はてなキーワード: 画素とは
https://anond.hatelabo.jp/20211004123017
この増田、薄っぺらい理由でiPhoneを貶めてる気がして全然フェアじゃない気がする
しかもどっちかというとAndroidがメイン機、iPhoneはサブっていう運用だったがつい最近iPhone単独運用に切り替えたのでその理由を解説する
Androidは激安クソ品質のXaiomiだけじゃなく、高級路線のASUS Zenfoneやコスパ最強OppoのReno、キャリア・国内系だとSONYならXperia、SHARPならAQUOS、サムスンのGalaxy、その他Rakuten Mobileオリジナルとかdocomoオリジナルとか死ぬほど機種がある
そんで機種の選定は基本的にSoCの性能をベースに考える必要があってSnapdragonの何を使ってるか、メモリ量は、カメラ性能は、バッテリーはって感じで無限に考える必要がある
性能面でバッチリな機種に出会えたとしても実物がガッカリ品質なことや色が好みじゃ無いことも多いし、そもそも実物確認できない場合も多い
おまけに特に中華系は最初の1年はまともなんだけど2年目から全然使い物にならないってことも多いし逆にAndroidの最新版が落ちてこないことも多々ある
「最近はマシになった」
と言われても最近から1年も経ってない以上は信用できないしそもそもAndroidのようにOSと機種が別々に提供される以上はリスクが必ず残る
加えてHUAWEIみたいにBAN食らってGoogle Playから閉め出されるとかいうリスクも相当に高い
iPhoneは機種が増えたといっても数は少ないし家電量販店に行けば必ず実機を触れる
加えてOSと機種を同じメーカーが手がけてるので古い機種へのサポートも万全で
未だにiPhone 6 plusが使えるし、今使ってるiPhone 12はあと数年は確実に使えるだろうという安心感がある
こういう考えるコストを減らすっていうだけでもiPhoneはかなり有益
iPhoneが未だにLightningなのには本当に驚いている
Android系がType-Cなのにも驚いている
もう時代はとっくにワイヤレス給電のQiになってると思っていた
iPhoneの場合はMagSafeでピタッとくっつくから全く不自由ないし、特に自動車で充電するときが便利すぎる
Lightningの口は全く使ってないから塞いでおきたいぐらいだ
これはiPhoneの利点という訳では無く、Android使ってたときもQiを使うか、そうでなくてもマグネット系のケーブル買ってきて抜き差しをしないようにしてた
充電口を無くすことが故障率を下げる有効手段なのだからQiを推進して欲しいし、なんなら充電口なしっていう尖った機種を出してもいいと思う
いつまでType-Cのケーブル選びで消耗するの?ワイヤレスでいいよ
iPhoneはカメラ性能をやたらCMするし、13だとシネマティックだなんだとCMしてるけれど
特にSONYがIMX586(4800万画素CMOS)を発表したあたりで歴然と差が付いた
他にもHUAWEIは6400万画素とか、Xiaomiは1億画素とかもう無茶苦茶になってきてる
ただ、この高画素に耐えうるだけのレンズ性能はまだないので実用上効果があるかはかなり疑問だ
今のiPhoneの前はZenfone 6を長らく使っていたので4800万画素の写真も撮りまくったが
最初の1ヶ月ほどは楽しく撮影していたものの、途中から「そもそも写真とは」という考えに陥り
ちなみにiPhone 13ユーザが「手ぶれ補正が凄い!」と喜んでる姿を見るが
残念ながらZenfone 6の時点でその程度の手ぶれ補正は付いてたし、HuaweiやXiaomiも同等の機能は昔からある
結局のところこの理由はかなり大きい
iPhoneのみで発表されるアプリはあっても、Androidのみっていうアプリはほとんどない
もしくはAndroidで発表されてるアプリの品質は悪いけれどiPhoneはまとも、っていうのもよくある
最近だとClubhouseがそうだったし、Cocoaアプリなんかも記憶に新しい
IoT系のデバイスとかAndroidもアプリがあるけどバグ修正が放置されてて実質使えないとかも多々ある
仮に限られたリソースでiPhoneかAndroidかどっちかでリリースしろと言われたら間違いなくiPhoneになる
ワールドワイドで見てみればiOS vs Androidという形ならAndroidなんだろうけれど
前述したように期首が乱立しまくってるのでAndroidでアプリを公開すれば全機種で使えるというわけじゃない
アプリ開発者からするとiPhoneに対応さえすればかなりの人数にリーチできる
このアドバンテージは恐らく逆転することが無いだろうしiPhoneの最大の利点だと言っても良い
Googleはこれを挽回したいからPWAとかFlutterとかを進めているがAppleは乗り気じゃ無い
結局、iPhoneを使う人がAndroidを使えば不満が出るだろうし、逆もまたしかりだと思う
iPhoneのこれを使いたい、とかAndroidのこれを使いたいっていう明確な理由があるならその機種を使えば良くて
そうじゃないなら乗り換える必要がない
他人が何を使おうがPlayStationとSega Saturnの争いのように勝った方が有利になることもないので
使いたい方を使わせればいいと思う
https://anond.hatelabo.jp/20210502155909
https://anond.hatelabo.jp/20210502155323
適当に199N年1月分のブログというより個人家事メモ。ひっこしして1人めを育児してゲームしてそこそこのんびり新妻してたらしいな。下から読んだほうがわかりやすい。今そこから3回(旦那は4回)転居した。
食事の内容がわりあい粗食である点については事情があるので参考にしないほうがいいぞ。
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引越の買い物 収納ボックス 照明器具 台所フィルム 押入の敷物 冷蔵庫 (乾燥機付)洗濯機 カーテン・・。
「アイマックDV」をiに下取りしてもらって買い換えよう!マックの「アイブック」。
フィスラー4.5L 2万くらいで。(圧力鍋のブランドですね。)
接写のできるカメラ?←デジカメ中古(50万~100万画素程度)?
2月にでるATOK13
売ってくれる人、情報のある人は今すぐ??????@geocities.co.jp までお知らせ下さい!←いまちょっとサーバーの調子が悪いかも?しっかりしろジオシティ!
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1月31日(月)
引越後最初の平日なので、市役所に行ったり駐車場の契約に行ったり銀行に行ったり。旧居の鍵を返したり。カーテンを買いにさまよって結局昨日の店で買ったり、その途中でmが大うんちをしたり。夕食はドーナツ。
1月30日(日)
また旦那の両親が来てくれた。父は旧居から残して置いた冷蔵庫と洗濯機を運び出すため自動車で2往復。母は旧居のお掃除を手伝ってくれた。私はmと新居にのこってとりあえず当座必要なものの在処を確かめた。あと子守。それにしても新居はほんっとーに、むっちゃくちゃ寒い。腰痛に響く。お昼ゴハンを一緒に食べた後お帰り。夕方、カーテンと照明器具を探してさまよう。良いのが無かった。
1月29日(土)引越当日
朝8時から引越屋がくるので6時起き、10時にかぎ引き渡しにでかけ、通帳を詰めてしまったことに気が付く。11時前に積み終わって昼過ぎに運び込み。手すきの連中で餃子を食べ、旦那にサンドイッチを買って帰った。引越屋は照明の取り付けを手伝って3時頃帰ったが、すぐ後に新しく買った冷蔵庫と洗濯機の運び込み。これから開梱をがんばらないと。昼過ぎ実家の両親が来て旧居の掃除と子守を手伝ってくれ、冷蔵庫の中身や浄水器も運んでくれた。新居はむちゃくちゃ寒いので灯油も買ってきてくれたが、カーテンが足り無いのや隣近所がまだ居ないので、いくらファンヒーターを焚いても暖かくならない。バーンアウトは無理だと旦那が言ったとおりだった(でもノンホルマリンでもやっぱり臭い)。風呂はむちゃくちゃ早く沸いた。洗濯機はエラーばっかり出てうごかん。照明が足りない。夕食はおごり。ごちそうさまです。
1月28日(金)
引越前日ということで旦那の母が来て荷物梱包を手伝ってくれた。おそろしいほど早い。夕食までおごってもらった、と思う。私は風呂掃除をちょこっとした以外子守(離乳食をやらないのでご機嫌悪い)。
1月27日(木)
旦那のお休みにはいったけれどなんか何をやっていたか思い出せない。ただ最初働いてくれないと思っていらいらしていたので、本でも詰めたのだと思う。夕食はマイクロウウェーブディナー(要するに昨日買った冷凍食品)だったか?私は早くも1日mを背負って腰痛になった。
1月26日(水)
今日が旦那の引越前最後の出勤日。引越がせまるにもかかわらずmのお散歩ついでにスーパーに行って買い込んでしまった。だって冷凍食品5割引、低脂肪乳1本100円、伊予かん5個200円には勝てない・・。
1月25日(火)
銀行と郵便局に行って市民税を7万円以上も払って帰ってきたら背負っていたmの靴下が片方無くなっていた。またか・・。夕食は昨日の残りを卵綴じにして。
1月24日(月)
じつは今日オレシカをクリアした。割と簡単にクリアできてしまったのは簡単モードだったからである。1030年。 外はとても寒かったがコーヒー牛乳1L98円とか買ってきた。
夕食は牛肉とタマネギの牛丼風、と思ったらたれをすき焼き風にしたらしく、とても甘い。と文句を付けたら豆腐とお麩と春雨を追加してホントにすき焼き風にしてくれた。
1月23日(日)
朝すぐでかけ朝マック。コジマ電気に入り浸り、カタログを持ち帰り検討し、昼デパートに行って授乳と昼食をとってまた戻って、冷蔵庫(450Lクラス)と洗濯機(8kgクラス)を検討。冷蔵庫は、電気を食う富士通と三菱は却下、ナショナルもいまいち、東芝とサンヨーと日立で結局安くて製氷パイプが洗える東芝。洗濯機は超音波霧重力と斜めドラムと静かとイオン水でイオン水にした。たくさん買ったのでカードの限度額を超えた。リサイクルショップに寄って帰って3時、みんなでお昼寝。mがうんちして泣いたので起きた。
夕食はベーコンエッグ、みそ汁、サヤインゲンの炒め物、焼きタラコ。しょっぱくてのど乾いた。テレビ特報200Xで、母性について。マンガン不足に注意、ナッツ、キウイ、玄米を食べよう。 明日は「月下の棋士」やるらしい。人がまた死ぬらしい。麻雀も書いたんだから某カードゲームでも書けという某学生に一票。
1月22日(土)
初詣に行った後、旦那様がビデオを見たりしていたらあっという間にお昼。1時半から再内覧会。今度は旦那がしっかり採寸してくれた。3時半頃実家の両親が来て冷蔵庫を車に積んだ。その後mを子守してもらって荷造りが少々進んだ。5時過ぎに近くの回転寿司に行きおごってもらった、親とはありがたい。気に入ってもらえたみたいでよかった。帰ってからmがくさーいうんちを少々。マッサージが効いたらしいが、うんちするとき泣くのは参った。
冷蔵庫一個無くなっただけでずいぶんすっきりした。この調子でもう一個の冷蔵庫と洗濯機を旦那の実家にあげたらもっとすっきりする予定だ。見積もりしなおしてもらわないと?
旦那は「動物のお医者さん」全12巻読了、mに「なあ、チョビ」などと呼びかけている。飼いたいらしいがmが大きくなるまでだめ。
1月21日(金)
朝から敷き布団一枚を資源回収に出した。強風のなかリサイクルショップに出かけて、マホービンは800円、揚げ物鍋700円、電気鍋2000円で委託。足元見られてるけどまあいいや。一旦帰って新たに食器なども持っていこうとしていたのだがmが寝たので中断。夕ご飯はハムエッグ、納豆。
1月20日(木)
午前中天気が良かったのでリサイクルショップに出かけて敗北。定休日だったよ・・。今日の委託品は大きいマホービン:800円、温度計付き揚げ物鍋:1400円、小さな電気鍋(しゃぶしゃぶ用):3000円。マージン35%も取られるけど明日にはまた売りにゆこう。
夕ご飯は昨日の常夜なべ+牛肉。たぶんしゃぶしゃぶに近い。食後にライチ(7ヶ月前の冷凍もの)。7ヶ月冷凍庫に入れて置いた牛肉は完璧に冷凍庫の臭いになっていた。歯ごたえは良かったんだけどね。 どっちの料理ショーは鶏煮込みうどんと海鮮堅焼きそば、海鮮が豪華だと思ったら鶏の勝ち。あれ?3層麺、そんなにおいしかった? 来週は豚汁となんだろう?豚汁はいつ食べてもおいしいから負けそうだと思うけど・・。
1月19日(水)
今日も寒くなるそうで、出かける気がしない。灯油も使い切り(引越のため)、何一つ暖房のない我が家、しかたないからエアコンでもいれるかな。今日はインフラ(?要するにガス、電気、電話、水道)に引越すると電話した。
夕ご飯は豚肉の常夜なべ。 夕食後のテレビタイムに旦那が「動物のお医者さん」をよんで、たまに吹き出している。はまったな、ふふ。
1月18日(火)
晴れた。暖かくて嬉しい。mもよく寝る。自転車で遠くの銀行や写真の焼き増しや最低限の食料品を買い物しに行った。
夕ご飯は枝豆と豆腐と挽肉の麻婆風(ワカメはなし)。ワカメのみそ汁。
1月17日(月)
暗いと思ったら大雪。チェーン忘れを痛恨の一撃にするこの雪・・。午後晴れてから郵便局と銀行に行った。頭金のためにたくさんお金をはらって通帳が3つほど空になった、と思ったら1個だけ通帳記入を忘れてた分が残った。でもそのお金も家具を買って使い切る予定。結婚したときあまり家具を買わなかったので、ここでばっちり揃えてしまおう。ドラム式洗濯機っていいのかしら?
夕ご飯は干物の焼き魚、若布のみそ汁。冷蔵庫空っぽ計画なのだ。
1月16日(日)
昼ご飯は近所の回転寿司。私は安い巻物を中心にたくさんたべた。そしていよいよ内覧会。まずしょっぱなから駐車場の抽選にはずれた(といっても後で調べたらそんなに最悪ではなかった)。旦那はそのショックで肝心の家の内装などはチェックしていなかったと後で告白。そうね、ただバタバタとドアを開け閉めしてたわね・・。メジャーは持参したけど使わず、ただやっぱモデルルームよりは狭いという印象。私が内装にケチを付けてなおしてもらうようにして、その他いろいろ手続きして、帰って落ち込んで、ぐちをたれまくって(実家にも)、近くのスーパーのお総菜でしょんぼりごはん。
mはそんなことにも気づかずご機嫌。最近はころころ寝返るし、お気に入りのあやし言葉「ぷしゅー」でケケケと笑う。親ばかなのでビデオを持ち出し撮影会。
1月12日~15日
12日:食料を片づけ、りすに餌をやってから迎えに来た父と電車でお出かけ。母は忙しく、夕食はけんちん汁など。電車に乗ったせいか、mが腸重積ではないかと思うほどの夜泣き。「谷村志穂、飛田和緒1DKクッキン」「2DK」「お買い物」
13日:午前中はのんびり。昼は焼き肉宝島のお膳、680円。午後は母が忙しいためお留守番。妹と父とおでんをたべた、おいしかった。「PAPA TOLD ME」「研修医なな子」
14日:金曜日ということでみんなのんびり。昼はステーキ宮、夜は豚バラと高菜の煮込み(大好物)他。
15日:お昼はうどんの民芸。公園で遊んだ。旦那が迎えに来た。だいぶよれよれになっているので帰りは運転してあげたら、さらに疲れたらしい。かえったら不動産屋からおしかりの電話。
気が付いたら、実家からタイヤチェーンを持って帰るのを忘れていた。「動物のお医者さん」はもって帰ったのに・・。ぼけてる。
1月12日(水)
初雪が降った。このあたりはつもりそう。旦那の身内に不幸があり、旦那は自動車で出かけていった。私は実家に帰って旦那の留守を過ごす予定なので、またもや更新が滞りますがよろしく。
1月11日(火)
朝からうんち。離乳食はフレンチトースト(煮たの)、ミカン、みそ汁ご飯。写真の焼き増しが1駒ずれていた。郵便局と銀行を回った。昼過ぎまたうんち、これで3度目。そりゃ1週間近く溜め込んでたんだからと思いつつ心配。熱はあまりないけど・・。添い寝してたくさん昼寝させた。
夕ご飯は豚のソテーウスターソース風味、粉ふきいもとサヤインゲン添え。コーンスープ。おいしかった!
1月10日(月)
朝から書斎の片づけをしている旦那。私はmをお散歩につれていったり。昨日から旦那がホントによく働いている。ので、ちょっとゲーム休憩を挟む。オレシカ、佳境です。
夕ご飯は、カッペリーニ白いソース(タマネギ、サヤインゲン、ハム、チーズ、クリーム)。深夜、泣いて居るのでおむつを見たら久しぶりにうんちをしていた。
1月9日(日)
朝から旦那が掃除している。私もお手伝いして、大きな本棚を片づけた。段ボール7箱+2箱くらい積み上がった。夕ご飯は牛肉とゴボウで柳川風。
1月8日(土)
朝ゴハンを旦那がつくってくれた。豆腐とわかめとネギのみそ汁、目玉焼き。mには、豆腐のみそ汁掛けご飯、目玉焼きの黄味を離乳食。ミカンがデザート。その後、出かけた。まずは初詣(旦那は行ってなかったので)と思ったらむちゃくちゃ混んでて中止、レッドロブスターのサラダランチ。クーポン使って長居してその後お昼寝mをつれてコンピュータ店。アイマックDVを検討。わが家のデジタルビデオカメラはfirewire(IEEE1394)端子がないじゃん・・。変換器とかいるのかな。あと、やっと繋がったDVD-RAMドライブ、OS9との相性は?とかいろいろ調べたくなり、その場でインターネット検索掛けたりして長居。保育園に出かけて2月から契約して1ヶ月分の月極料金を支払い。背水の陣に気分はすっかりおセンチになってデパートへ。mを買い物カートに乗せるとしっかり握るからもう極悪にかわええ~。テレビ売場で名人戦の中継みてBS入れたくなったり。次に安売り店で買い物して上がり。夕食はマクドナルドのテイクアウト。mにはベビーフード。
今日も鼻水は止まらず乾いては鼻くそになって大変。と思っていたらベビーフードの匙にがじがじと異様な手応え、とうとう下の歯が頭を出した!初めての風邪と歯が生える時期が重なるってホントです。 あと、最近「えんむ~」とか「め~、め~」って甘え泣きしておもしろい。「ぶぶぶ」は終わって、「んめ~」で歌ってます。
1月7日(金)
週末が近いので楽しみ。夕食はおでんにとうとうとどめを刺した。旦那は映画「ツイスター」をみて妻の気持ちを逆なで。明日からばんばん働いてもらうことに決まり。
1月6日(木)
タッチおじさんの綿毛布が当たってしまった。びっくり。伊豆の写真をみて気力を回復。
1月5日(水)
実家でmが風邪をもらってきたようで鼻を詰まらせていたが、熱はなく機嫌もいいのでちょっと厚着させてあといつもどおり。昨日は離乳食がろくにできなかったので、ジャガイモのみそ汁に卵を落として。卵の黄身を食べさせると鉄分が補給され血色がよい。
夕食はおでん。ねりもの、大根、牛筋、こんにゃく、白菜巻きソーセージ、餅袋、卵、ジャガイモ。
12月31日(金)~1月4日(火)実家にて
31日:昼ご飯は軽く食べ、年越しに天ぷらそばを食べた。エビ、なす、ピーマンなど揚げたて。mを風呂に入れ早めに寝た。一戸建ては夜寒いが、それほどでもない。2000年対策のため父は夕方から出勤。
1日:父は何事もなく始発で帰宅。mに良い服を着せておせちを食べて(きんとん、くろまめ、かずのこ。ちなみにお雑煮は鰹だし。もちの上に、ぶり、こまつな、ゆりね、ぎんなん、とりにく、するめ、こぶ、だいこん、れんこん、ごぼう、にんじん、かまぼこ等が載っている。)お年玉あげて初詣して実家に年賀状が来て新聞を読んだらあとんのーんびり。mの離乳で遊んだ。ミカンをいくらでもしゃぶる。夕ご飯は到来物のお肉でしゃぶしゃぶ。夕食後に旦那から電話がかかってきた。あちらは大変らしい。
2日:上の妹は電車で初売りに。残りの家族は近くの赤ちゃん用品店や本屋やファミレスでホットケーキとお茶やぐるっと一回りして戻った。mにしゃぶしゃぶの出しで雑炊。豆腐のみそ汁はヒットかも。ごろごろ。早めに風呂に入れてショムニをゆったりとみたぞよ。夕ご飯は手巻き寿司とエビ・カキのフライ。
3日:お散歩に行った。本屋(絵本が充実)とスーパー。苺を片手に握りつぶしながらしゃぶる(といってもどちらかというと握っている手を・・。)mの姿はもうかわいいの一言であった。昼は煮込みうどん(mに卵の黄味をやる)、夕ご飯は豆腐の煮たの他。「MASTER KEATON」「監察医ケイ:業火」
1億画素超えのスマホもあるし、画素だけ高くてもセンサーサイズが~って言うんだろうけど
https://telektlist.com/xiaomi-new-camera-2/
こうやって沈胴式ギミックでスマホでももっと光を取り込もうとする取り組みや
https://forbesjapan.com/articles/detail/38499
私は伝票とか領収書とか整理しようと思って、
こっそり鍵を開けて事務所に来たけど、
となりはてんやわんやのこの年末何やってんの?って勢いでドタバタしているわ。
私も巻き込まれそうなので、
さっき目が合っちゃったし、
猫の手も借りたいってか?
にゃー。
私は猫より役に立たないと思うわよ。
引っ張られる前に、
ここは書き上げたいところ。
さっきパスタ屋さんにいったら
卵プリンサービスで付けてくれたラッキーが超帳消しになりそうなほど、
ションテンが下がるわ。
ギター持ってないけど。
ちょっととりあえず、
メールの返信があるからちょっと待って!っと待たせてあるので、
オフィスのガラスの向こうでまたさっき目が合って早く来いよ的な漂わせ方しながら
その石原裕次郎さんみたいにブラインドの間からこっち見んなー!って
壁にミザリー!ブラインドに石原裕次郎さん!って言いたいところよ。
もう早くいってやっつけてくるわ!
またゆっくり書くし!
うふふ。
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
プログラミングで主にやる事は下記の2つ。
①IFでAかBを選択させてどっちかの設定を実行
②Whileで決められた回数分繰り返す
とてつもなく複雑で冗長な処理によって実行されている。
わかりやすいので画像処理でいうと、数十万から数百万の画素(RGBAの24bitで表される数値)を小さなブロックに分解し、数学的に周波数の重なりとして計算して変換、含まれる頻出パターンをテーブルにして圧縮伸張を行なう。みたいなことが瞬間的に行われている。
「まさかそんな事できるわけないだろ」というレベルの処理が実際に行われており、これまた直感的でない。
だからそれをどう書くんだよ。という答えはコレ。有名なjpegの実装だ。
libjpeg というライブラリを書くことはできるだろうか?画像の圧縮の理論から考え始めることはできるか?
正直無理だ。自分はプログラマだがそんなに数学が得意ではなく、頑張ったとしても下手するとコレを作るのがライフワークになってしまい、他のことができなくなる。
例えばブラウザを0から作るとして、jpegの処理以外にも画像だけでpngとかgifとかwebpとか、その他もろもろとてつもない作業が必要になる。
「とてつもなくて想像もできないので流石に無理だろう?」
いや、でも、実際動いてるのよ。ここ何十年、コツコツと積み重ねて実現している。
「積み重ね」とはライブラリであったりフレームワークであったりOSであったりする。
「どういう風になっているのか」
外部に向けたインターフェイスがどうなっているのかは理解する必要がある。「使う」ために必要だからだ。
この2つは分けて考えなければならない。
ちなみに、たとえばChromeのコアであるChromiumはのコードはコレだ。
つまり言いたいことは、実際に動くアプリケーションというのを作りたいのにも関わらず
プログラミング入門書は、これで判定と繰り返しという基礎ができますと言うだけ。
これがもう滅茶苦茶イライラする。
「これで判定と繰り返しという基礎ができます」というのが基本的な理論(定理的なもの)で、その他に必然的だが唯一無二ではないベストプラクティスというものがある(法則的なもの)。
後者をうまく説明する入門書に出会っていないんだろうな。という印象。イライラはやめよう。つかれる。
ベストプラクティスはいろいろあるのだが「層の構造にする・レイヤーに分ける」というのは重要なアイデアだ。
libjpegというのはjpegの処理を行う「ライブラリ」だ。他のアプリケーション...たとえばブラウザはこのライブラリを「使う」。
ブラウザではjpeg画像の圧縮展開というとてつもなく難しい処理を「libjpegの使い方」の理解までで済ませ、過去の蓄積であるlibjpegのコードを利用することで真の意味で0から実装しないようにしている。
この場合、libjpegが「低レベル・低レイヤー」の存在であり、中身については「使い方」つまり「仕様」の理解までしか行わないことで、実際に作りたいものを作れるようにしているわけだ。
完成しているプログラムは二例ほど挙げたがどうですかね?
複雑なことをする、特に低レイヤーのコードはとてつもなく難しい。
でも、とりあえずこんな感じのコードなら解るよね?
こういうレベルから理解して、ちょっとずつ難しい処理を学んでいくしかない。
ハードルは高いんですよ。実際。
なので、木材からだと難しいからプレハブのキット的なものを探すとか、ログハウスのカタログを読むとか、あるいは100人乗れる物置を買うのがいいかもしれない。そういうところから始める。
それらがフレームワークであったりライブラリであったりする。目的に合うものを探して、自分がやりたいことをどう実現するかとにかく考える。
「テキシコー」https://www.nhk.or.jp/school/sougou/texico/ で言われる通り、「小さく分けて考える」「手順の組み合わせを考える」「パターンを見つける」「大事なものだけ抜き出して考える」「頭の中で手順をたどる」をひたすら実行する。
unityはコードが公開されているので、本当に読みたいなら。。
オブジェクト指向は一旦忘れよう。
オブジェクト指向の「隠蔽」というのは層の構造が持っている重要な要素ではあるけど、「低いレイヤーについて考えない」のが基本的な作戦だという理解の方が重要だ。
前述の通り「できる限り作らない」んですよ。「使う」だけ。知るべきことを最小化する。
そして本当に作るべきものに関しては、利用する下のレイヤーのライブラリなりを探して・仕様を理解して、どう組み合わせてfor, if, あるいは計算させれば実現できるのかをひたすら考える。
単に翻訳がしたいのか?表示に割り込む方法を知りたい?日本語に翻訳するのは実行時なのか開発時なのか?
要求される表示エリアが言語によって異なるために、デザイン調整が必要になる問題をどうするか?
分解が甘いので何をしたらいいか調べることができないんだと思う。
ちなみに、アプリ内の文言というのはアプリの外部から変更できないように実装されている事が多いので、利用者が上書きする仕組みはかなり難しい。
AndroidなりiOSの仕様にもそのへんに割り込める機能はないはずなので、OSの開発に入っていく必要がある。結構大変だとおもう。
アプリの開発者が、そういう機能を備えた多言語化のためのライブラリを使うようになれば実現可能ではあるので、そっちの方向で頑張るのがおすすめだが、英語圏の開発者には多言語化のモチベーションが低いという基本的な問題はあるのよね。
この辺の「できる・できない・むずかしい」の判断は、いろいろな勉強をすると常識としてある程度みえてくる...気がする。
ついでに。ウェブサイトやウェブサービスの翻訳だとこういうサービスがあったりする。
ブラウザはページの描画処理のなかに割り込む余地が大きく取ってあるので、ブラウザのExtensionとかならできることがいくらかあるかもしれない。
個人的に気に入らない話はOSのアップデートは使いやすくなるからとてもいい事だからすぐにやった方がいいと宣伝されている事。
まあ、半分は嘘だよね。古いものが残っていると先に進めないんだよ...。
現在のクライアントOSは、巨大なプラットフォームのパーツの一部として理解したほうが正しくて、古いパーツが残っているとツライんですよ。
そして「サービスを受けるための道具であって、あなたが何でも好きにできる機械ではないです」みたいな世界になりつつあって、ちょっと問題と言われてもいる。
これはかなり困った傾向なんだけど、全体としての流れはあんまり変わりそうにない。
オブジェクト指向好きですな...。ここではオブジェクト指向は特に気にしなくていいですよ。
とてつもなく複雑なことをやっているために、すべてのバグを潰すことはコストが高すぎてできないんですよね。
それよりバグは未来を先取りするコストと考えて、本質的に価値のある機能を増やしていくというのが基本的な方向になっている。
だからパソコンはたまに不具合を引き起こすんです。しゃーない。
しかし中途半端に理解している老人などは、そんなことじゃ分からん。自分に分かるように説明しろと言い出す。
説明は出来る。しかし相手はイライラするし理解されない。よって説明をしてはいけないという状況に追い込まれる。
ここでどうすればいいのだと理解不能に陥る。
まあ、説明って得てして難しいよ。しゃーない。
そのとおりです。
オープンソースのプロダクトなら原理的には調べられるけどね。Androidとかはオープンになってる。
それを許容することで先に進んできているという事実は受け入れたほうがいいと思う。
「把握・理解可能な範囲」に留めていたら、数十年前のコンピュータの世界から抜け出せなかった。
deep learningの世界ではそれがより一層進むかも。この辺は詳しくないけど。
ここでの「理解」についてはそのとおり。これはもう諦めるしかない。
これが常にある。IT関連は常に新しい情報が出てくるのでそれに送れると無知になってしまう。
なんでこんなことも分からないんだとか言われ放題で、IT系の企業に努めている人は常に新しい知識を入れられる
面倒くさがらない人が向いている。
「面倒くさがり」の方が問題に気づいて「頑張って面倒じゃなくする」ことができるので、プログラマにとっては美徳なんて言われますけどね。
同時にくじけないとか諦めない、しつこいみたいな素養は必要かも。
応用まではとろうな。がんばれ。
このへん自分も知らんですよ。べつに全部知っている必要はない。
(追記: はてな記法の引用すらもさっきまで知らなかったしな!そんなもん)
層の構造をとっているということと関係があるんですが、仕様が変わると、その上に乗っているものを全部なおさないといけないんですよね。
でも革新のために互換性を捨てなければいけないケースも多い。このへんはハードでもソフトでも同じ。
そして、メンテのコストが上がっても使い続けたほうがトータルで安上がりという場合は、古いものが残ってしまう。
あるいは「(多少の問題はあっても)動いているものは変えるな」という経験則から意図的に残す場合もある。
西暦2020年にもなって、プログラミングが簡単には出来ないし、ハードウェアの規格も完全に統一はされていない。
というかプログラミング言語自体多すぎる。ソフトウェアはデファクトスタンダードのモノ程度は知っているが、
ぜんぜん完成していない荒っぽいものを目にしているのだと理解したほうが的確。
それなのに毎日理解のできないパソコンやスマートフォンを使っている。
オブジェクト指向のおかげ様だがオブジェクト指向に対して無性に腹が立つ。
自分の全く知らない場所でいけしゃあしゃあと演算を行い、そして結果を出す。それも大半が正しい結果で
利便性が抜群だ。些細なミス(バグなど)はあるが圧倒的に利便性が勝っている。
そんな道具に踊らされている自分が滑稽だ。理解できない愚かな自分は正に機械の奴隷のようだ。
本当に理解できない。辛い。
勘違いしてはいけないのは、それらはすべて先人の努力の蓄積によって成り立っているということ。
「よくわからないけど存在している道具」ではなくて、信じられないほど複雑だけど、多くの人々の行動によってなんとかかんとか実現した道具なんですよ。
「オブジェクト指向のおかげ様」じゃないんです。(もちろんオブジェクト指向というのも大きな発明の一つですが)
そしてブラックボックスとして使うのは多くの場合正しいです。そこは諦めましょう。
でもエンジニアとしての立場からは、その裏に隠れているとてつもない技術や思考の蓄積に感動してほしいなと思う。
人類がこんなもん作れたのって、かなりすごいよ?
私のことが好きだと言う奇特な男性なり、私で妥協した情けない男なり、私でも落とせそうなチョロそうな輩なり、然るべきところで手を打てば女が彼氏を作るなんて簡単だ。
二次元しか愛せない人生は嫌だし、現実の人間と恋愛がしたいし、付き合えば好きになれるかなみたいな舐めた考えは常にあるので、私のことが好きだという人がいれば積極的に付き合い好きになる努力をしてきた。
だからといって全く好きになれない。男としてときめかない。濡れない。セックスしてもキスしても気持ちよくならない。
私は不感症ではない。二次元が相手なら全然濡れる。指一本触れられなくても二次元の推しのイラストだけで子宮がキュンキュンする。
でも三次元だと無理だ。生理前の性欲が最も高い時期に推しの映画を見てお酒を飲んでめちゃめちゃ気分を盛り上げてからベッドに入るぐらいすればまあ一応濡れるのでセックスは可能だが、もはやそれは愛なのか。ただの性欲ではないのか。
しかもだいたいの場合セックスは男のタイミングで突然に始まるので私はそこまで準備していない。濡れてないのに突っ込まれるのは痛すぎる。死ね。
逆に濡れてないのはしょうがないと行為を中断してくれる真っ当な人と付き合ったこともある。良い人だった。待ってくれた。何度似たようなことがあっても待ってくれた。そんな良い人に二次元しか愛せないとかふざけた理由で悲しそうな顔を指せるのがいい加減申し訳なくなって最終的に濡れにくい体質でごめんねって泣いているふりをしながら後ろを向いてスマホを開き10分ぐらいかけて推しのエロ画像で無理やり濡らしてセックスに挑んだ。もはや私は誰とセックスをしているのか。飛影はそんなこと言わない。
とはいえ私は真面目で努力家なので、付き合った相手を好きになる努力は惜しまなかった。
当然だ。二次元の推しは私がどれだけ愛を捧げようが振り向きもしないし、推しへの愛を2万字の小説にしたためたところで一つも愛は伝わらないが、三次元の男は「おはよ」と3文字LINEに送るだけで返信が来る。なんなら3文字で100文字ぐらいのリターンがある。私がKindle漫画の解像度の低さにキレている隣で、三次元の男はフルカラーフルボイス5億画素4DX の豪華仕様で私に微笑みかける。三次元、二次元に比べてコスパが良すぎる。愛するなら絶対二次元より三次元を愛したほうがいい。
でも愛せない。
理系萌えだから白衣を着せてみたり、和服萌えだから浴衣を着せてみたりしてみたところで盛り上がるのは男の方ばかりである。私は何もときめかなかった。
あるいはもうそんなに二次元が好きなら相手を二次元だと思い込んでしまえばいいのではないかと思ったこともあった。
すなわち二次元に「彼氏くん」というキャラがいると仮定する。私はまずそのキャラを好きになる。そして現世を生きる彼氏のことは「二次元キャラ彼氏くん」のモデルだと思い込むのである。
めちゃくちゃな話だがこの作戦はまあまあうまく行った。しかし腐女子の妄想力はいつだって無限の可能性を切り開き時として驚くほど傲慢な不条理さを見せるものである。
結論から書くと解釈違いで関係が破綻して終わった。マジで?そんなことある?
私は解釈違いが許せない狂ったオタクだ。現世の人間だと思っていたから許せていたことが二次元だと思いだしたあたりからどんどん許せなくなっていった。
デートに遅刻?はい解釈違い。女とLINE?はい解釈違い。浮気?は?解釈違いだわ打ち切り連載終了死ねバイバイ。
本物の相手より幻影の中の相手ばかり見ているのでどんどん関係が崩壊していき恋愛は終了した。
恋とは多かれ少なかれ夢と妄想と幻影を含むものかもしれないが、にしても限度というものがある。
腐女子の作りだす夢は全く現実と乖離しているので、そんな幻想を通して現世の人間と向き合えばそりゃあセックスが盛り上がることはあっても人間関係は終わる。崩壊する。私は学んだ。
現世の人間に幻覚を投影して恋するのは楽しいが解釈違いで死ぬ。
やはり三次元の人間は二次元としてではなく三次元の人間として向き合い愛さなければならない。でも愛せない。相手を変えたって一緒だ。情はある。尊敬もできる。みなそれぞれに良い人だと思うし嫌いなところもあるし、とはいえまあ許せる。しかし微塵もときめかない。キスもセックスも楽しくない。どうしたらいいのか。
エロ漫画ばっかり読んでるのが良くないのかと思って頑張ってAVを見たこともあった。勿論ポルノが嘘だというのは分かっているので、なるべく嘘が少ないものを見ようと思って海外の公的な機関が公開している性教育ビデオを見た。
前戯の重要性、コンドームの付け方、オーガズムを得るにはどうしたらいいか、英語でばっちり履修した。いや意味あるのこれ。
普通のAVを見たこともあったが私レイプものしか萌えないなあっていう死ぬほどいらない気付きを得ただけだった。自分がレイプされるのは絶対ごめんなのでやっぱりAVは現実の役には立たないと思った。
家でひとりで練習したこともあった。自慰行為で感度を高め本番に挑むみたいな意味不明のブログを読みながらその通りにした。あの虚しさと言ったら。二度とやりたくない。しかも何も得るものはなかった。
いくら男とベッドに2人の時に濡れられなくて困るってだけでちゃんと推しには濡れるので。
いや多分愛も抱けない。だって私が推しに向ける感情は無償の愛だ。
二次元の推しには何も望まない。ただ生きていてくれるだけで良い。私は腐女子だから推しカプが仲良くしてくれれば嬉しいが、別に他の女性と幸せになっていただいて全然構わない。結婚するなら妻との幸せを応援する。
振り回されて疲れることもあるけれど、いつだって推しの幸せが私の幸せである。楽しそうな推しを見るだけで幸せになれる。
とはいえ推しが幸せになりたくないとか幸せを捨ててでも過酷な道を行くとか言うならそれもまた応援しようと思う。悲しいことだが、推しがその道を選ぶなら私は彼の選択の全てを受け止めたい。
でも三次元の彼氏のことは全然こんなふうには愛せない。まず彼の笑顔だけで幸せですみたいな状態になれない。彼の選択を手放しに応援したりもできない。
推しのためなら海外まで聖地巡礼に行けるけど現実の男のためには最寄り駅まで行くのも若干めんどくさい。
推しが和菓子が好きだと言えば大好きな洋菓子の方が好きだが和菓子を買うし、推しが兵器が好きだと言えば1ミリも興味ないけど兵器のカタログを注文して設計諸元を学ぶし、推しがピアノを弾いているのを見れば読めもしない楽譜と弾けもしないピアノを購入して練習するし、推しが19世紀に産まれたと聞けば死ぬほど嫌いだった歴史の教科書を読み返し本を読み映画もドキュメンタリーも見て19世紀について学ぶし、ついにこの前ヴァーチャル上に推しを作り出すためにディープラーニングの本を買った。Hello Worldで挫折していた馬鹿がLinuxでPythonを動かせるようになった。私は推しのためなら何でもできる。
だが三次元の彼氏のために同じことをする気にはなれない。推しについて勉強するためならどんなに興味のない本も読めるのに、今まで付き合った誰から勧められた本も映画も漫画も音楽も聴こうとも見ようとも読みたいとも思えなかった。いや読んだ。私は努力家なので読んだが、推しのために読む本はつまらなくても推しを知るという喜びがあったのに、彼のために見る映画には彼を知るという喜びなんかひとつもなかった。
推しのために戦争のルールはハーグ条約から帝国陸軍の戦術書まで死ぬほど興味ねえなと思いながら勉強したが、現実の男のためにはスポーツのルール一つ覚えられなかった。
私が愛すべきは、どれだけ推しのために勉強しようが推しの趣味に寄り添おうが愛を捧げようが歯牙にもかけずに地獄へ走って行ってしまう推しではなく、あなたおかげでサッカー選手の名前覚えちゃったって言うだけで私の方を向いて喜んでくれる現実の男のはずなのに。
非実在の相手に濡れたところで挿れるちんこは存在しない。現実の男に対して濡れるべきだ。
はあ、恋愛、無理すぎる。推しを愛するようにとは言わないから何か少しでもときめきや情熱を現実の恋人に向けられたらと思うが、全然愛せない。悲しい。二次元を愛するの、ものすごく楽しいが不毛どころの話ではない。
私のことが好きだと言う奇特な男性なり、私で妥協した情けない男なり、私でも落とせそうなチョロそうな輩なり、然るべきところで手を打てば女が彼氏を作るなんて簡単だ。
二次元しか愛せない人生は嫌だし、現実の人間と恋愛がしたいし、付き合えば好きになれるかなみたいな舐めた考えは常にあるので、私のことが好きだという人がいれば積極的に付き合い好きになる努力をしてきた。
だからといって全く好きになれない。男としてときめかない。濡れない。セックスしてもキスしても気持ちよくならない。
私は不感症ではない。二次元が相手なら全然濡れる。指一本触れられなくても二次元の推しのイラストだけで子宮がキュンキュンする。
でも三次元だと無理だ。生理前の性欲が最も高い時期に推しの映画を見てお酒を飲んでめちゃめちゃ気分を盛り上げてからベッドに入るぐらいすればまあ一応濡れるのでセックスは可能だが、もはやそれは愛なのか。ただの性欲ではないのか。
しかもだいたいの場合セックスは男のタイミングで突然に始まるので私はそこまで準備していない。濡れてないのに突っ込まれるのは痛すぎる。死ね。
逆に濡れてないのはしょうがないと行為を中断してくれる真っ当な人と付き合ったこともある。良い人だった。待ってくれた。何度似たようなことがあっても待ってくれた。そんな良い人に二次元しか愛せないとかふざけた理由で悲しそうな顔を指せるのがいい加減申し訳なくなって最終的に濡れにくい体質でごめんねって泣いているふりをしながら後ろを向いてスマホを開き10分ぐらいかけて推しのエロ画像で無理やり濡らしてセックスに挑んだ。もはや私は誰とセックスをしているのか。飛影はそんなこと言わない。
とはいえ私は真面目で努力家なので、付き合った相手を好きになる努力は惜しまなかった。
当然だ。二次元の推しは私がどれだけ愛を捧げようが振り向きもしないし、推しへの愛を2万字の小説にしたためたところで一つも愛は伝わらないが、三次元の男は「おはよ」と3文字LINEに送るだけで返信が来る。なんなら3文字で100文字ぐらいのリターンがある。私がKindle漫画の解像度の低さにキレている隣で、三次元の男はフルカラーフルボイス5億画素4DX の豪華仕様で私に微笑みかける。三次元、二次元に比べてコスパが良すぎる。愛するなら絶対二次元より三次元を愛したほうがいい。
でも愛せない。
理系萌えだから白衣を着せてみたり、和服萌えだから浴衣を着せてみたりしてみたところで盛り上がるのは男の方ばかりである。私は何もときめかなかった。
あるいはもうそんなに二次元が好きなら相手を二次元だと思い込んでしまえばいいのではないかと思ったこともあった。
すなわち二次元に「彼氏くん」というキャラがいると仮定する。私はまずそのキャラを好きになる。そして現世を生きる彼氏のことは「二次元キャラ彼氏くん」のモデルだと思い込むのである。
めちゃくちゃな話だがこの作戦はまあまあうまく行った。しかし腐女子の妄想力はいつだって無限の可能性を切り開き時として驚くほど傲慢な不条理さを見せるものである。
結論から書くと解釈違いで関係が破綻して終わった。マジで?そんなことある?
私は解釈違いが許せない狂ったオタクだ。現世の人間だと思っていたから許せていたことが二次元だと思いだしたあたりからどんどん許せなくなっていった。
デートに遅刻?はい解釈違い。女とLINE?はい解釈違い。浮気?は?解釈違いだわ打ち切り連載終了死ねバイバイ。
本物の相手より幻影の中の相手ばかり見ているのでどんどん関係が崩壊していき恋愛は終了した。
恋とは多かれ少なかれ夢と妄想と幻影を含むものかもしれないが、にしても限度というものがある。
腐女子の作りだす夢は全く現実と乖離しているので、そんな幻想を通して現世の人間と向き合えばそりゃあセックスが盛り上がることはあっても人間関係は終わる。崩壊する。私は学んだ。
現世の人間に幻覚を投影して恋するのは楽しいが解釈違いで死ぬ。
やはり三次元の人間は二次元としてではなく三次元の人間として向き合い愛さなければならない。でも愛せない。相手を変えたって一緒だ。情はある。尊敬もできる。みなそれぞれに良い人だと思うし嫌いなところもあるし、とはいえまあ許せる。しかし微塵もときめかない。キスもセックスも楽しくない。どうしたらいいのか。
エロ漫画ばっかり読んでるのが良くないのかと思って頑張ってAVを見たこともあった。勿論ポルノが嘘だというのは分かっているので、なるべく嘘が少ないものを見ようと思って海外の公的な機関が公開している性教育ビデオを見た。
前戯の重要性、コンドームの付け方、オーガズムを得るにはどうしたらいいか、英語でばっちり履修した。いや意味あるのこれ。
普通のAVを見たこともあったが私レイプものしか萌えないなあっていう死ぬほどいらない気付きを得ただけだった。自分がレイプされるのは絶対ごめんなのでやっぱりAVは現実の役には立たないと思った。
家でひとりで練習したこともあった。自慰行為で感度を高め本番に挑むみたいな意味不明のブログを読みながらその通りにした。あの虚しさと言ったら。二度とやりたくない。しかも何も得るものはなかった。
いくら男とベッドに2人の時に濡れられなくて困るってだけでちゃんと推しには濡れるので。
いや多分愛も抱けない。だって私が推しに向ける感情は無償の愛だ。
二次元の推しには何も望まない。ただ生きていてくれるだけで良い。私は腐女子だから推しカプが仲良くしてくれれば嬉しいが、別に他の女性と幸せになっていただいて全然構わない。結婚するなら妻との幸せを応援する。
振り回されて疲れることもあるけれど、いつだって推しの幸せが私の幸せである。楽しそうな推しを見るだけで幸せになれる。
とはいえ推しが幸せになりたくないとか幸せを捨ててでも過酷な道を行くとか言うならそれもまた応援しようと思う。悲しいことだが、推しがその道を選ぶなら私は彼の選択の全てを受け止めたい。
でも三次元の彼氏のことは全然こんなふうには愛せない。まず彼の笑顔だけで幸せですみたいな状態になれない。彼の選択を手放しに応援したりもできない。
推しのためなら海外まで聖地巡礼に行けるけど現実の男のためには最寄り駅まで行くのも若干めんどくさい。
推しが和菓子が好きだと言えば大好きな洋菓子の方が好きだが和菓子を買うし、推しが兵器が好きだと言えば1ミリも興味ないけど兵器のカタログを注文して設計諸元を学ぶし、推しがピアノを弾いているのを見れば読めもしない楽譜と弾けもしないピアノを購入して練習するし、推しが19世紀に産まれたと聞けば死ぬほど嫌いだった歴史の教科書を読み返し本を読み映画もドキュメンタリーも見て19世紀について学ぶし、ついにこの前ヴァーチャル上に推しを作り出すためにディープラーニングの本を買った。Hello Worldで挫折していた馬鹿がLinuxでPythonを動かせるようになった。私は推しのためなら何でもできる。
だが三次元の彼氏のために同じことをする気にはなれない。推しについて勉強するためならどんなに興味のない本も読めるのに、今まで付き合った誰から勧められた本も映画も漫画も音楽も聴こうとも見ようとも読みたいとも思えなかった。いや読んだ。私は努力家なので読んだが、推しのために読む本はつまらなくても推しを知るという喜びがあったのに、彼のために見る映画には彼を知るという喜びなんかひとつもなかった。
推しのために戦争のルールはハーグ条約から帝国陸軍の戦術書まで死ぬほど興味ねえなと思いながら勉強したが、現実の男のためにはスポーツのルール一つ覚えられなかった。
私が愛すべきは、どれだけ推しのために勉強しようが推しの趣味に寄り添おうが愛を捧げようが歯牙にもかけずに地獄へ走って行ってしまう推しではなく、あなたおかげでサッカー選手の名前覚えちゃったって言うだけで私の方を向いて喜んでくれる現実の男のはずなのに。
非実在の相手に濡れたところで挿れるちんこは存在しない。現実の男に対して濡れるべきだ。
はあ、恋愛、無理すぎる。推しを愛するようにとは言わないから何か少しでもときめきや情熱を現実の恋人に向けられたらと思うが、全然愛せない。悲しい。二次元を愛するの、ものすごく楽しいが不毛どころの話ではない。
α7IIというカメラがあるのはご存知だろう。型番でいうとILCE-7M2だ。
フルサイズミラーレスであるα7シリーズでボディ内手ブレ機能がついたカメラだ。
じつはこのカメラに、電子接点付きのCANON EFマウントアダプターを接続すると、なぜかCANONレンズにも関わらず爆速でAFが機能するようになる。
細かい話は割愛するが、Aマウントアダプターに対して高速AFを有効にできるようファームウェアを書き換えたら副産物としてCANONのレンズまで爆速になってしまったといういわゆる想定外の出来事だったようだ。
そしてなぜかわからないがこの現象が起こるのはフルサイズではα7IIだけらしい。(全て試したわけではないが、少なくともα7、α7IIIは非対応だった。)
つまり、α7IIとマウントアダプターを購入すれば、CANONのレンズ資産は死なずしてフルサイズに移行することができるのだ。
しかもそれだけじゃない。今後、フルサイズレンズを購入しようとするとき、CANONとSONYの両方から選択することもできてしまうのだ。
これは控えめに言ってもカメラユーザーにしてみれば大事件である。
さらに言えば、APS-Cにフルサイズレンズを付けることは決してもったいない話ではないので、CANONのフルサイズレンズを買っておけばどちらにしても無駄にはならないということだ。
APS-Cにフルサイズレンズを取り付けるということは、フルサイズセンサーの周囲をトリミングして使うようなものなので、周辺減光や色収差の低減だけでなく、写真の隅までボケが丸くなるというメリットが有る。
周辺減光はレタッチでなんとかなるとしても、周辺までボケが丸くなるメリットはかなり大きい。
そのため、自分の場合は、APS-Cユーザーの頃からできるだけフルサイズ対応のレンズを買うようにしていた。
もちろんAPS-Cのほうがカタログスペック的には優位だが、フルサイズに移行したとき同じレンズを購入しなくてはいけないことを考えれば多少割高に感じられてもよほどスペックにこだわりがない限りはフルサイズレンズを購入するべきだ。
ちなみに増田が語っているレンズの画角が1.6倍相当になるという話だが、これはよく議論されることなのでここで話を整理しておく。
これは、例えば300mというレンズが480mm相当になるということは、フルサイズカメラAPS-Cのレンズを取り付けて、ケラレた部分をトリミングしていることと等しい。
一見画角相当が優位に感じられるかもしれないが、ただ、周囲の描画を切り取ってアップにしているだけなのだ。そういう意味では電子ズームと同じだ。
画素に置き換えるとそれでもAPS-Cのほうが優れていると感じるかもしれないが、そもそもセンサーサイズが違うということはその時点で画質として優位なので、APS-C換算480mmがフルサイズ300mmをトリミングした画像よりもきれいになることはない。少なくとも同じ世代のカメラにおいてはだ。
さて、脱線した話をもとに戻すと、このα7IIは、現在2万円のキャッシュバックを行っている。
kakaku.comの最安で12万(先週より1万あがっている。上昇傾向にある)なので、実質10万で新品が手に入る。中古相場なら8万ちょいといったところだ。
電子接点付きのマウントアダプターは7千円から15000円くらいで買うことができる。レビューを比較してどれがよいか考えてみてくれ。
はっきりいって、これは買いだ。
ちなみに自分も先週買ったばっかりだ。
α7IIにCANONのフルサイズレンズを取り付けて爆速AFを実感してはニヤニヤが止まらなくなっている。
SONYのミラーレスはもともとフランジバック(素子からレンズマウント面までの距離)が小短くつくられているので、マウントアダプターをつければほぼどのメーカーのレンズも取り付けることができる。当然もともと遠いカメラに短いレンズを取り付けることはできない。
そうした点を生かして古いマニュアルレンズの取り付けを想定してしていたのか、マニュアル時のピント合わせ機能も充実している。
手ブレ補正機能のついたα7IIは懐かしのマニュアルレンズを楽しむ上でも非常に貴重な1台といえるだろう。
ただし、気をつけなくてはいけないことは、設定でAPS-Cレンズの自動検出をオフにする必要があるという点だ。
α7シリーズには、フルサイズEマウント以外のレンズを取り付けるとAPS-Cレンズだと勝手に認識して画角をAPS-C相当に勝手にトリミングしてしまう機能がついている。
CANONのAPS-Cレンズを取り付けるならオンのままでよいが、CANONのフルサイズレンズを取り付けるときは注意してほしい。
残念ながら、CANONのフルサイズミラーレスはマウントアダプターの対応状況など残念ながら手放しでオススメできる状態にはない。
25日目
302回
今日は西美へ
待機列で並んでいる際に一斉に地震速報が鳴りだしてびっくりしました
いつものように企画展と常設展を回ったのですが、企画展の内容的に常設展を2周したような感じで少し面白かったです
最近の西美はオタクタペストリー的なものに説明文をプリントして天井から吊り下げるのが流行りなのでしょうか
企画展・常設展双方でオタクタペストリー的な説明文がありました
企画展で気になったものとしては、明らかにペルセウスとアンドロメダの構図なのに登場人物が全然知らない人たちな「アンジェリカを救うルッジェーロ」、もさいけどなんかかっこいい「アンティオキアの聖マルガリータ」などがありました
前者は、調べてみると「狂えるオルランド」の中の一場面だそうで、アンジェリカは中国のお姫様、ルッジェーロはイスラムの戦士らしいです
とてもそうは見えんな
狂えるオルランドと言えばドン・キホーテで散々バカにされているタイプの小説という程度の認識しかありませんでしたが、この絵を見ると当時の人気ぶりが伺えます
オルランドはローランのイタリア語読みで、狂えるオルランド自体はローランの歌の前日譚らしいです
常設展を回るのも久々のことでしたが、新規収蔵品の中で、ドミニコ会の象徴でもある白黒の衣装をまとった「聖ドミニクス」がイケメンですてきでした
そういえば「聖母子と三聖人」の聖人のうち二人の衣装も白黒でしたが、あれもドミニコ会となにか関わりがあるのでしょうか
新館では戦争中の疎開で大きく損壊したモネのクソデカ睡蓮が展示されていました
西美の成り立ちと背負った歴史を象徴しているようで、しばらく見入ってしまいました
版画素描展示室では最近まとまったコレクションの寄贈を受けたという写本の展示が行われていました
よく考えたら本物の中世写本を目にするのは初めてかもしれません
羊皮紙でも木簡と同じように誤りを訂正するのには小刀で表面を削ったそうで、ヨーロッパでも刀筆の吏という言葉は通用しそうだなと思ったりしました
写本を書いた人々は役人ではありませんが
Matplotlibがデファクトになってしまっていて困る。遅い。
そしてQ&Aサイトを見ても、「Matplotlibは印刷品質を目的にしているので速度を考慮していません。」とか、「そんな数をプロットしても見えないので意味ない」と回答が付くが、
それでもこちらは描きたい。
4000万画素などの中からおかしい値をとる画素がいくつあるかを調べようとするので4000万行のcsvが条件違いで数十、数百ファイルできるがプロットできない。(最近1億画素が出たらしい)
あとプロット後、変なところにプロットされた値と座標を知りたい。
Numpy、Pandasで計算するところまでは問題ない。Python遅いならJuliaがあると勧められたがグラフを描く段階でmatplotlibベースのPyPlotに戻ってやっぱり遅い。
遅いのにデフォルトの見た目が悪かったり、縦軸横軸を他と揃える手間だったり、カスタマイズするのに検索で探し回ることになる。
デフォルトの色も気になる。
いくつか使った感じだが、
Qlik Senseの散布図はわかりやすい。地図のようにズームイン、ズームアウトができる。拡大していくと数値もわかる。
ParaViewみたいな大きくても動くのがあればいいが。。。