はてなキーワード: 秘密基地とは
ネットがつまんないのは自分の感性が鈍ったからというのは間違いない。
今もネットは面白い。面白い体験談や知識がバンバン入ってくる。
でもなんか違う。好奇心と探求心がわかない。
Twitterで滅茶苦茶上手いイラストが流れてきてもいいねして流すだけ。ベルトコンベアみたいに。
作家の個性が見えた同人サイトがpixivに移行した時も同じ型におさまったと感じたが今よりはマシ。
アイコンとヘッダーとツイート。完全に現実の日常と一体化した。
嫌なら見るなよってのはわかってるしもう見てない。絵描きは日常ツイートするななんてアホな事言うつもりはない。
最初は憧れの作家も自分と同じ空の下に居て生活を送ってるんだな、と感じるのは楽しかった。
ただ今はそれがすごく狭い。暴かれすぎている。
「絶望の世界」のICQやらポストペットの下りを読んでるとたまらん。
あの異次元に繋がってる感じ。
[追記]
もっと正確に表現すると「厨二病で非リアにとって今のネットは退屈」だと思った。
「リアルワールドとは別の、怪しいワールドが広がっていて欲しい」という異世界願望が満たされなくなった。
「選ばれた者だけの秘密基地」「こんな時間にアクセスしてるおまいらw」みたいな厨二病ごっこの相手が居なくなった。
最近「こども食堂」が流行ってて地域の子持ち家族や高齢者との憩いの場のなってるって記事を見たので、それ見てKKOや引きこもり対象の「オトナ食堂」ならぬ「おとなの秘密基地」を作ったら面白いんじゃないかと思った。
イメージとしてはpha氏が運営してたギークハウスみたいなもんだが、実際の住むわけじゃなくて定期的に場所を提供してもらって最初は隔週でやってもらう。
役所にある引きこもり支援センターに金をちょっとだけ提供してもらって、平日の昼過ぎから夕方前くらいまでで使える場所見つけてピザとか惣菜食べながらいいオトナがダラダラできるところ。
ポイントとしては決して「早く仕事しろ」な雰囲気は出さずにとにかくダラダラ過ごすだけ。慣れてきたら「ガンプラ作るデー」とか「近所で集めた中古パソコン集めて備品寄せ集めてジャンクパソコン作る」とか「みんなでボードゲーム」とかイベントもする。まぁ例に挙げたのは俺がやりたいことだらけなんだがw
スタッフは引きこもりで悩んでる高齢の母親とか、あとそれこそこれを仕事としてメンバーの誰かを雇ってやらせたらいい。スタッフに簡単なつまみとかピザとか飲み物とか用意してもらって、家にも社会にも居場所がない連中がとりあえずダラダラ過ごせる場所を作ろう。
てか普通に楽しそうじゃね?だっておっさんになって結婚したら家でゆっくりガンプラなんか作れないんだぜ?悪くないアイデアだと思うからだれかパクっていいからだれか実現してよ。できたら俺も仕事ないときに顔だしてじっくりガンプラ作りたい。
横だが言わせてくれ。
社会のシステム上、お金を稼がなければならないのは間違いないだろう。
「作る喜び」・「考える喜び」・「共感し合う喜び」・「感謝される喜び」等々は、
「貯金通帳の数字が増える喜び」を引き立てる脇役に徹しなければならないのだろうか。
増えゆく貯金通帳の数字を眺めたり、その増加率を人に見せびらかして至高の快感が味わえ、
それ以外のものは何もいらないのが人の性だとしたら、お金を稼ぐことが主役でもかまわないだろう。
けれども、小学校の頃に友達と一緒に雲を追いかけながら、まだ見ぬ場所を探検し続けた日々を忘れないで欲しい。
実際のコンテンツを題材にすると面倒なので、例え話として書く。
その「秘密基地」はA公園の裏山の断崖絶壁をよじ登って到達しなければならない。
「秘密基地」に入れるメンバーは承認制であり、そこには色々なルールや役割分担が存在している。
人目に付かない場所なので、A公園では禁止事項の花火やサバゲー、飼育や工作、エロ本収集など何でもできる。
危険で粗野だが、クリエイティブな遊びが日夜そこで開発されていた。
当然、「秘密基地」なので緘口令によりごく一部の男児にしか認知されていない。
その「秘密基地」の存在を嗅ぎ付けた女児達が「私達も秘密基地を使いたい!」と騒ぎ始めたとする。
女がなんらかの壁や障害物に直面した場合、「自らの力で超克しよう」とは考えず、
「壁や障害物があるのが悪い」「力のある第三者が取り除いてくれるだろう」という思考に至る。
・「私達も秘密基地は使いたいけど、あんなに危険な断崖絶壁は登りたくない。」
・「男達だけ遊べてずるい。力のある男達が断崖絶壁を登り易く整備するべき。」
まず、女達は上記のような事を言い出す。全てが他力本願であり、自らの労力を差し出す気骨も根性もない。
そもそも「断崖絶壁」が参入障壁として機能しているからこその「秘密基地」だったはずだ。
その「断崖絶壁」を取り除け、というような荒唐無稽な事を言い出す。
怖い先生に言いつけられては困るので、男児達は泣く泣く断崖絶壁にロープを垂らしてバリアフリー化を行うはめになる。
自分たちが使う分には何も困っていなかったのに、だ。
次に女達は「この秘密基地は限られた人達でなく、もっとみんなが遊べるようにするべき。」などと言い始める。
耳触りの良い素晴らしい御題目であるが、この時点で当初の「秘密基地」という目的と限定性が失われる。
バリアフリー化された「秘密基地」には下級生や他校の連中などが引っ切りなしに訪れるようになる。
当初存在していたマナーやルールは正しく伝播されず、「秘密基地」はどんどん荒廃していく。
古参の男児達はこの状況に辟易して、この時点で撤退してしまう。
「秘密基地」で遊ぶ子供達は増え続け、付近一帯でその存在を知らぬ子供はいなくなった。
組織運営や役割分担、ルールづくりといったものが必要になってくる局面だが、
前述の通り女達は面倒くさがり・他力本願なのでといったこの類の作業は徹底的に避ける。
各々が好き勝手に振る舞った結果、断崖絶壁から落ちて大怪我をする児童が出てきてしまった。
「秘密基地」の存在は大人達に露見、「秘密基地」への入口には有刺鉄線が張られ、見張りが立つようになった。
こうして「秘密基地」で育まれつつあった男児達の独創性はみごとに消滅しました。めでたし、めでたし。
個人的には逆じゃない?!って思う
都会で子育てをしていると、公園くらいしか走り回れる場所がないことに気づく。
子どものころを思い返してみると、地元にいたら海や山はちょっと行けばあったし、自宅の庭でも走り放題。
裏山に行ってタケノコなど旬の味覚をとることもできた。
学校の帰りに山道を歩いて小冒険するのはいつものことだったし、友達と秘密基地を作ったりもしていた。
小学校も学年が上がるとあまりそういう遊びをしなくなって、本を読んだりするのが楽しくなってきた。
だから、小学生になるまでに鳥取より、中学生になったら都会だけど、小学生のうちは田舎の方が遊び方にはあってると思う。
...いや、都会の幼稚園ってワイが田舎でふつうにやってたことを「自然と触れ合える」みたいにアピールポイントにしていて、ウケるなーって思って。
でもさ、都会って"自然"でもいいから求めるくらい、小さい子供が思い切り遊べる場所がないんだよなーって思う。
外は道路に車が走っていて危ないし。
公園はずっと人多すぎだし。
鳥取って言ってもよっぽどの山の方じゃない限りそんな気軽にカブトムシ取りだの秘密基地作るだのなんだのはできないよ
山があったところで地形とかが遊びに適してるとは限らないし
海は海で日本海は波が荒いから小さな子どもだけで遊びに行くイメージがない
子どもが「行ってきまーす!」って単身飛び出して徒歩圏内に何があるかが大事
商業施設があるような場所から離れた住宅街とか中途半端なところに住むと子どもは親に車を出してもらわないと川や山での遊びもイオンでの買い物も何もかも自分の自由ではできない状態になるから
親がノリノリで「キャンプ行くぞ!!お父さんの友達も一緒だからな!!」みたいな感じで人のいる場所に積極的に連れ出してやらないとどんどん引きこもりになる
もし親がアクティブでも鳥取は雨雪曇りの日が多いのでげんなりすることになるだろう
あとはてな見てて思うのは都会から来た人は田舎の人間の民度というか程度の低さに凄くびっくりすると思う
家の中が本で膨満してしまい、足の踏み場もない。
本を床に敷き詰めて、一段高くして絨毯を敷けばいい、と一瞬考えたがそれじゃあ本が取れない。
そこで、安いマンションを一室借りることにした。
金銭的には問題ない範囲だ。月1万7千円の部屋を見つけている。
本を置くだけの部屋だ。
つげ義春のマンガに、交際相手? の女性に黙って部屋を借りる話がある。
臥所に寝転がり、煙草を吹かす。
その内に交際相手に露見し、最後には母親も連れて来られてしまう。
秘密基地、みたいな期待がある。
日中に本の整理をしてちょっと寝転んで、普段住む地域とちょっと異なるその場所で、ちょっと気分転換する。
楽しみだ。
いや、好きな作品を人に勧めたりはしないでしょう……。
好きな作品は決して誰にも薦めたりなんかせず一人っきりで楽しむものです。
「秘蔵の品」「隠れ家」「秘密基地」「とっておき」……、そういう心理ですよ。
嗜好品なんてものは「理解されない」くらいがちょうどいいんですよ。
知り合いに薦めたとして……、もしも受け入れられてしまったら?
所詮「俗人に受け入れられる」程度のものでしかなかったことになるわけです。
理解されてはしまってはいけないんですよ。特別性が喪失するわけですから。
そうなってしまえばゴミですよ。好きな作品がゴミになるリスクを犯せと?
おかしいでしょう?矛盾してます。そんなのは本質的には冒涜行為ですよ。
結果として、打ち切りになったとしてそれは仕方のないことです。
悪いのは「売り上げ至上主義」だとか「見る目のない編集」ですから。
下手に死に損なってゾンビのように引き延ばしされるよりも高潔な死を!
読者は打ち切りになったとして「自分のせいだ」なんて思いませんよ。
そもそも「自責の念」を商用利用しようとして、うまくいくわけがないじゃないですか。
以上を踏まえたうえで読者の宣伝に期待するとどうなるでしょうか?
他人に薦められるのは「理解されてしまっても惜しくない」程度のものだけです。
で、毒にも薬にもならない薄くて刺激のない作品が世に満ちることになるわけです。
なんか編集者という人種はこの辺が一般国民とズレてる感じがしますね。
押入れの中秘密基地みたいになってんのか?
政令指定都市的な街の中心から、電車で10分のベッドタウン的な駅だがや。
駅徒歩10分以内のまあまあ便利なマンション。
買い物は駅前へ。
2000万ぐらいで、水回りリフォームしたのでプラス300万。
バブルの最後ぐらいに建った奴で買った時には10年ぐらいの中古。(新築時は倍ぐらいの値段したらしい)
当時の年収400~500万ぐらい。
駐車場、共益費、修繕積立とやらで月に4~5万持ってかれる。
子供増えたけど駐輪場が足りて無く、キャンセル待ちとか抽選だったり。
理事会の対立。(老後も住む予定のガチ管理勢と管理会社に任せとけ勢、管理したいけどできないお年寄り勢)
機械式駐車場に空きが多い(近くに安い平面がある)→点検、修理費がペイできない
火災報知器の点検とか排水管洗浄とかで強制在宅イベントが多発。
火気管理の講習行ったり防災訓練の計画立てたり、事あるごとに相見積もりとって説明受けたり理事会活動煩わしい。
ネット回線とかケーブルテレビの設備点検とやらでセールスマンを家に入れないといけない。
家でカナヅチが使えない。
なんだかんだ固定資産税は持ってかれる。(年に14~5万ぐらいか)
管理人(掃除とか雑務)に外れ人材が多く、すぐに誰かが文句言うからすぐ入れ替わる。(バカッターほどではないがダメな管理人はてんでダメ)
色々脱法的なことやって凌ぐのが常態化。
脱法しなきゃ金かかるし脱法が度を超すと後々問題が出てくるはず。
さすがに老朽化した際に建て替えってなるときのビジョンが全く見えない。
大規模修繕時は日光も当たらず、ベランダ使用禁止で部屋干しを強いられる。
ベランダに布団干せない(干せるけど外から見えたらだめという謎ルール)
いざという時に変形してロボにならない。
地下に秘密基地がない。あるのは物置。
マンションが買えた
母の実家にはにわとりだかうこっけいを飼っている鳥小屋があった。
ベニヤ板とトタンと金網で出来た本当に簡単なものだったし、多分今入ればとても狭く感じるのだろうけれど、当時はそれこそ年齢が2桁に到達すらしていなかったので、秘密基地のような感じがしていた。
もちろんその秘密基地には私にとてつもない威嚇をしてくる鳥たちがいたから、私は鳥小屋に近づくことこそすれど中に入るのは祖父母が餌をあげに行く時か、本当に早起きできた朝の卵を取りに行く時だけだった。
タバコもお酒も揚げ物も大好きで、癌になってしまう条件は揃っていたし、さらに彼は病院が大嫌いだった。検査で癌が見つかった時には恐らくもう手遅れで、入院は緩和ケアのためだったのだろうと今は思う。
私が上座に座っている祖父の膝に上がると、よく煙を円の形に吐き出してみせてくれた。私は優しくて楽しい祖父が大好きだった。
祖父が亡くなったあと、正月か葬式か月命日か覚えていないけれど、祖母が毎日行っていた鳥小屋に行かないのに気が付いた。私は寒くてほとんど家から出ていなかったから、鳥小屋には行っていなかった。
祖母に「卵は?」と聞くと、彼女は「鳥は野良犬に食べられちゃったんだよ」と言った。
初めはひどい野良犬!と憤慨していたが、鳥小屋には鍵が必ずかかっていたし、特に鳥小屋に壊れているところも見つからなかった。けれど特に祖母を疑う理由も見当たらなかったのでその時はそれでなあなあになってしまった。
本当に野良犬に侵入されて食べられたのか、どこかに貰われて行ったのか、それとも、いつかの私たちのご飯になったのか。今さら聞くことでもないから聞けずにいる。
でも多分あの時の祖母にとって鳥小屋の鳥が消えたことはいいことだったのだと思う。
ただでさえ祖父に遺された家や田畑は祖母の手に余っていた。卵代が浮くとはいえ餌代もバカにならなかったであろうそれらは、祖母がひとりでの生活を固めていくには負担が大きかったのだろう。
小学校2年生の頃の話。
床オナを幼稚園年長組で習得した俺。それ以降、親に秘密基地ごっこと偽り、押入れの布団の隙間に埋もれて床オナすることに明け暮れていた。完全にオナニーを覚えた猿状態だったが、同時に、そんな自分をどこか異常に感じていた。
ある時、唐突に勃起が何かの病気のサインだったら…と不安に襲われた。
これには小さい頃から病気がちだったこと、アンフェアの篠原涼子が暴力を振るわれるシーンに異常な興奮を覚える自分の性癖をメタ認知したことが背景に挙げられる。
だから俺は母親に洗いざらい話して訊いてみることにした。今思えば無知ゆえの暴挙である。
俺は正直に全てを語った。
「カードキャプターさくらのさくらちゃんがやられるシーンが頭から離れない」
「ふしぎの海のナディアのナディアが酷い目に遭っているのを見るたびにおちんちんが熱くなるんだ(ここでエレクトしたブツを見せる)」
母親はキッチンで料理をしながら俺の話を聞いていたが、途中からその手を止めた。僕の目線の高さまで腰を落とし、目を見ながら頷いていた。少し悲しげだった。
俺の話を聞いた母親がどのように答えたのか。表情も、握られた手の温もりまで思い出せるのに、それだけが記憶から抜け落ちている。