はてなキーワード: プロ意識とは
仰るとおり、手に負えない相手として「やくざ」という単語を用いています。古式ゆかしきヤクザさんはカタギの人に迷惑はかけないといいますし。
弱い人間が強い後ろ盾を持つ事で「勘違い」してしまうとこうなる、って事ですね。
「お客さん」がいる仕事、いい物を作って評価や喜びの声を得る機会がある仕事は、誰もが一度は経験したほうがいいと思うんですよね。
自分はモノを作る世界からそうでない職種に移って、周囲を見るにつけひしひしとそれを感じています。
「お客さん」を相手にしたことがない人は自分のお給料の出所を軽んじる傾向があるように思うし。
形として何も残らず工夫の余地もない類の単調な事務職を無目的にずーっとやっていると、プロ意識があるとはどういうことか、自分の仕事に誇りを感じるとはどういうことか、を知らずに老いていきかねないなと思うし。
スフィアの皆さん、ブログでそれぞれの思いの丈を書かれていますね。
私としては、別に豊崎さんが誰と付きあおうと戸松さんが誰と付きあおうと別に構わないのだが、
「豊崎さんが○○と付き合ってる」
「戸松さんが○○と付き合ってる」
って噂になると、おのずとスフィアメンバーである寿さんや高垣さんも疑いの目がかけられることは必死。
彼女らがどんなプロ意識をもっているのかはよくわからんが、夢を追いかける寿さんや高垣さんのキャリアまでなぎ倒しえない今回の騒動の中で、現在のところ被害にあっていない寿さんや高垣さんへの謝罪があってもいいと思った。
もちろん、内輪では謝罪しているだろうけど、今回のブログエントリーの中にもあってよかったと思う。
“本人の自主性を尊重して”だなんて。はっきり交際についても容認しますとかいえばいいのに。
最後に。
謝罪するぐらいなら、謝罪に至る経緯を自分自身でも綴れよ。
公私混同しないとかエントリーにかきながら、エントリーの内容はおもいっきり公私混同して見えるのは私だけ?
「声優・アイドルとしての私」と「プライベートの私」は同一人物っていうふうにエントリーの内容をみていると思えてしまう。
乱文失礼。
P.S.イカ娘OPの権利を奪い去るような下品な真似をしなくっても人気あるんだから、スフィアに求められるような仕事をしてくれることを切に願います。スフィアクラブおもしろいぞ!
豊崎や戸松らが騒動にコメント、事務所は発端のブログなどに法的措置も。
http://www.narinari.com/Nd/20111016572.html
この事件、そんなに詳しくは見てないんだけど、それにしても事務所の脇が甘い。
なのにもかかわらず、訴訟とかブログ停止とか都合のいいことを言い過ぎてる。
女性声優に関して、ドル声優的な売り方は最近主流になってきてるわけだけど(そのせいで個人的関心が薄れてるのも確か)、AKB然り、アイドルの類は「アイドル」もしくは「アイドル声優()」という売り方をするときにどういった前提条件が必要になるのか、マネージメント側と消費者側が共通認識として最初から持っていなければならないはずで、互いがそれをわかった上で商売が成り立ってる。
基本はプロレスと似たようなもん。だから、変な茶々は余計に事態をこじらせるだけになる。
ただ、今回の事件としては、マネージメント側の脇が甘すぎたせいで、売り手側に前提条件の欠如が生まれたわけだ。
早い話、テレビを買ったらチューナーがなくてテレビが見られなかったとか、新車を買ったのにエンジンがなかったとかそういうレベル。
ドル的な売り方が主流とはいえ、ドル的な売り方をしない人もいっぱいいる。現にそういう人は交際にしろ、結婚にしろ批難されるようなことは起きてないわけで・・・。
ドル声優的な売り方をする以上覚悟することは多々あるわけで、それによって生じる犠牲を覚悟する代わりに稼ぎや人気が増えるわけでしょ?
にもかかわらず、犠牲を覚悟しきれていない時点でプロ意識が足りないというかなんと言うか・・・。
現に、田村ゆかりなんかは忠実にアイドルであるわけだし、はたから見る分には完璧にこなしているようにみえる。(ファンかどうかはともかく)
結構反応見てると「ばかじゃないの?」とか「人なんだから交際とか結婚して当然でしょ?」みたいに反応する人がいるけど、あなた達は、チューナーがついていると疑わずに買ってきたテレビにチューナーがついていなかったらというどういう反応をしますか?
これで怒らない人が今回の件に関して「ばかじゃないの?」というのであればアスペか聖人君子なのでしょう。
そうなったら、「私が悪かった」と謝るしかない。
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ってか、この説明で合ってるよね・・・
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ちなみに、この件で発狂してるドルオタが木村なんとかさんのデキ婚騒動みたいな目にあったら卒倒するんだろうな・・・。
なんとひ弱か。
風俗嬢やってる自分にいまいち納得がいってない、って感じじゃないの。
もうやめるか、もっと「プロ意識」持ったほうがいいんじゃない?
※散文、乱文、オチ無し、主張なし、まとめなし
※なんか客宛に書いてるみたいな感じだけど、よくよく考えてみると、
どちらかというと客じゃないしなんも考えてもない第三者に「誇りを持って云々」て言われるのに一番ムカついてるっぽい
明らかに見下してるっていうか蔑んでる客にももちろんイラつくけども、
「○ちゃん女神だわ」とか「誇り持つべきだよ~」みたいに言ってくるジジイにイラつく。
ネットでも、風俗嬢や水商売の女がまとめブログのコメント欄で叩かれてたり、
フェミの人たちが「搾取されてる」みたいなことを言ったときに、
『いや、彼女たちは誇りを持ってやっているんだ、馬鹿にするな』みたいに言う人がいるけど、
なんかそっちのフォローしてくれてる方にモヤーっときちゃうんですわ。
その言葉によって隠れちゃう悲惨な現実もあるのに。いや、むしろ隠したいのかもしれんが。
肉便器とか生きてる価値なしとか言われるとマジで怒りに震えるし、
フェミの人に搾取云々て言われる時も、その奴隷扱いにムカついたりする。
フェミの人のそういう発言にムカつきそうになるとき、
で、なんでかっていうと、
ホントはこの仕事をやりたくないけどやらざるを得ないからやってる人はいっぱいいるんですわ。
こんな話すると『ネタだろ、今は女子大生やOLがお気楽にアルバイト感覚でやってるんだろ』、
とか思ってしまうオジサン方もおられるかもしれないけど、
実際、親の借金で、とか、学費や生活費が必要だけど時間と金のこと考えるとこれしかない、とか、
もちろん自分の借金のためって人もいるし、明らかに頭が弱くて(知的障害一歩手前?)これ以外に仕事が無い、とか、
シングルマザーの人とか、会社クビになって働き口がない人とか、精神病んでいて毎日会社に行くのが不可能とか、、、
そういう人がかなりいるんですよ。
なぜかって言うと、やっぱり、開き直ろうとか堂々としようとか思っても、
ずーっと刷り込まれてきた常識(風俗嬢は汚い存在、的な)はやっぱり拭えなくて、
自分の人気が金に直結するシビアな仕事だからストレスも貯まるしで、
摂食障害を患っている人や自傷行為をする子もかなりいるんですわ。
あとはもともと病んでる人も多い。
だいたい、罰金制度みたいな違法な制度が普通に横行してるのは、
やっぱ、従業員が辞めたくても『辞められない』って現状をわかってるからであって、
そういうのを搾取と言うんかな、と思ったり。
だから客に「○ちゃんはプロ意識あっていいなぁ、女神だよ、それに比べてうちのOLは…」
みたいなこと言われたり、
ネットで知らないオジサンに「彼女たちは誇りを持ってやってるんだ!馬鹿にするな!」
みたいにフォローされたりすると、
「は?何が女神だよ誇りだよクソが。こっちはしかたなくやってんだよ。
大量に食ったものを嘔吐し、手首を切り裂き、不眠で眠剤飲みながら、
それでも金のためにしかたなくやってんだよ。お前の会社のOLになれるならなりたいわクソが。
誇りもクソもねーわ。
自分が気分よくちんこ勃たせるために現実を見たくないのはわかるが、それが現実じゃクソが」
そういう一時的なフォローとか変な神格化?みたいなのって、
結局、お前が気分よくちんこ勃たせるためだけだろ、って思っちゃうんすわ。
「風俗嬢が何言ってんの。そういう仕事はコソコソ隠れてやるもんだろ」ってなるわけで。
『プロ意識(笑)を持ち、悲惨な裏事情を微塵も感じさせず笑顔で接客。しかし堂々とできる身分ではないのでそこはわきまえる』
っていうのがオジサンたちの理想なんかもしれん。
風俗嬢に対する評価っていつも、「賛美」か「蔑み」しかなくてすげー極端。
だからと言って「風俗嬢は可哀想な人達!」みたいに一刀両断されてもムカつくんですわ。
もちろん、この仕事がしたかった、そしてこの仕事に誇りを持っている、っていう人もいますし。
わたしはアルバイト感覚で始めたけど今は一応プロ意識(笑)みたいの持ってやってるし。
普通の仕事に対しては、可哀想だと思ったり、蔑んだり、変に神格化したり、っていうのはあんまり起きないから、
いちいちそれで「死ね肉便器」って言われたり、
そうかと思えば「誇り持ってやってる女神」なんて扱い受けたりしなかったし。
辛いことも楽しいことも誇りもあったりイヤなこともあったりする普通の仕事とは違うんだよな。
自分は高額アルバイトという感覚で始めてあまり苦しんだ記憶もないので、
そういうオジサンの言葉でイラついたりしなくてもいいんだろうけど、
悲惨な同僚の姿なんかを見ると、モヤっとせずにはいられないんですわ。
理解者のふりして女神とかなんたら言ってるけどな、お前が抱いてるのはこういう子なんだ、血反吐吐いてでも頑張ってやってる子なんだ目ん玉ひん剥いて見やがれ、みたいな。
そういう、誇りたくても誇れない、みたいな状況があるわけですよ。
誇りたいけど、そういう同僚の姿を見ると、やっぱりこれは弱者に対する搾取的なものに見えるし。
自分が一生懸命やってる仕事が「搾取されてるだけ」とか思いたくないし、かといって社畜の大将みたいにもなりたくないし。
「これはこうこうこういう貧しい学生が1日中苦しみながら、バナナを熱湯に漬ける仕事をして作ったんだ…」
とかは考えない。
だから、風俗嬢の裏事情まで全部背負えとかいうのはおかしいのかもしれないし、
むしろその人の個人的な問題まで考えろってことになると、
風俗嬢ってやっぱサービスだけを売る仕事じゃなくて、まるっと自分を売ってる仕事っていうことになるんかな、
そうだとしたらなんか違うし、自分はサービスだけを売ってるつもりだし、
なんていうか、スーパーのレジ打ちみたいに、ただレジを打ってお釣り渡す仕事みたいに、
ただ単純にサービスを売ってる、って感じで風俗できないかな、っていっつも考えるけど、
でもやっぱそういうオジサンの言葉にいらついたりするってことは、
やっぱ、サービスだけって考えれてない、ってことなのかな、と思ったり、
昔っていつさ、ってのはあえてぼかして書く。というか私にもよくわからん。
ただ、相対的な話だけれども、錯覚かもしれないけれども、
私が思うに、昔のお客さんって結構手ごわかったはずなのよね。昔はお客さんが店主に負けないくらい賢かった、と。
知識の問題じゃなくて、信用できる人かどうかって見てたんだと思う。
なんせ比較対象が「ほかの店」じゃなくて「自分の家でやるのとどっちが楽か、得か」だったのだろうから。
だからこそ、お客さんをうならせるのって楽しかったのだと思う。
時間も手間もかかるけどやりがいがあったって、うちのばっちゃんが言ってた。(ちなみにうちは香川県)
そもそも客と対話するってのが楽しくないわけはないだろうな、と。
今から考えれば、ばっちゃんたちの時代は、恵まれてたんだともう。
で、今の時代はこうなるわけだ。
http://d.hatena.ne.jp/nakamurabashi/20110915/1316084952
あのさー、うちの店、あなたが来たときに、本来はセルフサービスのコピー機、全部かわりにやってあげてるよね。儲けにほとんどつながらない収納代行だっていやな顔ひとつしないし、手が届かないところにあるおーいお茶の350ペットとか、パートのおばちゃんがよく代わりに取ってあげてるよね。なんでそこまでするかって言ったら「来てくれた」からじゃん。商売やってて「来てくれた」ら、それが理不尽な用事でない限り、できるだけのことはするよね。エアコンの修理依頼で来店ってそこまで理不尽な用事かな。
理不尽ではないと思うが、楽しくはないと思う。少なくともそれ単体を見たら。
nakamurabashiさんのように、コンビニの運営全体を考えて、こういう作業に「意味」を付与できないと、やってられないと思う。
あるいは、凡百のバイトのように、何も考えずに言われたことはそのままやるような思考停止したバイトなら平気なのかもしれないけれど。
nakamurabashiさんのように言われたら納得できるだろうが、
世間一般でいう「お客さんに喜んでもらえたらうれしいやん?」みたいなのは全然ピンとこない。
だって、お客さん全然感謝なんかしよらんやん? 当たり前のことやと思ってるやん?
「やらないと買わないから、来ないから」なんて後ろ向きな理由では私には耐えられん。
このあたりは向き不向きの問題でどっちが正しいとおかじゃないと思いたい。
ばっちゃんは2年前に腰がアレになって引退したけど、たぶんその前からやる気失ってたんだと思う。
恵まれた時代に生きていた人は、劇的に時代が変わらんと、もうがんばれないと思う。
プロ意識をしきりに強調されてましたけど、幸せな時代の人は、幸せな時代の意識のまま、客に文句言いながら、フェイドアウトしてくのでいいと思う。
まぁ実際には、国が悪いとか市が悪いとかジャスコ死ねとか言ってるので、私もnakamurabashiさんみたいなことを言いたくなったりもしますが。
でも、商店街じゃないけど、ラーメン屋がコンサルタントとか入れて、無駄にこぎれいにしたりして、「来店動機」だけがんばってるのとか見るとそれもどうかな、と思ってしまうわけですよ。
経営者としてはこっちのほうが正しいのかもしれないけど、それを認めると、社会がくそ、客くたばれ、経済嫌い、とか言い出しそうだから認めにくいよ。
ほんの少し前まで。
当時まだ子供だったけどニュースを見ながら ああここはもう当分住めない土地のはずだと思ってみてた。それでも暮らしてるらしい人たちのことを見て、放射能のことを何も知らないんだと思ってた。日本でもしもこんなことが起きたなら、それは的確な判断ができるだろうよくらいに思ってた。だって被爆国だもの。修学旅行にいけば 原爆の話を聞く国だもの。
戦後のこの日本で、民主主義のこの国で 知らされない出来事があるなんて思ってなかった。
完全検閲のある中国のことを 自由を求めてる人はいるだろうに監視されて可哀想だと同情してきた。結構本気で。
どうやらなんにも教えてもらえてない。
新聞とテレビしか見ない人と、ネットしかみない人と、テレビとネットの人では考え方に温度差が激しい。
新聞とテレビしか見ない人は、ネットは嘘だらけだといい、ネットしか見ない人は 政府は、マスコミは ほんとのことを何も教えないという。
今日見たYOUTUBEは、ドイツで放映されたドキュメンタリーだった。
http://www.youtube.com/watch?v=5n_3NK-tsOU
もう 外国のメディアを通してしか真実を知れないのか。そういうことなのか。
私が子供ころ思っていた「教えてもらえないなんて可哀想」な国なのか。この国は。
東電が値上げをするそうだが、普通の会社は 自分の会社が原因でなにごとかおきた場合 まず自分の会社が可能な限りの負担を負う。
今思えばいいがかりに近いアメリカト○タのブレーキパッドうんぬんの件に関しての対処についてもそう。
あの件で役職以上賞与いまだに全カット という話も聞いた。
東電が。役職の賞与を全カットし、一般社員の給与も70%程度まで減額し それでもやっぱり足りないので値上げさせてくれといっているのならまだしも。そういう話は聞いたことがない。むしろあったら教えてください。
私は電気料金を決める際に 必要経費(もちろん社員の給与含む)分を確保したうえでかかるコスト分を上乗せしていくという計算の方法をテレビで見てからずっと「ちょっと待て」と思わずにはいられないのだ。
だって、東電社員の給与が減るのは当たり前でしょう?仕事ができなくて困ってる人は東電の社員の比ではないのだから。
会社というものは、どんな「もしもの事態」のことも想定して動くものだ。
それでリカバリできない事態が起きたとしても自分とこの商品についてとれるだけの責任を取るのはどんな仕事であれ当たり前のことだ。
電気をうちが一元管理している という自負があるならば どんなことがあっても電力に困る事態を起こさないのが 仕事をするものの
当然の心構えじゃないのか。
少なくとも、日本の会社はそれが当然じゃないのか?そういう常識のなかで皆、働いてるんじゃないのか?その徹底したプロ意識で日本の会社は国際的に認められているんじゃないのか。
どうして電力会社がそこを「いやうちは」といえるのかが不思議でしょうがない。そしてどうしてそこを責めないのかも不思議でしょうがない。
えっと、これでいいのかな? トラバしたの俺だけみたいだし。
じゃあ感想文でも書くか。
月村良衛著 「機龍警察」
大量破壊兵器の破壊力が問題視された結果、大量破壊兵器は自粛され、衰退していた。
そして、兵器と装甲を服のように身に纏う強化外骨格「機甲兵装」が発明される。
この兵器は市街戦及び近接戦闘に用いられる新世代の兵器であり、各国の軍隊はこれを正式採用する。
だが「機甲兵装」が世界中に流通した結果、テロに用いられるようになる。
警視庁はそれを受け、機甲兵装を用いたテロに対抗可能な新組織を設立する事になる。
さらに既存の機甲兵装に対抗可能な、最新型の機甲兵装、通称「龍機兵」3機を擁した突入班と、その整備チーム。
Special Investigators Police Doragoon―通称、機龍警察。
この作品は、機甲兵装と呼ばれるパワードスーツが実用化された至近未来の日本をを舞台にした作品だ。
パワードスーツがぶつかりあい、火花を散らすロボットアクションである。
イメージで言うと、機動警察パトレイバーに似ているかもしれない。
なぜなら、この作品はロボットアクションであると同時に「刑事もの」でもあるからだ。
銃が流通してはいるものの、大規模な銃撃戦など起きなかった日本に、突如として現れる「機甲兵装」。
この兵器は、銃や爆薬などよりもたやすく人を殺せる。
装着者は人間の骨や肉を易々と引きちぎり、踏み潰せる。
だが、彼らは既存の組織から選抜された者達で編成された組織だ、それゆえに
既存の警察組織に所属する警察官からは「裏切り者」として見られている。
そして極めつけは、3機の「龍機兵」を操る操縦者。
彼らもそもそも警察官ではない。
一人は日本人の傭兵、一人はロシア人の元警官、さらにもう一人は、元IRAの殺し屋(つまり元テロリスト!)。
これはもう、警察組織内では、完全な「よそもの」扱いされて当然だ
それゆえに、組織に所属する者同士の葛藤とせめぎあいが描かれる。
既存の組織に属するものたちからのシュプレヒコールを浴びながら、刑事たちは捜査へと挑むのだ。
この現場の刑事の葛藤を描いている点が、パトレイバーと機龍警察との違いだ。
これも、非常に見ごたえがある。
従来のロボットものと違い、龍機兵は「装着者の身体を機械で延長する」ものだからだ。
つまり、生身の体では受け止められない銃弾を装甲を身に纏う事で防ぎ、
更に生身では持てないほどの重火器を持ち、狙いを定めて射撃する事が機甲兵装の最大の特徴である。
更に、主人公達の操る「龍機兵」には従来型の機甲兵装にはない秘密がある。
装着者の脊髄に特殊なデバイスを埋め込む事によって、人間の脳と龍機兵のコンピュータを完全に同期させられるのだ。
これにより、装着者は機甲兵装と文字通り“一体化”できるのだ。
本作品の“主人公メカ”ファイアボルグを操る日本人傭兵「姿俊之」。
彼は完全なプロ意識を持ち、任務に当たっている。
すべては仕事のため、なのだ。
そのためには、すべてを利用して恥じない。
さらに、現場に於いてかつての戦友とあいまみたとしても、彼は容赦なく引き金を引く。
いや、そもそも戦場でできた親友すらも、彼は仕事の道具としてしか看做さないのだ。
そして、機械と人間を一体化させる機甲兵装の冷酷なシステムと、人間を機械化させるプロ意識。
それが、本作品のテーマなのだ。
今回の作品の主人公である、突入班姿俊之警部こそが、この特異なロボットアクションの特異性を更に引き立てている。
興味をもった方はぜひ一読をおすすめする。
世のため人のためというのは、綺麗な言葉だけれど、本当のところでは、そんなわけがない。
金というのは、世の中に一定であるからして、繁栄と没落は表裏一体だからだ。
結局、仕事というのは、誰かが儲けるはずの金を、
だから、「仕事が楽しい」とは、「誰かを潰して、且つ金を手にするのが楽しい」ということになる。
「いや、違うだろ、企業が競り合うことで豊かな世になる」、という言葉もあるかもしれない。
では、日本は豊かになっただろうか?
確かに、ここ20年足らずでゲームや漫画などに代表する娯楽要素は爆発的に増えただろう。
また、いつまで、週に5日や6日も働くのだろう?
無駄な争いがあるからこそ、いつまで経っても週休3日や週休4日の時代は来ない。
そして、「仕事が楽しい」という社長の元には、類は友を呼ぶの考えからも明らかのように、
「仕事を楽しみたい」と思う人間が集まる。それゆえ、残業時間も気にせずガムシャラに働く
労働アリの出来上がりだ。中には、力を付けて社内で上に行く人間や独立する人間もいるだろう。
残った人間や独立した人間も、結局は、「仕事が楽しい」という考えの持ち主なので、
さらに拡大していく。伝染病のようなものだ。ブラック企業がなくならない理由は、ここにある。
絵の具で言うと、「黒」のようなものだ。「赤」「青」「黄」などに対しても、
たったの一滴で黒は、他の色を濁らす強さがある。
そして、面白いことに「仕事が楽しい」という人間に限って、肝心なミスが多い。
単純に、時間や約束を守らない人間が多くないだろうか。半分、遊びのように思っているからだろう。
当然働いていて「楽しい」と感じる瞬間は少しはあるかもしれない。
上手くいった、誉められた、今まで出来ない事が出来るようになったというときには、
一瞬だけでも、誰でもそう思うに違いない。仕事における「楽しい」とはそもそも、そういうことだ。
ただ、「人生の半分は仕事だから、仕事を楽しまない人は損だ」のように吹聴している社長というのは、
裏では、いつも相当えげつないことばかりをしている。本やインタビューだと、聖人君子のように感じるかもしれないが、
内心は、相手を潰し金や力を手にすることを、舌なめずりしているに違いない。
じゅるり。じゅるり。じゅるり。じゅるり。じゅるり。じゅるり。
※※追記:ついでに読みたい記事( ´∀`)。※※
http://anond.hatelabo.jp/20110726145739
仕事を(無理に)楽しもうと考えている方は、結構ハマりやすい気がします。
アーティストの常識もサラリーマンの常識もフリーランスの常識も全部違っていいと思うが。
フリーランスは常にお客様に先に貸しを作って置かないといつ切られるかわからないから
こういう行為を見て自分の不安神経症が刺激されるのは構わんけどそれを他人におしつけんなよ。
小さいねとしか。偏屈なアーティスト精神もいいけどエンターテイメント業界の人間なら其れ位のサービス精神は御約束事のフォーマットとして身に付けておけばいいんじゃないかな。芸として。未だ若いんで一生遣って行く気もそんな無いんでしょうけど?或は範疇の狭いプロ意識とか??何も別にそんな金払ってでも聞きたいって程の本気の迫真の演技を要求している訳でもなく予定調和の礼儀として形式的に言ってるだけだろうし。出来ないもんは出来ないでいい訳だし。
ずいぶんナチュラルに「業界のお約束」がビルトインされとるなぁ。んでそれを押し付けるってのが当たり前だ、と。馬鹿か。
平野綾と元ファンクラブ会員がツイッターで大激論!! 深夜の大騒動に:【2ch】ニュー速VIPブログ(`・ω・´)
http://blog.livedoor.jp/insidears/archives/52435612.html
一人の(元)ファンに対して、そして感情を剥き出しにする程全力で接する芸能人ってあんま見た事が無い。
普通だったらBLに入れればいいし「応援有り難うございます」とか適当にお茶を濁せばいい。まともに相手をする必要は無い。
それが賢いやり方だし、それが「プロ意識」というのかもしれない。
ただ裏を返せばビジネスとして考えろ、ビジネスとしてだけ考えればいい、というやり方。
それをしないのは何故だろう。
平野綾は賢く無いのかもしれない。立ち回りが上手でないのかもしれない。ただ正直な人だなあ、って思う。
かつてファンの人が思い描いたような清純であどけなく、親しみ易い人物とは違うのかもしれないが、同時に悪い人とはまた違うのだろう。
先日ツイッターで、平野綾と元ファンとの言い合いが少しありましたが。
だから、思ったことを正直に、素直に発信していく姿勢で活動してるんだと思います。
そういう姿勢は嫌いじゃないし、それが自分のスタイルならいいんじゃないでしょうか。
それに対し、元ファンは、「アイドルは、己を殺して支持層の求めるものを提供しろ」と言います。
それは高いプロ意識がないとできないことだし、できる人は立派だと思うし、平野綾をここまで押し上げたのは古参ファンのおかげです。
だから、ファンをないがしろにするな、もっとプロ意識を持てっていう主張も、わかります。
正直、どちらも間違ってないし、正解はありません。
平野綾自身が選んだスタイルなら、出資者や親以外に文句を言える人はないはずです。
そして、ブログにて、平野から今回の騒動について言及がありました。
私が昨日のツイッターで引っ掛かったのは、
そして騒動を聞き付けた方たちが書いた、
【ファンに媚びて当たり前】というようなコメントを目にしたからです。
他の声優さんは己を殺して徹底しているプロである。プロ意識のなさにはガッカリだ。
ファンのことを何も考えていない。
だから叩かれるんだ。
…と言われても、人には人それぞれのやり方があります。
正解というものはありません。
どういった想いを抱いて接していただいても良いと思いますし、私の性格や生活感が滲み出る発言が嫌な方も勿論多いでしょう。
ただ、当たり前で媚びろというのはおかしいだろうと思ったのです。
尊敬という単語を軽々しく使う方が多い割に、あまりにも同じ人として見ていないような。
扱っているような感覚。
私は不可能かもしれませんが、なるべく私に関わってくださる方一人一人と、向き合いたいと思っています。
それこそ対等に。
だから主張を聞いてほしいし、芝居に活かせるならば恋だってするし、経験を全て歌詞に書く訳です。
新たなフィールドで活動させていただけるようになった昨年。
私はなるべく自分の言葉で的確に丁寧に、誤差のないように伝えてきました。
元ファンは、かつてのファンを捨てて自分のスタイルを貫こうとするならば、我々が貢献して出来上がった今の地位に留まるな、甘い汁を吸い続けるな、と言っています。
平野綾はその点について言及がありません。
表現者としての今のスタイルは誰かがとやかく言うことではありませんが、今の潔くない位置での活動については、元ファンが怒る気持ちもわかります。
その点については、どう考えているんでしょうね。
フーンって感じだった。
20代真ん中。
愛があるかどうかはともかく、最低限のセックス相手には困ってない。
出張先で暇でしょうがないので、風呂も入りたかったし行ってみた。
ネットで見る限り女の子はそこそこかわいいけど、どれくらい修正されてるのかも興味あった。
俺だってマグロになりたいので、「サービスいい娘」でお願いしてみた。
待ち合わせ場所には明らかに修正前の女の子。俺基準で中の下くらい。エッチするだけなら余裕。同じくらいの歳。20くらいの子がきてもなんか困るのでまあよかったかな。
ていうか外で待ち合わせが、明らかにバレバレでなかなか罰ゲームっぽかった。
胸は大きかったけど、体全体的に、そろそろぽっちゃりでは言い訳できない程度にゆるい感じ。
風俗初めてなので、素直に初めてなのでよろしくと挨拶。「まかせてーなんにもしなくていいよ」だって。
雑談で時間つぶれまくって風呂のお湯あふれまくり。さすがプロ意識ないなー
ちなみに太いのでみんな苦しがるけど歯も立てずやってくれた。終わってから「若いときだったらしんどいって拒否ってた」だって。
1万でこれかーって感じ。
もちろん値段なりというのはわかってる。まあ、まじでチェンジしろやみたいのがこなかったのでよかったのかな?
でもさすがに、セフレと美味い飯食ってその子の部屋で一晩たっぷりやったほうがはるかにコストパフォーマンスいい罠。
メリットといえば、後腐れないことかな?
まあいずれにしろ、1万払ってこれなら、美味い寿司でも食ったほうがいいのは間違いないね。
でも値段なり的にもっといいサービスも体験してみるのはしてみたいから、またそのうち気が向いたらもうちょっと高いとこいくかも。
昨夜生まれて初めて風俗店行ってきた。
海外から来た友人を家に泊めていてお礼にどうしても風俗をおごりたいといって聞かず、一万円を半ば無理矢理握らされる感じでお店に押し込まれた。
押し込まれたお店は「巨乳」と言う単語が入った店でおっぱい星人の俺は誘惑に負けた・・・。しかし、入ったお店はデブ専の店だった・・・。
デブもタダマンならするけど人の金でも金払ってまでしたくないし、幸い友人は俺が観念したとみて先に飲み屋に行って待ってると先に行った。
いったんデブ専のその店は出て、その後2件目に入った店に私は決めた。
店では学部時代のバイトで鍛えたトークを発揮してボーイからいろいろ聞いて、会員価格にしてもらい40分12000円になった。(ちょっと高い?)
そして「間違いなく今なら今日一番の子」が入ってると言う言葉を信じた。
その結果は最高だった。
出てきたのは顔は美人て訳でもなく可愛いって訳でもなく、どっちかと言うとちょいブサって感じの普通の顔。
階段の上にしゃがんでこっちに手を降っている。風俗を楽しむぞっと意気込んでいた俺は勿体無いからスカートの中を覗いた。
部屋は3畳ほどと狭くて軽く驚いた。
嬢は見た目はさっき言ったとおりだけど、ゆったりとした喋りで初対面なのにリラックスして話せた。
そして、ここに来た経緯と初めてなことも伝えて、トラウマにもハマりもしない程度にお願いしますと言った。
それで冗談を交えながらトークをして嬢がまだしないの?って言う感じで手を太ももに誘導してくれて、恋人同士のようにキスから入った。
そろそろめんどくさくなってきたのでまとめると
パイズリ・乳首なめ・69・スマタ・フェラと短時間で色々してくれて俺がそこまでで行く気配がなかったので手コキでフィニッシュ。
でもかなり満足だった。
さっき店のウェブサイト調べたらナンバー1ではないけど指名料がその店で唯一3000円かかる嬢だった。
あの人達を下に見る理由はなにもない
これは確定。器が小さい奴は嫌われるというのもおそらくこれが原因。
小さなことというのは、たとえば著作権や複製権。
これは俺が作ったものだ、俺の創造物だ、他人が勝手に何かすることは許さない、何かしたら訴えてやるぞ、という感じ。
なぜこういった占有意識が生まれるかというと、才能がない奴はたくさんのものをつくりだせないから。たくさん作れないと一つ一つにやたらとこだわる結果になってしまう。
よく才能のない素材屋がいるけど、彼らはやたらと著作権にこだわる。私のつくった素材をパクったら許さないというわけだ。だが、大体そういうの(主に音楽ね)は才能の欠片もないほど平凡か、かなりのショボさで聴くに堪えないものであることが多く、いろんなところが既存のクリエイターの創造物のパクリだったりする。だけど彼らはそれに気付かない。指摘すると怒りだす。私が大事につくったものを侮辱するなとかなんとか。だから嫌われるんだよね。ウザイだけだから。
一方才能がある奴はそんなことに全くこだわらない。
素材として配布するのも、「ただ作ってるだけじゃつまらないから」という感じ。才能のない奴は「この才能を庶民にも分けてやろう、ありがたく思え」とか思っちゃってることが実に多い。びっくりするほど自尊心が高い。自尊心の高さって才能に反比例するんじゃないかと思えてくる。
で、才能ある奴は基本的にいくらでもつくれるし一つ一つに頓着しないから、パクろうが何しようがどうでもいい、使用報告も面倒だからしないでくださいとか驚くほど自分の創造物に執着がない。その様子はとても爽快で、ねちねちと著作権を主張する才能0の輩とは大違い。
なぜここまで違うのか?
才能がある奴は、才能がない奴と比べてたくさんのものを作れる。しかも時間をかけない。才能がない奴は、粗が多くミスったと一般人が分かるようなところもたくさんあるが、やたらと時間がかかる。もちろんたくさん造ることなど出来るはずがない。
結局この違いなんだと思った。たくさん作るというのを子作りに置き換えてみると、昔は子供がたくさんいたから一人ひとりに執着する親はいなかった。しかし今は子供が少ないため、過保護になっている。
人間はたくさんあるものには関心を払わないが、少ししかないものには執着する。この違いが才能がある奴とない奴の違いにも出ているんだろう。
才能とはたくさんのものを生み出せる能力なんじゃないだろうか。寡作の作家は非常に稀で、ほとんどの才能がある作家は膨大な量の作品をのこしている。才能とはどれだけたくさん生み出せるかということであって、クオリティはたくさん生み出す中での慣れによって上がっていく程度のものなんじゃないか?
とすれば、才能を伸ばす方法とは「常に違う作品をたくさん生み出し続ける」ことなんじゃないだろうか。常に違う作品でなくてはならないのは、同じ作品の場合単なるコピーであって才能は関係ないからだ。同じものを何度もつくるテクニックは機械のほうが上なのでもはや人間に出番はない。しかし創造性はまだ人間のほうがずっと上だ。だから常に違うものをたくさん作れば作るほど才能がある人間だと周囲は感じるようになる。
いつも思うが、才能とはたいしたものではない。
誰にでもあるし、誰でも伸ばせる。諦めれば当然才能がない奴と判断されるだろうし、見た目だけを飾って才能があるかのように見せるような奴も才能がない。才能がないのに素材屋をやっている人間のほとんどはこれ。
変にプロ意識を持つのは才能がないという本質を見られたくないから。プロ意識を持っているかのように見せることなら馬鹿でも出来る。しかし、たくさんのものを生みだし続けるという行為は「才能を伸ばそうとする気持ち」がない限り絶対に出来ない。
http://anond.hatelabo.jp/20100820063430
コネというか下積み積んどけって言い方をして
下っ端の人にいろんなものを安くとかタダで提供させるけど、
そうやって積み重ねた者を使えるのが本人とは限らないよね。
会社だったらそれでもいいんだけれど
(まわりまわって自分にもおこぼれまわってくるから)
わたしは会社人間側だけど、フリーランサーの方とかで
がんばって会社の都合に合わせた結果ババだけ引いて
全然報われなかった人っちゅーのを結構見たりした。
っていうか、社内の人に対して彼らの代弁するのがめんどくさいから
そういう人たちに泣いてもらったりとか、無茶な要求を投げたりしてたり。
で、困ったことに、彼らはなぜか無理やり自分を納得させて
「今回は勉強させていただいただけでも」「機会いただけただけでも」
とかいって「今後ともよろしくお願いします」とかいうわけ。
悪いけど、そういう人たちこそ2回目以降は使わないよ。
だって「わかってない」人は、わかった時にどうごねだすか怖いからね。
「わかった上で落とし所見つける」位の人のほうが安心なわけよ。
わるいこといわんから後ろ盾のないクリエーターさんの方とかは
あと、少しは考えてプロ意識っていうかお金を自力で回収する姿勢を示そう。
自分が納得するようにすればいいけどさ
生活のための仕事を辞めて、夢の仕事を実現するための7つのアドバイス
http://www.lifehacker.jp/2010/08/100729_dayjob.html
「いつかこの仕事だけで食べていきたい!」そんな夢の仕事がありますか? それとも、すでに現在進行形で夢を叶えている途中でしょうか。
作家、写真家、役者、ミュージシャン、弁護士、料理人、占い師...どんな仕事でもいいですが、主にフリーランスで働くような仕事の場合は、その仕事だけで生活できるようになるまでに、アルバイトや他の仕事との、二足のわらじ生活を送ることも多いでしょう。
ですが、いつまでも生活をするための仕事に頼っていては、夢の実現は遠いままです。先月、ライターとしてフルタイムで働くために、アルバイトをスッパリと辞めたSierra Blackさんから、夢の仕事を実現させるために、かなり役立ちそうな7つのアドバイスがありました。
1. 少しずつトライしてみる
着実に収入を得られる仕事を辞めて、いきなり夢の仕事だけをスタートさせるのは、それなりのリスクがあります。可能であれば、週末や、仕事が終わった後などの空いた時間を使って、少しずつ夢の仕事にトライしてみましょう。作家や写真家、ミュージシャンなど、クリエイティブな仕事に向いているやり方です。
弁護士のような仕事の場合は、そういった時間を使って、学校に通ったり、裁判を傍聴したりするといいと思います。料理人や占い師のような仕事であれば、まずは、自分の友だちや家族に料理をふるまったり、占いをしてみたりして、実践的なトライアルをしてみるといいでしょう。
2. 本当にやりたい事だけをする
例えば「フリーのライターになった」と、友だちや昔の同僚に言ったら、何かしら書く仕事を紹介してくれるかもしれません。ですが、その仕事が本当に自分のやりたい内容ではなかったり、方向性が多少ズレていたとしたら、その仕事はやらない方がいいでしょう。
経験にもなるし、お金にもなるし、付き合いもあるという気持ちも分かります。そこをグッと我慢して、本意ではない仕事に時間や労力を使わず、本当にやりたい事だけにフォーカスし続けると、次第に、本当にやりたい仕事のチャンスが来るようになります。
3. 名乗ることが大事
ミュージシャンになりたいのであれば「ミュージシャンになりたいと思ってます」と言ってはいけません。「僕はミュージシャンです」と言いましょう。最初は「まだ一人前でもないし、ましてや仕事もないのに...」と、恥ずかしくて躊躇してしまうと思いますが、名乗っていると徐々に慣れてきて、本当に自分がその職業なんだと信じられるようになってきますし、プロ意識も育ちます。
Webサイトやブログなどを活用して、自分のプロフィールや作品を紹介するのもいいでしょう。最も大事なのは、一人前になるまで思い込み続けることです。それがプロになるということです。もちろん口だけではなく、お金にならない仕事でも、本当にやりたい仕事や活動を、きちんと続けているというのが大前提ですよ。
4. 高い目標をはっきりと掲げる
なんとなく「映画監督になりたいなぁ」と思っているだけでは、夢のままで終わってしまいます。目標をはっきりと決めると、そこに向かって、日々努力するようになります。どんなに高くて夢のような目標でも躊躇してはいけません。アカデミー賞が取りたい思ったのなら、最終的なゴールは、そこに設定しましょう。そして、少しでも映画に関する仕事が実現したら、これがアカデミー賞への道の一歩だと思うのです。そうすると、少しずつ、その高くて大きな目標に近付いていきます。
5. 仕事用の口座を分ける
夢の仕事で生活できるのに、十分なお金を稼げないうちは、自分の貯金や生活のための仕事の給与と一緒の口座に、わずかながらの夢の仕事の報酬も、そのまま入れているかもしれません。
一つの口座にお金をまとめてしまうと、どの仕事でいくら稼いだという感覚が薄れて、分からなくなっていきます。夢の仕事用の口座は、他の口座とは別にして、いつでもその仕事でいくら稼いだのか、分かるようにしておきましょう。その口座の残高を見ると、最初はハングリーにもなるでしょうし、軌道に乗ってくれば、励みにもなります。
6. 仕事だということを忘れない
夢の仕事とはいえ、仕事は仕事です。趣味でやっているのではありません。最初は、夢が実現しているうれしさで、どんな事でも情熱をもって取り組めたとしても、毎日毎日仕事としてやっているうちに、嫌なことも出てくるでしょう。再度繰り返しますが、仕事は仕事です。今までやってきた生活のための仕事と同じように、面倒くさくても、退屈でも、煩わしくても、同じようにこなさなければならない事もあります。
これはかなり難しい問題です。生活のための仕事と夢の仕事の、それぞれに掛かる時間と収入のバランスを考えなければなりません。生活のための仕事の辞め時を見極めるために、以下のポイントを参考にしてみてください。
◦生活のための仕事を辞めても、しばらく食べていけるだけの貯金や収入がある。
◦生活のための仕事に掛かる時間が、夢の仕事に掛けたい時間や、プライベートな時間を圧迫している。
◦夢の仕事で、クライアントや取引先と継続した関係があり、今後もそこからの収入が見込める。
◦夢の仕事でも、生活費をまかなえるだけの収入(報酬)が、十分に期待できる。
◦しばらくトライアルで夢の仕事をやってきたけど、やっぱりこの仕事が好きだ。
夢だと思っていた仕事で、プロとしてお金を稼いで生活できるというのは、本当に幸せなことです。仕事なんてお金のためにやるものだと思っていた日々から、自分が好きなことをしているだけなのに、お金がもらえるという日々に変わるのです。
これがどんなに幸せなことなのかは、実現させた人にしか分かりません。その道のりは簡単ではないですが、やってみる価値は十分ありますよ。
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20100802_gigazine_job/
同じような業界で働いているので、ちょっと思うところを書いてみようと思う。
今回の求人について。気持ちは分かるけど、やっかいなことになっているなぁ、と思う。結論から言って、GIGAZINEにいい人材が集まらない根本的な要因は、たぶん会社が大阪にあることがすべてだと思うのだ。
現在、国内のマスコミの大半は在京である。当然、記者や編集者、カメラマンも東京周辺に集まっている。出版不況で正規雇用からあぶれている記者や編集は山ほどいるが、その人たちがGIGAZINEに応募するということは、フリーランスの仕事を全部断ち切るということだ。これは、常識的に考えて無理がある。それこそ「GIGAZINEのために生きる!」という決意が固まらなければできないことだし、残念ながらGIGAZINEにそう思わせるだけのバリューがあるとは、現状、思えない。紙媒体の記者や編集はネット媒体を下に見ているので、「GIGAZINEに行く」=「都落ち+妥協」という、あんまり心地よくないコンボなのだ。
そもそも、いい編集やいい記者とは、24時間365日ネタを探しているような人間だといわれる。GIGAZINEが今回求めているのも、そういう人材だろう。だけど、そのような人材は決して、プロ意識が高いわけではない、というのが現場の感触だ。
一線級の芸能記者に何人か会ったことがあるけれど、彼らは総じて、相当に野次馬根性の染み付いた人間だ。要するに、仕事が好きなのではなく、芸能人の噂話が大好きなのだ。お茶でも共にしようものなら、のべつまくなしに「あれ、知ってる?」「あれとあれが付き合ってるっていうけど、実はね!」「朝青龍にどつかれた川奈ってさ!」と、聞きもしないのに次々とゴシップネタを披露してくれる。
イチローは暇さえあればバットを振っていたというし、夜中にギターの練習をしながら「仕事だ、給料くれ」と言うギタリストはいない。ボクシング評論家のジョー小泉は「新潮45」のビートたけしとの対談で、天才ボクサーの例としてモハメド・アリとシュガー・レイ・レナードの名前を挙げ、「天才とは遺伝子レベルで練習が組み込まれているボクサーのことだ」と語っている。彼らは決して、24時間365日をその職業に費やすことを苦にしないのだ。
つまりは、性格的な適正の問題なのである。いい編集者やいい記者になる人間は、ネタを探して他人に披露するという行為をまったく苦にしないし、それに無償の喜びを感じる人間なのだ。そうでない人間は、記事のクオリティを上げるという行為に情熱を持つことはできない。人の情熱を孕まない記事は、当然、人の心を打たない。
一方でマスコミ関係の仕事にはまだまだステータスのようなもの(完全に幻想だが)があって、未経験者や学生から「憧れの職業」として崇められているという一面もある。マスコミ職に身を置いているというだけで満足できる人間も決して少なくない。そうした人間は数年、厳しい現場を経験すれば会社を移るし、いずれは、どこに行っても厳しいだけだと職業変えをすることになる。20代で、大方の記者志望や編集志望はふるいにかけられることになる。
そうして、情熱とそれを具現化するスキルの両方を身につけ、経験値を積んだ者だけが生き残ることになる。生き残ったいい記者やいい編集は、常にいいネタを求めている。そして、いいネタ元やホットな現場はほとんど東京である。大阪にいては、せっかくネタを掴んでも機動力を発揮できない。だから、いい記者やいい編集ほど、大阪に住む理由はないということになってしまう。
GIGAZINEがつまらなくなった理由は、従業員がGIGAZINEを愛していないからではない。単純に、「向いてない」人間しか集まらなかっただけだと思う。大阪で媒体を運営するというのは、それだけで人材面の不利があることを、山崎編集長はどれだけ自覚しているんだろう。
今、業界全体が不安の渦の中にいる。雑誌もネットも情報媒体そのものが暗中模索の状態だ。そんななかでJ-CASTやスゴレン、RocketNewsなどなど、次々にネット媒体が台頭してきた。複数の媒体を掛け持ちしているライターも数多い。編集者や記者はそれぞれの媒体をしたたかに値踏みしながら、安定した生活の糧を探している状態だ。GIGAZINEが未来永劫、終身雇用の安定した媒体だと思っている人間は、皆無だろう。
だから、今回の求人、明らかにやり方を間違っていると思う。単純に、「編集者/正社員/給与40万~」とすればよかったのだ。それで、ここに書いてあるようなことは面接でぶちまければよかったんだ。在京媒体よりいい条件を出さなければ、誰もはるばる大阪に居を移そうなんて思わないだろう。GIGAZINEが倒れたら、ほかに仕事があると思えないもの。東京にいれば、たとえばスゴレンが倒れても、まぁR25やらリアルライブやらで、何とかなりそうだもの。
ともあれ、健闘を祈りたいです。GIGAZINEしばらく見てなかったけど、また見ようと思います。