はてなキーワード: e-Sportsとは
BOとは"best of"の略で、後ろに付いた数字が1試合での最大バトル数を示す。 例えばBO3の場合は、先に2本取ると勝者になるため、1対1となった場合、最大3戦で勝負が決まる。
例文:「BO3でやりたいなぁ」
特に論拠のない個人的なイメージだけど、このまま商売最優先で雑にポリコレ持ち込まれたら格ゲー界隈の熱の4割ぐらいは消えちゃうと思う。
残った6割をちゃんと育てる気概がe-Sports界隈には見えないのが何とも怖い部分ではある。
商売を回すためにゲームタイトルどんどん切り捨てて新作出してる時点でビジネス以外の何物でもないよな。
今のe-Sports界隈って、ブラジルのスラム街でサッカー上手いチンピラを何の教育もなしにいきなりトップリーグに出してるような杜撰さを感じるのよな。
もちろん全員がそうじゃないってのは分かってるし、ちゃんと地位向上させたいって頑張ってる人たちが居るのも知ってるけど、
関わる人全員が商売最優先で踏むべき段階を飛ばしてるというか、なんというか。
プロとしてスポンサー背負う以上言動に気を付けるのは競技のジャンルを問わず最低限の事実だし、
あの女性プロがプロの資格なかったのは事実だけど、切って捨てて別のプロゲーマー拾っても同じことになるだけじゃないの?って思うのよな。
必要な土台を誰も組もうとしてないのに上物を我先にと建てて儲けようとする輩ばっかり目立ってる感じ。
Cカップ以下の女性に人権ないとか、身長170cm以上の女性は人権ないあたりの公言が許される業界なんてe-sports以外でもないから安心してええぞ。そういう意味で特別ではない。あと今回のケース、やってたゲームが影響してるようには見えんからスポンサー関係ないやろ
'80年代半ばまでは、あなたの言うことは間違ってないけど、風営法の改定を受けて'80年代終わり頃からの直営店の広がりによっていわゆるゲームセンターの「健全化」が急速に進んだんだよ。照明は明るく、クレーン機等が多数投入されて、ファミリー層も足を踏み入れられる雰囲気になった。ゲームセンターはその頃に大きく変わったんだ。
そして、その「健全化」したゲームセンターの一角で「ゲームオタク」達が群がったのが格ゲーの世界であり、彼らは'70年代にゲーセンにたむろしたヤンキー達とはまた異なる種族だったんだよ。ゲームの腕前があって、それなりにイキリ散らかす奴もいたけど、基本的には研究し修練し競い合わなければいけない実力主義の世界であり、リアルの生活とは別の価値観が支配していた。ゲームさえ上手ければヒョロだろうがブサだろうが立派に一目置かれる世界だったんだよ。そんな彼らが今のe-sportsへと続く現在の「ゲーム文化」の基礎を築いたのは間違い無い。
だから、元増田が言うように、オレも、あのプロゲーマーの言動はゲーム文化の「破壊者」ではなく「ルーツ」に近いものと感じるし、それだけに今回の結果には割り切れないものを感じるな。
格ゲーでもソシャゲでも使われる、つまり若くてコミュニケーション旺盛なオタクはかなりの割合が馴染んでる「人権」という言葉やその他の煽り表現を使ったプロゲーマーが制裁されたわけだが、私はこれに全く納得がいかない。
煽り合い、即ち言葉を使った殴り合いは、ある種の界隈において大きな価値がある。
Hip HopのDisりあいもそうだし、プロレスのマイクパフォーマンスもそうだ。
煽り合いやDisは喧嘩でもあればじゃれあいでもあり、コミュニケーションでもあり、エンタメでもある。
それゆえに、過剰で個性的な表現が作られたり、逆にみんなが使った流行語も混ぜたりして、独自性と一体感を混ぜ込んだ盛り上げるやり取りが日々工夫されている。
もちろん、完全にビジネスやエンタメとしてのやりとりなわけではなく、時には本気の怒りや悲しみや傷つきが混ざることもあり、それが更に深い味わいを生む。
ボクサーは殴り合いという本来野蛮な行為をエンタメとして興行化しているが、彼らの戦いの中に本気で「何を犠牲にしてもあの野郎は気に食わない、ブッ倒したい」という感情が混じることがあるようなものだ。
殴り合いは面白いから金にしたい、ロックやHip Hopは魅力があるから金にしたい、e sportsに魅力があるから金にしたい、そういう動きがある時、それらの分野の暴力性込みで発生する魅力に人々はひきつけらているはずだ。
にも関わらず、たまたま運悪く注目されて非難されたら、暴力性も魅力と踏まえてたことなんか知らんぷりして、お行儀よい振る舞いで「いけませんよやっぱり」といって処分する企業、処分を求める消費者、そんな社会に全く納得がいかない。
一応言っておくが、私個人は、暴力的な言葉の応酬はあまり好まない。
完全フィクションな物語のセリフなら楽しいが、虚実皮膜の状態でやりとりされてると怖い。
だからHip Hopのアルバムは好んで聞くがラップバトルは見ない。たまに見るゲーム配信者は発言がまあまあ丁寧な人で、その人がオラつき系配信者とコラボすると「関わらないでくれよ」とは思う。
だがそれは、「私の見ない暴力的ストリーマー文化」が「私の見る穏やかストリーマー文化」に浸食しそうになるから顔をしかめてしまうのであり、暴力的ストリーマー文化自体が私の見ないところで元気にやってるは非常に良いことだ。
さて、たぬかなのやっていたような、ゲーセン発祥の対戦格ゲーは、当然煽り合い上等の文化であり、その暴力性含めて面白い文化であり、企業も社会も、それを承知の上で盛り立ててきている。
じゃあそれはそのままでいいじゃん。なんでそれをゆがめようとする。
煽り合いのe-sportsが興行になったって、それ以外の文化は侵食されない。
厳密にはゲイ擁護だった「イケメン」という言葉が一般的になったような何らかの僅かな流入はあるだろうが、そこまで咎めだしたら社会の全てが許せなくなるだろう。
日本代表チームが世界に再挑戦(前回はプレッシャーに負けたのか予選大会で1勝4敗)する.日も迫ってる。
ここのDETONATION FOCUS ME(通称DFM)が日本のチームだ。
それなのに全然盛り上がってない。
増田にもLoL見てる奴がいるんだな、と妙な親近感を持ったもんだ。
2021年の今、相変わらずはてなでeスポーツを語る奴は少ないが、eスポーツを取り巻く状況は大分変わった。
【LoL】日本代表DFM、Worlds 2021で歴史的快挙 宿敵C9を下し、悲願のグループステージ進出決定!
https://game.asahi.com/article/14456341
9万だ。トレンドにもなった。あの頃は1万程度だったと記憶している。
それに気づいたら急激に冷めてしまった。
強ければ正しいという猿山ルールのもとで生まれつき反射神経や思考瞬発力が高い連中がイキってるだけの地獄。
やってることは体育の時間にサッカー部がウェイウェイしながらモヤシっ子に暴言を吐いていたあの光景からなにも変化していない。
ソレに気づいた瞬間に急激に冷めた。
試合で選手が結果を出していても、彼らがあくまで選手であって単に趣味としてゲームを楽しむ人間とは一線を画したものであると思った瞬間に冷めた気持ちが湧いてくる。
たまたま勝ちやすい世界がゲームだったからゲームを選んだだけで、もしもVtuberやデイトレーダーの方が儲かると感じたらそっちをやっていただろう。
そう感じる度に熱量が冷え込んでいった。
もう楽しめない。
どうでもいい。
スポーツ選手が歓声を浴びているだけならまだ耐えられても、自国選手が活躍したことに「感動をありがとう」と付け加えてしまう実況解説を見ると世界が違いすぎてもう無理だ。
世界チャンピオンの最高の試合より、自国選手のしょっぱい勝利に沸き立つな。
そういう文化が駄目なんだ。
私はこれはゲームのうまい人の問題ではなく、e-Sportsに関連した問題だと思っている。
e-Sportsの発展によって、多くの大会が開かれ、出場して賞金を獲得する。
大会に勝てなければ、利益がでない会社を起業するというのは、ロマンの領域だ。
私はそういう認識なのだが、もしかしたら全く違うのかもしれない。
まぁなんにせよ、そのおかげでゲームがうまい人たちというのは、会社に属し、一定の収入を得てプロを名乗ることが出来る。
定義上はそうなる。しかし実際は堂々とプロを名乗るには自身のゲームスキルを証明しなければならない。
例えば大会に出場し、よい成績を収めるというのがいい例だろう。
日本においてe-Sportsの大会はあまり賞金を出せないし、賞金が少なく、日本人だけという大会は軽視される可能性がある。
成績を残すには、世界で開かれる大会に出るということも選択視に入れないといけない。
有名な大会になれば、大会で名をのこすということの難易度が上がっていく。
大会で実力を証明するとは別に、他の方法で実力を証明することが出来ればよりよいだろうということだ。
レーティングシステムやランクシステムがあるというのは実力の証明として使えるだろう。
これも完ぺきではなく、ゲーム内での出来事に限定されてしまうし、すごさが伝わりにくい。
そういった中で、プロがネット上で公開レクチャーをするという行為は実力を証明する場としてよいだろうと考える。
ゲームを外部の人間にプレイさせ、レーティグやランクの上げる難しさを理解し、なおかつプロの手助けによって上達していく。
FPSなどのチーム戦でよい所は、プロが一緒にプレイし協力することによって、プロがどのように考えて行動しているのかが分かりやすくなる。
単純なレクチャーを超えているのだが、受ける側も短期間である程度の実力を証明された存在とすることが可能なのだ。
もちろん受ける側本人の努力を全く必要としないことを意味しない。
プロによるこういった行為は、弱者狩りや適性ルート外でのモラルに反する行為であるとされてしまうが
そう単純ではないだろうと私は見ている。
例えば、ランク上げなどに金銭が絡んだ場合は、悪質性が高くなると考える。
態度を表明することが遅れたが、私は"プロによる実力の証明"としてのレクチャーやサブ垢を作っての教えることを目的とした協力には肯定的な見方をしている。
結果としてランクやレーティングが向上してしまうのは問題ないと考えている。(ある程度のレーティングやランクを目指すこともレクチャーに含まれる場合はそれも許容する)
なぜ肯定的かというと、e-Sportsが盛り上がるかという視点で考えるとその方がよいだろうと思っているからだ。
2.プロによって他のプレイヤーのレート、ランクポイントを搾取しているのでは。
5.教えるという行為を言い訳にし、プロが気持ちよくなっているだけでは(または肉体的満足を満たそうとしているのでは)
1は満足いくプレイングというのは、滅多にないことだと私は思っている。
勝ち続けるということはなく、どこかで負けてしまう。
プロによるものというより、向上心で負けていることが多いのだ。
プロにレクチャーを受ける向上心に負けているのと同じことで、私は違いはないと思っている。
対人ゲームはゲームがうまい人間に搾取されるゲームであり、レクチャーであっても違いはない。
3.初心者狩りなどはどのゲームにも付き物であり、当然否定的な行為にあたる。
彼らは初心者に対しても敬意をもって接するべきだし、それが悪質な初心者狩りと違うことを明らかにしてくれるだろう。
4.プロによるサブ垢を使用したレクチャーが、システムに対して何らかの影響を及ぼすのはその通りだろう。
何らかの限定を付けるべきだろう。私はe-Sportsのことを考えているのなら、こういった行為をシステムに組み込むべきだと思っている。
5.確かに金銭的な利益は悪質性があるとみているが、肉体的な利益に関しては何とも言えない。
しかしプロは自分の実力を外部に証明するためにやっているという限定付けることで回避できるだろう。
以上になるが、4については将来的にもそうなるべきだと思っている。
プロがプロであるために、それは野良に負けるということは極力避けなければいけない。
プロがレクチャーを行い、プロによる囲い込みを行っていくこと。
そうすることによって現実のスポーツのようになっていくのではないだろうか?
現実のスポーツもすごいコーチについてもらった方がうまくなるだろう。
当然私が思う懸念点はある。
Red bull 5Gってe-Sportsのイベントやってるんだけど、今回麻雀(雀魂)が採用されてんのね。
いまオンライン予選会やってるんだけど人がいなさすぎてヤバい。腕に覚えなくてもいいから来てくれ
何度も回答ありがとう。
確かに。そもそも他のいろんな大会と比較しても、実況というものが少ない。
わかっている人向けの解説を受けてわかっている人が見るので、どこで気持ちが動くかというのは自己解決する。
自分たちで自ら雰囲気を変える。ボルテージを上げる。だから実況はいらない、とかだったりして。
これはかなりあると思う。ちょっと前までは喋ろうものならプレーの邪魔だろといわれていたし。
でも、他の大会でも心を揺さぶるような激しい実況っていうのはあるから
誰でも盛り上がる手段の一つだとは思う。
これを興味を持っていない人を引き込むための演出に変えるとすると
元からこういうゲームが好きな人は離れるんじゃないの?とも思う
こう思われるのが実はまずいんだ…
公式大会とは言ったが、これはただ上手い人を決める大会ではない。
正しい認識かはわからないが、既存ファンの満足だけでなく、新規ファンの獲得も狙わないといけない。
https://youtu.be/4pOoGviZ4xE?t=1705
プロデューサーによる開会宣言。ちょっとボケを入れてるが、「好きになってくれる人を一人でも増やすこと」と明言している。
「いい配置ですね」と途中で解説の人が言う場面がある
…
申し訳ないんだが、「いい配置ですね」というのは逆転が起きない流れになったという意味合いではないんだ…
解釈によってはそういう意味合いにもなることはある、ぐらいなんだが、基本的には全く違う意味なんだ。
こうなってくると、解説のワードにもやはり気を使わないとな、となってしまうな…
愚痴になってしまうが、なんだかどんどん既存ファンだけが喜べばいい、という方向に視聴者もなりつつある感じがして、ただの大会ではないe-sportsとしてどうなのか、と思ってしまった。
個人的にはこの解説していた方には大満足なんだ。ただし、新規層獲得、e-sportsという観点からはちょっと考えないといけないことがあると思う。