はてなキーワード: 戸塚ヨットスクールとは
・野菜350g…とってる
・運動…どうしたって続かない
5分で終わること(洗濯物の取り込み、ゴミの分別etc)ができない。
はじめても、その後2分で休憩に入ってしまう。
入れるだけで力尽き、そこらにほっぽってしまう。
たまーに、必要に迫られすぎて、15分位でばああああっとやると、
普段なら1週間がかり(やんなきゃなと思い悩みやろうとするがやらない5日間、週末2日間でやりはじめて2分後から休憩×5回、つまり実働は10分たらず)のことを、
2、3個はこなせて「こんなに簡単で早くできるんだ!なのになんで普段やらないかな~」と驚く、
が、かといってそれを継続することはできず…。
仕事ではそれなりに集中力を持続させ、人よりもわりと早く終わらせることができるし、仕上がりも悪くはない。
こんなザマの生活をするために稼いでいるのかと考えると、自分がアホのように思える。
心地よく豊かに暮らすために働いているのに、自宅は雑然としたゴミ溜め同然で、
ベッドで寝転がりKindle本を読む以外のことを一切しない…。
汚い部屋は嫌いだ。
なのに綺麗にしない。
時間はたっぷりある。9時5時の仕事で、アフター5の予定は常にゼロ。
しかし、帰宅すると死んだようにベッドに直行し、時には歯も磨かずに寝てしまう。
だらしないのだよとにかく。
でも変わりたいとは本当に思っているのだよ(本当に変わりたかったら変わってるはずだ、はナシでおねがい)
汚い部屋にイライライライラし、毎年更新される健康診断での不健康な結果に愕然とする。
しかし、動くことはできない。
緑黄色野菜を大量にミキサーですりつぶし野菜を摂取することだけは続いている。
よわい32。
自分の世話を適切に見られるようになりたい。
ちゃんと動けるようになりたい。
戸塚ヨットスクールみたいなとこで根性を叩き直すしかないのかね。
仕事ではフィードバックがあり、それなりに評価されることが成功体験となり、それがやる気につながっている(気がする)。
自分の世話を自分で見ることを評価されるのは、親と同居していたころ、それも小学生くらいまでだ。
そして独居のいま、自分の世話をしても、それを褒められるのは自分だけだ。
だから、それなりにご褒美などを考えてみたりする(美味しい外食など)。
しかし、動かない、動けない、しかもそのくせご褒美用のイベントはちゃっかり行う。
だらしないだらしない。
だらしないな~~~。
だらしないな~~~。
本気が伝わらないかもしれないけれど、本当に変わりたいのさ。
戸塚ヨットスクールはなかなか面白い題材だと思う。この場合、とにかく体罰、暴力絶対ダメ! という議論になりがちだが、それは戸塚の半面しか見ていない議論だからである。
なぜ半面かといえば、ようするに戸塚は鞭と飴の使い方がある意味上手く、かつて軍隊が一定の成果を挙げた手法を踏襲しているからだ。
この飴部分についても論じなければ、泣いて感謝する卒業生がいることの説明にならない。
アメ部分とはつまり、身体的危機を救ってやったり、クズでも見捨てず面倒みてやったり、能力や人格を認めてやったりなどで、
これにより「恩義」や「構ってもらえた嬉しさ」から反抗心が薄れ、「お前のために厳しくしているんだ」という言葉を受け入れやすくなるのである。
人は飴なしには変わらず、それまで飢えていればいるほど飴は甘くなるのだ。そして一度でも飴を受け取れば、これに返礼する義務を感じ始める。
これは互酬性に基づく「規範や礼儀の成立の瞬間」に、より原始的でダイレクトに触れているとも言える。
軍隊でよくあるパターンとしては、生意気な新兵を憎まれ役の先輩がしごき新兵の鼻っ柱を折る→新兵の心が折れかけると、いつも厳しい教官が助けてくれつつ、厳しさの必要性や目的の大事さを訴える→
成果を出すなどすると、新兵たちの価値を大げさなほど認めてやる、といったような手法だ。
最初のしごきや人格否定がきついほど、この「認められた感、仲間や目的に貢献してる感」は強烈に働く。特に認められた経験のない者にとっては効く。
はっきり言って洗脳とほぼ同じ手法であるが、それだけこの肉体的危機+落としてから持ち上げる方法は強烈な人格改造に役立つ。
実はこれ、女が暴力夫に依存しちゃうパターンと同じ。「お前のために厳しくしている」と「本気で愛しているから手が出る」は同じやり方。
http://toyokeizai.net/articles/-/144985
東京の多摩地域にある寺で、「体験修行」として預かっている中学生らに、住職が暴行していた疑いなどがあるとして、児童相談所が中学生らを保護していたことがわかった。
この事件についてインターネット上でもたくさんの反応があって、なかには「戸塚ヨットスクールと同じ案件か」なんて意見も見られたが、事実はどうだか良く分からない。
私がこの事件を見て感じたのは、人間が人間を救済するということの難しさだ。
人間が人間を救うことは不可能なのかもしれないと思ってしまった。
精神障害者としてサポートを受ける立場になってみて思ったこと。
私は精神障害者になってから福祉施設のサポートを受け就労を目指しているのだが、
支援をする側の人間と支援を受ける側の人間には、明らかに境界線があると感じる。
支援する側は当たり前のことを当たり前にやり遂げることを求められる生活の中生きている。
例えば9時-5時の勤務時間を守る。少しの体調不良くらいでは休まない。ノルマを達成する。仕事の効率化を常に考える。
精神障害者からしたらかなりレベルの高いことを、当たり前のようにこなしている支援者。
その支援者が支援する人間は、これがほとんどできないわけである。
朝決まった時間に起きられないので遅刻欠席は当たり前、体調がしょっちゅう悪くなる。のんびり生きているのでノルマとか効率化とか考える余裕のない人が多いと思う。(私もそうです。)
支援されていて思うのは、たまに支援者の人が精神障害者の人に対してイラついてるな、と感じることがあるということ。
そして、障害者側も健常者である支援者がそう感じるのは仕方がないとどこかで思っている。
昔はやったドラマで聖者の行進というえげつない内容のドラマがあった。
あのドラマは福祉施設の経営者が精神障害の子供たちを食い物にしていたぶるという鬼畜極まりない内容なんだが、今も実際にそういう施設はたくさんあるんじゃないかと思う。
神様でも仏様でもない人間が広い心を持って自分が当たり前のようにやっていることをできない人間や、病気であることを理由に頑張らない人間に対して優しく接し続けるなんて難しいと思う。
・(人間は)国や社会に貢献するべきであり、そうでない人間は(父から見ると)全員死んでもらった方がよい世界になる
・不登校等の人間(この場合現在の妹)に対して、長期的な策を取るのは嫌(感情的な意味で?)なので、戸塚良っとスクールに送るべきだ(ただしヨットスクールについては自殺者が多いということのみを知っている模様)
・社会に貢献しない人間は戸塚ヨットスクールなどに送って全員自殺してもらったほうがいいか?という問いに対して、そうしたほうが良い世界になるだろうと思うと発言(妹はヨットスクールに言って自殺してもらったほうが父にとって良い世界になる?と聞くと曖昧な反応を返す)
・「妹には自殺してもらいたい?」「いや、自殺といっても人にいろいろ迷惑をかけるから…」「人に迷惑をかけない自殺ならしてもらいたい?あるいはそもそも生まれてきてほしくなかったと今思うことがある?」「(曖昧な反応)」
・自分が自分の子どもに一般的な人間として自立して欲しい理由は、主に、1国に貢献するため2それがまともな人間だから の二点(本人のため/父自身の体裁などの話には反応せず)
・父自身にカウンセリングは必要ないと断言。なぜならカウンセラーに対して強く反論してしまうから(別にしてもいいんだよ?そういう場所だよ?と助言したが「自分はまともな人間だから必要ない」)
・成人するまでの養育費は払ったのでもう関係ないと何度も宣言/金はきちんと払ったと発言(本人に取っての重要事項)
・妹に家から出て行ってほしいとは言った
・過去に妹に対して「うちの姓を名乗ってほしくないから養子に出す」と発言
・父の使命は、きちんと働き社会に貢献し、国(地球)を存続させ、子孫を残すこと。この場合の子孫とは、名字や遺伝子を続けさせるということではない(精神的な部分?と聞いたが曖昧な反応)ため、もし仮に母が不妊だったとしたら女の養子でも可
・私の自転車が無くなったことに対し、自分(父)の金で買ったものを無くされたのならば怒る権利があるが、そうでないのならば何も言わないと発言
・私に対して俺の意見に干渉するなと何度も宣言(妹のことは私に関係あるため干渉すると宣言)(だって私の妹だよ!?と言ったが理解はしてもらえなかったと思う)
・父に暴力を振るわれる可能性があることが怖いというと、「そのほうが俺には好都合だ(笑いながら)」
・妹の望む通りに金は払った(休学中の学費、塾代)のに何度も裏切られた、あと何度チャンスを与えたらいいのか、と何度も大きな声で言う(重要事項?)
・妹に「まともな人間」になってほしいのは、財産分与の関係があるから(??)自分が稼いだお金を、社会貢献すらしない人間の衣食住のために消費されたくないため(遺書にやらねーって書いときなよと言ったらそうするわと言った→だったら「まともな人間になってほしい」という父の望みは必要ないはず?)
・(子どものことを)「大好きだった」とは言った(だった、の部分を強調して何度か言った)愛してはいないそうです
・母のことは嫌いでない、離婚するつもりもない(離婚する理由がないから)。(ただし普段の生活においてはかなり大きな上下関係がある)※母が下
・(何度も育児を「失敗した」のはやり方に問題があったのではという発言に対して)「姉(私)の育児で、期待をかけすぎてはダメだとわかった」「そのため、妹や弟に対しては完全に放任した」もう私も妹も大人なのだから、今上手くいっていないことには一切関係ないと発言
・「俺が育児に関わると全力で怒鳴って出て行けというからやらないほうがいいだろ?」と発言
・(「今思春期の弟に対しては同じ失敗をすることない?」)「知らない。妹と同じ育児方法を続ける。コミュニケーションを取るつもりは無い」(改善された育児をする気がない=良い人間を育てる気がない?)
・「俺は一人でも行きていける」
・社会に貢献しない人間ばかりになると日本が滅んで地球が滅ぶからだめ
・「母や本人まかせにしたほうが責任をとらなくていいからそうしてるの?」「責任って…俺は金だしてるだろ」(失敗は金が無くなることで自分で責任を取っているということ?)
・「引きこもりという病気が治ったから姉は許す 妹はそもそも病気、あいつは昔からおかしいと思っていた」(?)
・父は母と結婚する前に一度離婚している(成人済みの女性の子どもあり 養育費は全て払い済み)母には言っている 父は元奥さんと連絡を取るつもりはない(連絡がきているかどうかも知らない?)
ごめん、頭悪いとか、言ったのは謝る。過激にしてみたのはちょっと議論を起こしたくて。
クズをクズとして扱わずに、「更正可能な者」と見なしたことなのかなと思います。
それゆえに、強力な措置で適応させようとした。
でもそれって実際無理なのかなって現実主義者の自分には思うわけ。
「馬鹿は死ぬまでなおらない」っていうのは真実だと思うんだよね。
一時的に戸塚ヨットスクールてきな劇薬で矯正しても、社会に戻したら9割はクズに戻るし、逆に矯正過程で壊れちゃうクズも居るわけ。
「クズ」は「クズ」としての居場所を作ってあげればいいとおもうんだ。
これは仕方ない。政治とは最大多数の最大幸福を目指すものなので、一部の排除はどうしても発生する。
排除されてるなりに、それなりの幸せ、を与えてあげることが、リアルな点での必要なんだとおもうんだ。
クズ山って表現は過激で内容も過激さはあるけど、それをいくらか”クズ”と定義される側が妥協できる点まで落として、そういう場をつくる必要があるんじゃないかな、と思うの。
体罰に関する議論で一番最初にやるべきなのは、どこまでの体罰ならOKかを、身体・精神ともに医学的に多くの医者や研究者達によって話し合ってもらうことだと思う。
そうすれば、まず頭部への打撃は完全NGだろうし、色々な生まれつきの疾患とか考えれば、結局体罰はすべてNGってことになると思う。
唯一体罰が許される人がいるとしたら、その子の健康状態を100%知り尽くしている主治医だけだろう。
文化論的・思想的・哲学的な議論をしたって、不毛な議論になるだけ。
世代や育ってきた環境によって違いが出るんだから、議論なんて永遠にまとまりっこない。
だからこれまで何度体罰の問題が出ても、永遠に解決しないんだ。
戸塚ヨットスクールの事件が起きてから、一体何十年経ってるんだよ。
普通の人なら問題のない体罰によって死んでしまう人がいるってことを、なんで理解できないんだろう。
人は一人一人違っているのに。
あなたが平気なことが他の人も平気なわけではないのに。
「体罰を糾弾しすぎると、先生が生徒をちゃんと指導できなくなる」っていう人をたまに見かけるけど、それは体罰の問題を一方向で見ているから。
●出席者(敬称略)
◆コーディネーター
もう一つ、命の大切さという重要な問題が出てくるんですね。秋葉原で7人殺してしまったか、どうして彼がそんなことができたのか。我々はできないでしょう。彼は自分の命が大事じゃないんですよ。だったら、人の命はもっと大事じゃないんです。だから平気で殺せる。
「子供の耐性をいかに培うか」~教育再生に向けて東京から考える~平成24年度第1回「~東京ビッグトーク~石原知事と議論する会」
1983年(昭和58年)6月13日、愛知県知多郡美浜町の戸塚ヨットスクールの戸塚宏校長(当時42歳)ら関係者が逮捕された。直接の容疑は、前年の1982年(昭和57年)12月12日に、訓練生である藤沢市の鵠沼(くげぬま)中学1年の小川直人(13歳)をヨット上で角材などで殴り、死亡させた傷害致死である。死因は外傷性ショック死だった。
それ以前には次のような死亡及び行方不明事件があった。
1979年(昭和54年)2月、少年(13歳)が死亡(病死として不起訴)。1980年(昭和55年)11月、古川幸嗣(21歳)が死亡。1982年(昭和57年)8月、奄美大島での合宿の帰りにフェリーから水谷真(当時15歳)と杉浦秀一(当時15歳)が太平洋に飛び込んで行方不明。
だが、訓練中に訓練生3人が死亡したのも事実であった。
戸塚ヨットスクールって知ってるかな
一般児童・青少年向けのヨットスクール・戸塚ヨットスクールにおいて訓練生の死亡・傷害致死・行方不明といった事件が1980年代を通じてマスコミに取り上げられ、スクールの方針が教育的な体罰というより過酷な暴行だったことが明らかになった。
1979年から1982年にかけて、訓練中に訓練生の死亡・行方不明事件が複数発生。
1982年に起きた少年の死亡に関し、警察は当初は過ぎた体罰による事故と見ていたが、遺体から無数の打撲・内出血の痕跡・歯2本の損壊などが確認されたことから、1983年に傷害致死の疑いでスクール内を捜査。その後、指導員が舵棒と呼ばれるヨットの部材(舵取りのための道具。一部では「角材」と報道された)で少年の全身を殴打し、その後ヨットでの訓練を続けていたことがわかり、組織ぐるみの犯行として校長を含む関係者が逮捕され、他の死亡事件についても起訴された。
1992年7月7日、名古屋地裁は戸塚宏、コーチらに対して傷害致死罪を認定。戸塚宏に懲役3年、執行猶予3年(検察側の求刑は懲役10年)、コーチらに懲役1年6ヶ月から2年6ヶ月、執行猶予2年から3年を言い渡した。これに対して、検察側と戸塚、コーチら6人が双方で控訴。
1997年3月12日、名古屋高裁は「訓練は人権を無視。教育でも治療でもない」として一審判決を破棄し、戸塚宏に懲役6年、コーチ3人も実刑の判決を下した。戸塚らは即日上告。
2002年2月25日、最高裁は二審判決を支持して戸塚宏の上告を棄却。これで戸塚宏の懲役6年とコーチ陣ら起訴された15人全員の有罪が確定した。起訴から結審まで19年を要する長期裁判となった。
2006年4月29日 - 満期で戸塚が出所。今後もヨットスクールを続ける意向を語った。
戸塚側は「低体温症によるもので体罰との因果関係は無い」と主張。病死として不起訴扱いにされた。
コーチによって暴行を加えられた事によるものとして傷害致死で起訴
1982年 少年2名(当時15歳)が船から海に飛び込んだとして行方不明
1982年12月 少年(当時13歳)が死亡。入校一週間で暴行を受け、戸塚宏とコーチらはヨットから何度も海に落とし、死亡。この間、一切治療は行われなかった。
当時13歳だった少年の母親は週刊現代(2006年11月18日号)の実名インタビューで「出所後も焼香や謝罪は無かった。再犯が懸念される」という旨のコメントをしている。また、1982年にフェリーから海に飛び込んだとされて行方不明となっている少年の父親は同じく実名で「息子が本当に船から海に飛び込んだのかどうか未だにわかっていない。本当は突き落とされたのではないか」とコメントしている。
2006年10月 - スクールからいなくなった訓練生の25歳男性が、知多湾で水死体となって発見される。
警察は自殺と事故の両面で捜査を行っていると報道された。男性はうつ病で通院中であり、父親もスクールで共に寝起きしていたが、目を離した隙にいなくなり、スクールから3キロ離れた地点で水死体になって発見されている。同男性の遺体に目立った外傷はなかった(2006年11月7日現在、新聞報道による)。
2009年10月19日、戸塚ヨットスクールの寮内にて、訓練生の女性が寮の3階より飛び降りて死亡した。愛知県警半田署は自殺とみて捜査している。
2011年12月10日、戸塚ヨットスクールの寮内にて、訓練生の男性が寮の3階より飛び降りて重傷を負った。愛知県警半田署は自殺未遂とみて捜査している。
2012年1月9日、戸塚ヨットスクールの寮内にて、訓練生の男性が寮の3階より飛び降りて死亡した。愛知県警半田署は自殺とみて捜査している。
こういうやつらが石原慎太郎はじめ多くの国民に支持されている。
日本のある部分には、こういう体質が染みついてるんだよ。