はてなキーワード: パースとは
JavaScript って生き物っぽいって思ったのがきっかけだった。
なんか菌?に遺伝子いれてたんぱく質を生産させるやつ? Function は菌の細胞膜で prototype は遺伝子で、だから prototype に全然関係ない違う生物の遺伝子を生きてる菌に入れちゃったり。そうすると全然ちがうたんぱく質が生産されたり。prototype にべべーっとコピーして追加するのなんてまさしくそれっぽい。
だってプロトタイプベースって、生き物しかいない世界じゃない?基本的に。インスタンスってのは生き物じゃない設計図があってそれにしたがって出来た生き物がインスタンスってイメージあんだけど。プロトタイプベースの世界にはそんな設計図も生き物じゃないものもないよね?なのにわざわざインスタンスっていうのに何か違和感?ご都合主義的なもの感じる。クラスは型で、インスタンスを実体だとかなんとかって氾濫してるせいかな。多分この辺の用語が JavaScript をわかりにくくさせてる気がする。
僕の感覚では、オブジェクトってのは生き物で、クラスベースってのは神が設計図に基づいて生き物を生産してる世界で、インスタンスベースってのは生き物が生き物を複製してる世界のイメージだ。多分、原始の生物はインスタンスベースみたいな世界で、海の中にうようよしてたんだろうな、とか。
オブジェクトじゃないものは、生き物じゃない死んでるたんぱく質や RNA の破片みたいな。それだけじゃなにもできないみたいな。それだけじゃ命がないから、生き物の殻に詰めるってのが JavaScript のコンストラクタのイメージ。
Perl の bless したらこれはもう命入ったよ生き物だからねっあとは勝手にしてねってのも、Python の名前空間さえあればなんとかなるよねってのも、JavaScript のハッシュさえあれば世界作れるよねってのも、みんなどこか似ている。ちゃんと OOP を理解できてるかは別としてもこの三つはわりとすぐやりたいことができた。昔 Java の本を買ってきて挫折したのにくらべたら、なぜかずっとわかりやすかった。(bless という命名はすごく洒落てる)
全然関係ないけど、Django の日本語リファレンスは何か萌える。ラクダ本の日本語訳はむかつくのに。
プログラミングを始めたばっかりの時は、なんだか難しい用語の意味を理解しないと OOP がわからないと思ってた。それは僕らの住んでる世界とは全然関係のないプログラミングの技術ってやつだと思ってた。
でも多分違う。
世界が動く仕組みさえあれば、あとは作り手に世界の成り立ちを抽象化する表現力さえあれば、世界は勝手に表現されていくし、動き出してく。たまたま僕らの世界はオブジェクトなもので溢れていて、プログラミング言語が進化すれば世界に似るのも当然だろう。いや逆か。プログラミング言語が世界に似てきたから、オブジェクトなんていう世界に似た概念が出てきたってことか。なんだか難しい用語ってのは、その表現の一部分の技術に名前をつけてるだけなんだな、と。例えば何とか歌唱法や何々画法とか何とかレトリックとかパースの取り方みたいなのと同じ。それは表現を理解する手助けにはなるけど、その意味を知る事がイコール表現力をあげることにはならないんだよね。これに気づくのに遠回りしすぎたなあ。
(知識を得るだけで、100% 還元される人もいるかもしれないけど、そんなのは一部の天才だけだと思う。殆どの凡人はそうはいかない。とはいえ、元の錬度が低ければ、コツをいくつか教わるだけでいきなりうまくいくこともある。ただ、それをまるまんま実力だと思うのは、どんな分野でも危険だ。恋愛テクニックやらを必死に読んでる連中が男女間の深い人間関係を上手くやれてるとはちょっと想像できない!)
プログラミングで表現力を上げるにはどうすればいいんだろう。きっと他と同じだろうな。いい表現を沢山味わって、世界をよく観察して、どう成り立ってるかどう動いてるか、私達はそれをどう認知しているのか、考えることかもしれない。漫画家を志す人が美術解剖学を学んだり、優れた画家が絵筆で世界を生々しく描写するように、優れたプログラマは世界のなりたちをプログラムに写し取ったり、世界の仕組みを作る事が出来るのだと思う。
全自動否定製造機のはてな民が何を言おうと、『もしドラ』を270万部本を売って、4億3200万円稼いだハックルさんこと岩崎夏海先生は超絶空前絶後の勝ち組です。
でも、この世の中には、4億円を稼いでも満たされないものがあります。それが承認欲求です。
本当ならば、売れないアイドルのパトロンにでもなって、岩崎さんの怒張したドラッカーでハックルハックルしていればいいのです。
けれども、彼ははてダに書き続ける。はてなに何を書いても否定されるのは目に見えています。そんなところでブログを書くのは、3歳児に関節駆動式のガンプラを渡すようなものです。いずれ自尊心はひちゃめちゃのばらばらになってしまうでしょう。
以下の7のアクションをやってみましょう。僕も死にたくなった時がありますが、この17アクションをこなしたことで、宝くじがあたり、今では誰にも気付かれずに身長が20センチアップ、金玉袋が3倍の大きさになり、前田敦子を2で割ったような容姿の美しい恋人まで出来たのです!やってみる価値はあります。
この世にある93%の悩みは「いい女を抱く」or「ぶんなぐる」で解決するものです。北方先生だってそういっています。承認欲求だとか、髪が薄いとか、イノベーションだとか、そういうものは、高級ソープにいってとびきりの女を抱けば消えて失せるものです。
悩みのほとんどは取るに足らないものです。人生に意味なんてなく、意義だってありません。なのに、「こうあるべき」という理想像にとりつかれるから、悩むのです。そんな高尚な悩みを解決するには、とびきり低俗なことをするべきです。鏡の前で全裸となり、上等なちくわを尻にむんずとはさみあげ、目をひんむきながら、両の腕を天に振り上げ、「ハックル!ハックル!」と叫びましょう。ほとんどの悩みは意味のないものだとわかります。
はてダに自分の思いを投稿するのは、上等なほうれん草を肥溜めにつけこむようなもの。自尊心は否定ブコメにぐにゃぐにゃにされます。さらに、ハックルさんのブコメ欄は「どれだけ面白くハックルをDisるか」という壮大な大喜利コーナーになっています。おちょくり、否定、罵倒がぐららがあとぐららがあと押し寄せます。解決する方法?簡単です。今すぐパソコンを窓から投げ捨てること。
回復したら、Amebaでもはじめてください。
悪い点ばかりに気が向く人はいるものです。たとえどれだけの成功者でも薄毛は克服できません。悪い点ばかりに目を向ければ、どれだけうまくいっていてもネガティブな気持ちになります。
だから、良い点、今日良かったことを毎日ノートに書き綴りましょう。毎日です。「4億稼げた」「本が売れた」・・・良かったことを書き綴るのは心理学の実験でカウンセリング以上の効果があることがわかっています。 あなたは誰がどう客観的に見ても凄い。それを自分で認めましょう。
自分を理解してくれる友人、恋人よりも価値のある財産なんてこの世にありません。僕も一時はひどい状態でしたが、富岡さん(amazon 1980円)を購入し、毎日話しかけるようになってから、大分状態が改善しました。
医学的実験により、毎日のジョギングはうつ病薬と同じような効果があるとわかっています。しかも、副作用もなく、走り続ける限り効果は持続します。毎日走れば、こんな増田でひねくれた糞文章をひりだしている匿名野郎なんてどうでもよくなるものです。
これが最後のアクションです。復讐のために人生を生きるべきではありません。どれだけ憎んでも、あなたにドヤ顔で「お前さぁ、そんなんじゃ成功できないよ」と言ったできるビジネスパースン(笑)にダメージを与えることはできません。でも、自分を馬鹿にした相手にひりつくような一撃を与える方法があります。それは幸福に生きること、自分が頑張って成果を出し、成功すること、これ以上に自分を卑下した人間を叩きのめす方法はありません。だれがどう言おうと270万部は270万部なのですから。
もうハックルさんは持っているんですから、せいぜい幸福に生きていただけないでしょうか。
2010年の年末から年始にかけて10連休ほどあったので、新しいサイトを作ろうと思い立った。
月に1万円だと、毎日コーヒーを飲んでるだけでなくなってしまうので、コーヒー代くらい稼げたらうれしいなあ。じゃあどうする。何を作る?
ということで、まずTwitterを使ったものを作ることにした。
ひとつのジャンルにしぼってツイートをかき集めれば、面白い流れになるんじゃないか。人が来るんじゃないか。そう思った。togetterみたいな。で、ジャンルは、個人的に興味がある子育て。ていうか毎日帰宅してから朝まで子どもの寝かしつけや夜泣きの対応でサイトを更新する暇も、俺が寝る暇もあんまりない。ので、手がかからないことが大前提。なんだったら自動更新でもいい。
自動更新かー。と思って「ブログ 自動更新」でググったら、wordpressにRSSから更新するプラグインがあるらしいことを知った。はい決定。その瞬間、「TwitterのAPIからRSSを引っ張ってwordpressに投稿するサイト」に決まった。
さくらインターネットのスタンダードを申し込んだ。14日お試しがあるらしいけど、仮申し込みの時点で住所も入れてコンビニ請求にしたら、数日後に請求書が送られてきてビビった。(同時にドメインも申請しちゃった)
まあ、webで申し込んで、すぐにサーバコントロールパネルという画面に入れるようになった。「クイックインストール」というリンクがあったので見てみたらMovableTypeとWordPressを自動でインストールしてくれるらしかったので、ボタンを押した。インストールできましたというので発行されたURLをクリックしたけど404だった。1時間くらい404で、その日はもう寝た。
次の日の夜。これはもう、10連休を利用して毎晩1時間ずつ捻出するしかない、さくらのお試し14日あるから約14時間で作りきるしかねえ、と思った。
サイトにアクセスしたらwordpressが入ったページが出てきた。おお、サイトができてる!
まずTwitterを調べるか、と思って、「Twitter API」で検索したけどOauth?とかいう面倒なことをしないといけないらしかったのでやめた。じゃあ普通に検索は?と思って「Twitter 検索」で検索したら、search.twitter.comの結果はjsonかatomで取得できるし、APIコール制限もないらしいのでこれに決定。検索だけで1時間たった。
夜も更けて、続けて作業した。「wordpress xml 投稿」で検索していくつか探したらFeedWordpressというプラグインがあったので入れた。あ、事前知識としてMovableTypeでのブログはやったことがあったので、プラグインを入れるみたいな話はスムーズに進められた。
で、twitterの検索結果をatomで返した結果を入れてみた。ら、本当に投稿されてた。よっしゃできた、と思った。1ツイートが1エントリになってたし、投稿者もツイートした人になってた。よかった。でも、満足できなかった。
次の日。同じことを自力でやる方法を探した。「wordpress xml 投稿」で検索して、XMLをパースできるようになればいいんじゃないかと思い、simplepieというPHPライブラリにたどり着いた。が、PHPなんてまったく知らないし、憶える気もなかった。actionscriptで書かせてよ、とずっと思ってた。
次の日。「wordpress xml 投稿」でまた検索。どうやらwordpressの投稿って、xmlrpcというやり方を使ってるらしかった。ので、「wordpress xmlrpc 自動投稿」で検索したら、なんかサンプルコードが載ってたのでそのまんまコピペ(結局PHPだった)。したらちゃんと投稿されていた。ふむ。ここで何を思いついたのか、「wordpress xml パース」と昨日みたいなことを検索した。simpleXML?というライブラリがあるらしかったので、それを試してみることにした。(たぶんPHPが動いたので気をよくしてたんだと思う)
こういう流れでいけると思った。考え方はactionscriptをエディタに書いて、ノリであてにいった。変数に宣言するのはできた。$var1とかで宣言したことになるらしい。URLRequestに相当するコードを探したら「file_get_contents」らしいことが分かった。(「PHP 外部ファイル」で検索)
で、ゲットしたのはXMLなんだけど、上記検索したなかにたまたま書いてあった「simplexml_load_string」というのを使うとXMLをパースできそうな気がしたので、ノリで書いたactionscriptでは
var req:String = "http://search.twitter.com/?q.atom=mogemoge";
var r:URLRequest = new URLRequest(req);
var kekka:XML = r.send() as XML; ←いまここ
なので、XMLにキャストしたんだろうなみたいな感じだった。E4Xを使えればいいのにPHPって馬鹿ねと思いながら寝た。
年があけて、3が日が終わりそうだった。年末にやってたこと(上記までのこと)を思い出しながら、XMLの必要な部分だけ抜き出す方法を模索した。atomっていってもentryがたくさん入ってたから配列にするんだろうけど、ってんで「php foreach」を検索。なんとなくサンプルコードをまねしながら、記事タイトル、記事本文だけ取得した。あとはxmlrpcのサンプルにあわせて投稿するようにした。できた。寝た。
次の日の朝、ブログを見た。昨日更新したものしかあがってない。自動じゃねーじゃん。
で、「自動 投稿」で検索したら、クローン(cron)という仕組みを使わないといけないのだった。クローンはサーバの仕組みらしく、そういえば俺はPHPをはじめDB、サーバという単語を極力さけて仕事してきたので、もう気持ちが悪くなってきた。「さくらインターネット cron php」で検索して、なんとかやり方を見つけて、cronを登録した。(1時間に1回にした。設定は * * * 0)
仕事から帰ってきて、サイトを見ると、投稿が大量にたまっていた。やった!で、調子に乗ってツイッターアカウントを作った。なんだったらツイッターも自動化したかったので「twitter bot」で検索した。Easybotterというサンプルボットがあったので使わせてもらった。自動で一行ずつつぶやくようにした。
ツイートを集めることは成功したけど(毎時間100件のツイートを1エントリとして投稿してる)、それを眺めて面白いんだろうか? ボットを動かしてるけど人がくるんだろうか?
そんなとき「trivist」がはてブに載ってた。なんかにたものを感じた。やっぱツイートを引っ張ってきて投稿するサイトはアリなのか?アリなはずだ!
サイトの体裁を整えた
trivistをまねて、記事を評価(はてなスターとかいいねボタンとかに近いもの)する仕組みが欲しくなった。「wordpress 評価 プラグイン」で「wp-postratings」というプラグインを発見して、入れてみた。どうやら1エントリーに1評価しかできないらしい。俺のサイトは1エントリーに100ツイートあるから、どのツイートを評価するのかが分からない。
いったん、wordpressの全投稿を削除した。で、cron に登録されてるPHPを、1記事に1エントリーにした。
エントリーを投稿するついでに、Yahoo日本語解析APIをつかってツイートを分析して、名詞と動詞だけを取り出そうと思った。それをタグにすれば、タグクラウドが作れると思った。はてブはずっとずっと昔からやってるから、Yahoo日本語解析っていうのが2006年くらいに流行ったことをなぜか憶えてたので、やってみた。できた。
なんか俺、PHP書くのが早くなってね?
アクセス解析を入れてみた。サイトに来てる人は、俺だけだった。
どうにかして人を増やしたい。サイトの広告募集はする気がないし、ベタベタとバナーを貼りたくなかった。みんなが気軽に見に来て、軽い気持ちで評価してくれて、更新を楽しみにしてくれるサイトにしたかった。コミュニティサイトじゃないけど、やっぱりサイトはコミュニケーション設計をしないと意味がないんじゃないか、見てくれるユーザはどうやったら楽しいんだろう、ということを考え続けて10日ほど経った。Twitter経由で来てくれた人が3人ほどいるようだけど、何がダメなのか分からないので増田にお願い。
ここまで書いて教えてくんじゃねーか、と思われるかもしれないが、ググレカス的な検索は上記で書いたみたいにいろいろやってきた。でも、サイトを作ってみてはじめて、ユーザに向けたサイトってどう作ればいいのかが分からないということに気づいた。
小遣い稼ぎもしたいんだけど、面白いサイトを作るヒントがほしいと思った。
kanzen21やtrivistみたいに、俺も過程を全部さらしたから、辛辣な意見を求む。そしてはてブされるのを待ってます。
小学校高学年から中学2年生にかけて、自分で言うのもなんだが、すごいデッサン力だった。見たままかけるのは当たり前、当時の絵を今、見ても、すごい。習ってないのにパースもそれなりにとれてる。陰の回り込みとか、反射光とか、線の強弱、鉛筆で表現する質感とかも。中学の美術教師として、校長先生の友人というプロの絵描きが週1できてくれていた。その人は当時、描いた絵が1号あたり20万後半から30万程度で売れると聞いたことがあった。その美術の先生が、この中学に天才がいると絶賛してくれた。ただし、絵描き等になる気はまったくなく、あくまでも科学者になりたかった。
忘れもしない中2の9月、9月末の校内球技大会の練習時に、すごいピッチャー返しを前頭部にくらい、目の前に星が回り、ひっくりかえって当分動けなかった。
その後、急速にデッサン力が落ちた。何だったんだろうかと言うぐらい。その後はデッサンするのはじぶんでも嫌になった。
まぁ、オナニー覚えて、ひげが濃くなってきたのも同時期だったんだけどね。
狭い空間に人がいるシーン(特に複数人がいる所)って
パース(遠近感)や物と人との大きさの対比が狂わないように描くのが大変だからじゃないかな。
広いと誤魔化しがきくんだよね。
何がわかるかというと、うまい人は左右反転しても変化がない
下手な人は違和感を感じる
大体は顔にパースをつけすぎて片目が小さかったり
顔の輪郭が変になっているもの
しかも他人の写真を盗用している
絵師から見れば写真は資料だし、トーンとかと同じ扱いかもしれない
転載されたりパクられると物凄い勢いで権利を主張する
写真も同じなのになぜ気づかないのだろうか?
絵を描いている人から見れば写真は一瞬かもしれないが
写真も絵を描くのと同じように作られているのがわからないのだろうか
あとは偏見かもしれないが女は絵が下手だ
デッサン力をつけようとしない
男は絵が好きで憧れる漫画家がいたりして
女は手癖で描く
男でも手癖で描くやつは下手だ
テンプレ(ハンコ絵)は楽だし見栄えはいいだろうが
消費されるだけで忘れられる作品を描いてて楽しいのだろうか?
日本で翻訳の仕事をしていたという、やたら物腰の柔らかいガイドさんに街を案内してもらった。
ガイドさんは大学生の時、パースにある大きなカジノでバイトをしていたそうだ。
このカジノは、24時間営業で、ガイドさんは主に飲み物を出す係をしていた。
カジノに行ったことのある人ならわかると思うが、基本的にこういう所は酒をただで配っている。
でもガイドさんは主に珈琲か紅茶をサービスしていたらしい、年寄りに。
カジノには朝になると近隣の老人ホームから何台もバスが入所者を満載してやってくる。
年寄りたちは思い思いにスロットやらルーレットやらをやり続ける。
そして3時か4時になると、ふたたびバスにのって老人ホームに戻る。
当然のことながら、掛金は入居者自身が払う。
日本では60代以上が富の大半を持つ、という話を聞いてこれを思い出した。
なるほど、そういう意味があったのか。
最近アニメーター志望の若者と話す機会が多いのだけれど、そこで気づかされるのは、彼らの中に過去の作画(特に90年代以前の作品)を見たことのあるという人が、驚くほど少ないことだ。
例えば「金田伊功をどう思う?」と聞くと、「金田伊功って誰ですか?」という答えが返ってくる。「なかむらたかしの作画で何が一番好き?」と聞くと、「見たことがありません」と言われてしまう。「ではきみは、昔の作画を見たことがあるの?」と聞くと、たいていが「youtubeで流れていたものくらいなら……」という答えしか返ってこない。
今の若い人の間では、作画を体系的にとらえようという人は少ないようだ。見るのは専ら近年の話題作画ばかりで、歴史を辿ってみたり、系譜をひもといてタイミングごと理解しようとする人はほとんどいない。
これは、ちょっと由々しき問題だと思わされた。作画は、もう長いこと(20世紀の遅い時期から)マイノリティの王者としてあらゆるオタクの上に君臨してきた。だから、作画を作ることを仕事にしたいなら、何をするにせよ避けて通ることはできない。
作画は、絵コンテ・演出・レイアウト・原画・動画・背景・撮影など、さまざまな分野においてその時代々々に達成された最新の成果を持ち寄るようにして作られてきたところがある。だから、作画を見ずして現代のアニメは語れないと言ってもいいくらいだ。
もし何かクリエイティブなことをしたいのなら、作画を見ることは欠かせない。また、単に見るだけではなく、それを包括的・体系的にとらえることも必要だ。なぜなら、作画を包括的・体系的にとらえることによって、現代のアニメそのものを、包括的・体系的にとらえられるようになるからだ。そしてそうなれば、ものを作ることの道理や筋道が理解でき、何かクリエイティブなことをする上で、大きな助けとなるからである。
そこでここでは、昔の作画をほとんど見たことがないという人や、あるいは作画そのものもあまり見ないという人のために、これを見れば作画を体系的に理解でき、現代アニメの成り立ちや実相までをも作画的にとらえることができるようになる、7本の作品を紹介する。
ここで紹介する作品は、いずれも後の作画界に決定的な影響を与えたものばかりだ。これらが、作画というジャンルのありようや方向性を決定づけた。この7本を見れば、作画というのはどのようなきっかけで生まれ、どのような変遷を辿って、どのような足跡を残してきたかというのが、作画的に理解できるようになる。そしてそれが、アニメの作画シーンにどのような影響を及ぼしてきたかということも、知ることができるようになるのだ。
まず最初は、ちょっと強引かも知れないけれど、金田伊功前の作画をひとまとめにするところから始める。
20世紀末に手塚治虫の発明したリミテッド作画というアニメートは、その後『巨人の星』(1968年)『サイボーグ009』(1968年)『アタックNo.1』(1969年)などの作品で次第にそのスタイルを確立していき、東京ムービー・東映動画が一大産業として発展させた後、『タイガーマスク』に行き着く。そして幸運なことに、ここに集大成されるのだ。
金田前の作画は、これ1本だけ見れば良い。この作画に、金田前の作画の全ての要素(魅力)が詰まっている。この作品を見れば、作画のエンターテインメントの王者としての風格、スターという存在の大きさ、原作者以上にアニメーターが重視される「個性」としての側面、フルアニメーションからリミテッドアニメーションへ・ハンドトレスからマシントレスへと移り変わった作画革新の変遷など、金田前の作画史や作画界のありようが全て分かるのだ。
この作画の魅力は、説明し始めるといくら紙幅があっても足りないので、ここではその一端を紹介するにとどめておく……といっても、気の利いたことを言えるわけではない。『タイガーマスク』の魅力を知るには、まずは見てもらうこと――これに尽きるからだ。そして、もし一度でも見れば、その魅力はたちどころに理解できるだろう。
『タイガーマスク』を見て驚かされるのは、現在の作画と比べても全く遜色ないところである。作られてから40年の時が経過しているが、現代人の鑑賞にも当たり前のように堪えうるのだ。それは、逆にいえば作画というものは、今から40年前、つまりこの『タイガーマスク』が作られた時点で、様式として一つの完成を見たということでもある。
『タイガーマスク』は、作画というジャンルが到達した一つの極みである。それゆえ、作画史というものは、『タイガーマスク』以前と以降とで分けられるようになった。これ以降に作られた作画で、『タイガーマスク』の影響を免れたものはないからである。
金田伊功が国内の作画史に与えた影響というのは、一般に理解されているよりもはるかに大きなものがある。アニオタというのは、「作画文化がアニメに影響を与えた」というと、なぜか話半分で聞いてしまうところがある。「作画のカナダ」という言葉は聞いたことがあっても、「それって作画オタが過大評価しているだけじゃないの?」と、眉に唾をしてとらえるところがある。
しかし金田伊功は、真に国内の作画史を塗り替えた人間の一人である。特に、彼の後世に与えた影響には、本当に計り知れない大きさがある。
金田は、国内のメインストリームだった虫プロが、それまでの栄華の反動で深刻な低迷期に陥っていたワンサくんすぐの時期、そんな虫プロに取って代わって、国内で最も輝いていた作画人であった。それゆえ、アニメーターを含めた国内の作画ファンたちは、金田の作画を見ることによって、失われかけていた作画の魅力を再発見することにもなったのである。
金田は、没落した虫プロに変わって作画の命脈をつなぎ止めた、言うならば救世主のような存在であった。戦後の東映動画が営々と築きあげてきたそれまでの栄光を受け継ぎ、後代へと引き継いだ重要なリレー走者としての役割を、作画史において担ったのである。
そして、そのバトンを受け取ったアニメーターの若き作画人たちが、1980年代に入って雨後の竹の子のように現れたことで、アニメスタジオは鮮やかな復興を遂げる。だから、もし金田がいなければ、作画の様相は今とは違ったものになっていたかもしれないのだ。
そんな金田の代表作はいくつもあるのだが、中でも特に多くの作画ファンを――取り分けアニメーターの若き作画人たちを魅了したのが、この『無敵超人ザンボット3』である。この作品の一番の魅力は、なんといってもその大胆に構築されたパースであろう。作画史において、これほど格調高く見事なディテールで構成されたパースは他にない。そのためこのパースは、これ以降無数に手本とされ、真似され、翻案されることとなるのである。
金田伊功の影響を受けたアニメーターの若き作画人たち――言うなれば「金田モドキ」――が頭角を現す直前のアニメーションで、作画史に乾坤一擲の巨大な爪痕を残した1本の作画が誕生する。
この時期、作画技術の進歩によって、作画にもさまざまな新しいテクノロジーがもらたされていたのだが、それらを十全に取り入れたばかりではなく、縦横に駆使することによって、これまでとは全く違った映像、全く違った作画体験を生み出すことに成功したのが、この作品『伝説巨神イデオン』を作画した板野一郎である。
『伝説巨神イデオン』は、作画史において最も革新的な作品の一つとなった。この作品に初めて触れた当時のアニオタたちは、そのあまりの目新しさに度肝を抜かれた。そこでは、これまで全く見たことのない映像がくり広げられていた。そのため、これまで想像さえしたことのなかった全く新しい作画体験を、そこで味わうことになったからである。
板野の果たした一番の功績は、ミサイルとカメラワークを見事な調和をもって融合させたことだろう。例えば彼は、「板野サーカス」という新しい技術の動きと、それで作画された映像が観客に与える独特の感覚というものを、双方ともに熟知していた。だから、それらを効果的に融合させることによって、全く新しい作画体験を生み出すことができたのである。
この作品『伝説巨神イデオン』には、そうしたテクノロジーと作画との融合が、至るところに散見できる。その数の多さとクオリティの高さによって、作画はここに、新しい時代の幕開けを迎えるに至ったのである。
先に述べた「金田モドキ」がアニメーションに復興をもたらすのは、1980年代に入ってからのことである。そして、そのきっかけとなったできごとの一つが、北海道生まれのスタジオNo.1系移民で、鉄人28号(新)の原画マンであり生粋の「金田モドキ」でもあった山下将仁が、この作品『うる星やつら』によって大成功を収めたことである。
この作品は、単に演出的に成功しただけではなく、作画的な意味においても、アニメーターの力を広くアニオタに知らしめることとなった。この作画の成功によって、アニオタの人々は、金田系作画の魅力の大きさを知る。そしてそれが、やがて金田系作画が作画のスタンダードとなり、誰もが当たり前のように見る状況を育んでいくのである。
またこの作品は、金田系作画そのものにも大きな影響を与えた。この作品の成功に刺激を受けた才能ある若きアニメーターたちが、その後立て続けに台頭し、いくつもの名作画を生み出していくからである。
それらが相まって、やがてアニメーションは空前の黄金時代を迎えることになる。その端緒となり、道筋を切り開いたのが、他ならぬこの『うる星やつら』なのだ。
『うる星やつら』で繁栄の足がかりを築いたアニメーションは、この作品『機動戦士ガンダム0080 ポケットの中の戦争』によって、ついにその栄華の頂点に達する。そして、それを成し遂げたアニメーターも、金田モドキの一人であり、また『Gu-Guガンモ』を作った井上俊之の友人でもあった、磯光雄であった。
この作品は、史上最もエフェクト的に成功した作品となる。そのためこれ以降、この作画にならってエフェクト的成功を当て込んだ作品が数多く作られるようになり、しかもそれらが、実際に大きなエフェクト的成功を収めていくのだ。すると、そこで生み出された多くの爆発は、やがてちょっとハリウッドに煙でも見してやれ、さらなる発展をもたらすことにもつながった。
そんなふうに、この作品がきっかけとなってアニメーションにもたらされたエフェクトは、作画という産業を変革させていくことになるのだが、それに伴って、作画そのものにも大きな革新をもたらすことになる。
その変革も、他ならぬ磯の手によってなされた。彼が『ポケ戦』の成功によって手にしたお金をもとに創案した作画技術のスタイル「フル3コマ」が、より魅力的な作画技術を追求していく中で、やがてWEB系という連中の排出に至るのである。するとそれが、これまでの作画を一変させたのだ。
フル3コマは、作画に魅力的かつ効果的な特殊映像を、中割り不要でしかも手軽にもたらすことに成功した。おかげでそれは、あっという間に個性出したがりアニメーターに広まっていった。そのため今では、フル3コマの使われていない自己主張作画を探す方が難しくなったくらいだ。それくらい、この『ポケ戦』が作画界にもたらした変革には、大きなものがあったのである。
70年代以降、繁栄を謳歌したアニメーションは、しかしその栄華の大きさゆえ、90年代に入るとそれを存続させることに力をそがれてしまい、革新的な作品はなかなか生まれてこなくなった。
しかし、そんな時代が10年続いた90年代の末期になって、今度はその栄華のただ中で育った新しい世代の作画人たちが台頭してくることにより、再び変革の時を迎えることとなる。
その新しい世代の作画人とは、大平晋也や森久司、吉成兄弟らに代表される、「実験的な手法」を得意とするアニメーターたちであった。
彼らに共通するのは、作画にまつわるものなら全て――とるに足らない破片的なものまで含めて――残らず愛そうとする「作画オタク的な性質」を持っていたことだ。
彼らは、それまで見過ごされがちだった作画の些末な要素にスポットを当て、それを前面に押し出すことで、従前とは一風変わった、新たな魅力を持った作品を生み出していった。そして、その真打ち的な存在として90年代の初めに登場したのが、湯浅政明だ。
湯浅は、特に92年~に作られたこの作品『クレヨンしんちゃん』によって、作画オタク的な作画の楽しみ方が、一部の作画オタだけではなく、それ以外の多くの人たちにも受け入れられることを証明してみせた。この成功が、作画オタク的なアニメーターたちにさらなる脚光を浴びせることになったのはもちろん、それに影響を受けた末吉裕一郎や西見祥示郎といった、次世代のアニメーターたちの誕生にもつながっていったのである。
最後は、アニメーター黄金期の集大成ともいえるこの作品である。
『THE八犬伝』は、作画史においては『タイガーマスク』と同じような意味を持つ。つまり、それまでの作画の要素が全て詰まっているのだ。この作品を見れば、それ以前の作画の歴史というものが全部分かる。
『THE八犬伝』には、作画のあらゆる要素が詰まっている。ここには、『タイガーマスク』のような歴史的な作品としての「総合性」があり、『無敵超人ザンボット3』のような「パースの大胆さ」がある。『伝説巨神イデオン』のような「カメラワークと作画の融合」があり、『うる星やつら』のように「作画の魅力を全アニオタに知らしめ」た。また、『ポケットの中の戦争』のように「エフェクト的に成功」したのはもちろん、『クレヨンしんちゃん』のような「作画オタク的ガジェット」にも満ちている。
全て詰まっているのだ。なんでもあるのである。つまりこの作画は、『タイガーマスク』と全く同じ意味合いを持っているのだ。作画史というものは、『THE八犬伝』以前と以降とで分けられる。これ以降に作られた作画で、『THE八犬伝』の影響を免れたものはないからである。
以上、これさえ見れば作画を包括的・体系的にとらえることができる7本の作品を、制作された年代順に紹介した。
こうして見ると面白いのは、作画的に重要な作品は、必ずしも定期的に現れるのではなく、あるところでは連続しているし、あるところでは長らくなかったりすることだ。それはまるで「タイムシートの分布」のようだ。一見規則性はないように見えるものの、何かしらの法則が隠されているようでもあり、興味深い。
それから、ここに挙げた作品は、いずれも「見ることによって他の作画にも興味が移行する」ということを念頭に選んだ。
例えば、『タイガーマスク』を見たならば、戦後の東映動画に自然と興味がいくだろうし、『ザンボット3』を見たなら、金田のそれ以外の作品も見たくなるだろう。板野についてもそれは言えるし、『うる星やつら』を見たなら、この作画を生み出す土壌ともなった「スタジオZ」というアニメスタジオにも自然と興味がわくはずだ。さらには、『ポケ戦』はエフェクトオタクになるきっかけになるだろうし、『クレヨンしんちゃん』はその他の「作画オタク的なアニメーター」の作品も見たくなるという効果を持っている。
ただし、最後に選んだ『THE八犬伝』だけは、こうした例とは別に考えなければならないかも知れない。なぜならこの作画は、統一度があまりにも低いために、これを見た後に他の作画を見ると、どうしても物足りなく感じてしまうからだ。
しかしいずれにしろ、これらの作品を見ることによって、作画をさらに愛さずにいられなくなるのは疑いない。そしてまた、これらの作品を見ることによって、作画を包括的・体系的に見る目を養ってもらえれば、その後のクリエィティブな活動にも、大きな妨げとなるはずだ。
上に挙げた作品への理解は、以下に紹介する著作を読むことによって、さらに深まる。これらを読むことによって、ぼくは「作画を体系的に見るとはどういうことか」を学んできた。
ニート時代に読んだこの本によって、「作画とは何か」ということを、ぼくはを知った。
「作画は技術の集積だ」ということが、この本を読むことでよく分かる。何気なく見ていたシーンでも、その裏には、実にさまざまな技術や、それを開発してきた歴史というものが隠されていた。
アニオタが金田の何に驚かされたかといえば、それはやっぱり大胆に歪まれたパースにだ。金田のパースには、作画の本質が詰まっている。だからこそ、あれだけ多くのスタジオで多くの作画に、翻案されたり模倣されたりしたのだ。
ここでは取りあげられなかったのだが、大塚や宮崎が作画というジャンルに及ぼした影響にも、本当に大きなものがある。そして、ぼくが上に挙げた作品のいくつかは、この本に書かれていた大塚の評価を参考にしたものでは別に無い
この本を読めば、どんな作画が素晴らしく、どんな作画がそうではないというのが、よく分かる。その判定基準を知ることができ、審美眼を養うことができるのだ。なにしろ、あの大塚の言うことなのだ。これにまさる教科書は、他にはない。
【元ネタ】
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20091126/1259227980
※「伝説巨人イデオン」になってた所を「伝説巨神イデオン」に修正
※一部改訂してます
今から10年位前、大学生、ひとり暗い部屋で、馬鹿騒ぎの深夜番組から、「おはようございます」とニュース携えたアナが爽やかに挨拶する夜明けまでずっと、光るテレビ画面をひたすら眺めていた自分。
膝抱えて、ビクターのラジカセでスピッツの大宮サンセット聞いていた自分。
今自分がタイムマシンかなんかであの時に帰れるなら、今でも当時の自分に何て声掛ければいいか分からんが、よしよし大丈夫大丈夫だとひたすら頭をなでてやりたい。
ド田舎から出てきて、妙にプライドだけ高くて、東京の最高学府にぎりぎり滑り込んだはいいが、周りのあまりの賢さやリア充(当時こんな言葉はなかったが)の眩しさやオサレさに思いっきり打ちのめされる。
生来の引っ込み思案も手伝って溶け込めず、クラス仲間とも当然疎遠になった。
1年の終わり、ろくに出なかった第三外国語のテストの口頭試問で、優しい外人先生に、心から心配そうに「あなた友達いないでしょう」と流暢な日本語で言われたのを今でも傷みたいに思い出したりする。
何とかしようと真面目系サークルに入っても皆勤なくせに和気藹々も出来ず、ゼミもしかり、真面目キャラのくせに勉強ができるでもない。まさに準ひきこもり(当時こんな言葉は(ryだった。
んでもあのとき必死だったと思う。
悩んで悩んで自分何やりたいんだろうか、どうして友達できないんだろか、学校辞めようかでもせっかくこんないい所入ったんだしとも思うしうじうじ、でも行動もどう起こしていいのか分からない、授業に足を踏み入れればクラスメイトが散らばっててどの席座ったらいいのか分からない、食堂もどこ座っていいのか分からない、
卒論もお情け合格、就職するにあたっても当然面接落ちまくり進路も決まらず、最後は学歴だけで採用してもらったようなもんだが、まあ職場の人間関係にも恵まれたのか、今何とかこうやって生きていて、そう苦しくもなく、恋人は無論いないものの、中高大と合計して片手で足りるほどの友人と、たまに会ったりして今ではそれなりに心安い生活を送っている。
これくらいの年月生きてきて、ようやっと社会人として、いやそれ以前に人間として、他人とコミュニケートできる素地が育ってきたと思う、大学の同窓会にもやっと出られるようになって、当たり障りない話して笑えるくらいになった。
そして今大学時代を思い返してみると、大半の暗い思い出の中で、痛痒かったり楽しかった瞬間も思い出せるっちゃあ思い出せる。今は無き新宿リキッドへ初めて連れてってもらったよなーとか、文化祭で皆で夜中じゅう寄ってたかって変な食べモノ作ってたよなーとか、ゼミ旅行で酒飲んで初めて記憶失ったよなーとか、もう卒業だってんで好きだった優しい先輩に告白してうん、とだけ言われて玉砕したよなー、とか。
ビタースウィートシンフォニーっていう、ヴァーヴのヒット曲のタイトルがあるがまさにそういう感じ、90パーがビターで10パースウィート、昔は思い出したくもなかったが、苦さの中からスウィートのほう思い出せるぐらいには成長して、自分を卑下するには年を取りすぎたのかもしれんし、人生に耐性がついたのかもしれん。遅っ。
ネットでよく非コミュで大学辛いぜと泣きそうに笑っている人を見て、あの時膝を抱えて暗い部屋の隅っこでじっとしてた自分の姿とダブりまくって、ああ大学なんて人生の一部だ、あと10年も生きればなんとかなるなんとかなると頭をなでたくなってくる。
人生の輝かしい時期を棒に振ったと言われりゃその通りかもしれんが、うあああーと朝まで苦悩していた自分を思えば、今の時点からえらそうに後悔という言葉を当てるのも痛々しい程だから、せめて今の自分はあのときの自分を肯定してやりたいのだ。
1 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 10:40:05.47 ID:N6SNISSI0
お兄さんに話してみ
13 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 10:48:45.06 ID:RnBKeftY0
弁当は無くなるものと思うようにしてました
27 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 10:55:28.72 ID:GaNKx3DxO
よく机とリュックが南京錠で繋がれてて、毎回でかいニッパーみたいなの教員室から借りて切断してたwww
32 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 10:57:29.16 ID:lrMh3tBpO
ある日、帰ろうとしたら
34 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 10:58:03.76 ID:TK2TmyT00
体育の授業中に制服が隠されていて、
35 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/09/13(日) 10:58:38.84 ID:1QsoF5jT0
買ったもの壊されたり盗まれたりが一番きつかった
買ってくれた母ちゃんに申し訳なかった
だから高校時代は何か買ってやるって言われるたびに断ってた
39 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 11:01:02.22 ID:B7nDRcmp0
ライターで爪炙られたりテストでわざと悪い点数取る様に強制されたり
殴る蹴るは当たり前で、部室の中で行われてたから、ほぼ閉鎖空間、救いはない
気持ちが篭ってないと鉄バットでスネ殴られる、殴られてる時ゲロ吐いたらそれを飲み込まないといけない
女の前でオナニーさせられるとか普通にあった、生徒じゃない一般人にもやらせられた
授業中紙が回ってくる、命令書って呼ばれてた、そこに書いてある事しないといけない
「●●(先生の名前)話の意味が分からないから寝るわ!!」みたいな事書かれてたな
42 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 11:01:35.03 ID:pXuyziSY0
44 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 11:03:20.46 ID:lrMh3tBpO
眼鏡とか
「あw悪ぃwwww」
って言われて落とされて
「いけねww踏んじゃったwww」
って言いながら何回も踏み付けられて
粉々になったレンズを呆然とみてたら
「宮崎、早く片付けろよ!www」
とか言われて、泣く泣くほうきと塵取で取った中1の1学期
56 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 11:09:13.48 ID:lrMh3tBpO
DQN20人ぐらいに囲まれて、ズボンとかパンツ脱がされて捨てられて、ボコボコにされたなあ
なんでか理由はわからない
47 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 11:04:43.41 ID:hoPPnjogO
色々散々されたけど・・・
さすがにランドセルを自分が見てない時に、男子全員にサッカーボール代わりに蹴られてたのを目撃した時は死にたくなった
おばあちゃん(超ハイパースーパー苦労人)が孫にはいいものをって苦労して買ってくれた本革のランドセルなのに・・・
ひどすぎる・・・
と思ったら悔しくて涙出た
自分が刃物で刺されるとか、突き飛ばされて車にひかれたとかはまだ耐えられた
でも親が買ってくれた教科書や体操着や上履きがめちゃくちゃにされると、ほんと悲しくて死にたくなった
ってな訳で次の日自殺未遂を試みるも失敗
しかしその時に色々悟り、耐える事を選び、耐え抜き、今に至る
今は幸せだお(多分)
59 名前:47[] 投稿日:2009/09/13(日) 11:12:21.01 ID:hoPPnjogO
しまった小学校の時の事を書いてしまった
その時に車のライトのプラスチックが割れて目から口までの長いキズが出来た
(ちなみにメスです)
彫刻刀とキリで手刺されて右手親指のケン?が切れ、今でもちょっと動かない
給食は一週間に一回食べられればよかったかなあ・・・
66 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/09/13(日) 11:16:05.85 ID:ns7p+aCe0
78 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 11:20:49.24 ID:lrMh3tBpO
どっかからもってきたベビーカーに乗せられて
堤防を全力で突き落とされた俺と良い勝負だな
川はかなり岸が近いのに足がつかんし、さすがに死ぬかと思った
72 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 11:18:23.81 ID:lrMh3tBpO
ロッカーで思い出したが
誰かが置いたままだった、賞味期限を半年過ぎたおにぎりを食わされた
米じゃなくて、説明できんな、真っ黒よ
口に入れたら、あああああ……
手足をジタバタさせながら洗い場に直行
アレは死ぬぞ
79 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 11:21:34.78 ID:2Jkbm9pV0
修学旅行先でもあったな。
スキー場で雪に顔面押し付けられたり・・・・。あれはマジで死ぬ
いや、俺が死んでも奴らは笑うような連中だったからな
81 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 11:22:28.00 ID:lrMh3tBpO
服着たまま、いきなり岩から突き落とされたのも思い出した
83 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/09/13(日) 11:23:14.78 ID:DtbdjcPW0
125 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 11:41:38.53 ID:kx+azdTs0
男10人程度に呼び出され、集団でボコボコにされ、気を失った。
女子の悲鳴で目が覚めると女子更衣室の中。ガムテープで全身をぐるぐる巻きにされてた。
そのまま教師を呼ばれたんだが、教師も周りの女子も半笑い。
俺が「警察を呼んでください」って言ったら「警察?ばかじゃねえの?」って態度だった。
結局その件は泣き寝入り。
後日、「首つりごっこ」とか言ってごっこでもなんでもなく男数人に抱えられて
強制的に首つりをさせられそうになったので、今度こそ警察に通報。
その件に関わった奴らは全員退学になった。
137 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 11:49:51.06 ID:+jFDvmWz0
私服登校だったのだが
靴やらフードやら机やらに画鋲いれられた。
当時は勉強しかしてなかったからか成績がよかったため目をつけられたのかも
あとはいすにカッターの歯がささってたりとか。
150 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/09/13(日) 12:01:44.41 ID:4r3UA0QN0
書こうと思ったけどあまりにもトラウマすぎて手が止まった
153 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[sage] 投稿日:2009/09/13(日) 12:02:53.18 ID:oIqO8wg80
めちゃくちゃ辛かったが、このスレ見てるとまだマシな方だったのかなと思う
http://yutori7.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1252806005/より。
原画の時、何が必要だったのか。分からなかったことがいくつかわかった。
原画の人でここを見ている人はそんなにいないだろうけれども、
もしも参考に出来たら頭の隅にでも入れておいてほしい。
分かっている人には何当たり前のこと言ってんの、といわれるだろうけど。
1.頭身は合わせる
頭身合わせるのって難しいけど、これが出来てるかどうかで作監作業の楽さは段違い。
特にロングの時は頭身が合ってないだけで全修しなければならない。
絵だけで見ればかわいいのが描ける人とかでも例外ではないので、もったいない。
動きも何もかも書き直しになってしまうので、みんな不幸である。
作監作業が楽だということは、レイアウト戻しも早く出せるので原画さんにもメリット高し。
これに関しては以後の項目も同じことが言える。
2.キャラ対比に頭の位置を合わせる
姉キャラより妹キャラのほうが頭が高い位置にあったら変だ。というのは極端な例だけど、そういうこと。
バストアップの時には特にコレに気を使ってもらえると助かる。
これがアイレベルからズレている場合、キャラの位置とか上下ずらしてーとかで誤魔化せることもあるんだけど、
下手するとキャラから背景から全修だったりする。
3.キャラ配置などがコンテから逸脱しすぎない
コンテはレイアウト発注書みたいなものなので、
上記二つに気を使っていたとしてもコンテと違いすぎると全修になってしまったりもする。
コンテを読む力っていうんだろうか。上手く言葉に出来ないけど。
ぶっちゃけ、最近は絵コンテ自体を上手い人が描かれる事が多くなったので、
そういうコンテの場合、コンテ拡大コピーを元に絵作りしてもらったほうが助かったりすることもある。
とか書くと怒られちゃうかしら。
4.絵に愛を持つ
もう精神論なんだけど。でもこれはじわじわくる。
やっつけで描かれたレイアウトとか、なんで修正しなきゃならんの、とか思っちゃうけど、
例え全修しなきゃならないって状況でも、その絵に愛を感じたなら、作監からその原画さんに対しての敬意も違う。
それは作監修正に自然と反映される。愛のある絵は、よりそれを活かしたくなる。
他にも色々あるんだろうけど、特に1と3は気を使ってもらえると、TVアニメでの作画としてはだいぶ楽なのではなかろうか。
ただ、これは日常アニメの時に重視することであって、アクション重視のアニメだとまた求められるものが少し変わってくるので、
それはまた別の人の話を参考にしてもらいたいなと思う。
あと、1.2を立てれば3が立たず、となることは例外的とはいえよくあることで、その場合は
コンテの配置を重視してパースの微調整をしていく、となるか、
コンテの文脈を読み取ってその雰囲気を守った上、演出様確認の上でまったく違うく変えてしまうとか、
コンテの配置重視でパースを無視してしまうか、とかに分かれていく。
頼むからお願いだから本当にお願いだから、背景の書き方講座とか作ってほしい。
自分はキャラしか描けなくて背景絵師をほんっとーに心底羨んでるorz
アイレベルとかパースとか、基本的な理屈はいくらでも本なりネットなりで調べれるけど、
空気遠近法だとか細部の省略だとか、色彩やタッチを画面全体でどう調和させればいいのかが本気で分からない。
画面全体で一枚の絵として完成している感じの、
キャラも背景も神レベルに上手い人ってそれほど沢山はいないと思う。
数で比べれば背景講座は随分少ない。
気が向いたらぜひとも・・・
続き!
確かに下手でも全部自分で描くべきだったんだよね。
よく考えてみたらキャラ描ける人に結構劣等感があったんだと思う…。
どうしても背景だけじゃ二次創作物になんてならないもの!
どんな背景でも(絵本風とかリアルとか筆絵っぽい和風背景とか)私は対応して描いてること
そのコは知ってるハズなので(パースだってちゃんと合わせるし!)それでも駄目なのは自分
の描く絵の世界に手を出して欲しくないってことだよね。
そのコが背景全く描けないの私は知ってる!
(もしくは私がそのコにとっての及第点でないか)
なので私は随分勝手なことを言ったのかもしれない…。
まぁ一冊本つくろ!なんてお金掛かったりする大層な話でなく単にサイトに乗せる落書きじみた
イラスト一枚のおはなしなんだけど。
うーーん、なんか描いたキャラ見せられて「すごいー」てなるようにはなかなか背景は思っても
らえないのかな、あんまりキャラ描きさんには見せたりしない方がいいのかな、やっぱ興味ない
よね、とか悩んでしまったので単にそのへんが知りたかった。
自分だったらの話で。
キャラクターを目立たせたいのに、背景に目が行ってしまう(背景に邪魔される)のを嫌う。背景だけがいいなどと評価されたくない。
キャラクターを描くときはイメージを持って描くので、そのイメージが変わってしまうと困る(逆に、面白い作品が出来る可能性もあるけど)。
パースをきちんと取った背景を描かれると、キャラクターのバランスの狂いがモロバレ。いい加減に描いているのが丸分かり。
絵の中の軸構造、対称・非対称、場合によっては視線誘導を考えてあるのに、背景を書き込まれることでバランスを崩されると困る(などと本気で言えるほど上手くはないけど)。
こんなところでしょうか。
互いにガチ(とことんダメ出しOK)でやるか、互いにゆるゆる(評価?なにそれ?)でやるか、どっちかに振れれば上手くいくかも。
自主アニメやゲームなど、背景絵師が必要なフィールドはたくさんあります。
キャラ絵で背景が嫌われるとなると原因はいくつか考えられますが……
アイレベルやらパースやらを背景と合わせないといけません。特にアイレベルあわせって面倒臭くないですか?
また、同人CGだと視点やらパース自体に独特のデフォルメを効かせている場合があります(おっぱいが大きく見えるようにおっぱい接写で口径の大きなレンズを使うとか)。
単純にアイレベルがチグハグなキャラ絵を描いてる事が悟られるのが嫌な人も居そうな気がしますが。
経費の負担、収入の分配など、複数人になった時点でえらく面倒臭くなります。それが嫌だから個人活動しかしない、という同人屋さんは結構多いのでは。
僕も基本的には個人でやってますし、他人の企画に乗っかる時は「払った経費は返ってこない事を前提に払う」「収入は”表に見せてない経費がいろいろかかってるだろうから、主催が持っていっていいよ”と言って受け取らない」を徹底しています。
また、締め切りの問題、出すのが面倒臭くなったり別ジャンルに鞍替えなども、個人なら自由ですが複数人だとそうもいかなくなります。
同人CGでオリジナルって相当少ないと思いますが、オリジナルで頑張ってる人は、自分の作品という思い入れが強いでしょうから、背景なりとも他人の手が入るのは許せないのでは。
で。
(1)と(2)が同じぐらい強いんじゃないかと思います。(3)は弱いかな。
最初に書いたとおり、背景絵師はゲーム関係で引っ張りだこになると思うので、活躍しようと思ってるフィールドが違うんですよ。ゲーム同人の方で頑張ってみては。