はてなキーワード: ゆらゆらとは
ついこの間の暑い日、陽炎がゆらゆらと田んぼの上を漂っている。緑色の稲が一面に広がり、その穂先は風に揺れ、波打っていた。私は、そんな景色の中を、花柄のワンピースを着て歩いていた。
そのワンピースは、母が若い頃に着ていたもので、私が小さな頃からずっと憧れていた。色とりどりの小さな花が一面に咲き誇っているようなデザインで、袖はふわりと広がり、夏の空気を軽やかに通す。初めてそのワンピースを着たのは、今年の夏だった。
「お母さん、これ、着てもいい?」と、少し気後れしながら聞いた私に、母はにっこりと微笑んで、「いいわよ。あなたにとっておきなさい」と言った。その瞬間、私は、自分が母の若い頃と繋がったような気がした。母がこのワンピースを着て、どんな風に田んぼを眺め、どんな夢を見ていたのかを知りたかったのだ。
「この道をずっと歩けば、どこまで行けるんだろう?」と私は独りごちた。田んぼの間を通る細い道は、まるでどこか遠い世界に続いているかのようだった。小さな頃から、この田んぼの風景に囲まれて育ってきたが、大人になった今も、この景色が何か特別なものに思える。自然の広がりと、人の手が作り出した風景が共存するこの場所には、何とも言えない安心感と懐かしさがあった。
風が吹き抜け、稲がさらさらと音を立てる。私は一度立ち止まり、空を見上げた。青く透き通った空に、白い雲がぽっかりと浮かんでいる。深呼吸をして、胸いっぱいに夏の空気を吸い込んだ。
「あの頃、お母さんもこうやって空を見上げていたのかな?」ふとそんなことを考えると、心が少し暖かくなった。母がこの道を歩いていた時、同じように心を揺さぶられたのだろうか。私は、母が歩んだ時間を想像し、その重みを感じた。
道の先には、小さな木造の家がぽつんと立っていた。そこは私の祖父母が住んでいた家で、今は誰も住んでいない。子どもの頃、夏休みになるとこの家に遊びに来て、祖父母と一緒に田んぼを見ながら話をしたものだった。
ワンピースの裾が風に揺れる。私は、祖父母の家の前に立ち、静かに目を閉じた。あの頃の記憶が鮮やかに蘇る。祖母が作ってくれたおにぎりの味、祖父の優しい笑顔、そして田んぼの中で遊んだあの夏の日々。すべてが今、私の心の中で生き返った。
目を開けると、田んぼの向こうに夕陽が沈みかけていた。橙色の光が、稲の穂先を優しく照らし出している。花柄のワンピースもその光に包まれて、まるで私自身が風景の一部になったかのようだった。
「お母さん、ありがとう」と私はつぶやいた。このワンピースと、この風景が、大切なものを教えてくれたような気がする。
それは、時間を超えて続く家族の絆や、変わらない自然の美しさ。そして、どれだけ時が経とうとも、心の中に刻まれる大切な記憶があるということだ。
夏風邪をこじらせて肺炎になった我が子の入院に付き添ったので備忘録を兼ねて
夫は激務で毎日平日はワンオペなので今回の入院でも影は全くありません。一応聞いたけど急に休めない仕事らしい。仕方ない。
一週間だったので私と私の母で何とかなったけど、これが2週間3週間と続くようならさすがに夫にも代わってもらっていたと思う。
今は元気に家中をハイハイで練り歩いているから、もうなんでもいいや~。のきもち。
水曜日、なんとなく朝から顔がぽやんとしていたので、いつでも迎えに行けるように在宅ワークに切り替えていたところ、案の定14時ごろに電話でお呼び出し。
迎えに行ったところ、クラスでRSウイルスに罹患している子が出たと教えてもらい、その足で小児科へ。
のどに水泡ができていたらしく、このまま手足にもぶつぶつが出れば手足口病、出なければヘルパンギーナだろうとの診断を受ける。
保育園に連絡すると、感染病の場合、しっかり病名を診断されないと通園許可を出せないので、もう一度受診して確定診断をもらうよう要請される。
薬をもらったのでいったん自宅で看病。
月曜日、自分の咳で目覚めてしまうほど咳がひどくなってきたので、再度受診を決意。(ヘルパンギーナや手足口病の割には熱が長引いており(この時点で5日目)、ご飯もパクパク食べていたので、正直RSウイルスの誤診ではないのか?という疑いをかけはじめる)
準かかりつけだった総合病院の小児科に受診したところ、このころにはのどに水疱は見当たらなく、聴診器でゼロゼロ音を確認したため、CTと採血。
RSからコロナ、インフルあらゆる感染症の検査をするもののすべて陰性、肺が白くなっていたため、夏風邪をこじらせた形での肺炎と診断。即日で入院の案内を受ける。
10歳までは24時間付き添い入院を推奨とのことで、着の身着のままで病室へ。小児病棟のないほぼジジババだけの総合病院だったため、病院都合での特別室への入院となる。
ぐるぐる巻きにされての採血や点滴処置により子供が泣き疲れてぐったりしており、熱も一気に上がって39度に。かわいそうで涙が出てくる。(小児科医をはじめ医療従事者の皆さんありがとうございます!)
熱でのぐずぐず、また慣れない環境に完全に抱っこマンになってしまい、寝ていない時間はすべてヒップシートで抱っこしたまま縦横にゆらゆら揺れ続ける私。(最終日まで抱っこマンは治らず、24時間中10時間抱き続けることになります)
取り急ぎ私の母に病院へ来てもらい、入院準備のため交代で帰宅。めぼしいものをすべて積み込んで夜逃げのような大荷物を抱えながら再度病院へ。
看護師さんに聴診器を当てられるのも鼻を吸われるのもすべて嫌なようで、先生や看護師さんを見るとフニフニ泣くようになってしまった。
また私と看護師の間で話がすれ違う。吸引してほしい、という要望が私は鼻水の吸引、看護師さんたちは喘息の薬を白い煙にして吸うやつやつ?になっていて、初日からずっと「鼻水が詰まってそうなのが気にかかるので吸引をしていただきたいのですが…」と伝えるもののなかなか噛み合わず…結果この日は鼻水を吸ってもらうことはなかった。この白いやつ吸い終わったらしてもらうのかな?と思っていたらされず、もしかして吸引器自体が病院にないのかも?と母親に家の吸引器を持ってきてもらうように連絡。
結局この日は熱が下がらないまま就寝時間へ。
深夜3時ごろに酸素濃度が一時80台まで下がり酸素マスクをつけることになる。
酸素が安定してきたのでマスクは外す。というより子供用マスクも小さすぎて全然嵌っていなかった。まぁパルスオキシメーターでの酸素濃度をずっとナースセンターでチェックしてもらっていたので、来なかったということは安定していたのだろうと認識している。
比較的ご機嫌ではあるものの熱は変わらず38度~39度をいったりきたり。
また、両耳が中耳炎になっていた。鼻水が耳に行っちゃったね…本当に申し訳ない…。母親にお願いして家から持ってきてもらった電動鼻水吸引器で吸いまくる。
しかし午後の体温チェック時に初めてお会いしたベテラン看護師さん(のちに師長さんと分かった)の「あら~!?鼻水すごいわね!お母さんこれ吸い出したほうがいいわ!」という一声で鼻水吸引の処置をしてもらえることに。あんのか~い!!!!!
でもオリーブ吸引管?という鼻に充てるガラスでできた先っちょ部分が死ぬほどでっかい。普段小児科で吸ってもらうやつの3倍くらいある。もしかして本来はジジババののどの痰吸引のやつか?当然赤ちゃんの鼻の穴より先がでかいので取りにくそうで、看護師さんが数多挑戦していってくれたが結局最後まで師長さんくらいしかまともに扱えなかった。なんだか申し訳ないのでこっそり一人で羽交い絞めにしつつ自宅の鼻水吸引器でいつも通り吸引。
この辺、小児科病棟があるタイプの病棟ならもう少し疎通ができて器具もしっかりあったんだろうな~と思う。
急に平熱に下がる!入院時からつけっぱなしの抗生剤の点滴がうまく体に入って行ってくれたようだ。
本人も比較的元気そうだった。その分点滴のチューブの届く範囲しか動けないのが窮屈らしく何度も「ん!ん!」と包帯で巻かれた点滴針を指さしていた。取ってほしいんだよね、わかるよ…。
今まで家じゅうハイハイで歩き回っていて、アンパンマンカーにつかまり立ちでよちよち歩いていた子の活動範囲がベッド内だけというのはそりゃしんどいよね。
この日は起きている間はとにかくお菓子をモリモリ食べて抱っこしてゆらゆら揺れ続けていた。
また、病院の離乳食が口に合わないのかほぼ食べず。結局健康になってきても退院日でもあんまり食べてくれなかったな…。今家ではモリモリ食べてるんだけど…。
平熱のまま。
点滴は今日までは続けることに。これで様子を見て明日退院でOKとのことに。4日ぶりに娘がお風呂にも入れるとのことで、私がルンルンになる。無造作にごはんに手を突っ込んだりしてだいぶ汚れていて、娘の包帯のところから酸っぱいにおいがしていて抱っこしていたら地味にきつかったのでうれしい。
朝の抗生剤の投与以降に防水シートを張って看護師さん2人と3人体制でシャワーへ。結局ビッチョビチョになって点滴は外した。これ以降飲み薬での抗生剤に変更。
また、病棟の一定の箇所までは歩いてもいいとのことで、(禁止部分からコロナ等の感染病室になるらしい)ぐるぐるとひたすら散歩をする。
部屋に飽きているのか5分に一回ドアを指さされるのでそのたびに散歩タイムに。
退院日
中耳炎はまだ治っていないとのことで、追加で抗生剤を処方してもらい、退院。
血液検査の結果全く異状なしで、明日まで自宅で安静にしていたら来週の月曜からは保育園に行って大丈夫らしい。
本当におめでとう!
さすがに有給もきついので、お医者さんのお墨付きもあって月曜から保育園へ行ったところ、2日くらい楽しく通園していたが3日目に鼻水が出て咳をするように。
2、3年前から夏場の日傘を導入してマジでサイコーって感じなんだけど(30代男性)、最初にお前らを信じて買ったモンベルのサンブロックアンブレラ、あれは1回広げちまえばまあまあ良いんだけど、いちいち骨をぽきぽき折り畳みしなきゃいけないのが面倒すぎる。一応晴雨兼用だけど雨の日はびしょびしょで最悪だ。
たぶんこれはあくまでもアウトドア用であって、頻繁に電車に乗ったり降りたり建物に出たり入ったりする都市部での日常使いには微妙な気がする。
あと持ち手の部分が微妙に固定されてないというか、持ち手をしっかり保持しても柄がゆらゆら動く感じがしてちょっと疲れるな(これは個体差かも)。
まあ5000円台ならこんなもんかという感じでお蔵入り。
そんなわけで今夏はどうしようかと思ってたんだが、色々見たり調べたりしてEuroSCHIRMというブランドの折り畳み傘に行き着いた。
EuroSCHIRMのLight Trek Ultra UV、これはかなり良い感じ。モンベル同様アウトドア用なのでユニセックスなデザインだし、ぽきぽきの要らない手開き式でめっちゃ軽い(175g)けど、この間の暴風雨でも裏返ることなくしっかりしてた。それでいて直径はモンベルと同じ98cmなので使用感もほぼ変わらず。
8500~8800円とそこそこ値は張るがそれに十分見合った性能だと思う。
気に入ったので自宅や近所で使う用に長傘(Swing Liteflex Umbrella UV)も買ってしまった。
たぶん中華製で探せば似たようなスペックでもっと安いやつがあるかもしれないが、大手アウトドアショップで取り扱いがあるという安心感も決め手になった。
詳しい人は他にも良いのがあったら教えてくれ。サンバリアの評判が良いのは知ってる。
これももう散々言われてると思うが日傘はマジでサイコー。まあ外を移動する時にずっと日陰を連れ歩いてるようなもんだしそりゃサイコーだわな。
フェスとか屋外イベントで日にあたって帰った後特有の疲労感ってあるじゃん。あれがめっちゃ軽減されてる感じがするのよ。でも人混みでの使用には気を付けような。
日傘で上からの熱を遮ると地面からの照り返しがより際立って、こりゃ地面に近くなる犬や子供はしんどいわな…というのが身に染みて分かるようになったし、うちの犬や子供のことを夏場きちんとケアしてあげようと改めて思った。うち犬も子供もいないけど。
いや、自分もポキポキ式は軽量化のためだろうと思ってたし実際そうなんだろうけど、最終的に行き着いたEuroSCHIRMはポキポキしないのにモンベルの200gより25g軽かったので、今までのポキポキは何だったんや…という思いと共にこの増田をしたためたってワケ。もちろん材質やら何やらの違いはあるんだろうけどその辺はよう分からん
20年くらい前の折りたたみ傘はポキポキするのがデフォルトだったのでモンベルのやつも違和感なかったんだけど、30代だとわからんか...
いや普通に分かるけど。
非ポキポキ式や自動開閉式が主流な中で今時日常使いでこれはめんどくね?って話であって知らないとも分からないとも言ってないんだが、書いてないことを勝手に読み取るのやめてもろてええか
え、待って……
ほんまや……
じゃあなんすか、俺は皆のより70gも重い「55」をずっとポキポキやってたってことすか(WANIMA)
なんかブコメと噛み合わないなと思ったんだよな。
でもよく見ると「50」は一回り小さくて20デニール、「55」は75デニール+シルバーコーティングなんだな。UVカット効果は同じくらいみたいだけど遮熱・遮光効果がどれくらい違うのか気になるな。両方使ったことある人はぜひ教えてほしいぜ。
彼の実家にお泊りした時のこと。
浴槽の風呂ぶたを開けるとお湯が真っ黒!!
彼の家は、父・母・彼・妹の4人家族。一体何人が何日間入ったらこんな色になるんだ???
シャワーだけで即効済ませたら、
翌朝、彼の母親が「あら、お湯使わなかったの?」と言ってきた。
適当にごまかすと、彼が「シャワーなんて不経済だよ。ウチは1週間あのお湯使うんだよ」と。
そうなんだ。彼が結婚(親同居)を匂わせてきたので付き合いを止めました。
マコモ風呂とは何かというと、お風呂の中にマコモというイネ科の植物を粉末にしたものなどを入れ、長い時には1年などの長い期間、そのお湯を取り替えずに入浴することで身体から毒素を排出させる、というもの・・
金曜日に旦那母から、土曜日おでんを作るから食べにおいでと誘いが有ったので
後かたずけを私がすることに (家族ルールで支度は義母 かたずけは嫁)
洗い物をしていたら、突然義母が絶叫した
「なんで、土鍋を洗剤使って洗ってんの~~~20年育てた土鍋が台無しじゃないの~~~~」
本当に理解不能な出来事に遭遇すると脳が変なこと考えるんですね
私は「お~~土鍋がきれいに割れた~とか、床が凹んだよな~掃除誰がするんだろう」
と考えていました。なんで義母がヒス起こしたのかとか、私の何が悪かったのかなど考えられずに
旦那がそれを見ていて、今日はもう帰るから。明日また来るからとだけ言って
私の手を引っ張って、私のカバンをもって飛び出すように義実家を出た
玄関を出た頃、私が正気に戻って義実家に戻ろうとするのを旦那に止められ
今はいない方が良い。明日また来るから、とりあえず今日は帰った方が良いと言われ車で帰宅
極上の土鍋が出来ると考えている人らしい
私が洗剤を使ってしまったので、土鍋に洗剤がしみ込んで土鍋が死んだと思っていると思うと言われた
20年育てた~~も、16年前に旦那が洗剤で土鍋を洗っていると義母に見つかり
同じように土鍋を目の前で叩き割られたそうだ
で、今の土鍋は実際は20年育てたでなく16年なんだけどねと笑いながら旦那に言われた
私にとっては道具というより相棒とでも言える大事な物だと知ってるのに。
腹が立って仕方ないので、ギ実家のテフロンの鍋・フライパンの真ん中を
スチールダワシで思いっきりこすって置いた。
じいさんが「いらっしゃいませーー!」
ってすげーでかい声で言ってびびった
そんでじゃあラーメンを頼んだら
じいさん「あーーっはーーっい!らーめん!」
とか言いつつ持ってきたんだけど
足元ガクガクして配膳の上のラーメンもゆらゆらしてこれはやべえってなった
やっとテーブルの上に置いたと思ったら
どしゃあっって感じだったわけよ
汁がこっちにふっかかってきたわけよ
俺「ッチャアア!?」
じいさん「あーーー?」
じいさん「ああああああああああ!?」
じいさん「あーすみませんねー」
じいさん「あぁ91だもんでねー」
じいさん「いらっしゃいませええーー!!」
俺のことはもう見向きもしなかった
会計はばあさんがやってたが
待ち合わせは十時。駅前で、彼女はほぼちょうどの時刻にやってきた。
待った?と聞くので大丈夫と答えた。
実際俺が来たのは十五分前で、誤差のようなものだった。天気は小春日和で風が心地よく、今日は公園でお花見をしようという話になっていた。
駅から公園に向けて色々と話ながら歩き、昨今亡くなった著名人のことが話題に上がった。
彼女も氏の著書を嗜んでおり、◯◯は名作だよねと朗らかに語った。そして「こんなに早くに死ぬなんて思わなかった」という。俺はすぐにそうだね、こんなに早くに亡くなるなんて。そう付け加えるように言うと、彼女はニュースで死んだって聞いたとき本当に驚いたと言った。俺は閉口した。
その後も歩き続けていると古書店が目に入り、気になったのでちょっと寄っていい?と尋ねるといいよというので少し寄ることにした。
引き戸を開けて中に入ると開店してまだ間もないためか人の姿はなく、こじんまりとした店内を悠々と歩くことができた。純文学の並ぶ棚を見つけると立ち止まり、隣で彼女が「埃くさいね」と言った。奥から咳払いが聞こえる。何も買わずに店を出ると公園まではあと僅かで、そこまでは黙って歩いた。
公園に入ると喧騒に溢れ、お祭りのようになっていた。数多の人でごった返し、車屋台が何台も出店している。人々は忙しなく笑い、桜の周りはスマホに囲まれていた。賑やかだねと彼女がいい、俺は頷いた。中央の方へと歩みを進めると平らな空間に輪が広がり、歓声が上がった。輪の中心ではスーツ姿の男がジャグリングをしており、俺たちも輪へと加わることにした。男の大道芸は歓声を糧に難易度を上げていき、最後には一輪車に乗りながらボウリングのピンでジャグリング。失敗なく終わると拍手が鳴り響き、隣で彼女が失敗したらもっと盛り上がったよねと小声で言った。
俺たちは場所を移し、木々と人々の間に僅かな隙間を見つけるとそこにシートを敷き、何か買ってこようか?と彼女がいう。いいよ、一緒に行くからと伝えると前方を指差し、すぐそこだからいいよと屋台の群れを指した。俺は二千円を渡し、腰を下ろした。スマホに目をやり、歌声が聞こえてくる。舞い散る桜に顔を上げ、振り返って先を見るとステージがあった。歌はカントリーソングのようであり、澄んだ声が公園に響く。おまたせ、と声をかけられ前を向くと彼女が立っており、腕に袋を引っ掛け手にはビール。そのうちの一缶を受け取りながらお礼をいい、彼女も腰を下ろした。
俺たちは焼きそば等を食べながらビールを飲み、午後の桜に微睡んだ。そうしていると公園内の放送が聞こえ、落とし物の案内が耳についた。彼女はビールを口に、空にすると言葉をはいた。昔、小学生のとき、お祭りで財布の落とし物があって取りに行ったんだと。へぇ、と俺は言った。彼女は笑って、その財布、私のじゃなかったんだけどねという。それから焼きそばを食べた。
俺は飲み物を買いに立ち上がり、ビール二缶と水を二本買うとシートに戻った。既に夕方で、彼女は脚を伸ばして座っていた。少しずつ帳が降り、さけのにおいが辺りから立ち込めていた。ステージの方に人が集まりはじめており、行ってみようと彼女が言った。ステージ上には若い男がいた。後ろにはDJらしき人物がサングラスのなか肩を揺らして目の前の機材を操っている。客層はショートケーキのように二層に分かれ、ステージ前の彼らは身を乗り出すように揺れている。後方にいた俺たちはじっと音楽に耳を傾けていたが彼女はゆらゆらっと身体を離すと前方の層に加わった。俺はその場に残り、周りと同化する彼女の後ろ姿を見守った。
気づけば十九時になろうとしていた。周りには人が溢れ、昼間よりも多くなっていた。陽気な笑い声と、酔っぱらいのダンスが目に入る。そろそろ帰ろうか俺は彼女に声をかけた。もうちょっといようよと彼女は答えた。わかったといい、俺は水を買いに行った。戻ると彼女の姿はなく、動揺し慌てて辺りに目を凝らしているとトントンと肩を触られ、振り替えると彼女がいた。その手にはビールが握られ、…ありがとうと言ってひとつを受けとりながら下を見ると彼女の片足は裸足だった。
それとも定番の、「とろろ」?でもやっぱ被るよねぇ円谷幸吉と。
変化球で、「パン生地」?うーん、それはもう、「捏ね」、なんだよなぁ。攻めすぎ?
「ねるじぇら」は死んだし……。
やっぱここは、「ドンドゥルマ」?
(追記)
テーレッテレー!!おもいのほかトラバブクマ集まったな。みんなサンキュー
おいおいマジかよーそんなハードル高いのかよー!体育館とか借りて練習しなきゃいけない「規模感」じゃん!
そうなるとねるじぇらのCMが運動しやすいブルマだったのは理に適ってたんだなあ・・・
うーん仲間あつめもさることながらあのキレのある動きを今から習得すんのムリゲーすぎんぞ!。
そしてブルマも人数分用意するのつらい!さすがに1人分しか手元にないって!
ブルマー増田に言っても歴史のことしか教えてくれなそうだしさあ・・・
ん、ちょっとまてよ・・・!?・・・ってってっていうかサア!!いま気付いたんだけどねるじぇらのCMがいっぱい人がいたのってサア「行列でゆっくり歩く」っていう意味もかかってたのか!?
おいおい深すぎじゃね!?あのCM深すぎじゃね!?手持ちブルマカウント1のワイより闇深じゃね!?
むりゲーだってそんなんーその条件だと日ハム伊藤くらいしか満たせなくない!?
きょうびそんなサア大艦巨砲主義みたいなの無理だって!やっぱねるじぇらで確実に面制圧を具申ージャイアントしとくわ!
おいおいそんな物騒なことになってんのかよ、「街」!!
それはもう部隊を招集せねばならんなあ!人数分のブルマを!疾く!!
“ゆらゆらと振りながら進みます。その様子を「ねりねり」という擬態語で表し、後に変化して生まれた言葉が“練り歩く”だと言われています。” 練りは擬態語だったhttps://omatsurijapan.com/blog/innovation-for-float-1/#i-3
それはそうとさあ祭りのお練りってたまに山車の手前とかでゆらゆらしとるだけのひといない?
お前ら知っているか?
ハグルマのピザソースが、一番、マクドのナゲッツのバーベキューソースににていることを
最近は牛やあいびきの肉が質が悪い(ライトからはずすと真っ白。やくと半分に縮む)ので
鶏むねひき肉400g
大匙6のパン粉
卵1個、または1個の半分
これをボウルであわせてぐにぐにもみ込む
ひき肉は塩をいれると少し硬くなる、卵や水分をいれると緩くなる、パン粉で粘度をつけることができる
整形するんだがゆるければゆるいほど小麦粉がたくさんいる
さっきボウルにラップかけたあれでいい
それを台にひろげて振り出し容器からざーっと出す
あの赤い蓋で黄色いぷら瓶の顆粒のやつが便利
そんでそのうえにすぷーんで練った肉ひとさじのせて
顆粒をうえからざーっとふって
手の甲かラップでおさえてたいらにしてやく1.5センチくらいの厚さにする
周辺には粉がつきにくいからラップの両端もちあげてゆらゆらする はい一こできた
フライパンはコンロのあげものセンサーつきのとこにかけておいて
ひごろのあげものの残り油を全部いれる
深さ2センチくらい まんなかが少々水没しなくてもいいからてきとーにいれる
まわりからひとつずつラップでユラった肉をならべていくと水位があがってまんなかにも並べられるようになる
菜箸でひっくりかえす
あがったのを皿にペーパータオル敷いたとこにあげていく
最後の方はゆるいたねがのこって卵多い、
そんでハグルマのピザソースってわけよhttps://k-haguruma.co.jp/catalog/products/4901585407559/
ごち
追記:
ハグルマのピザソースはスイートアンドチリエビとか辛味少な目あんかけスパにも向いてるが
私もモテたいとは思ってはいても、独身一人暮らしの部屋で無くても困らないソファやテーブルにお金やスペースを使うのは嫌だなぁと思っていたのでとてもよく分かります。
「うちソファあるんだよ」と女の子に言っても「だから?」と返されておしまいですが「ハンモックあるんだよ」というとちょっと興味を持ってもらえることが多いです。
そういう下心は抜きにしてもハンモックをお勧めする理由はほかにもあります。
まず省スペースであるということ。
使わない時は畳んでおいたり、片方のフックに引っかけておけば部屋を占拠されることはありません。
とはいってもハンモックは高くても2万円以下くらいです。激安ソファと同じくらいの値段でかなりいい物が手に入ります。
これってコスパ、かなり良くないですか?
興味を持っていただけましたか?
実際にハンモックを選ぶ場合ですが、ハンモックと聞いてまず思い浮かべるのは太いロープで編まれているハンモックだと思いますが、まずこれは選択肢から外してください。
あれは腰への負担が非常に大きく、寝心地も良くないです。
大の字で眠り、柔らかく包み込まれ、ゆらゆら揺れることで気持ちの良い風を感じられるのが本物のハンモックです。
これはタコ糸くらいの細い糸で細かく編まれたネットタイプのハンモックで何と言っても寝心地の良さが抜群です。
現地では通常の寝具として使われてきたものですから、それも当然です。
風もよく通すので夏の寝具としては最上です。
ここで一つハンモック豆知識なのですが、ハンモックに寝る場合の正しい寝かたは、吊るすのに使っているふたつのフックを結んだ線と「直角方向」に寝るのが正解です。
言葉だと分かりにくいのですが、ハンモックで寝る、と言われて想像する向きとは90度ズレるのです。
もちろん、ハンモックの魅力は体勢の多様性にもあるのでその時その時で気に入った寝かた、座り方をするのがいいのですが、長時間眠るときはこの姿勢で寝るのが腰への負担がかからないのでおすすめです。
他にもコロンビアハンモックやブラジリアンハンモックなど、いろいろな国の風土で生まれたハンモックが存在し、それぞれに素材や寝心地も違います。
ブラジリアンハンモックは厚めの布で出来ているので屋外などでのハードな使用や、春や秋などの季節にお勧めです。
私は複数のハンモックを通算10年以上以上使っていますが、もはやハンモックなしでの生活は考えられません。
ハンモックがあるというと食いつきは良いのですが、いざ結婚相手として考えると「一人暮らしの男で唯一もってる家具がハンモック」というのはなんか不安になるのでしょう。
仕方のないことです。
小学校の時。昭和の終わりだからいじめとかからかい合いが普通にあった
他にも無視とかばい菌扱いとか色々なバリエーション。暴力は少なかった(無くはなかったけど)
ずっとからかわれてる(言葉が軽い、暴言を投げつけられてる)数人(基本的に容姿由来)がいて、
愛嬌のあるチビ、優しくて強い巨漢、などは言い返したりしばくぞと叫びながら追いかけたり
暴言を投げてリアクションを楽しむというよくない遊びに発展していった
毎休み時間に始めるのは一人か二人ぐらい。なんか面白そうだから混ざって行って、で5人くらい
反撃しない場合は面白がられず構って貰えないのであえて反撃するようなやつもいたはず
増田は顔のパーツに難があってそこを弄られていた
あまりにバリエーションが少なかったので、相手は工夫して色々な容姿弄りをしてくる
その中で後頭部の形状についてのいじりがあった
COMPLEXでもなんでもななかったのだが、一応ルール上嫌がって対応しているうちに気付いた
自分への悪口をこっちに誘導出来たら少しはダメージが通る顔弄りが減る
当時は自分だけそうやってズルしてると思ってたけど、元々弄られてたやつら(誰が見ても容姿に難がすごい)以外への攻撃はそもそも軽かった
さらにたとえシリーズが流行り、髪の毛が焼きそばみたいなどたとえ先がそこまで下品? 悪辣ではなく、
「やーい、やきそば」「なんやと、このメロン!」みたいになってった
とはいえ、親の職業や家の臭さなど普通に弄ったらあかんとこも弄ってたし、いじめはなくならんと思う
上記はおまえのかーちゃんでべそ的な悪口のための悪口でまだマシで
そこに本質を混ぜたりするとより言う側に快感が与えられるのだろうなと、地名カタカナ表記とか、法損金氏用語になる過程とか考えてて思った
ゆらゆらしてる
解決策を考えてみてる
いじめ先を人間以外に担ってもらう(いじめてくんみたいないじめたくなるロボット)
(前回のご報告)https://anond.hatelabo.jp/20230915214213
とてもすてきなねこと長い間ずっといっしょに暮らしてきたのですがしばらく前に亡くしてしまい、いろいろあって今は代が替わったやっぱりすてきなねこと暮らしています。最近ひんぱんに掃除をしても部屋の隅が毛だらけになるなあと思っていたところ、なんだかねこが前よりふっくらしていることに気がつきました。ねこの衣替えに季節のうつろいが追いついたことをことほぎ、ここに駄文を記します。
昨年のこのくらいの時期に話題になった、ねこの毛皮を模した毛布のシリーズがすごく欲しいと思ったもののいつも品切れで買えずくやしい思いをしていたのですが、そろそろこたつを出そうかと思案していた際にふとそのことを思い出したところ、よいタイミングでちょうどいい大きさのキルトラグを手に入れることができました。早速こたつの下に敷いてみたところ、あれ?なんかちょっとこれはねこではないのではないかと思ってしまったのが先月のこと。ですが先日ふっくらちゃんを撫でながらこたつに潜り込むと、あれ?まさにこれこそねこFeelではないですか。と今さらのように気がついてしまいました。浅薄にも短絡的に見当違いなこと思ってしまい大変申し訳ありませんでした。YESふゆげねこFeel
あんなに暑かった日々が嘘のように冬へと変わっていくと、ひともねこも暖を求めてお互いの距離が近くなります。在宅勤務中に膝にお乗せすることはこちらとしても大歓迎ではあるのですが、ひとはねこをひざに乗せることだけに集中すべきであり、キーボード操作等余計な振る舞いをすることは許さない。と増田の腕をぎゅっと抱きかかえたりされるのはちょっと困ったりしますが、まあそれもいいかとも思ったりしています。実は最近増田にとってちょっとめんどくさい仕事が増えてきたこともあって、衝動的にハンモック(スタンド付き)を購入してしまいました。部屋が猛烈に狭くなることと引き換えにコロンビアで手作りされたハンモックに包まれてゆらゆらすることでとんでもない快楽が得られるわけです。ただ、増田がハンモックにすっぽり隠れてしまって視界からいなくなることはふっくらちゃんにとってとうてい許せることではなく、増田が増田の使命を果たすことを助けるべく外側からコロンビアで織られた綿布をバリバリとなさるのでひええと飛び出るわけですが、そのうち一緒に包まれてゆらゆらできるといいなあと増田は思っています。
夜になれば前回の冬と同じようにふとんの中に潜り込んできて、前回の冬と同じように増田のわきの下で一周ぐるんとまわったあと耳のうしろを撫でてもらう体勢に入ります。でも今は増田がぐっと腕を伸ばさないと耳のうしろが撫でられなくなってしまいました。増田にはなんだかそれがとてもとてもいいことであると感じています。こちらからは以上です。
(追記)
これまでの分をこちらにまとめました