はてなキーワード: 中高生とは
僕の通っている大学は、キャンパスが観光地化している。犬の散歩をしている近隣住民、保育園から幼児をカートに乗せてきて広場で遊ばせる保育士たち、向学のためか見学していく中高生、そして観光目的に入ってくる大量の人間(なぜか中国人が多い)…正直辟易していた。研究で気が立っている時にキャンパスが観光客で混雑しているとイライラするし、食堂は混んで使いにくいし(なお11:30~13:30は学外者は食堂を使ってはいけないというルールができて多少良くなった)、大学生にインタビューしてみようみたいな課題でも課されているのか中高生に話しかけられるし、なんといってもうるさい。幼児や観光客のきゃあきゃあ言う声が教室まで入ってきてうるさかった。
しかし今年は大学がとても静かだ。新型コロナウイルス感染症対策のため、3月中旬頃から学外者のキャンパス立ち入りが禁止されて、キャンパスに入ってくるのは教職員と学生、大学病院の利用者が少し、ほんのたまに通行人だけになった。混雑はないし、観光客に道を聞かれることもなくなったし、とても良い。もっとも大学生協は食堂の客の入りが悪くなり、お土産が売れなくなって経営がめちゃくちゃ大変らしいが。これから銀杏並木が見頃を迎えるが、例年なら人でごった返すところがおそらく学生が数人歩くだけになり、黄色い銀杏をゆっくり眺め写真に収めることができるだろう。楽しみだ。
フォロワーの鍵垢での愚痴がしんどすぎて最近ジャンル撤退しました。
まず顔カプっていう言葉に反論して学級委員長してる人は恥ずかしいからやめてほしい。
早く大人になって
次顔カプ嫌いな人
キレるのはわかるんだけど、自殺しろと皆殺しにしたいとか、とにかく死ねって内容が多くて驚く。
SNSでの誹謗中傷ってかなり問題視され始めててそれを知らないはずないのに腐女子だけ戦闘意識高すぎて必死さがキモい。
アイツらがいつも老害呼ばわりしてる人の方が絶対マシな書き込みしてるよ…
実際殺したいほど憎いと言うよりは、一部腐女子の間で「過激であるほど面白い」みたいな風潮が蔓延してるから
どんどん仲間内で面白いこと言おうとしてああなってるだけなんだよね。
実際にどこぞやの鍵垢内での過激な発言を集めたアカウントとか、匿名の顔カプ愚痴垢とか人気だし
そういうのを言うのは良くないなっていう自制ができないところとか、言うのはダメと思っててもユーモアだと思ってる所が人間として引く。
それも大抵社会人が言ってて本当に恐ろしい。
どんな環境で育ったらそんな捻くれた性格で自信満々に生きられるんだろう
多分そのうち口の悪い女だけがどんどん固まっていって自分たちが正義にしか見えなくなってきて外でもあんなこと言うようになるよ。
顔カプに反論してる人も恥ずかしいんだけど、彼女たちのほとんどが中高生でこれから改善が見込めるからブロックして終わり。
社会人で趣味に信じられないほどストレス感じてる顔カプ殺すマン()とかは目を覚ませ。
まあでも本人たちに治せっつっても治せるもんではないとは思う。
中高生の頃ならこんな幼い考え方でも仕方がないよってこと。学もないし。
どこを読んだら中高生だと思えるのかね。
3年くらい前からいることは知っていたが、特段話す機会などない1人の「お客さん」だった。
しかしあるとき話す機会があり、そのとき具体的に何とは表現できないがとても興味惹かれるものがあり、以後今日までずっとその人のことが気になっている。
その間もやはり特段話す機会はなく、せいぜい挨拶する程度。
しかしこちらは相手のことが気になっているわけだから姿を見るだけでも鼓動が高鳴り、「今日はやけに早いな、どんな仕事してるんだろ」「ここしばらく見かけないな、風邪でもひいたのかな」などとどうでもいいことを勝手に妄想する、まるで思春期の中高生のようである。
外見が自分のタイプドストライクというのもあるが、では同じような外見の別の人を見ても、同じような感情・感覚を抱くことはない。
顔はしょっちゅう見ているが、普通に考えたら通い先の従業員なんて興味ないだろうから、相手は私の名前はおろかその顔さえも記憶していない可能性がある。
私のほうは立場上よくお見えになるお客さんは自然と顔と名前くらい覚えるのだが。
どちらも同じ学問で、根は同じだと思う。
昔は算術と哲学は密接にかかわっていたという。多分初期の頃は、抽象的な概念の創造という点で
文系と理系は同じ頭の使い方=本質的・抽象的概念を操る能力が必要だったのだと思う
しかし理系分野の高度化で、パズルのような、表層的で具体的な概念を操る能力が必要とされるようになった。
例えば言語分野は全く障害者レベルだが、算術に関しては天才的な技能を発揮するような人が居るように
文系と理系が何故別れてしまうかと言えば、問題の解決に対する取り組み方の違いだろう
文系はまず「本質は何か」と考えてしまう。故に「●●は自明」だとか「●●と定義する」とか
「マイナスを掛けるとプラスになるのを図で表す」みたいな「表層的なもので動いてる」ものに関して
勿論、マイナスを掛けるとプラスになるとか、自明だとか定義だとかを本当に理解できるのは大学レベルなので
そこまでやる時間はないし、そんなことしてたら足し算掛け算良くて因数分解で中高生が終わる。
逆に理系は「答えは何か」と考える。なので「自明」とか「定義」とか表層的な先生の説明をそのまま「記憶」して「パターン化」する。
そこに「理解」とか必要ないので、どんどん高度な計算に進んでいけるのだ。
なので理系は論理と集合が苦手な人が多いと聞く。あれは理解が必要な分野だからだ。
なので、その間合いを前提として
理系分野の問題を解く時は深く考えず、ゲームをするときのように(ゲームをするときはプログラムまで理解しない)記憶とパターン化を構成することに集中し
中高生にとって腹鳴は致命的に恥ずかしいことなので、朝ご飯を増やしたりこっそり飴をなめたがどうも空腹が原因ではないと気がつき、病院へ行った。
その時は薬もすぐ効いたし、クラスメイトとの相性もよく緊張がほぐれて2ヶ月程度でだいぶよくなった。
当時婚約破棄と仕事のストレスで、片耳が聞こえないやら胃液吐くやら声が出ないやらとにかく色々大変だったが、それらは段々と良くなり今は聴力もばっちりだ。
が、その時過敏性腸症候群が再発して以来、慢性的に腸を患うようになってしまった。
寝不足でも腸に出る。なんか生き物でも住んでるのか?ってぐらい下腹部から変な音が出る。
音声収録のある仕事なのでスタジオにこもる日に症状出たらめちゃくちゃ最悪だ。
耳鳴りするほどの静かな空間で、腹がぎゅーぎゅーいうのだ。ちなみにお腹減ってないというより食べると鳴るので飲み物以外は口にできない。空腹感はないが音がえぐい。
大音量で長時間鳴った時、まわりのひとが気遣って飴とかジュースくれた時の恥ずかしさわかる?まじで嫁入り前の女的には死ぬほど恥ずかしかった、消えてしまいたかった。
ちがう、お腹が空いてるわけじゃないんだ。しかもいつ鳴るか分からないし、お腹に力いれようと腸だから音が止まらないんだ。
ついでにガスめっちゃたまってるけど、おならなんてできないし、我慢すればするほどどんどん腹鳴はひどくなり、お腹が張ってただただ苦しい。
というかおならの量がえぐい。空気飲んでる、呑気症って医者には言われたけど別に早食いでもないし噛み締め癖もない。
なんなの?兵器なの?ってぐらいおならでる。ちなみに嫁入り前の女だ。やばい超えてやばい。
いちいちトイレに行く暇ない時だってある。むしろガス出るたびにトイレいってたら10分に1回トイレ行く羽目になる。
特にこの2−3年、ずーーーーーっっと症状があるのだ。
お腹の調子悪いだけ。でもそれが365日24時間×2−3年は地獄だ。
付き合ってた人にも大げさなwって笑われた。一度静寂のスタジオや会議室で止まらない腹鳴に悩まされればいい。マジで。
もちろん便通も2週間以上調子いい時なんてない。
数週間〜数ヶ月単位で便秘と下痢を繰り返し、言い方汚いがなんか糞切れ悪いし、腸内環境最悪マンなのでついでにカンジダにもかかりやすい。
もう何千錠と乳酸菌飲んだ気がするが全部異空間に消えてる気がする。
こんなにお腹の音とおならとうんこに悩まされる乙女ってなんなん?ついでにげっぷもえぐい。
QOLだだ下がりでたまに死にたくなる。
色々薬も試した。ストレッチも筋トレもやったし、低FODMAP食もためした。小麦粉も意図的に避けてる。
大好きなパンもパスタもにんにくもネギも我慢してる。コーラ振って炭酸抜いて飲んでるバカいる?私だよ!
好きな人といい雰囲気になってベッドインした時、ムーディな雰囲気の中お腹ぎゅ〜〜〜っていう恥はやばいぞ。苦笑されたら死にたくなるぞ。
そんなわけでここ数年映画館やプラネタリウムは怖くて行ってない。
去年転職したけど今の職場めちゃくちゃ静かで、お腹の調子悪い時は朝から晩まで地獄。一回爆音でおなら出てしまって、窓から飛び降りようかな〜?って思った。
「1990年頃に黄金期を迎えた週刊少年ジャンプは、黄金期を支えた『ドラゴンボール』『SLAM DUNK』『ダイの大冒険』『幽遊白書』といった作品が終わるといったん低迷期を迎え、1997年には週刊少年マガジンに部数で抜かれるなどの暗黒期を迎えた」のようなオーラル・ヒストリーが語られることが多い。
が、現在になって見返してみると、これは若干の間違いを含んでいるといえるので書く。
ジャンプの部数は1995年に653万部に達し、1995年にドラゴンボール』の連載が終わると1998年まで右肩下がりに落ちている。
1999年および2000年には微増しているため、部数面での暗黒期はむしろ1998年というべき(それでも現在よりは多い)だが、やはり「マガジンに追い抜かれた」という事実のインパクトが大きいというべきか。
まず、連載作品は4つに分けられる。『a.1997年を通して連載されていたもの』『b.以前からの連載が1997年に終わったもの』『1997年に連載が始まり、1998年以降まで続いたもの』『1997年に連載が始まったが短期間に終わったもの』だ。カテゴリー別に見ると以下のようになる。
なお、b,cおよびdは区分が曖昧になることがあるが、dに入れる基準は『連載期間1年未満』を目安とする
『こちら葛飾区亀有公園前派出所』『ジョジョの奇妙な冒険』『BφY-HARELUYA II-』『地獄先生ぬ~べ~』『遊戯王』『封神演義』『るろうに剣心』『真島クンすっとばす!!』『WILD HALF』『みどりのマキバオー』
『セクシーコマンドー外伝 すごいよ!!マサルさん』『ろくでなしBLUES』『幕張』『とっても!ラッキーマン』『 キャプテン翼 ワールドユース編』『レベルE』
【c.1997年に連載が始まり、1998年以降まで続いたもの】
『BASTARD!!~暗黒の破壊神~(背徳の掟編)』『I"s』『ONE PIECE』『世紀末リーダー伝 たけし!』『花さか天使テンテンくん』
『BE TAKUTO!!~野蛮なれ~(※厳密には、1996年50号で連載開始)』『魔女娘ViVian(※厳密には1996年49号で連載開始、97年43号で終了)』『Wrestling with もも子』『COWA!』『私のカエル様』『仏ゾーン』『きりん~The Last Unicorn~』『COOL<レンタル・ボディガード>』『Merry Wind』
「過渡期であった」というならばその通りだ。『ろくでなしBLUES』『ラッキーマン』『キャプテン翼(※WY編の連載開始は94年だが、小中学生編まで含めれば黄金期の作品と言っていいだろう)』といった黄金期組が終わり、"黄金期に小学生で当時中高生だった”勢には読むマンガが少なかったのも確かだ。
一方で、現在の看板マンガ『One Piece』や、当時の少年を性に目覚めさせた『I's』が始まるなど、作品の質がそれほど悪かったということは実は無い。もちろん、新連載に固定ファンが付くのは時間がかかる(『I's』はそもそも作者の固定ファンがいるだろうけど)から落ち込んだイメージがつくのは仕方ないとはいえるが、そのイメージが実際と合っているとは限らないのだ。
ちなみにこの後、1998年には『ROOKIES』『ホイッスル!』『シャーマンキング』『HUNTER×HUNTER』が、1999年には『ライジングインパクト』『NARUTO』『テニヌの王子様』『ヒカルの碁』といった作品が始まり、ジャンプは再び盛り返していくことになる。
中高生の時から友だちがいない。予備校生時代にやっとできた仲良しは数年前に亡くなってしまった。今は友だちはゼロ。
50近くにして、友だちがいない寂しさを感じ始めた。これまで割と平気だったんだけど。本当に寂しいのか、ともだちが作れない自分に絶望した寂寥な感情なのかもわからない。
初老入口からの友だち作りって、どうやって作ればいいのだろうか。SNSは辛くてやめた。人の幸せ自慢ほど、心を細らせるものはない。
みんなはどうやって友だちを作っているのか。多分息をするように友だちを作ることができる人もいるだろう。私は本しか友だちがいない。いや、本とも距離があって、友達かどうか怪しい。
やっぱり寂しいんだ。友だちが欲しい。
自分が中高生の頃は皆個人ホームページやブログを持っていて、それがとても楽しかった
皆ブログだのホームページだの前略プロフだの、携帯でカチカチやってた
今はインスタやTwitterが主流で、ブログサービスに以前程の活気が無いし、個人ホームページなんて絶滅寸前
Twitterはアカウント持っていて、楽しいのは楽しいんだけど人が沢山居すぎて浅く広くって感じだなあと思う
テンプレートとかないし自分でアドレスを管理する必要も無いし、気軽に楽しめるのはとてもいいと思う
あの頃の文化に戻ってくれとは思わないけど、1日で良いからあの頃に戻って色んなホームページを見てみたい
そしてURLを色んなところに貼ったりして人を呼ぶあの感じが楽しかった
今よりもネットの扱い方に気をつける必要があったけど、凄く楽しかった
その頃自分が運営してたホームページなんて厨二病過ぎて今見たら多分失神するけど