はてなキーワード: 管理とは
100字では書けないのでこっちに書きます。
授業中は先生一人がマンマークでぴったりついて、いつも手を握っています。
暴れそうになったら後ろから胸を抱きしめて押さえつけています。
その隙に子供が殴られた、という経緯です。
園長からは丁重な謝罪があり、シャツとバッジは弁済してもらいました。
子供に話を聞くと「〇〇君はいってもやめないからしょうがない」といっています。
給料の三倍くらい頑張っている先生を思うと、園を責める気持ちにはなれません。
わが子だけではなく、ほかの子供も含め、
もし暴力で重大な怪我でもしたら? と考えると、このままでいいとも思えません。
こういうときどうしたらいいのでしょうか。
以下追記
いただいたコメントは全部読みました。
ありがとうございました。
MMT/ケインズでインフレにするだけでは確かに不足だ。例えば、原住民への教育だとか、原住民が新しい商売をする前に色々調べ物をする間に金を出してやることが必要だ。
インフレには供給由来インフレというのもあるからな。例えばオイルショックのように資源が足りなくなったとか、産業が弱まり経常赤字化して外貨借金が増えて輸入ができなくなるとかだ。
だけど、新自由主義は政府の緊縮では基礎萌芽研究投資をしなくなり、大規模経済危機後に企業が保身化して金を貯め込むことと、不景気を温存することにより設備研究投資をしなくなることとで、むしろ産業劣化からの輸入困難なインフレに導く。
現にケインズ主義の末の1990年頃には京セラやソニーや日本電産のようなメガベンチャーを生み、多くの産業で世界トップシェアを誇り、トップ1%引用論文を多く出し、一人あたりGDPが世界2位にまで至った。
だが、1990年バブル崩壊と、同時に起きた新自由主義化で不景気30年と基礎萌芽研究投資の崩壊、保身化で設備研究投資不足が起き時折貿易赤字が出るほど産業衰退してしまった。
「政府がすべて管理したほうが良い」のマルクス主義は失敗だったが「政府が何もしないほうが良い」の新自由主義もこれまた誤りだ。まず金融、財政、税制で経済をマイルドインフレに調整した上で、政府が何をして何をしないというのは永久に人類の課題だろう。
だが、今はコロナで経済が猛烈にしぼんでるから、財政出動を多くしたほうが良い。特にコロナを早く収めることと、食い詰める企業、個人の救済をすることな。今食い詰め度合がひどいと、コロナが去ったあとに金を貯め込む意志が強くなるから。
それから、「借金の返済は資金市場への資金の供給」なので、コロナ後の反動の一員ともなるので、程々政策金融も返済免除=給付への切り替えをしたほうが良い。
ああ、あと企業がリスクを取れる前の科学投資は重要な。そもそも、探して、見つけたやつをしばき倒せば起業が増えメガベンチャーが生まれるんだって幻想はいいかげんにしろと言いたい。
1870年の平民名字許可令によって、誰でも名字を使って良くなった。これまでは平民は名字を使ってはだめだった。
1871年の戸籍法によって名字の登録が推進された。姓尸不称令によって名前は名字と名前になった
1875年の苗字必称義務令によって、名字を持つことが義務になった
1876年の戸籍法では夫婦別姓だった。そもそも慣習としては夫婦別姓だった。
夫婦別姓、と言うと少しニュアンスが違うけど、日本に於いては「親の姓を男女問わずに継いでいく」が基本だった。ただ、庶民には姓なんかないので、この辺は宙ぶらりん感がある
「戸主及ビ家族ハ其家ノ氏ヲ称スル、妻ハ婚姻ニ因リテ夫ノ家ニ入ル」
というように書かれているので、結婚したら妻(女性)は夫の家に入るので、名字は夫の名字になるというようになった。
夫婦同性、と言うよりは、嫁自動的に夫姓になる制度と言っても良い。
そういえば婿養子ってなんだよと思ってこっちも調べた所、男性が親と養子縁組を結んで、その家の娘と結婚する、と言うクソめんどくさい手順によっているようだ。
ここまで見てみれば(と言ってもほうぼうで見かけた情報ではあるが)、夫婦同性というのは明治時代に導入された制度だが、「平民も名字を名乗っていい、いや、名乗れ」からの流れの中で「結婚したらどうすんの?」という感じで「夫婦別姓でいいんじゃね?このほうが自然だし」からの「いややっぱ旦那の姓をなのれ」に変わってきたという結構不自然な家庭を経ている。これを伝統と言って良いのであれば、国家が国民に強制してきたことが伝統になってしまう。
テクニカルに夫婦別姓を考えると、データ管理の点でのコストがあるというのはある。
DBなんかで詳しい人は「姓」にその戸籍の参加者を紐付ける形で管理していたが、この「姓」が家庭の単位を表さなくなったときにどうやって国民の戸籍情報を管理するのかという問題がある。いつ生まれて、どういうふうに転居し、誰と結婚して、子供が生まれて、離婚して、死別して、みたいなすべての履歴データを新形式にコンバートせよという難題だ。明治時代とかの手書きの戸籍謄本は電子化したうえで、ID割り振りという苦行が待っているだろう。待っていないかもしれないがこの辺は考え方次第かもしれない。
戸籍謄本は直系尊属はいくらでもさかのぼって取得して良いというものがある。これは、自分の親、親の親、親の親の・・・というようにさかのぼって戸籍が取得できる制度になるのだが、仮に「姓」で戸籍情報を管理する場合、別の情報で戸籍管理をする必要が出てくる。過去の人にもさかのぼって。
もしこういうプロジェクトを立ち上げた場合にやりたい人っているだろうか、いやいるまい。
夫婦別姓をシステムとして導入するには以下のステップがいるだろう。
何よりもきつそうなのは、戸籍データが各自体で各々管理されている(総務省が何かしらの方法で一括管理しているかもだけど)ので、この辺のすべてのデータを統合する必要がある。しかもやっている間も粛々と人々は結婚し、生まれ、離婚し、死に、転出し、転入する。
そういうわけなので、なにかウルトラCを考えないと、システム側からの夫婦別姓はかなりの困難を伴うだろう。
もしこの辺がきちんとシステム化された場合、例えば遺産相続で非相続者が登場するすべての戸籍謄本を集めなくてはならない(法的に他に相続権者がいないかを証明する必要があるので)というクッソだるいイベントがあるんだが、これを非相続者のIDで申請したら一気に全部取得できるとかそういうのはできるかもしれない。
夫婦別姓なんか「もともと何の問題もないので好きにしてください」位自由にできる。
氏名変更だってそんなに難しくない(しょっちゅう変えるとシステム的に良くてもみんな混乱するので何かしら規制は入るだろうが。)
名字って実質的に戸籍の名前とみなしても問題ないわけだけど、現行の戸籍制度を維持したまま夫婦別姓を容認すると、夫婦同姓の組と夫婦別姓の組が同じ戸籍制度の下で混在して、行政サービスの効率が非常に悪くなってしまうことが考えられるわけだよね。だから、選択的夫婦別姓を容認するためには、行政サービスの質を維持するためにマイナンバーによる一元管理を進める必要があるわけじゃん。それは、戸籍という「家」単位での管理からマイナンバーによる「個人」単位での管理という側面からも、合理的だと思う。
だけど、いざマイナンバーを普及させようとすると、リベラルの人たちはこれに反対するわけじゃん。(リレーショナルデータベースとかやったことある人ならインデックス付けて情報を管理するのがデータ構造の側面からも効率が良いってことは分かると思うけど。それはまあ置いといて。)だから、彼らは現行の戸籍制度を維持したまま、夫婦別姓だけは容認するという、ものすごく非効率的で非合理的なことを主張しているわけなのよ。
これは選択的夫婦別姓を実現する気がないと捉えられても仕方がないと思う。夫婦別姓を実現するためには、「家」単位ではなく「個人」単位で情報を管理する方法に変更していかなくてはいけない。そのためにはマイナンバーは絶対に必要。どうか夫婦別姓を「なんとなく男女平等で良さそうだから賛成」ではなく、確実に実現させるためにはマイナンバーが必要で、マイナンバーが全国的に普及して初めて選択的夫婦別姓という新たな選択肢が選択可能となることを念頭に置いていただきたい。
山を管理する人がおらず、間伐されていないので草木が密集しすぎてる
登山道なんかもないからこの状態の山に入るのはジャングルに分け入るのと一緒
見通しが悪く歩き辛いのでヘビ、毛虫、イノシシ、サル、クマなどの危険生物が接近していても気付きにくく逃げにくい
樹が生えてる=カブトムシやクワガタが採り放題!ではない 都合よく虫が採れる種類の樹が生えているとは限らない
都会で言うと自分の住んでる街に高層ビルがたくさん建ってるけど
自分にとって縁もゆかりもない企業のオフィスやマンションばかりで誰でも入れるような商業施設がない感じだろうか
ただただ生えてるだけの木
ただただ建ってるだけのビル
絵の描かれた壁に囲まれてるのと一緒
「慰安婦問題を否定する自民党とウイグル問題を否定する中国共産党の相似について」というブックマークコメントを見かけて、ひっくり返ってしまった。
https://b.hatena.ne.jp/entry/4698919021099411202/comment/brain-box
たぶんこのブクマカは、慰安婦問題に対する日本政府の公式見解を知らないのだろう。もしくは「相似」の意味を知らないのかも知れない。
ここでいう「当時の軍の関与の下に」というのは、慰安所は当時の軍当局の要請により設置されたものであること、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送について日本軍の関与があったこと、慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者がこれに当たったということは、従来から認めていることである。
マジで分からないんだけど、これのどこが、中共のウイグル問題に対する姿勢と相似形なの?
どうしても相似形を探したいなら、ベトナム戦争における自国兵の蛮行について完全否認の、韓国政府の方が中共によほど近いんじゃないの?
忙しいんだね。
タスクの総量が増えると、管理しきれずに、漏れているのではないかと恐ろしくなる。
あの文脈では「コード管理」としてのGitへの言及だと思うんだよなぁ
わざわざグラウドが別枠だし
まぁ、その後の増田もDockerをVMwareとかとの対比でなく
smartyと対比してる辺り、わかってないようだがな
GitHubでソース管理して、サーバーはクラウドで運営、フレームワークにDockerを使い言語はGo、Backlogで連携するITベンチャーがクソのようなサービス作って来るのはざらにある
GitHubで管理してるのに「もう戻せません」とか、アホかと思うし
フレームワークに縛られてサービスの改悪提案とかするなやと、むしろサービスにあったフレームワークをお前らが捜せと
Backlogで連携してるのに、全然見当違いのことして「聞いてません」と言い、連絡したIDを指摘すると、「〇〇だと思ってました」とか言いだす
使えるのなんてほんの一握りで
そういうのは大抵自社サービスを立ち上げてる
逆に言えば、新技術なんてな、基礎がしっかりしてればそれなりに使いこなせるし
朝起きて散歩して、朝ごはん食べて、仕事して、昼ごはん食べて、仕事して、夜ご飯食べて、部屋の掃除や家事を片付けてからリングフィットアドベンチャーやって、湯船浸かって読書して、
みたいな健康的な生活を1ヶ月やって見たけどストレスなのか体調崩した。毎日なんで生きてるかわかんないしどんどん精神が疲弊していく
食事は食事管理アプリでカロリー計算栄養バランスチェックしてるし、運動もしてるから健康的なはずだけど、あんなに楽しかった毎回の食事は栄養パズルみたいなもんで少しも楽しみじゃなくなったし、運動する時間を確保することでゲームも出来なければネサフも殆ど出来なくなった
1ヶ月もやれば習慣になってくれると思ったのに、ルーティンワークが死ぬほど苦手な性分が災いして毎日同じことをしてることにもう耐えられない