はてなキーワード: 脅迫とは
7 無念 Name としあき 12/01/26(木)15:41:45 No.98432654 del
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20120126k0000e040202000c.html
萌通=コバヤシヒロタダ
http://www22.atwiki.jp/yunakiti/pages/16.html
50 無念 Name としあき 12/01/26(木)16:19:33 No.98435881 del
>今日もやられやく関係者がウイルス作成罪で捕まったらしいぞ
>http://mainichi.jp/select/jiken/news/20120126k0000e040202000c.html
>http://www22.atwiki.jp/yunakiti/pages/16.html
おもしれー
コンピューターウイルスを知人男性に送信したとして、大阪府警サイバー犯罪対策室は大阪府松原市天美南2、無職、小林浩忠容疑者(28)を不正指令電磁的記録供用の疑いで25日に逮捕、26日にこのウイルスを作った不正指令電磁的記録作成容疑と合わせて送検した。府警によると、改正刑法で新設されたウイルス作成容疑での立件は昨年7月の施行以来全国初。
逮捕容疑は昨年9月中旬、関東地方に住む知人男性のパソコンを誤作動させる目的で、インターネットサービスを提供するサーバーにウイルスを送信したとしている。
府警によると、小林容疑者と男性はいずれもサイト運営者で、ネット上でトラブルになっていたという。サーバーを通じて男性のパソコンにウイルスを送ることで、「掲示板を閉鎖しろ。さもなくば両親を殺す」などと男性が小林容疑者を脅迫する内容の文面をネット上の掲示板に書き込んだように見せかける仕組みだったという。小林容疑者は、男性に脅迫されたとして府警に被害届を出していた。【服部陽】
毎日新聞 2012年1月26日 13時53分(最終更新 1月26日 14時10分)
http://mainichi.jp/select/jiken/news/20120126k0000e040202000c.html
10歳の娘がネットで調べ物してと言い、僕はもう時間だからと寝るよう施す。
んで、切りがないので「もうしない宣言」すると、娘は拗ねて僕を蹴っ飛ばしたり、
乱暴に「お前が調べれば済むんだよ!」と言い始める。
僕は「蹴っ飛ばせばお父さんが言うこと聞くと思ってるの?」と聞いた。
「思ってるよ!」と答えた後は「ねーえー!」とか「お父さんのせいだからねっ!」とか
「変なこと言わないで!うるさい!」とだだをこねるのであった。
一人っ子も理由だろうけど、テレビや漫画から「こういう態度をとれば、
(物語上)相手は言うことを聞く」ことだけを学習してるんだろう。カワユス。
でも暴力や脅迫では相手を動かすことはできんよ。あなただってそうじゃん。
もう「自分の要求が通らない!」って感情がいっぱいで無理を通すことしか頭に無い。
こうやってだだをこね続けてもあなたの要求をお父さんは絶対受けないし。
それだけじゃなくてあなたも不機嫌でお母さんは寝ない娘に「早く寝ろよ!」と怒鳴り、
その声でお父さんの心には冷たい風が吹くし負の連鎖なんだよ、
そのことに早く気付くんだ!と心の中で願をかけた。
「あんたが意地っ張りなんだよ!」と舌っ足らずにあんた呼ばわりされて、
「感情をコントロールしなきゃ。むかつく気持ちとネットで調べてもらうお願いは別だよ」と言うと、
表題の言葉が返ってきた。ちゃんと解ってるようなのでいとよろし。
「アイマス動画の全部のアイドルにランキングを付けるとしたら下位になるだろうな
しかしそれはアイドルとしての話だ。動画としての使いやすさとは違う。
貴重なツッコミ属性だし、本当は男なのに女と誤解されるというネタにもなるし
シリアスや男前なところも見せれるし、ボケを止めて話を進めてくれるし
会話シーンでは必須といって良いレベルだな要するに適材適所ってことだ。」
ポルナレフさんなみの過労ぶりですなぁ・・・。人材の真剣な枯渇。あまとうさんではダメなんですか?(ダメです
なるほど、好かれるキャラというよりは、実用的なきゃらなのね。
まぁ確かに女ばっかりで2828動画を作ると、コアなファンにはバカうけだが
やれ私の好きなカップリングじゃないだの、百合きめえだのうるさいし、
ヘタレ男というのは、女主体の会話を作るさい、本当に「作り手にとっては」便利なんだろうな。
「第一、可愛い女の子にいじられたり蔑まれたり脅迫されたり見下されたり振り回されたりって、
これ全部ご褒美だろ、と私は本気で思っている
私が変われるのなら本気で変わってくれと思っている。
まぁ涼は涼で他の人に代われるなら変わって欲しいと思ってそうだがな。残念だが次元の壁は極めて高い」
131 :恋人は名無しさん:2012/01/13(金) 19:07:47.24 ID:r8Ar48z00
でもその直後に夫が鬱病を発症。毎週通院するようになって、会社も相談なしで辞めてしまった。
夫は鬱病を理由に一日中ネットをしているので、家事も私が全てやっていた。
二人分になった生活費を稼ぐため(共働き前提の価格帯で広い家に引っ越したので、家賃負担が大きかった)なるべく仕事をうけて長時間残業させてもらい、家事もこなしてヘトヘトだった。
そんな中で夫婦生活を誘われたので「平日は体力的に辛いから休みの日にお願い」と断った。
夫、大激怒。怒鳴りながら家の物を壊して暴れた。泣いて謝ったが口をきいてくれなくなり、寝室も別になった。
そんな生活を半年続けたころ、夫の服を洗濯しようとした時にポケットの確認をして風俗の名刺を発見。
抜け殻のような気分だった。何のために働いて、家事をしてきたのか、わからなくなった。
独身時代の貯金で探偵事務所に依頼すると、風俗だけでなく複数の女性と待ち合わせしてホテルに行っていたことが判明。
出会い系サイトで援助交際希望の女性を探して会っているのではないかという話だった。
私から離婚を切り出すと夫婦生活を断ったときのように暴れられるのではないかと相談すると、
全て弁護士を通してやり取りしていいと言われたので、夫が寝ている間に荷物をまとめて予告無く出て行くことにした。
それから一度も夫に会っていない。
132 :恋人は名無しさん:2012/01/13(金) 19:08:43.90 ID:r8Ar48z00
夫は絶対に離婚しないとゴネており、弁護士にも電話での暴言や脅迫を繰り返しているようだ。
私は夫に見つからないようウィークリーマンションを転々として生活している。
お金がかかる生活をしているのに財布のお金の減りが遅いので、夫が私の財布からお金を抜いていた可能性が浮上した。
そのお金で風俗や援助交際していたんだろう。既婚者の皆さん、面倒がらずに出納帳をつけたほうがいいですよ。
また夫に見つかる恐怖からパニック障害を発症し、心療内科に通っている。今のところ薬のおかげで業務に支障は出ていないが、毎晩のように夫に見つかり暴れられ物を投げつけられる夢を見る。
上司や同僚とも仲がいいので今の職場を辞めたくはないが、出勤時や退社時に夫に捕まるのが怖いので同業種での転職を考えている。
実家は持ち家なのでそう簡単には引っ越せないが、夫に怒鳴り込まれないか不安だ。両親に戸締りだけはしっかりするよう注意してはいる。
異性を見る目に自信がない方は、本当にこのまま結婚して大丈夫なのか、
もう一度よく考えてみて欲しいと思います。
こんな思いをするのは私だけでたくさんです。
131 :恋人は名無しさん:2012/01/13(金) 19:07:47.24 ID:r8Ar48z00
でもその直後に夫が鬱病を発症。毎週通院するようになって、会社も相談なしで辞めてしまった。
夫は鬱病を理由に一日中ネットをしているので、家事も私が全てやっていた。
二人分になった生活費を稼ぐため(共働き前提の価格帯で広い家に引っ越したので、家賃負担が大きかった)なるべく仕事をうけて長時間残業させてもらい、家事もこなしてヘトヘトだった。
そんな中で夫婦生活を誘われたので「平日は体力的に辛いから休みの日にお願い」と断った。
夫、大激怒。怒鳴りながら家の物を壊して暴れた。泣いて謝ったが口をきいてくれなくなり、寝室も別になった。
そんな生活を半年続けたころ、夫の服を洗濯しようとした時にポケットの確認をして風俗の名刺を発見。
抜け殻のような気分だった。何のために働いて、家事をしてきたのか、わからなくなった。
独身時代の貯金で探偵事務所に依頼すると、風俗だけでなく複数の女性と待ち合わせしてホテルに行っていたことが判明。
出会い系サイトで援助交際希望の女性を探して会っているのではないかという話だった。
私から離婚を切り出すと夫婦生活を断ったときのように暴れられるのではないかと相談すると、
全て弁護士を通してやり取りしていいと言われたので、夫が寝ている間に荷物をまとめて予告無く出て行くことにした。
それから一度も夫に会っていない。
132 :恋人は名無しさん:2012/01/13(金) 19:08:43.90 ID:r8Ar48z00
夫は絶対に離婚しないとゴネており、弁護士にも電話での暴言や脅迫を繰り返しているようだ。
私は夫に見つからないようウィークリーマンションを転々として生活している。
お金がかかる生活をしているのに財布のお金の減りが遅いので、夫が私の財布からお金を抜いていた可能性が浮上した。
そのお金で風俗や援助交際していたんだろう。既婚者の皆さん、面倒がらずに出納帳をつけたほうがいいですよ。
また夫に見つかる恐怖からパニック障害を発症し、心療内科に通っている。今のところ薬のおかげで業務に支障は出ていないが、毎晩のように夫に見つかり暴れられ物を投げつけられる夢を見る。
上司や同僚とも仲がいいので今の職場を辞めたくはないが、出勤時や退社時に夫に捕まるのが怖いので同業種での転職を考えている。
実家は持ち家なのでそう簡単には引っ越せないが、夫に怒鳴り込まれないか不安だ。両親に戸締りだけはしっかりするよう注意してはいる。
異性を見る目に自信がない方は、本当にこのまま結婚して大丈夫なのか、
もう一度よく考えてみて欲しいと思います。
こんな思いをするのは私だけでたくさんです。
でもその直後に夫が鬱病を発症。毎週通院するようになって、会社も相談なしで辞めてしまった。
夫は鬱病を理由に一日中ネットをしているので、家事も私が全てやっていた。
二人分になった生活費を稼ぐため(共働き前提の価格帯で広い家に引っ越したので、家賃負担が大きかった)なるべく仕事をうけて長時間残業させてもらい、家事もこなしてヘトヘトだった。
そんな中で夫婦生活を誘われたので「平日は体力的に辛いから休みの日にお願い」と断った。
夫、大激怒。怒鳴りながら家の物を壊して暴れた。泣いて謝ったが口をきいてくれなくなり、寝室も別になった。
そんな生活を半年続けたころ、夫の服を洗濯しようとした時にポケットの確認をして風俗の名刺を発見。
抜け殻のような気分だった。何のために働いて、家事をしてきたのか、わからなくなった。
独身時代の貯金で探偵事務所に依頼すると、風俗だけでなく複数の女性と待ち合わせしてホテルに行っていたことが判明。
出会い系サイトで援助交際希望の女性を探して会っているのではないかという話だった。
私から離婚を切り出すと夫婦生活を断ったときのように暴れられるのではないかと相談すると、
全て弁護士を通してやり取りしていいと言われたので、夫が寝ている間に荷物をまとめて予告無く出て行くことにした。
それから一度も夫に会っていない。
夫は絶対に離婚しないとゴネており、弁護士にも電話での暴言や脅迫を繰り返しているようだ。
私は夫に見つからないようウィークリーマンションを転々として生活している。
お金がかかる生活をしているのに財布のお金の減りが遅いので、夫が私の財布からお金を抜いていた可能性が浮上した。
そのお金で風俗や援助交際していたんだろう。既婚者の皆さん、面倒がらずに出納帳をつけたほうがいいですよ。
また夫に見つかる恐怖からパニック障害を発症し、心療内科に通っている。今のところ薬のおかげで業務に支障は出ていないが、毎晩のように夫に見つかり暴れられ物を投げつけられる夢を見る。
上司や同僚とも仲がいいので今の職場を辞めたくはないが、出勤時や退社時に夫に捕まるのが怖いので同業種での転職を考えている。
実家は持ち家なのでそう簡単には引っ越せないが、夫に怒鳴り込まれないか不安だ。両親に戸締りだけはしっかりするよう注意してはいる。
異性を見る目に自信がない方は、本当にこのまま結婚して大丈夫なのか、
もう一度よく考えてみて欲しいと思います。
こんな思いをするのは私だけでたくさんです。
元記事
http://yorogame.blog137.fc2.com/blog-entry-513.html
9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。
また、ネットとTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネットの人間がTVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。
そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上位である憲法の重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。
現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法の理念に基づいた行動というのを国民が意識するようになったら、憲法の解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。
そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙で当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民にポジティブな意識、モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVもネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。
そしてネットとTVと新聞の世界を繋げるために、政治家はTVで希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。
大阪の政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。
また考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国等海外で人気があり日本でも知名度の高いこの文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。
私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットのTV、新聞がどのような役割を果たしているかということある。
TV・新聞といったオールドメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネットが日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から、今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。
まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である。
という見知でこの文章では、各メディア(主にネット・TV・新聞)の主張を捉える。
そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民の感情について考える。
まず、311の地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。
この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。
私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫氏である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。
当然である。原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。
そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。
私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見が交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年~一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会に意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。
その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織が善意でネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTVの比重が大きい人間に、ネットの情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。
だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人が原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人は政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報は政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本のネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発の科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民の意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネットの情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。
原発の科学的情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的の効果を最大化させるために取り得る方法は何か。
国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民は政治に希望と期待などのプラスの感情、モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報を自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。
当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付けが全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。
それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院に入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。
病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語の勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダーに全然アクセスしなかった。
それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当にblogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福を志向する事の美しさみたいなものを学んだ。
話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットのblogにも情報は届くからだ。
そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。
その方法論を私なりに書きたい。
まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法は理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。
また、ネットとTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネットの人間がTVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。
そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上位である憲法の重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。
現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法の理念に基づいた行動というのを国民が意識するようになったら、憲法の解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。
そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙で当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民にポジティブな意識、モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVもネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。
そしてネットとTVと新聞の世界を繋げるために、政治家はTVで希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。
大阪の政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。
またこれらの考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国等海外で人気があり日本でも知名度の高い蒼井そらが社会の理想と希望について語りながら、性的な事を行う映像を創ることもまた効果的であるといえる。
その理屈を使って、ネット上で論じられる著作権問題を憲法が持つ全体の利益という視点を重視して、多少厳密さを欠いたうえで語るなら、インターネット上の無料コピーは日本人が一般的に思っているほど、あまり悪いこととも言えないという理屈も導ける。
ネット上の無料コピーによる、著作権侵害が違法であるといっても、動画サイトで見るのは良いが、ツールを使って落とすのはよくないとかそういうのは根本的に考えたら些末な問題でやってることは本質的には同じとも云える。それを差異があるように演出しているのはあまり社会を善くするという意味は無いと云う事もできる。なぜなら、どのような方法であれネット上で無料コピーにより著作権を侵害するという行為によって逮捕される人は現状、全然居ないに等しいからだ。なのでこのような違法としていて一部はそれを遵守せよ!と感情的になっているがその視点は近視眼的ということもできる。そういったあまり根本的に考えなていない意見によって脅迫をかけるような同調圧力と化していると思う。全体の利益という視点を重視したら、違法としててもろくに取り締まりもおこなっていないやったもん勝ちみたいな、現状の無料コピーに対する意識というのは不自然です。赤信号は場合によっては無視してもいいという意識は誰でももっているように、無料コピーにしても、目立つ形でやった人間以外ととても運の悪い人以外には、取り締まりなど無いに等しいから、やるのは個人の判断で赤信号を渡ることと似たようなこと。という意識を多くの国民がもっていたほうが国家としては健全だと私は思う。その国民の意識に応じて法を変えれば良い。
そのようなそこの浅いときに、脅迫的ともいえる同調圧力意見というのはネットにはありふれていて、その思考方法を変化させるためにも、国家はどうあるべきかという形を分かり易く国民全員に伝えなければいけないと思う。
(終わり)
日本のメディア間の隔絶について 日本のおけるネットとオールドメディアの最適な関係の構築方法の模索
この文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。
私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネット、TV、新聞がどのような役割を果たしているかということある。
TV・新聞といったオールドメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネットが日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から、今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。
まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である。
という見知でこの文章では、各メディア(主にネット・TV・新聞)の主張を捉える。
そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民の感情について考える。
まず、311の地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。
この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。
私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫氏である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。
当然である。原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。
そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。
私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見が交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年~一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会に意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。
その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織が善意でネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTVの比重が大きい人間に、ネットの情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。
だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人が原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人は政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報は政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本のネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発の科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民の意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネットの情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。
原発の科学的情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的の効果を最大化させるために取り得る方法は何か。
国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民は政治に希望と期待などのプラスの感情、モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報を自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。
当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付けが全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。
それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院に入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。
病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語の勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダーに全然アクセスしなかった。
それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当にblogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福を志向する事の美しさみたいなものを学んだ。
話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットのblogにも情報は届くからだ。
そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。
その方法論を私なりに書きたい。
まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法は理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。
また、ネットとTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネットの人間がTVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。
そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上位である憲法の重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。
現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法の理念に基づいた行動というのを国民が意識するようになったら、憲法の解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。
そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙で当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民にポジティブな意識、モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVもネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。
そしてネットとTVと新聞の世界を繋げるために、政治家はTVで希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。
大阪の政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。
また考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国等海外で人気があり日本でも知名度の高い
この文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。
私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットのTV、新聞がどのような役割を果たしているかということある。
TV・新聞といったオールドメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネットが日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から、今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。
まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である。
という見知でこの文章では、各メディア(主にネット・TV・新聞)の主張を捉える。
そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民の感情について考える。
まず、311の地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。
この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。
私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫氏である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。
当然である。原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。
そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。
私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見が交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年~一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会に意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。
その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織が善意でネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTVの比重が大きい人間に、ネットの情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。
だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人が原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人は政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報は政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本のネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発の科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民の意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネットの情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。
原発の科学的情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的の効果を最大化させるために取り得る方法は何か。
国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民は政治に希望と期待などのプラスの感情、モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報を自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。
当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付けが全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。
それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院に入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。
病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語の勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダーに全然アクセスしなかった。
それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当にblogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福を志向する事の美しさみたいなものを学んだ。
話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットのblogにも情報は届くからだ。
そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。
その方法論を私なりに書きたい。
まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法は理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、Permalink | トラックバック(0) | 04:44
有休消化期間に入った私は、毎日自分のの送別会で出かけていた。
家に帰ると、彼が待っていた。こんな日がずっと続いたらいいのになぁと思っていた。
同時に、続くわけないとも思っていた。終わらせないといけない。
私から別れを告げるつもりはなかった。別れなければいけないとは思っていたけど、別れたいとは思っていなかったから。
彼は見事に誘導に乗り、「無理なんでしょ?」わかった。荷物は近いうちに取りに行く」というメールを送ってきた。
これで終わる、と少しほっとしたが、最後にどうしてもあの疑惑を確認したかった。
私に隠れて元カノと会っていたことについて、本当のことを言って欲しかった。
別に、会っていたこと自体をどうこう言うつもりは全くなかった。
ただ、嘘をつかれている事が嫌だった。
でも彼の答えは、「隠れて会ったりなんてしていない」だった。
そして「こんな誤解で終わるなんて嫌だ」「お願いだからもう一度信じて欲しい」「必ずもう一度信じさせる」
そんな言葉を続けた。でも、私はもう信じられなかった。
どうして嘘をつき続けるのか、分からなかった。
付き合って間もない恋人が浮気した、とかならまだよかったかもしれない。
でも私にとって彼は恋人というよりも、ものすごく大事な友達だった。入社してから5年間、ずっと仲が良かった友達。
そして、一生一緒に生きていこうと思った人だった。この人となら絶対大丈夫だと思っていた。
そんな人に裏切られた。
私はそれまでの人生で、色んな人に助けられてきた。
本当に、周りに恵まれているなぁと実感することが多かった。
病気で大学に通えなくなった時、仕事を始めたばかりで何も分からず辛かった時、元彼を亡くした時。。。
一人ではどうすることもできない辛い状況に陥った時、周りの人が支えてくれた。彼も、その中の一人だった。
だから、どんな時でも自分の周りの人を裏切る事はしなかったし、逆に、裏切られる事なんて考えた事もなかった。
でも、彼に裏切られた。
大事な大事な友達の一人で、一生一緒に生きていこうと思った彼に。
もう、誰も信じたくなかった。誰とも関わりたくなかった。何も考えたくなかった。
そして同時に、元彼のところに行きたい、という気持ちが溢れてきた。
彼が亡くなって2年1ヶ月、一度も考えたこともなかった事だった。
ずっと抑えてきた気持ちは一度あふれ出したらもう、とめることはできなかった。
もしかしたら、会社を辞めて彼の名前を見る事ができなくなってしまったことで、
コップの水がすれすれまで入っていて、彼の裏切りが、最後の一滴だったのかもしれない。
生まれて初めて「死にたい」と思った。
その日1日、死ぬ事しか考えられなかった。
そしてその日の夜私は、これから死ぬつもりであるというメールを彼に送った。
もちろん、わざとだった。
私が死んだ後、彼に私と同じ思いをさせるのだけは嫌だった。
だから自分が嫌われるためには、わざと自殺を仄めかす発言をすればいいと思った。
それに、私が死ぬなんて言ったところで、彼は絶対に相手にしないだろうと確信していた。
そういうことを簡単に言うやつは嫌い、と言われるのを期待していた。
しばらくメールをやりとりを続け、最後にするつもりのメールを送信しようとした時、玄関ですごい音がした。
彼が合鍵を使って部屋に入ろうとしていた。私の目論見は、見事に外れた。
内側からロックをかけていたので入ってこられずに済んだものの、彼は開けろと玄関先で叫んでいた。
しまいには、開けなかったら窓ガラス割ってでも入ると言い出した。
これは脅迫だろう。。。と思いつつ、仕方なく部屋に入れた。
部屋には入れたものの、彼の話を聞く気は全くなかった。
一通り自分の言いたい事を言えば気が済んで帰るだろうと思っていた。
が、何時間経っても帰る気配はなく、そのうち言いたいことがなくなったのか、無言になった。
この時点で私の当初の計画は失敗だった。
この人は、私が死んだら悲しむ事になるのかな。。。
彼に私と同じ思いをさせるのだけは、どうしても嫌だった。
だからといって、「後を追いたい」という気持ちも、どうにもならなかった。
なんとなく思いつきで、彼に「生きているのが嫌なほど辛かったことってある?」と聞いてみた。
彼は「ある」と答えた。予想通りだった。
彼は自分が辛かった時期の事を話し始めた。
気付いたら私は、「これからも一緒にいて欲しい」と言っていた。
嫌われるためにした行動で、全く逆の結果になってしまった。
でもその時私は、この人となら一緒に生きていけると思っていた。
私はこの人の事が、男としてではなく、“一人の人間として”好きなんだなぁと思った。
そんな事件があってからしばらく経った日曜日、彼と浴衣を着てどこかに行こうという話になった。
候補にあがったのは、エプソン品川アクアスタジアム。浴衣を着ていくと、割引が受けられた。
でも私は3年前に、亡くなった元彼と一緒に行ったことがあった。
結果、悲しい気持ちには全くならなかったし、以前のように元彼の事を思い出して
私は自分の変化を感じていた。
元彼は体のラインが出る服が好きで、私は服を買うときいつも自分の好みよりも
元彼が喜んでくれそうな服を選んでいた。
ピンクと白がよく似合うと言ってくれていたので、買う服はピンクと白が増えた。
でも今シーズン、ピンクと白の服は1着も買っていなかった。
元彼と付き合っていた3年前、私はヒールのある靴が苦手だった。
でも元彼が高いヒールのある靴の方が綺麗だというので、どうにか努力して
6cm程度のヒールの靴で歩けるようになっていた。
ある時、たまたま通りがかったショップの店先に、ロングブーツがディスプレイしてあった。
ちょうど欲しいと思っていたニーハイブーツ。でも、ヒールがなくてぺったんこ。あー、だめだー。
そう思って通り過ぎようとした時、もう無理してヒールのある靴を履かなくていいんだ
ということを思い出した。
私は昔、パーカーが好きでよく着ていたが、元彼がパーカーがあんまり好きじゃないというので
全く着なくなってしまいこんだままになっていた。
久し振りに出して着てみると、彼は「パーカー好きなんだよねー」と喜んだ。
ゆったりした服も、ヒールのない靴も、パーカーも、慣れてしまえばそれが普通になった。
私が着たい服を着て彼が喜んでくれるのが嬉しかった。
でも、元彼が好きだった私が消えてしまうような気がしていた。
彼を確実に好きになっていたが、好きになってはいけないという気持ちもあって悩み続けた。
だから
と言っているし、その少数派の大声だけが拡大されて慎ましやかに音楽を聞こうとしているミュージックラバーズ(笑)が過剰に避難されたり、周囲を気にし過ぎて脅迫観念に縛られるのがおかしいんじゃないかと思っているわけでして
今度はキミが、「うるさい音漏れにはちょっとくらいのシャカシャカ音は含まれないと皆思ってる」っていうデータを探してみるべきじゃないかな。
という意見に対しては色々探っているんだけど、統計というかきちんと議論をしているコンテンツがないんだよね。
そもそもこれにいちいち反応しているのはマナーやモラルを理由に大声で0.1dbの音漏れも許さんぞっていう人間は実は少数派の声がでかい神経症なんじゃないかという主張だ。
http://anond.hatelabo.jp/20111221124303
「音漏れ=爆音=難聴」というのもおかしい決め付けだと感じる。
これはもう脅迫観念なのかもしれないけれど、ほんの微小な音(プレイヤーの最小設定)で聴いていても「シャカシャカ音」が漏れているんじゃないかと不安になる。
もちろんそういう奴もいるかもしれないけれど「シャカシャカ音」に関してはそういう場合だけではない。
本質として音楽は自由なものだし携帯プレイヤーがこれだけ普及しているのに屋外で音楽を聴く人間はジャンキーなんて意見は頭がおかしいとしか思えない。
まとめると音漏れが良い・悪いの話ではなくて
「盛大に音漏れするのはもちろんダメ。だがイヤホンや音量にも気を使っているのにほんの微量の音漏れだけでも許されないなんて息苦しい。」というのが通勤時に音楽を怖々最小音量で聴いている自分の考え。
たとえば以下のページを見てみると大体わかるんだけど
http://www.yomidr.yomiuri.co.jp/page.jsp?id=47922
音漏れはどこまで許せるのか、というような議論になると大抵過激な電車内無音至上主義者がマナーやらモラルやらを盾に音楽を聴くのがそもそも悪いというような論になるのだけれど(統計をとったわけではないが)シャカシャカ程度なら気にならないという意見もある程度あるなかで「音楽をいつでも楽しむ権利」を阻害されるのはいかがなものなの?
精神病であるのならばどれだけ理不尽な主張であっても許されるのだろうか。扶養家族はそれを受け止めなくてはならないのだろうか。
姉の話です。姉は高校を中退してからというもの、もう十年以上も精神科に通っている精神病患者です。重度の欝と統合失調症とを抱えているのだそうです。詳しくは知りません。もうかれこれ何度か入院も経験しています。癇癪持ちでもあるようで、今なお家庭内暴力を振るいます。
お陰で、愛犬からも怖がられている始末です。以前は暴走(感情が昂ぶって、家族と口論したり自殺未遂をしたりする状態)が始まると心配そうに間に入ってくれたそうですが、今やそそくさと部屋から逃げ出してしまうのです。
私も含め、家族にはもう諦めしかありません。姉の過去にどのような問題があったのか、具体的に把握できない上に、過ぎ去ってしまったこと故に施しようがないからです。にも関わらず姉は過去のことを持ち出し、家族に、とりわけ母にあたります。どれほど謝ったところで意味など無いのに。姉自身が謝罪を受け入れようとしないのです。
姉は、謝罪を拒絶し徹底的に信じないことによって、かえって母を脅迫し返してくるのです。自分など居なければいいのだろう、死んでしまえばいいのだろう、そう思ってるんだとだけ繰り返し、否定は一切受け付けない。それどころか、ますますひどい猜疑心に陥っていくばかりなのです。
例えば、母の体を抓ったり手に噛み付いたりしていてその行為を拒まれた場合や、恥ずかしい話ですが頭を撫でて貰えなかったりすると、暴走への種火が付いてしまうのです。そもそもにおいて姉は、自意識と自己愛、プライドといったものが極端に高い人なのです。そういったものが高すぎるがゆえに、絶えず他者に対して劣等感を抱いているのです。姉自身が一番嫌っている他者との比較を、意識的にか無意識のうちにか、率先して行なっているのです。
その苦しみなり憤りが内側で爆発しないのが姉なのです。自身の存在意義を徹底的に見限っているくせに、他者には、とりわけ最後の砦としての母だけには認めてもらいたいのです。しかしながら、存在意義を全肯定してくれる母の言葉を信じることができない。結局、堂々巡りなのです。
姉は自らの価値観を傷つけられることに敏感である割に、平気な顔して他者のことを貶してしまえる人間です。無論それは家族の前での面なのでしょうが、性根が悪いと言わざるを得ないこともまた事実であろうと思うのです。家族として、こんな分析をし憶測までしてしまうことはひどい行為なのかもしれませんが、過去の問題もまた然るべきして生じた出来事であったのではないかと思ってしまうのです。
正直なところ、私は姉が大嫌いです。この世の中で唯一具体的な嫌悪感を覚えることのできる相手であるのです。
とは言え、このまま放置することもできない。姉がどうこうと言うよりも、母の精神が心配なのです。
昼過ぎまで寝ていて、ネットとゲームだけして、食ってまた寝る姉の歪んだ生活サイクルに、母は振り回っされぱなしなのです。昼過ぎまで寝ているので夜眠りにつきにくい姉は、睡眠導入剤を呑んではいるものの、深夜になると暴走への兆しがぽつぽつ見られるようになります。気持ち悪いくらいに母に甘えたり、ろくに運動もしていないのにマッサージを強制するのです。拒めば暴走が始まって、死んでやるからと家を飛び出す始末です。
母には母の生活があり、仕事があるのです。にも関わらず、毎日夜一時ぐらいに寝て、六時には起床しなくてはならないのです。姉のご機嫌を取りながらです。疲れなどとれるはずがありません。ここ数年で白髪がめっきり増えたように思います。
母だけではなくて、私もまた姉という負担を負わなければならないのだとは思います。姉が母に要求をすることがないよう気を配ったり、意識を逸らしたりするべきなのかもしれません。暴走が始まった時も、上手く立ちまわることが出来ればいいのです。首に包丁を当てて自殺をほのめかす姉を、どうにか押さえ込むことができたらいいのかもしれません。
私は卑怯者なのです。臆病で面倒くさがり屋で、家族とさえもそれほど距離を縮めようとは思わない、またそう思うことで責任逃れをはかっている最低な人間なのです。
ただ、私にはもうどうすることもできないし、どうすることもしたくないのです。無視してしまいたい。姉なんて、いなくなってしまえばいいと思うのです。
それでも、現実問題として姉は依然として母に寄生しているし、お陰で母が苦しんでいる。私はどうにかするべきなんです。でも、どうすればいいのかわからない。
行動を起こすことが怖いのです。大嫌いな姉だけど傷つけることが怖いのです。私は責任を負いたくない。誰かと真っ向からぶつかって、何かが決まってしまうことが嫌なのです。
反面、もう傷つけられ続けることだけには我慢ならない。自分でも我侭なことを言っていると思います。どっちつかずのまま愚痴ばかり言うしか脳のない人間なんです。
ただ精神病患者だから、過去の出来事の被害者だから、弱者だからといって、泣き叫び喚き散らかし、依存できる環境に浸りきったまま我欲を他者に押し付けることは、被害者であったはずの人物が加害者の側に立ち変わっていると言っていいのではないでしょうか。姉の言動を病気なのだからと受け入れ、容認することは、加害者に優しくしているのも同然なのではないでしょうか。
母を筆頭に、私たち家族は姉のお陰で随分と傷つき苦しんでいるというのに、あんまりじゃありませんか。
私たち家族にできることなどたかが知れています。そんなことはわかっているのです。私たちは耐えなければならないのだし、待たなければならないのです。いつになるともわからない姉の快方を、息を潜めたままじっと待ち続けなければならないのです。そうするしかないじゃないですか。誰の言葉も届かないのですから。
母が姉の甘えをやんわりと拒むことができたらいいのかもしれない。あるいはいっそ、家族のことなんて見捨てて考えないようにしてしまえばいいのかもしれない。もちろん、私自身がうまい仲裁役を買って出るのが一番なのかもしれません。及び腰の癖に問題意識は一著前、なんていかにも卑怯で格好悪いですから。
うん。君よりはすっごく詳しいよ。
どんな言葉を選ぶかで、大体わかる。
俺にも君の言葉遣いだけでよっくわかってるよ
「裁判にかけること」ができれば、当然「罪に問うこと」もできる。
結果は、前にも書いたけどわからない。
おーい。
お前の日本語力について答弁してくれよ、なあなあ。
>榎原広里
>死んでくれとは言わない
>一生お前を恨んでやるから
↑これ罪に問えるの?
に対してえ、
『「何をするかわからない」などと暗に加害行為をすることを告げる場合でも成立する。』脅迫罪として申し出ることは可能じゃないかな。
っていうお答えはあ、
どういう国語力に基づいてるのお?
って聞いてんだよ。
元の発言に無い部分を付けたしまくったうえに「申し出ることは可能」っていうのはあ、
話の噛み合い方として何点ぐらい?
そらさずに答えてごらんw 君の論理力を測ってあげるからあwww
お前がこんな意味不明な返答した理由もわかってるよ。
いっしょーけんめいおぼえた脅迫罪の要件をご開帳するのに一生懸命で
問題文のほうを忘れちゃった
だろw
お前みたいなのは大変よくいるタイプで、んもー、見飽きてるの。
国語や論理や記憶力がどれも芳しくなくて脳のメモリも足りないのに
使えてない知識や研究室()の話で威嚇を始めるところまで、
まあ頑張ってくれよなあ。
というか、君は法律の基本を知らないよね?
私は「申し出ることが可能」と言ってるだけで、「罪に問える」とか「罪である」と言っている訳ではない。
うわあー
君は法律に詳しいんでちゅね
偉い偉い
でも今は君の日本語力が問題になってるんでちゅよ?
その質問をトラバしてえ、元の発言と全然違う発言を付け足した上でえ、
「脅迫罪として申し出ることは可能じゃないかな。」というトンチンカンなこと抜かして返答ヅラしてる馬鹿君にい、
日本語読めるのか
って言ってんだよ
そもそも「罪に問えるか」と「申し出ることが可能か」を混同したのはてめえだろw
俺は一貫して「罪問えるか」しか聞いてねーよ。
六法なんか読む前に小3ぐらいの国語の教科書からやりなおせ、な。
いやみじゃなく、
「子育て母の粗相を非難する人間は二度と少子化社会を憂っちゃいけないよね」とか
言ってるんですよ。
馬鹿かと。
誰がそんなもん心配したのかと。
勝手にやってろ。どうでもいいよ。
ましてお前等のひりだしたもので社会を埋めるのも少子化も差なんかねーよと。
むしろ悪化するよと。
ゴミでふさぐなら移民入れる方がローコストだよと。さっさと移民入れろと。
あと仮にさあ
世間みんながお前等の期待するその
「少子化を憂うナニカ」だったとしたらお前等の脅しは一応成立するんだけど、
成立しちゃった場合には義務や責任も発生するってわかってんの?
お前等のその豚児を「社会のためのリソース」だと言ってるんだよその論理は。
もはやお前等だけの子供ではなく、お国のための子供になっちゃうんだよ。
そんな覚悟や自覚も込みで言ってんの?
社会で育ててもらったら、社会にもその子供の取り分が発生するってわかってんの?手足の二三本は社会のものだよ?
バカ親自身の教育方針や出来損ないの進路・行く末、ずーっと社会に見つめられて干渉されていく覚悟はオーケー?
昔の母親ってことだけど。
返事聞く前にわかってるよ。
それはお前等自身が望んでることでもある。
お前等はお前等の性欲で望んでガキ作ったし
「お国のために」産んだわけでもねーのに
都合のいいときだけ戦前の母みたいなことほざくなアホの恥知らずども。
ありていにいえば仕事ができない。
俺の仕事はただやるだけなら単純な仕事だ。オーダーが来るそれに対応する工事を行う。
技術的に大したことじゃない。
しかし、それだけやってりゃこの上なく楽だが所長の仕事の亜補佐などしないといけないんだが
それが何をやっていいのか分からなくなってきた。
目的はわかる、やるべきこともわかる
しかしどうまとめていいのかわからない、自分が何をすべきかわからない
相談しても答えが得られらない
動けない、やる気が出ない。
この仕事を初めて3年たつ。
最初は頑張ってやろうと思っていた。
しかし、どうにも仕事がたのしい、やりがいがあると思ったことが無い。
そして田舎に転勤した。
同僚はみな60を超えた人ばかり
くだけてしゃべる相手、仕事の悩みをする相手
精神的に頼れる相手なにもいない。
しかし最近それもできなくなってきた。ジムにも通っていたがダメ。
体が動きたいと思わないんだ。
これとは15、6からの付き合い。
もう人生の半分はこれだ。
24くらいからどんどんひどくなってきて今が一番かも知れない。
火事を起こすかもしれないという恐怖心で
その場を離れるのに10分はかかるのはざら。
引いどいときには30分近くかかる。
難度も難度もふつうあり得ないのはわかっていてても火の元が気になる。
さすがに限界だ。
書き散らし、自分でも浮かんだまま書いた
全部じゃない
もしいたらありがとう。