によって、罪の許しの法的根拠が据えられ、人類には永遠に生きるみこみが差し伸べられた。

http://www.watchtower.org/j/bh/article_05.htm

http://watchtower.org/j/bh/appendix_04.htm

http://www.watchtower.org/j/20091101/article_05.htm

http://www.watchtower.org/j/20090401a/article_01.htm

  • 霊魂不滅の否定

http://www.watchtower.org/j/20091101/article_02.htm

http://www.watchtower.org/j/bh/appendix_07.htm

http://biblia.milkcafe.to/21-ec-12-07.html

  • 政治的に中立

クリスチャンは天に設立された神の王国の国民であるゆえ、地上の政治論争には一切「内政干渉」せず、神の王国大使また公使として振舞うことが期待される。―ヨハネ 17:16。

http://www.watchtower.org/j/bh/article_15.htm#q12_src

したがって、投票立候補などをしない。

神を愛する者は暴虐を憎まなければならない。―詩編 11:5。

http://www.watchtower.org/j/kn37/article_01.htm

(誤解されがちな点だが、彼らはいかなる戦いをも否定する絶対的平和主義者ではない。旧約聖書ヘブライ語聖書)にある数々の戦いの記録は、将来神があらゆる悪に報復されることを表しており、「復しゅうは神のもの」と聖書にもある。また、クリスチャンは各自「信仰の戦い」をしなければならない。なお、戦争には不参加となるが、政治的な中立の観点から、戦争反対デモなどの活動に加わることもしない。)

  • 血を避ける(地抜きされていない肉を食べない、また輸血を拒否する)

http://www.watchtower.org/j/hb/index.htm

地抜きされていない肉を食べてはならないという聖書の禁止事項は、イエスの流した贖罪の血に敬意を示すべきであるという考えを根底にしている。したがって、これはもっぱら宗教的な性質のものであり、物理的な意味で1ミクロンも血を摂取してはならないという意味ではなく、血抜きのための合理的な努力が払われていればそれでよしと彼らは考える。

輸血拒否に関する医学的な情報については以下を参照↓

日本臨床麻酔学会誌Vol. 26 http://www.jstage.jst.go.jp/browse/jjsca/26/3/_contents/

http://www.watchtower.org/j/bh/appendix_10.htm

エホバの証人ユダ王国の滅亡を西暦全607年に起きたと考えている。考古学の主流の学説とは意を異にしているが、この点は、「聖書に対する洞察」というものみの塔協会発行の聖書百科事典の「年代計算年代学、年代記述」の項で、かなりのページを割いて論じられている。

http://www.watchtower.org/j/20051115/article_02.htm

http://www.watchtower.org/j/20051201/article_02.htm

裁くのはイエスであり、誰が救われ、誰が救われないかを決めることに、エホバの証人は関与しない。―ヨハネ 5:22。

http://watchtower.org/j/jt/article_08.htm#saved

主な慣行

週に2回ある集会への参加および非信者への証言活動が求められる。(ヘブライ 10:24-25; マタイ 28:19-20。)また、年に1回、地域大会、巡回大会、特別一日大会という、より規模の大きな集まりがある。(詩編 35:18。)

http://watchtower.org/j/rq/article_14.htm

唯一の式典として、年に1回、キリストの死の記念(主の記念式)が行われる。これは、いわゆる最後の晩餐(最後の晩さん)を記念するもので、カトリックミサ(聖体祭儀)に当たる。―ルカ 22:19。

http://www.watchtower.org/j/bh/appendix_06.htm

指摘される点

新世界訳聖書 

彼らは「新世界訳聖書」という独自に翻訳した聖書を用いている。

オンラインバイブルインターネット聖書)新世界訳: http://www.watchtower.org/j/bible/

恣意的な翻訳だ」「自分たちに都合の良い内容に改竄している」という批判もある。

また、エホバの証人側はこれに反論している。

公式: http://www.watchtower.org/j/20080501a/article_01.htm

個人サイト: http://biblia.milkcafe.to/

不完全な引用

機関誌・書籍などで、しばしば古今の有名人の発言・著作を引用するが、前後の文脈を無視して極めて恣意的な引用をする傾向にある。(例えば、有名な古生物学者であるスティーブン・J・グールドの著作を、あたかも彼が進化論を否定しているかのような形で引用する)

参考:エホバの証人の本に見られる「不完全な引用

しかし、この点は近年改善されてきており、2010年に発表された創造を指示する小冊子では、相当の配慮が示されている。

人種問題

近年では全人類の平等を謳っているが、同協会に批判的な主張によれば、ローマカトリックを始め、他のキリスト教諸派よりもずっと後(1970年代)まで「黒人は神に呪われた種族であり、知的にも劣っており、終わりの日に遂に彼らが救済される時、彼らの肌は白くなるだろう」と主張してきたという。(下部の参考リンクエホバの証人情報センター」の記述による。同センターは論証的な立場に立っているが、エホバの証人に対する論調は全般に批判的。1970年代およびそれ以前の、エホバの証人における有色人種の扱いについて、より信頼性の高い情報源があればご教示ください。)

世界各国に支部があり、信者のうち白人は1/3程度と推測される。「統治体」と呼ばれる最高指導部は、設立以来多年にわたり白人男性のみで構成されてきたが、1999年メンバーサミュエル・F・ハードが加わったことにより、統治体にも有色人種が加わることとなった。

ナチスとの関係

1933年ドイツで政権を握ったナチスエホバの証人の弾圧を始めると、協会のドイツ支部は大会を開催して(ベルリン大会)、ナチスの政策を支持し、自分たちとユダヤ人は無関係だと主張する「事実に関する宣言」を全会一致で採択した。この大会には、当時のものみの塔協会の会長ラザフォードも出席している。しかし、世界各国に支部があり、本部がアメリカにあるエホバの証人は、この「宣言」以後もナチスの弾圧の対象となり続けた。

しかし、エホバの証人側は、ナチスを政治的に支持していたわけではないと反論する。

公式: http://www.watchtower.org/j/19980708/article_01.htm

個人サイト: http://biblia.milkcafe.to/07-jg-11-40.html

主な裁判報道など

大ちゃん事件

1985年ダンプカーに轢かれたエホバの証人子供大ちゃんが、両親の輸血拒否にあい、死亡。輸血をしても助からなかったとの見解もあるが、マスコミに大々的に取り上げられた。大泉実成著「ASIN:4768455646」に事件の様子が描かれている。

せっかん死事件

1994年、過剰な体罰、虐待によりエホバの証人信者子供が死亡した。

参考:http://www.jwic.com/abuse.htm

神戸市高等専門学校神戸高専)訴訟

エホバの証人である高専生が宗教上の理由で剣道実技を許否した結果、退学処分を受けたが、1996年3月8日最高裁判所は、この退学処分は違法であるとの判決を下した。

判決文(PDF): http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319123008290359.pdf

なお、これは教育と信教の自由に関する日本国憲法下における重要な憲法判断である。

輸血拒否事件

エホバの証人の婦人が、事前にいかなる場合においても輸血を施さないでほしい、なおかつ輸血しないことによって障害を負っても医師に責任を問うことは一切しないとの合意書に署名していたにもかかわらず、医師たちはひそかに、事前に示し合わせて、当初から輸血を断行することにしていた。手術後、内部告発によってこのことが明らかになり、裁判となった。2000年2月29日最高裁判所患者人格権侵害したと判決した。

ここでの問題は、強制的に輸血を施したことの是非ではなく、また緊急事態には輸血を施すというその病院の方針が裁かれたのでもない。むしろ、病院はそのような方針をもっているならば、密約をしたりダブルスタンダードをとったりするのではなく、誠実に病院の方針を説明し、患者信条に沿う別の医療機関を紹介すべきであった、ということである。

エホバの証人プレスリリース英語): http://www.jw-media.org/jpn/20000229.htm

判決文(PDF): http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/js_20100319120604218580.pdf

このほかにも、エホバの証人国内外で、後に重要な判例となる裁判を起こしている。

参考:衆議院議事録―第159回国会 憲法調査会基本的人権の保障に関する調査小委員会 第2号(平成16年3月11日木曜日)) http://www.shugiin.go.jp/itdb_kaigiroku.nsf/html/kaigiroku/010715920040311002.htm?

2010-08-09

アニメ漫画にある「女の子物語」の主人公は、大雑把にいって2種類である。

説明のため、ひとつタイプの名を、仮に社交型とする。


特徴

・皆から愛される人気者。社交的。

・食べる事が好き。空腹になると不愉快になる。

・集団の中で、無意識にいいポジションにいる。

・好き嫌いがはっきりしている。

・判断の基準が「好き・嫌い」 清濁合わせ飲むタイプ

感情の起伏は激しいが、後に残らない。

アイドル顔。

・原色やパステル系の色を好む。

など。


もうひとつタイプの名は、仮に神秘型とする。


特徴

・控え目。自分意見より、人の意見を優先する。ゆえに病気ストレスなど、生理的な影響を受けやすい。

・生活感がない。

自分の嫌いなものははっきりしているが、好きなものは曖昧。たとえば、「何を食べたい?」と聞かれても答えは返ってこないが、「これは食べたくない」は、すぐ答える。

・ ほっそりとしている。

ファッションセンスがよい。

・清潔か不潔か、自分なりの価値ラインをもち、不潔については、過剰に反応する。

・「あんなことをさせてしまった私が悪い」「こんなことを気にする私が悪い」と、言いがち。

・人の感情の波を和らげる力がある。

など。


こういった女の子が、主人公や、主要登場人物になりやすい。もっとも、中学生向けあたりから、そう単純にはいかなくなるのだが。

社交型と神秘型は、陰と陽である。


話はそれるが、例えば綾波レイ長門有希など、なぜか神秘型は、「男の子物語」に、登場することが多い。

神秘型の女の子に引かれやすい男の子タイプがある。仮に職人型とする。


特徴

・集中している感覚が好き。

・独断と偏見が強い。自分の中にある善悪概念で白黒つけるため、敵味方がはっきりしている。

・完全主義者。過剰なこだわり。

・こだわりが非常に強いが、自分に興味のないものは、まったく興味が持てない。オール・オア・ナッシング

・面倒見はよい。頼られると嫌いな人でもほっておけない。仕切り屋。

・執着心や持続力が強い。

睡眠は短くて深い。

・狭い場所を好む。


神秘型というのは、自分感情を廻りの人物、特に主人公に流されやすい。自分自分感情を、よくわかっていない、ともいえる。

彼女の事を、もっと知りたい」と職人型が思っても、女の子本人も、自分の事を、よくわかっていない。それゆえ職人型の男の子は、神秘型の女の子にハマる。


話を元に戻す。

アニメ桜蘭高校ホスト部」の話をする。原作漫画の方ではない。アニメの主人公は女子高生藤岡ハルヒ。他に6人の男の子が登場する。この作品、主人公のハルヒが、何を思い、何を考えているのは、ほとんど描かれない。彼女について考えたりするのは、廻りの6人である。主人公の女子高生藤岡ハルヒは神秘型である。彼女内面が描かれたと思われる「不思議の国のアリス」を連想させる回があった。あそこまでしないと、自分の願望がわからない、と捉えると、少し可哀想な気もする。

アニメでは、須王環と鳳鏡夜とハルヒ常陸院光と常陸院馨とハルヒ、の三角関係を描く事が多かった。それ以外の組み合わせだと、恋愛というよりコメディー色などが強くなっている。

須王環と鳳鏡夜は友人である。

常陸院光と常陸院馨は兄弟である。

埴之塚光邦と銛之塚崇は君主と臣下である。

最後の2人は、傍観的な立ち位置にいたので省くが、三角関係を描く時、「どちらを選んでいいか、わからない」「どちらを選んでも、おかしくない」という人選にしないと、うまくいかない。このアニメ場合、「友人」と「兄弟」の二つを使って、三角関係を描いた。

三人の関係ではあるが、須王環と鳳鏡夜、常陸院光と常陸院馨、対照的に描かれていた。太陽と月、昼と夜、どちらが正しいとか、間違っている、などではない。藤岡ハルヒと他二人は、恋愛一歩手前の関係ではある。が、友人対女の子兄弟女の子、といった関係でもある。おまけにハルヒは、自分感情を、よくわかっていない。だが、自分はわかっていないが、他人のそれは、わかるのである。

どのような最終回を迎えるのか、見ていて非常に興味があったが、ダイナミックな一回転で終わった。上から見ると、一回りしただけにも見えるが、横から見ると、一段昇ったのである。らせんうずまきのように。

もっとも、このアニメを、男装した女の子が、男子高校生に囲まれて、学校生活が楽しくなってよかったね、という話で捉えても、何の問題も無い。これはアニメだ、おとぎ話だ。

とはいえ、である。

私はフェミニズムジェンダーの人ではない。けれど、あまりに男にとって都合のよい女として描かれている。男装をしているため、女の友達がいない。ドラえもんの、しずかちゃん状態である。男装をしていると、特権階級の一員として扱われるが、普段、女の子の格好をしている時は、貧乏人である。こうして文章にしてみると、楽しいものではない。

父親はニューハーフであり、バイセクシャルである。典型的オカマ口調であり、女性連想させる。弁護士だった母親とは死別ている。が、回想シーンなどで登場する時の姿は、まるで父親のようである。その母親の後を追うように、娘のハルヒ弁護士を目指している。これが、父親と母親を逆転しただけなのか、別なものなのかは、今は触れない。

想像というより妄想ではあるが、ハルヒ性格を考えると、恋愛よりも、進学、卒業して働くこと、喰いっぱぐれない事を優先しそうな気がする。「お金持ちだから」という理由はあるものの、男の子達の意識に、そういうものがあるのだろうか。私には見えない。彼らに稼ぐ能力が無い、といっているわけではない。「お金はあって当たり前」と思っているように見える、といっているのだ。けれど、「結局女の子は、最後は王子様と結婚するものさ」とのん気に思っている男の子の側と、「それよりも、まずはひとりで食べていけるようにならなきゃ」と思っている女の子の側の、深くて暗い溝が、ぼんやりと見えるのは考えすぎだろうか。

この作品は、「女の子物語」ではあるが、「女の物語」ではない。女の子は、いつかここを卒業していく。いかねばならぬ。

神秘型を物語に登場させた場合、本人よりも廻りの人物が、彼や彼女について、多く語る。自分が語らない事で、キャラクターとしての内面が描かれる、という使われ方が多いように思う。さらに、神秘型の人物を語ることで、その人物は神秘型の彼/彼女を、どう思っているか、がわかる、という仕組みになっている。神秘型にモノローグは似合わない。させるとするなら、ポエムとして、だろうか。神秘型は、謎にしなければならない。

2010-06-04

もう何もかもに疲れた

伝えたい事も、伝わらない

伝わらない、が伝わらない

なぜ伝わらないかも、伝えられない、

なぜ伝えられないかを伝えられない、そのこと自体も説明できない

あなたと私との間にある全てが、言葉や仕草が伝えようとする事を歪めてしまう

この文章ですら真意どころか額面通りの意味ですら伝わらない

喜びも、悲しみも、楽しさも、怒りも


そして、それらが仮に伝わったとしても、何になるというのだろう

「ああ、そう。ふーん。で?」と処理されるだけである

行動として何かを、言動として何かを、返されたとする

それで、自分はどうなるというのだろう

たとえ相手が死を引き換えに何かをしたとして、何が起こり変わるというのだろう

なんでこんな世界に生まれてしまったんだろう

不完全だからこそ変わり、不完全だからこそ楽しむ事が出来る

未だ、腑に落ちない

完全な世界でいいじゃないか

何も変わらず、何も起こらず、なにも思わず

何もないという事は、この先においても何もなく、過去においても何もなかったという事で

君主道徳の良悪なんかどうでもいい

他者が求める価値なんかどうでも良いし、そんな価値は持ってないし、非生産に対してなんとも思わない

奴隷道徳の善悪なんかどうでもいい

誰かに立てた隷属的な誓いなんか無くなってしまったし、保証さえされないし、支えのないまま立てる強さはない

どちらも生きてなんかいるから考えるだけの話で

主体の出来事を客体から見て解決しようとすれば、生きてる事には意味はなくて

主体として修正不可能に思いこんでるから生きているわけで

擬似的に、仮想的に客体の視点で考えれば、死んでもいいわけ

完全な世界にいきたい

完璧世界なんか求めないから

2010-05-17

社会科学ノートからの抜粋 (まおゆう感想

まおゆう読んだ。すごくおもしろかった。みんなぜひ読むべき。



魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」まとめサイト

http://maouyusya2828.web.fc2.com/



ほかの人の感想はこちら。



魔王×勇者」が「その先の物語」を描けた理由

http://d.hatena.ne.jp/GiGir/20100510/1273472249

泣けるほどおもしろすぎるネット小説を読んだので熱烈推薦するよ。

http://d.hatena.ne.jp/kaien/20100423/

人生を変えることのできる物語魔王「この我のものとなれ、勇者よ」勇者「断る!」

http://d.hatena.ne.jp/izumino/20100422/

その先の物語~次世代の物語類型のテンプレート

http://d.hatena.ne.jp/Gaius_Petronius/20100429/

はじまりの物語

http://medt00lz.s59.xrea.com/wp/archives/795

魔王世界を征服できない問題への一つの回答となる「まおゆう

http://d.hatena.ne.jp/lastline/20100517/1274022158




みなさん、すげーテンション気合の入った文章。実際、かなり面白かったので、興味のある人はぜひ。



そして以下は、読み終わったあと、テンションがあがりきって大学時代講義ノート引っ張り出して書きました。

たぶんネタばれはない、はず。(追記)スポイルするかもしれないので、読了後によむことをおすすめします。



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昔、ある人は考えました。

幸せってなんだろう?」



みんなは「お金があれば幸せ」っていうけど、何か違う気がする。

幸せの源泉は、お金じゃなくて、お金で買うことの出来る『モノ』だよね?

幸せお金』だと思っている人たちは、みんな奪いあいばかりしていて、

「誰かが得をすれば誰かが損する」っていうけど、それって、きっと間違ってるよ。

例えば農作物なんかは、みんなががんばって働けば増えるよね?

奪い合うことにつかうエネルギーを、みんなで『幸せの源泉』を生み出すことに使おうよ!!



この『ある人』の名前を、経済学の父、アダム・スミスと言います。



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まおゆう」は、みんなが幸せを求めて奪い合いばかりしているのに、

ちっとも幸せになれないでいる前近代社会で、

魔王アダム・スミスが「違うやり方もあるんじゃないか」

「みんなが幸せになれないのか」必死で模索を続ける話です。

結果、魔王は、人々の労働生産性を向上させることを通じて

「奪い合わなくてもみんなが幸せになれる世界」を目指し、ある程度の成果を収めます。

しかし、魔王は考えます。「何か足りない」「何かおかしい」



アダム・スミスが『国富論』を出版し、経済学スタートしたのは、1759年のことでした。

この『国富論』は彼の独創ではなく、多くの先人の思索の上に成り立ったものでした。



魔王が足りないと感じていたのは、おそらくこの『多くの先人の気付き』なのでしょう。



前近代においては、まず『国王国家』があり、その下に各人民権利を与えられます。

近代においては、まず『個人の権利』が前提として存在し、そのために国家が設立されます。



前近代社会というのは未だ「神様のいうことが唯一正しい」という世界で、

そこに突如現れた近代社会科学の申し子たる魔王のやりかたは、

過程をすっとばしていきなり答えを出しちゃったようなもので、

基礎となる考え方が共有されていない以上、いくら成果をあげても、なんか、ふわふわ。



それでも、「まおゆう」では、魔王を取り巻く登場人物が、

魔王に影響を受けて、少しずつ『多くの先人達の気付き』を埋めていきます。



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昔、ある人は考えました。

「どうやったら平和社会になるのかな?」



そもそも「人間はみんな善の魂を持っている、だって神様がそう決めたから」

っていうけど、そんなこと無いよね?現実みろよ!

みんな欲望むき出しじゃん!奪い合ってんじゃん!人間は悪だよ!

誰かが「恐れられる君主」になって、縛り付けないと平和に何かならないよ!

人間の一生は既に決まっている。奪い合うならそれは運命なのだ」

ってそんなことないよ!



運命に挑戦する強い意志が、事実を冷静に判断し、決断する強い心があれば、

運命だって切り開けるはずだ!!



彼の名をマキャベリと言います。

マキャベリが『君主論』で説いた『運命に挑戦する強い意志』=『徳』は、

主体的に道を切り開こうとする近代的個人のモデルとなりました。



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昔、ある人は考えました。

「国って何で必要なのかな?」



あれだね、人間ってほんと欲望強くて、いやになるね。

そりゃ、確かに人間には皆「幸せになる権利」があるよ。

でも、それを放っとくと多分、みんな自分利益のために奪いあいになっちゃう。

戦争とか最たるものだよ。馬鹿馬鹿しい。

きっと、みんなそんな世界には住みたくないから、

人間の欲望=『権利』を預けるところが欲しくなったんだろうな。

きっとそれが『国家』なんだ。人間が作った元気玉。別名『可視の神』。

でも、ちょっと元気集めすぎて、絶対的な権力になりすぎかも。

怖くて逆らえないし。でも、生きてくためには仕方ないか。。。ジレンマだなぁ。。。



彼はこの『可視の神』を、伝説の怪物『リヴァイアサン』に例えました。

彼の名前は、ホッブズと言います。



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そして昔、ある人は考えました。

人間のもつ権利って何?」



なんか最近人間マジクズっすわ」「あぶねえ」「あいつらの権利とりあげようぜ!」

って言う人いますけど、ぼく、それおかしいと思うんですよ。そんなことないんじゃない?



人間には、ぼくたちには『幸せになる権利』があるんだ。

生命』と『身体』と『自由』と、そして『財産』を持つ権利があるんだ!

人間が放っておくと欲望に取り付かれる、殺しあう」

そんなことない!



たとえ人間の行動は欲望からスタートしたとしても、『真の幸福』について思いを馳せて、

誰かを傷つける前に自分の欲望をとめられる、『真の自由』が人間にはあるんだ!

国に預ける権利は「誰かに傷つけられた時に報復する権利」だけで十分だ!



ぼくたちはいつだって白紙の切符を手に持って生まれてくる。

だから『真の自由』を持って平和に暮らせるような社会をみんなで作っていこうよ。

例えば、ほら、教育とかにちからいれてさ。



彼の名前ジョン・ロックと言います。

彼は、アメリカ独立宣言、フランス人権宣言に大きな影響を与えました。

そして現在資本主義自由主義の考え方の源泉となっています。



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おれ、気付いたんだけどさ。『モノ』作るとき、一人で作るんじゃなくて、

みんなで役割分担=『分業』したら、生産性、めちゃくちゃ高まるよ!

だからさ、みんなで前よりたくさん『モノ』を作れるようになって、みんなで交換したら、

もっともっと幸せになれるんじゃね?



アダムスミスが『国富論』の冒頭で述べたこの考え方は、

近代経済学の基礎、『分業と交換の原理』と呼ばれています。



そして、この労働の分業化が進むと、他人の労働生産物との交換が不可欠となるため、

人々の経済的協力が要求され、結果として調和的秩序がもたらされる。



物語の始め、魔王が夢見て、商人が憧れた『あの丘の向こう』は、きっとこの調和的秩序なんだろうと思っています。



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まおゆう』は、僕らの生きる資本主義社会が、

多くの勇者運命に抗い、

『あの丘の向こう』を夢見て手に入れたものだということを

改めて再確認してくれる、すばらしい物語でした。

おれ、いい歳して、けっこういろんなところで、ぼろぼろ泣いちゃったよ。



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で、魔王勇者物語が終わって。『あの丘の向こう』の『あの丘の向こう』は何?

それを目指した別の『魔王』がマルクスだったりするんだけど。たぶんまたそれは別のお話

2009-12-31

天皇制というか君主制について考えている

君主制正当化される理由は何だろう。

  • 合議制は慎重性を、独任制は迅速性を旨とする。

日本ではハイブリッド議院内閣制国会-内閣-首相)が取られている。

世界的には直接選挙大統領間接選挙首相を両立させる国も多い。

直接選挙では国民の意志が反映され、間接選挙では専門家である政治家の意志が反映される。

国民が減税してくれる大統領を選んでも、増税やむなしと思っている政治家増税する首相を選ぶかも知れない。

逆に、歴史民族の分断がなければ、君主制を廃することは、君主が象徴してきた歴史民族国家から切り離すことになり、民族国家では抵抗があるだろう。

歴史民族の象徴を国家と切り離して、千家や市川流みたいに名誉ある市民として残せば、歴史民族は保たれるという考え方はありうる。

  • 帝王教育については、今それを使える国と使えない国がある。

日本天皇に実権がないから帝王教育を受けても使いようがない。

ただし外交文化歴史に関する教育が違い、それによって君主だけが高度な外交政策文化政策歴史政策を実行できるということはありうる。

ただそれは外交プロ文化プロ歴史プロ高級官僚として育成して代表すればいいのであって、それを一人に圧縮するというのは、やはり人類の脳は象徴、擬人化という分かりやすさから逃れられないのかも知れない。

とにかく、専門教育の度合いだけ言えば、君主首相大統領より高い教育を受けられる立場にある。

  • 表にするとこんな感じ。
制度 民主 迅速性 慎重性 専門性 象徴性
合議制
首相
大統領
君主制
官僚制

こうして見ると、専門性と象徴性を生かすことが出来れば、君主制を残す意味は大いにある。

  • あるべき君主制はどんなものか
    • 政治と政策以外の全ての国家関連機能に関する教育を集約し、特殊な官僚として国家を代表させる。この場合政治や政策とそれ以外の領域を厳格に分ける必要が出てくる。
    • 外交はともかく、文化歴史はとりあえず政治や政策以外と言える。そうした機能を集約し、国家と切り離し、民間における第一人者にする。この場合政治や政策以外の機能を国家管理できなくなる。
    • 結局「政治とは何か」「政策とは何か」「何を持ってそれ以外と言えるか」ということを考えなければならない。

2009-12-27

簡単な立憲民主主義の話

日本は立憲民主主義国家である。

立憲主義とは権力の制約のあり方の話で、絶対主義と対置されるべき物である。

民主主義とは権力の所在の話で、君主主義と対置されるべき物である。

 

立憲主義民主主義は、絶対王政から市民の多数派へと権力を移行させる過程で発展して来た。

王権神授説を前提とする絶対王政に対し、貴族達が、立憲主義により王権を制約した。

立憲主義により弱体化した王・貴族から、市民が、民主主義によって権力を奪取した。

そういうわけで、今は立憲民主主義が多くの国で採用されるところとなっている。

 

しかし立憲主義民主主義は時に対立する。

立憲主義はいかなる権力であれ制約するので、民主権力に対しても制約的に働くからだ。

立憲主義がもとより王や貴族から権力を奪うための手段に過ぎないと考えるならば、民主化が達成された今日では、もはや立憲主義は廃止すべきとの考え方もあるだろう。

しかし、民主主義体勢下の権力にも抑制が必要であると考えるならば、なお立憲主義は必要な枷といえる。

 

さて、民主主義というのは全国民による統治を理念として掲げているが、実際には多数派による統治に過ぎない。

「最大多数の最大幸福」は、最大多数に含まれない物の存在を前提としている。

一人の王、数百人の貴族による統治に比べれば、国民の半数以上による統治が「大幸福」を導くことは明らかであろう。

多数決原理よりも多数に権力を行使させうる現実的な手段が見つからない以上、多数決こそが「最」大多数の「最」大幸福を実現する手段である。

しかし、そうであるならば、民主主義によっても少数者の幸福は実現されない。

多数派が行う少数者への配慮などというのは、国王貴族国民に対し道徳的(あるいは自益的)見地から善政を布くことと原理的に相違ない。

立憲的でない民主主義体勢下の少数派は、絶対王政下の国民が善き王を期待するのと同程度にしか、幸福を期待できない。

多数派がひとたび牙を剥けば、少数の共産主義者やユダヤ教徒は迫害され国外に逃亡する他なくなるのである。

 

民主主義は、少数派の犠牲の元に多数派の幸福を実現する危険を孕む。

多数派の幸福のみならず、社会全体の幸福さえも、少数派の犠牲によって増大しうる。

社会全体の利益のためには、一部の人々が犠牲になっても良い」と考えるならば民主主義を採れば良い。

そう考えないならば、立憲民主主義を採れば良い。

2009-10-20

日本の政治が拙いのはKOEIの責任

タイトルは半分本気、半分冗談

http://anond.hatelabo.jp/20091020061931

政治を簡略化したものとして思いつくのが、歴史シミュレーションゲームだ。どのゲームでもだいたい「開発」「施し」「人事」「軍事」「商人」のような行動選択肢がある。日本の現政権は今のところ「施し」、つまり国民の忠誠度を上げることに特化しているように見える。

施しは急いで国民を味方につけるのには最適の選択だが、この手のシミュレーションゲームでは「開発」をチマチマ行うことが長期的に国を強くする基本だ。開墾、治水、商業投資…などなど。(治水、つまりダム工事はホットな話題のひとつではあるが、個々のダムの効果・影響についての議論があまり出てこないところを見ると、パフォーマンスに分類されているように感じる。迷惑な話である)

予算が限られている以上、企業経済ではなく国民へ直接に施した分のお金に相当する分の開発が、犠牲になる。

君のおかげで日本人政治観に関する面白い発見をした。

 

たぶんKOEIの「三国志シリーズや「信長の野望シリーズを念頭においていると思うけど、そうしたシミュレーションゲームって維持費に関する考えに乏しいよね。せいぜい、軍の維持費ぐらいしかない。

つまり、大軍を保有すれば、それだけの軍を維持するための兵糧と金が定期的にかかるという考えはあるが、馬や鉄砲の保管にかかる維持費の概念はない。城壁の耐久度を上げる工事お金はかかるが、城壁の維持費という概念はない。

都市住民の君主に対する忠誠度は、税率と施しによってほぼ単純に決まる。一度施しをすれば、徴兵をしたりや災害が起こらない限り忠誠度が下がることはない。つまり、忠誠度の維持費という概念がない。(マキャベリがこれを聞いたら憤死すると思う)

こうしたシミュレーションゲームでは基本的には、開発すればするほど、徴税によって得られる兵糧と金は増える。しかも線形的に。そして都市人口・開発度は予め決められた上限まで上昇するが、その上限を左右するような選択肢は通常存在しない。

 

これは、単純にこうしたシミュレーションゲーム合戦シミュレーションゲームだからだと思う。

国力・内政に関する項目を極力単純化して、プレイヤー合戦フォーカスさせているわけだ。

 

ところが、もっと俯瞰的シミュレーションゲームである「シヴィライゼーション」を見ていくと、国力・内政に関する考えがより複雑化されている。

例えば、都市人口加速度を増やすために穀物倉庫が必要だ(もちろん維持費がかかる)。また、人口を一定以上に増やすためには都市水道を敷かないといけない(もちろん維持費がかかる)。

人口が増えれば、税収もあがり、都市生産力や科学力が向上するが、人口が増えることは、必ずしも良いことではない。

人口が増えると都市で暴動が発生しやすくなる。暴動を抑えるために、都市常設軍を増やして不満を押さえ込む(もちろん維持費がかかる)か、宗教施設(もちろん維持費がかかる)や娯楽施設(もちろん維持費がかかる)を増やさないといけない。人口が増えたら環境汚染も起こる。これを取り除くためには厚生施設(もちろん維持費がかかる)が必要だ。

 

こういったシミュレーションゲームリアルさっていうのは、やっぱり欧米のそれに劣るところがあるんじゃないだろうか。外交政策にしたって、KOEIのゲームでは、せいぜい同盟とか政略結婚ぐらいしかない。謀略もあってないようなもの。しかも満寵さんの人材登用能力は異常だ。

 

つまるところ、増田が想定しているシミュレーションゲームである「三国志シリーズや「信長の野望シリーズは、合戦国士無双武将や知将が大活躍するゲームだ。

あれ、これって・・・。

そう、「大艦巨砲主義」的なのだ。

「巨大な国力、優れた人材」というドグマに囚われすぎているゲームなのだ。

巨大な国家の維持は難しいし、優れた人材だけで戦争をするわけではないのに、だ。

日本人政治観は未だに「大艦巨砲主義」だし、維持費に関する視点も乏しい。開発すれば税収は増えると思い込んでいる。

 

こうした「大艦巨砲主義シミュレーションキャラクターゲーム日本の政治を拙くさせているのではないか。KOEIにしても、こういう形のゲームにしないと売れないと思っているのだろうけども。

2009-10-03

http://anond.hatelabo.jp/20091003131907

自分は左よりの人間だけど、ときどきこういう「日本小国…」とか思ってる意見を見ると(左でも右でも)イライラする。昭和かよ。



人口が1億人いて、小国なわけねーだろ(世界第10位)。島国だから確かに土地の面積は狭い(といってもヨーロッパの沿岸に日本列島を移せば、イギリスポルトガルを抜いて堂々ヨーロッパでは4番目に広い国となる)、でも排他的経済水域の広さでは世界第6位だ。GDPは言わずもがな世界第2位。OECD諸国内では珍しい非西洋文化を保持し、歴史ある君主国で、王朝は一応1500年ほど続いていると目されており(2600年というのはさすがに電波だが)文献その他の残り具合を考えてもこれは圧倒的にユニークな存在。科学技術での貢献度についても、とりあえず自然科学部門に限ったノーベル賞受賞者ランキングでは(それほど基礎研究に力を入れてるわけでもないのに)ベスト10に入ってる。大体「ガラパゴス」と揶揄される国内向けのみを対象にしたマーケットだって、逆に言えば「国内マーケットだけで飯になる」というマーケットの広さからくるものでもあるよな。日本小国だなんて、世界の誰が思ってると思うんだ?



どちらかというと、日本世界小国だとか思ってる奴って、たいていの場合自分の置かれた恵まれた環境に胡座をかいて、で、『日本の国内で少々何やったって、世界的にはどーってことない』と思ってそうだから腹が立つんだよ。国内でいい加減やられると、世界的に恥ずかしいっつーの。世界最低レベルの自称『ジャーナリズム』の有様とか、良い例。ほんと、いい加減にしろ。

2009-09-07

党による政府の統制、あるいはその逆

http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20090903/204007/?P=1

http://d.hatena.ne.jp/kenkido/20090906

研幾堂さんの文章はセンテンスが長すぎて非常に分かりにくいが、つまりはそういうテーマ

中国は、党と政府の分離と一体化というテーマで興味津々らしい。

国王でいえば属人的同君連合君主を同じくし、政府を異にする同君連合)に議院内閣制は似てるかもしれない。

総理にして総裁、あるいは、総裁にして総理。

社民とかが要求していた事前協議機関とかも、政府議会による支配という、いかにも社会主義者らしい方向だろう。

で、「与党」として内閣の要求に唯々諾々とするのはよろしくない、という意見もあったり、あるいは、政党による党利で政府が左右されるのはよろしくない、

という意見もあったりするわけだが、政権交代して、はじめて、そういえば議院内閣制って、いろいろ変というわけでもないが、

奇妙な感じがするところもあるなあ、と思い始めている。

2009-08-13

http://anond.hatelabo.jp/20090813120559

この前、内資から外資転職した俺が来ましたよ。

日本は完全なトップダウンで、現場に適切な権限と役割が委譲されてないから柔軟な対応できないんだよ。

転職前は俺もそう思っていた。でも違った。日本こそ現場主義。それに比べて米国企業パネェボスが絶対君主。内資だと、たとえば10M円未満の下請契約ならプロジェクトリーダ(SE部長)の決裁で締結できる、みたいな社内規則があって、ルール内での裁量は自由にきくんだが、今の会社だと全部エグゼクティブまで持っていかなきゃならない。転職後に読んだ外資転職マニュアル本にも同じことが書いてあったから、うちの会社だけじゃないと思う。人事も財布も全部ボスが握ってるから、スタッフは常にボスの顔色見ながら仕事する。現場に権限なんてない。柔軟な対応なんてできっこない。

2009-03-21

http://anond.hatelabo.jp/20090321150301

イギリスの王が兼ねてたりする。

ニュージーランドカナダは知らんけど、オーストラリアなんかはつい最近までエリザベス女王君主だったんだけど、ほんとうにごく最近その制度をやめたんじゃなかったか?

イギリス連邦の中なんかでもスコットランドの王はイングランド皇太子がやるとかなんとかあったような気がする。詳しくは調べてくれ。

要はヨーロッパの王って別の国の王を兼ねてたりする。兼ねてるのに別の国だっていうちょっとわけわかんない感じではあるよな。世界史なんかだとこういうのカール大帝のあたりで習ったような記憶

2008-12-09

日本SUGEE論

最近よく、文化、歴史政治的側面から日本を賞賛するような記事を目にする。

こうした記事に目を通すと、事実と些か異なっていたり誇張されていたりするが、それは別段大きな問題ではない。

というのは、日本がよい国であった、あるいは日本がよい国であるという主張に共感する人が大勢いるという点がこの問題の本質であるのだ。


アメリカ中国といった超大国は多くの国民国家の象徴である国旗国歌に敬意を表している。

イギリスにいたっては、移民に対して女王陛下に忠誠を誓うことを義務づけている。

果たして、日本人の我々は国家に対して、象徴たる君主に対して敬意や感謝の念を抱いたことがあっただろうか?

否、我々は教育の中で徹底的に自虐歴史観自虐正義感を植えつけられてしまっている。

そのために、「日本という国は悪である」という固定概念と都合のいい根拠だけを基に、国家存在意義や価値を判断するようになった。

さらに言えば、国家君主に敬意を表することは服従を容認することでなければ、その歴史を美化することでもないことに気付いていない人が多すぎる。

我々が脈々と受け継いできた文化や歴史を受け入れるということは、それらの中にあった過ち、例えば諸外国への侵略を正当化することでは決して無い。

にもかかわらず、そうした見当違いの思い込みや政治的な思惑で多くの日本人日本に対する誇りや国民たる尊厳を失ってしまった。


この元凶は、戦後の荒廃した日本を目の当たりにした今の教育者層が我々を教育してきたことに由来する。

そうした人達にとって、彼らの戦争絶対悪、国家絶対悪というのは理解できないことも無い。

しかし、歴史を少しでも学べばそうした自虐的な価値観を持つ必要性などどこにも無いのだ。

ただし、我々が少なからず犯した戦争などによる過ちを美化することはしてはならない。

それが客観的な歴史観であり、子供たちに国家への真の敬意を示すことになる。


そういった前提で、「日本はすごい国だ」「こういった事をしてきたんだ」という記事を読むことで、内なる自尊心に気付かされるのは至極自然である。

私たちには誇るべき文化や歴史があり、現在では政治経済的に世界貢献している。

こういう主張をするとすぐに思考停止に陥り、虚無な反論を試みる人がいるが、「我々にとって」日本が素晴らしい国であることには変わりないのだ。

それが嘘だというのであれば、日本SUGEE!コピペを読めばいいだろう。中には誇張もあるが、概ね正しい。

それを読んでも日本が凄い国であると本当に感心できないのであれば、それも個性であろう。


パスポートを持っている人であれば、こうした文言を見たことがあるだろう。

日本国民である本旅券の所持者を通行支障なく旅行させ、かつ、同人に必要な保護扶助関係の諸官に要請する。日本国外務大臣

我々は日本国民であって、その恩恵を存分に受けている。

我々の中には国を憎み、嫌い、怨むような人がいるが、彼らは大きな勘違いをしている。

あなたたちが憎んでいるのは「政府」であり、「国家」ではない。

政府があなたを小中学校に進学させ、政府年金を管理し、政府があなたの生活や安全を保護している。

逆に、政府があなたの生活を圧迫させるような政策を行い、政府があなたの意にそぐわないような政策をとっている。

国家政府関係政治学などで論ぜられるところであるが、重要なのは政府国家を混同している人がいる点なのだ。

もっと言えば、平安時代には政府はなかったがそれと同等の機関が存在したし、鎌倉時代には幕府がその役割を担った。

国家は、名称こそ変われどその間も変わらずに存在した。


日本という国と我々の関係は切っても切り離せない関係にある。

そうであるなら、自分国家を混同しその栄華に浸るのは愚かしく、我々の成長によって社会をよりよくしようとするのが真の愛国であり、国家への敬意の表し方である。

我々が政府搾取され、騙される存在であり続けるのは、何も言わず何もしないからであって、社会構造を変えるのは意志と行動のみである。

そこから脱却することで、我々は初めて、国家に対して誇りを取り戻すことができるのである。

2008-11-06

名前ファイルシステム

はてなでこんな質問があった

天皇家は何ていう名字だったんでしょうか?

むかしは曽我氏や物部みたいな名字があって、戦争に勝って日本君主天皇)になったから名字がなくなったと予想しますが、もとは何ていう名字だったんでしょうか?

http://q.hatena.ne.jp/1225630643

要するに現在ルートディレクトリはいつ仕様になったのかという解釈になるんだろうかと。

違うファイルシステム統合するためには戦争による再フォーマットが不可欠?

地平線まで自分の国だと思ったら地球は丸くて何百もの王国がひしめいていたから俺が仕様を統一してやるよ、とか。

2008-10-25

http://anond.hatelabo.jp/20081025141835

どちらも連載中の作品なので注意。よくよく考えてみたら、どっちも劇画村塾出身者だったな。

2008-07-27

http://anond.hatelabo.jp/20080727054154

なんとなく小町のこの話を思い出した。

http://komachi.yomiuri.co.jp/t/2008/0602/186871.htm

戦国武将に本気で嫉妬する彼氏

私の趣味戦国時代について調べること、なのですが

付き合っている彼がそのことに理解がなく困っています。


例えば、書店歴史小説を購入するだけで「年寄りじゃあるまいし」とグチグチ…。部屋に飾っているお城の写真や、旗指物(タペストリー)も気に入らないようで、「友達の彼女の部屋はもっとぬいぐるみ観葉植物があってかわいらしいんだって」などとイヤミのようなことを言ってきます。挙句の果てには別件で喧嘩している最中に「俺より○○(戦国大名)のほうがいいんだろ!?」と言ってくる始末。仕事の都合でデートを断れば「○○の方が俺より大事だからだ!」などと意味不明な嫉妬までしてきます。


趣味にかまけて彼をおろそかにしてたんじゃないの?』と言われそうですが、そんな心当たりは今のところ思い当たりません。むしろ趣味は自分の家のなかだけに留めて、彼の前で自分から話題にすることなども避けています。


もちろん、戦国大名のほうが彼より大事だなんてことは思っていませんが、この趣味は私の生きがいでもあり、「やめろ」と言われてはいそうですかとはいきません。

私が戦国趣味に目覚めたのはここ数年で、それまではまったく興味がなく、知っている武将は「織田信長徳川家康」ぐらいのものでした。はまったきっかけはむしろ彼のほうが歴史小説ドラマが好きだったためで(今の私ほどのはまりようではありませんでしたが)、彼の借りてきた大河ドラマDVDや戦国ゲームを一緒に楽しんでいるうちにライフワークになってきたんです。彼も最初はいっしょに楽しんでいて、「いつか○○城や○○合戦の跡地に行きたいね??」なんてよく話していました。


それがここ1年ほどで急に、戦国趣味にけちを付け始めたので戸惑っているんです。


男性がご覧になっていたらお聞きしたいのですが、彼のこの心理の変化の原因になにか心あたりってありますか? 歴史好きな女は気持ち悪いと突然思い始めたのでしょうか?理由がわかれば彼の気持ちも汲み取って対処していきたいんですが…。

ちなみに私の部屋には確かに戦国グッズが飾ってありますが、年に2回ほどしか部屋に彼は来ません。なので「部屋がオタクぽくて居心地が悪いから」というのは違うかな?と思っています。タペストリーなどもコピー用紙ぐらいの小さいものですし、あまり目立つものは置いていません。


また、過去わたしから戦国話を彼に振ったことは一度もありません。やはり当初は彼のほうがずっと詳しかったので、素人が知ったかぶりで話をしてはいけないと思ったからです。彼の知識においつおうと勉強していたくらいです。彼が戦国趣味を嫌がりだしてからも、もちろん自分から話題にはしていません。普段は家族や友達やドラマのことなどごくふつうの会話をしています。


彼の人となりは、私の戦国趣味を異常に嫌い始めた(というか武将に嫉妬しはじめた?)以外はとてもまともな人で、価値観家族観もぴったりのベストパートナーです。彼は今でもそう言ってくれますし、私自身に嫌気しているというわけではなさそうです。


最近では「○○(武将)なんて400年前に死んでるだろ!」なんて言って来ます。400年前に死んでる男に嫉妬する彼氏の気持ちがよく分かりません…。

私の大好きな武将は嶋清興(島左近)です。

君主に最期まで忠義を尽くしただけでも「すごい!」なんですが、何より関ヶ原で齢六十にして奮戦して死後後々まで恐れられたなんてエピソードを聞くとメロメロになってしまいます。往年の銀幕俳優のようなお顔立ちを想像しつつ小説を読むと、とっても幸せな気分になれるんです。

かっこいいですよね島左近。史実の左近ももちろん素敵なんですが、某ゲームナイスミドル左近を見ると、今すぐ三成になって一緒に壮大な夢をいっしょに語り合いたくなってしまいます。

彼氏は狭量だよなあ。

「今すぐ三成になって一緒に壮大な夢を語り合いたくなる」ってすんごく可愛いじゃないかwさらに努力家だし。

2008-04-25

http://anond.hatelabo.jp/20080425054439

ルソーテラバカス。やむを得ず選ぶなら君主政治だろ。君主民主主義政治を行うって政治形態こそ「地上の存在しないだろ」

自分は止むを得ず民主主義を選ぶのである。ルソー

「人もし随意に祖国を選べというなら、君主人民の間に利害関係の対立のない国を選ぶ。

自分は君民共治を理想とするが、そのようなものが地上に存在するはずもないだろう。

したがって自分は止むを得ず民主主義を選ぶのである。」

社会契約

ルソー

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