はてなキーワード: ヒーローとは
はっきり言えば、岩田健太郎は、危機管理に油を撒いて炎上させた。
今回の件。
もうすでに船の中に感染は拡大している恐れ。
船員は防疫の専門家ではない。
という複雑な問題なんだよね。
だから、現場は、「ベストよりもベター」で動かざるを得なかったということは想像がつく。
そこにベストのみを主張し、命令系統を無視した理想主義者が出てくるとどうなるか。
そして、専門家ほど「なぜこんなことができないんだ」と怒り出す。
でも、できない理由は、単純にリソースが足りないからだったりする。
正論であることは間違いないゆえに、指揮系統が余計に混乱する。
感染症専門に限らず、医師が、「岩田医師の言ってることは正しいが、やり方が確実に間違っている。グレーな対応こそ、今回はせざるを得ないのに」というのはそういうことだ。
85%の対応しかできないこともあり得る。それがベターである、ということは危機管理の場合如実に起こる。しかし、そこに部外者がなぜ100%の対応をしないのだ、と言い出したら、無能だからではなく、15%ができない事情があったのだということだ。
これは、「あらゆる観光客をなぜすぐに入国禁止にしないのか?」というのも同様だ。ドラスティックに防疫のみを考えるならばそうしたほうがベストだが、日本の法体系は諸事情によりそれができない。しかし、「だから官僚は無能だ」とかいうのはベストを主張しているようで、全く無意味な行為になる。だから、ベターな、聞き取り調査、発熱の管理という方法を取った。できない事情があったということだ。
少なくとも「正しいことを言っているから、危機管理上あらゆる面で正しかったか」と言えばNOなのだ。
グレーゾーンでの対応を国民が糾弾するようになったら、まず最初に「人権」が犠牲になる。
そこが最大限ヤバイ。
今更だけれど思ったこと書くね。
エンタメに飽きたら、世界史の勉強をするのがいいんじゃないかな。
この元増田の言っていることの全部が正しいとは思わないんだけれど(たとえば「海外ドラマはお子様向けを卒業した十二歳向け」みたいな表現ね)、娯楽をある程度摂取するとパターンが見えてきちゃうのは本当だと思うし、たくさんの作品を鑑賞していると、脚本術について詳しくなくても、「この場面で伏線を張っているな」とか、「今このキャラクターの物語をたたみに向かってるな」とか、何とはなしに見えてきちゃうよね。
それに、月9ドラマなんかだと作業しながらでもそれなりに理解できるようにストーリーを作っているので、まどろっこしく感じちゃうのもよくわかる。自分も全然見ない。映画なんかも、友達と付き合いで行く以外は、こじらせ芸術映画をたまに見る程度。なんでかっていうと、アート系映画は脚本術に従っていない、従っていたとしてもあからさまじゃなくて、どういうストーリーになるかほとんど予測がつかない。そこが楽しいから。
で、この増田は勉強することにしたみたいだけれど、なんだかんだ言って、教養を得ることに向かうってのは、いい考えなんじゃないかな。
自分なんかは、世界史をざっくりと勉強してみると楽しかった。ちょっと古い本だけれど、中央公論社から出ている「世界の歴史」シリーズ全三十巻を、数年前に読んでみた。正確には、学生時代に流し読みをしたものの再読だ。
世界史を知っておくメリットはいくつかある。ニュースを流し読みしても大体のことが頭に入ることだ。でも、それとは別に、そもそもすごく楽しいってのがある。いろんなファンタジーとかゲームとかの元ネタを見つけるとわくわくするし、遠い国の人たちの暮らしを知って空想するだけでも、毎朝の通勤時間が豊かになる。
それと、このシリーズは、歴史と地域ごとに分かれて書かれているので、ある出来事が複数の巻で重複して触れられることがある。たとえば、モンゴルによるバグダッドの破壊なんかはイスラームの勃興期と遊牧民を扱った巻にそれぞれ出てくるし、トルキスタンで起こったムスリムの反乱は、近代イスラームの巻と清朝末期を扱った巻の両方に出てくる。
それの何が面白いかっていうと、同じ出来事が見方によって評価が全然違うってこと。当たり前なんだけれど、ある国では救国の英雄だけれど、別の国では冷酷な侵略者になっていることなんてざらだし、時代が変化することで評価が逆転したり、忘れられていた人に急に光が当たったりする。チンギス・カンはモンゴルではヒーローだけれどほかの国では災厄以外の何物でもないし、バッハやフェルメールといった人物も、忘れられていた時代があった。この世界史のシリーズも著者によってバイアスがかかっていて、そこがかえって読みごたえがあるんだけれど、モンゴルを担当した人が個性が強くて、「遊牧民文化は定住民のせいで低く評価されすぎ!」みたいな本を出していて、おかげでモンゴルの残酷な行為が若干省かれちゃっているのが難点。
これってまさに芥川龍之介の「藪の中」みたいな感じで、互いの証言が矛盾しているから頭を使わないといけなくて、下手な娯楽よりもずっと面白い。いや、自分も現在起こっている日本と中国・韓国との証言の食い違いは、あまりいい気持がしないんだけれど、それがたとえば何百年も昔のことだと、それがとてもロマンチックに感じられる。聖地奪還の情熱に燃えていた十字軍も、アラブから見れば「なんか辺鄙なところから蛮族が来たぞ」みたいな印象しかない、みたいな話だ。
話がそれてしまったけれど、自分が言いたかったのは、頭の中に複数の物語を併存させておくことで、自然と物事に対して客観的になれるメリットがある、ってこと。しょっちゅう増田で表現の自由だとかセクハラだとかいろいろと炎上したりしているけれど、ある人の意見を絶対視しなくて済むようになる。Aという視点ではこうだけれど、Bという観点からだとこういう意見が当然出てくるだろうな、ってのが読めてくる。読めてくると、「この人ならこういう反応をするだろうな、この専門家ならこういう発言をするに違いない」ってのがわかってきて、こっちも必要以上に感情的にならなくて済む。元増田は「悪化する大衆のメンタリティ」という表現で、そういう荒れがちな場をちょっと下に見ている感じもないではないけれど、議論にすらなっていない議論から距離を取ることができるようになると、余計なストレスを感じなくて済むのは確かだ。
それに、複数の見方ができるようになると、例えばムスリムから世界史を見たらどう見えるだろう? 女性史の観点からならどうだろう? って、多くの人に受けいれられている歴史の見方を疑ってかかれるようになるので、やっぱり楽しい。
他にもいろいろメリットがあって、基礎的な知識があると、ほかのことを勉強していてもすごく楽しい。古典文学を読んでいてもすごく面白いし、百年前のあの憧れの人と同じ本を手に取っているって興奮できる。文豪たちと同じ詩を読んで感動するのはいいものだ。科学や医学の歴史についてざっくりとでもいいので学ぶと、自分の生活は先人のものすごい技術的蓄積の上に成り立ってるんだなって思うし、自然科学の基礎的な素養があると、ぽっと出のインチキ治療法には引っかからなくなる。哲学史について軽く触れるだけでも、学生時代にしたような哲学的思索は、ギリシアやインドが二千年前にとっくに通過した場所だってわかってはっとする。女性の地位がどう変化したかをたどってみると、「女性は『常に』被害者だった」みたいな極端な意見には大きな疑問符をつけることができる。
それと、こうやって三十巻ざっと読んで思ったのは、自分の歴史観はバイアスがかかっていたんだなってこと。たとえば、ギリシア・ローマの歴史は一巻にまとまっていて短すぎるって思ったし、中国の歴史ももう少し細かいところに触れてほしいって思ったけれど、たとえばムハンマドの時代からアッバース朝滅亡までが一巻ってのはちょうどいいって感じられて、これってつまり自分がイスラームのことをまだまだ知らないってことだよね、って思えたりして、バランスが悪いなあって。自分の考えは、ちょっと偏っているかもしれないって、疑えるようになるってのもまた、勉強する楽しさの一つだ。
あと、いろんな知識が増えると、いろんな人が自分よりも前に書かれた本について言及しているのをたくさん見つけることになるんだけれど、この世界がまるで巨大なシェアードワールドみたいな感じがして面白い。自分が古典を読むのが好きな一番の理由がそれかもしれない。さっき述べた、互いに矛盾するような証言でさえ、この世界がどれほど「作りこまれているか」、いいかえると複雑なのかを教えてくれているみたいで、興奮する。
自分は通勤時間と昼休みにしか読書をしないエンジョイ勢だけれど、こういう勉強ってのは一生やっても飽きない気がしている。娯楽を馬鹿にするわけじゃない。でも、「娯楽の場がぎすぎすして嫌だな」ってときには、ほかにも楽しいと思える遊び場を持っておくのは、いいことなんじゃないかな。
オタクなのだけど、最近「お前会話できてないよな」って言われて他人との会話する時、リードするつもりでするようにしてる。
そういう風にすると、オタクと普通に話すと苦痛に感じるんだよな。
基本オタクは一回の会話で、「伝えたい欲」という強迫観念にも似たものを一気に伝えようとする。
結果的に早口で量が多く、さながら学会の発表を聞いている気分。必ずマウントを欠かさない。
普通の会話が言葉のキャッチボールなら、オタクは全力投球で相手に勝つのが目的。
「キリトかな~やっぱ。キリトは所謂完璧な主人公って言われがちだけど、それは嘘なんだよね。
寧ろ完璧な主人公が、どんどん弱さが露呈する話って言うか、最初は攻略の鬼だったけど、
普通に恋愛して、彼女が殺されたらやる気なくなって、自分の彼女が襲われたら子供みたいに怒って力を振り回して
どこか昔の自分を誇りにしていて、同じ失敗を何度もするし。でもそれ以上にそんな自分の弱さを認識して戦う彼の姿にこそヒーロー性がある。
そんなの全部WEB原作から見てればわかると思うし、ちょっとアニメ見ただけじゃ早いかなーって思う。あくまで思うだけだけど」
とか一回で言ってくる。
普通だったら、
「キリトかな~やっぱ。君は何が好きなの?」
「俺はシリカかな~。出番少ないけど。キリト君かっこいいよね。
俺も好きだけどさ、やっぱ強い主人公に憧れちゃったりすんの?笑」
みたいに、相手が何が好きか、相手はどう思ってるかを見ながら話すわけじゃん?
まぁ増田たちにはまだ早いと思うし、まず外に出る事から初めて欲しいと思う。あくまで思うだけだけど。普通に生きてりゃわかるしね。
SNS上ではなかなか評判が良かったので観にいったのだが、
バンド、音楽経験のない高校生3人がバンドを組むというストーリで、
最後は地元の小さいフェスで観客を大盛り上がりにする名演をやってのけて終わりである。
くだらない。
作ってる方も見てる方も飽きないのかこのストーリー展開。
ウォーターボーイズ、スウィングガールズ、フラガール、etc...
何本同じストーリーで題材だけ変えた映画を作るつもりなのだろうか。
ついでにバンドものは毎回クライマックスがフェスを盛り上げるである。
これまた作り手も少しはストーリー展開を工夫したらどうかと思うぐらい、食い飽きたネタである。
今のバンドマン界隈では、自分のバンドでフェスを盛り上げれば成り上がってゴールという意識らしい。
で、なんでこんな工夫も何もない凡庸な映画が、サブカル界隈で絶賛されているのかというと、
もうこれは、主人公の声が坂本慎太郎(※1)だからという結論しかありえない。
この映画を見てる連中は、ジャニーズ主演とかAKBがヒロインの映画は蛇蝎の如く嫌っているくせに、
同じ入れ物に、サブカルヒーローを放り込んでおけば大絶賛らしい。
ちょろい連中だ。キムタク主演のドラマや韓流スターを拝んで喜んでる連中と本質的に変わらない。