はてなキーワード: 破廉恥とは
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2011/feb/01/egypt-tunisia-revoltを和訳しました。
チュニジアとエジプトにおける叛乱では、イスラム原理主義の姿をまったく見かけない。これは注目すべきことだ。民主主義というもっとも非宗教的な伝統にのっとって、エジプトの民衆は、抑圧的な体制や体制の腐敗、そして貧困に対して叛乱をおこしたのだ。そして、自由と経済的な見通しを求めたのである。「アラブ諸国にあっては真の民主主義的センスは少数のリベラルなエリートのみに存在し、それ以外の膨大な数の大衆は、宗教的原理主義か、さもなければナショナリズムによって動員されるだけである」という西洋のリベラル派が持つシニカルな知見は間違っていると証明されたのだ。しかし、大きな疑問は残る。次に何がおこるのか?政治的な勝利者として、誰が登場するのか?
チュニスにおいて臨時政府が成立したとき、臨時政府はイスラム主義者と急進派左翼を排除した。これに対する独善的リベラルの反応はこうだ。「よくやった。奴らは基本的に同類なんだよ」。同類、すなわち両者とも極端な全体主義者だということだ。しかし、それほど単純なものだろうか?イスラム主義者と左翼との間には長年にわたる反目が存在しているが、それは存在しなかったとでも言うのか?もし仮にイスラム主義者と左翼が体制に対抗して一時的にせよ団結したとすれば、彼らはひとまず勝利するだろう。しかしその団結はすぐに元通りに分裂し、彼らは死闘に身を投じて、より残虐に振舞うのだ。
去年のイラン大統領選で、我々は今回のような戦いを目の当たりにしなかっただろうか?ムサーヴィーを支持して立ち上がった何十万の人々は、自由と正義を掲げたホメイニ革命はまだ継続中であるという人々の夢を表していたのだ。たとえその夢が非現実的なものであったとしても、それは政治的・社会的構想力の息をのむような爆発や経験の組織化、そして学生と一般市民との間の討論を導いたのだ。こうした社会を変容せしめる法外な力の解放のはじまりは、体制派のイスラム主義者が統治権を奪ったことで、次第に抑えつけられていった。
原理主義者による運動だと明らかな場合でも、その運動の社会的構成を見落とさないように注意すべきだ。タリバンは普通、テロにより支配を押し付ける原理主義的イスラム主義者の集団だと表現される。しかし、2009年の春、タリバンがパキスタンのスワット渓谷を占領していたころ、ニューヨーク・タイムズはタリバンが「富めるわずかな地主とその小作人たちとの間に広がる深い亀裂につけ込んだ階級闘争」を工作したと報じた。タリバンは、農家の困窮という「アドヴァンテージを得て」、ニューヨーク・タイムズが言うように「広範にわたる封建制を温存するパキスタンに対し危機を警告した」のかもしれない。もしそうだとするのなら、パキスタンやアメリカのリベラル民主主義者が同じように困窮という「アドヴァンテージを得て」、小作農を助けようとしないのはなぜなのだろうか?パキスタンにおける封建的勢力こそが、リベラルデモクラシーにうってつけの同盟相手ということなのだろうか?
これらから導かれる当然の結論は、次のようなものだ。すなわち、急進派イスラム主義者の台頭は、イスラム教国における世俗的左翼の消滅と常に関係がある。アフガニスタンは今は強固なイスラム原理主義の国と考えられている。しかし、40年前のアフガニスタンは強固な非宗教的伝統に則った国だったのであり、ソ連とは無関係に、独自に共産党が力を持っていたのだということを、誰か憶えているだろうか?そして、こうした非宗教的伝統はどこへ行ってしまったのだろうか?
こうした背景をふまえたうえで、チュニジアやエジプト(そしてイエメン、さらにはきっとサウジアラビアでも)で進行中の出来事を読み解くことが重要だ。もし現在の状況が、旧体制にリベラル風の彩りを付け加えるだけに終わり、結局は旧体制を生き残らせ、安定させてしまうとしたら、原理主義者による逃げ場のない反撃を生み出すことになるだろう。リベラルという遺産を生き残らせるためには、リベラル派は急進派左翼からの支援を必要とするのである。話をエジプトにもどすと、今回の件で最も破廉恥かつ危険なまでに日和見主義的な反応を見せたのは、CNNの中継放送に登場したトニー・ブレアだった。「変化は必要です。しかし、それは着実な変化であるべきなのです」。今日のエジプトにおいて、着実な変化とは、政府中枢の人数枠をわずかに増やすという目的にもとづいて、ムバラク勢力との妥協を図るということを意味するだけなのだ。このようなわけで、エジプトの平和的推移という語りは、鼻持ちならないのである。敵対者を押しつぶすことによって、ムバラクは自身に敵対することを不可能にする。抵抗する市民に対してムバラクが軍隊を派遣して以降、選択肢は明確になった。ほとんど何の変化もない中でのわずかな変化という見掛け倒しの変化か、真の破壊か。
ここが正念場なのだ。10年前のアルジェリアでは、自由選挙の容認によって権力がイスラム原理主義勢力へも平等に分配されたが、今回もそうなるというわけではない。もしムバラクが去った場合、体制を引き継ぐことができる組織的な政治勢力が存在しない、というのが、リベラルの一方の心配の種だ。もちろん、そんな政治勢力は存在しない。ムバラクは、つまらないことに対する反対意見であっても、反対意見であればすべてを却下することを通して、そうした政治勢力を始末してきたのだ。その結末は、アガサ・クリスティの著名な小説のタイトル、「そして誰もいなくなった」を思わせる。ムバラク自身やその混沌とした政治をめぐる議論は、ムバラクに敵対する議論なのだ。
西洋のリベラル派の偽善には仰天させられる。彼らは公然と民主主義を支援してきたのだが、宗教のためではなく、非宗教的な自由と正義のために人々が暴君に対し叛乱をおこすと、彼らは深く懸念を示したのだ。なぜ懸念するのか。なぜこの自由のチャンスが与えられたことを喜ばないのだろうか?今日、これまで以上に毛沢東の古きモットーが適切だ。「天の下に混沌、絶好の機会」(訳注)。
さて、ムバラクはどこへ向かうべきか。答えは明白だ。ハーグへ向かうがよい。ハーグの国際司法裁判所に着席するにふさわしい人物がいるとしたら、それはムバラクその人なのだ。
訳注:毛沢東のモットーについてはhttp://bit.ly/eSBrn9を参照。
例えば軍国主義下にあったら
兵隊になる為に心身鍛えてる少年は称揚されるはずだ。
ちょいと愛国的な発言をすれば誰かが褒めたり励ましたりしてくれるかもしれない。
勉強しなさいとかスポーツしなさいとかいうメッセージの方がまだ受け取った記憶がある。
女はまた違うかもしれないが、男はそうだ。
軍国主義なら国軍、更に言えばその統帥者である国王や将軍や皇がいるし、
イスラム原理主義なら○○師、更に言えば絵に描いてはいけないあの人がいる。
こういうのは左翼だったら激しく嫌うんだろうけど
実はこれってシステム自体はそんなに悪くない。
この主義下で生きてる人達は、ふとした時に
「俺なんでこんな苦労してるんだっけ」と思ってもすぐ答えを得られる。
「それは、あの方が(私が)望んでいるからです」と。
翻って、恋愛至上主義ってのはどうだ。
「なんでそんなことしてるんだっけ」という疑問には
「あなたがやりたがったんでしょ!」という破廉恥な回答で応じる。
こんなに卑怯な主義ってそうそうない。
実際そこには
せいぜい広告代理店みたいなとこがソロバンを弾くのに必要、という存在理由しかない。
他の主義にあるような、覚悟を伴った大義や狂信が無い。
宗教としての核が無い。
誰も覚悟してないから。
この出来損ない宗教からの逃散者達がしばしば二次元フィクションに集うのって偶然じゃないんだよ。
二次元にはしっかりとご神体が示されるんだもん。
「なんでこんなことやってるの?」
「ミクちゃんが可愛いから!」
こっちの方が余程まともな信者の扱いってもの。
だけど恋愛至上主義っていうこれは実に薄汚い。
「私が望んだからあなたはそれをせねばならない」と言えない。
最終的に全くビジョンや責任者を示せなかった願望や欲求については
私はたまに妻と息子を連れてディズニーランドに行くのですが、毎回残念に思うことがあります。それは一部の客のマナーの悪さです。
園内を歩いていると、開けた場所でディズニーキャラクターの着ぐるみが現れてファンと握手したり一緒に写真に写ってくれたりするサービスがあります。息子はディズニーキャラクターが大好きで、着ぐるみを見つけると目をきらきらさせて近づきます。しかし大抵着ぐるみの周りにはネズミのカチューシャやトラの尻尾を身につけた大人たちの人だかりができていて、なかなか近づけません。遠くから見ようにも、身長1メートル足らずの息子には何も見えません。
着ぐるみの周りでたむろしていつまでたってもどかないあの大人たちはなんなのでしょうか?
恥ずかしくないのでしょうか?
着ぐるみを取り巻いているのが小学生や中学生で、それで幼児が入っていけないというならまだわかります。小中学生ではまだ大人としての配慮ができないのは当然ですし、子供たちがはしゃぎすぎて周りが見えなくなるのもしょうがないかと思えます。
しかし、現実に着ぐるみを取り巻いているのはいい年をした大人です。
まったく理解に苦しみます。
また、園内を普通に歩いているときも注意が必要です。
園内はただでさえ混んでいるのに、その多くが白痴のような表情で上を見上げながらふらふらと徘徊しているのです。私は息子が蹴られないように周囲を警戒しながら歩かねばならず、大変消耗しました。
さらに、ある決まった時間になると始まるパレード等のイベントを見るためにビニールシートを敷いて路上を占拠する輩も大量発生します。
路上を占拠されると動線が狭くなるのです。動線が狭くなると通路の人口密度も高まり、息子が蹴られる確率が上がってしまいます。
それに、最前線に大人たちに居座られると、背の低い子供の視界は完全にさえぎられ、後ろからではパレードを見られないのです。
ディズニーランドとは、そもそも子供たちに夢を与えるテーマパークなのではないでしょうか?
園内に群がる大きなお友達は、自身の行動が子供たちの夢を奪っているということがわかっているのでしょうか?
子供たちから光を奪うこのような破廉恥な所業の数々を見ると本当にはらわたが煮えくり返ります。
もし私が南斗白鷺拳のシュウであったなら!
着ぐるみの周りから退かない暴徒どもに烈脚空舞を食らわしてやりたい・・・!
路上占拠するごろつきどもに南斗烈脚斬陣を食らわしてやりたい・・・!
私が南斗白鷺拳のシュウであったなら!
本当に悔しい限りです・・・!
http://anond.hatelabo.jp/20100515024144
元増田です。なんか呟きのつもりでかいたら大変なことに。
とりあえず話はかなりまとまった感じです。
悪意有る傍観者として「リア爆死しろ」「破廉恥です><」とか言っておきます。
彼女職持ち
子供出来ちゃってた(弟知らんかった)
彼女自身は弟の考え寄りだとか。悪意有る解釈で正直すまんかった。
はらますとは・・・弟しねばいいとおもうよ!
ただし親が旧家で強いので親のいうままって所。
増田的には結婚式と縁遠いので妄想で色々のたまった点がまずかった。
友に聞いたら普通は相手と同じくらい結婚式は出席者ださないといけないんだと。
・・・でも相手が何人でもおkってことならってことで弟サイドは10~20人の予定。
これは家族総意で。
「非常識と言われても関係ないし」
親戚10人、あとは家族と友達数でって感じ。
http://anond.hatelabo.jp/20100515024144
舐められてるという考え方があったのか!参考にします。
弟と彼女は⑤で対立してるらしい。
彼女は仕事(地元から離れられない職種)も子供も取りたいから実家近くに居続けたい。
弟は二人で子育てしたい。旧家な実家の影響下に居たくない。通勤や子供の教育考えたら首都圏。
あー、こういうことって別れの原因になるよね。
本人は口に出さなかったけど、私が指摘したら一番痛いところ気付かれたわwと白状した。
親も気になってたみたいで、
(※家族とはどちらかのサイドの影響下の元に居るべきではなく、どちらの影響下にもない場所で独立してあるべき派。
うちの両親駆け落ちで子育て二人でやってきたから母親は、彼女の家の側でという気持ちが分からん模様。
親からも
を条件で伝えるつもりはあるらしい。
弟曰く彼女は、うちの母親みたいに何もなくたって二人で子育て出来る!ってのを知らないそうで
その辺を彼女と会った時に母親から話して欲しいんだとは言ってた。
彼女の、子育ては父母のみでは不可能で祖父母の協力必須という考えを変えさせたいと。
本人もそれは自覚してるからいいんでない?
◇子育ては祖父母までの協力無しに出来る出来ない論はここでは触れないでくれw
私はどちらも分からんから。
うーん。どうなるか分からんしなんともいえないけど
・・・弟は一度彼女の方へ行ったら首都圏に戻ってこれないと思うよ。
戻るには離婚するしかないんじゃね?
勿論親にも弟にも言わないけどここではぶっちゃける。
自分は家族会議とここでgbgb言ってるだけで、相手と一切係わらず口出しもせずスルーしてるんで安心を。
小姑とかいうけど今だ彼女の名前覚えてない程興味ないから問題ないとは思う。
ヒキ体質、出来れば人と係わりたくないんで親戚付き合いとか勘弁・・・気を使わないでスルーして欲しい。
好きでも嫌いでもないが、彼女はいい子だと思う。
あと、残念だがちょうそかべじゃないw
manameさんのまとめが波紋を広げているようですね。
ハッシュタグ「au2009」競合問題に見るKDDI広報の対応の不手際さ
http://twitter.g.hatena.ne.jp/maname/20091017/1255703245
上でまとめられている発言者の中でひときわ大きな存在感を放っている者がいる。
k_taimaniaその人である。
その後の彼のtwitterの発言をまとめてみた。
- @mio3 破廉恥な行為に対しては罵倒しますよ。それだけの事をしてるんだし。それに専有物だろうがなかろうが、他人に迷惑をかけて良い免罪符にはならないし、問題を及ぼしているとわかったのなら対応するべき。それすらできないのはやはりただのバカでしょう。 #antiauofficial
- 道理と、別の何かを履き違えてる連中の何と多いことか。泣けてくるね。
- @ryota_yamaguchi いや、割と本気で言ってますよ。恥を恥とも思わない連中は「民度が低い」と言わざるを得ません。
- しかしau2009の方見てみると、面白がってる奴が増えてきたな。それもやはり「民度が低い」と言わざるを得ないだろ。
- 気持ち悪いくらいブログのアクセス数加速中。なんかやだな。
- ブログにコメントつけたのはフォロワーか、それとも監視してる連中か。どっちにせよ匿名じみた書き込みはやめてもらいたいもんだ。
- さあブログに攻撃が始まりました。めんどくせ。(増田解説:たかだかコメントが数件ついただけ)
- どうせまた2ちゃんで煽ってる奴がいるんだろうね。とりあえずこれ以上は放置の方向で。
- なんかもう出鱈目放題だな。いちいち反論する気にすらならん。
- @maskedgraham ほっとけばいいですよ。便所の落書きでしか人を批判できないような相手を構うのは時間と労力の無駄ですから。
この人に注目が集まったのは確実にmanameのまとめだし、そのことに気付かずに2ch経由でバッシングされてると思ってるらしい。しかも「ブログに攻撃が始まった」とか書いてる時点でついたコメント数は数件。
この手の人にありがちな他人は汚い言葉で罵りつつも、逆に自分が批判されると怒り出すという非常にわかりやすいパターンである。「便所の落書きでしか人を批判できないような相手」とか言ってますけど、いえいえ、あなたのtwitter発言は便所の落書きを代表する代物でございますよ。
なんだろうね、こういう人って。
自分は特別だと思ってるんでしょね。
自分から他者に向けられた批判は高貴な言論であるが、他者が自らに向けた批判は便所の落書きとみなすような人は何様なのでしょうか?教えてくださいmanameさん。彼を発掘したのはあなたなんですから、責任を持って教えてくださいmanameさん。
(本文終)
2009年10月17日21:32にtwitterをプライベートモードにした模様です。
↓こちらはk_taimaniaがこの件についてauをdisったブログ。
http://mobilephonemania.blog32.fc2.com/blog-entry-1614.html
先ほどコメント欄を閉鎖。
よくある光景ですね。
【ぽっぽの戯言】他人の言葉を使って何かを批判する卑怯な行為
http://anond.hatelabo.jp/20091018013352
優しかったmanameさん…どこ行ってもうたんや…
http://anond.hatelabo.jp/20091018022821
このエントリーを書くべきか大分悩んだが、セキュリティ研究家(以下Sとする)周辺で余りにも判っていない意見が乱立しているので書く事にした。
ことわっておくが、私は件のダウンロード違法化反対家を擁護する気は全くない。寧ろ強い怒りを感じる。
だが、それはそれとして、ここで書くのは別の話だ。
なお、ここではダウンロード違法化反対家(以下Dとする)が「SがDの事を記載した」と認識しており、かつ「本当にDの事が書かれていた」物とする。
Dがやるべき事は以下の6点である。
これだけで良い。
名誉毀損罪は具体的氏名を挙げていなくても成立する。
背徳または破廉恥な行為のある人、徳義または法律に違反した行為をなした者であっても、当然に名誉毀損罪の被害者となりうる。
では、Sはこれに対して何が出来るか。
恐らく出来る事は何も無い。
考えうる対策が役に立たない理由を以下に示す。
「DのIPアドレスを入手した」等の記載からSがDを特定した方法は明らかである。
日記の内容が真実であると主張するならば、Sが誰の事を想定していたかを偽装する事はまず不可能だろう。
また、日記全てが架空の話だと主張する事は可能だろうが、その場合、Sの信用は地に落ちる。
名誉毀損行為がa)公共の利害に関する事実に係るもので、b)専ら公益を図る目的であった場合に、c)真実性の証明による免責を認められる。
a)に関してはS(ないしS周辺のBLOG)が主張する通り公共の利害に関する事実であると認定されるかもしれない。
b)に関しても同様だが、SとDはa)に関連する事項で主張を違えている。また、Sの日記上、明らかに感情的にDを罵倒・嘲笑する記述が散見されており、「専ら」公益を図る目的であったと認定されるかは危うい。少なくとも裁判官の心象は相当に悪いものだろう。
最大の問題はC)である。
Sの主張は「偶然入手したIPアドレス」を元に「監視システムの記録」と一致したと言うものである。
しかし、「偶然入手したIPアドレス」がDのものであった事を証明する方法があるだろうか。
仮にあったとして、そのIPアドレスが「監視システムの記録」と一致したからなんだと言うのか。
「監視システムの記録」というが、所詮、自作サーバの自作ソフトウェアのログに過ぎない。そんなものが裁判の証拠に成り得る訳が無い。
監視システム自体がwinnyネットワークを正しく記録している事は裁判後にも証明可能だろう。
だが、Dを糾弾したログの真正性を証明する事は不可能だ。少なくともSだけでは絶対に出来ない。
真正性を証明しようと思えば、同じ様にwinnyを監視しているセキュリティ研究機関のログをあてにするしかない。
公的機関がやっている記録ならば、裁判でも証拠として採用されるだろうが、個人のシステムであれば真正性は同程度だろう。
しかも、Sのシステムは単純にIPアドレスを記録しているだけでなく他の情報も記録しており、Sの主張はそれらの組み合わせで構成されている。
同じだけの記録を保管していて、なおかつ真正性を保証出来るだけのセキュリティ研究機関が都合よく出てきてくれるだろうか。
出てきてくれれば、なんとかなるかも知れない。
なければアウトだ。
監視システムのログなど持ち出さなくても、Dが利用しているISPのログを提出させれば良いと思う人も居るだろう。
だが、ISPのログがいつまで保存されているかはISP次第だ。
一応の目安として3ヶ月位になっているが、絶対に3ヶ月保存しろと言うものではない。
Dは3ヶ月で不安なら、半年待てば良い。1年でも待てば良い。
名誉毀損罪の公訴期限の方がずっと先だ。
半年経って何故今更、と言われたら公訴方針を弁護士と相談していたと言えば良い。
真正性の証明が出来ないと言う事は、「Dの悪行」自体証明できないという事に他ならない。
これも選択肢として有り得る。
確かに名誉毀損はしたがDの悪行は証明された、と言う結末だ。
だが、Dの行為を証明する為には、先に述べた真正性の問題を解決しなければならない。
従って真正性の問題を解決できたが、公益性が認められなかった場合の選択になるだろう。
要するにDと心中だ。
しかし、名誉毀損罪の法定刑は3年以下の懲役若しくは禁錮または50万円以下の罰金である。
さて、私が言いたいのは「図に乗ってんじゃねーぞ、くたばれS」って話ではない。
不法行為(セキュリティ、プライバシー、著作権侵害、児ポル等々)に関わる研究は、それ自体が不法行為に近い行動を伴う。
winnyに著作権侵ファイルが流れている事を確認する為には、流れているファイルを見なければならず、それ自体限りなく著作権侵害に近い。
捜査権のない個人がやるならなおさらである。
強力な捜査能力を持っていると言う事は、捜査権を持っていると言う事を意味しない。
強力な発言力・影響力を持っていると言う事は、何を言っても良いと言う事を意味しない。
してはいけない。
筋の通らない事をやっている人間が居て、それが虚飾に満ちている事を知ったとしても、それを個人で裁く事は許されない。
それはただの私刑だ。
その昔、脆弱なシステムを運用する企業に対して私刑の如く罵倒し、企業の無能を暴露しまくった人が居た。
結局、その人は正当な手順を踏まずに脆弱性を暴露し、結果として逮捕された。
個人がやれる事には限界があるし、一般的な限界を突破出来る能力を持っていても、超えてはいけない一線がある。
今回のSの行為はその一線を超えている様にしか見えない。
「大いなる力には、大いなる責任が伴う」のだ。
結局「オレは任意に自分の考えたオレ様区分を主張するけど、それをアパルトヘイトだなんてオレは思わないもんね」という以上の主張でないなら、何ももっともらしく見えるように理屈つける必要もないし、そもそも他人が何言おうが否定する必要もないでしょう。だいたい他人がどう思おうとその人の自由なんでしょう?
そうそう。「」内は合ってる。そしてそれに対する有効な反論もない。もっとも、「バカバカしすぎて反論する気も起きない。勉強しろとさえいうのもバカバカしい」くらいの感想なんだろうけどね。そうだと仮定してかってに心の中を解説しちゃうと、実は自分でもわかってないけどわかってるに決まってる!という強い意識だけが渦巻いてる状態だろうと思う。
物事に違いがあることは(差異を見いだす)ことは人種差別ではない、趣味の問題だと。
「趣味の問題≠人種差別」って言ってるのに「趣味の問題=人種差別って言ってるよこの人、、、」ていわれてもねえ。え、今真逆のことを言ったんだけど、、、としか。
曖昧だろうが適当だろうがそれを維持しようという価値観があると。そしてそれはアパルトヘイトだとは思わないから否定する理由はないと。
結局「オレは任意に自分の考えたオレ様区分を主張するけど、それをアパルトヘイトだなんてオレは思わないもんね」という以上の主張でないなら、何ももっともらしく見えるように理屈つける必要もないし、そもそも他人が何言おうが否定する必要もないでしょう。だいたい他人がどう思おうとその人の自由なんでしょう?
あと、「民族」という言葉の怪しさというのは、別に柄谷を引き合いに出す必要もなく常識のレベルの話だと思います。ちなみに
こんなクダラナイ話のダシにされたら、ソシュールが泣きますよ。その手の拡大解釈をするのは、俗流の自称(=エセ)ポストモダニスト、実は単なる無知、だけです。まあ一種の皮肉のつもりなんでしょうけど。
・外出が苦手な引きこもりの利用者が多い。つまりまともな社会生活が送れず、ろくな人間関係を築けない人が買ってるということ。当然ながら、そういう人々がいいと思うものを一般人がレベルが高いと思えるはずはない。おそらく本人達にとっては「働かない俺様は勝ち組、俺様の審美眼のすごさがわからん奴は馬鹿」のような意識なのだろう。そういう思い上がりがあるので、ますます世間の常識とのずれは深まる。
・近くに本屋レコード屋などがない田舎者の利用者が多い。つまり都会と比べて娯楽のインフラが圧倒的に少なく人間関係も固定しがちな人が買ってるということ。だから経験の豊富な都会人から見ればダサいものを買ってしまう事になる。もちろん生まれる場所は選べないので、彼らが悪いとかそういうことではないが格差社会の生み出す悲劇ではある。
・実際に店頭に行って買う人より内容を確認できずに買う人が多い。ろくに吟味せず脊髄反射で買ってるわけだから、低レベルに成るのも至極当然の帰結。
・店頭では買えないような低俗破廉恥なものを買う人が多い。性欲があるのは動物として仕方がないとはいえ、最大の問題は他人の目を気にしてばかりで自分の趣味嗜好に自信がないということ。それがますますレベル低下に滑車をかける。見ているこっちが恥ずかしい。
彼女がいるということはあまり公にはしていない。もちろんmixiのマイミク内にいることも。
まずは自分が傍から見れば童貞妄想乙フェイスで、そういうのには縁の無いキャラで通してること、
そういうのを知ると陰でいろいろ言う人らがいること(前述のキャラもあって陰で妄想だ何だとか見下すようなやりとりをされる)、
そして一番のネックが現彼女と同じ仲間内に元カノがいてマイミクであること。
現彼女は元カノのことが嫌いで、もちろん付き合っていたことは知らないし、元カノも現彼女と付き合っていることは知らない。
振られた方だから別に堂々としてもいいんだけど現彼女にすれば相当嫌っている相手と付き合っていた事実を知ったらショックだろうし、
元カノからしてもこの仲間内からまた付き合うとか節操無いと言われそうだし、諸々総合してその辺触れないでおこうという感じ。
で、この前彼女さんと電話で話しながら好きな曲についての日記を投稿。
普段あまりコメントを残さない彼女さんがコメント書いたというので見てみると歌詞にある恋愛的な部分を指して
「こういうふうになろうね大好き」的な大爆弾。速攻非公開。すると彼女さんすねだす。
キャラや繋がり的にまずいことを説明するも(元カノのことは触れず)なんか泣き出しそう。
一部友人公開機能を利用して大丈夫な人だけに公開し直す妥協案を提示するも、いつもと同じ(友人公開)じゃないとヤダといじけモード。
今の彼女さんは仲間内ではアイドル的存在で凄い可愛い。そしてとても優しい性格でもある。
そしてその中いちばん面白フェイスな自分にも関わらず、今まで付き合った彼女たちとは比べ物にならないほど愛してくれて、尽くしてくれる。
みんな(仲間内)にもばれちゃうけどいいのと問うと、私が彼女って知られれば誰にも取られないからいいと言う。声はマジだ。
こんなやつ好きになってくれる人はいないから大丈夫とはいったものの、友人公開範囲じゃないとダメとは譲らない。
普通なら面倒くさい女ってなるけど、前述の通り彼女は本当にいっぱい愛してくれて尽くしてくれるし、ここまですねるのも初めて。
意を決していつもの範囲に戻してコメント返し。「こんなとこで告白するなんて破廉恥でござるー」的な自分のキャラ通りのノリでだけど。
戻してくれてありがとうと、少し明るい声に戻った。
女の子っていくら彼氏がいかにも非モテフェイスでも取られるかもとか不安なのかなあ。彼女が他に取られる確率のが何億倍も高いとは思うけども。
いつも指輪してるひとを見て思うこと
この二点が脳内決定する。実際そうなんだろうな。
婚約してるならともかくとして、ペアリングつけてるカポーは信じられない。ここにギシアンパートナーがいますよっていうセックスシンボルを見せ付けながら闊歩しているわけでしょ? なんて破廉恥な行為なんだろう。
池沼僻み乙
こういう思考構造の人って、なんでも自分たちの気に入らないものは全否定に入るから手に負えない。自分の僻み、嫉妬心の裏返しということに気が付かないんだろうか。
特に女性は、彼氏いるいないにかかわらずファッションリングしている場合よくあるし、男性もピンキーリングしてもなんらおかしくないし。
むしろ、破廉恥なのは、そういうものを見て、そんなことしか考えられない増田自身じゃね。判っているとは思うが、そんなんだからモテナイんじゃまいか。
私はネットウヨクだ。
自ら創りあげた虚妄だらけの祖国像に同一化し、もって実存の空虚を埋めんと足掻く、哀切極まるネットウヨクだ。
現代人の例に漏れず、私も実存の空虚感に苛まれていた。自分の存在価値が実感できず、生きる意味も見出せない。自尊心は満たされずアイデンティティは虚ろなままだ。私は劣等感や不安感に奇襲されるたびに孤独を痛感し、戦慄した。
そんな私にも、生まれつき帰属しているものがあった。「祖国」だ。頼るもののなかった私は、空虚なばかりのアイデンティティを自前の祖国像によって保障する道を見出し、一も二もなくそれに飛びついた。
私が創りあげた祖国像はあくまでも純一無雑で美しい。祖国の人心はなべて清らかであり、古よりの伝統に裏付けられた人倫の道が燦然と輝き、国土はあまねく秀麗で、悠久の歴史には一点の誤謬もない。
私は私の創りあげたでっちあげの祖国像の美と崇高さに恥じらいもなく心酔し、祖国との合一感によってかつての劣等感や不安感を雲散させ、「麗しく気高い無謬のわが祖国」の一員としてアイデンティティを打ち立て、独りよがりの愛国心とその裏返しの排外主義でもって実存を意味づけた。私の祖国像が尊ければ尊いほど私の自尊心は高まり、今や青天井だ。
私が創りあげ、私の実存を支えている祖国像は、言うまでもなく虚妄だらけのでっちあげだ。しかし私自身には私の祖国像を疑う意志がない。なぜなら私の祖国像を疑うことは私自身の実存の根拠を疑うことに繋がる最大の禁忌だからだ。また私には私の祖国像を批判的に吟味する知性もない。私はただ私の祖国像がでっちあげに満ちていることを私自身に対して隠すべく努めるほかない。自己欺瞞の横溢する、まことに哀切極まる斯様な私の実存様式を直視できない怠惰な臆病者。それが私だ。
でっちあげの祖国像を根拠とするでっちあげの自尊心は、絶えず崩壊の危機にさらされる。その度に私は臆病さの裏返しとして無闇に勇猛ぶり、議論の規範を無視しつつ先入観と詭弁と非論理性でもって様々な相手を非難する。朝日、「サヨク」、日教組。中国、韓国、北朝鮮…。幸か不幸か相手に事欠かぬ日々が続く。
議論において私が発するのは空疎なばかりの非難であり、芸の欠片もない罵倒であり、下品極まりない中傷であり、為にする侮蔑であり、無節操な嘲笑である。そうした私の言論活動が日本人の評価をどれほど低下させる非愛国的行為であろうと私の知ったことではない。そもそも何が愛国的行為であるかを弁別する知性とセンスが私には決定的に欠けている。
貧困なる精神が然らしめる、紛れもない愚者。歩く破廉恥たる国辱の徒。それが私だ。
自己欺瞞によって押し隠した私の臆病さが露呈し、自己の半生の虚ろなるを思い知る機会は、私が体制の口車に乗せられて戦場の最前線へ送られるその日まで来ないのかもしれない。
朝の通勤電車で乗り合わせる、エロ画像を携帯で見まくっている中年のおっさんがとっても気になる。
非常にゲンナリする。
朝日もまぶしく爽やかな朝だよ? オッサンの隣には女子高生もいますよ?
ていうか貴方は立ってるわけだし後ろ方向150度くらいの範囲の人にその画像ダダ見えなんですよ?
ワーとってもクリアな画像ですねー! お股ぜんかーい! おっぱいぼよよーん!
「そんなの見なきゃいいじゃん」というのもごもっともなんだけど
恥じらいって言うかさ、そういうのは秘めごとって言うかさ。
できたら控えていただきたいものなんだけど…。
でもどうしようもないんだよね、マナーの範疇だもんね。
その場でシコシコし始めたら法律でどうにかできるけど。
ここで「キミ、ご婦人方のいる前で破廉恥な画像は控えたまえ」とか言って
そのオッサンが視界に入らないようにするだけだ。
そういえば男性専用車がもしできた場合に、車内がエロ画像見る人ばっかりなったりする可能性もあるのかな。
まあそれはそれでゾーニング出来てるからいいんだけどね。
年末年始短期バイトの応募の電話は、仕事納めを直前に控えているであろう相手の、電話の前で生あくびしているようなぬるさの感じられる、「応募者多数で締め切らせてもらいました」というあっけない温度の低いもので、あえなく私の駆け込み熱は切り取られる……「応募者多数……」の前にせめて「申し訳ございません」でもあれば慰撫されるものがあったのかどうか、私に渡されることのなかった感情労働は家族と恋人に向けられるのだろうか、さして関心がなく……まったくこのふつふつとしたこれでは年を越せないという焦燥と、年末の振り返りモードに入るブログ主の一個一個の出来事の見事な忘却具合への苛立ちが混じりあっているのかどうなのか、直線の形をした記述による忘却、グラフを眺めて悦に入るものにはツリー状の、ツリーの先で腐乱していく出来事が見えてもいないし、それだけを大事に取って置くという方法しかとれないものに対する配慮はまったくなく、果実をもぎ取って行くだけ、「私には確かな収穫があるのです!」おめでとうおめでとうでっていう……祝祭に背を向けるしか方途のない仲間さえいてくれれば、家々から出た暖気に暖められた通りの空気を蹴散らすことも可能であるのに、やはりここは寒く、「どうしようもない」という現実原則の最終項が降りてくる。リア充がくる、リア充が来る、たわいもない雑談の中にリアルを持ち込みながら、リアルである強さを纏わせて、リア充が来る、冬厨が来る。年齢関係なく、話すことそれ自体が説教としかいいようのないリア充が、冬厨が、ネット空間に溢れ出し、「ここを作ったのは俺だ!」と言い始める。そう、世界はあなたのものであるかのような風采を呈している、とあなたには映っているのかもしれず、眼差し自身を脱臼する作法はいったいどこにあるのだろうかとわれわれ(!)は模索しはじめる。次に粉砕すべきは正月ではないのか、いやしかしわれわれにはコタツと甘酸っぱい蜜柑を自ら手放すなどということはできない、いやわれわれはコタツも甘酸っぱい蜜柑もはじめからないのではなかったか、ここにあるのは何だ、大掃除できない鬱陶しさの塊としての事物か、われわれはいったい……せめてわれわれという全人称が、空疎で破廉恥なアジテーションが市民や国民や俺や僕や私の癒着をさらに溶かしますように。退屈な幼女を探している。分厚いコートを纏い呆けた振りをする肌でなく、寒さそれ自身としての肌を、退屈な幼女を(ry
http://anond.hatelabo.jp/20071011143333
自分は飛行機に乗れなくなる覚悟で出て行ったのさ
当時海外初体験18歳が決死の覚悟で出たのさ、英語もわからない、どうやって乗り遅れたこと説明したらいいんだ?どうやって切符買いなおせばいいんだ?
恐怖そのものだった。だがしかーし
彼女は今頃空港で迷って泣いてるんだと思ったのさ、だから俺は助けに行ったのさ、彼女のためだけに。
それがなんだ、いちゃいちゃどころか、ちゅーちゅーしておった!なんたる破廉恥な!つーかなんたるうらやましい光景!
俺なんか一生かかっても無理なことを、あいつはいとも簡単にやってのけおった。
女らしくなんて言うつもりはないし、貞操観念が強すぎるのも問題だが、貞操観念がない女というのは、もう気持ち悪いだけだ。
「私はゴムつけない主義」なんて言い、「軽く100人に中出しさせた」と歯を剥き出しにして笑う女。何故か室内でもサングラスをかけている。
その女は「俺にもさせろよ」と口走ったとんでもない男と、夜の街に消えていった。
私がその男に後に取材したところ、女は行為の後に「本当に好きな人と出会ったら、たぶん妊娠できる」と悲しそうな目で語ったという。
居酒屋でたまたまテーブルが隣だった女は、自分が風俗嬢であることを自慢気に明かしてきた。
私は困惑しながらも、ここで話を途切れさすのもどうかと思い「得意なプレイはあるの?」と話を振ってあげると「フェラだったら1、2分で勝負つけられる」と言い出した。
「本当かよ」と私が嫌悪感を露にすると、女は「ここじゃさすがにまずいかぁ」と周りを見渡した。
状況が許すのなら、女は私にフェチチオを披露するつもりだったのである。私は女の破廉恥さに呆れ返るしかなかった。
大学のサークル仲間たちと、部屋で飲んで遊んでいたときのことである。
一人の女が「アナル舐めは気持ちいいのに、なんで一般化しないんだろう」と口走ったのである。
私は目の前の痴女をビンタしてやろうかとも思ったが、場の空気を壊してはいけないと必死に気持ちを抑え、
紳士的に「そんなに気持ちいいの?」と返してあげると周りで「本当だ」「嘘だ」という押し問答がしばらく続き、
女はあろうことか「じゃあ、証明してあげるよ。お尻出しなよ」と、その場にいる男性陣にズボンを脱がせ、お尻丸出しで並ばせた。
そして、端から順にぺろぺろと舐め始めたのである。私はあまりの出来事に、しばらく動くことができなかった。
これが私が出会った世にもおぞましい妖怪女の実態である。
424 名前:名無したちの午後 投稿日:2007/05/29(火) 18:31 ID:UeaGX9QX0
明らかに客層とは違うオジサンオバサン10人以上の団体って、
その手の規制のための視察に来てたのかな?
困ったもんねえとか(聞き違いでなければ)言ってたっぽいんだけど・・・。
425 名前:名無したちの午後 投稿日:2007/05/29(火) 18:38 ID:fNYTHgq70
>>424
俺も見た。
しかも4Fで「まあ、破廉恥な…」とか「いやらしい」とか仲間内で
大きな声で話しながら何かの同人誌を一冊買って帰ってたよ。
恐らく何らかの規制団体だと思うが、とらも注意するか何かしろよ…。
立場上、一応客なので何も言えないのかもしれないが…。
426 名前:名無したちの午後 投稿日:2007/05/29(火) 18:53 ID:yITGsgbG0
いい歳してそんなくだらないのが仕事なおっさんおばさん集団もこまったものねえ
428 名前:名無したちの午後 投稿日:2007/05/29(火) 19:59 ID:ILDNxG/y0
後々、良い歳した連中が「秋葉原ではこんなものが売られてるんです!」
って喚きたてるんだろうか?(この店では既に年齢確認は厳格に行われているし)。
先に立ち寄った村で山の向こうにある変わった村の話を聞いたのでそこへ向かっている。村から村へと諸国の珍しいことを語り、日銭を稼いで旅をしているが、これはそのためだけではなく、情報を集めるためでもある。私は元来、珍しいことが好きだ。だから、最初は珍しい村から村へと行き歩いていたのだが、途中で銭が尽きたので、半ば自棄になり、語り部の真似事をしてみた。すると、存外好評で、僅かではあるが銭を稼ぐことができた。それからは、語り部の真似事をしながら旅をしているのだが、やはり本来の目的から言えば、銭のためというよりも珍しい村の情報のためと言えるだろう。
そして今向かっている村はその情報によって知ったのだがどうも釈然としない。ある人は破廉恥な村だと言い、ある人は高尚な村だと言う。またある人は人間の原始の村であると言い、またある人は人間の最後の村であると言う。いろいろと珍しい村の話を見聞きしてきたが、ここまでばらばらな、想像のつかない村も珍しい。一体どんな村なのだろう。情報は必ずしも真実とは限らず、騙されることも多々あったが、今回はどうも当たりの臭いがする。しかし、どのような村かは想像もつかない。私は、はやる気持ちを抑えようとしてみたが、やはり足取りは軽く、予定よりも早く、昼前には村に着いた。
村の人に挨拶を交わし、長老に面会させてもらった。見るからに好々爺な長老は二つ返事で滞在の許可をくれ、わからないことがあればいつでも聞きにきなさいと言ってくれた。私は、足を休めるために、農作業をする村人を見ながら木陰で休憩することにした。一見変わったことは何もない。村人は皆真面目に農作業をしているし、奇矯な髪型や服装もしていない。何か怪しげなものを崇めている様子もないし、家々もごく普通のそれだ。と、眺めていると、村の子達が物珍しそうに陰からこちらを見ていた。「怪しい者ではないよ、ただの旅人だ。」と告げると、まだ警戒心は解いてはいなかったが、徐々に近寄ってき、そして挨拶を交わした。
強いて言えば、子供が少ないだろうか。2、30人は村人がいるのに、子供を見たのはこれが初めてだ。それにその子供といえど、3人しかいない。「他に子供はいないのかい?」と尋ねると「そうだよ。僕たちだけ。」と一番大きな子が答え「そして多分最後だよ。」と、どこか自慢気に答えた。「最後?最後とは何のことだい?」と尋ねると「最後は最後だよ。そして完成なんだ。」とまたもや自慢気に答えた。「完成?完成とは何のことだい?」と尋ねると「完成は完成だよ。そして最後なんだ。」と堂々巡りに陥ってしまった。子供たちは噛み合わぬ会話に飽きたのか、溜息を吐いてどこかへと行ってしまった。最後とは何だろう。完成とは何だろう。
何でも聞きにきなさいという長老の言葉を思い出したので、長老の家に行き、先ほどのことを尋ねてみた。少ない子供。そしてその子供が言った最後、完成について。長老は今の時間ならば見る方が早いと、私を外に、村の中央にある一段高くなっている空き地に連れてこられた。先ほどは気づかなかったが、村はこの丘のような場所を空けて、ぐるりと輪のように家をなしていた。しばらくして夕日が見え始めると、村人は農作業を終え帰ってきた。そして村人全員が、先ほどの子供も入れた老若男女2、30名が村の中央にある丘の上に集まり、輪を組むように並び出した。「何が始まるのですか?」と尋ねると「まあ見ておればわかりますよ。」と言うと長老はおもむろに衣服を抜いた。「な、何を―」と問う声は途中で止まった。周りを見渡すと、村人は皆、長老のように衣服を脱いでいたからだ。声をなくした私に裸の長老は「まあ見ておりなされ。」と言うと「それでは始め。」と村人に掛け声をかけた。すると、村人は一斉に己の胸や股間を弄りだし、喘ぎ声を上げ始めた。老若男女、輪になり裸になった2、30人が一斉に。前を見ると淫靡な手つきで自慰に耽る村人が。横や後ろからは淫靡な声が。どこを見ても、どこにいても、淫靡な光景、淫靡なざわめきが四方八方に見えるし、聞こえる。そんな異空間の取り残された私は、ただただ呆然とするのみであった。
呆然としているといつの間にか終わったらしく、皆が服を着る音で我を取り戻した。そして長老に、また家に連れられてきた私は尋ねた。「先ほどのは一体何なのですか?」長老は答えた。「あれが我が村の仕来り。いや、伝統。いや、理念。いや、理由なのかのう。」「なぜ、あのような行いを?」「完成するためですな。」また完成だ。「完成とは何ですか?」「性欲のために体を求め子を作る。これは動物と同じではないのかの。」「はあ。」「だからわし達は人間としての完成と求めて、自分らだけで足りることを求めて集った。それがこの村の始めなんじゃ。」「それでは何故あのような行為を?」「性欲は放っておいても沸いてくる。だから発散させてしまうのがよかろう。自分で発散すれば自分で足りるということでもあるしの。」「それでは性交は―」「しない。」「それならばあの子らは?」「あれは一人で足りることができなかった者達が残したもの。もっとも、先祖よりそうして残された者がわし達なんだがの。」「すると完成というのは。」「情欲に負けて子を成す者がいなくなることだな。」「最後というのは。」「あの子らが情欲に負けず人間であり続ければ最後の村人となり、そして完成するということじゃ。何代も続いてきたこの村の理念が。続けてきた先祖が。そして最も人間らしくあった一つの村が。」
その後いつものように諸国のことを語る気乗りがしなかったので、早々と立ち去ることにした。そして次の村へ向かいながら、長老の言っていたこと、子供たちの言っていたことについて考えていた。村は特別な強制はしていないようで、子を作りたいようになったら村から出ることができるらしい。しかし、出る者は少なく、出ても子供は置いていくものが多い。そのせいもあって、子を成したものは(村に居続けることも勿論可能で村八分などはないようだ)、一段立場が低い。いや、正確に言うならば、子を為さないものが一段高いのだろう。情欲に負けず人間らしいものに尊敬は与えられるらしい。だから、子供たちは自分が最後になると自慢気に語っていたのだろう。
だが、それは人間らしいのだろうか。いや、動物でないことを人間らしいと言うならば確かにそうなのだろう。しかし、私は人間は動物だと思っている。だから、彼らのような考えはどうしても受け入れることができない。自然ではないし、作為的で嫌な感じがする。でも、彼らからしたらそれが人間らしい、素晴らしいとされることなのだろう。
やはり私は受け入れることができないが。私以外の人はどうか分からない。だから、私は語るだけ。村々へと歩き渡り、村々のことを語るだけ。そこから先は聞いた人に任せよう。私は受け入れることはできなかったが、最も人間らしくあろうとする彼らに経緯敬意を払い、彼らのことを語ることにしよう。いつまでも、どこまでも。