はてなキーワード: えことは
「つまらない奴はネットに書き込むな」って言う奴いるけどむしろ逆だと思う。
性癖がおかしい奴ほどオナニーで発散していけってのと同じだよ。
例えば増田なんて本当にそれに向いてるんだよ。
レス乞食のためにキチガイ言動繰り返したって基本そこで終わる。
でもこれがブログだと、いつの間にか互助会初めてネットを本格的に汚染したり、心の隙間を見つけられてまとめて変なカルトに引き込まれたりする。
Twitterなんかだと目立つためにガセを流し初めたり繰り返しの粘着で賠償請求とか起こる。
ブクマなんて10000集めてもそこで終わり。
誰もお前を「あの〇〇さん!ファンです!」なんて言わん。
例のコンビニ店長とか嘘松ブロガーだって、増田で連載してたらその個性を覚えて認知されることなんてなく、ネットのモブで終わってた。
モブとして終わりつつ、適度に承認欲求を発散出来る増田こそつまらん奴に向いてんだよ。
無限に道化を演じるうちにいつかはロープを踏み外して真っ逆さまだ。
悪いことは言わねえ。
お前が自分をつまらねえと思うなら増田てつまんねえこと言ってたまに50ブクマとか貰って調子に乗ってろ。
それが結局みんなで幸せになる道なんだ
菅は総理になりたかっただけで特に何かをやりたいとかはなさそう
汚職して金が欲しいとか酒池肉林したいとかではなくてほんとに総理になって周りにちやほやされたかったんだなって感じる
携帯代金とか高齢者医療費、ハンコ、不妊治療とかやってきたことをみるあたり若者が好きで尊敬されたいんだろう
完全な悪ってよりは周りが接し方を間違えて、利権のしがらみに囚われて、コロナの惨状で何もできていない感
根は若者が好きで、若者のための日本を作ろうとしてるんだなと感じるから平時だったら少しでも若者のためになる政策思いついたらなんでも実行してただろう
先週は書いそこねたから今回はチェックした
でもこnyゆゆはびみょうだったからけっきょくなにもかわずにおわった
まよったもの
ps4
テイルズオブベルセリア 1999→おもろいらしいが35にもなってテイルズはsんどい さいごにやったのはデスティニー2 つかまともにkラしたhのファンタジアとエターニアだけだわ アビスおもしろいときいてあけどけきょくしなかった
ベルセルク無双999→ キャラいろいろいるけど実質的にガッツ無双ってのとps2で無双もどきのをもうやったことあるからいいかなって 安いってのがひかれた理由
13きへいぼうえいけん→5500くらい セールなのにやすくないからボツ やりたんだいけど
ドラゴボふぁた¥ず無印999→キャラ少ないしけっこうむずそうだからパスぐらいいし21号すきなんだけど
がんぶれ3 ちょっとやってみたいけどかうまではない
真・ガンダム無双999 うーんなんとなくパス ちょっとやってみたくはあるけどかうまではないという
ソウサクデルタ 500 協力プレイとかの面白さ前提だからひとりだとあんまむいてないっぽい
ドラクエビルダーズ1 v399 itaだとびみぃおらしいい
3ds
ルンファク4 完全版?がすでにでてるってj点でちょっと・・・るんfがくとか牧場物語じたやったことないし
ラジアントヒストリア完全版2500 これもなかなか値下がりしないねー体験版だけプレイしたけどグラフィック、ストーリーもクロノトリガーっぽさ おっさんがイマやるにはしんどい
FE 暗夜 1999 むずいらしい feじたいやったことない でもキャラとかよさそうだからやてみたい 王がけいぽい おうがもやたおkないけおd
本当に「発覚」で使い方はあっている。
子どものころ、親からあらゆる虐待を受けてきた。殴られて首の骨がずれたことや包丁を向けられたこともあるし、おぞましい体験もある。テストの点数を見せて平均点以下だったらぶん殴られる生活だった。交友関係の自由はなく、男子から電話がきただけで2時間正座で説教だった。
父と母、双方のクワイエット不倫の結果、母は最終的に焼身自殺を選び、父や周りからは「親が自殺した人間の娘など貰い手もない」「鬼畜生の娘だ」「お父様に一生孝行して尽くして、結婚するとしたらお父様が連れてきた人でないといけないよ」とかさんざん言われた。
そんななかで出会った現在の夫は、私にとってまさに「白馬の王子様」だった。
修羅の国みたいな環境に包まれていたが、私は恐ろしくまじめで、男性と付き合ったこともなかった。18と22で出会って、23と27で結婚。育ちよく人柄よく文武両道で努力家で大学院卒業の夫と私では、とても釣り合いがとれていなかったと思う。
でも、菩薩様と仏様みたいな義両親は、過去をつまびらかにした私に対して、「よく生きていてくれたね」と言ってくれて、それからの15年、本当に掛け値なしに、私はとても幸せだった。
そしてその15年のなかで、私は自分の会社を立ち上げ、そこそこにした。夫と義両親が、私に対して「正しい自己肯定感」を与えてくれたから可能だったのだと思う。
私は妊娠が怖かった。
私の家庭はいつも怒鳴り声と暴力と理不尽さに包まれていたし、お前なんか生まなければよかった死んでくれこんな子は私の子じゃないという言葉は私にとってありふれたもので、だから子供=邪魔物という認識しかなかった。ない。
だから結婚するときも、「私は一生涯子どもを作らないと思う、それでもいいか」と聞いた。
夫は「それでもいい、ただ考え方が変わったらいいね」と言っていた。私もそう思った。考え方が変わって、多くの人みたいに「子どもを欲しい」と思えたのならば、それはきっと幸せなことだっただろうから。
それから15年、本当に夫は私によく添ってくれた。ご両親からは「ま~子ども生むなら早い方が楽だけど(これは本当にそうだろうから、嫌でもなんでもない)、いなければいないでそれは貴方たちの選択だからね」と言われていたし、せっつかれたのは本当にたった1度だけだ。そのときも、私の伝え方が悪くて誤解が生じたがゆえのこと。
私は38歳になり、心境が少しずつ変わっていった。「絶対に欲しくない」は「欲しくない」に変わり、「欲しくはないけど、いてもいいかもしれない」に変わった。
なので、夫と話し合って、妊活だけ始めた。いなければいなくていい、いたらいたで楽しいかもしれないと。
妊活の最中で、自分の気持ちが、「欲しくはないけど、いてもいいかもしれない」から「欲しい」に変わるかもという期待もあった。
年齢制限と、よく私のことを知る周りからの「いなくても君たちは幸せだろうけど、少しでも『いてもいいかも』と思う気持ちがあるのなら、妊活してみたらいいんじゃない? やらない後悔よりもやってからの後悔の方がマシだと思う」という後押しもあって。
積極的な不妊治療はしなかったけれど、双方の同時検査で「私は問題なし、夫は加齢によるもので合格ラインよりも10パーセント下程度」となった。あとはタイミング療法だけでとりあえずいきましょう、と。
まさかその2か月後に、子どもができるなんて思いもしなかった。
私の夫は、菩薩様と仏様の間の子どもだけあって、非常に人間ができている。私の体調不良にも、精神の不安定さにも、彼はどこまでも寄り添ってくれるだろう。
今だって、家事の7割を担ってくれているのは夫だし、ハウスキーパーを提案してくれたのも夫である。
育児も絶対にやってくれるし、育児休暇も取得するし、フットワークもすさまじく軽いし、20年付き合ってきて一度も彼の誠実さを疑ったこともない。
ダブルインカムだけあって、まぁ世帯年収がだいたい1500万円くらいで生活に不安はない。快適な家があり、心優しい義両親(そのうえ義母は医師なので医療的知識もある)もいる。実親はひどいもんだけど。
基本的には仕事の調整は自分でつけられるし、病院に行くために仕事を休む……という経験をしたこともなかった。
この年齢で、妊活2か月で、しかもほぼ自然妊娠に近い形で妊娠できるのは、奇跡ともいえるんだろう。
私は実はソムリエである。そしてソムリエになるくらいだからわかって頂けると思うのだけど、酒好きである。妊娠発覚前日も、「まぁ妊娠したら飲めなくなるしな!」と思いながら、仕事でワインを1本分程度飲んでしまった。
そして私は、生魚も好きだし、チーズも好きだし、チョコレートも好きだし、コーヒーも好きだし、つまり妊婦にとって「悪い」と言われるものが全部すきだ。
こういうことを言うと、ぶったたかれるであろうことはわかっている。いろいろ調べてみても、「出来ない悩み」や「うっかり飲んでしまったこと」に悩む人は多くても、私のようなクソみたいな悩みを抱えている人は多分いない。
私が一人だけで立ち上げた会社は、私自身がメインのソムリエであるため、私がいなくなれば掛け値なしに間違いなくつぶれる。というか、開店休業状態になる。
肥溜めみたいなところから這い上がってきた私が、私自身の力で立ち上げた、私が大好きな会社は、おそらくここでついえることになる。
私が好きだったお酒も、私が好きだった釣れたての刺身も、私の研修でもあった年に3回の渡航も(もっともこれはコロナがあるからどっちにしろ無理だけど)、私の大好きだった夜更かしも。
夫は非常に優しいけれど、子どもを切望していた夫の生活には少なくとも大きな変化はない。
だけど私は、仕事ができなくなるし、好きなものも食べられなくなるし、体調不良も抱えて生きていくことになるし、そのうち店にも出られなくなるだろう。
私は家の近くに会社を建てたため、保育園や幼稚園に預けたとしても、熱が出れば迎えに行くのは私だ。夫はたしかに協力的だけど、夫の会社から家までは2時間かかるので物理的に絶対に無理。
私は我儘だし、子どもだし、身勝手だ。完全な覚悟ができて妊活を始めたわけではなかったし、生理がくれば安堵もしていた。今だって、どこかで「間違いであったらいい」と思っている。
私がまだ20代の前半くらいならば迷いも当然のものと受け入れられようが、アラフォーになって、しかも妊活をしてでさえこのありさまだ。だれも同じ悩みなんかない。あるはずがない。もしあったのならだれか本当に教えてほしい。
酒のみで、自身のキャリアを構築していて、でも妊娠をすれば物理的にその仕事を続けていくのは不可能で、という人に教えてほしい。
その悩みはどうやって克服したのかと。私の悩みは「私」自身の考え方に終始してしまっているけど、みんなすぐに「良いお母さんになろう」って思えるの? 楽しかったこととか全部封じても?
もしも子どもに障害があったら? 子どもが自殺してしまったら? 子どもが犯罪者になったら? 子どもが殺されてしまったら? そんなこと、だれも考えないの? 私は周りで、横に書いたこと全部が起きたのだけど。
「ずっとだれかがいる生活」「自分の楽しいことをキャリアを諦めて生んだ、それでも反抗期がやってくる子ども」を、だれも怖いとは思わないものなの?
自分だけが努力してできることではないことが、生活のなかに入ってくることが、ただ怖い。もともと変化に極端に弱いから。こんな風に、自分のことしか考えない私は、多分母親になる資格などない。
分かっている。覚悟がなかったのならば、選択をしなければよかっただけ。過去のことは、考え方のベースにはなっているけれど言い訳にはならない。アラフォーなんだし。
すべての結果は、すべて私自身の選択だけによるものだ。だからこれは、たぶん、匿名でしか言えないような、「妊娠が発覚した」ときの話。
忘れればいい感情をわざわざ自己反復して鍛え上げようとする人って一体なんなんすか
人間というのは大抵アホな生き物だし、これはおよそ全ての人間に備わっている安全装置なんだけど、大抵の感情とか大抵の記憶っていうものは忘れるようになってんのね。なんでそれをメタ的に役立てないのかと思う。「あいつは気持ち悪い!」と思った。っていう事実は否定しないんだけれど、その感情をわざわざ他人に話したり、あるいは自分の中で繰り返し想起するのは何でなんすかねと思う。「嫌な感情だったら忘れちまえばいいんだよ」っていうすげえ根本的なライフハック(とさえ言えない人間の基本条件)をこれまで何十年も生きてきて、何故改めて行うことができなかったんだよと。
「嫌悪感」っていう感情は毎日毎日鍛え上げたりしない限り、多くの場合は消えていくんだよ実際。勿論、そうじゃない嫌悪感もあるんだけど、つまりは忘れようとしたところで、忘れるための最大の努力を尽くしたところで消えない嫌悪感というのは、事実あるんだろうけれど、それでも大抵の嫌悪感っていうのは時間が経てば消えていく。普通に考えれば分かる。人間の中にある嫌悪感は、よほどのものじゃなきゃ心に巣食って残り続けるわけないからね。もし仮にそうだったとすれば(人間が大小様々な嫌悪感を忘れずに記憶の中に溜め込んでいく性向を持っているとすれば)、人間という種は今日まで生きてくることなんてできなかっただろうよ。明らかに忘却は、人間の心の中にある基本的な機能の一つなんだね。大したことのない嫌悪、ちょっとした違和感、あるいは誰か特定の個人に対する反感、そういうものを一々引きずり続けることはなくて、もし困ってるんだったら忘れちまえばいいんだよ。人間が本当に「嫌悪」してるもののレベルに達してねえだろソレ? 嫌悪感の根ってものはそんな表層的なレベルじゃなくてもっと深い。山の中から聞こえてきた獣の縊り殺される声を今も思い出すよ。肌の粟立つような声。嫌悪感ってそういうものじゃねえのかなと思う。一々生命の危険が迫ってるわけでもないのに嫌悪感を抱いたって意味がねえだろう。何の意味があるんだって話だわ。一々下らねえことで悩んでる暇があったら何かを忘れるトレーニングを頑張れ。頑張れ。頑張れ。
ちょっとちがうけど、自分は両親が障害者って男性と結婚して、子供はいないけど毎日楽しくすごしてるよ、いま10年目くらい。
確かに親族に障害者がいると、結婚するときに上手くいかなかったり反対されたって話は多いけど、問題にならないケースもあるよ。
自分が夫から親が障害者だって聞かされたのは、付き合い始めてから日が浅い頃だったんだけど、なんか少し変わった人だったので、なるほどそれが理由かってわかってスッキリしたくらいの感覚だった。
ちなみに、夫の両親は障害者雇用で働きながら2人で暮らしてて、困ったことがあったら役所や周囲の人に助けを求められる性格なので、むしろ何かとかかえこみがちな自分の健常者の両親より心配は少ないくらいだよ。
結婚しようと決めた時、自分の両親が反対するかな?と心配したけど、仕送りとか日常生活の世話などは必要がないと説明したら、なら大丈夫だろうって感じで特に問題はなかったよ。むしろ、障害をかかえながら大切に育てたであろう息子の嫁が、お前で大丈夫か?くらいのことを言われた。
もし夫の子供を生む場合、遺伝的なリスクはあるだろなとは思ってたけど、夫両親の親族に同じ障害を持った人はいなかったので、確率としてそれほど高くないだろうと、特に心配はしてなかった。
子供はいらないと決めてた訳じゃないけど、避妊しなくても妊娠はしなくて、お互い不妊治療には抵抗感があったので、そのままなんとなく今にいたる感じ。実は夫は子供が欲しくなかったのかも?と思ったこともあるけど、そこは曖昧なままにしてる。
できもしねえこと言うなよ