はてなキーワード: 膵臓癌とは
母は旅行で不在。父は数年前に糖尿病と膵臓癌で亡くなっているのでこの土日は1人だ。
卵四つでプレーンオムレツを作り、割引してたシャウエッセン一袋を焼く。これをおかずに炊飯器の残りの飯を片付ける。
昼の有線で小腹が空いたのでおやつにする。
箱物行政によって出来た地元のコミュニティセンターに立ち寄り冷房代節約。店員4人に対して客は俺1人。ご当地サイダー、アイスコーヒー、地元の菓子店が作ったケーキ、名産品を使ったパフェを注文。Kindleで読書しながら夕方まで涼む。
肉野菜炒めを作り、インスタントラーメンを3袋作り肉野菜炒めを載せて食べる。家のご飯は朝片付けたのでサトウのご飯で食べる。
下手にインスタントラーメンを食べたせいでラーメン欲が刺激されラーメン屋のラーメンが食べたくなる。車を走らせお気に入りのラーメン屋に行き、背脂味噌ラーメンと炙りチャーシューマヨ丼を注文。
帰りにガストに寄る。ドリンクバーとチョコバナナサンデー(ホイップ変更)を注文。ホットコーヒーとサンデーを楽しむ。
https://huspmkdez.online/news/2023/08/10/378.html
サニージャーニー、誹謗中傷に法的措置を取ると宣言。「示談希望されない方は賠償金と弁護士さんを用意してお待ちください」
夫のこうへいさん、妻のみずきさんからなるYouTubeチャンネル「sunny journey~サニージャーニー~」が8月6日、動画を更新。『私たちを誹謗中傷する人たちについて【膵臓癌ステージ4】』と題した動画を公開しました。
みずきさん「パートナーが誹謗中傷されることの方がずっとずっと辛い」
動画の冒頭でこうへいさんは、「本動画は弁護士さん監修のもと作成しております」と話し、みずきさんも緊張した面持ちでカメラの前に座っています。これまで約10カ月ほど、“アンチコメント”に対して法的措置を取らずにやり過ごしてきたという2人ですが、「アンチという人々はどんどん 過激化して名前を特定されたり、病院を特定しようとしたり 家族にまで迷惑をかけたり」と悪意を持って攻撃された結果、実生活とYouTube生活共に大きな影響を及ぼしていると現状を訴えました。
そして多くの誹謗(ひぼう)中傷に対し、「『無視する』では安全を守れない」と、法的措置を取ることに決めたことを報告。動画内でみずきさんは、こうへいさんにヘイトが向けられていることについて、「パートナーが誹謗中傷されることの方がずっとずっと辛いですし、許せません」と怒りをあらわにしています。
私は千葉県酒々井町で生まれ育ち、千葉県立佐倉高等学校を卒業し代ゼミから一橋大学商学部に入るまでは安穏と過ごしていた。在学中ストックホルム商科大学に留学し、ローベン島の離宮で行われたパーティーで知り合った貴族達と関わるうちに彼らの有色人種虐殺計画を知った。一橋大学商学部卒業後に神戸大学医学部医学科と医学研究科にてストックホルム貴族達の陰謀を暴くため研究に打ち込むも怯えた教授達から医局と学会を追放。サナトリウムにて亥鼻の工作員たちから拘束される屈辱を受けた。
現在、ストックホルム貴族達との決戦を決意しリクスダーゲンに向け、私をベルナドッテ王朝に代わるスウェーデン国王に推戴するよう働きかけている。
現在、多くの若年者が膵由来の悪性腫瘍で命を起こしている。そして、それらの原因はストックホルム貴族によって肝細胞に仕組まれた虐殺システムである。動物性タンパク質の摂取、怪我、骨折、感染症などによって炎症が起こるとマクロファージから放出されたサイトカインがシステムを作動しランゲルハンス島の活動を低下させるのである。ストックホルム性膵臓癌は膵体膵管に発生する。これは体位変換を伴う丹念なエコーによらなければ病変が描出されない部位であり、会社などの健康診断にはまず感知されず肝転移や肺転移を引き起こす。
ただ、今回あなたに起こった心窩部の痛みが「肝臓、胆嚢、膵臓に発生した悪性腫瘍であるか」と言われればその可能性は低いであろう。
あなたは痩せ型で、エコーによって膵体と膵尾がよく観察できたと仰っている。エコーによる膵臓観察の難しさは内臓脂肪などによる膵体の観察不良である。痛みを引き起こす大きさの膵臓悪性腫瘍があるとすれば、多少の観察不良によっても観察は可能である。膵体と膵尾の観察が可能であったなら病変の見逃しは考えられないであろう。
胆嚢、肝臓は超音波による観察が非常に有効な実質臓器であり、位置的にも膵臓に比べ観察が容易である。よって病変の見逃しもないであろう。
ストックホルム性膵臓癌はランゲルハンス島の活動低下に由来するため、血液検査によりアミラーゼと血糖値の異常が起こる。膵臓癌がなくてもそれらの異常は容易に起こるが、異常なしということはひとまず心配いらないであろう。
若年者の心窩部痛では機能性ディスペプシアは実は少ないのである。
異常な所見のない心窩部痛の原因として若い方に多いのが脾湾部にガスがたまる過敏性腸症候群である。これは大腸内視鏡によって異常が確認されない綺麗な大腸によく発生する。脾湾部の痛みは腹痛ではなく、上部脇腹や心窩部の痛みとして感じられる。
母が熱中症で亡くなった。
癌恐怖症で、少し体調不良が起これば膵臓癌だ、大腸がんだ、悪性リンパ腫だ助けてくれ、と騒ぐ母だった。そしてそのたびに近くに住む私か夫か息子がクリニックに連れて行き、近くの総合病院の勤務医だった時から診てもらっていた気に入りの医師から「心配ないですよ」という診断を貰いに行くのが日課だった。
以前から同居を勧めていたが、父と共に暮らした思い出のボロ家を出るのが嫌で頑なに一人暮らし。そのため毎年「ガンより熱中症に気をつけろ」と口を酸っぱく言っていた。エアコン代をケチる癖に毎晩ハーゲンダッツを食べていたのが母らしい。
昼寝しながら亡くなったようなので、正直ホッとしている。2人に1人が癌になる時代で、あれほど大騒ぎする心配性の母がいざ癌になったら落ち着けるのに一苦労だっただろう。特に母は、病院嫌いで大腸がんが手遅れになり、チューブに繋がれながら「家に帰してくれ!」「痛い!」とのたうち回っていた父の死に様を見ている。
父を看取り、憧れていたパリにも行けて、孫も曽孫も可愛がれて、独り身になってからは好きなだけ旅行行ったり友達と遊んで、もう十分満足したでしょ。
酒々井町という平凡な田舎で生まれ育った私は一橋大学商学部在学中、ストックホルム商科大学へ留学。そこでストックホルム貴族達の有色人種虐殺計画を知った。
帰国後、大学を卒業し叔父の家に居候しながら1年間勉強し神戸大学医学部医学科に進学。大学卒業後は初期研修に進まず基礎の道へ。
結果的にはストックホルム貴族達の不興を買うことを恐れた教授たちから追放されサナトリウムに拘束された。
活動開始後に知り合った男性の父はストックホルムの息のかかった医師から毒物(SGLT-2を阻害し血糖値を抑制すると謳っているが、実際にはランゲルハンス島の活動を抑制してインスリンの分泌異常を促し、膵管内における悪性腫瘍増殖と他臓器や骨への湿潤を促し死に至らしめる薬剤である)を投与され膵臓癌に犯されていた。
ここまで来て初めて彼は私の元に助けを求めてきたが、ここまで来ると既にどうしようもない。
私はせめてもの延命を行うため、酒々井町で収穫された新鮮な青梅と氷砂糖を瓶詰めにしたシロップを炭酸水で割り、それを男性の父に与えた。
彼は当初既に殆ど食事ができる状態ではなかったが、梅シロップの炭酸水割りと処方薬断ちにより徐々に軽快し、最終的には医師からの余命診断(実際には計画に基づく死の予定日)を大幅に超える4年を自宅で健康に過ごし、最後は心不全によって眠るように亡くなられた。
これと対照的であったのが、酒々井町立酒々井中学校の同級生であり千葉県立成東高等学校から日本女子大学に進学した私のかつて交際していた女性である。
彼女は栄養士として働き、夫と幼い子供と幸せな生活を送っていたものの、計画的子宮頸がんを発症。最後はステロイドを過剰投与され死に至った。彼女の無念と死は工作員を通じてストックホルム貴族達に報告され、彼らの晩餐会における肴となったのである。
この醜悪な現実に対し、ベルナドッテ家は人間としての良心から怒りを感じているようではあるが、立憲君主制のスウェーデンにあって外国出身の君主の力など狡猾で老獪、かつ軍産複合体や金融資本と結びつき力と金も持つストックホルム貴族達を牽制するには遠く及ばないのであろう。
これがベルギーのサクス=コブール=ゴータ家のように欧州屈指の財産(この財産はレオポルド2世の血塗られたアフリカ政策によって築かれたものであるということには注意)を持っているならば貴族や議会、軍産複合体を牽制することもできたのであろう。
いずれにせよ、北欧至上主義に基づく人種政策を地球規模で推し進め、ストックホルム世界体制を維持しようとするストックホルム貴族達をなんとしても挫かねばならない。
母は63歳。四国に住まい、膵臓癌で療養している。すでに末期であった発覚時からいつのまにかもう2年が経ち、もうごはんをたべることも自分でできなくなってしまった。
俺は35歳。四国に生まれて大学から関東に住んでいる。独身ながらもマンションを関東に買ってしまい、こちらに骨を埋める気でいる。そんな折りに母の膵臓癌が発覚し、しばらくしてから介護のため四国に戻ってきた。
現在は毎日毎日俺が家族親類の助けを借りながら食事をこしらえて口まで運んでやっている、そんな状況である。
先日在宅介護に来てもらった看護師さんから、母の命にはもう1週間の猶予もないだろうと告げられてしまった。
まだまだそういった事態は先だとくくっていた俺も家族も、大急ぎで葬儀の検討や荷物の整理に入ったところである。
そこでハンコの問題で関東にもどらねばならない都合ができてしまった。
人が死ぬと、相続というものが発生する。相続の際には、遺産分割協議という家族会議を行い、遺産分割協議書という書類を作成せねばならない。
その遺産がたとえ銀行口座に入っている119円であろうと、5000円の信用金庫の出資証書であろうと、それは遺産であり、相続が、遺産分割協議書が必要である。
ここで問題になってくるのが、遺産分割協議書に捺すハンコである。
遺産分割協議書には実印を捺さねばならず、相続する人が居住自治体にハンコを登録し、その登録した証書を添付することが必要となるようなのである。
さて俺は、以前にマンション購入をしている。マンション購入をした際に実印を作成し、自治体に登録していた。この時に実印登録をしていたのだが、マンション購入後には当然そのマンションに引っ越した。
しかし引っ越し先の自治体で実印登録をしていなかったのだ。いま俺がもっている実印は実印として登録されている実印ではなく、ただのハンコでしかないのだ。
このため、居住している自治体で再度実印登録をする必要が出てきた。
しかし実印登録をするには、居住自治体の窓口で申請を出し、許諾されなければならないのだ。本人がハンコをもって役所に赴き、申請書を提出しなければならない。
役所に問い合わせてみたが、郵送も他人への委任もできず、俺が役所に行くしかないらしい。役所に行ってハンコを捺して帰ってくるしかないらしい。
この電子化の時代、ハンコ廃止の時代に、こんなことが必要であるとは思いもしていなかった。
119円の現金を分割して相続するために、どうして片道4万円弱(正規料金)の飛行機で羽田まで飛ぶ必要があるのであろうか。あるいはどうして片道13時間のバスに揺られて東京までいかねばならんのであろうか。
ちなみにちょっと考えてみた結果、一度居住地の役所に郵送で転出届を出してから、四国の役所に転入届を出し、印鑑登録、相続手続きをして、再度四国から居住地に転出するのがいちばん手間が少なそうである。
父が末期癌になりました。
直腸癌で昨年手術し、その後転移してしまい様々な状況から手術で取り除けない為、この先は延命治療となります。
入院予定ですが、今は面会禁止となっていて入院したら母も会えません。もちろん東京の私はずっと会っていません。
私が最後に会ったのは2019年お正月で、父は正月が誕生日なので一緒にお祝いしました。
その時には癌とはわかっていたものの、手術をすれば問題ないという話で、まだまだ元気だったと思います。
その後、夏に帰る、秋に帰る、冬に帰る、と言い続けるも帰らず…職場でも父を心配してくれていましたが、仕事を優先してました。放射線治療がうまくいったという話だったので安心していたのもあって、あっという間に2020年。ようやく「春に帰ろう!」となったところでコロナ禍となりました。
この時仕事放り出して帰らなかったのは、「たいしたことじゃない」ということにしておきたかった、というのもあると思います。悪い方に捉えるのがずっと怖かったので、そんなに今までと変わらなくても大丈夫だもんね?という気持ちでした。
東京から遠いところです。仕事が激務なこともあり、元々年一くらいの帰省でした。
病人に会うなんて言語道断、東京から帰ってきたら誰に何を言われるか、もしその所為でお父さんに何かあったら、、、などなど母からマシンガン反対に遭い、手を尽くして帰ったところで母の心労が増えそうだったので見守っていました。
こんなにコロナ長く続くと思っていなかったし。
今年に入って、癌が悪化しました。切除手術してオストメイトになることが決定。
ここでも切れば大丈夫という話で、オストメイトの便利グッズないかな?と探してみたり、入院用にちょっといいパジャマ送ってみたり、ゴルフ始めるからリハビリ頑張って一緒に回ろう!と約束したり、どうにか前向きにしていこうと家族みんな思ってました。恐らく父も。あんなに人工肛門嫌がっていたのに、「かえって食欲増して太ってしまうかもな!」「大きめのパジャマで良かったわ〜」とか軽口叩いていました。
私と母がお願いだから少しでも長生きしてよ、というから付き合ってくれているところがあると思います。兄はもう頑張らせたくないとも言います。
2度目の抗がん剤の副作用がつらいと言います。膵臓癌って痛いんですって。オストメイトも不便なはずなのに弱音吐きません。何年か闘病続けてきて、これ以上痛い思いはして欲しくない。でも会えるようになるまで頑張って欲しいとも思います。
どうやっても私は会えないらしいんです。兄も東京にいて、第二子生まれたばかりだけど、どうやっても会えないと。
PCR検査をしても、自主隔離をしても。少し前なら自主隔離したら会えたかもしれませんが、何かあった時に私達のせいになるからと母は反対していましたし、今もそうです。
入院したら母さえ会えないんですが、父は一人で闘病し続けるんでしょうか?考えたくないですが、ずっとこのままなら、最期は家族で看取れないんじゃないでしょうか。
父はまだ70歳にもなってません。近所でもっと高齢のご老人を見るたびに「どうしてお父さんはあんな風におじいちゃんになれないんだろう」と考えたりします。少し前まであんなに仕事バリバリしてたのに。
はたまた、車を見ては小さな頃二人だけの車旅に連れて行ってくれたことを思い出したり、カラオケの帰り道運転しながらずーっと嬉しそうに歌の話をしているのを思い出したり、突然、あんなに小さい頃抱きつき虫だったのに大人になったら距離ができてしまったな、次は抱きしめたいなと思ったり。
その度にポロポロ涙が出るわけです。予告なく。
多分仕事をしていなかったら止めどなく考え続け泣き続けてると思う。好きな仕事が目の前にあることに心から感謝しています。
正直、コロナで会えないまま身近な人を亡くすような状況は他人事だと思っていました。
こんな形で自分の身に訪れると思っていなくて、「いつか会える」と普通に考えていました。
いやまあそもそも、まだどのくらい余命があるのかわからないのに、意外といけちゃうかもしれないのに、今から父の最後を一人にしてしまうことを考えるのは不毛かもしれないのですが、
もういよいよ眠れないのでこうして文にしてみています。
特に言いたいことはないんですよ。
だから今のうちに親を大事にしろとか、そういうことじゃないんですよ。私は病気した時の経験で自分の幸せが両親の幸せでもあると心から信じているので、結婚して東京で幸せに暮らしている今を大切にすることが答えになっているし、コロナはひどい!でもないんですよ。そんな感情のないもの責めてどうするんだって。なんで癌になるの、などもう無意味の極み。
ただ長生きして欲しい一心でしかないんですけど、それが難しいということが自分で受け入れられてないのかなと、書いてみて思いました。
ただ、一つだけここまで読んでくれた都会の方にお願いすることがあるとしたら、コロナで実家に帰れない田舎出身の人間に「なんで帰らないの?」とか聞かないであげてください。
大抵は聞かれた本人が一番帰りたいはずなので。
あなたに言い訳をする度傷付きます。言い訳をさせないであげてください。
そして、こういうエピソードを何かを批判する材料にも使わないでください。
「コロナのせいで…!」というところに当てはめて振り回されることは更に虚しさを呼ぶな、という気持ちでおります。私は何も憎んでいません。父がふざけたおじさんである限り、ふざけたおじさんの生む出来事はなるべくおかしくあって欲しいと思っています。
9月12日(土)、俺は、全身麻酔下で行われる精索静脈瘤(グレード3)の手術を断ることにした。
精索静脈瘤のことは、男性不妊を受診した人なら良く知っていると思う。
精巣の周りの血の流れが滞ることで、玉袋の排熱がうまく機能しなくなり、
精子の運動力が弱ってしまうというものだ。ご存じの通り精子は熱に弱い。
精巣のエコーと触診の後、俺はこう告知された。
左:3.6mm。右:拡張が見られる。自覚症状は全くなかった。
完治を望める治療法は外科手術しかない。保険適用で自己負担は4万円。
命に係わるリスクなんて全くない、腹腔鏡による低侵襲な手術で、
盲腸切るよりもはるかにイージーだ。ひと眠りする間に治っている。
それで、俺の精子が元気になるなら、しない選択肢は無いと、理性ではそう感じている。
†
5chとTwitterで全身麻酔の体験談を読んでいて、本当に気が滅入ってしまった。
過呼吸とパニック気味になり、みっともなく妻の前で何度も泣いた。
「あっという間に落ちる」
「10数えようとして最後まで数え切らずに落ちた」
「一瞬で落ちて、次の瞬間ベッドの上に居る」
これを、苦痛の全くない素晴らしい治療と捉えるか、それとも……
俺は、これはとても怖いと感じた。
手術を受けている間の、無意識下の自分はどこに行ってしまったのか?
目覚めた後の自分は、本当に、目覚める前の自分と同一なのだろうか?
突然プツンと意識が途切れるのは一時的な遮断ではなく、死そのものでないか?
今ここにいる自分は死に、同じ意識をバックアップした他人が目を覚ましているのでは?
そういった、途方もないものを想像した時と同種の、金玉が縮こまる感覚が、ある
手術に対する恐怖心は、弟が大病をしたこともあり、子供の頃から人一倍あって、
手術になったらどうしようと夜一人でベッドで震えて眠れないこともあった。
幸いにして、大怪我一つもせずにこの歳まで生きてきた。
だから、この問いに対する結論は先延ばしにしていればよかった。
その先送りのツケを、今払わされている。
いまどき、ガン告知だって、もう少しあっけらかんとしているだろう。
いい歳して、そのくらい動揺してしまった。精神的に堪えられそうになかった。
精液検査の結果は悪いものではなかった。運動率は少々低かったが。
放置したところで、ガン化したり、命に別状のある病気でもない。
男性不妊以外では、積極的に治療されることは稀という事実も存在する。
言い訳だけはどんどん出てくる。
結局、手術は受けないことに決めた。
†
手術が怖いと訴える若者の存在自体は珍しくもないかもしれない。
幼い時から、気を失う、失神することへの恐怖が半端無く強い。
30年余りにわたり肥大し続けた認知の歪みは、ちょっとやそっとで打ち砕けるものじゃない。
そうはいうが、お前は毎日キッチリ5時間寝てるじゃないかといわれるかも知れない。
正直に答えよう。俺は、睡眠を取ることさえ、怖くなってしまうことが、よくある。
実際俺は、イヤホンでASMR音声を聞き続けていないと、不安のために寝落ちすることができない。
耳から入ってくる音声を頼りに、眠りにつく前の自分と、目覚めた後の自分の自意識が
ひとつながりになっていることを、毎日自分に言い聞かせ、それで漸く、おっかなびっくり
落ちていくことができるようになったのだ。全身麻酔ではそれができない。
手術室でもASMRを流してくれたら、それも可能かもしれない。
先日は、それすら堪えられなくなった。中間過程――睡眠によって4時間も5時間も、
途絶えてしまった自分の意識の屍――を想像してしまい、そのことがとてつもなく、恐ろしく
感じられたのだ。それは、死の時間そのものだ。横たわるベッドはさながら棺だ。
自分という存在が消滅してしまう恐怖を抱えて、どうして、赤子のように、
最近は、睡眠中1時間おきにアラームを鳴らすことで、これに対処するようにしている。
1時間の睡眠ならまだ「こちら」へ戻って来られるという感覚的なものが、自分の中にはある。
ウトウトしたかと思ったタイミングで、アラームが鳴る。現在の時刻をチェックする。
これを繰り返すことで、無意識を回避しつつ、朝までの時間をやり過ごす。
論理ではないのだ。
結局自分が納得できるかどうかが、恐怖を乗り越えるのに一番大事だと思わされる。
全身麻酔ではそれができない。
手術室でも1時間おきに覚醒させてもらえれば、それも可能かもしれない。
(思考実験をしてみたが、30分で完了する手術なら、躊躇なく受けていたと思う)
昏睡への恐怖を訴える患者に対して、麻酔科のWebページではこう説明されている。
今まで麻酔から目覚めなかった患者は存在しない。必ず覚醒している。だから大丈夫だ。
真っ当な説明だ、こちとら原理まで散々調べたからそれは承知している。
そう、それでも、絶対安全な「作り物の死」であっても堪えられないのだ。
思い出したが、俺はジェットコースターも楽しめない人間だが、それと同根な気もする。
ビビリの俺は、カリブの海賊からスモールステップで難易度を上げていかなければならない。
幸いにして精索静脈瘤には、自費負担にはなるが、日帰り局所麻酔による治療も
存在する(ナガオメソッドは良さげだがとても高額で、貯金を溜めておかないと払えそうにないが)。
どうしても自然な受精が困難であればこちらも選択肢に入れることにしよう。
†
これから20年30年生きていれば、体中にガタがどんどん見つかるはずだ。
脳ドッグを受ければ、脳動脈瘤が必ず1個や2個は見つかるだろう。
祖母は心臓が弱かった。心臓にカテーテルを挿入しないといけないかもしれない。
そのたびに、泣きわめいて何とか全身麻酔を回避する方法を探し求めるのか。
きっと俺みたいな臆病者がガン告知で取り乱し、代替療法にハマった挙句、
治るはずのステージをみすみす悪化させて、全身転移の末苦しんで死んだりするのだろう。
いや、それよりも何よりも、人生の終焉に待ち構えている大関門――死――、
死こそ、人知の及ばぬ、理性の制御できない最たる存在ではないか。
妻や、まだ見ぬ子と、どれだけ輝かしい日々を送ったとしても、それはいつか終わるのだ。
偽りの喜びでしかないのだ。
俺と、その家族が暮らしていた記憶は、いつの日かこの世界から消え去ってしまうのだ。
それに何の意味がある?
運よく在宅勤務で顔を見られることもない。
まさに今この時も、数秒後に脳卒中で誰にも気づかれず突然死してしまう妄念が頭から離れない。
大人になれば、こんなくだらない恐怖は薄れていくものと信じていた。それがどうか。成人して以降不安は強まるばかりだ。
まだ若いから、と一笑に付してきた最悪の可能性が、日に日に、無視できないほど大きくなっていく。
幼少期からの不安感が全く緩和されていないことに、絶望しか感じない。
死の数か月、数日、数時間前、俺は更に激しく動揺し、どれだけの絶望で染められているのだろうか。
どうして自分のことしか考えられない人間になってしまったのだろう。
誰よりも出産を希望していた妻に対して、本当に申し訳が立たない。
それとも、こんなにも死に怯え、生まれてこなければとさえ思っている男が、新たな命の親になろうだなんて、烏滸がましいということなのだろうか?
なんか渋くて意地悪でカッコイイけど頼りないおじさんの声をやらせたら右に出るものはいないあの藤原啓治だ
なんでも癌で亡くなったらしい
癌というものは恐ろしい、どれだけ年齢が若かろうとその体力や治癒力の如何にして残酷に命を奪っていく
コロナもそうだがやはりタバコを吸ったりして肺を弱らせてしまう人はあまり体力が持たないようだ
知り合いも癌だったがそれは膵臓癌だった。それでも全身に転移していたし、もしかしたら体力以前の問題かもしれない。
でも医者は治療する度に体力がどうのと言っていたのでやっぱり体力は必要なのだ
だから「この年齢ならきっと大丈夫でしょ」なんて俗説はどれも頼りないし
だからどうしても何を言っても頼りない。
何が治癒になるのか、救いになるのか、絶望の苗床から希望の花が一輪咲いてそこから再生の芽が吹きこぼれるか、
悪性細胞の恐ろしき侵食力によって新たに生まれた命が成長しきれずに黒く染まって死ぬようなそんなグロテスクな最後を迎えるのかだってわからない。
だから、恐れる。死を目の前にして恐れる。
理想的な死に様すら迎えられずに惨めに哀れに虚空を掴みながら死ぬのを恐れる。
なんとかそこから抜け出して新たな命のフェーズに入ったと思ったから、なんだか油断していたところもある。
「藤原さんってこの作品にも出るんだ!まだ活躍されるんだ!」と勘違いした部分もある。
いつかまたどこかで彼に逢えると思えるなんて凄まじいじゃないか。
だからこそ死んでしまった。途絶してしまった。永遠のうちには無くなってしまった。
これからその亡霊を私は追うことになるのだろうし、その死についても「お前はまつらいさんの時に学ばなかったのか」という自責がまた私を襲うのだろう。
声優という職業の不安定さや、病気というものの恐ろしさや、その人達がいる日常の当たり前じゃないことを理解しなきゃいけなかった。
いや、ひろしはひろし以外の姿もいくつか見られて、それをこれから、という時に雲の合間から下界を覗く奴らに持っていかれてしまった。
だから私は亡霊を見ることになるのだろう。
俗に言うイケおじだとかいう部類のキャラクターを見た時に、あの色気のある声が蘇るのだろう。
それに、ここまでそれっぽい言葉を使わなかったのは藤原啓治という存在が、その固定概念が、ひろしで止まったり、ホランドで止まったり、その他のキャラクターで止まったりしてはならないと思うから
これから年齢を経て広がりと深みを見せるはずだった彼の演技がそこで止まったものではなかったはずだから
だから
改めて、癌は恐ろしい。
改めて、日常の脆さを痛感した。
が先じゃね?
2年間で1200万円も溶かすことができる、これはどんな悪徳パチ屋も真っ青な額だよ
こういう新型ギャンブル依存症(スマホやPCの課金しすぎ)をどうにかするべきだよ厚生労働省は
3年前に姉が急死し、その後に母が膵臓癌の末期で亡くなりました。こんな不幸が続くなんて現実を受け入れられませんでした。
母は子供にお金を遺したいと昔から言っていて働いて貯めたお金で一括払込みの生命保険に加入していました。それが800万円
母が大切に遺してくれた私のお守りでした。旦那もそれは知っていました。
先週通帳を記帳しに行ったら残高ゼロ
他の通帳も記帳したら
貯めていた400万円もゼロ明細など確認したらスマホのゲームに毎月異常に課金をしていました。約、2年半年で1200万以上。人生で1番苦しい時期を近くで見ていた旦那が母の保険金まで課金していた事が許せません。
一生かけて返すと言っています。
返すあてもないのに
姉と母を亡くし辛い時期に、課金し平気な顔をして一緒に暮らしていたなんてゾッとします。発覚してから5日経ちましたが
許せません。 もう、どうやって信じたら良いかすら分かりません。
皆さんなら、許せるのでしょうか?