はてなキーワード: 市長とは
(他の公的制度は税金たくさん収めてる人ほど損するのばかりだよね。貧乏人による諸々のフリーライド然り累進課税然り)
(国に利益をもたらせないクソ自治体はバブバブ言ってないでちゃんと自分で金を稼ぐ意識を持って欲しいよね)
(目先のコスパばかり優先して大量生産品ばかり消費して、国際競争力のある名産品が作れなくなったら国は衰退するよね)
・税収の再分配が出来る
(首都圏なんて結局は経済的な構造だけで金を沢山得ているわけだけど、それを説明してもバカだからどうせ理解できないし直接奪い合って貰うしかないよね)
(国がどうせお金くれるぐらいの感覚で地方行政を運用していた状態から、自分たちで産業を維持して金を稼ぐって意識が強くなるのはいいことだよね)
(ふるさと納税でどれが伸びているかのデータが集まるから、お役所としてもどこを優先的に伸ばせば良いのかが分かるね。自力でサヴァイヴ出来ないこどおじ産業はもう今の時代は消えてもらおうね)
(今までは地方税の使い道はお役所とお友達だけが決めていたけど、国民がそれを指定できるようになったね。これも全て「自動的に巻き上げる」から「能動的に寄付する」に変わったからだよ。良い変化だよね)
思ったよりあるね。
ふるさと納税全面反対派の人達ってこの辺を全く考えて無さそう。
特に一番最後の「国民が税金の使い道について自分たちで指定する機会を得た」っていうのは結構大きいと思うんだよな。
ふるさと納税反対派の人は「肉貰えればどうでもいいからこんなん市長おまかせ一択でしょ~~~」って秒でポチってそう。
違うんだよなあ。
氷河期世代で、育ったころには親ガチャって言葉なかったけど、改めて親ガチャって強いなと思う
今はアラ45、なんとかFIREしてもう糞みたいな仕事はしないつもり
一応妻がいるんだが、地方中核市の市長と地場名門企業のオーナーが親で本人は苦労も努力もしてると思うが、やはり恵まれてるなあと思う
俺も私立中高一貫進学校に通って京大に入って、それなりに頑張ったし親にも恵まれたとは思う
私立中高一貫に通わせてくれただけでもう世間的には親ガチャSRだよね
でも、大学のころの周りの友人や妻の環境聞くとやっぱり親ガチャSSRとかURってあんのよね
金とか文化的環境もでかい、これは無茶苦茶でかい、でもそれ以上に親世代の情報格差がでかいんだよな
特にあの時代の人たち(団塊世代)は情報技術がなかったから、情報貧富はもう完全に階級に依存してるんだよな
地方出身で東京に出て中産階級に頑張って乗ったみたいな俺の親と、最初から富裕層支配層の妻の親とはもうアクセスできる情報が全く違う
それに俺の尊属は20歳ごろには一人以外死に絶えてたし
俺は初めて海外行ったのは会社に入って5年後の上海出張だよ、小学校の同級生で海外旅行に行こうもんならブルジョア扱いでずっと擦られてた
でも妻は小学生のころからさんざん毎年海外行って東南アジアはつまらんとか子供のころに言ってたりするんだよな
甥っ子もいるけど、メジャーな海外はいうに及ばず、東欧だの南米だの当たり前のように行ってる
海外に行った経験だけがすべてではなく、わかりやすい例ということで…当然、受けてる教育なんかも全然違うよ
さんざん言われてるけど、AOなんかで求められる勉強外の経験値なんて全く次元が違う
こんな格差が今後さらにさらに拡大していくと思うと、今の子供たち世代には同情してしまう…
今更こんなとこにこんな陳腐なことを書くのもなんだけど、盆休みに義両親家を訪ねて改めて育ちの違いを痛感したので吐き出してみた
長いが、暇つぶしに読んでくれれば嬉しい。正直、これでどうこうというより俺としてはアウトプットすることで気持ちを整理する面が強い。
後々出てくる友人には今でも頭に来てるんだが、それでも文章にするとまだ情が残ってるところもあるのだと再認識したことは発見だった。
いきなり脱線したが話を戻そう。
高校時代に予備校で知り合った友人がいた。たしかたまたま隣の席だったのがきっかけだったんだと思う。高校は違ったがウマが合い、
予備校ではお互いの高校の友人をさしおいていつも一緒に話をしたり、飯を食っていた。
受験の辛い時期も励ましあって過ごした。大学は違ったが、長期の休みになると自然と地元に戻ってきて毎日遊ぶ、そんな日々が続いた。
その後友人は誰でも知っている大企業に、俺もそれなりの企業に就職した。よく社会人になると疎遠になると言うが、俺たちはそんなことはなかった。
就職して10年以上たち、友人には嫁も子どももできたがそれでも相手の奥さん含め必ず1年に何回かはどこかで会って近況を話したりした。
雲行きが怪しくなってきたのは俺が会社を辞めて自分で事業を立ち上げてからだ。
色々根回しをして退職したが、やはり事業を立ち上げた直後の数年は厳しい時期もあった。旅費や飲み費も厳しかったがそれでも友人とはいつも通り会って近況をお互い話した。
当然、事業が厳しい話もした。
友人も俺の事業がどうなっているか気になっていたみたいで、色々聞いてアドバイスやらなんやらをくれていた。
しかしこのあたりから異変を感じ始める。あるタイミングから「友人としてのアドバイス」から「コンサルとしてのアドバイス」に変わってきた。
友人は週末はビジネス勉強会を立ち上げて興味のあるやつらと勉強してると言っていたのを思い出した(マルチとかではない純粋な勉強会)。
どうも自分が勉強したことのアウトプット先にされている感じがした。
最初は友人としてのアドバイス100%だったが徐々にその色は消えていき「コンサルとしてのアドバイス」が100%になった。
彼の中で「俺は素人、自分はビジネスの勉強をしたプロ」という序列を作られたのだ。
このあたりから友人に不信感を持ち、これまで隠し事なしでいたが、徐々に自分の事業に対する考えやロードマップなどは真剣に話さなくなくなった。
一方でこの時は「そう感じる」ぐらいで、決定的なものはなかった。人によっては親身にアドバイスくれてるじゃない、と言う人もいたかもしれない。
しかし、それが決定的になったのは2人でカフェで話をしていた時だ。
俺は友人と雑談ができればそれでよかったのだが、どうやっても俺の事業の話に戻される。その時も結局したくもない事業の話をすることになり、
そして彼はカフェを出る時に「コンサル費」といってレシートを俺に流したのだ。
※これまではどんなことがあっても貸し借りなしの必ず自分で頼んだものは自分で払うというルールがあった。
俺は「あ、ああ、アドバイスありがとう」会計したのだが、釈然としなかった。雑談として久しぶりに集まったはずなのに偉そうにしょうもない
本人はすごいことを言っていると思っている様だがそうではなかった。奇をてらう必要はないが彼の話はどこまで行ってもどこかで聞いたことのあるビジネス論だった。
俺の考えを聞き、否定してアドバイスする。その様式が常に続いた。俺が毎日必死に知恵を絞って考えだしたアイデアを簡単に否定してああしろ、
こうしろと言ってくるのに耐えられなくなってきた。
「こいつは安定した給料もらいながら片手間で週末にちょろっと考えてリスクを取らず俺にアドバイスして気持ちよくなってんのか。
俺がお前のアドバイス聞いて結果しくじって路頭に迷ってもコイツは知らぬ存ぜぬを通すだろうな」
そう思うと友人に対して怒りが出てきた。
友人は帰る時にこういった。
「そういえば会計ソフトは入れた方がいい。Freeってのがあるから、それを導入しよう。俺が半額出してやる。ただしお前が営業利益やら全部教えて、
俺がその会計をやることが前提だ」
ここで俺は「もうダメだ。今日限りでコイツと会うのはやめよう。メッセージのやり取りだけにしよう」と決めた。
その後はのらりくらりと会うことを断り、メッセージのやりとりだけにしていった。しかし、それも終わりが来る時がきた。
俺「どうもこうも俺はこの仕事が好きだし、この分野も好きだ。この分野がこれから盛り上がれば良いと思ってるし、
そこに俺が関われたら最高だよな」
俺「・・・」
この瞬間、友人は他人になった。ここで20年の友情に幕が閉じたのだ。
その後事業は順調に伸び、市長から名指して呼び出されて役所でプレゼンするぐらいまでは認知度も上がった。
今でも季節の変わり目には「会おう」という連絡が来るが、一切無視している。彼に会うことは2度とないだろう。