はてなキーワード: 西洋医学とは
老人は病むし色々な痛みを抱え医療費がかかる。
薬だなんだとザブザブ金を消費する西洋医学で多くの老人を見るのは限界がある。
私が手を痛めた時に病院にも行ったが何をしても痛みが引かず、親につれられて半信半疑で鍼灸を受けたら一回で痛みがひいた。
痛みをとる事にかけてはかなり有効な治療法だと感じたし、深刻な病ではない老人の痛み系統は西洋医学ではなく薬がいらない鍼灸の方がかなり安上がりに解決できると思う。
ガン患者の痛みをとったりするのにも有効だと聞いたことがあるし、鍼灸と病院が手を組んで積極的に活用してみるのもいいのでは。
このままの状態で私達が老いると今よりずっと医療が受けにくい状態になり保険関係が悪化するだろうし、なんとか対策していってほしいものだ。
世紀 | ||
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前6 | 孔子(前551・儒教の祖) 孫子(前544・『孫子』著者) | |
前5 | 釈迦(?・仏教の開祖) ヘロドトス(前484・歴史の父) ヒポクラテス(前460・西洋医学の父) プラトン(前427・哲学者) | |
前4 | アリストテレス(前384・万学の祖) アレクサンドロス大王(前356・マケドニア王) | |
前3 | アルキメデス(前287・古代最大の数学者) 始皇帝(前259・最初の中華皇帝) 劉邦(前256・漢の高祖) ハンニバル(前247・包囲殲滅戦術を確立) | |
前2 | 司馬遷(前139・『史記』著者) | |
前1 | カエサル(前100・ローマの終身独裁官) ウェルギリウス(前70・ローマ最大の詩人) オクタウィアヌス(前63・ローマ帝国の初代皇帝) イエス(前4・キリスト教の開祖) | |
1 | プトレマイオス(83・天文学者) | |
2 | ガレノス(130・古代医学を確立) 張仲景(150・医聖) 曹操(155・三曹の一人) | |
3 | ||
4 | 王羲之(303・書聖) アウグスティヌス(354・古代最大の神学者) | |
5 | アッティラ(406・フン帝国の王) | |
6 | ムハンマド(570・イスラム教の開祖) 李靖(571・『李衛公問対』) 李世民(598・唐の第2代皇帝) | |
7 | ||
8 | アブー・ムスリム(700・アッバース革命の立役者) 李白(701・詩仙) 杜甫(712・詩聖) カール大帝(742・フランク王国) | |
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10 | フェルドウスィー(934・『シャー・ナーメ』著者) イブン・ハイサム(965・光学の父) イブン・スィーナー(980・アラビア医学を体系化) | |
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12 | 朱子(1130・儒教の中興者) サラディン(1137・アイユーブ朝の開祖) インノケンティウス3世(1161・教皇権最盛期のローマ教皇) チンギス・ハン(1162・モンゴル帝国の初代皇帝) | |
13 | トマス・アクィナス(1225・『神学大全』著者) ダンテ(1265・イタリア最大の詩人) ジョット(1267・西洋絵画の父) | |
14 | 羅貫中(?・『三国志演義』『水滸伝』編者』) イブン・ハルドゥーン(1332・『歴史序説』著者) ティムール(1336・ティムール朝の建国者) ヤン・ジシュカ(1374・マスケット銃を使用) グーテンベルク(1398・活版印刷の発明者) | |
15 | ジャンヌ・ダルク(1412・百年戦争の聖女) コロンブス(1451・アメリカの再発見者) ダ・ヴィンチ(1452・万能の天才) ヴァスコ・ダ・ガマ(1460・インド航路の開拓者) マキャヴェッリ(1469・『君主論』著者) ミケランジェロ(1475・芸術家) マルティン・ルター(1483・宗教改革) スレイマン1世(1494・オスマン帝国最盛期の皇帝) | |
16 | エリザベス1世(1533・アルマダ海戦に勝利) セルバンテス(1547・『ドン・キホーテ』著者) ガリレオ(1564・科学革命の中心人物) シェイクスピア(1564・イギリス最高の詩人、劇作家) グスタフ・アドルフ(1594・三兵戦術を確立) デカルト(1596・合理主義哲学の父) | |
17 | ルイ14世(1638・絶対王政最盛期の王) ジョン・ロック(1632・イギリス経験論の父) ニュートン(1642・科学革命の中心人物) 康熙帝(1654・清の第4代皇帝) バッハ(1685・音楽の父) | |
18 | オイラー(1707・数学者) 曹雪芹(1715・『紅楼夢』著者) アダム・スミス(1723・経済学の父) カント(1724・哲学者) ワシントン(1732・アメリカ初代大統領) ワット(1736・蒸気機関の改良) ラボアジェ(1743・近代化学の父) モーツァルト(1756・音楽家) ナポレオン(1769・初代フランス皇帝) ベートーヴェン(1770・音楽家) ガウス(1777・数学者) クラウゼヴィッツ(1780・『戦争論』著者) スチーブンソン(1781・鉄道の父) ファラデー(1791・電磁気学の父) バベッジ(1791・コンピュータの父) | |
19 | ダーウィン(1809・進化論を提唱) ポー(1809・ミステリの父) マルクス(1818・共産主義を提唱) ヴィクトリア女王(1819・帝国主義最盛期の女王) パスツール(1822・近代細菌学の父) ヴェルヌ(1828・SFの父) モネ(1840・印象派の祖) ロダン(1840・近代彫刻の父) エジソン(1847・発明王) フォード(1863・自動車の大量生産) ライト兄弟(1867・飛行機の発明) アインシュタイン(1879・相対性理論を発表) ピカソ(1881・画家) ケインズ(1883・マクロ経済学を確立) グデーリアン(1888・電撃戦を確立) ヒトラー(1889・ナチス指導者) |
○針生雄吉君 ぜひともそれは強調していただきたいわけであります。エイズに対してはコンドームです。それから、避妊の効果についてはビルないしは低用量ビル、そういうふうにはっきり教えてあげなければわからないわけです。コーラで洗浄すれば妊娠しないなどという、それぐらいの程度の知識しか持っていないというのがティーンエージャーの一般的な誤った不正確な情報であるとも言われているわけでございますので、そういうことに関しましてはエイズの予防教育と同じぐらいの重要性を持って文部省は対処すべきであろうと思います。
最後に、質問ではなくて私の主張の一つとして申し述べたいことがあるわけであります。それは性教育への東洋医学思想の応用ということであります。
御存じのように、青春の悩みのテレホン相談なんかでも常に二〇から三〇%でトップを占めております中学生、高校生の性に関する悩みのベストワンは、男子の場合は射精に関するものであります。性教育は射精教育なりとまで言われておるわけであります。特に、これは特別な例でありますけれども、教育ママが我が子のそういった射精、自慰というような、そういう我が子の悩みを見かねて母子相姦にまで至ったなどというおぞましい事態も発生しておるわけであります。
マスターべーション、オナニー、自慰について文部省のこの手引の中にも、「仲間から教えられたり、マスコミ等で知ったり、自ら発見するなどして、多くの男子が自慰(マスターべーション、オナニー)を経験するようになり、それに対する不安や悩みを克服しなければならない。最近は女子もかなりの者が自慰を経験するようになっているといわれる。」と、その重要性は指摘しておりますけれども、この手引書の「性に関する指導事例とその考察」の中では、ケーススタディーの中ではマイナス面への配慮を求めつつも、「男子の自慰(マスターべーション、オナニー)は一般的な性行動で、多少の不安や葛藤を持ちながらもほとんどの男子は、自分なりの判断や意志力でコントロールし克服していく。」であるとか、あるいは総理府のアンケート調査の答えでは、自慰については当然だと思う、やむを得ない行為と答えている者が男子高校生の七〇・九%を占め、罪悪感を持っている者、よくない行為だと思う者は一・一%にすぎないという、そういう総理府のアンケート結果を引用しているなど、射精あるいは自慰というものがその個人にとって将来悪い影響を与える可能性が強いという立場はとっていないんです。むしろ、「自慰は無害だという表層的な指導に終わらず」云々という表現などに見られるように、自慰は無害であるというそういう考え方の傾向がにじみ出ているように感ずるのであります。
それに対する、自慰というものが有害である、無害である、有害論、無害論というものはいろいろな場面で言われておりますけれども、一つの東洋医学的な思想の考え方としては、必ずしもこれは東洋医学の代表的なものではございませんけれども、有名だという点で、皆さんがよく御存じだという点で引用したいと思うのであります。
江戸時代の儒医学者であります貝原益軒のあちわした「養生訓」というものの中に、東洋医学の一つの考え方としてこんなものがございます。私の主張を申し上げる上で参考までに申し上げたいと思うのであります。
腎は五臓の本、碑は滋養の源也。ここを以て、
し。保ち養って堅固にすべし、本固ければ身安
し。という、一回お聞きになっただけではわからないと思います。
年若き時より、男女の欲ふかくして、精気を
多くへらしたる人は、土付きさかんなれ共、下
て、必短命なり。つつしむべし。と、こうあります。
二十歳以前をいはざるは、意あるべし。二十
歳以前、血気生発して、いまだ堅固ならず。此
持しばしばもらせば、発生の気を損じて、一生
いずれにしても、この東洋医学的な考え方からいうと、非常にあり余って困る人は時々ガス抜きをするのは結構であるけれども、要するに生命の根本としてのそういった腎、東洋医学では泌尿生殖器の働きを腎という言葉で表現するわけでありますけれども、それを大切にしていけば長生きもできるし、健康にもなるし、寝たきりにもならないんだと、こういう教えがあるわけなんです。そういった物の見方に対しても目を向けていくということが非常に大切だと思います。
最後に、大臣、もしよろしければそういった東洋医学的な考え方に対する大臣としての個人的な御所見をお聞きして終わりたいと思います。
○国務大臣(鳩山邦夫君) 先生から御質問の通告がありまして、先生からいただいたものでありましょうか、貝原益軒の「養生訓」の一部を先ほど読んでおりましたが、正直言ってまだ理解できない部分もあります。東洋医学という考え方は私も非常に興味がありますし、東洋医学の先生に何度もお会いをしたこともあります。西洋医学と全く物の見方が違いますから、東洋医学の場合は科学的というよりも、何か生命とか、あるいは人間のあるべき姿のようなものと健康というものを結びつけて理解しようとする傾向があるように私は理解をしておるわけでございます。
ただいまの貝原益軒の「養生訓」につきましても、単に科学的に物を言ったというよりも、人生かくあるべしという貝原益軒の人生観、あるいは人生訓のようなものと彼流の性についての考え方が結びついたものと思いますので、大変興味を持って読ませていただいたところでございます。
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/sangiin/123/1170/12303101170002c.html
○末松委員 そこはちょっと今度また示してください、どんな研究でどんなことをやっているのかというのを。ぜひそこは開陳していただきたいと思います。
それと、この具体例として、はり、きゅう、マッサージの方々と話すと、やはりかなり大きないろいろな差別を受けているというんですね。例えば、かなり体が悪いから、医療サービスの消費者としての患者の立場から、はり、きゅうに行ったと。もう大変な状況になっていますねと言われても、保険を申請したいと、保険という含みで言ったら、医者に行ってくれ、医者の同意がないとだめなんだと言われたというのは、もうごまんとあるわけです、こういう例が。
西洋医学の医者と言われる方々が、どうして東洋医学の、これはシステムとして同意をするということがあるわけですよね、この同意をするということができるのか。東洋医学を彼らは勉強していないはずなんですけれども、それに対してどうしてそこの同意権なるものが必要なんですか。そこはおかしいと思うんですが、いかがでしょうか。
○中島政府参考人 ただいまの点でございますが、これは、はり、きゅうとマッサージで若干事情が異なるところもございますので、まず、はり、きゅうの施術につきましては、科学的なメカニズムが必ずしも十分まだ解明されてはおりませんものの、鎮痛等一定の効果が経験的に認められるということから、慢性病、例えばリューマチとか神経痛とか、こういったものですけれども、これに対しまして実施される場合であって、また医師による適当な治療手段がない場合、こういった場合に限って療養費の支給対象としているわけでございます。
東洋医学に十分な知見を持たない医師が同意を与えるのにふさわしいのかという御指摘につきましては、このはり、きゅうについての同意書につきましては、今申し上げましたような慢性病であるということ、それから医師による適当な治療手段がないということを保険者が確認をするためのものでございまして、必ずしも東洋医学の知見を前提としているものではないわけでございます。
また、マッサージにつきましては、筋麻痺等の麻痺の緩解、麻痺を緩めるということ、あるいは、関節の拘縮等により制限されています関節の可動域の拡大というようなことを目的として行われる場合等で、医療上の必要があるものにつきまして療養費の支給対象としているということで、今申し上げましたような筋麻痺、関節拘縮等があるということ、それから医療上の必要があるということを保険者が確認するということで、この場合も同様に東洋医学の知見を前提としているものでは必ずしもないということでございます。
○末松委員 あなたがおっしゃるその東洋医学の知見を前提としているものじゃないということは、つまり東洋医学の科学的な知見がないという前提に立っていて、それがわからないから、だから、だめなんだ、だめなんだと言っているにすぎないんですよ。患者の立場から見たらどう思うかというと、本当に困るんですよね。
だって、西洋医学の医者が適当な治療例がないと。それは、西洋医学でできない面というのはたくさんありますよ。そういった面がないからといって、では、お医者さんがどんどん向こうへ行きなさいといったら、自分の商売上がったりみたいなことも、経営面というのもやはり頭に浮かぶわけですよね。そういったときに、患者の権利として、いや、私はちょっとこういったものは東洋医学系のものにかかりたいから、だから、そこは患者の権利を守る立場から、ここはこういうふうに、私は行きたいので行きますという、つまり、そこで医者の同意という行為がなければおかしいと。同意がないというのは、やはりおかしいんですよ。
そこは、何といいますか、患者の権利としてもう少ししっかりとしたものをつくるべきじゃありませんか。
○中島政府参考人 これは、現在の給付対象を、審議会等の御議論も経てこういった状況に設定をしているということでございまして、このはり、きゅう、マッサージのサービスについて、そういった患者の権利というようなものを尊重した形式に改めるかどうかということについては、今後の議論だというふうに考えてございます。
○末松委員 あなたの言うその審議会というのは、東洋医学の関係者は何人ぐらい、何%ぐらいいるんですか。
○中島政府参考人 私の現在思い浮かぶ範囲では、東洋医学を専門としているという方はおられないと思います。
○末松委員 つまり、こういうことなんですよ。実際、こういうことなんですよ。だから、そうしたら認めるわけがないですよ。
だって、保険のパイは一定なんですよ。そのうちのパイの食い合いみたいな、こういう発想でとらえられたら、国民の患者としての権利が侵害されているということにぜひ気づいていただきたいんですよ。そこをきちんと見ないと、本当に効果がないからだということだって、結局は、医者がそう言えば一切そういう保険もおりない。私なんか、正直言って、医者にかかりたくないから、逆にそっちの予防の方を重視したい。そういった国民の声をすべて無視しちゃうことになるんですよ。
厚生行政として、そこはおかしいと思いませんか。そこは、ある程度の反省をすると同時に、さっきの科学的な知見ですか、それは国主導で進めていかないと、やはりそこが一切進まないということになりませんか。もう一度お願いします。
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/162/0058/16204060058002c.html
47newsの「美味しんぼ」の5月19日発売号の画像を見て欲しい。これが一番画像が大きかった。
見ただろうか?たぶん見てないだろうから簡単に解説する。
右ページには、士郎と雄山の2ショットが1コマ、ゆう子の1コマ。
左ページには、上部にかろうじて「ご批判・ご意見」が見えるだけで、あとはびっしりと4段組で何か書いてある。
正しいデータも論理的な組み立ても、平静なコストとリスクの話も、何もかも士郎と雄山の漫画に敵わない。
判りやすさは、相手に何かを伝えるときに、それ以外のほとんど全てに優先する。
医療は、高度に発達してきた。
同じように、患者を対等な立場として扱う枠組みも、ずいぶんと整ってきた。
法律的にも倫理的にも正しくあろうとする医者は、嘘をつかない。つけない。
だから、「抗がん剤治療にはかなりの副作用が予想されます。五年の生存率は40%です」という言い方をする。
「この検査では少ないながらも重篤な結果を引き起こす可能性がある為、承諾書に署名が必要です」と言う。
西洋医学では治せないものでも、我々なら治せる。正確に言えば、人間の自然治癒力を助けてあげてるだけ。
そういって優しく寄り添って大丈夫と言ってくれる相手を、「重篤な副作用を受け入れる承諾書をせまる」医者が非難する。
辛いときに安心を与えてくれた相手を、普段顔も見せない息子夫婦が「トンデモ」といってバカにする。
疫学的には科学的にはデータがリスクが機序がと言う相手と、痛いところをゆっくりとさすって話をずっと聞いてくれる相手。
そして「治る」と断言してくれる相手。「絶対に問題はない」と断言してくれる相手。
心の弱った人は、どちらを頼り、どちらを信じるだろうか。
自分が聞いたことは信じたい。少なくとも彼はそう言った。彼は誠心誠意、誠実であろうとしていると私は感じた。
それを素朴に漫画にされたときに、その内容が科学的に正しいかどうかは、読む人にとっては関係が無い。
科学者は結果の分からないモノを判らないと言うし、リスクが不明なモノは不明だとしか言えない。
だから、「危険だ」「影響がないとは言えない」「それは愚かだ」と断言する人達には絶対に勝てない。
悪意をもってデマを拡散させる人間よりも、善意をもってデマを拡散させる人間の方が、圧倒的に多い。
そして、絵は文よりも力がある。影響力が強い人には、熱意と根気と情緒でもって科学的に正しい理解をして貰う他に無い。
読む側を啓蒙して科学的な素養を与えることは、恐らく絶望的に困難だ。
あーわかる。自分はアロマテラピーですごく助けられてきたけど、もし無かったら多分ここまでいくわー。
アロマテラピー、リラックスだけじゃなくて婦人科症状や自律神経に効くものもいろいろあって(その人の体質によって合う物が違う。漢方と似ている)
女性ホルモンのエストロゲンに似た働きを持つ植物(クラリセージなど)なんかも使うんですよ。
自分はそのクラリセージの精油がぴたっとはまり、自然のホルモン療法みたいな物なのか苦しいのがすぅーっと収まる。
表面上はまぁ元気そうにふるまうことができる。買い置きが切れたりすると悲惨ですが。。。
その人に合うものが見つかるまでが本当に大変なんだけど、何か効くものがあるはずなので、西洋医学に東洋医学に代替医療など、具合の良い時にぼちぼち探してみてください。
アロマテラピーも、専門家にきちんと相談できればなかなか馬鹿にしたものでもない力があります。
大変だけれど、そんな自分の体を愛してあげてください。
世の中の常識には真実とはずいぶん乖離した素っ頓狂なものが少なくないが、その1つが「美味いもの沢山食って元気だせ」だ。
確かにマズいよりは美味いほうがマシだが、元気を出すのに美味いものを食うという選択は少々知能が足りなさすぎる。
そもそも沢山食うと満足という安直な発想にも驚きを隠せない。犬や猫でもそんなこと言わないぞ。
ところが常識というものはひとたび大衆のあいだで広まり信じ込まれると強力な洗脳効果があるんだよな。
「朝ご飯食わないと元気でない」という脅迫的な呪いの言葉もそうだ。自分の直感よりも常識を信じるようになったら老い先短い。
その手の常識は一面の現実だけを論拠にしており、その信者たちは現実を一面でしか見なくなる。
盲目的信者に何を言っても聞かないのも、いついつまでも同じ迷路でグルグル苦しんでいるのもそういう訳だ。
おそらく信者にはこの文章すらも響かない。近年になって本当のことを言ってくれる伝道者が増えて、
また、ダイエット信仰という別の宗教が勢力拡大することによって、「腹が減っては戦ができぬ」から改心する人も少なくない。
「どんなにくるしくても おいしいものたべて おなかいっぱいになれば "ふとる"よ!」に気づいたのだ。
しかしながら、ハウエバー。「美味しいもの食えば元気がでる」という信仰はいまだに抜けきってないのな。
・西洋医学に対して~と、頑なに現代医療のことを「西洋医学」と蔑称する。
・●●の語源はギリシア語で云々、と名称にさも権威があるかのように自称する。イメージ戦略からか何故かギリシア語が多い。
・トータルで、全身の調和、身体全体を見て、と個別部位に集中しない治療であることを強調する(頭痛に対して足などかけ離れた部位に刺激を与える治療などに根拠を与えるためと思われる)
・その一方、癌やアトピー、更年期障害など現代医療で劇的に改善ができない特定病因に効果があることを匂わせる。癌が含まれる確率は非常に高い。
・自然治癒力を高め、という一節が入る場合が多いが、その医療行為が具体的に自然治癒力の向上にどう効果があったのかを示すデータがあがったためしはない。
・自然、ナチュラル、ロハス、といった耳触りのいい言葉が多用されるが、それらの単語を厳密に自己定義することは無い。大体がその医療行為にとって都合のよい状態をもって"自然"と称することが多い。
・どこかのオマージュなのか「近年見直されている」という接頭語がつく。
・現代医療(西洋医療と記述される)と併用されることは薦められないが、同種の代替医療との親和性は高く、単独の代替医療行為だけで医院が開業されていることは稀である。
知人が小学生の子供を亡くしました。病気の発見から約1年の闘病を経てのことでした。その子の病気はグレードⅢの脳腫瘍で手術ができないタイプのがんだったので、放射線と抗がん剤による治療しか選択肢がなかったそうです。
知人は子供の死後にブログで1年間の闘病生活の成行きを公表しはじめました。そこには、最初はただの体調不良でかかりつけの小児科にかかったこと、すぐさま大学病院で検査入院することになったこと、がんとわかって別の大学病院に転院したこと、日に日に悪化していく我が子の体調への不安と絶望、なにか打てる手はないものかという知人夫婦の苦悩、インターネットで見つけた「統合医療」で「重大な脳疾患の子供が完治した」ことに一縷の望みをかけるさま、(医師の制止を振りきって)大学病院を退院し遠方の統合医療の医師のもとに向う様子、などが綴られています。
ブログに登場する「西洋医学」の医師たちは、当時の病状と治療方針、薬の効果と副作用、治療の限界、今後のあり得る成行きについて、最大限誠実に説明しているようです。しかしその誠意は知人には届きません。知人に届くのは「決して大丈夫といってくれない」「我が子の今この時の苦痛を取り除けない」「強い副作用のある薬をたくさん飲ませなければいけない」「我が子が次第に元気をなくしていくのに、医師は何もできない」といった、ただただ西洋医学の先生が執り行う西洋の治療の限界とそれへの不信や不満、であったようです。
一方の「東洋医学や漢方を勉強し統合医療のクリニックを立ち上げた名古屋のO先生」は、電話で経緯を聞いただけで「なんとかなります、一度いらっしゃい」と請け合います。そしてクリニックに赴いた知人に対して「この程度なら大丈夫」「原因不明の脳の難病の子供を助けた」と話すのです。そして知人は続けます。「先生は不思議な機械で体のあちこちに金属の棒を当ててあらゆる臓器の数値を測定しました」「遠赤外線で体を温め免疫力をアップする施術を受けました」と。
知人は以前からいわゆる代替療法や「ナチュラルなもの」への親和性が高い人でしたから、このような成行きはある意味当然のことだったのかもしれません。もとより治癒の見込みの殆ど無い病気ですから、なにをやっても(やらなくても)所詮は同じことだったのかもしれません。であれば、残されたものが「できることは全てやった」「これでよかった」と悔いを残さないことこそが一番大事なのかもしれません。
しかしやはりぼくには件の「統合医療の医師」の悪辣さがどうにも我慢なりません。彼(女)はいったいどんな心持ちで「大丈夫、なんとかなる」と言ったのか、何百キロも離れた土地に「一度いらっしゃい」と軽く呼び寄せたときいったい何ができるつもりでいたのか、「不思議な機械の金属の棒」を子供の体に当てながらなにを思ったのか、何の効果ももたらさないだろう「施術」を施して高額の治療費を受け取ることに何の良心の呵責も感じなかったのか。
ブログはまだ半年前の日付までしか進んでいません。なので、半年前から今日までの間に事態がどう進展したのか、ぼくはまだ知りません。それでも最終的に知人の子供は亡くなりました。それが事実です。もしも例えば彼らが根気よく「西洋医学」の治療を続けていれば、治癒はともかく寛解の時期が訪れて、短いながらも一時的にでも学校に戻れる日がきたかもしれない、そうでないかもしれない。ぼくには「統合医療の医師」がなんの裏付けもなしに、ただ己の商魂からいい加減な安請け合いをすることで、一人の子供の一縷の可能性を奪ったように思えてなりません。
知人は子供の死後、同じような難病を抱えた子供たちとその親を支えるボランティアに参加しています。自分と同じ境遇の親子と関わりながら、我が子にしてやってよかったこと、できなかったこと、してやりたかったことをひとつずつ思い起こしながら伝えること。それはきっと今の知人に必要なことなのだと思います。子供を亡くした親の気持なんてぼくにはきっとわからないし共感もできません。だけど知人にはできるだけ早く、元気に穏やかに暮らせるようになってほしい。今ぼくが望むのは、知人が己の確かな経験をもとに、他所の誰かに「西洋医学の限界」や「統合医療の素晴らしさ」を軽々しく吹聴しないことです。
51歳の精神科医師です。私自身がこの数年うつ状態にあり週4日半と一回の当直が辛くてたまりません。
http://backupurl.com/d22pdy ( これは消えた質問の保存 )
oooqureeさん
芸人の岡村さんも、27時間テレビで「漢方をのみましょう!」と言ってました。
専門家の方に言うのも何ですが、一度漢方薬も検討されてみては?と書こうとしたら、2番目の回答者の方が書かれてました。
精神科の薬はいきなりはやめられないのかもしれませんが、漢方と併用する事もできるはずです。
「漢方 うつ」「肝鬱気滞. 」「肝 東洋医学」「肝臓 うつ病」などで検索されてはいかがでしょうか?
(東洋医学で言う”肝”とは肝臓だけや肝臓そのものではありません。肝臓も含みますが)
行きにくいかもしれませんが、漢方を処方している心療内科、精神科で、漢方薬の知識もしっかりしているクリニックに相談されて
治ったり症状が良い方向に向かえば、漢方や東洋医学の勉強をされて、そのようなクリニックに転職を考えられるのはいかがでしょうか?
ツムラで保険適用のうつ病の症状に処方される漢方薬もあります。(ツムラじゃなくてもあるかもしれません)
漢方薬も体質に合わないと副作用もあるので、体質を診るやり方をしているクリニックが良いと思います。(証をみる。脈とか西洋医学だと心拍数と血圧を調べたり、お腹を押すチェックをするとか。客観的にわかるチェックをやっている所。血圧を測る機械が待合室にあるクリニックが良いと思います)
漢方薬も副作用あります。ご存知かもしれませんが、小柴胡湯を処方されてて 間質性肺炎で亡くなったという事故のニュースもありました。http://goo.gl/OzYQ9 (検索短縮)
医師の資格を持って、漢方の正しい知識を持った人の需要は、漢方薬を処方する心療内科で、これからも増え続けると思います。
患者さんの事を考え笑顔で接する事ができるようなきめ細かい配慮ができる方なので、こういうクリニックに行けば患者さんの評判も良く人気のお医者さんになる可能性もあると思います。
いろいろ勉強されたりするのは、本人様のうつ病的な症状が治まってからの話だと思いますが。負担になるような事を言ってたらすみません。
回答日時:2011/9/16 22:52:43
仕組みがわからなくても、統計的に有意義な数字が認められれば科学として認められるよ。
でなければ、分子の構造が分かっていなかった頃の化学が非科学的になってしまう。
物理学だろうと、化学だろうと、統計的にわかっているだけで、原理が分かっていない事ってあると思うけど?ないの?
光が波動と粒子の両方の性質を持つことはわかっているけど、その理由って解明されてたっけ?みたいな?
いちおう鍼灸は、西洋医学ではないけど、東洋医学として 統計的に有意義な数字が認められるものに関しては科学だし
というのも、論理的には、誰が計算してもそうなるので、正しいはずだけど、たとえば、宇宙のこととかで実験できなかったり
物理的には何回やっても、そうなるんだが、理論は未証明 というものも 一応科学ではある。
統計学も科学だし、実験から証明する場合の、証明中というステータスも実験が正しければ、究明中という状態ではあって、統計的に有意義な数字が取れれば科学としては認められる。
まず感染の法則を「どんなに離れたとしても」を「どんなに薄めたとしても」に拡張します。まあ自然です。
類似の対象として
を選びます。
するとこうなります。
さて、基本原理に基づき正しい構成から成り立っているのがわかっていただけましたでしょうか。
問題なのはこの基本原理の方でありまして、これは類感呪術と感染呪術という古典的な呪術の基本法則なのです。
つまり、ホメオパシーは正統なものです。これはれっきとした伝統呪術でありまして、川崎大師の身代わりお守りがその存在を責め立てられないように、ホメオパシーそれ自身は責められる道理のないものなのであります。
そのかわり、西洋医学との置き換えには決して使えないものであることも事実であります。人事を尽くして天命を待つと申しますが、現代の呪術はその天命の部分に影響できると信じて行うものであります。西洋医学をないがしろにしては、人事を尽くしていることにはなりません。
ホメオパシーは正しく使いましょう。
ホメオパシーについての最近の記事を読んで、日本ではカルト療法とまで呼ばれていると知った。
人が死んだり、患者が狂信的だったりで、あまりにもひどい。カルトといわれても仕方ないと思う。
長年イギリスのホメオパシー病院で治療を受けてきて、そういった印象を受けたことがないので、私個人の経験を語ってみようかなと思った次第。あくまでも私の行動範囲内で素人視点です。(子供の頃にイギリスに移住して30年近く。日本語を書く機会があまりないので不適切な表現があったら申し訳ない。言葉が足りないところは指摘して下されば補足します。)
私の通っているのは王立ホメオパシー病院。受診するには地域の受け持ちの医師に紹介状をもらう必要がある。(この国では自分の地域の医者に登録し、 どんな病気でも救急以外はその医者にまず見てもらう。必要であれば専門医のいる病院に紹介される。)ちなみに私は通常医療の専門病院にも通いつづけていて、現在は地元の医師、専門医、ホメオパシー医の3点を行き来している状態。医師同士の連絡もできている。
王立ホメオパシー病院はNHS(National Health Service)の一部なので、他の病院と同じく診察費は無料、処方箋代のみを支払う。この病院のホメオパスは医師免許を持っていて、通常の医師としての勤務経験がある。今までに受け持ってもらった医師達はホメオパシーは通常医療を補助する形で行うもの(Complimentary medicine 日本語で?)で、医療の代わり(Alternative)ではないという立場をとっている。私はホメオパシー病院で血液検査を定期的に受けているし、専門病院で処方される薬も続けている。
私の場合、地元の担当医が紹介してくれたので王立病院にいくことになったが、個人経営のクリニックに自費で通っている人も多くいるはず。個人経営のホメオパシークリニックにはいったことがないので詳しくないが、診察料は安くはない。そして医師免許がなくてもホメオパスの資格があれば開業できると思う。別にクリニックにいかなくても、全国にチェーンのある大衆向けの薬屋でさえ基本のレメディくらいなら揃っているし、自然食品屋でも買える。
ホメオパシー病院で処方されるのはホメオパシーレメディだけではなく、ハーブ系の製品(クリームやオイルなど)、通常医療の薬(抗ヒスタミン剤、消炎剤とか軽いステロイドとか)が出されることもある。病院内には栄養士、マッサージ師がいたり、痛み専門クリニックや、瞑想クラスがあったりもする。
詳しくは書かないが、私の病気は子供の頃に発症し、完治しないとされていて、西洋医学、漢方、民間療法いろいろ試してみたが良くなることはなかった。ホメオパシー病院に通いはじめても数年は何も変わりがなかったし、聞こえはよくても実際に効果のない治療には慣れていたから、大きな期待や失望を抱くこともなかった。専門病院での治療は今まで通り、症状を抑えるため薬を処方されるが、薬に慣れてくると効果がなくなるため、新しい薬を処方されることの繰り返し。
そのうちにホメオパシーの担当医が変わった。完治しない病気だということを受け入れて、この病気と共に生きるにあたって、どうすれば痛み(肉体的、精神的)を少なく、少しでも楽に生活することができるか考えてみようと提案された。それ以来、診察中の会話は私がどのように病気に向き合っているか、に重点がおかれた。
同じ症状でも気丈な時と死んでしまいたい時があったりして、そのムラに合わせてレメディーや薬が処方されたが、医者および医療をあまり信用していなかった私にとって正直に打ち明けることができるまでに随分と時間がかかった。痛みの具合とそれに伴う精神状態などを細かく聞かれる経験は今までになかったし、そういうことに医師が興味を示すこと事態初めてのことだった。そうするうちに少しずつ病気とのつきあい方に変化が出てきた。
長い経過は省略するが、10年経った今、比較的症状が軽い状態を保つことができるようになっている。およそ30年以上この病気と生きてきた私と家族にとって、想像もつかなかったほど温和な状態であるといえる。私の場合、この医師に出会えたことが大きな転機で、その医師がたまたま王立ホメオパシー病院に勤めていたということなのだと思う。だから私の経験談をもってホメオパシーに効果があるとはいえない。
だが、現在のイギリス医療システムでは医者が患者とじっくり話す時間などない。診察時間約5分のうちに、てきぱきと処方箋を書かなければならない。たとえ素晴らしい医師がいたとしても、有意義な診察時間を持てる可能性は残念ながらないに等しいと思う。
ここまで書いて、このエントリーを見かけてなるほどと思った。
気なんて存在しないんだから、存在しない前提で上達していけばいいじゃないか。
「気が存在しない」前提でもしも実際の効果を明確に証明できるなら、
逆に西洋医学と対等に戦うことができる。
経絡も実在するものとして教えられる。
だから、それらが実在するという前提で、古代中国から伝わる東洋医学理論を学ぶ。
学校で学ぶ臓腑は、解剖学的な内臓とは異なったものであり、より概念的な機能を持つ。
東洋医学的知識を身につけたからといって、東洋医学的治療ができるようになるわけではない。
いくつか診断・治療の手法を学んだが、私には馴染まなかった。
私は、学校では、気を感じるということを学べなかった。
「鍼灸師は鍼を使う気功師だ」という言葉があるが、私は自分の気も人の気も扱うことができない。
不足している気を補う「補法」、過剰な気を取り除く「瀉法」。形はできるし質問されれば答えられる。
でも、その作業で本当に気が出入りしているのか? それが私にはわからない。
イメージしてみる、ことはできる。でもそれは結局私の頭の中の妄想だと思う。
講習会で人にマッサージをしていて、講師に「自分の気を相手に入れ過ぎ!」と叱られた。
「自分の気」を治療に使うと消耗するので、「天地の気」を使えというのだ。
もちろん、そんなやり方教わったことなどない。その場で口頭で説明されてもできるものではない。
筋や筋膜の緊張をゆるめることはできるようになった。
関節周囲の筋や腱を緩めて、関節可動域を向上させられるようにもなった。
気や経絡は感じられなくとも、「反応のあるツボ」=身体の不調により触知しやすくなっている経穴 は、みつけられるようになった。
努力は、しているつもりなのだけれど。気功教室にも行ってみたりしたし。
中国拳法とかもやらないといけないんだろうか…。
http://www.nikaidou.com/archives/4102
ちょっと薬関係に関わった経験からいうと「死ぬこともある」。
白い巨塔の財前教授みたいに、肝臓まで行っちゃったあげくリンパまで転移してたらさすがに生存率は低いと思われる。
金をもってても、良い医者にあたらなければどうしようもない。財前教授はどっちももっててもダメだったけど。
リステリン6もそうだけれど、日本の医薬品認可というのは欧米に10年遅れて認可されるのは事実だ。
これもまあ、お役所仕事の典型みたいな話で、慎重に慎重に審査を重ねてやっと大丈夫と思われるであろうたぶんおそらくきっと、とこの冗長な文章ほどに長い時間をかけて、認可しても自分の責任にはならないなーと確認してから認可している。まあ、おかげで安心という面もあるのだけれど。
自分の聞いた話では認可されてない新薬もらいにハワイまで行く羽目になってる人もいた。
ただし、これも新薬の情報を知らなかったらどうしようもない話で、ここらの情報収集は医者によってあたりはずれがかなり大きい。自分は持病持ちなのだが、医者変えるまで三年効きもしない薬をありがたがって使っていた。良い医者にあたるまで10人以上は変えたと思う。ちなみに自分は年収120万のど貧乏人であったが、足をつかって稼げばかなり違ってくる。また足を使える程度に健康だったのも幸運だった。
今の医者は街の診療所(ただし、医師は私の疾患について専門で、医師自身で勉強を続けている上に機材も最新鋭である)で、誤診したところは大病院という漫画みたいな話だった。
■ 薬を認可する役人のあたりはずれがとても大きい(複数の案件を一人で抱えているので、重要度の低いと判断されたものは後回しにされる)
■ 保険のシステムとして薬を乱発したほうが儲かるので、「予防医学」という概念がとても薄い。
ここらあたりの情報が錯綜し、情報と金を持っているもの及び地域格差なんかがからみ合って、金持ち勝利といいたいんだと思う。
■ とりあえず落ち着く。今病気でも健康でも、明日隕石が降ってきたら確実に死ぬし、交通事故にあっても死ぬ。パニックは情報収集と判断の敵だ。
■ 目の前の箱を利用しまくる。とりあえず、大病院だからといって正しいとは限らない。自分の疾患を専門にしている学会を探し出し、その学会に属している医師に診断をうけたほうがいい。ただし、今掛かっている医師の診断には必ず従うこと。勝手に投薬・診察を打ち切らない。
■ 同じ病気の人と合う。患者会があればそこに入る。入ってくる情報の量が格段に違う。励ましあうことで心理的にもかなりちがってくる。
■ 信じるのは西洋医学のみにすること。とかく病気になると心が弱くなってホメオパシーだの民間療法だのにも手がでるが、薬効があるなら製薬会社が儲け口をほうっとくはずがない。彼らの持っている薬より効き目があって云々とはよく聞くが、製薬会社の開発した薬より民間療法が効くなら、莫大な金と陰謀を駆使して民間療法を弾圧するより製薬会社はとっくにその薬の特許を買いにでているであろう。
■ 健康なうちに保険には入っておく。…自分の場合は手遅れだったが。
この状況はなんとかならんのかと考えてみた。
■ まず薬価を下げる。いくらなんでもとりすぎだ。法律で利益率をあるていど抑えるとかしてもいいはず。薬価の利益を医師・看護師の給与報酬に当てれば診療報酬目当てに薬乱発ということも避けられる。
■ 医師・看護師の講習会を設け、医師・病院による情報格差を是正する。可能であれば担当局の職員も講習を受ける。
■ 疾病ごとの専門医を簡単に調べられるようにする。遠方であれば旅費も保険負担できるようにする。
■ 薬・新治療法の認可については役人だけでなく医師もいれて役人の負担を減らし、スムーズに認可を行えるようにする。
とりあえずこれくらいしか思いつかなかった。乱文乱筆、長文についてはご容赦ください。