はてなキーワード: 余暇とは
スーパーで推しの子マンチョコを見つけ「お?いいね、2、3個買っちゃう?」なんて思ったが1個140円を見て意気消沈
時代による値上げとコラボによるプレミアがあることは理解するが、記憶のビックリマンチョコより遥かに高額なことが受け入れられない
仕事以外で誰とも会話せず、余暇はアニメかゲームかシコるかの人生にとって真に楽しい記憶というのは幼少期にしかない
ビックリマンチョコ140円はそんな思い出を打ち砕いて俺をつまらない現実に引き戻す
悲しみしかない
クリエイターと自由と責任、というテーマについて色々考えたことをつらつらと書いてみる。長文。
俺は大学在学中から、もうずっと長いこと個人でゲームを作っている者だ。仕事をしつつ余暇でゲームを作り、すでに何作も公開している。大して売れてはいないので、あまり偉そうなことを言える立場ではない。
これまでしてきた仕事は、ゲームとはまったく関係がない。俺がゲーム業界に入らなかったのは、そこに入っても俺が作りたいものを作れないことを知っていたからだ。会社という組織は、自分の作りたいものを自由に作れる場所ではない。
俺には明確に作りたいものがあって、それは個人でも作れるものだったので、ゲーム業界に入る意味が俺にはなかったのだ。
本業の方では、いくつかの組織を渡り歩き、それなりに人を束ねる立場になってきて、組織の仕組みというものがある程度分かって来たところだ。
日本の企業は……いやもう少し主語を小さくしようか、俺が見てきた組織は、末端の従業員の裁量はとにかく小さく、何をするにも上司の承認を通さなければならない。個人が自由に創造性を発揮できる機会などはほとんどない。
そういう体制をディスりたいわけではなくて、それによるメリットもある。
上司の承認を取ることで、自分の行動で何か問題が起きても、その責任を上司に転嫁することができる。そして上司はさらに上司の承認を取ることで、その責任を転嫁する。
そのように組織の中で責任を広く薄めることで、特定の個人の責任を回避する。これは責任を曖昧にして、組織が社員を保護するための仕組みだ。
しかし普通の会社はそれでよくても、自由な創造性が必要な分野では、そういう体制はすこぶる相性が悪い。
クリエイターが創造性を最大限発揮するには、何よりも自由が必要だ。その点で、うまくやっていると思うのは漫画業界だ。
俺は、日本の漫画が成功している要因の一つは、漫画家が組織に属さず、組織から自由であるおかげだと思っている。もし漫画家がサラリーマンだったなら、漫画の内容をまず企画書にまとめて稟議にかけたり、1コマ修正するにも上司の承認を通したりといった世界になるだろう。
編集者がそれに近いことをしているのかもしれないが、漫画家本人はしていないはずだ。もし漫画家本人がそんなことをさせられたら、稟議を通りやすいテクニック、組織の中での立ち回りばかりが優先されることになり、自由な創造性からかけ離れてしまう。
出版社は漫画家にある程度自由な裁量を与え、漫画家が創造性を最大限発揮できる体制を整えている。しかしそのためには、漫画家を組織の外に置く必要があるのだろう。
漫画家のような存在は、組織にとっては異端者であり、組織の中に組み込むことができない。漫画家がいなければ事業が成り立たないにも関わらず、その主役を組織の中に置くことができない。この辺に、日本の組織運営の難しさがある気がする。
しかし自由の代償として、漫画が売れなかった場合、漫画家は収入の大幅減、連載打ち切りといった形で、その責任をダイレクトに負わされることになる。
サラリーマンであれば、たとえ大きな失敗をしても降格程度が済むことが多く、日本ではいきなりクビになることは少ない。サラリーマンは自由を制限される代わりに、ここでも保護されている。
サラリーマンであってもかなり上の役職であれば大きな裁量が与えられるが、その代わりに大きな責任も取らされる。結局、自由が欲しいなら責任を負う必要があるのだ。
ゲームの話から少し逸れたが、ゲーム業界においても80年代頃のゲーム会社は自由が気風が強かったのではないかと思う。いわばゲーム業界そのものが異端だった頃の方が、ゲーム業界は元気があった。新しいものを作るのは、いつだって異端者だったのだ。
俺はゲーム業界にいたことはないのでこれは想像なのだが、当時から残っている大手には、事業の規模が大きくなるにつれて社会の責任が大きくなり、多様なメンバーが集まり、大企業病に冒され、だんだん普通の会社になっていったところが多いのではないか。
任天堂なんかは今でも元気があるが、他に元気のある日本のゲーム企業は少ない。クリエイターが自由にものを作れない環境から創造性は生まれない。
ともあれ、いまゲームを作るなら昔から存在するゲーム企業ではなくインディーズで作るのが一番だと思う。それがもっとも自由な創造性を発揮できる環境だ。
俺なんかは、別の仕事をやりながら余暇でゲームを作るという、いわば美味しいとこ取りでやっている。しかしそういうやり方では、所詮大したものは作れないとも思っている。本業でゲームを作っている人には、やはり及ばない。
それは創作に掛けられる時間の長さという意味でもそうだが、それ以上に、本業でゲームを作っている人は覚悟が違う。
これが売れなければ倒産する、失業する、借金を背負う、そういうプレッシャーを負うからこそ作れるものがある。自由と責任は表裏一体だが、大きな責任はクリエイターを追い込み、本気にさせる。それで潰れる人も多いが、それを乗り越えて初めて達成できるものがある。
俺にそこまでのことはできないので、それができる人は素直に尊敬するし、感服する。俺は、彼らと同じ土俵には上がらず、慎ましく自分の作りたいものを作っていようと思う。
私自身は、子供を持たない人生で多数の偏見にさらされても、受け入れられる。
だって欲しいと思ってない子供が、産まれるほうが、不幸だから。
私が偏見や悪意に傷つけられても、一向に構わない。
ただし、結婚している以上、夫のことも道連れにすることになるため、どこかで何かが夫を傷つけてしまうのではないかと…それだけが怖い。
子供を持って一人前とか、ちゃんと性生活はあるのかとか、不妊の原因はどっちだとか。
お酒の場でこういう会話になることもあろう。
そもそも、子供持たない女性(独身・既婚問わず)は、趣味が充実してたり同じ境遇の友人グループと集まったり旅に出たりと、なんだかんだ身軽で楽しそうなミドル世代が多い気がする。
男性で子供がいないミドル世代は、職場と家の往復みたいになったりしないかな?
仕事して、住宅ローンを返済して、たまにネトフリ見て、少し賞与が出たら繰り上げ返済して、また仕事して、仕事して、たまに飲みに行って、仕事。代わり映えのない毎日。
同世代の子持ちの男性が育児に苦労してるのを見て、羨ましく思うかも。(だって子供がいないと、毎日が想像通りだし、想定外のことはあまり起きないだろうし、大抵のことはお金があればなんとかなるし)
辛い思い、虚しい思いを夫にさせたくない。
その解像度の低さに驚くことがある。
いじめに遭うかもしれない。
落ちこぼれるかもしれない。
今まで通り仕事に全力で打ち込めないだろう。
突然の欠勤で頭を下げることもあるかもしれない。
疲れが取れないまま月曜日を迎えることもあるだろう。
どこへ行くにも子供優先。トイレ、食事、段差、歩く距離、その他たくさんの物事が劇的に変わる。
楽しいことばかりじゃない。
そして、先進国だった日本はとうに失われ、貧しい国に成り下がってしまった。
欧米からは安く買い叩かれ、競争力は低下し、天然資源もない癖に第一次産業を守れず諸外国から食べ物さえも購入しないといけない。
自殺率は高止まり。高齢者の基準は引き上げられ、年金支給開始年齢から計算すると納めた分だけを受給することさえ難しくなる。国家による搾取。
こんな国に子供を産み落として本当にいいのだろうか。
たくましく幸せに過ごしてくれるだろうか。
同人女というかオタク女にありがちだけど、「オタク活動・創作は趣味」といいきるわりには、「趣味だけで恋愛も仕事もしてこなかった」とか「趣味一辺倒の生活でいいのだろうか?」とは言わない。
なぜか、「オタ活だけで恋愛も仕事もしてこなかった」とか「オタ活一辺倒の生活でよいのだろうか?」と言い換える。
オタクであることというのがアイデンティティなんだろうけど、自分の目を曇らしてない?
「趣味のサバゲーだけやってたんで恋愛も仕事もがんばってこなかったんだよね~」とかいう男いたら、「??」ってなるよね。
「趣味のアクセ作りだけやってたんで恋愛も仕事もがんばってこなかったんだよね~」とかいう女も、たぶん「??」ってなる。
いや趣味でしょ?趣味は趣味で楽しむだけにしときなよ、仕事とか関係ある?って感想になるじゃん。だから普通こんなこと言わないんだよね、ネットでも。
趣味とか関係ないじゃん。単に恋愛も仕事もしてこなかった/うまくいかなかった人、だよねこれは。
まずそのオタク活動への特別視、オタク活動してる自分への特別視みたいなのを辞めてもいいんじゃないかな。
生きがいなのはわかるよ。でも「趣味が生きがい」っていうのは、「趣味だけに生きる」っていう意味じゃないよ。
もちろん、本当にすべてをなげうって趣味だけのために生きる人もいるよ?でもそれは険しい道だよ。
男性でも女性でもそういう人はたまにいるけど、まぁ正直あんまり楽しそうに見えないし大変そうだよね。その道を選ぶなら、それはそれで良いと思うけど。
でもそれだったら収入をある程度得て趣味につぎ込むとか、家庭を持ちながら余暇で趣味を行うとかのほうがバランス良いじゃん。…趣味なんでしょ?
元増田の悩みは、たぶんオタ活とか二次創作とか別に関係ないんだよ。
今後どうするか、こんなに考えてない30代この世にいない気がしてきた。
ここでしょ。
あれ?自分このままだとどうなんの?このままでいいんかな?仕事も恋愛も、このままだと全然見通し立たなくね?って思ったんでしょ。オタ活とか趣味とか関係ないよ。自分の人生を考える時なんだよ。
まぁなんも考えてないヤツは世の中いっぱいいるけどね。「この世にいない気がしてきた」とかそんなことないよ。ネットオタクにありがちだけどそんな修辞しないほうが良い、ちゃんと現実見ろ。
あと、元増田が動揺してるのは「オタ活界隈こそが自分の本当の居場所だと思ってたけど、実は違うんじゃないか、ずっとはここにいられないんじゃないか」って心のどこかで思ってるからでしょ。
まぁ、これも実際その通りで、趣味の場って大抵の人にとっては「2つ目の居場所」なんだよね。
「家庭」とか「職場」で自分の役割をこなして、自己実現をするんだよ。趣味の場はその息抜きとして、別の役割をする場所なんだよね。
ただオタク活動をしているだけで、それが人生の居場所になるのか?っていうとそれは難しいかもね、実際のところ。残念ながら加齢で浮くってのもあるし。年取っても趣味の場に顔を出すこと自体はすごく良いことだと思うけどね。
で、実際のところ、仕事頑張ったほうが良いんじゃない?と思うよ。たくさん稼いで元気にオタ活すればいいじゃん。
稼げないから仕事楽しくないんだよ。稼げたら楽しいと思うよ。まぁ転職とか、大変かもしんないけどね…。
あと恋愛興味ないってのも、本心からなのかちゃんと考えてもいいんじゃない?最初からあきらめてないか?元増田の内心まではわからんけどさ。
「オタ活やってる」を言い訳にせずに自分と向き合う時が来たんだよ。
他の増田もいってるけど、仕事も趣味もバランスとりながらやったら良いよ。
あとさ、どうしてもオタ活を人生の中心に置きたいなら、「趣味」とかじゃなくてちゃんと「生業」にしなよ。
二次創作だから金儲けってのは難しいかもしれないけど、「大して売れない」じゃなくて「バンバン売れる」とか「界隈でも評価されてる」くらいを本気で目指してみりゃいいじゃん。
文字書きなのか漫画書きなのか知らんけど、売上あがったり、仕事につながったりするくらいまでやってみればいいじゃん。それか有名同人作家として評価されるくらいまでさ。
極論だけど、元増田の本業の半分くらいをオタ活の売上で稼げたら、たぶん今の増田の悩みは消えるよ。(税務署はくるだろうけどw)
クソな仕事してても、「まぁ私同人で稼いでるし?」と思えると思うよ。たぶん、居場所もできるよ。
「それは無理だな…」「ただ単に楽しくやるのが良いんだよな…」って思うなら、やっぱオタ活は趣味と割り切るべきだよ。
オタ活も頑張っても良いけど、仕事もちゃんと頑張りな。それか、険しい道だけど趣味だけに生きな。
あと最後に、「オタクそういうとこだぞ~」ってところを指摘しておくよ。
でも、自分でも心のどこかでそういう普通じゃないルート歩んでるのがコンプだから、Aさんが同人辞めたの気にしてるんだろうな。
元増田の人生も別に普通だよ、マジで。「特別・普通」「オタク・非オタク」「創作・非創作」で分けるのやめたほうが良いよ。
コンプを感じたのはAさんが「普通のルート」を歩んでるからじゃないんじゃない?
元増田がやってこなかったことをやってたからでしょ。おそらく同人活動と並行しながらそれをやってて、そんでもってサクッと同人活動(趣味)をやめたからでしょ。
https://smart-flash.jp/lifemoney/58184/1/1/
驚くべきことに、月の残業「なし」の男性の子どもとの交流時間は1日94分であるのに対し、月残業「60時間以上」の女性では134分と、残業「なし」の夫よりも遥かに多い時間を子どもに費やしているのです。
つまり、「仕事」と「家庭」のトレード・オフではなく、単純に「男性は仕事の量にかかわらずあまり育児をしない。一方で女性は仕事が増えてもしっかり育児をする」という、女性へ過剰な負荷がかかった状況なのです。
気になるのは、仕事量は少なく、かといって「育児」にも時間を割かない男性は、いったいその時間に何をしているのかです。「社会生活基本調査」(総務省・平成28年)をもとにしたデータを見てみましょう。
<男性>
仕事 -257
睡眠 +65
休養・くつろぎ +66
趣味・娯楽 +21
<女性>
仕事 -164
休養・くつろぎ +11
趣味・娯楽 -2
残業「なし層」と「あり層」を比較した時、男性は257分、女性は164分の相対的な「余暇時間」が生まれています。
女性は浮いた時間から、「家事・育児」が70分、睡眠も31分増えています。一方、男性で増えているのは「趣味・娯楽」「テレビ」「休養」「睡眠」で、「家事・育児」の時間はマイナス2分と、わずかに減っています。
つまり「男性は残業時間が短くても余暇を全く家庭に振り分けず、女性が家事・育児をしている。むしろ、テレビを見てくつろいでいる」ということになります。
大学のモラトリアム期間に彼女作って、どっちかのアパートに転がり込んで流れで半同棲初めて、ダラダラゲームしたりセックスしたり勉強したり旅行したり、そういう時期を過ごしたかった
今後どんな人生イベントがあってもそれがないという事実が俺の人生に影を落として、「でも俺は大学時代に同棲してないからゴミ」という気持ちになり自己肯定感が全く上がらない
今後仮に恋愛し結婚が万一あったとしても俺の人生は満足しないだろう。ツライ。助けてくれ。わかる人いないか
(追記)
ちなみに今の俺は女っ気こそないがそれなりに充実した生活を送っている。仕事は楽しいし同性の友達は多いし上司にも可愛がられ余暇も多めだから趣味も充実している
だがそれでも「大学で同棲しなかった」という事実が頭をよぎっては全て無為に思える時がある。これは多分一生抱える病気みたいなものだろう
お前のショボくて実の無い余暇ならそうだろうな
この日記は愚痴であり、閲覧する対象も『TRPGプレイヤー』と過程しているため、専門用語の説明はありません。
実家暮らしこどおばが「卓が忙しくて就活できないんだよねw」と発言し違和感を持ったから。
余暇(ゲーム)が忙しくて就活できない。は、現実逃避じゃないの?と自分は思いました。
こどおばの生活について口出しして責任等が発生したらたまらないから何も言わなかったけど、
やることをやらないで余暇の予定ばかり立てて「日程ない!」とか「立ち絵忙しいw」とか
それで「就活する時間無い」は、甘えすぎだろwwwwwwwwwwwww
TRPGに逃げてるだけwwwwwwwww
行きたいシナリオがたくさんあるのはみんな同じ。そして、社会人は生活の隙間にTRPGをしている。
実家暮らしこどおじおばが生活削ってTRPGして「就活する時間無い」は、無いでしょ。あたり前じゃん、逃げてんだから。
実家で就活せず遊んでいても許される環境で良かったね、私は自分の子どもがそうなったら嫌すぎるわ。
お疲れ様。