はてなキーワード: ままごととは
「三人でいるときは、ずっと三人のままだよ…
二人でも、一人でもないよ。必ず三人だよ。
…そういうことじゃ、だめかな?」
「…あたしや北原にまで、毎年ずっと、
そんなままごとを続けろっていうのか?
相手のこと…恋人のことすら何も考えてない、
「確かに、わたしの身勝手だけど。
わたし一人が思い描いてる、夢だけど。
でも仕方ないよ…
(中略)
「そこまでいうならさ…証明してみせて
永遠の友情を。」
◆冬馬かずさ
<冬馬…俺…初めて会った時から、
ずっとお前のことが好きだったよ。>
・お前って、嘘をついたり、わざと焦らしたりして、
相手の出方を待つような奴じゃないよな?
・仕方ないだろ。
・あたしと全然違う二人が、
やっぱり…………害なんか、ないよ
・恩なんて、あたしはそんなもの売った覚えはない。
恩だなんて…感じて欲しくない。
・とにかく今はさ…思い出したいんだ。
こんなあたしでも、きっと昔は、
・…約束はできないよ、雪菜。
・今の男はあたしを正反対にしたようなやつだし。
・そうなんだよ…
なのに今のあたしは何やってんだろ?
・ホント、雪菜にはかなわない。
雪菜には、一生勝てそうにないよ。
・な、北原。
色々と…ありがとうな
・その言葉…忘れないよ
◆小木曾雪菜
<俺たちは、自他ともに認める、
・他人にどう言われたっていい。
人に言われたくらいで揺らぐような恋はしてないから。
でもさ…
冬馬さんとだけは、価値観を共有してるって信じてる
無駄だよ。
・冬馬さんは他人とは違うでしょ…
・かずさが男の子だったらよかったのになあっ
そしたら…そしたらね…っ
きっとわたし、かずさも春希くんも好きになっちゃって
やっぱり酷い女の子になってたって思う
・心配なんだよ春希くん。
誰よりもかずさのことが。…わたしよりもさ。
・うん、すごく嬉しい。
わたしのためじゃないけど、わたしたちのためだから。
・春希くんは、かずさに全然恩を返しきれてないって、
そう、思ってるんだよ。
(中略)
春希くんは、かずさのこと、神様みたいに思ってる。
・ずっと、こうしていたいね…
・ね、どうしよう?
わたし、春希くんと付き合い始めて、
どんどん悪いコになってきてるよ…?
…春希くんのためなら、もっと踏み外せるって、
そんなこと、おもっちゃってるよ?
<俺は、誰に対しても嘘はつかない。
誰に対しても、誠実でいる。
さっき、そう誓ったばかりだ>
<今まで通り、なんにも変わらない。
俺たち…三人のままだって>
俺さえ吹っ切れば、
みんな笑って、この時間が続いていくんだ>
今年の夏に、2年ちょい付き合った彼女と別れた。
もう、2か月近くも前の事だ。
音信不通になったり、朝帰りしたり、ナンパされた人と遊んだり。
少しでも、立て直そうと努力してみたが、結局空回りに終わってしまった。
結婚しようという話もでていたが、学生のおままごとにすぎなかったのか。
どうしたら忘れられるのだろう。
今でも胸が苦しくなるほど、好きで好きでたまらない。
出来ることならば、もう一度と考えてしまうが、
彼女に迷惑をかけたくもない。
冷静になって考えると、浮気もされていたし、後半の方は拒絶されていた。
客観的に見たら、別れて正解なのかもしれない。
それでも、なお、好きでいる僕は頭がおかしいのかもしれない。
し彼女の事が心の中の大半を今も占めている。
最近、何をやっても集中出来ない。
この先の人生を考えるとなんの楽しみも残されていないように感じ、
あまりにも空虚な60年を過ごすのかと何も気力が湧いてこない。
どうしたら、立ち直れるのだろうか。
どうしたら、またあの日のように笑って過ごせるのだろうか。
笑顔で過ごせているだろうか。
僕といた時よりも幸せを感じていることを願う。
もし、そうでないのなら、もう一度。
それだけが、今の願い。
http://news4vip.livedoor.biz/archives/51819278.html
萌えるもの。濡れたスイカに映った幼女。呼んだら来るスズメの雛。2,3歳の幼女が
走って来る途中に地面のゴミを見つけて、ちっちゃいおててで「はいっ」と見せるのモエス。
おかっぱの前髪をかき上げないで、首を斜めにして向こうを見ようとしてるのもアホカワイイ。
ちっちゃいお坊ちゃんがスーツ着せられて歩いたり、幼女が遊んでいる打ちに腕の中で
くーくー寝るのもスゲェ萌える。しがみついてんだぜコンチクショー。
まぁ、ままごとの道具や水草の葉っぱとか、小さいものはみんなかわいいといえるな。
二歳くらいの子供が服の裾を引きずって部屋から出てくるのはタマラン。袖が長すぎて
指先だけちょっと出ているってのもピンポイント萌え。10歳前後の男の子が、
学校の授業で教科書読んでるのもけっこう萌えるシチュエーションだな。
※ここでいう純粋反差別主義者というのはあくまで理論的な話であり、現実的にこういう人がいるという話ではありません。
反差別主義者は、己の理想が本当に現実になることを望んでいるかかなり疑問になることがある。
例えば最近話題になったwakabafukudaさんは、すべての発言が「ヒャッハー!汚物は消毒だー!」にしか聞こえない。
おそらく「言葉遊びとして」程度にしか差別というものを理解していないからああいうモヒカンのような雑魚っぽい発言しかできないのだろう。
よろしい、あなたの望みがかなってあらゆる差別がなくなったとしよう。
それをわかりやすく描いているのは北斗の拳とドラゴンボール(フリーザ編)である。
他のあらゆる言い訳は存在しない。あらゆる保護(=優遇)は考慮されない。男と女の差すら容認しない。役割分担を考慮することもない。
北斗の拳のように全体の資源が少なければ、焦点は資源の奪い合いになる。力のあるものが力の弱いものから略奪する世界になる。
ドラゴンボールのように、高度に科学が発達し、エネルギー問題が解決され、食糧や住居はおろか、労働力さえサイバイマンという形で供給されるならば、焦点は尊厳の奪い合いになる。
そこで生き残れるのは覇王か、エリート戦闘民族だけである。彼らがすべてを決める。
能力の中途半端な人間は、せいぜい覇王や聖帝の下でヘコヘコしながら、より弱いものを虐待しておこぼれに預かるしかない。
トップの人間以外にとっては、もはや今の日本にあるような自由は存在しない。
まして、ドラゴンボールの世界観であれば、役に立たない人間はそもそも不要だ。だから、資源がないなら星ごと潰されても文句が言えない。
本当にあらゆる差別に反対し、ひまにあかせて言葉遊びに興じ、どんな些細なことにでも絡んでいく暇な人は、北斗の拳の世界観を望んでいることになる。
私のように能力に絶対的な自信がなく、しかし一定の自由は欲しいという人間は、北斗の拳の世界よりは今のほうがまだましかなぁ、と思っているのだけれど
それでも彼らは「間違った自由などいらない」「どんなに間違ってても今の社会をみとめるよりはまし」といってはばからない。
どれほど現実に絶望したらこんな投げやりで思考停止した言動ができるのであろうか。
そして、そんなに現実いやなら一人で死ねばいいのに、そうはしない。
真摯に人間の平等を願うならまず宗教の1つも学んでみるものだ。神のもとの平等という概念に興味くらいは持つはずだ。でもそうはしない。
なぜなら、彼らは現実に絶望なんてしてないからだ。そういうポーズを取りたいだけだ。
絶対に自分を否定したくない。世界が間違っていると信じてやまない。
そんなに自分が好きならもっと努力して自分の望みを自分で叶えてみろと思うけれど、それもしない。
世界が間違っているのだからと、自分はふんぞり返って世界からの謝罪を求めるだけ。世界を断罪するだけ。
しかもその基準を学びもしない。 自分の価値観を万能なものとして振る舞うだけ。
ガキか。
ガキです。
幼稚園児だったらそういうおままごとをしてる姿も微笑ましいかもしれない。
でも、そういうのは一人でやってほしいし、大人になったらやめて欲しい。
激しく!もっと激しく!
肉と肉がとろけ合うまで交わり続けろ!
いづれは学校中の生徒も参加させてやる!善人顔した教師達もだ!
学校中の女達の穴という穴すべてに精液を流し込んでやる!
校長も教頭も皆、家畜の様によがらせて、可愛い教え子達の膣にペニスをぶちこむのさ!
学校の次はこの町、全てを巻き込んでやる!
ただすれ違っただけの見ず知らずの奴ら同士を、いきなりセックスさせてやる!
例えそれが親子であろうと!兄弟であろうと!
女同士であろうと!男同士だろうと!
全員残らず、性器を結合させて、愛液と精液にまみれさせてやる!
どいつもこいつもセックスさせてやる!
膣やペニスがすりきれて、血まみれになっても腰を振り続けさせてやる!
血と精液と愛液にまみれながら、喉が渇けばそれをすすらせ、
腹が減ったら互いの肉を噛み千切らせる!
セックスだ!セックス!セックス!セックス!セックス!セックス!セックス!
純粋反差別をとなえられるくらい十分に頭の悪い人の求めている世界ってこういうことだと思うんよ。
で、奴隷に対して自分のコンプレックスをぶつけてカタルシスを得たい。
中二病ってある程度知性がないと自分がヒーローになれる設定とかストーリー作れないんでこの人達には無理です。
だから一番原始的な欲求に忠実に従うとこういう単純な妄想になるんですよね。
中学生の頃にはよくある妄想です。まぁできれば高校生のあたりで卒業していただきたい幼稚な発想ですね。
wakabafukudaさんを見てると、「中学生日記」を読んでるようで微笑ましいです。
だからさあ,
そんなこと誰でもわかってるって言ってんだろ何度も言わせんな
お前は人生に直結するってわかってたら死ぬほど勉強の努力”だけ”して東大行くのか?飯も食うだろ恋愛もする部活もするだらうが。
マクロで考えりゃそうだが、人間もっとミクロな生活の積み重ねだろ、お前の言ってることは貴族かニートかロボットの理想論だって言ってんの
人間生きてる時間限られてんだ。いろいろ他にもやることあるだろうが、選挙よりも近くのわけわからん原発よりも、人事異動とか家庭内のごたごたとか親戚のなんたらがあるだろう。
それより、毎日仕事して飯作って洗濯して、どこにそんな多大な努力とやらをする余裕がある?
そういう多大な努力をマスコミとか政治家とか官僚とか東電とか東芝とかで分担してんじゃねーか、だから国民は自分の役割見つけてそれに没頭して、他の分野は専門家のこと信じて与えられた選択肢から選んでるんだろ?
役割を怠った奴に文句を言って何が悪いんだよ、今役割を果たしてないのは政治家だろ、東電だろ。歯車が止まった時に文句を言うのがあるべき姿じゃねーか。
趣旨は、yutakiokaは別に悪い人間じゃないよ、ただただ、人より優れていることを求め、ずいぶんと頭がいいけれど、その頭がいいことを力に変えることが出来ず、特別な人間になれないことを悩むという、どこまでもありふれた普通の子供だよって流れです。
掘り下げが足りない人が出す結論は大体「相手の自意識過剰」になるという俺の持論がまた立証されてしまった。
ひとつ言っておくと、自分の頭でちゃんと論理を手放さずに考えて続けられる人は、そう簡単には循環論法には陥らない。
なる場合でも、大きな円を描く。その円の大きさがその人の思考力であると思う。
逆に自意識過剰、などという根拠がない仮定を使って空白を埋めることで循環論法を作り出す人間は思考能力が全くないのと同じ。
童貞disねたは煽りなんだけど、それに脊髄反射して感情的に反応しちゃってる人を見ると、ああだから童貞なのかと極めて納得がいく。
別にその人の事を言ってるわけじゃないのに反応してるというのはかなり自意識過剰だと思う。
うん、前から思っていたけれど彼には思考の発展性が全くない。
「なぜ童貞は自意識過剰なのか」という問いに対して「自意識過剰な人間は嫌われるから誰にも相手にされないから」。
では「なぜ自意識過剰な人は嫌われるのか」「なぜ自意識過剰ではいけないのか」「自意識過剰とはなにか」という問いがない。
逆のことがすべてカチッとはまっちゃってて議論の余地がない。
「自意識過剰はいけないこと」「自意識過剰は女に相手にされない」「誰かに相手にされているから自分は自意識過剰ではない」。
何から何までお約束で出来上がってしまっていて、そのお約束を超えるともう会話ができない。思考もできない。
もちろん頑張ってたくさんのお約束を頭に詰め込んだ努力は評価したいのだが、それに思考が固定されるならまだ無知な方がいい。
よく知らないけどこの人、「なぜ」という問いが1段階で終わっちゃう人なのだと思う。
その問いに対する答えも、自分で考えたというよりは、他人が出した答えを拾ってくるやり方なのだな。
そして、教科書に答えがのってないものについてなにか自分なりに考えようとすると極めてチープな「自意識過剰」とかそういう意味を成さない言葉に落ち着いてしまう。
この人、なにか「自分の手でつかんだ」という実感のあるモノってあるのだろうか。
「だからあなたも生き抜いてという言葉」の方があなたの「死ね屑」よりも暴力的と言うことですか?
思い込みですね。
最後に余談。この人がtwitterというメディアを選択している理由について推測する。
twitterで人間について語るとか無理とは言わないが、それでもイロイロ制約がかかっておすすめできないと思う。
無理やり語ろうとするとテストの答案しか作れなくなる。 例えば彼の「答案」を見てみるとこんな感じ。
自己否定ナルシズムの極地は自殺。ドストエフスキーは「悪霊」で、キリーロフの自殺という形でそれを示している、あの自殺理論で語られている「神」はもちろん「存在」の隠喩。存在の不安という問いに対して、実存的に思考したキルケゴールとドストエフスキーが異なる解を与えているのが興味深い。
とか
存在の耐えられない「軽さ」から逃れるために国家と自らの存在を同一化して存在意義を個人ではなくて国家の権威や伝統に求めるというのは、存在の「重さ」を得るための一つの方法ではある。ただそれが「自由からの逃走」である、というアイロニカルな視点がほしい。
しかも教科書のまえがき部分であって、帯の部分でありWikipediaでも読める部分。
そこから先が大事であり、さらにそこから自分の意見をもつことが大事。なのに、これが結論。笑える。
でもこれは本人の資質の問題ではない。こうなってしまうのは、140字制限だと、引用だけで記述が限界であり、引用ですら140字となるとかなり制限がかかってしまう。
しかし、本人はずっとそのtwitter「でこそ」こういう話を続けていきたいように見える。
となると、この人は「なぜ自分はtwitterを選択しているか」「自分は何に依存しているか」について自覚があるのだろうか。
私は別に自分が論理的な人間だとは思っていないし、論理的でなければいけないという縛りを自分にも他人にも課すつもりはないので
露骨に話をすっ飛ばして結論だけ書く。相手の主観を勝手に推測もしまくる。いちいち検証するだけの価値のある人物ではないわけだしね。
私には、この人がtwitterに求めているのは「教科書の知識の共有」「教科書的お約束の確認」であって、それ以上でも以下でもないと見える。
最初から思考する気などない。むしろ本業である思考の場で戦うことがどん詰まりであるからこそ、
下々の場に降りて行って、自己を確認せずにはおれない、テクノクラートのなりそこねというのが彼のイメージである。
そして、この人物に共感する人間が多いということは、それだけ「報われない文系エリートが多い」ということをも意味する。
せっかく勉強して、知識も蓄えて、いい大学にいった、留学もした。でもそれは社会的には何一つ報われることがない。
普通なら下々の人間など気にせず一心不乱に上を目指しているであろうはずのエリート候補生が、在学途中から下を向いて過ごしている。
この人は童貞ではないかもしれない。客観的に見たらエリートかもしれない、でも、主観では負け組である。実存を失っている。
しかし、この人は教科書にしたがって生きているのに、教科書にはどこにも「負け犬として実存を保つ方法」が載ってない。
だから彼は自分の実存を得るために、こういうちゃちなゲームを始め、いつまでも続けなければいけない。
彼はよくある普通の一学生である。特別ではない。本当に平凡な小市民にすぎない。
本来は普通に大学に行って、普通に彼女ができて、普通にセックスして、普通に就職して、普通に家庭を持って、普通に老いて、普通に死ぬ。
その程度がお似合いの少人物である。そして、その事実こそが、彼にとって絶対に認められないことなのだ。
彼は普段のツイートから見るに、多分日本の教授には優越感か同程度の知的レベルにあるという自覚を持っている。
それでも大した思い上がりなのだが、その思い上がりを持ってすらなお満たされないのだ。そのくらい彼は自己の尊厳に飢えている。
彼は、自己イメージを損なうよりは、ドヤ顔のアイコンをさらし、他人を挑発することで「嫌われ」「叩かれ」ることで自分は特別な存在だと思っていたいのだ。
こういう奇特な行いも、まったくもってオリジナルではなく、アイデンティティクライシスに陥った人間を救う手段としてのSMは
自らを鞭打つ修道女の例からアラビアのロレンスの虚言までいくらでも例がある。
彼はもはや、自らが見下している無知な人間に嘲られ、叩かれることでしか、もはや自分の本当の居場所を確信できない。
何があったか知らないが、そのくらいかつての彼の自己プライドは高く、そして、それに見合った実体をついぞ得ることがなかった。
日本では誰よりも賢く、知識もある特別な人間だったのに、向こうに行ったら普通の人であることに変身させられてしまった。
しかし今更それを認めることは出来ない。追い詰められた彼が取った手段が今の有様、ということです。苦悩だねー。青春だねー。毎日吐いてるかー?
でもね、こういうのって今やふつうなんだよ。昔なら特別な人間のイメージだったかもしれないけど今じゃこういう行動をとることそのものが平凡の証だよ。
最初見た時から、ああーこういう奴よくいるわー2年前にみたわーって思ってた。 かわいそうだなーって思ってた。かまってらんねーと思ってた。
でも、いい加減うざい。 さすがに自分がかまってちゃんである自覚がないのはtwitterへの依存が強すぎるだと思ったので、指摘しておく。
これは彼が実際にどうであるかは全く関係がない。むしろ事実と違うほうが効果的だと思ってる。私の目的は彼を理解することじゃなく、彼が他の人にやってることをそのまんま彼自身に返すことだからね。もちろん私は自覚してやってるよ。それこそわざとらしいくらいにねちねちと、いやらしく、冗長なくらい、お涙たっぷりのベタベタなストーリーとして彼を「理解」してあげる。そしてこの気持ち悪さを是非体感してもらいたい。彼と彼の取り巻きがやってることがどれほど他人にとって気持ち悪いか、ってのを自覚してもらえればいい。
彼がやってるのは、他人を対象化するという遊びなんだよね。正常な人間であれば小学生低学年くらいで卒業する遊び。
自分が特別でありたいと信じるあまりに、他人を過剰に普通とか普通以下に押し込めようとする幼稚な差別行為。
2それに反論も許さず
これが対象化される側からしたらどれほど不愉快かは、年がら年中オタとかはてな村とか言われてる人間にはよくわかるよね。
個であることを圧殺され、ただ一括りの集団としてしか認識されないのだから。
もっとも、これを2ちゃんでいうならともかく、twitterでリプライをつけて言っちゃうあたり、むしろ彼の対人認知能力の低さが忍ばれるけどね。
要するに彼は、テレビのワイドショーを全部自分の脳内でやってしまってる。
テレビで毎日のように繰り広げられているコメンテーターの批評の劣化版をやってる。
検事と裁判官と手抜きした弁護士のセットをすべて自分でやるという脳内裁判ごっこ。
それをひとり寂しくやっている。いや、今では同じような寂しい人間が寄り集まってプチテレビ局、プチワイドショーになってるか。
みんな、力の感覚が欲しいんだね。よっぽど現実で報われてないと感じてるんだろう。
でも、力の感覚をどうやって得るかって時に、まだ社会人になって仕事もしたことがないガキなので、そのモデルをテレビくらいしか持ってない。
部活(特に体育会系)とかで皆と一緒に頑張って何かを成し遂げたことがあるなら話は別だが、
どう考えてもこの人、万年部屋に閉じこもって本読んでた口だろう。要するにそっちの方法で自己実現ができない。
多分彼らはテレビのコンテンツの内容は見下してるだろう。それでいてテレビのワイドショーで好き勝手語ってる奴らに憧れずには居られないわけ。
彼のイメージでは、彼自身はテレビの司会者であり出演者、賛同者が共演者で、オタクとか童貞はスクリーンの向こうのトピックに過ぎないのだよね。
テレビの司会者が、スクリーンの向こうのトピックから話しかけられることはないはずなのよ。
だから、相手には反論も許さない。彼自身について評価することも許さない。他人に自分を解釈する自由を与えたくない。自分はそうするけど相手には許さない。もし許してしまうと、自分がそうしたであると同じように、自分が好き勝手に解釈され、じぶんがコレだと思っていたアイデンティティが溶けてしまうから。だから、話を聞けない。聞いてしまったら彼の幻想が壊れてしまうから。そういう状態なわけですよ。
彼は自分には他人を裁く特権があると、信じてなくてはいけない。しかしその反撃に常に怯えている。
これが、ネタとして薄められ、表に出すことが出来ない真性の厨二病、真性のディスコミュニケーションというやつです。
そんな彼でも、就職とかして、自分が特別でないことを理解し、自分を集団の中で活かす道を見つけられればこういう幼稚なテレビのマネッコはすぐ卒業できる。
でも、今自分がやってることの恥ずかしさに気づけなかったら、何時まで経ってもアマチュアのテレビワイドショーごっこを続けることになるかもしれない。
なまじ頭がいいし、同士が多いものだから、それで結構充足感得られちゃうのが危険なんだよね。
他人に妥協するって事に耐えられなくなっちゃうかもしれない。個人的にはそのほうがおいし・・・いやいや、なんとか抜けだして欲しいものです。
うそこけ
彼の持つ全てが愛しかった。
元増田が好きだったのは「夢を持って輝いている彼」であって、彼自身がどんな人間かはどうでも良かったんだよ。でなけりゃ職業変えたくらいで別れるわけないだろが。彼の夢が好きだったから、彼が夢破れたとき「じゃあ、2人で新しい夢を探そう」って話にならなかったんだろが。
問題は「もし」をたくさん並べたことではなく、「もし」を想定することで現実を見なかったことにあるんだ。今度、同棲するときはちゃんと金勘定も含めて現実を直視するんだよ。でないと、何度恋人が出来ても、一緒に生活を築こうという話は現実にならないからね。
私は十分結婚生活を堪能したおばさんで、夫と死別して今恋人が居る。もう、未来を「夢見る」歳じゃないから、ままごとみたいな付き合い方で、どちらかが死ぬまで付き合っていこうと思っている。もしかするとそうなるかも、ではなくて、明確な意思を持って、そうすると決めている。
※あくまで「とあるゼミ」について。 他は存じあげません。 教えて下さい。 お願いします。
論文とは「問い」である。(率直な疑問をテーマにしてこそ良い論文になりやすい。)
論文には以下の構成がある。※この日記は序論の「問題」と「研究目的」に対する考察(PLAN)でしかない。
問題と研究目的や研究方法の提示、用語の定義を述べる必要がある。
引用文献だけではなく、使えそうで読んだ(参考にした)本を述べる。
近年、娯楽コンテンツをテーマにする流れがとあるゼミ内であったようなので、注意点を述べる。
これは、社会的背景に迫らなければ動機以上に有意義なテーマにならない、ということである。
疑問に思う(QUESTION)→「考察(PLAN)」→調査(DO)→考察(CHECK)→発表(PRESENTATION)の流れでは「PLAN」に該当するプロセスで基本だが、大抵の大学生は多忙を理由にして調査への過度な期待をして失敗を繰り返しているという意味で最重要プロセスでもあると考える。
失敗の例として具体的には「自分の研究がなにをいいたいのかがわからなくなる。」といったものがある。
そこで、対策として社会的背景へ迫るPLANの例として娯楽に対する考察を以下に提示する。
そもそも、娯楽の意義を知らなければならない。無論、娯楽はストレス(抑圧)発散のためにある。
社会的なストレスとは労働といった規範に関連するもの。学生は学業が社会的なストレスになる。
知識の外部性を最初に指摘したのはマルクスだった、といえば牽強付会に聞こえるかもしれないが、彼は労働についての断章と呼ばれる『資本論』の草稿(経済学批判要綱)で次のように書いている
自然は機械をつくらない。それは人間の頭脳や手の生み出した器官であり、知識の力が対象化されたものだ。固定資本の発展は、社会的知識がどれほど生産の直接的な手段になり、社会的な生活の条件がどれほど一般的知性によってコントロールされて生産に適応しているかを示している。
これはネグリ=ハートが『帝国』で、マルクスが「非物質的労働」を視野に収めていたことを示す証拠として引用した文章だ。これに続く部分で、マルクスは社会的知性が科学技術による生産の条件だとものべている。そしておもしろいことに、こうした社会的知性は生産だけではなく消費によっても生まれると説いている
池田信夫 blog : マルクスとソーシャルメディア - ライブドアブログhttp://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51671941.html
知識の外部性、社会的知性、一般的知性 というものがあることがわかる。
おそらく書籍を読解していく上で【知性やイデオロギー】等の違う言い回しで多くの似た概念に出くわすと思う。※注意は必要だが、以降は「規範」として解説する。
私たちは幼少より社会的な規範や市場的な規範を様々なものを通して学ぶ。
娯楽も例外ではない。例えば、女の子はおままごとを通して家庭の内部規範を、男の子はロボットやヒーローのおもちゃで外部規範を学んでいく。
ここから、「娯楽コンテンツは虚構的である。つまり、それ自身に本質的価値はない。」ということがはっきりわかった。
実をいうと、「エンプロイー(従業員)」という概念は近代になって生み出されたもので、時代を超越した社会慣行ではない。強い意思を持つ人間を従順な従業員に変えるために、二十世紀初頭にどれほど大規模な努力がなされ、それがどれほど成功したかを見ると、マルクス主義者でなくてもぞっとさせられる。近代工業化社会の職場が求めるものを満たすために、人間の習慣や価値観を徹底的につくり変える必要があった。
これらのどれ一つとして人間の自然な本能ではなかった(もちろん、今でもそうではない)。したがって「従業員」という概念が—また、近代経営管理の教義の他のどの概念であれ—永遠の真実という揺るぎないものに根ざしていると思いこむのは危険である。
「経営の未来」に従業員の未来を見る - アンカテhttp://d.hatena.ne.jp/essa/20080310/p1
「従業員」という一見当たり前の概念についても長い歴史で観ればつい最近確立された規範であり、社会問題を伴う。
つまり、「娯楽という概念」にも労働を代表する外部の概念が抑圧・弊害や規範として間接的に関わってくるため、視野を広めて(ここでは労働をキーワードに)考察をすることが重要ということである。
(※今回は閲覧できるようにwebをソースにしましたが、実際はキーワードに関する書籍を読解し、参考・引用してください。)
娯楽コンテンツについて調査するならば、調査対象においての労働観(学業観)、社会観、消費観を知る必要があるだろう。
むしろ、引用するしないに関わらず参考文献範囲を研究テーマの外側まで広げていかなければ、根源的な問いに対する調査の切り口が見いだせない。
娯楽コンテンツを研究テーマにした場合は袋小路に入ることになる。
しかし、研究テーマの外部の考察をすれば必ず研究に活きてくる。まず発表に際して学生間での質問に引けをとることはなくなる。
一見言わなくても分かると思われることも、しっかりと問題の本質、動機、仮定、構造の説明ができるかどうかは別問題ということである。
親元を離れ、東京で働いている娘が、男の人と同棲を始めて1年がたつ。
しかし、もうすぐ30になるというのに、まだ結婚する気配はない。
娘に聞くと、「私は一生結婚しなくてもいいと思って生きてきた。人の扶養に入って依存していきるよりも、自分の食いぶちは自分で稼ぐほうがいいと考えている」という。確かに、私自身、幸せとは言えない結婚生活を送って来た。夫婦げんかも多かった。娘は、そんな私たち夫婦を見て、「小学校のころから親を見て、私は一生結婚なんかしたくない、子供なんてほしくないと思って生きてきた」のだという。しかし、それでは娘は幸せになれない。
年末、娘は体調を崩し、自律神経失調症と診断され、1ヶ月会社を休んだという。
働きすぎて体調を崩したようだ。すでに仕事には復帰したそうだが、相変わらず夜遅くまで働いているようだ。休日に電話をしても、「仕事中だから電話には出られない」とメールが返ってくる。
そもそも、娘が男と同棲を始めるといったとき、家の賃借人名義は、男ではなく娘で、保証人にも私たち夫婦がなった。その時から、なぜ男親が保証人にならないのかと疑問だった。娘は、「私が自分で家を借りたかったから、私の名義にしたのだ」と言っているが、意味がわからない。普通ならありえない、おかしな話だ。
娘の家の家賃を聞くと10万円だという。家賃と生活費は男が出してくれているのかと思えば、ふたりで折半しているという。男の稼ぎが良くないからだろう。
最近、娘にメールを送ると、あて先不明でメールが返ってくるようになった。電話をしてもいつも留守電につながる。このあいだは、男と別れなさい、もっと自分の人生をきちんと考えなさい、と吹き込んだが、返事はない。電話をかけるよう、何度も留守電にいれているが、娘からの電話はかかってこない。だから、娘に、手紙を出すことにした。
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あなたが、T君と一緒に生活を始めたときから、お母さんはいつもあなたのことを心配していました。T君に生活能力があれば、何も心配はしません。今の状態では、あなたが一生働いていかなければいけない状態です。T君は、あなたの借りているマンションに転がり込んでいる男にしかお母さんには見えません。
二人で家賃・生活費など折半しているような男では将来不安です。
一生、家賃を支払っていくのですか?自分の蓄え、財産、何も残らないではないですか。
あなたが体調を崩した時でも、T君は何か助けてくれましたか。T君の親は心配してくれましたか。
包容力のある職業の安定している人であれば、親として安心です。
このままT君と一緒にいたのでは先が何も見えません。ままごと遊びをしているようにしか見えません。
はっきり言います。T君とわかれてください。
あなたが、キャリアウーマンとして一生結婚しないで生きていくのであっても、結婚を考えていても、今は一人で暮らしてほしい。とりあえず、今のマンションの家賃はお母さんが出します。
男によって女は変わります。
結婚を考えるのであれば、包容力のある職業の安定している人を選んでほしい。この人とであれば、一生共に生きていけるという人を選んでほしい。
それまで一人で暮らしてください。もしくは、東京を離れて地元に帰ってくるとか、あなたの想いや考えを変えてほしい。お母さんが結婚相手をいろいろにあたってみてもいいよ。
今の状態のあなたのことを思うと、夜も眠れません。先が何も見えないから。
いい方向にいくように、話をしたり考えましょう。親子の絆は一生続きます。東京まで行って話をしようと思っています。都合の良い時を教えてください。
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私は、どうすれば娘を幸せにしてあげられるのだろうか。
彼らはただの観光客などではない。
フジタは内閣府から中国国内の旧日本軍の化学兵器関連工事を受注していて、そのビジネスで中国入りしていたわけ。
そして工事地の調査をしていたところで拘束された。
俺は尖閣諸島で日本が船長を手放したことなどどうでもいいし、その件について中国を非難するつもりもない。
南沙の時と同じように漁船を尖兵にして領土をかすめ取っていくのも悪い方法ではないだろう。
外交はゲームだし、日本がダメなプレイヤーで中国が一歩上手だったと思うだけだ。
http://wwwa.cao.go.jp/acw/index.html
日本の戦後処理として当然のこと、と考えるむきもあろうが、それを加味したところで好意で行われていることには違いない。
中国としては、日本人を拘束できれば誰でも良かったわけで、一党独裁政権下の中国ではよりどりみどりだったはずだ。
別に観光客でもよかったろうし、トヨタあたりの社員を買春容疑かなにかで拘束するのでも良かったのではないか。
しかし中国が選んだのは、中国人民のために遺棄化学兵器処理事業を展開しようとしている日本人だった。
「尖閣諸島でメンツを潰されたから、今度は日本のメンツを潰してやろう」と
別にほかの日本人でもよかったところを、日本政府の好意を土足で踏みにじる付加価値を拘束に求めたのだ。
日本に謝罪と賠償をさんざん求めておきながら、日本が示した好意を踏みにじるようなことを平然とする。
そしてまた新たに謝罪と賠償を求める。(中国政府が反論「謝罪と賠償要求は当然」 http://news24.jp/articles/2010/09/26/10167465.html)
厚顔無恥とはこのことではないか。
こちらから差し出した握手の手を、平気なツラでひっぱたき、家族を人質にとり土下座を迫る。
だがやり方があまりにも卑しい。
多分元増田が指摘してる元になった http://anond.hatelabo.jp/20100813055556 を書いた増田です。
俺の文章力のなさか、真意が伝わらなかったみたい。
自分も、「単純に作りたいと思わない」だった。今でも基本はそう。
作りたくて作れない人は当然、単純に作りたいと思わないだけの人でも若いうち(多分高校生位まで)の間に
女性を無意識に避けたり、壁を作ったりするような感覚を無くしたほうがいいと思うんだ。
女性からのアクションは恋愛という形にならなくてもいいし、恋愛がらみじゃないことのほうが圧倒的に多い。
「恋愛対象じゃないからこの女性からのアクションはスルー」とか「女性に興味ないのでスルー」とするのではなくて
女性ではなく一人の人間として付き合える感覚をその時期につける。
中高生の恋愛なんてサイクル早くておままごとのようだったりするけど、そのままごとが大事なんだよ。
もっと直接的にいえば若いうちに色んな女性と友達といわないまでも知り合い程度でもいいから関係もって
恋愛対象かどうかとは関係なく女性をごく自然に友達関係のスタートラインに置ける感覚をつけとけってことかなあ。
女性を異性としてしかみれなかったり、常にフィルターかけて女性を見てるから壁をつくっちゃってる。
逆に変にガツガツしたオーラ撒き散らすようになってしまったり。
18歳位を過ぎると0から経験を積むのが一気に難しくなってく気がする。
"自分のLvは全然上がってないのに、Lvの高い人向けの狩場にしか行けない"状態に陥ってく。
恋愛に興味が無いからそういう経験値は一生要らないって言うかもしれないけど、
おとことおんなが
われなべにとじぶたしきにむすばれて
つぎのひからはやぬかみそくさく
なっていくのはいやなのです
あなたがしゅろうのかねであるなら
わたくしはそのひびきでありたい
あなたがうたのひとふしであるなら
わたくしはそのついくでありたい
あなたがいっこのれもんであるなら
わたくしはかがみのなかのれもん
そのようにあなたとしずかにむかいあいたい
たましいのせかいでは
わたくしもあなたもえいえんのわらべで
そうしたおままごともゆるされてあるでしょう
しめったふとんのにおいのする
まぶたのようにおもたくひさしのたれさがる
ひとつやねのしたにすめないからといって
なにをかなしむひつようがありましょう
ごらんなさいだいりびなのように
わたくしたちがならんですわったござのうえ
そこだけあかるくくれなずんで
たえまなくさくらのはなびらがちりかかる
俺も幼稚園ぐらいのときままごとで心の赴くままに実際にそれをやった。
相手のあまりの絶望的なまでの悲しい表情に、幼いながらも決して取り返しのつかない、
やってはいけない何かをしてしまったトラウマを抱えることになってしまった。
そして小学校のときもせっかくのプレゼントをむげにしてしまった。
あの時の悲しそうな寂しそうな落胆した表情と様相を思い出すだけで申し訳なくて自分が情けなくて涙がでる。
本当に自分が下種であることを思い出して今でも絶望的な感情が沸き起こる。
気恥ずかしさなのか。
愛されすぎた裏返しなのか。
自分自身を信頼できない自信のなさの現れなのか。
破壊できる自身の万能感を感じる作業なのか。
いまもって穴があったら入りたい。
そういうことをしても、きっと相手はなにもしないよ。
ただただ悲しく俯いているだけだ。
その時に初めて自分の愚かさを思い知った。
やめたほうがいいよ。
俺、最近「アバター」って映画を見たんだけど、例えばこれから先地球とは別の惑星に人間を送り込む、移民せざるを得ない状況になったら、「原住民」の意思はある程度無視した上で「国益のために」惑星開発を進めることはままありえるように思うんだ。だって、原住民としてナヴィみたいな生物がいたとして、通常人間と同じものとみなせないじゃん。グレイス博士とかキチガイはナヴィは人間と同じ何かと錯覚するかもだけど、どう考えたってナヴィたちは人類に対する障害でしかないじゃん。
それを、歴史上の観点からみれば結果的に「侵略」となるのかもしれないけど、それがないと国は発展しなかったわけじゃん。おままごとでどいてくれるように説得しても無駄じゃん。ブルドーザーで均すのが手っ取り早いじゃん。アバター面白いじゃん。
まあ、あれだよ。いづれにせよ、地球規模で物事を考えすぎないことだよ。何事にも例外はある。
どうしろと
ttp://copipe.info/archives/10763
童貞率が高ければ、「消極的」
童貞率が低くければ、「乱れている」
金を稼げば、「守銭奴・強欲・傲慢」
稼げないと、「弱くて情けない若者達」
未婚だと、「理想が高すぎ。身の程を知れ」
大きな車を買えば、「金遣いが荒い。金銭感覚が狂っている」
軽自動車を買うと、「最近の若者は大きな車を買わない。若者らしくない」
遊んでいると、「享楽的で向上心がない」
遊ばずに大人しくしていると、「暗い。気持ち悪い。覇気が無い」
積極的に会話に参加すると、「馴れ馴れしい。言葉遣いが悪い」
聞き役に徹していると、「最近の若者はコミュニケーション能力が低い」