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2017-03-25

http://anond.hatelabo.jp/20170325125206

お前の目は節穴か!

アライさんがボールを蹴り損ねるシーンを目の皿のようにして凝視してくるのだ

2017-03-15

近くのコンビニ(セブンイレブン)見てみたがおむつ売ってなかったぞ

田舎の大きめの店舗から狭すぎて置いてないってわけじゃない

ティッシュは5個入りのが、トイレットペーパーは8個入りのがそれぞれいくつかあった

あと、生理用品がやたらあった。小さめのパッケージ10種類くらい

そんなに種類置く必要あるんですかね?

あと、生理用品をおむつなんじゃないか凝視してしまって恥ずかしい思いした

2017-03-07

http://anond.hatelabo.jp/20170307192915

積極的に股間を凝視したくなるタイプではないので確認してないけど、とりあえずFtoMにしてはおでこ広いなとは思ったかな。

ただ手術済のMtoFがちょっと服装に手抜きしてた可能性は否定できないな。

今度見かけたら聞いてみようかな。

2017-03-02

物体ミリ単位での凝視でこの自縄自縛電磁波アタックをくぐる 視覚というのは貪欲な器官でその点助かる

2017-02-08

観劇2回目の備忘録 舞台「孤島の鬼」2017版

http://anond.hatelabo.jp/20170207171941

8日ソワレ情報量が多いので走り書きのみ。感想なし。考察なし。

A列上手での観劇。(初見はH列下手での観劇


なお、私は2回目の観劇を謎解きとして挑んだことを大変後悔している。

よほど命知らずの探偵さんでない限り、以下の内容に目を通すことはおすすめしない。




  • これは『演劇である
  • 幕が開いた時点で諸戸は既に亡くなっている
  • それを《わたし》は知っている
  • 亡くなった諸戸が《?》のもとを訪ねてくる
  • 《?》と諸戸は二人についての話をする
  • 『私』と『箕浦』は別の役者である
  • 『私』は諸戸から簑浦への性愛疑心暗鬼白髪になってからの生きている《みのうら》(それまでの《わたし》)を演じる
  • 箕浦』は「孤島の鬼」のミステリー冒険譚、ノンケでまったく諸戸の性愛理解できない・感知すらできない、白髪になるまでの《みのうら》(それ以降の《わたし》)を演じる
  • オープニングは諸戸の家に押し掛ける前に入る。悶絶する『箕浦』。
  • 『私』の一人称は【わたし
  • 『簑浦』の一人称は【ぼく】
  • 原作確認:秀ちゃんとの逢瀬を夜中に諸戸に見咎められているのか
  • この『演劇』は諸戸と《?》についての話であるので、二人の隠喩および冒険譚要素以外はすべてカット
  • 探偵コンビ結成(意訳)の時の握手、はじめ『箕浦』は手を握らない。ぎょっとして『私』を凝視する諸戸。(情報量が多く忘れてしまったが、『私』が某かの反応を返してから)ようやく諸戸の手を握る『箕浦』。
  • 水責め時点から苦しみ出す『私』。冒頭で『私』が鬼を思い出した時と同じように喉を掻く。
  • 井戸の中「嫉妬している?」と『私』が声をかけた瞬間から、諸戸の目には『箕浦』が見えていない。ひたすらに『私』を求める。「ああ、嫉妬している」と答える
  • 箕浦』も『私』に襲いかかる諸戸のことを化物のようと言っている(セリフ正確に覚えておらずすみません。確実に恐ろしいと否定をしている)。そして『箕浦』は「死者を冒涜することになるから詳しくは言えない」と襲われるシーンを省略
  • 原作確認:そう、『私』も『箕浦』も「省略」する。これは原作にもあるセリフなのか?
  • 井戸出たときの諸戸の泣き笑いはなんとも表現し難い。変動するものでもありそう。なんというか、この時点で既に諸戸のライフ零になっているので、追い討ち受けたようなさま。限界越えた時みたいな表情。
  • 箕浦から受け取った手紙とは別にから諸戸の訃報を受けとる。ずっと語り部は『箕浦』。『私』は手紙を握り潰し憎そうな表情に見えた。なんか明らかに嫌悪してそうだったんだけど。諸戸が『私』へ伸ばした手を『箕浦』が宥めるように下ろさせる。成仏させるように『箕浦』が諸戸を連れ立ってゆく。


  • 白い毬を置いたのはスタッフさん?
  • 毬は風の動きを表しているけど、家の中に誰も居ない表現であると同時に(アフタートークの内容関係なく思ったのだけど)諸戸の亡霊が現れた表現なのか?
  • 君は美しいと言う人
    • 諸戸→『私』
    • 『私』→(記憶なくてごめんたぶん言ったよね)諸戸、秀ちゃん
    • 箕浦』言わない
    • 深山木→『箕浦』、諸戸
    • 手記の中の秀ちゃん吉ちゃん→(記憶なくてごめんたぶん)秀ちゃん (原作確認:手記の外では二人は声を発さないのは原作どおりか?)
    • 五郎失恋した相手
  • 『私』と『箕浦』は別人。また、《わたしである時は未来を知っており、《みのうら》であるとき未来を知らない。
  • 箕浦』も仕事内容は『私』と同じ。
  • 『手記の秀ちゃん』と『島で会った秀ちゃん』は別の存在。『島で会った秀ちゃんと吉ちゃん』は声を発さない。
  • 白い毬
  • 諸戸の衣装の汚れ見えた。すごく緑色に見えた。照明の影響すごく受けるから何色なのかわからない。『私』には黒いススのような汚れしかないのが気になった。諸戸と半々ではないのかしらん?
  • 『私』が明らかに《みのうら》に見えるのは井戸出たとき。『箕浦』が明らかに《わたし》になっているのは諸戸に襲われている時。上手からではここの『箕浦』の表情が見えなかったことが悔い。
  • 初回は焦点が集中し過ぎて見えていなかったけど《わたし》になっても『箕浦』ずっといた。
  • 『私』が演じる《わたし》は諸戸に向けて感情を込めた視線をすごく送るけど、『箕浦』をそのように見つめない。『箕浦』が演じる《わたし》は『私』にも感情の籠った目線を向けることがあるが、基本ずっと座って正面を向いて険しい顔をしている。
  • 恐怖とは襲いかかってくる諸戸で固定されている印象も受ける。ただ、それ以上にやはり『私』と『箕浦』の差異重要そう

2017-02-07

http://anond.hatelabo.jp/20170206104211

追記。8日ソワレの当日引き換え券を購入した。前回視力的に見えなかった部分を補完できるよう前方列の上手~中央の席をご用意いただけると良いのだけれど。



観劇にむけ、注目したい点など備忘録



白い鞠?は唯一『私』よりも先に舞台上に存在するので、高次元存在である可能性や何かの表現であったりしないか



秀ちゃんと吉ちゃん、初見では(誰しもそうだろうけど)双生児ではなく比喩としての『醜くコントロールできないもう一人の自分』の話だと思っていた。

エグい描写が続いていたので、比喩と見せかけて実際の奇形の話であったというオチにまんまと流されてしまったけれど、

この物語が諸戸の視点であるならば、箕浦と秀ちゃんの恋愛描写は雑で蔑ろであったのに(彼にとっては箕浦他人恋愛なんてどうでもいいからだ。箕浦物語視点であるならばこの恋はもっと尊く丁寧に描写されているであろう)、妬ましい秀ちゃんの手記はいやに丁寧に描写している。

これは秀ちゃんと吉ちゃんの存在が、諸戸ないし箕浦隠喩からではないだろうか。



諸戸本人の感覚というよりも、より高次元な作者・超自我としての感覚で、『諸戸から箕浦への愛』に対し、『美しいものであって欲しい』という望みと、『どんなに消されても消えない愛の炎と欲望は醜い』と卑下する気持ち二面を抱えているように見えるのだけど。

自分の愛は醜い』と卑下してしまうのは、受け入れてもらえないことが唯一で絶対理由だと思う。箕浦が諸戸の愛を受け入れてしまえば、もうそれは醜いものじゃなくなる。

でも箕浦はどうしても『性愛』を受け入れられない。

諸戸の二面性は彼の超自我によるものだと私は考えるけれども、ある意味箕浦が愛せた諸戸と受け入れられない諸戸の二面でもある。

吉ちゃんに凌辱される秀ちゃんとは、愛欲をコントロールできず捕らわれ続ける諸戸であるなと。



箕浦はまさしく舞台上にて『私』と『箕浦』の二つに分かれている。

同一人物であった二人が切り離されたように見えるのは、井戸の中での諸戸の告白辺りから。……それ以前、島に着いてからもかなり二人の差が「目について」くる。異様に見えてくる。

井戸を出た時の諸戸の表情が座席位置関係で見えなかったのだけど、彼は箕浦に何を見たのだろうか。



私は諸戸に対して全くもって嫌悪感がなく、むしろ清楚な色気すら感じていたのだけれど、ラストセリフ・親御さんから手紙の内容を聞いたときに唯一初めて諸戸のことをきもちわるいと思った。

諸戸本人からの求愛であったならまた印象は違ったのかもしれないけれど、第三者から告げられたそれはすごくきもちわるかった。

(これは私が『告げ口』というものに異様な嫌悪感を持つために抱いた感情なのかもしれないけど、あれだけフッたのに他人からまだアイツお前のことが好きだってと言われるなんて、しかもそれが息子を失った親御さんから訃報でだなんて、最悪すぎるし気持ち悪過ぎると感じるのですが……これで意中の相手が振り向いてくれることなどあるのでしょうか?)

から、実はラストシーン佐藤さんの反応を見逃すまいと凝視してしまって。

私は諸戸すげーきもいと感じるけど、『私』はどうだろうなと。

そのせいで他の要素を見逃している可能性が高い。

あと、どうやら原作ではそれなりに諸戸の好意きもちわるいようなのだけど、舞台では健気で美しい印象の方が強かったので、それは私が田中さんの美しさ・色気に当てられて誑かされていたからなのかどうかもしっかり見極めたい。


更に追記

ラストシーン手紙から受けた『諸戸きもちわるい』って印象、この手紙を読むのが井戸の中で消えた箕浦役の石田さんが担当しているからって可能性もあるのかも。

あのセリフを言ったのが箕浦かどうかはまだ考察できないけど、『消えた自分』にそんなこと言われて亡霊度がめっちゃ高くて不気味だったような気がしている。

怨み言や呪いのように聞こえた。

こちらも改めて確認したい。



更に追記

諸戸が箕浦を好きになった理由原作からも明らかにされていないらしい。

しか口説文句に「君は美しい」とあるそうで、これは他の人も言ったセリフである気がする。

作品中において『美しい』と評されることの意味は重いはずなので、

誰がいつ何を『美しい』と評したか、その評価意味を捉えていきたい。



更に追記

「『私』が白髪になるほどの恐怖」とは何であったのか原作でも名言されていないらしい。

解釈余地があることの意味検討したい。

また、どうしても視覚情報の伴う舞台では白髪になったターニングポイントが「見えて」しまうため、原作にならい解釈余地を生ませるよう演出されているのだが、それでも舞台上に起きた出来事はどんな解釈でなされていたか、芝居の息遣いをしっかりと感じておきたい。

2017-02-06

オタクだけじゃなく芸人の笑いも十年前からクラウド化していると言われているし、野球中継家族揃って観戦したり、映画館で誰もが同じ映画を見る時代でもなくなってきているのは自明のこと。もちろんヒット作なんかで動員が多い映画はあるだろうけど、国民的な人気を持った寅さんなんて発生しようがない。オールウェイズではないけど、TV居間に来たら近所の子供がこぞって見に来るなんてことはない。うらぶれた居酒屋一角ゴキブリ入りのラーメンビール片手に、水着美女がいるポスターの横でTV凝視する時代でもない。そんな風景は他のアジアに売り渡してしまった。情緒的な書き方はともかく、マスなんてもの一丸になれないのは大体ネット以降のこと。コンテンツ流通が一箇所に集中せずに誰でも発信できるようになったから。では一丸になっていた時代が良かったかといえば、それが団塊の世代ってやつで迷惑まりないですよ。一義的流行りや価値観煙草の煙のように押し付けてくるわけだから。まあ増田は元スモーカーだったけどね。そんなわけでマスが一丸になれないのは増田のせい。おあとがよろしいようなよろしくないような。

2017-01-22

西野さんの炎上は一部のクリエイターだけという事実

当方名前は明かせないが書籍で飯を食えているし代表的作品名

一度は耳にしたことがあるであろう程度の知名度の者だ。

結論から書くと西野さんの発言の件で怒っているクリエイターは私の業界ではごく一部だけだ。

それは、なぜか?第一線で活躍している私たちははそんな類の発言などなんとも思っていない。

私たちは「いち芸人さんが発想を武器に数十人のクリエイターとともに作った絵本」という視点しか見ていない。

そこについてくる発言には興味がない。

http://mistclast.hatenablog.com/entry/2017/01/22/110637

この方が書いているように「クリエイターには作品しか武器がない」というのは正解だ。

そして同時に、作品が全てでもある。

上の方やTwitterで盛り上がっている方々のように西野さんの発言凝視している暇があれば作品を作る。

この駄文はどうなのか、と突っ込まれれば休憩時間に書きなぐったとしか返せない。



今回、編集者との打ち合わせで西野さんの話題が挙がったので炎上を知ったのだが

ネットで騒がれているほど第一線のクリエイターたちは気にしていないというのが現状だ。

西野さんの一挙手一投足を観察している方々は、あの行動力への嫉妬心から何をやっても叩きたくなるのであろう。



その時間を使って作品に注力してはどうだろうか?

2017-01-12

うんこカレーに関する問いかけを新しく考えた

うんこ味のカレーカレー味のうんこ、どちらか選ぶなら?」という問いかけはあまりにも有名だが、今日、新しいうんこカレーに関する問いを考えた。

それは、

カレーを食べた後の皿を舐め回すように凝視されるか、トイレで大をして個室から出てきたところをトイレから出ていくまでまじまじと凝視されるか、どちらかを選ぶなら?」である

カレーを食べた後のカレー皿の汚さ、あれはなかなか恥ずかしいものであり、スプーンの軌跡やカレーを弄った跡は薄く汚れたカレー軌道により一目瞭然。これはあまり人に見られたくないものである

一方、トイレで大をして個室から出ると、知らない人が自分の一挙手一投足に注目してまじまじと凝視してくる。洗面台で手を洗っているとき目線は離されず、トイレから出るまでその人物によって自分がそこでうんこをしたという事実を視認され事実として残り続ける。早くこの過去を忘れ去られたい気分に陥るはずだ。

甲乙つけがたい。はず。

2017-01-05

億万長者になったつもり生活

人生は苦しい。

そのあまりの苦しさから、人はみな「億万長者になりたい」と願う。

例に漏れず、私も早速「億万長者になりたい!」と初詣で願ってきた。

また、そのための取り組みをしていないこともない。


だが、最近は『億万長者になったつもり生活』をしてみてもよいのではないか、と思えてきた。

なぜそんなことを思ったか? 順を追って説明していこう。


1.億万長者とは

そもそも、私の考える億万長者とはなにか?

それは『不労所得生活を送っている者』である

たとえば大家であり、地主であり、

株をたくさん持っているおじさんであり、

あとは週に1度しか出勤しない会社役員である


要するにサラリーマンのように週5勤務でなく、年収300万円程度の生活を維持でき、

望まなければ人に会わなくともよい生活を送っている人たちである

「じゃあ初めから仙人になりたいと言え!」という話だが、私はたとえ7億円を手にしても



08:00 起床。たまご焼きと玄米の朝食をとる。

09:00 ようやく洗濯機を回す。マルチタスクは苦手だ。

10:00 Twitterしょうもない大喜利をする。

13:00 近所の猫が集まる猫スポットあいさつに行く。

15:00 バス繁華街へ。無駄カフェへ入りカフェインをとる。

18:00 野菜炒めセットと豚バラ、スーパーマリオRPG中古を買って帰宅

20:00 ゲームをする。大人になってからやっと回復キャラ重要さを知ることができた。

00:00 就寝。



といった生活を送るにちがいないので、

ここでは「億万長者 ≒ 無職ニートと同じような生活を送る人」とさせてほしい。

2.なぜ億万長者になろうと思ったか

本音で言うと「人がこわい」だが、建前を話しておくと、

とある精神疾患発症してしまい、世間一般生活を送ることが難しいからだ。

できれば人に会いたくないし、飲み会なんてもってのほか

そんな夢のある夢のような夢でしかない夢を実現するには、たくさんのお金を持つしかない。

そう考えていたし、今もそう考えている。

3.億万長者になるのは難しい

世間から離れたいのに世間一般の考えを引っ張ってくるのは癪だが、

億万長者になることは難しい。というかほぼ無理である


会社勤めで目指すなら、年収1,000万は必要だろう。キツい。そして飲み会に出なくてはならない。

起業をしても望みは薄い。部活でさえ後輩を持ったことのない人間に、果たして上司が務まるのか。


ならば相続はどうだ? 奨学金なしで大学に入れてくれた親父には本当に感謝しているが、おそらくそれほど遺産はない。

よし、株だ! 始める前から長期投資派なので難しい。FX言わずもがな

不動産投資で行こうか? なおさら長期投資である


現在無職雇用保険計算に入れると、あと1年は慎ましい生活を送れる貯金はあるが、

実用的な資格もなく、実務経験ほとんどない。そもそもフルタイムで働けない。

そんな私に唯一希望があるのが、アフィリエイトだ。

「アフィ」という文字列を見ただけで、激昂する読者もいるかもしれない。

アフィリエイトの悪評はご存知の通りである。ここではあえて弁明もしない。


だが、そんなアフィリエイトでさえ、月10万円の生活費を稼ぐのは至難の業だ。

事実、開始4ヶ月目での収益はたったの1,000円であるお年玉の方がまだ高い。

実際、そのほとんどの時間は様々な学習に割かれており、実作業時間を考えれば、

また有象無象アフィリエイターたちの数ヶ月目の報酬実績を見れば、悪くない滑り出しではある。

1年後にはなんとか10万円ほどをコンスタントに稼げているであろう。

しかし、月100万円への道のりはほとほと遠い。

そんな生活を送っているためか、最近は『億万長者になったつもり生活』を夢想している。

4.億万長者になったつもり生活とは

まり、『週3,4の仕事で慎ましく生活する』である

それはなぜか?

私は先ほど、人に会わない理想生活を書き記したばかりだが、本気の本気で億万長者になった妄想

眠りに落ちる前にひたすら繰り返す生活を何年も続けた結果、このような知見が得られた。


「寂しい」である

そう、億万長者は寂しいのだ。


アーリーリタイア、つまり30代40代半ばで隠居生活に入った人たちのブログを読んでも、

相当な仙人気質の人でない限り、何かしらの仕事をしている。

なぜか?

「寂しいから」だそうだ。


会社へ行かなくていい生活とは、つまり会社へ行かない生活であるから

町内会にでも参加しない限り、同人活動を行わない限り、人に会う機会がほとんどない。

から、億万長者には「(そこまで稼げないが)人と会うことができ、楽しく続けられる仕事をする」人が多い。


これを億万長者でないままやってみよう、というのが『億万長者になったつもり生活である

5.なったつもりのメリット

そのメリットとはなにか。

ズバリ、「今を楽しめる」である


億万長者なのだから投資や貯蓄のための余剰資金ガンガン稼ぐ必要はない。

億万長者なのだから、絶えず話の行方に気を使い、いつ応答を求められるかに怯える飲み会に出る必要はない。

億万長者なのだから資産を減らさない程度の、寂しくならない程度の仕事でいい。


そのつもりになるだけで、人生の悩みが少し和らいでしまう。

スーパーマリオRPGだって100周くらいしてもいいのだ。

あいかわらず人は怖いけれども、週5フルタイムでないのなら、いくらか続けられはするだろう。

これほどすばらしい「なったつもり」。試さな価値はない。

6.その覚悟必要かもしれない

なんてことを言いつつも、なったつもりにもリスクはあるし、

踏ん切りだってなかなかつかない。

世間一般生活を難なく送れている人は、

「え? 今さら?」

「もうみんな知ってたぜ!」

義務教育で習っただろう?」

と言うかもしれない。既に実践しているかもしれない。


物事を始めるのであれば、できるだけ早いほうがいい。

そして正直、私はまだ若い

時間というチャンスがある。

なったつもり生活とは、そのチャンスをみすみす捨てることだ。

もったいない教の信奉者でもある私にとって、これほどもったいないことはない。


「し、しかし……」と思い悩みながら、その悩みをこうして長文にしたためながら、

そのてんびんを私はひたすらに凝視している。そろそろ目が痛くなってきた。


賢明増田の諸兄は、

果たしてどのような選択を、そして生き方をしているのだろうか。

居酒屋でいきなり会話が止まって店内が一秒ほど静かになる現象

どの増田だったか忘れたけど、俺も会社の飲みで酒を飲んだ後に一人で茶漬けを頼んでみんながそれを凝視した事案が発生した。

その増田みたいに上司空気嫁とは言わない会社だったけど、会話の喧騒ピタッと止む居酒屋あるあるの瞬間に茶漬け視線が集まったのはきつかったな。

2017-01-04

ベビーカー論争で、どっちの言い分が正しいとかあるが、不寛容社会は今後加速するだろう。

原因は人の距離が遠くなっていることだと思う。



仮に電車車両全員友達で占めていたら、多少の迷惑は「いいよ、いいよ」と言うはずだ。

友達でないにしても「この車両全員ウチの会社の人、はじめて見る人もいっぱいいるけど」であっても、空気大分違う。

まり距離が近い者同士で構成されているわけだ。



でもそれは20年前でも同じだったはずだが、その頃は今ほど不寛容でなかった、もっと距離が近かった。

遠くなった原因はテクノロジー進化のように思う。



昔は道に迷うとその辺の通行人に「ここ行きたいんですけど、どうしたらいいでしょうか?」と聞いた。

今ならスマートフォン地図アプリがあるので、聞く必要がない。



携帯電話がない頃は友達の家に電話すると家族が出て「どちらさまでしょう?」のようになった。

「XX(自分所属)のXXです」的なよくわからない自己紹介をして「夜の9時ですよ、非常識ではないですか?」

「(え?9時はOKでは。。。)あ、すっすいません、明日します。。。」

のようにちょっとした衝突もあった。



旨い店をさがしたければ食べログ使えば誰かに聞かなくて良い。

何かに関する情報を得たければWikipedia

Amazon使えば書店店員と話す必要もない。



不寛容社会改革するためのひとつの手としてインターネット禁止

そんなの非現実的すぎる。(笑)



では現実的な案としては、意図的コミュニケーションをとるようにする。

エレベーターボタン付近に立った場合「何階ですか?」と周りに聞く。

それもボタン凝視して独り言のようにつぶやくのでなく、周りの目を見て聞く。

笑顔で聞く。(笑)



逆にボタンから遠くて、ボタン付近の人が聞いてくれない場合、不自然な体勢で腕をのばしてボタンを押す人がいる。

「あ、すいません、7階おねがいします」と言えばいいのだが、なんか恥ずかしい。

それを言うようにする。



人に何かやってもらった時「すいません」でなく「ありがとう」と言う。



これらはインターネット禁止と違い、現実的だ。

でもこれを説いたところで「そうだね、今日からそういう風にするよ」とは言わないだろう。

違った意味で非現実的である



まり不寛容社会怠惰から来る。

不寛容社会拍車がかかることはあっても、抑制されることはない。

2016-12-30

ウチの娘は、やっぱり?

昼ごはんフードコートで取る事にした。

子供からリクエストで…

食後の片付けでトレーをお店に返すので

小1の娘に弟クンと一緒に待つように伝えた。

戻ると弟クンがいない…。

小1娘「いなくなっちゃった(笑)

ねぇ…あん馬鹿なの?

いなくなりそうなら声掛けたり連れ戻すとか出来ない訳?

今回こんなの初めてじゃないよね?毎回自分だけボンヤリと待っているよね?

弟クンの面倒を自分から見た事ないよね?

私も下に妹と弟いたけど面倒見ていたよ!

結局、弟クンはすぐ見付かったけど

毎回の事だから「弟クンが迷子にならないように見ていて。」と強く言うと

娘は道中、弟クンをずっと凝視…。

そうじゃないでしょ!と叫びたい衝動に駆られたがぐっと堪えて

「いなくなりそうな時に止めるって意味よ。」と教えた。

ひょっとすると娘はアスペルガーなのか?

単に馬鹿旦那の影響?

とにかく自分家族にガッカリする毎日

2016-12-29

かわいい動き描いてるアニメーター

どういう生活してるんだろう

日常のふとした女の子挙動を観察して

自分でもかわいい動きしたりするんだろうか

街ゆくちびっ子の動きを凝視したり

犬とか猫とかの愛くるしいのを観察したり

どうやってテンション維持するんだろう

常に萌え萌えしてるのか

2016-12-27

アプリを探しています

■求める機能

上りエスカレーターに乗ったときに前の女の人のパンツが透けており凝視するも上りきって顔を見たら50overのBBAだったという際に、

かのぼってパンツ記憶を消してくれる機能

 

使用機種はAndroid 4.2です。よろしくお願いします。

2016-12-01

おっぱいには価値がある

http://anond.hatelabo.jp/20161130194314

これには異を唱えたい。

失礼な言い方にはなるが、大きなおっぱいはそれだけで目を引くし価値がある。

車を運転していても目を引くし、凝視してしまってヤバいし、

なぜドライブレコーダーを横にもつけておかなかったんだという気持ちになる。

個人的には顔の好みよりおっぱいの好みだし。

正直相手が男でもおっぱいが大きければ構わないというおっぱい好きは結構ますよ。

なので相手にこだわらないなら絶対に群がりますよ、本当にGカップならね。

胸の大きい女性ってもの凄く希少なんですよ。

2016-11-29

初めて芸能人に会った日の話

土曜日の朝、小学3年生の僕らは大いに興奮していた。

まだ週休2日制ではなく、土曜日学校に通うのが当然だった時代。朝、突然に級友のしんちゃんによってもたらされた衝撃的なニュースに、クラス中が騒然となった。

  

今日公民館テレビに出てる芸能人が来るんだってよ!お笑い!!!

  

大事である人口1万人にも満たないこの小さな町に、演歌歌手以外の芸能人が来るのだ。帰ったら急いで家族にも伝えないと!あと、色紙だ!色紙以外にサインを求める事はマナー違反だというのは田舎小学生でも知っている。家に色紙があるか確認しなければ。その日は授業の内容など全く耳に入らなかった。僕としんちゃんは開演時間も入場料もわからないそのイベントに、何故か参加出来るという確固たる自信を持って、下校後のミッションを練り上げていた。

  

「じゃ、30分後に公民館前に集合な!」終業のチャイムと同時に僕らは散開した。

  

公民館前に到着すると、そこはもう沢山の人であふれ返っていた。昼間からこんなに人が集まるなんて、芸能人ってやっぱりすげー!!興奮する僕の横で、しんちゃんがぽつりと言った。

  

「あれ?何か大人ばっかりじゃね?」

  

言われてみれば確かに大人がずいぶん多い。大人8に対して子供2くらいの割合だ。しかも、中高生ほとんど居ない。子供小学生幼稚園児が大半だった。そして次の瞬間、唐突に思った。

  

「これ、僕たち中に入っていいのかな?」

  

今更である。もちろん入場料やチケットの類は持っていない。田舎小学生現金を持ち歩く習慣など無い。持っているのはマッキー1本と色紙1枚のみ。少しずつ不安が大きくなり、入り口から中の様子を伺っていると、親戚のおじさんと目が合った。おじさんはこちらに気付くと手招きした。どうやら入っていいらしい。

  

「早く場所とれ!座るところ無くなっど!(笑)

  

おじさんの明るい声に背中を押される形で僕らはホールに足を踏み入れた。

  

暗いホールにぎっしりと並んだパイプ椅子。席はほぼ埋まり、少し蒸し暑かったステージには演台と大きな花瓶。左手司会者と思われる女性資料を持って立っている。

  

「何か校長先生とか出て来そうだなw」

  

しんちゃん言葉クスクスと笑いながら、僕達はその時を待った。これからここにお笑い芸人が来る!面白い事が起こるんだ!!!

  

定刻となり、司会者挨拶からその会は始まった。何人かの偉そうなおじさんが代わる代わる話をした。その話は校長先生の話より退屈だったけど、僕達は芸能人への期待で何とか持ちこたえていた。子供の興味と集中が途切れそうになる間際、司会者が高らかに宣言した。

  

「さぁ、それでは皆様お待ちかね、本日スペシャルゲストをご紹介しましょう!!」

  

僕らは背もたれから背中を引き剥がしステージの右側を凝視した。

  

次の瞬間、そこにはスーツに身を包んだ一人のおばさんが立っていた。薄いピンクスーツ。左の胸にはブローチがキラりと光っていた。にこやかに手を振ってステージ中央へ進んで行くおばさん。挨拶をして、さっきまでのおじさんたちと同じような話をするおばさん。突然泣き出すおばさん。泣きながら微笑むおばさん。誰かに感謝しているおばさん。拍手喝采を受けるおばさん。深々とお辞儀をしてステージを後にするおばさん。

  

僕らは最後最後まで期待していた。笑っていいともバラエティー番組で見せる、女の人があまりしちゃいけない様な格好から繰り出すギャグを。トーク番組披露するような、面白いエピソードを。きっと、どこかで、必ず、会場を沸かせるギャグ披露してくれることを。

  

公民館を出てしばらくしてしんちゃんがぽつりと言った。

「…面白いこと、1っこも言わなかったな。」

「うん…。」

僕は手に持った色紙とマッキーを見つめながら何となく相槌をうった。

朝、学校で感じた胸の高鳴りは何だったのだろう。僕はどうしてあんなに必死になってお母さんに色紙をねだったんだろう。

横を見ると、しんちゃんの悲しそうな顔が目に入った。朝一番に「芸能人が来るってよ!」と教えてくれたしんちゃん。あのときキラキラした瞳の輝きを思い出すと胸がチクリと痛んだ。

  

「俺知らなかったけど、芸能人ってテレビに出てない時はけっこう普通なんだな!!」

しんちゃんは、この沈んだ空気を打ち消そうと、精いっぱい明るく言った。その明るい声が、なおさら僕を悲しくさせた。

  

しんちゃんさ…」

「ん?」

「今からしんちゃんちでファミスタやろうよ!!!

僕も精いっぱい明るく言った。

  

「いいよ!!でもピノ禁止な!!」

しんちゃんキラキラした眼で答えた。僕らは全速力で駆け出した。

  

これが、僕が初めて芸能人久本雅美に会った日の話。

2016-11-21

高学歴家庭なのに低学歴家庭だ


うちの両親は高学歴だ。世帯年収日本の平均を遥かに上回っている。

なのに、うちの家には高学歴家庭に当然あるはずのものが何一つない。



本、本棚雑誌新聞漫画絵画ピアノバイオリンワイン蔵、大量の名作ゲームハイスペックPC数台

プール書斎アトリエ、高級車、自家用ヘリ、自家用クルーザ、別荘、メイド執事使用

ブランド物の服、時計、バッグ、靴、宝石、高級家具、週四回以上の高級店での外食、月十万円以上のお小遣い



子供教養を身に着けさせるための図書館通い、美術館巡り、海外旅行国内旅行クラシックコンサートオペラ演劇落語雅楽ミュージカル

そして温かくてこの世のすべてを包み込む無条件の愛情



何もない。何もない。この家には何もない。

あるのは無駄に大きいテレビ暴力と金だけだ。ここはマフィアアジトなのか?




両親は重度のテレビ中毒者だ。

バラエティー、アイドルジャニーズ芸能人ゴシップ子供向けのアニメ(ドラえもん名探偵コナン)を夢中になって観ている。

体は大人頭脳子供の逆コナンである両親には、これといった趣味もない。どうやら、テレビから流れてきたものしか関心がないようだ。

その姿は脳に電極をぶっ刺されてひたすら快楽を与えられている人体実験被験者のようで気味が悪い。




関東ごみ高校に入るまで、職業といえばサラリーマンという漠然としたものしか思い浮かばなかった。

医者とか研究者とか教授という職業は別の星の話というくらい現実味がなかったのだ。

両親と職業社会のことを話したことはないし、親戚も全員サラリーマンだ。

プログラマーエンジニアなんてはてな出会うまでは完全に埒の外だった。知ったときはこの世にはそんな職業があるのかと衝撃を受けた。




学校という空間は家庭と習い事と塾で身につけたスキルを発表する場だ。

他の場所で学んだことを使って攻略するステージ学校なのだ

僕は習い事をしたことがない。習い事というものは遠い世界の話だと思っていた。

家庭が文化資本に乏しく、友達恋人もいなかったのが原因だ。




小学校プールの授業を男女一緒に受けたとき、何でまだ習ってないのに泳げる人ばかりなのかと女子スク水凝視しながら疑問に思った。

「何で皆泳げるの?前世で魚やってたの?」と授業の最底辺コースに入って、水に顔をつける練習をしていた僕は思った。




他の授業でも常に劣等感を感じていた。

音楽では、皆は習う前から音符を読めていたのに、僕だけ読めなかった。おまけにリコーダーでは変な音が出た。

体育では、スポーツ習い事をやってる大多数の人達に負けっぱなしだった。

書道では、僕だけ何度もやり直しをさせられた。他の人は小学生とは思えないくらい上手だった。特に女子

算数では、学校で習っていない解き方で皆すらすら解いていた。いつも僕だけ取り残されていた。




皆、塾で先取り学習をしているから、先生の授業を聞かずとも学校問題をすらすら解けるのだということを知らなかった。

「何で皆、まだ習ってないことなのにすらすら出来るんだ?なんでなんで???習わなくても出来るのが普通なの?僕が馬鹿なの?もしかしたら僕は知的障碍者なのかも…」と劣等感嫉妬心と悔しさと焦燥と絶望不安と虚無感に常に襲われていた。

そしてそれらに少しずつ脳と心が蝕まれていき、しまいには体がマヒしたようになり思うように体を上手く動かせなくなってしまった。

同時に、激しい劣等感から心を塞ぎ込んでしまい、人とのコミュニケーションが上手くできなくなり、結果的に対人不安を抱えたコミュ障になっていった。




両親はインターネットのことを良くわかっていない。

「なんかべんりなもの」程度の認識だ。

もちろんガラケー愛用者だ。それにスマホアイフォンとの区別が付いていない。

ユーチューブも良くわかっていない。何かCMでやってたやつ程度の認識だ。




そんな両親の片割れである父親が、ある日、いつものように酒を飲みながら、たばこをふかして下らないバラエティー番組アイドル番組を観てゲラゲラ笑っているとき、僕に酒を買ってこいと頼んだ。

断ると父親の怒鳴り声と打撃音、僕の少年合唱団のような美しい泣き声、そしてそれを馬鹿にするかのようなバラエティー番組の観客の笑い声が家中に響くため、仕方なく買い出しに行くことにした。

酒を買うときに、コンビニ店員に年齢確認をされるときは、「お酒を買わないと大変な目に合うんです(´;ω;`)」と泣き落とし作戦を使って切り抜けた。




「なぜ僕んちはこんな低学歴家庭みたいなんだ?高学歴家庭である僕んちに文化資本の欠片すら落ちてないのはなぜだ?うちの両親は高学歴エリートじゃないのか?高学歴家庭は食事中に親と子供でウイットに富んだ会話をするものじゃないのか?事あるごとに人生アドバイスを与えるんじゃないのか?子供エリート教育を施すんじゃないのか?いろんな習い事経験させて将来のことを考えさせたり心身ともに健康に育つようにするんじゃないのか?殴ったりしないんじゃないか無意味に怒鳴り散らしたりしないんじゃないか?月のお小遣いは十万円以上じゃないのか?僕が欲しいものを指さすだけで使用人がブラックカードを使ってそれを買ってくれるんじゃないのか?執事の物悲しそうな横顔に人生の深さを感じるんじゃないのか?可愛くて巨乳な無表情メイド事務的性教育で性に目覚めるんじゃないのか?」

庶民が足繁く通うコンビニで安酒を買った帰り道にそんなことを考えていた。




これじゃ高学歴家庭に生まれてきた意味がないじゃないか

親が外では高学歴エリートマン、家ではDQNというわけわからない家庭で育って精神障碍アトピーゾンビになるより、低学歴家庭に生まれDQNになって十代で犯罪しまくって金を稼ぎまくってドラッグセックス快楽を貪り、稼ぎまくった金を株で運用して配当を受け取る勝ち組アトピーゾンビになったほうが幸せじゃないか

低学歴家庭に生まれた人が羨ましく妬ましい。低学歴家庭に生まれたかった生命だった。

2016-11-08

http://anond.hatelabo.jp/20161108194006

それくらいニッチでいいなら二次元にないわけがないでしょ?

結局二次元オタクロリへの志向性があるんだろうか?

でもこんなことを言う元増田は、それくらいでは納得していないということに他ならない。

人妻もの熟女ものなど目に入らずロリだけを凝視し続ける元増田的にはね。

2016-09-24

昨日一緒に呑んでた腐れ縁の友人から、中高の同期が

レイヤーにして法曹界の卵という訳がわからない存在になってることを

インタビュー記事へのリンクで知らされる。



友人にはバイであることをカムアウトしてるので

映画300みたい♡と記事中の写真から肉体美を十分くらい賛美したのだけど、

週5で映画を見てると云う映画好きにしてはノリが悪い。

聞けば、見たことがないらしい。

コーエン兄弟作品は全部観てるのに!?



高等遊民め。つい、イラッとなった感情を抑えようとした反動

単純に、友人は学校の旧い同期のことで盛り上がりたいのだと気づいた。

同期との繋がりが友人A一人だけになってしまったオレと違って

友人は定期的な交流があるようだった。先の記事も一週間前だった。

誰かが知らせてくれたんだろう。本人かも知れない。

そう分かって、雄っぱいではなくメイクを落とした顔の方を凝視したが、

200人程度の同期にこんなやつがいたかどうか、終電で別れる最後まで思い出せず、

ダルい気分で自宅に帰った。



自分から見て一人だけど、相手からはそうではない。

その晩は学校の中の狭い付き合いでしかまれない古い嫉妬を思い出して久々に胸が軋んだ。社会に出てから一方通行関係普通だと自明だと自分に言い聞かせてたんだが。

2016-09-09

横道から出てきたくせに割り込んでくる人なんなの

駅まで向かう途中、歩いていると横道からずいと割り込んでくる人の多いこと多いこと。

どっちが優先道路なのか一目瞭然だろ?

しかも無理やり入ってくる割に歩くの遅えのな!

なんでわざわざこっちが膨らんで避ける羽目にならなきゃならんのか意味わからん

しかもたまにいるのが歩きタバコしてるやつ。

目の前に割って入ったくせに煙をこちらに送ってくるとかもう暴力以外の何物でもない。殴り返しても文句言うなよ。



そんなこんなで今朝もやられましたよ。

分別のありそうな若い女性なのに、人が歩く目の前に曲道からずずいっと割り込み

かちんと来て背中凝視するとブラウスから水色のブラがうっすら。

さらタイトパンツで早足に歩くものからしりにもパンティラインがくっきり。

なんじゃこりゃ。ボーナスステージか。

2016-09-03

新海誠映画がどうしようもなく気持ち悪い

映画は観てない。彼氏映画を観ないので、私も映画に行く機会がない。

新しい映画ができたのは知ってるけど、一日も早く終わって人目に触れなくなって欲しい。

山崎まさよしファンだった。兄が貸してくれたHOMEというアルバムが刺さった。FAT MAMAって曲が好きで「お、私のテーマソングかな?」って感じで聞きまくった。

で、そうしているうちone more time one more chanceに嵌った。こんなふうに愛されたい。当時好きな人桜木町でばったり会って告白されるみたいな想像しまくってた。

だがしかし、世の中の受け止め方が違うことが徐々に分ってきた。その最初カラオケ。今で言う虚路充が感情込めて謡いやがんの。「はぁぁぁ」って感じ。マジやめて欲しかった。

なんてこったい。男もまさよし聴くかい。よりによって、女子が探して欲しくないであろうタイプの男に限って聞いてるらしい。うげえ。でも、まあ、これは仕方が無い。と思ってた。

こうした私のもやもやとした気持ちトドメを刺したのが新海誠なるクリエイターの秒速5センチメーター。観たよ、一応は。YouTubeだけどね。

キモイ。こんな幼稚な観れんタラタラ小僧の話がいいのか。わおわお。酒の場で額をテカらせながら語るオッサンも目撃した事がある。まったくの他人だけど、そんとき私物凄い嫌悪感を露にしてアンタの顔、つーか生え際、を凝視してたと思う。すまぬ。そんなとこにいるはずもないのに。

ううううう、何しやがんだよ、私のまさやん名曲に、テメーら何しやがんだ。やめて本当、お前に探して欲しくない。いつでもって、冗談じゃない。あれは女子自分を追い求める男子想像するための歌なの。いい、よく聞いて。「お前」じゃないから。お前じゃないんだよおおおお。ぜえぜえぜえ。

と、新海誠とその劣化クローン達にめちゃくちゃにされた私のOMTOMCだが、その後は秒速の話題も消え去り、私の心は平和を取り戻しつつあった。

しかし、しかしだ、奴が帰って来たのだ。ネットプロモーションされる彼の映画電車中吊りに掲げられる「新海誠」という文字。そういえば映画タイトル忘れたけど、検索するのも嫌だから省略。でさあ、京浜東北線とかでいるわけよ。四五十歳ぐらいのおっさんが。見てんだよ、その中吊り。うわあああ。こいつも秒速観てて、その監督作品から観ようかとか考えてんのかよって。消え去れ。お前が何を失っても許さねえ。どれだけ痛んでも会わねえ。いいか、テメエの人生no more time no more chanceだ、そいつと向き合え父ちゃんボーヤ。

ごめん、ひどい文章だ。でも、どうか一日も早く消え去って欲しい。受け入れられない、どうしても。

2016-08-26

隣人とのトラブルの結末

毎晩お風呂鼻歌を歌っている。いや、鼻歌どこではない、声を張り上げて歌っている。

カラオケ好きの私なので、お風呂だと声が反響してとても気分がいいからだ。

そんなことを続けていたらある日ポストに紙切れが入っていた。

マンション管理会社からで要約すると「声が夜間に響いてうるさいから周りを気遣え」ということだった。



いくら熱唱とは言えそこまで遠くの部屋には響かないだろう。ということでクレームを入れたのは両隣の住人に違いない。

右隣には70歳くらいの老婆が一人で住んでいる。腰が限界まで曲がりきって、まるで自分の陰部を凝視するようにゆっくりと歩く痴呆症だ。

だいたい夜寝るのも早いだろうし耳も遠いだろう。ボケ老人とはそういうものだ。



から犯人は左側の住人だ。そうに違いない。若いカップルか兄妹かしらないが四六時中ベタベタ気持ち悪いやつらだ。

一目見ただけで商業高校出身夜間学校中退なのが分かる人相をしている。まだ若いくせに歯も生えていない赤ん坊がいる。



とりあえず私も投書で復讐することにした。

お菓子バリバリ食べないで下さい。耳に障ります

もちろんお菓子の音など聞こえなかったがそういう文面でクレームを入れた。

その後もことあるごとにあることないことポストに入れた。

「歯を磨くときもっと静かに」

「声を立てないでくしゃみしろ



そんなことを毎日やっていたある日、ポストに紙を入れているところを馬鹿ップルに見つかってしま口論になった。

終いには警察を呼ばれてしまった。対応した警官は終始向こうの味方で私を責め立てた。

その日は悔しくて悲しくてずっとお風呂で泣いていた。

そして泣きながら童謡を歌った。涙と鼻水と涎が入り混じった私の歌声マンション全体を包み込んだ。

住人は耳をふさいだが、歯抜けの赤ん坊だけはきゃっきゃっきゃっと笑って眠りについた。

高畑裕太事件で考えた

高畑裕太は今までの言動からセックスポルノに異常な執着があったということが分かっている。

若いから部屋にはエロ本が溢れ、芸能界に入れば誰彼となく触り、ナンパし、性欲旺盛なことをメディアでも隠すことがない。

間違いなく性依存症に分類される人間だ。


俺もたぶん同類だと思う。

一説によれば、1日のうち2時間以上性的なことを考えてる人間は性依存症ということになるらしい。

俺は2時間どころじゃない。

街を歩けば目に入る女性熟女好きなので年齢層は高い)の各パーツをさり気なく凝視し、妄想する。

女の子のいる飲み屋に行っても性の対象しか見られない。

コンビニでもとりあえず立ち読みできるエロ雑誌パラパラめくってみる。

デジタル時代なのに実店舗エロ本買う。

寝る前にネットエロ動画見ようと思って画面を見つめて気がつけば数時間経過している。

嫁とはセックスレスで「触られるのも我慢できない」と言われているが、たまに着替え覗いたり使用済み下着を借りたししている。

東横イン熟女スタッフも完全に性の対象に見える。


金があったらもっと満たされるんじゃないかとも思う。

金があれば風俗にもいけるし素人だって。有料サービスも使い放題。

…いや、そもそも愛人を囲えるから不自由しないか

まあ、泥沼にはまりそうな気もするが。


でもとりあえず今は満たされていない。

そんな俺が犯罪に走らないのは、理性が勝っているからか、毎日右手が解消してくれてるからか…。

あと、セックスはしたいけど愛がないと虚しいから。

ごくたまに風俗を利用すると、その後すごく落ち込む(金銭的ロスも含め)。

オナニーしたあとも軽く落ち込む。


愛があればセックスはいらない。

なんてことはない。

愛のあるセックスかそれに類することが欲しい。頻繁に。かなり頻繁に。

2016-08-19

もういい年のBBAなので男性陣が気にするほど禿なんて気にならない。

年代男性ははっきりと禿てはいなくてもみんな地肌が透けて見える。

偶に若い男の子と話してると毛が密集して生えているのでついつい頭皮凝視してしまう。

40代後半ぐらいなのに毛がみっしり生えている男性を見ると落ち着かない気分になる。

地毛でもヅラでもゾワゾワする。

そんな時は薄毛の同僚と話して落ち着きを取り戻す。

家に帰ってきて夫の薄くなりかけた頭を見てタヒぬまでいたわってあげなきゃと思う。

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