はてなキーワード: ゼロサムゲームとは
なぜこんなにも憎悪の坩堝になるんだろうなあ?
いわゆる表自、実質萌えエロ叩き問題は、オタクが含む性的弱者性とフェミニズムのダブルトッピングで常軌を逸した様相を呈するのだろう。
資源の奪い合いとか、生きるか死ぬかの覇権闘争に憎悪が渦巻くのは当たり前のことだ。
でも女性差別問題なんかは別にそういうゼロサムゲームでもなければ、女性差別が生きがいだというような邪悪なプレイヤーはそもそもいない。温度差は大きくあるものの、差別はよくないとみんな思ってる。
解消しようのない実利実害を伴う対立がベースにないのに中空から憎悪を汲み出す仕草は別に珍しいものではない。
サッカーで日本が勝ったら「どうせネトウヨは自分の手柄みたいに調子乗るだろう、許せん」災害が起きれば「反日サヨクは日本人が死んでほくそ笑むのだろう、許せん」とか
誰も何も言わないうちからおのれの想像で怒り狂うバカはいつでもいるよ。
ただ、「性」絡み案件が特別なのは憎悪の熾烈さ、ギラつき加減がひときわ濃密な気がするんだ。奇妙なまでに。
結局「才能」じゃん?
たま~~に逆転があるけど、結局は「より才能のあるものを選別する装置」でしかないじゃん?
なんかこう駄目なオタクがはびこる界隈のピラミッドにソックリなんだよね。
上にいるガチ勢が新人をいびって「才能がねえなあ。そもそも才能を語るに値する努力が足りてねえなあ。死ねよお」しまくる感じ?
スポーツはどこまで言ってもそれをひたすら繰り返すだけだし、結局人類に残るのは「人類の才能って限界出すとココまであるらしいですよ!すごいですね!」って報告しかない。
芸術・発明・批評・製作といった他のコンテンツとくらべて余りにも生産性が低いなと。
生産性が低いならまだしも、ストレスの掛け合いのゼロサムゲームで勝利者に一時的に麻薬を流し込んでいるだけみたいな所があるのが悪質というかね。
勘違いしないでほしいから一応言うけど、体を健康的な範囲で鍛えること自体は良いことだと思う。
肺活量や背筋は集中力の厳選だし、握力や腕力があることが求められる仕事や創作活動はまだまだ多いからね。
反射神経や動体視力を鍛えるのも間違ってないと感じるよ。
でも「特定のゲームに勝つための工夫」とかに対してあまりやり込みすぎるのは人生が歪んでいるかなと思う。
「クイズ王」が「知識王」とはなりえないのと同じような罠が潜んでいるからね。
まあほどほどにやるなら、多少の酒・タバコ・宝くじ程度の物と思って大目に見るけど、あまり大手を振って「これこそが健全な趣味なり!」ってされるのはいい加減もう人類は卒業してもいいのかなと思うよ。
実際問題として、酒とかがまさに「大人の証!」と持て囃されていた時代はあったけど、最近は「え?こんなのにいつまでもいい大人が頼ってちゃ駄目でしょ?」が主流になりつつあるし、タバコはもう完全にソレだからね。
セキエイベスト16→ジョウトベスト8辺りの流れとか凄い面白いと思うんだけどな。
リザードンが言うことを聞かずに負けたのがセキエイで、ジョウトでは言うことを聞くようになったけど相手の方が強いので負け。
どっちも物語性がとても強く視聴者に「世界は広いぜ。俺はまだ未熟だぜ」という気持ちを与えてくれる。
この精神こそが勝ち負けという0-100のゼロサムゲームを繰り返すことになる競技者のシビアな世界を語っていた。
これはスタッフが「勝つことでしか物語の正当性を伝えられない」と感じたからだろう。
旅の中において何かを学ぶための機会として敗北させることが出来ず、常に勝利させ続けることだけがストーリーの組み上げになってしまっている。
でもそれは仕方ないのかも知れないね。
今の時代はネットを通して誰が世界で一番強いかがアッサリ分かってしまう。
昔のようにオラガ村のチャンピオンが都会でボロボロにされて帰ってくることで道の長さを知りかえって燃えあがるという経験はできなくなった。
最初からこの世界のチャンピオンがどれぐらい強いのかが見えている世界では、最初に目指すべき頂上がいきなり世界のトップになってしまう。
近所の山を登り終えてそこからの景色を眺める機会はなく、物凄く高い山を登りながら時折展望台で登った高さを確認するのがせいぜいだ。
世界中のトップが集っている大きな大会なのだから、ここで負けたからといって今までのことが無駄だったことにはならないよと子供に伝えることが出来ない時代だからだ。
なんだか寂しい世界だね。
世界が凄く広くなったようで、逆に凄く狭くなったようにも感じてしまう。
なんだか窮屈だよな。
なんらかの記事を読んで興味を持ったんだと思う。
始める前に山崎元の「超簡単 お金の運用術」(2008年の本)を読んだ。
・円預金一択のリスクの高さ(最近のインフレ・円安でも実感できる)
・投資はゼロサムゲームではない(逆にFXはゼロサムゲーム)、世界経済全体の成長にベットするのが分散投資
などを学んだ。
本ではおすすめのポートフォリオについても書かれていたけど、いろいろ考えるのが面倒な人はバランス型ファンド(世界中の株式や債権に勝手に分散投資してくれるもの)を1本積立で買って、あとは放っておけばよいと書かれていた(うろ覚えなので間違ってたらすみません)
当初は下がることもあったが、本の教えに従って放っておくことにした。
それとは別に、余剰資金の100万円を米国ETFに突っ込んだ。
(当時はETFのほうがコスト低めだった。当時は超円高だったのもある。これも基本は放置)
今なら「投信ブロガーが選ぶFund of the Year」とかを参考にすると思う。
それから12年。どちらも元手の2倍以上に増えている。(ETFは円換算だと3倍←円安)
※ちなみに今はバランス型ファンドの積立額を大幅に減らし、つみたてNISAとiDeCoを積み立てている
(儲かっても税金が取られないってすごい。iDeCoなら今払ってる税金さえも減らせる)
いまだに難しいことはよくわからないし、ネット証券会社のサイトに書かれている用語もいちいちググらないと理解できない。
最初の口座開設とかもちょっと面倒くさいけど、そのあとは基本放置。1年に数回チェックする程度。
もちろん時期的に恵まれていたのもあると思う(アメリカが好景気だったこととか)
それでもわずかな労力でお金が増えていくし、仮にリーマンショックのような暴落があっても、長い目で見ると世界経済の成長は続くと思われる(もし続かないとしたらこの世界は一変する)
だからやらないと損だなーと思うんだよね。だからネットで語りたくなるし勧めたくなる。
「そんなにいい話なら人に勧めないんじゃない?」とか詐欺みたいに言う人も中にはいるけど、そうじゃない。
「買ってよかったアイテム」的な記事がよくあるのと同じで、「やってよかった投資」と伝えたいだけ。
リアル知り合いに自分の儲け話は何となくしづらいので、ネットだと言いやすいのはあるかも。
始めるにあたって本をたくさん読む必要もないし、ネットの知識でも十分できると思うけど、1冊くらい長期分散投資に関する本は読んでもいいかも。
今、5500万円くらい金融資産がある。
ほとんどは株と投資信託で、自分名義で4800万円、子供名義で700万円。
奨学金がなかったり、結婚式費用を出してくれるような裕福な親だったりしたのはあるけれど、うまくやったほうだと思う。
今までの失敗談と、悔しかった思い出なんかを急に書きたくなったので、匿名で書きつづる。
投資を始めたころ、当時サブプライムショックでレバレッジをかけて行ったFXの証拠金が吹き飛んだ。
為替って、ただのゼロサムゲームだからもう二度と手を出すかと誓った。
が、その後も何度か手を出した。
小銭を何度も稼ぎ、大きな代償を払うことを数度。
当時勤めていた会社は、大きなグループの中のちっぽけな子会社だったのだが、親会社の株を買うと、奨励金が10%出た。
それだけで美味しかったが、会社が傾くと自分の給料も株の価値もダブルで被害を受けるし、あんまり高額までため込んでしまうと子会社といえどインサイダーを疑われると嫌だし、MAX買付はしていたが、定期的に売り払って、それを原資にTOPIX連動型ETFに乗り換えてた。
退職後、その親会社の株が暴騰して、乗り換えずに持ってれば今頃すごいことになってたなと後悔。
たぶん、全く売らなかったらそれだけで4000万円くらいにはなってたろう。
売り払って原資にあてたETFがプラス800万円くらいにはなってるので、十分得はしてるとは思うんだが、やっぱり悔しい。
21世紀はITの時代って誰もが言ってたのに、投資しなかった。
Googleは株式分割と値上がりで25万円くらいが、120万円くらいになった。
ただ、当時は一般口座しかなくて、いくらで買ったかを証明する書類がない。
通常の株式分割と違って、議決権がない株をもらうっていう変なことをしてくれたおかげで、仮にこれを現金化したときにどういう申告をしていいのかさっぱりわからない。
百度は上がったり下がったりを繰り返したが、たいして増えてない。為替のおかげで20万が30万になったくらいだ。安定して配当をもらえてるからまあいいか。テンセントは3倍くらいになった。20万が60万くらいに。
すっかり乗り遅れたが、Amazonに突っ込んだ50万円は200万円になった。
マイクロソフト、アップル、フェイスブック、ビビりながら20~50万円いれて、それぞれ倍になった。
それぞれにたかだか20~50万円しか突っ込めなかったのが悔やまれる。
黙ってGAFAMとBATに最初から思考停止で全力してれば、といっても金がなかったので突っ込める額は知れてるが、たぶん今頃は早期リタイヤしてたと思う。悔しい。
株で儲かった自分がいうのもなんだけど、銘柄選びの眼があったとは思ってない。
なんとなくで選んだうちのいくつかは失敗し、いくつかは大当たりした。
大当たりしたいくつかに引きずられて、今の時点を基準に振り返れば、平均よりいいリターンではあるものの、かなりの含み損を得てた時期もあった。
すべてインデックス投資にした場合のほうが、リスクが少なく同じリターンがえられたように思う。
勉強すれば儲けられるという話は信用しない。
不動産投資に手を出す人って、30代でもレバレッジかけて数千万円を運用してたりするけど、自分は百万だってビビる。
今でこそ、けっこうな金融資産残高になったが、やっぱり100万円を超える投資はビビる。
家を買おうと思う。
低金利と住宅ローン減税で、向こう10年は実質利息ゼロなので、このまま運用を続けながら家が手に入りQOLが上がる。
4000万円くらいで見繕って、減税期間が終わったら繰り上げ返済してしまおうと思う。
これ以上の高給は望まなくても、まあ逃げ切れそうだ。
毎回上限五万赤スパの人間も、異常者かどうせ親金持ちニートだろう。ふつうの金銭感覚なら、バカじゃなければあんなホイホイ大金を出さない。ただのバカだ。ビジネストークで褒められてるだけなのに。哀れだ。
赤スパって一万とかやろ?お前も同じ穴の狢やぞ。
そもそもVtuberって金投げるに値するコンテンツちゃうやろ。にじさんじの一部とかピーナッツとかはある程度それに値することをしようとしてる奴はおるけど。
Vtuberのほとんどは承認欲求とか性欲とかそういうもんを煽って金集めてる賎業をオタク向けにチューニングしただけで本質は同じ賎業やん。「金を集めるに値するコンテンツ」じゃなくて「金が集まってるだけのコンテンツ」じゃん。
お前らの脂汗とチンカスのこびりついた札束で成り上がった以外の文脈で肯定できるか?1年後か2年後にまた見返しておもろいなって思えるもんか?承認欲求や流行という文脈から切り離しても評価できるもんか?
お前がスパチャとか言って投げた合計金額を5年後か10年後かに提示されて「経験としてこれだけの金や時間を費やした価値があった」って肯定できるか?他人にその価値を説明できるか?
出来ないやろ。何がおもろいねん。もっと価値のあるもんに時間と金を使えよ。
お前も分かっとるやん。
そこに「リスナーに楽しんでもらう」という観点も「おもろいことやってやろう」って観点もない。
いかに金を巻き上げるかというゼロサムゲームをやってるだけなんや。
Vtuberとかに金を投げる言い訳で「活動を続けて欲しいから」みたいなのみるけど、それの無意味さが分かるやろ。そいつが辞めても別のやつに金投げるだけや。