はてなキーワード: 中高生とは
いや別に何も新しくないが?
赤松のパラディンしかりZUNの東方Projectしかり、一人の人間が自分だけで作ったゲームなんて大昔からいくらでもあるが?
つーか色んなフリゲのサイトで中高生が作ったゲーム並んでるしなすでに。
AIが絵を描けるようになり、曲を書けるようになり、ボーカルを歌えるようになり、プログラミングをやってくれて、アイディアも出してくれて、固有名詞やセリフも考えてくれるからって何も変わってないが?
俺は挫折したぞ。
だってツイッターでググったら既に他人が出力してたのがあって、「あっ、じゃあ俺はガチャ回さなくていいや」となったもの。
手を動かさない奴はどんなに環境が揃っても手を動かさないんだ。
分かるか?
何も変わってねえ。
0に100をかけようが億をかけようが変わらねえんだよ。
昔も今も一緒だ。
手を動かす気力のない人間は何も生み出さずにこうやって愚痴を吐くだけなのさ
それとも引き出せるってのかい?
引き出してみろよ。
男の清潔感などが定期的に話題になるので、男にとってのオシャレとは何かを書き留めておきたい。
大多数の男は、オシャレなんて何も興味がないのがスタート地点である。
ドレスに憧れる小学生女児は多くても、スーツに憧れる小学生男児はほとんどいない。
小学生男児なんて、服に穴が開いていようが泥だらけだろうが本人は気にしないものである。
彼らの究極の目的はセックスなので、つまりセックスに貪欲な男が見た目にこだわるようになる。
なのでそれらに消極的な男は、冷ややかな目でそれを見る。
この年代では男がオシャレにこだわるのは不真面目だという価値観も一定数見られる。
そして大人になると、ちゃんとした身なりをしないといけない、社会人として恥ずかしくない恰好をしないといけない、
オシャレなんて考えて来なかった男は、ここで初めて苦労することになる。
それでも世間体を気にする人は、多少の苦労を乗り越えて最低限の身なりを整えるが、それをしない人も多い。
思うに、婚活などで言われる清潔感とは、この最低限のラインを乗り越えられたかどうかだと思う。
セックスのためにオシャレする人、世間体のために身なりを整える人、
多くの男にとってのオシャレとは、「目的のためにしぶしぶやること」だ。
金もかかるし服の管理も面倒だし、本音ではあまりやりたくない。
そこをあえて、金と労力をかけられるか。婚活などではそれを見られているのかもしれない。
あらかじめ書いておくと、私は10年以上羽生オタをやっていて、羽生の結婚を祝福していた側の人間だ。
羽生のことは癖の強い性格だと思っているし、ファンからの妬みも酷いことになりそうなので、むしろ付き合ってくれている彼女側の心労を心配していた。
考えすぎかも知れないが、ここ数日羽生と彼女さんの状態が心配すぎて、タイトルみたいなことを考えている。
彼女の周辺環境を考えたら、情報を漏らしたのは自民党絡みの人間のような気がしてならない。
羽生と(元)妻とされるSさんが共演したのは2019年のFantasy on Iceというアイスショーだ。
名前をググると自民党の収支報告書にSさんの父から寄付があった事が書かれている。
このSさんの父が亡くなった時には安倍晋三が弔問に行くほどなので、太い支援者だったと思われる。
https://www.nikkei.com/article/DGXNASFS2201Q_S2A221C1PE8000/
ついでに叔父は末延吉正という安倍晋三をヨイショしてたジャーナリスト。Sさんは完全に安倍人脈の中にいるというわけだ。
五輪を二連覇した平昌五輪のあとに国民栄誉賞を授与され、当時かなりバッシングされていた。
奇しくも、山口県内では安倍派・林派で揉めた長門市長選挙が11月19日にあったばかり。
安倍晋三が弔問に来る程なので、Sさんの親族や後援会繋がりの周囲の人間が、選挙の応援に駆り出されていたとしてもおかしくないだろう。
今年2月の下関市議会議員戦では林派が勝ち、安倍派が負けたようだ。
こうした状況に危機感を覚えた安倍派が、Sさんに断りもなく新周南新聞に名前を売ったのではないだろうか。
羽生が妻の名前どころか素性まで徹底的に隠していたのは、選挙で自分の名前を使われる事や、
Sさんが「羽生結弦の妻」として地元の後援会に引きずり出される事を防ぐためだったのではないか。
実際Sさんは都合のいいコマとして使われていたようで、Sさんが「タダでバイオリンを弾いてくれていた」事を、地元の老害が週刊誌に自慢げに語っている。
仮に羽生が自民党を支持する素振りを見せていた場合、おそらく地元のじじい共は何が何でも名前を出さないようにしただろうな…と思う。
羽生はその辺礼儀正しいので、自民党絡みの人付き合いに抵抗がないのであれば、入籍発表前に公表を控えるよう山口の地元に直々に頭を下げに行ったと思う。
「僕は安倍晋三さんに国民栄誉賞をいただきましたので恩返しを…」などと言われたら、じじい共も流石にデレて黙らざるをえなかったのではないだろうか。
弔問に来るくらいなのでSさんと昭恵さんは顔見知りの可能性が高いし、自民(安倍)人脈に抵抗がないのであれば、顔出しくらいはしたかも知れない。
でも、そうはならなかった。Sさんの実家方面の人脈と関わりを持ちたくなかったからこうなったのでは?
結果的に地元民と新周南新聞の稚拙な行動で離婚してしまったが、妻の周辺環境がこんな状況では、隠し通す事はなかなか難しかったと思う。
羽生側の親族にも結婚について伝わっていないような記事もあったが、統一教会の件もあったし、反対されると思って伝えなかったのかも知れない。
それでも羽生が結婚を選んだのは、彼女のことが本気で好きで、彼女を地元から引き離したかったからではないだろうか。
彼女も地元と関係のない人間として生きていく選択をしたかったからこそ、名乗り出ずに黙っていたのでは?
自分のことをまるで自分達の所有物であるかのように扱い、本人に断りもなく名前を晒してしまうおっさんたちに囲まれているんだから、
この辺りの記事を読むと、地元民は「結婚はまだか」「子供はまだか」と「産む機械」扱いしてくる連中である可能性が非常に高い。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/news.yahoo.co.jp/articles/7ba1e2cd001c388337b18f46691de75b4e41931f
おそらく、この手のジジイ共は羽生みたいな「ピンクのフリフリを着て踊ってるような男」の事も嫌いだろう。
「女みたいな格好をする男は地元有力者の娘を娶る男として相応しくない」くらいの反発があってもおかしくない。
羽生がマンションを2部屋買った(片方は親世帯用)との報道も1年前位にあったし、頃合いが落ち着いたら仙台で同居する予定だったのだろう。
週刊誌の付きまといが酷いのも事実だ。とくに昔から女性セブンとは確執がある。
女性セブンに「同級生を妊娠・中絶させた」等と報道され、死を考えていた時期もあった程だ。
https://www.j-cast.com/2018/04/16326294.html
ファンによるストーカー行為も酷いものだった。中高生だった頃から羽生の自宅に凸ってるファンが何人も居たし、
2012年から練習拠点にしていたカナダのクリケットクラブにも、会費を払って侵入しWeiboに盗撮を上げ続けた中国系ファンもいた。
男性ファンにもヤバい奴がいて(二次加害になりそうなくらい生々しいので詳細は書けない…)性犯罪臭のする行動を自慢げにツイートしていた男もいた。
2019年には暴徒化したファンが会場の展示物に落書きをする事件もあったし、ガレソに晒されたようなガチでやべー奴もいるし、
ストーカーからの逆上には日々怯えていた事だろう。ストーカーファンなんて居ないと言ってる奴もいるが、ありゃ嘘だ。ただのニワカの発言だね。
海外に逃げろと言う人もいるが、フィギュアスケーターは逃げた先で練習拠点を確保しなきゃいけないのでそこも大変。
氷上スポーツじゃなければいくらでも逃げれただろうが、ショー公演やYouTubeの動画で飯を食ってる以上、リンクから離れるのは難しい。
スケートリンクは維持費がかかるんで、自分でリンク作るわけにもいかないし。
ちなみに羽生は自分に依存してくるファンの存在が好ましくないようで、最新作のRE_PRAY(アイスショー)ではファンに対してかなり手厳しい事を言っている。
(自分の戦績を利用して宇野や鍵山に対し中傷するタイプの人間に向けてるとしか思えない…)
MIKIKO先生と組んで小難しい内容のショーをやっているのは、ファンを置いていってでも自分のアイスショーを芸術性を高めたジャンルにしていきたいからだと思う。
ここで潰されたらもったいなさすぎるので、メンタルが辛い時はいくらでも休んで欲しい。
Sさんは羽生以上にしんどいのではないかと思うけど、関わりたくない人達の魔の手から逃れられる場所で、平穏に自分の生活が送れるよう祈っている。
親戚の集まりがあると女であれば中高生でも配膳を手伝わせられる文化
どちらに転んでもクソな文化だ
私が高校生までは年に1回、飛行機の距離にある父方の本家へ行っていた。
集まりには、車の距離から私達のように遠方に住んでいる10家族ほどと、多分血縁の遠い親戚が年によって顔を出したり出さなかったりな感じで集まっていた。
成人男性だけでも最低でも10人、でかくなった息子や息子夫婦を連れてきたりもするので多い時は20くらいいたと思う。
嫁と女の子たちはもちろん台所に籠って一日中料理を作り、運ぶのが仕事だった。
そうすると中学〜大学生の娘に、家事なんてお母さんたちに任せてこっち来てお酌しながら飯を食えと男衆から声がかかる。
しかし大学生くらいの娘がいる叔母さんは配膳を手伝いなさい!あんなところに行くな!と厳しく言ってくるのだ。
もちろん小中学生の私もなぜ同い年くらいの男の子は座ってご飯食べれて、私は料理を運ぶだけ、余った酒のつまみを台所の隅で食べなきゃいけないのかと言う不満もあったし、私の母も嫁の立場で、こう言った親戚付き合いの経験がなかったので配膳を手伝わせるのは可哀想と思い一緒にご飯食べてきなさいといってくれるので、私は喜んでお酌しに行った。
お酌しに行くと毎年、生理は来たのか、彼氏はいるのかという質問をされた。はじめてお酌しに行ったのは小学3年生くらいでその質問をされる意味も様々な質問の意味もあまり理解できなかったのだ、酒のつまみの話題としてのセクハラだった。中学生になり体も成長するとお触りも増えてきた。この頃になるともう気持ち悪さが理解できるのでお酌はしに行かなくなった。また、高校生や大学生のお兄さんは来るのに、仲良かったお姉さん達が来なくなる理由も分かった。毎年母と私に台所仕事してなさいと年長の叔母さん達が私と母を諌めてた理由がわかった。私と母に無理やりにでも台所仕事をさせて叔母さん達がお酌しに行く事もあり、自分ばかり楽しいことをしてずるいと思う事もあったが、ああいうセクハラから守る為だったというのも今なら理解できる。
高校生の頃本家当主が亡くなり葬式に参列したのが本家に顔を出した最後である。
その日の宴会の時当主の伴侶(おおばぁと呼んでいた)に呼ばれ、本家により近い家に30代独身の男性がいるので夜の相手をしろと言われた。
勿論意味はわかっていたが、ここまでさせるのか!?と怒り?悲しみ?かは分からないが配膳をしようとしなかろうとどう転んでもよく扱われない文化やそれを良しとする文化全てが嫌になり、何も分からない振りをして宴会の席に行き、おおばぁに〇さんの夜の相手をしろって言われたけどどういう意味?と大声で聞いてやった。
その日は一晩本家側の女性達に蔵に閉じ込められ、次の日には葬式の一貫でやることがまだあったが、家族共々帰らせられた。
その時以降は両親も出向いてないそうなので所謂村八分?親戚八分?になったのだろう。
本家に集まった時によく遊んでくれたお兄さんに今高校生の娘がいて、あの時の事を思い出して連絡をくれた。
本家には家族で行くことは避けていたが、家族で顔を出せと言われたらしい。
ちょうど私が問題発言をした時と同じくらいの年齢だから何も無かったとしてもバックれると言っていた。
もう当時の半分にも満たないほど集まる親戚も少なくなり、高齢化し賑やかではなくなったそうだ。
このまま滅びて欲しいし、うち以外でも似たような文化は残ってるところもある。
須らくクソなので全て亡びて欲しい。
法律関係ないお気持ち案件だけど、これは自分が正しいと思えてならないので、別の視点を持つためにもはてなー諸氏にはぜひぶっ叩いて欲しい。
で、何について言いたいかと言うと、主に女子中高生向けの漫画誌やアプリで連載されてる水商売(キャバクラ)系のコミック。
コミックの固有名詞は伏せるけど、水商売が男の性欲で成立する業界であることを意図的に無視して、キラキラとした高給取りな仕事として扱っており、中高生が読んだ時に卒業後の進路として安易に選びかねないんじゃないかなぁ、と危惧してる。
そんな安易にマネするヤツはいない、って言われそうだけど、高校生の進路選択なんてみんな単純じゃなかった? その時に流行ったドラマやマンガに影響されて、就職先や進学先を決めてるヤツが多かった気がする。
水商売を進路として選んじゃいけないのか!職業差別だ!と言われるかもしれないけど、18歳が酒席で接客する時点でグレーだし、昨今問題のホストや売春、頂き女子やら、後々の犯罪の起点につながる可能性も他の職業に比べて高いのではないかと思っている。
ゲームやらなんやらは(一応)年齢制限あるけど、コミックはティーンズラブ扱いなら年齢制限無いし、中高生が安易にこう言うのを読めるのはどうなんかなぁ、とお気持ち的に思う。とは言え、規制しようもないような気もする。
どないでしょうか?
北海道の味噌バターラーメンとか仙台の牛タンとか、名物として「用意」されてる感を感じるとなんか冷めてしまう。
例えばドラマで会社員が一服してるような、室外機が雑多に置かれた雑居ビルの屋上に上がってみたい。でも百貨店とかの屋上ではその気持ちを満たせない。ベンチなんか置かれちゃったり、芝の上でガキが走り回ってたりして、「ここでゆっくり過ごしてくださいね〜」と言わんばかりに用意され過ぎてるみたいな、そういう……
あとはもっと単純に、土地の差違を楽しみたいのに、楽しむための差違がわざわざ用意されてるんじゃないか?と思ってしまうと冷めてしまうというのもある。
さわやかとかセコマみたいなローカルチェーンが観光地として選ばれるのって、そういう我々が日常生活でファミマに入るが如く「本当にその地域で慣れ親しまれているもの」への欲求を適度に満たしつつ、しかもローカル展開なのでそこでしか楽しめないという欲求も満たせるバランス感みたいなものが決め手になってるような気がする。金沢や小樽で敢えて回転寿司に行ったりするのも然り。
さわやかも今は吉村家並みに混んでるらしいし、そういう点とは別な部分で観光地感(≒おれの言う用意されてる感に近いもの)を感じてしまうかもしれないが……
でもおれはさらにそこで疑ってしまう。それらはホンマに愛されてるんかと。静岡県民は本当に他のファミレスを差し置いてさわやかを選ぶのか。北海道の中高生は本当にコーラよりもガラナを選ぶのか、ごつ盛りよりも焼き弁に手が伸びるんかと。
別にそればかり食べている訳でもなくて、それが選択肢として当たり前に存在するのが馴染まれているという事なんだろうとは思う。でもそこでちょっと肩肘張ってる部分がないだろうかと邪推してしまう。
レモン牛乳は本当に自然体で愛されているんだろうか。栃木といったらこれだよな、という余所者の視点が内面化されて気負いとなってはいないだろうか。
まあ実態なんて分からんし邪推ばかりしていてはパラノイアになってしまうので、程々に収めておくようにしている。と言いつつ関西土産にどん兵衛を買ってきてしまう。ごつ盛りと焼き弁では少々不公平な所があるかもしれないが、どん兵衛(W)とどん兵衛(E)ならそこで確かな土地の差のようなものが感じられる気がする。