はてなキーワード: ジリ貧とは
日本はご存じの通り一度雇用したら解雇するのは難しいし、給与を下げることも難しい。
中小零細企業では別だが企業規模が大きくなるほどこの傾向は強い。
つまり、いまこのタイミングで大手企業に高めの給与で転職できれば
この先、少しぐらい景気が悪くなっても会社が潰れることも解雇されることもなく、減俸されたとしても僅かな金額だろう。
一方、小さなベンチャー・スタートアップはあまりおすすめできない。
「なんとなく良さそう」という理由だったり、露出が多くて楽しそうな雰囲気だから決めるというのは危険だ。
いまは VC 投資が活発なので社員数名で尖った会社や勢いのあるスタートアップが話題になるが、この先の見通しは暗いと感じる。
VC 間の競争が激しくなり出資に入り込めない、またはシードとは名ばかりの個人への少額融資みたいな案件が多く回収見込みが薄くなっており
ニッチな分野を攻めるように20代前半に限定した VC の出現などプレイヤーが飽和状態になっている。
数年のスパンで考えたとき、この先の景気動向によっては次ラウンドの調達ができずジリ貧になるスタートアップが続出すると思われる。
たつきくんへ
いやあ、君を信じでよかった。2年間信じてたんだ。
じつはね、10話までは見るの苦痛だったんだよ。なんか画面が暗くて主要キャラの赤色が見づらくて、ストーリーも緩慢だったと思ってたんだよね。
主人公たち御一行は水不足のジリ貧でカワイソで見てるのが辛かったよ。なんか謎は散りばめられてるけど、あまり前に進んでいる感じがしなかった。
このころぼくは「ああ、たつきくんは終わったんだ」と思ってたよ。かつての熱狂はけものフレンズという特異点で奇跡が起きてただけだったと絶望しながら惰性で見ていたよ。
それで、11話。あそこから、きみの真価が発揮されてなるほどと思った。これまで暗かった視界が一気に開けるカタルシスを感じたよ。
きみはまだ、枯れてない。すごい作品が作れるすごい監督なんだって、誇らしく思ったよ。
君がすごいのは主人公のピンチを我が物のように感じるくらい物語の中に視聴者を引き込んでいること。正直最終回前はドキドキして、手に汗握ったよ。そして、最終回を見て泣いた。
そして安っぽくなりがちな「自己犠牲」を物凄く美しいものとして表現できることだね。
こうして困難を乗り越えて初めて、すごくキャラたちに親しみを感じた。
物語の結末を知ってから、エンディングテーマがメチャクチャ好きになったよ。
きみは、けものフレンズの焼き直しをきちんとケムリクサでやってくれたね。
まず主人公は自己犠牲のためにピンチに陥り、次に主人公を助けるためにこれまで出会った仲間たちが集結する。そして最後に、主人公は救済されつつピンチを切り抜ける。物語は更に続く可能性をのこして終わる。
いいんだよ、これで。ぼくたちが待っていたのはこういうアツい展開を丁寧な構成で描き出してくれることだったんだからね。
これで、このやり方は2回めなんだけれど次はどんなものを見せてくれるのか、楽しみにしているよ。
蛇足だけれど、けものフレンズ2は骨格を失って想像で作ったエセ剥製みたいだし、ケムリクサは骨組みに別の毛皮をかぶせて作ったキメラみたいだった。
だから、きみの場合はキャラとか背景とかを他の人に作ってもらって限られた枠の中でオリジナリティを発揮するほうが良いものが作れるんじゃないかな。困難がよい仕事をもたらす稀有なタイプの人だと思う。
おそらく不動産業からしてみれば新築こそ志向ということなのだろう。
それより経年劣化したからと新築を建ててもらったほうがいいのだろう。
で、売った後のことは知ったことではないという感じだ。
そこに目をつけ不労所得を求めた人たちが賃貸マンションを手に入れる。
だが今度は一人暮らしが以前ほどは求められなくなってきたようだ。
家主になれば人の上に立って己が身の安全を確保することができるはずだった。
しかし人の上に立っても土台が崩れれば駄目になる、ということだ。
もしもメタボリズムを真面目に考えていれば時代に合わせたアレンジが容易だったはずだ。
たとえば、防音性だとか、ペットだとか、今の時代に即した変更ができたはずだ。
もったいな。
完全に貧乏思考に染まってて、余裕のある生き方を拒絶するのな。
この人は結婚できても、わざわざ自分が苦労する人しか選ばなさそう。
「苦労しないといけない」というのは日本人の美徳なのかもしれんけど
苦労なく同じだけの価値を提供できる能力や身分を持ってることも十分評価されるべきなのに、
能力や身分の無さを労働時間や苦労で補おうとか言ってるから日本の生産性は上がらんのだよ。
みんなが楽に生きれる社会を作ればいいのに、わざわざ苦労する生き方を選んでジリ貧になる人多すぎ。
まぁ、その人は「苦労を知らない人」に写ってるんだろうけど、
その人も苦労や努力でやっとつかんだ立場だっていうのを見てないならただ残念だな。
まぁ、逆境の時にどういうことをする人かは見た方がいいけどな。
絵描きとしてデザイン、イラスト、漫画など様々な業種に携わってきた身で、これは重要だと感じること
・自分の代わりはいくらでもいるが、クライアントと「今、ここ」を共有しているのは自分しかいない。縁は大事に。
・自分の実力など大したものではないが、だからこそ伸びる。自分に厳しくしすぎず、だが甘やかしてもいけない。
・注力すべき眼前の仕事と、中長期的に目指すビジョンを並立させる。中長期的なビジョンがなければ、ステップアップのチャンスを見逃し、ジリ貧になる。
SNSで世界中のクリエイターを総覧できるこの時代に、オンリーワンであり続けることは難しい。
代替可能でも、さほど重要でなくとも、自分はクリエイターをやっていていいのだ。
そういう靭やかで弾力性のある自己肯定感を持った(合理化がうまいとも言う)人が
なにを当たり前のことを、と思われるかもしれないが意外とこれが理解されていない。
自尊感情を拗らせて攻撃的になりクリエイターや業界の「べき」を論ったり
中国は一対一路の失敗でジリ貧だしアメリカに貿易公益を受けて日本にすり寄っているような惨状だし、韓国なんて反日で自滅して北朝鮮へのすり寄りでアメリカに嫌われTHAAD配備中国にも嫌われて、結局日本がいちばんマシなんですよね。中国は明らかにアメリカの軍事力+自衛隊の軍事力を恐れていますから。
ただ、私としてはアメリカ軍に頼らず日本は核武装原潜を複数所有して、相手国に致命的なカウンターを確実に与えられる態勢をゆくゆくは整えるべきだとは思いますが。
また、アメリカよりはるかに暮らしやすい日本という国があり、アメリカでは医療費での破産が極めて多く銃による犠牲も多い中、日本は本当に恵まれている。
歴史を見れば、朝鮮人は日本に感謝するべきなんですよ。縄文時代のような生活をしていたのを、日本が莫大な投資、日本人による指導で学問レベルも医療レベルもインフラレベルも飛躍的に高まったのですからね。韓国人のすべての基礎は日本人が作ったと言っても過言ではない。
それに、日本は韓国や中国を侵略したのではなく、欧米列強から"保護"していた。白人が植民地支配した土地の黒人や黄色人種をおおぜい殺害、レイプしていた事実は明らかになっているのですし、イギリスなんて国をあげて中国に大量に麻薬を売りつけるというナチスもびっくりの蛮行をしている。
日本がしてきたことがいかにそれらと比べて穏やかで、むしろ原住民の生活レベルを引き上げるポジティブなものだったかなど、歴史を客観的に見ればすぐにわかることでもある。
本来、中国や韓国は日本に感謝して、その恩を返すべきなんですよ。
朝鮮人は日本人に恩を感じる筋合いはたくさんあるにも関わらずおかしな反日教育洗脳を受けており素行も暴力的なので、朝鮮人による放火、略奪、強姦等があったという話はとても現実的。
実際、韓国の治安は日本より遥かに劣悪ですからね。その韓国の治安に反日洗脳がプラスしたらどうなるか? 当時、日本人が暴力的な朝鮮人を恐れ、敵視したのは当然のことです。
そしてもう2018年になり、もはや2020年ももうすぐ。中韓は日本が中韓を欧米列強から保護していたことに恩義を感じながら、共に友好的な関係を築いていくのが本来の姿であり、目指すべき環境と言えます。
フェミニズムは強い女性を増やそうとしてるんだよね。ところが、強い女性を増やすと弱い男性が増える。男と女はゼロサムゲーム。男も女も上昇できる、「ちょうど良い中間点」というものは存在しない。ゆえに家母長制の世帯が増えなければ、基本的にこれからの世界はジリ貧でしかない。日本マクドナルドのサラ・カサノバ社長は自分よりグレードの低い男と結婚し子を成しただろうか?それとも、カサノバですら自分と同等、あるいは自分より上の男を求めたのだろうか?それとも彼女は独身なのだろうか。
田舎なんてぜんぜん好きになれないと思いながら、妻の実家に住むようになって5年。家は農家をやっているので、この季節になると米の収穫にまつわるイベントが次から次へとやってくる。
とうぜん自分も労働力にカウントされてるので、この週末も籾摺りという米作りの最後の工程に徴集された。何だかんだと人手がいるので、妻の妹とその義理の父母も呼ばれてるんだけど、ほかに男手もなく、普段はプログラマーとして座ってるばかりの生活をしてるだけの自分がそこそこ主力の戦力になってる事態がおもしろい。というか過疎と若い担い手不足ってやつなんだろうな。
籾摺りというのは籾殻つきの米をナントカして玄米にする工程で、収穫して乾燥させた米が材料になる。夜じゅう乾燥機がぐわんぐわん立てる音と灯油の臭いも好きなんだけど、いまは籾摺りの話。文字どおり山のようになった米を籾摺り機? に供給し、計量機で計量された玄米を30kgずつ袋に詰めていく作業だ。
義父はさしずめプロジェクトオーナーといったところで、籾摺り機や計量器から出る米を随時チェックしつつ、大量に排出された籾殻の袋を次々取り替える。おれは最後の袋詰め係で、出来上がった米袋の口を縛っては積み並べていく。いちおうペア作業なんだけど、相手は還暦こえているので、途中から作業を少し休んでもらった。次回はもうちょい若い人連れてこないといつか破綻するのだろうと思うが、義父は作業を知ってる人じゃないと呼ぶのが面倒なのらしく、ジリ貧だなあと思う。
自分は袋に定量が溜まるまでは空き時間なので、ほかのパートを手伝ったりする余裕がある。(おそらく大きさや重みが足りない)くず米として別に出た米を運んだり、籾摺り機に米を供給したりするわけだけど、見たところこの供給部分がボトルネックになっていた。籾摺り機のキューというのかバッファというのか、原材料を受ける口になっている部分が小さくて、米を運ぶ人間のほうが、それが捌けるのを待つのにかなりの時間を使ってしまっていたのだ。籾摺り機の設定を変えれば処理速度は上げられたはずなのだけど、義父はそのボトルネックに気づかないのか、そもそもその設定を変える気がないのか(たとえば供給がだぶつくことよりも足りなくなることのほうが致命的であるとか)、設定を知らないのか、というのが分からなかったし、機械は轟音を上げているので会話のコストが高かったし、何よりもこの作業自体に当事者意識をまるで持っていなかったので、何の改善提案もする気が起きなかった。そういうのは平日職場でやるだけで十分だ。……と思っていたけど、書いてたら気が変わってきたので、来年は言ってみよう。覚えてたら。
仕事が終わって、数えてみると1トン近くの米を運んだことになっていて、これは去年も思ったことだけど、トンなんて単位にこの身が直接関わることがあるのはこんな時だけである。義父は何十本できたということは何石やな、とか言ってて、はーこれが一石か、加賀百万石とは大したもんだな、と思ったのでもあった。