はてなキーワード: 奥ゆかしいとは
桜餅といえば、粒感のあるピンク色の餅で餡を丸く包んで桜の葉を巻いた和菓子だ。関西で生まれてこのかた、「桜餅」と言われればまずこれだった。それ以外の「桜餅」の存在なんて想像すらしていなかった。
ところがどうだ、東京に来てみれば見慣れないやつが桜餅を名乗っていた。平べったい生地で餡をロールケーキのように巻いてその上からさらに桜の葉を巻いた和菓子。関東ではこれを「桜餅」と呼ぶらしい。
アホか。どこが餅だ。今日からきみは桜クレープと名乗りなさい。おしゃれぶりやがって。なんだその軽やかなフォルムは。ヨックモック気取りか。洋菓子のパーティにでもお呼ばれしているのか?大体その葉っぱはなんだ。意味があるのか?その桜の葉っぱはな、本物の桜餅をそのまま触ると手がべたついてしまうから巻かれているんだよ。きみは見たところ結構さらさらしているようだが本当に桜の葉っぱが必要だったか?そのまま手でつまんで食べられそうなものじゃないか。ふざけている。桜の葉は飾りじゃないんだ。ファッションとして消費するな。そもそもの話、餡を生地で巻いてその上からさらに葉っぱで巻いて、それでもなお餡が見えているのはどういう了見だ。重ね着をしているくせに露出趣味なのか。餡なんてものは半透明の餅の向こうにうっすら透けて見えるのが奥ゆかしいんでしょうが。それをこんな明け透けに餡ばかり見せびらかして。隠しなさい。破廉恥だ。私の知っている本物の桜餅と何もかもが違う。合っているのはせいぜい間に合わせに巻いたその桜の葉ぐらいだ。どうせ関西の方に桜餅という風流な代物があると聞いて関東の芋侍どもが見よう見まねで作った似ても似つかないジェネリック桜餅、それがきみなんだろう。いつできたか言ってみろ。Wikipediaでその浅ましい歴史を白日のもとに晒してやる。知っているか、こちらの本物の桜餅は天保時代にはもう存在していたんだ。きみはどうせ平成のスイーツブームにナタデココとかと一緒に台頭してきた口だろう。なに、享保……。享保というとこちらの100年ほど前ですか。そうですか、関東風桜餅の人気を受けて関西でも後追いが……それがこちらの知っている桜餅……。へえ、すみません。そちらが元祖でございます。あなたこそが桜餅を名乗るべきだ。いえいえ、手前どもの餅菓子には桜餅なんて名前は勿体ない。道明寺。道明寺です。私が食べていたのは道明寺です。
・主人公の響子は、地元の名士で封建的な父と、奥ゆかしい専業主婦の母のもとで育つ
・本来は好きな男の子に自分からラブレターを渡すような行動的な子だったが、何かと父母に「はしたないことはやめろ」「奥ゆかしく控えめに」と言われ続けどんどん陰キャに
・高校生時点では、相手が男というだけで過剰に意識して避け、「教科書忘れたから見せて」と隣の席の男子に言われてもガン無視といった態度で、頭やべー奴扱いに
・一度は就職するも、母の急逝後に家のことを代わりにすると理由づけて引きこもりニート化
・父に見合いをさせられるも、ろくに話せないニートが売れる時代ではなく上手くいかない
・父親が急逝し、慌てて現場へ駆けつけたら仕事先ではない民家で、謎の派手な化粧の喫煙女性が。彼女は父の愛人で、母の生前から関係していた
・「彼女は、父が響子にこうなってはいけないと言い続けた女性像そのもだった」と困惑し、涙しながら帰路につく
・電車内で泣いている響子はいかにも弱そうに見え、知らない男に後を追われて路上で強姦され処女喪失
・ラスト、金髪にロリータ服姿の響子が「キエーッ!」と奇声を上げながら空港を歩きどこかへ向かって終わる
発狂エンドなので壮絶バッドエンド扱いだが、言うてラストの響子ってまだ30歳だぞ?
こんなもん数年したら狂ってるのにも飽きて「毒親に人生壊された。家父長制はゴミ。性暴力サバイバー」とかプロフィールにしてTwitterでめそめそするよくある女になるだろ
昔は追い詰められて狂って表から消えた人がその後どうなったかわからなかったんだろうけど、今は元響子がネットにゴロゴロいる
物語は狂ったところまででカットされても、30歳でメンヘラロリータ女になってもそこで人生終わらない
一生キエーキエー言ってるわけにもいかんだろ
ガチでキエーしかできないなら行政に保護されて治療されるだろうし
空港の手続きとかできる時点でそこまで完全に頭がいかれたわけじゃなく「もう他人を気にして萎縮するのなんか無駄だしやめるわ」の姿勢が奇声だろ
そこまで壊滅的に頭おかしくはなってない
30歳時点で両親が既になく名士の父の遺産引き継げてるなら、下手に毒親に長生きされるよりよっぽど恵まれてる
解き放たれた響子は強いよ
子供の頃の話なんだけど
姉が家でなんかハリウッド映画見てたんだけど
「増田見て!このシーンおち〇〇ん出てくる!」って声かけてきたんだよね
(いやなぜ呼んだし)
そのシーンはなんか穴があいてる壁みたいな映像で、主人公らしき女性が穴を覗き込むと画面の向こうから迫りくるなにかとΩ\ζ°)チーンという効果音
次のシーンでは女性が大量に目薬をさして目を浄化しようとしていた
とまあたしかに今になっては「目におち〇〇んが刺さった」シーンなのは明らかだなと思うんだけどさ
当時よくわからなかったんだよね
そもそもおち〇〇ん興味なかったし
んでさ、え?わかんないって言ってそのシーン何度も見返して、まあ結局わからなかったんだけどさ
今思えばあれ周りの人からは「映画に出てくるおち〇〇んのシーンを繰り返し再生して凝視してるちびっこ」に見えてるってことだよね
急に色々思い出して恥ずかしくなっちゃった
まあ今は昔ってやつだ
これはキリスト教社会にあるカード会社が禁忌とされる獣姦を避けているため。カード会社自体の好みかは分からないが、彼の国では忌避されるべきだろう。しかしインターネットという世界中の文化を相手取る空間でキリスト教圏の前提を押し付けるのか。
獣を犯して何が悪い。動物相手の異類婚姻譚など世界中の物語の類型として一般的であり、腐るほどあるというのに。
VR空間というところに来てみた。空を見てみろ。ダンボールに穴を開けたチャチなプラネタリウムみたいだ。
本物の星には距離感がある。他の星が近づきすぎると地球は壊れる。敬いてこれを遠ざけるといった奥ゆかしい空気感が、空の星にはあるはずだ。
なぜない?それはワールドの作者がその表現を要らないと思ったから。メモリの無駄、ストレージの無駄だから。
何をデフォルメし、何が真に迫るべきかを作者が決める。これは世界の創造にあたり、神のみに許される所業だ。これが冒涜ではなく何なのか。獣姦どころではない。
つまりだ、この仮想空間はアンチクライストたる我々のアジトであるというわけだ。諸君らは素晴らしい!天にましますpixivを地に落とすのだ!
正確に言えば私はアンチクライストではなく新時代の宣教師だ。カード会社は神の言葉を聞き間違えている。私はこのVR空間において神の言葉を正しく実践するものだ。仮想空間に神はいない。私が神を宿す。
光あれといった。Unityは音声認識に対応していないので何も起こらず、安普請で異常独身男性が狂った独り言を放つのみだった。
手動で光源を設置した。すると光があった。神は光源をPointLightとし、PLight01と名付けた。
自分のかたちに人を創造するととんでもない化け物を産んでしまうので、いい感じのアセットを引っ張ってきた。
また、それらは十字架に磔されてるっぽい初期ポーズをしており、キリストキッズであることは間違いなかった。
「感動する」「泣ける」も、あまり美しい日本語と呼べるものではないと思うのだが。
「感動」は個人的な心の内での感情の動きを表現したもので、「外に向けて」堂々とアピールするものでは、本来ない。
20年ほど前に小泉純一郎が「感動した!」と言ったときに、「なんて下品な日本語なんだ」って批判があったくらいだよ。
まさに「劇場型」を謳う政治家らしい、キャッチコピー的な言葉遣いだと。
「泣ける」も、そういう対外的な自己アピール目的で生まれた使い方で、非常に品がない。
(時代劇で「感動した!」「泣ける!」と言っている場面を想像すれば、自分自身ですら軽薄だと感じてることがわかるはず)
「泣く」というのも要は単なる排泄行為であって、「本来人前で見せるべきではない」という前提があり、「しかしそれでも涙を抑えることができない」ほどの状況である、という特別な表現だ。
気軽になんでも「泣ける泣ける」言ってるのは、やはり表現の機微を損なう使用法である。
(泣きドラとして有名な「おしん」も下品だとよく言われていた。ワンピースもこれに通じる感覚がある)
比べて、「エモい」自体は、「エモーショナルだと感じた」的な説明であるため、こちらの方が控えめで奥ゆかしい(悪く言えば曖昧で自己主張がなくぼんやりとした)、
「風情がある」なんかに感覚の近い、非常にぼんやりした言葉ではなかろうか。
「桜」に対する日本人の感覚など、「エモい」という曖昧な表現は割としっくりくると思う。
言葉が含む感情の多さや、すこし間違えて使うと台無しになる絶妙なニュアンスなど、いくらか洗練されていそうではある。
しかしこれもまた用法次第ではあり、「エモいから見て欲しい!」などは、当然下品な文章である点には同意。
単語の問題ではなく、「泣ける絵本」的な語法が根本から下品なのだ。
(もちろん時代劇で使うのも変)
友人と話をしていて、どうしたらいいのだろうと思って投稿。お知恵を頂戴致したい。
タイトルの通り、友人の婚活について何か打開策はないか?という話。
大学の同期で今でも年に数回会う間柄なのだが、昔から結婚したい、ママになりたいと話していた。
(彼女は一度別の大学を出て、浪人し、わたしと同じ大学に入ったので、当時27とかだった気がする。)
同じゼミの彼氏(これまた別の大学→浪人で彼女と同い年)と付き合って、卒後すぐに別れてしまった。その辺りから婚活をはじめたらしい。
ただなかなかお相手にも恵まれず、仕事は大変で心を病み、鬱病の診断が降りたところで今年度の頭から休職している。
本人曰く「もう働きたくない、元々子供が欲しかったし専業主婦になって養ってもらいたい」
彼女が仕事で心を病む様は見てきたので、復職を勧めるのも違うし、かといって今のままだと婚活では不利だろう。
どうしたらいいのだろうね、と会うたび困ったような顔で相談され、「うーん、難しいね…」としか返せない自分にもうんざりだ。
クソバイスはしたくないからいつも話を聞いて共感してあげてるけど、わりとアドバイスが欲しいらしい。心の中では友人には幸せになってもらいたいし、本当は結婚が全てじゃないよ、と伝えてあげたい。でも結婚したい人は「結婚」がしたいからその答えは求めてないんだよねって分かってる。
友達は少し内気な性格だけどとっても優しくて聞き上手で、昭和だったらこんな奥さん欲しい人多いだろうなってかんじ。一歩引いて男性を立てられる奥ゆかしいところが自分にはなくて尊敬している。
小柄で細くて、繊細な印象を受けて、これも男性受けすると思う。
別に外見がネックになるとは思わない。
そんな彼女と次は年明けに会って、もしかしたらまたどうしたらいい?と聞かれるかもしれない
みんな力を貸してくれ
【追記】
結婚相談所は自分も勧めたけど、休職中だとそもそも誰とも出会えないんじゃないか…と本人が乗り気ではない。(ここら辺もお知恵のある方がいたら助けてほしい…)
障害者手帳は婚活でネックにならない?わたしも手帳は勧めたことはあるけど、それを心配していた。
受け身なのは…そうだね、その通りかもしれない。友達だからそれはそれで可愛いな奥ゆかしいなと思ってしまうが、もう少し積極的になるのもいいよとアドバイスしてみる。これならクソバイスじゃないだろうし。
近所の歯医者さんでは、歯科衛生士の女性は私が口を開かねばらならないときに、なぜか「お口を開けてください」と言わない。
その代わり「お口空けますね」と表現する。私は黙って口を開け、口の中を掃除してもらう。
口の中がさっぱりするけれど、衛生士さんが口を開けるわけでもないのに、不思議な日本語だ。
なんで急に気になったのかというと、同じ経験を腹部の超音波検査を受けたときにしたからだ。超音波検査士さんが私の脇に検査用のぬるぬるを塗り、私に「横を向きますね」言った。私は背中を検査士さんに向けてくすぐったいのに耐えながら、この不思議な言い回しについて考えていた。
なんだか美容院で髪を洗ってもらうときに、「倒しますね」と言うみたいだ。
「○○してください」の代わりに「○○しますね」という表現は、主に医療の補助に携わる人で広がっている気がする。それも若い女性に多い印象がある。「○○してください」と、直接患者に指示をしないので、年下の他人から何かを命じられるのが嫌いなタイプの人には好評なのだろうか。さっき書いたように、口を開けるのは衛生士さんではなくて私なのだから、なんだか私と衛生士さんの主客が一体となったような不思議な表現だ。
相手に直接命じたり、対象をそのまま指し示したりしない、日本語の奥ゆかしい婉曲用法の一種なのだろうか。古くは「む」「むず」、いまでは並列しない「とか」みたいな。古文にもみられる発想が今でも生きていると考えるのは面白い。
考えてみればここ数年ずっと耳にしてきた気もするし、何だったら十年前にすでにあった表現だと言われればそんな気もしてくる。