はてなキーワード: 性愛とは
そりゃ「二次元より現実の女性を見て!」と言ってるようにしか見えないし、対人性愛傾向を持たない男としては「嫉妬かよw」と揶揄したくなる気持ちも分かる。
そうじゃないと言いたいなら、まず「目に付いたものだけ批判する」という姿勢は結果的にマイノリティを不利にするという事実をBLM辺りから学んで欲しい。「目に入らずに許されている特権階級」がどれだけあるのかを考えて欲しい。
戸定梨香の時も、火災予防週間のポスターなんか今までずっと許容してきたくせに、もののついでにアリバイ作りのように「そういえばあれも酷い」と批判して終わり。そういう欺瞞を見透かされてるんだよな。
昔間違えて乙女ゲームに手を出したこともあったけど夢向けだって気づいたのと腐が苦手で撤退した
恋愛や性愛的には男が好きだけど人間愛とかだと女のほうが好きだから少年漫画のヒロインより少女漫画のヒロインのほうが好き
恋愛なくていいから少女漫画そのままゲームにして女が活躍するのないかな
ギャルゲ乙女ゲソシャゲの主人公=プレイヤーはキャラに好き好きいわれるだけで主人公側からの反応ないから薄っぺらく
現実と一緒でどんなに好きでも同じ感情返してもらえないように見えてかわいそう
主人公はプレイヤーだからBLやそれを空気になって見守るのや何の脈絡も無くすき好きいわれるのがいいのかもしれないけど
腐女子がプラットフォームの仕様を理解していない&SNSとインターネットの仕組みを理解していないのは
『知的な困難を抱えている人物』or『禅でも極めているレベルで物を考えない人物』だからで終わる話なので言及しない
(その見本のブクマカたち → https://b.hatena.ne.jp/entry/s/anond.hatelabo.jp/20220206222214)
>もしかして女性SNSユーザーは他人のことを自分の摂取する情報を自分でコントロールする能力がないゾンビかトロールか何かのように思っているんだろうか?
腐女子たちはあらゆる自己選択・自己責任から逃げているので "嫌なら見るな" だってもちろん出来ない
彼女たちにとってあらゆる情報は自分自身が取捨選択するものではなく、自分以外の何かに無理矢理見せつけられる物なのだ
児童福祉と親の教育の権利に配慮してゾーニングを徹底しようという意識から "無理矢理見せつけられる" 発言が出てくるならまだわからないでもないが、
基本的に腐女子たちは共同感覚が欠如していて海外なら児童ポルノ・児童虐待判定される作品を平然と肯定したり垂れ流す
そして日本という社会はそれを誰も咎めないし、むしろ売れれば何でも良いとばかりに腐女子を応援しちゃうノリだ
具体例をあげたらキリが無いが、近年のジャンプで言えばBLを題材にした『腐女子除霊師オサム』
ポルノ作品でも社会派作品でもないのに差別的なポルノファンタジーであるBLを題材にする時点で既にヤベーのだが『どっちが受けか攻めか』なんて公式アンケートを無邪気に取ったりする
https://twitter.com/shonenjump_plus/status/1411894677385613319?s=21
ちなみにBLの受け攻めとは『どっちがちんこ入れる方か?』であり、単なるポルノの嗜好の話である
しかも『腐女子除霊師オサム』の中でポルノファンタジーの対象になっているキャラクターは"未成年"である
これをインディーズ(独立系)出版社が・・・でなく、日本を代表する出版社の編集部がやらかした上に自らSNSで拡散しているのである
海外ならフツーに担当者なり役員なりの首が飛ぶレベルの話だと思う
(ちなみにジャンプは過去にはスポーツ漫画の公式スピンオフを同作品のbl描いていた(る)同人作家に描かせていたりもする。
もちろんポルノファンタジーの対象になっていたキャラは"未成年"だ)
日本を代表する出版社ですらこの有様なので App Store も女性向け男性向けともにヤベーことになっており、
英語圏なら 17+であってもキックされるゲームが日本ではまさかの全年齢でリリースされている
Apple が lazy なのは今更指摘するまでも無い事だが、
金に物を言わせてレーティング無視するパブリッシャー(アニプレックスなど)の倫理観の無さもなかなかどうしてである
人類は所構わずセックスちんこまんこってやってる個体を積極的に淘汰してきたし、
お布団の中のこと(性癖)は男女ともお外では口にしないのは人権が生まれる前からの暗黙の社会ルールである
この暗黙の社会ルールを親からも兄弟姉妹からも先輩や友人からも先生や牧師からも自然に学ぶことができないとして、発達障害(特にADS) 向けの支援サイトなどでは、愛情・性愛表現を公開して良いシーン、ポルノの取り扱い方を明示的に示していたりもする
・・・にも関わらず、なぜ腐女子は大手を振って差別的なポルノファンタジーであるBLを愛好しているとネットで表明出来たり、オフ会や同人誌即売会に参加して自らの顔を第三者に晒す事が出来るのか?
社会インフラが発達し生活にゆとりが生まれ子育てコストが下がったので社会全体が性に寛容で奔放になった?
もちろんそんな事はない
今もなお子どもが成人するまでのコストは高く、子どもの人権が守られる国ではお気軽にセックスしてポコポコ作れないし、
児童福祉と親の教育の権利に配慮し、性表現には年々厳格になっていっている
性衝動は男女とも持つもの、女もBLなどのポルノ・ツールを使って積極的に自己解放すべきという一種のウーマンリブ?
もちろんそんな事はない
もしそうならポルノの公開・共有の仕方はともかくまだ救いがあるが、
腐女子たちはポルノファンタジーを愛好しておきながらオナニーに使わないと言って憚らないだけでなく、
『わたしは性欲を持っていない』と言って憚らない
ちなみにこの『性欲を持っていない』というのは、
生物における性欲とエロ(eros)は違うといった類いの話でも無い
腐女子らにとってセックスは、自己決定で望んで楽しくするものでは無くて、
"恋人" や "妻" という肩書きを得る為に、直球で "(理解ある彼くん等に) 養って貰うために"
だから腐女子らはキスやボディータッチやセックスのいずれかを必ず描写する。なにせ彼女たちにとっては肩書きを得るための義務だからだね
そして義務なのでわたしが望んでやった事ではない=性欲は無いという事だそうな
ここから既にコケている逃げているのに女性の社会進出もなにもねーのである
実際、はてブでヤベー言動をしている腐女子ブクマカを眺めていると、当たり前のように男に縋るしか無い思考であり経済レベルもヤバければ自己実現も他者任せだ
自己選択を楽しむ・責任を持つという発想がなく、当たり前のように化粧をすべき・化粧を強いられているとかならやっている
性欲と性愛は全く違う心のあり方だった。
生物的なただの欲求は、他者との性的な接触を必ずしも目的とはしないらしい。
誰とも恋愛はしないけど、この欲があるなら誰とでも寝られるだろう、と思っていた。
実際のところ、難しくてびっくりだ。
なんとも思っていない相手に欲情なんてちっともしない、他人に対して劣情を抱くということもない。
裸で触れ合っているのに、何もかもどうでもいいんだ。
目の前の人から与えられる快感を拾おうとしても、どこかで頭は冴えたままだ。
やり場のない快感に身悶えながら、壊れることはなかった。ずっと耐えていた。快楽に耐えていた。溺れられなかった。
嫌だったわけじゃないんだ、ただずっとつまらない。
気持ちよかったけど、ずっと虚しかった。この人に心は許すことはないのだし、
この人とわかり合うつもりはないのだし、私はこの人に求められたものを返せない。
なら、求めてもらえることもこの先ないだろう、と心の隅が口を開けて大きく暗く息をしていた。
抱かれながら何も心の充足にはなっていないことをただ確かめた。
私はこの人を愛さない。性的にも、恋的にも、それが誰についてもこうなのだということを、
ひたすらに思い知っていた。
かける言葉も、話したいことも、知りたいことも、教えたいことも、何もなかった。
この行為に一切の愛はなくて、当然のようにそれは虚しかった。私はそれを想像できなかった。
愛することも、恋することも、私は美しい情熱だと思う。
だから憧れてはいる。手には入らないし、手に入れたいわけではないけど。
欲しかったわけじゃない。失くしたわけじゃない。捨てたわけじゃない。
私にとって鳥の羽のような、ネコの瞳のような、イルカの尾のような感情だ。
おやすみなさい
シスヘテロ対人性愛者の男が自身の加害性を許してもらいたがってる様子には反吐が出るが、しかしフィクトセクシュアル当事者としては、「二次元」や「萌え」という文化が内包するセクシュアリティの部分を漂白されることに対する危機感もある。
「愛する人と人生を共にするのに性別なんて関係ないけど、尻の穴に性器を突っ込むなんて不潔で気持ち悪いよね~」みたいな言説がカジュアルに蔓延して喜ぶ同性愛者はいない。LGBT運動の一部としても、そのような「オシャレに、カジュアルに消費される活動」から落とされる「汚い」部分を、敢えて「まるでチキンレースのように」表現する人々もいるが、それを「ゾーニングを守れ」と安易に断罪して良いとする倫理観は、マジョリティにとって都合の良い価値観だろうと思う。
https://b.hatena.ne.jp/entry/s/twitter.com/motoken_tw/status/1482517348074459138
どちらも「軽率」
そういう話で、軽率と言うな、被害者の事を考えろとか言い始めたら、ひったくりに気を付けようも言えなくなる
ゲームやアニメも、「こんな都合の良い女リアルにいない」とか言い出す奴が居るが、それは虚構だ、みたいなさ
これ、形としては「雰囲気作りに失敗した」ケースも含まれるよね
ブコメでは早速、「こうして握りつぶされてきた、中世ジャップランド」だの「暗数はすごい事になってるはず」だの吹き上がってるけれど
「怪しくなる」のは、どこまで「拒絶」の明示があり、どこまで「無理やり」だったのかって話だよね
「なんとなく」「流されて」とかの場合、「今にして思えば後悔している」「行為後嫌いになった」では強姦が成立しない
そういう「合意能力」について、問答無用とするのが性同意年齢で、現在は13歳(小学生までの保護)
これを15歳(または18歳)まで上げようって話はすごい反対にあった
話を戻すと、こういう流れからは「相手の合意をはっきりと意思確認する事」という提言が生まれ
実際には、「雰囲気が大事」「直接聞くとか野暮」という話になるよね
行為に及んだ方は状況から「合意が取れていた」と思うわけでしょ
(これに批判があるのは分かるけど、女性側の状況から「合意した覚えはない」も同じ事よ)
痴漢もそうだけど、ジェンダー絡むと「無罪推定の原則」を放り出す人が多いんだよな
女性がDVにあった、強姦にあったと言ったら、それがまず認められ、有罪を前提に話がされるべきだ、みたいな
こういう人が、人権の守り手でござい、みたいな顔してるの、本当に怖気が走んだよ
インドは国土にムスリム人口も抱えちょるし、エロ関連はご法度じゃないん?
踊るマハラジャも性表現がご法度だから踊りで性愛を表現したと聞くし、ゴリマーのPVもキスシーン禁止の中で試行錯誤で男女の果物の口移しでキスっぽい状況を代替表現してたが。
まあ、女性が男性よりもカジュアルにセクマイ自認をしがちという現象も、セクマイ女性はある意味で「名誉男性」として生きやすい部分があり、シスヘテロ対人性愛女性の方が抑圧を受けやすいという部分はあるのかもしれないし、「シスヘテロ対人性愛女性が、セクマイ自認に逃げることなく、マジョリティの自認を堂々と掲げられることこそが、女性の解放に繋がる」という論理展開もありうるのかもしれない。
それはそれで一理あるとは思う。
しかし、フェミニズムの後ろ盾の一つとしてジェンダー論を採用している以上、ある意味でジェンダー論とは矛盾するフェミニズムの新たな視点を提供したいならば、そこに「ジェンダー論」の隠れ蓑を着せることなく、自らの言葉と責任で語らなければ、セクマイの人々とジェンダー論に対する背任行為に等しいだろう。