はてなキーワード: 通勤とは
http://anond.hatelabo.jp/20170613200342
自炊するのにかかる、買い物、献立、調理、片付けは、なんやかんやで小一時間かかる。三食全てとなって日にはもっとかかる人も多いはず。
多い人で7時間、
少ない人では1時間。
この中に、自炊にかかわる一時間をわざわざねじ込む価値があるかどうかというと、かなり微妙。
得るものとしては、簡単な料理スキルと、僅かに浮く食費、人によっては栄養バランスが良い食事。
しかし後ろの2つは、そもそもスキルがある程度ないと、効果的に得られない。
残業がほぼなく、ドアtoドアで通勤が20分未満、かつショートスリーパーが、身支度には時間がかからない人。
つまりは、ひとり暮らししていけるようなライフスタイルの方が、効果的かつ効率的に自炊生活を送るのは、比較的難しいことがわかる。
車両のドアから少し離れた場所に、人波に揉まれながら立っていたら、脇腹に強い痛みを感じて跳び上がった。
思わず「いてーな!何すんだ!」と叫びながら振り向くと、20代くらいの会社員風の女が、手に持ったスマホをこちらの脇腹にゴリゴリねじ込んでいる。女はこちらに目も合わさず、「通してくださ〜い」と言いながら、やはり強引に肘で私の体を押しのけて車両の奥に分け入って行った。
次の駅で少し人が降り、私も車両の奥に進んだのだが、例の女の背後を通った瞬間、今度は背中に強烈な肘打ちである。まったくわけがわからない。
実はこういう経験は初めてではない。以前にも、自分のポジションを取れなかった腹いせか、やはり若い女性からカバンを体に叩きつけられたりということがあった。女性の車内暴力は意外に多い。
こちら側に何か、彼女らの暴力性を引き出すような行動があったのかどうかはわからない。ただ、よくわからない理由で一方的に暴力を振るわれたというのが事実だ。
こういうとき、どう対処すればいいものだろうか。立派な暴行罪ではあるはずだが、こちらが怪我でもしていない限り立件は難しいだろう。取り押さえて駅員や警察に突き出すにも、男性対女性の関係では分が悪い。
乗る時間帯や車両を変えればよい、という意見もあろうが、理不尽な暴力に無言で屈するのはどうにも納得がいかない。そもそも、逃げた先に同じような野蛮人がいないという保障はない。
突き詰めれば満員電車という理不尽な環境が諸悪の根源であるのは承知のうえだが、自分の身を当座どう守れば良いか、悩ましいところだ。
通勤中にiPhoneで聴くのは、最近はジャズばっかりだった。
前から好きな曲だったけれど。
つり革を握りながら、涙が出た。
そこでアルバム通して聴いてみると……。
全曲、泣ける!
「無罪モラトリアム」だけじゃなかったんだ。
「平成風俗」があったんだ。
気がつかなかったのは、鈍感だったからか?
いや、聴こうとしていなかったのだろう。
そうなのかもしれない。
唐突に終わらざるを得なかったあのバンドの、最高に洗練された、かがやく絶頂期。
それを知ったあとに聴いたからね。
眼が曇っていたかな、おれは。
じゃあ、より新しいものは、どうだろう。
大阪から就職で東京に来て一年経つ。毎朝通勤のために東京の街の中を歩いていて、関西とは随分人の歩き方が違うなと感じた。(東京への愚痴が主な内容のため、不快に思われる方は読まないことをお勧めします。)
大阪にも確かに歩きスマホはいた、が東京はとにかく数が多い。また大阪だと歩きスマホ層はいわゆるDQN的な風貌の人間が多かったが、東京では身なりの良いスーツを着た人たちが歩きスマホをしていて驚かされた。
・道の端に寄らない
大阪では歩行者は進行方向の左に寄って歩く。しかし東京の人々は道の好きなところを歩く。そのため大阪ではボケッとしてても道の左側さえ歩いていれば対向者とぶつかることはないのだが、東京では常に前を見て対向者とどうやってすれ違うか考えなくてはならない。非常に疲れる。
・人を避けない
東京の人は真正面から対向者が来ても避けずに突っ込んでいく人が多い。東京の人同士(多分)がすれ違う様子を観察するとお互いの距離が2mくらいになったところでお互いが慌てて避けるため、肩がぶつかったりしている。僕は30m先くらいから自分の進行方向に人がいると気になるチキンのため、常にこちらが避けるはめになる。また上記の「みちの端によらない」で書いたように大阪だと「歩行者は進行方向の左側に寄る」という暗黙の了解があるためスムーズにすれ違いができるが、東京では相手がどちら側に動くか予測しなくてはならないため、疲れる。
もうこれは完全に主観というか、僕のストレスが見せている幻かもしれない。信号待ちをしていて、信号が青になった瞬間だけ超早歩きで前に
出る若い女性が多い。そのまま超早歩きでどんどん後ろの人と差を広げてくれれば良いのだが、ある程度前に出ると突然チンタラ歩き始める。そのため普通に歩いていたらすぐにその女性に追いついてしまい、対向者が多くて抜かすに抜かせず、その女性の後ろを尾けるように歩くはめになる。しかもその女性が後ろを歩かれていることに警戒心を示すそぶりを見せ始めたらもう最悪である。ゆっくり歩きたいなら人の後ろを歩けと言いたい。
以上、僕が東京の道を歩いていて感じた不満である。もちろん東京は大阪に比べるとDQNの数が少なく、安心して歩けるというメリットはある。しかし一方で普通の人の歩き方が混沌(カオス)というか洗練されていないように感じる。いやもしかすると大阪はDQNが多いからこそ、彼等とぶつからないように、道を歩くときの暗黙の了解を発達させて来たのかもしれない。
郊外や田舎なら、車通勤でだから酒が飲めない、そもそも夜やってる店が少ないとかで、安いチェーン店という選択肢も不自然じゃない。客の数も少なく、長居しても咎められない。結果ひとり500円~1000円以内がいいとこだろう。
都心だと選択肢があるし、酒に手が伸びがち。また、安いチェーン店が長居に向いてない。ということで1000円越えどころじゃない金額が珍しくないんじゃないか。
デートとかでも同じことがいえそう。
あと、都会だといろんな看板が目に入って、ついついちょっとした誘惑に負けそうになる。郊外や田舎なら、真っ直ぐ移動するのに邪魔が入らない。
こういうのが塵も積もって、結果金使うんだろうなと思う。
道の真ん中で右に左に揺れながら歩いてる奴ほんと嫌い
たぶん何一つ考えてない
歩行は遊びじゃないんだよ
__
追記
何も考えず歩いてるような人が多い
通勤時のターミナル駅のサラリーマンほど頭を使えとは言わないが、もう少し歩行に頭を回せないのか
変な話だが、雑談してる奴ら、歩きスマホしてる奴らは百歩譲って理解できるんだが
彼らの行動をよく観察すると、どうやら「前の人が動いたらそれに合わせて移動する」「50cm圏内に人が入ってきたら避ける」みたいな原理で動いてるみたいだ
お陰で彼らにぶつからないように避けて歩くのが毎度疲れる
ちなみに彼ら同士はぶつからないのかと観察してみると、寸前のところで上手く避けるようだった
昨晩、飯を食ってる途中に妻がいきなり
めちゃくちゃセックスがしたくなってせつないんだという。
もともとお互い性的に淡白で、
付き合った当初こそ週1くらいでしたが、それからは月1やればいいほうで、
結婚して1年、そういや一度もしてなかった。
そのことを、妻から何か言われたことはなかった。
遠回しにでも、誘われたことだってないと思う。
けっこう仲は良くて、性的じゃないスキンシップは多かったから、
泣くほどしたかったのか。
すまんかった。じゃあ今度の週末しようかと言うと
「あなたじゃだめなんだ」と言って、本当に悲しそうに泣く。
自分でも何がなんだかわかんないと泣くのだが
わけわかんなくて泣きたいのは俺のほうだ。
だって、それはようするに、外でしてきて良いかということだろう。
俺がいいよと言わないかぎり、
今日も家に帰ったら、どうしようもなくなってる妻が待ってる。
俺はどうしたらいいんだ。
家の近くの川に、晴れた日は亀が日光浴をしている岩がある。
岩と言っても人工の消波ブロック的なもののようで、十字型をしたコンクリの塊のような感じだ。
多い日には狭い川のどこにいるのか20匹近くがわらわらとよじ登っていて、
毎朝通勤中に土手の上からその様子を見ると、身近にもこれだけ生き物がいるのだとわかって嬉しい。
先日、少し強い雨が降った。翌日は晴れたが、亀たちはいなかった。
みんな流されたのかな?と思っていたのだが、さらに翌日にはいつもより多いぐらいの数が日光浴をしていた。
元いた亀は流され、上流から別の亀が流れて来て、入れ替わったのかもしれないし、
入れ替わっていないのかもしれないが、同じようにいつもの場所にそろってよじ登っているのを見ると妙に安心できた。
元増田で欲求のコントロールのしやすさについて論じてるのでここでもそのコントロールに影響してる因子について仮説を述べただけ。
何回目だよ&根拠もってこいよという
だいたい性犯罪はまた別の話だろ。
大半の人間は腹が減っても腹が減った瞬間いつでも食うんじゃなくてある程度決めた時間に食べることで食欲をコントロールしてる。
だが食欲溢れて自制できないデブは腹が減るととりあえず食う。制限なく食う。それが食欲コントロールの話。
だが、それでも通勤時に突然空腹になっても目の前の人間の弁当箱奪って食い始めたりするやつはほぼいないしそういうやつがいたらそれはまた食欲コントロールとは別の話だろ?
・バカの話は長い
・バカはへんてこな例え話が好き
の標本のようだ
何を言いたいのかわからない
性犯罪ってのはそういう話だぞ。
お前の中での性犯罪の設定を語ってるのだけはわかった
それを言うなら議題とかじゃね?
これは打ち間違いとか誤変換じゃないよな
こういう語彙1つとっても適切なものが出てこない人間は論考もレベルが低い
頭よくない奴は自分の手に余ることを考えなくて宜しい
元増田で欲求のコントロールのしやすさについて論じてるのでここでもそのコントロールに影響してる因子について仮説を述べただけ。
だいたい性犯罪はまた別の話だろ。
大半の人間は腹が減っても腹が減った瞬間いつでも食うんじゃなくてある程度決めた時間に食べることで食欲をコントロールしてる。
だが食欲溢れて自制できないデブは腹が減るととりあえず食う。制限なく食う。それが食欲コントロールの話。
だが、それでも通勤時に突然空腹になっても目の前の人間の弁当箱奪って食い始めたりするやつはほぼいないしそういうやつがいたらそれはまた食欲コントロールとは別の話だろ?
性犯罪ってのはそういう話だぞ。
私の家はとても貧乏です。実家と呼べるところは田舎にある2DKの家賃3万のアパート、母子家庭で親の収入が年300万のよくある貧困家庭でした。
幸いにも大学は毎年授業料免除(免除されなかったら即大学という条件)と奨学金により満足に学ぶことができました。中高くらいまでは自分の家庭状況をあまり理解してませんでした。自分は普通の大学に行き、普通の会社に勤めるのかと思ってました。
大学に入り地元以外の人と話すことが多くなりやっと自分の家庭状況が理解できました。まず仕送りを貰ってない人が居ない、しかもみんな家賃とは別に仕送りを貰ってる、3分の1くらいは車を持ってる。そりゃ、世帯収入が5,6倍(800万のダブルインカム)離れてればその通りだなと思います。
また年300万を稼ぐのは簡単で、大学を卒業する頃にはアルバイトや研究費で親と同じくらいの収入になりました。そして社会人一年目にして親の年収の倍になってしまいました。
社会人一年目になったと同時に親は会社に疲れたといい、退職してしまいました。そこから仕送り始まったのです。最初は貯蓄があるようで月3万でした、次の年から月6万でした。年金はもらってるようですが、厚生年金の月4万のみです。65になるともらえる国民年金になると月10万になる様なので少し減らせるみたいでした。
年収600万もらってる人ならわかると思いますが、月6万は相当きついです。しかも職場は都内にあるため、生活費を削るため遠方に住み毎日人権がない電車通勤を強いられます。私も親を見捨て他の同期のように海外旅行に行ったり少し高額な趣味に走りたいとは思いましたが、そこまで非人間的に離れませんでした。ちなみに奨学金の返済も別途月2万あるため貯蓄なんてできません。大学の頃の貯蓄を削ってます。
ここから脱出するには、年収を上げるか65になり年金が増額されるのを待つか親が死ぬのを待つかです。もし私が年収300万程度の稼ぎしかなかったと想像するとゾッとします。
どうか私のために私の親を殺してください。
わざわざ都内まで出る苦労を買って出てまで、安い給料で働く馬鹿はいない。
東京とその近隣県(千葉、神奈川、埼玉あたり)では給料に絶対的な差ができる。
通勤の苦労を考えれば、多少の安さに目をつむって都内を選ばない人も多いだろうな。
だけど、近隣県ではそもそも仕事の絶対数が少ないから、近隣県でまともな仕事を見つけるのは案外ハードルが高い気がする。
さて、都内に通うとしても、都内に住むことが出来る人は限られている。なにせ高い。
最近ではベッドタウンもそう安く住めるわけではなく、都内へアクセスが本当に良いエリアは高い。
駅徒歩10分圏内のマンションでは5000万はくだらない物件も多い。一戸建てなんてまずありえない。
①都内で働いて、価値ある仕事をして、それに見合った対価をもらっている人は、都内に住む。(住める)
②大して価値のない仕事をしている人はベッドタウンに住む。(都内には住めない)
ここまでは普通だと思う。
しかし、更に酷いケースがあることに気が付いた。
当たり前すぎて気が付かなかったけど。
千葉でも、神奈川でも、埼玉でも僻地。安い場所から都内に働きに出ている人たちがいる。
彼らは一体何をしているんだろうか。
仕事がいっぱいある都内でしか仕事が見つからないけど、能力もないから給料が安くて、僻地にしか住めない。
こういうこと?
毎日の通勤にウォーキングを取り入れたり、自宅にダンベルや腹筋ローラー買わず、週末に早起きしてジョギングしない奴がジム通っても無駄。
「ジム行けば運動するし」とか言うけど行かなくなる。最初の数か月は行くけど、すぐに行かなくなる。少しでも故障すると安静にするとか言って行かなくなる。
「仕事で行けないから24時間ジム行く」言っても夜は寝るし、昼は仕事で行かない。「会社近くで帰りに寄るんだ」言っても忙しくなったら行かない。休みの日は家から遠いので行かない。
結局、ジムは自宅で出来るトレーニングで限界が来たら行くべき場所で、それすら出来ない奴が行く場所では無い。なのに1万近くの会費を払って、ほぼ無意味な週1のトレーニング行く奴の多い事。
週1で適当なトレーニングで追い込むくらいなら、ダンベル持って毎日スクワットした方がマシ。ジム行くなら週3は欲しい。最悪でも週2。
今朝通勤中にふと「今何気なく歩いてる周りの若い女はほぼ全員非処女なんだよな」と思った
久しぶりにそのこと考えて、30こえていまだに童貞な俺にとっては地獄でしかないと絶望した
こんかつなりなんなりで出会う女性はおそらくほぼすべてが非処女で今自分と出会う前に見知らぬ誰かにこころとからだをささげた人間なんだと思うと、あまりにも悲しすぎる
それが世の中の普通といえばそうなんだろうけど、そういう選択しかできない自分があまりにもあまりにもみじめに思えてくるから絶対に自分からアクション起こして女性とは付き合えないし付き合いたくない
痴漢冤罪関連で、「女はみんな適当に痴漢をでっち上げてる」みたいなコメントが目につくたび嫌な気持ちになる。
私は実際に痴漢に遭ったし、周りでも痴漢に遭った話は珍しくない。見えてる世界が違いすぎる。
ここに個人的な経験と、誤認でないと思う根拠を書く。できれば被害経験のある人は同じように書いてみてほしい。
・電車1
朝の満員電車。お尻の割れ目の下あたりに、持ち上げるような圧迫感を感じる。手ぐらいの大きさ。
当たっているだけかと思って身をよじったり、体をずらすと、不快な圧迫感がどこまでもついてくる。
ぎゅうぎゅうの満員なら当たった状態で身動きがとれないのかもとも思えたけど、人と人の間に隙間がある程度の乗車率で、お尻のそこ以外誰とも密着していなかったので、故意と判断。
どうしよう、どうしようと思って10分ほどそのまま不快感と戦う。俯いていたら首筋に鼻息がかかる。
降りる駅についたのでドアの方を振り向いたら、後ろのスーツの男性も顔をそらすように後ろを向いてしまったので、顔はよく見えなかった。そのまま降りた。
・電車2
夜。空いていて座席に座った。
隣に座っているスーツの男性が、鞄をひざの上からこちらにはみ出るように立てて置いたかと思うと、手を私の尻の下にすべり込ませてきた。
痴漢だ!と流石にすぐわかる。鞄で隠してるんだ…と驚いた。
手はお尻の下で股を目指して侵攻してくる。片尻に思いきり体重をかけて、骨で阻止したら、股はあきらめたのか、そのまま尻を揉んできた。
通報する気はなかった(めんどくさいし早く帰りたいし怖い)けど腹が立ったので、地元駅で降りる時に足をダン!!と鳴らして立った。
降りたら痴漢も降りた。ここで足を鳴らしたのを後悔。「このまま家までついてきたらどうしよう、痴漢するような奴だし何されるかわからない」と怖くて仕方なかった。
人ごみに流されて痴漢の少し後ろを歩く形になって、改札を出たら、痴漢はUターンしてまた改札内に入っていった。
たぶん、私が不快感を表したことで捕まるかもしれないと思って、一度降りて無関係を装ったのだろう、と後になって考えたが、その時は意図が分からずただ「怖かった、いなくなって良かった」と思っていた。
やはり通報はしなかった。関係ないがデートの帰りだったので楽しい気持ちが最悪になった。
毎日電車に乗るわけでもない私でこれだから、通勤通学に使ってる人はもっと遭っていると想像する。
電車以外では他にも
・白昼の路上で酔っ払いに卑猥な言葉と共に抱きつかれて路地に引っ張りこまれそうになって必死で振り払ってダッシュで逃げる
・エレベーターで抱きつかれてキスをされて胸と股を触られ、離してくださいと懇願したら離してくれたのでダッシュで逃げる
があって、エレベーターは流石にものすごく怖くて命の危険を感じたし当時子供だったので親に言ったら大騒ぎになって警察が来た(同時期に他クラスの同級生も同様の被害にあったと聞いた)。これらは電車とは関係ないけど痴漢ではある。
こういう話を詳しくすることはない。恥ずかしいし嫌な思い出だから忘れていたい。
けど「痴漢はある、それもめっちゃある、確実にある」し、このように普通に泣き寝入りしているので、勇気を出して捕まえた人は偉いし、本当はもっと捕まえて「痴漢したら捕まるやばい」と知らしめて抑止するべきだし、そのために「痴漢は犯罪です」ポスターがあるんだろう。
だから被害者に「そんなの嘘だろ」なんて言って告発しにくい世の中にしちゃいけない。
例えば逮捕されても証拠不十分ならすぐ帰れて職も失わないような世の中であれば、間違われた人はさんざんだろうけど人生一発終了にはならず、本物の痴漢だったとしても一度捕まることである程度抑止効果があるだろうし、もちろん女性による「悪意のでっち上げ」もし辛くなる。
だから車内カメラ等で証拠を検証できるようにすることと、警察と司法が冤罪を生まないよう取り調べの見直しをするべきなんであって、その努力をするのは「被害者ではない」。