はてなキーワード: 社会学部とは
さて今年も多摩キャンという迷路に迷い込むであろう仔羊たちが沢山生まれるわけか…
っつーわけでまあ、記憶を辿って適当に書いてみるとしよう。俺は現多摩キャン1年(社会学部社会学科)だ。
もちろん間違っている、不正確な情報もあるはずなので、真実は自分の目で確かめてほしい。
俺自身が田舎からの上京組なんで、上京組を想定した項目も入れてある。
西八王子、めじろ台←→法大間は安い定期券と回数券をキャンパス内で買えるので、入学前に買う必要はない。
地図見るとわかるが遠いくせに基本ルートが2つしかない。つーわけで超混む。都心の満員電車の気分をこんなところで味わえます。
なので通学時間帯のバス時刻表は全く当てにならないと思っていい。所要時間はめじろ台15分~20分、西八王子25~30分、相原15~20分(もちろん通学時間帯は後ろの数字)だ。
最近ダイヤ改正で八王子駅←→法政大学直のバスができたので、八王子近辺からはこれでいけばよい。
他のルートは使っていくうちに覚える。とりあえず4月は大学に行けりゃ十分。他のところなんて先輩が案内してくれる。
あとは各自Googleマップを見るなり、路線図見るなり、実際に行ってみるなりしておくといい。初登校日に迷うなよ?
都心のことは覚えなくていい。たぶんほかのことで忙しいだろうし、(サークルや交友関係にもよるが)都心に行く機会なんて意外とないから。
ちなみにめじろ台は「めじ台」、西八王子は「西八」と呼称される。
基本多摩キャン生が住む場所は3つ。めじろ台・西八王子・相原。上記最寄駅ってことね。次に八王子、橋本、高尾。んであとは京王線・中央線・横浜線の各沿線。
都心が近いって理由だけで都心近くに住もうとするとまず破綻する。便利なとこがいいなら立川あたりで止めとくべき。
田舎からの上京なら西八王子でもそこそこ便利と思えるだろうし、俺は西八王子をおすすめしておく。
めじろ台、相原はそれに比べると劣る。そのかわり家賃は安い。ただめじろ台はプロパンガスなんでガス代が高い。千円二千円の家賃の違いでめじろ台にするのはやめたほうがいい。
都会人だけど大学にも近くしたい人なら橋本もいいかも。本数は少ないもののバスで行けるし、そこそこ都会だし京王相模原線が通ってるので都心へも行きやすい。いい物件を見つけられれば穴場。
あとは適当に箇条書きで。
家具・調理器具・家電などは本当に必要なものだけをまず買うのが一番いい。住んでいくうちに必要になるものがわかってくる。
めじろ台であれば、高尾駅(めじろ台駅の隣)の近くにあるイトーヨーカドー、その通りにあるダイソーと電機のセキドで大体のものが揃うはずだ。
まあ住まいや家具家電は親の意向等もあるので、親とか財布とか自分の性格とかとよく相談したうえで決めてくださいな。ここ(や他の情報)で書いていることを親に強弁しすぎないように。
入学式は日本武道館で行われる。服装は自由だ。といってもほとんどの人はスーツだが。
書類をちょいと貰うのでバッグがあるといい。わざわざ買う必要はないが、スーツに合わないバッグしかないなら考えておこう。
駅に着きさえすればあとは案内と人の流れでわかるだろう。周辺では某団体や某サークルがビラを配ってたりするが、気にせず進もう。
キャンパス以外でのビラ撒きは公式的には禁止のはずだ。キャンパスに行けば嫌というほどビラをもらう。
式では校歌を歌わされるが、付属生以外知らないので歌わなくていい。
市ヶ谷生は式後キャンパスへ向かうが、小金井・多摩生は解散となる。
「こんな田舎だと思わなかった」は新入生の自己紹介の常套句。使うと下調べ不足を自ら晒すことになるのであまりおすすめできない。
つーわけでまず一度キャンパスに行ってみるべき。近い人は入学を決める前に行っておくといい。本当に。
上京組でもだいたいの人は入学式前に引っ越すだろうから行ける時間はあるはずだ。百聞は一見にしかず。
では軽くキャンパス案内といこう。
バスで入口を通るとき、セブンイレブンとすれ違うはず。よくお世話になる。その横にはバイクの駐輪場がある。マナーが悪い。
バスから降りた真上に見えるのがEGGドーム(エッグ)だ。サークルに入ればよくお世話になる場所。奨学金の手続きなどををする学生生活課もここにある。
目の前にでっかい木があるはずだが、これはクリスマス期間イルミネーションされる。予算の無駄だと思う。
横断歩道を渡ろう。普通に車が通るので油断するな。右手にはトンネルがある。大学にトンネルがあるなんて聞いたことねえ。
トンネルの向こうにはスポーツ健康学部がある。残念ながら雪国ではなかった。しかし思いっきり民家や私有地が隣にあるので驚くこと間違いなし。
さて進もう。なぜ大学は坂道にしたのだろうか理解に苦しむ。左手にちょっと奥まった下り坂があるが、そこに入ると大教室A棟がある。
ここで新入生オリエンテーションが行われる。俺はオリエンテーション以外でここに入ったことはない。まだ1年だからだろうか。
バス停があるが、ここで体育棟行の循環バスに乗れる。キャンパス内バスなんて北大の専売特許かと思ってた。
上ると道が二手に分かれるが、左へ行くと経済学部棟へ、右に行くと社会学部と現代福祉学部棟に行ける。真ん中に総合棟と図書館。奥の道は体育棟へと続く。
左へちょっと行くと円形型の芝生=円形芝生:通称円芝もある。ここはリア充系経済学部生のたまり場となっている。近づき辛い。
ちなみに多摩キャン、憩いの場がやたら多い。某公式キャンパス案内は、円芝、EGG、社学棟1階、現福棟前、食堂を憩いの場として紹介しているそうだ。
各学部棟は説明がめんどくさいので、あとはパンフなどを参照してほしい。後日、各施設の無駄知識も書く予定だ。
無口なので小学校では1年間くらいイジメをうけていた。成績は良いほうだった。というかずっと1番だった。小5のときにネットに出会った。最初はテレビゲームの攻略サイトとかチャットルームをよく見ていた。はじめはチャットを荒らしまくっていた。まぁ普段無口な小学生がネット弁慶になるって言うのは今でもあるだろ。遊戯王とかパワプロのホームページを作って遊んだ。中身はないようなものだったが。
今思えば中学時代が最も充実していたかもしれない。卓球部に入った。仲の良い友達もいたし後輩とも親しくなれた。しかし練習はちょくちょくサボっていたので中学最後の団体戦には1年生に枠を奪われて出られなかった。塾に通い始めたおかげで、学校での成績は良好だった。ホームページ作りに飽きて(人が集まらない)、ブログをやり始めた。が、書くネタも別になかったので何度も削除しては新しいブログを作った。塾と部活以外は本当にだらだらネットしている中学生だった。親にパソコンをねだったが却下される。
学区内で2番目の高校に入った。進学校を自称しているが、大半の生徒は偏差値55から60をさまよっているレベルだ。東大京大に受かる人間などまずいない。仲の良い友人たちは別の学校に行った。非コミュの俺はあまりクラスになじめなかった。
高校最大のミスは数ヶ月で部活(運動部)の幽霊部員になったことだ。中学の卓球部でだらだらしてた俺にとっては練習がおそろしくきつかった。廊下で先輩と顔を合わせるのがつらかった。
塾に行かず独学を決意したのが2つ目の大きな間違いだった。入学直後の進路希望には一橋大学社会学部と早稲田大学社会科学部を書いた。当時は「働きマン」を読んでいて雑誌の編集者になるつもりだったのだ。しかし数学と理科は早々に理解できなくなったので私立大学を目指すことにした。
梅田望夫の本を読んでプログラマーになろうと決意した。志望を慶応SFCと早稲田人科に変えた。再度、親にパソコンをねだったが却下される。
2年生のクラスではついにまったくのハブになった。学校祭とか体育祭が本当につらかった。昼休みはトイレにこもって2chしてた。家に帰ってネットしたり漫画読んだりする日々。俺が短期間部員だった部活の人たちはすげえリア充になっていた。
塾という外部強制から解き放たれた俺は授業2年の冬まで全く勉強しなかった。得意科目の偏差値もやばいことになり、そろそろ勉強し始めた。プログラミングも文字を表示させるレベルで挫折して、志望はいつの間にか早稲田になっていた。将来のビジョンなど頭から消えていた。英語と現代文ばかりやっていた。楽だったから。おかげで模試の判定はいつもEかDだった。だからといって焦ることもなかった。勉強する習慣が身に付いていなくて、30分くらいでネットや漫画に走ってしまう。中学のときもほとんど塾で勉強していたからかな。大学に行きたい理由も特になかったんだと思う。大学に入ってからやりたいことをやろうと考えていた。俳優とか政治家とか記者とか証券マンとかなりたかったかも。どれも3日くらいで忘れたが。
3年生になってもダラダラで、歴史科目の勉強も苦しくて苦しくてやっていられなかったので成績は悪いまま。それでも英語だけは偏差値70だったのでまぁなんとかなるだろと思っていた。夏休みは全く勉強せず。図書館に行くふりしてネカフェでまったりしてることも。家では部屋にこもっていたので、親は俺がそれなりに勉強していると思っていただろう。冬休みは冬期講習を受けたが、予習も復習もしなかったから金をドブに捨てたようなものだけど。歴史科目は半分くらいしか進んでなかった。親には偏差値50くらいの中堅私立大も受けとけと言われた。
明治に落ちて。
入試本番。早大入試の前日に秋葉原で漫画を買ってマック食べながら読んでるレベル。それでも10パーセントくらいの確率でもしかしたら受かるかもしれないと思っていた。試験が終わった後は浪人を頼み込もうと思っていた。母親は浪人も考えていてくれたようだが、父親は定年退職も近くてこれから給料が下がる、妹もいるということで浪人はダメだと言った。国立一本でがんばっていれば、浪人という選択肢も出ていたかもしれないことを後悔した。
早稲田。落ちた。
中堅私立しか受からなかった。
そして高校卒業。
友達もできず、恋愛に夢中になることもなかった。
上に書いてあること全部こなしてるやつだってたくさんいるというのに。
小学生の頃から何かひとつの技術にはまって、今頃は全国有数の実力者になっているやつだっているだろう。
俺みたいな奴も少なからずいるだろうから、そういうやつは一度自分を見つめ直してほしいとは言わない。どんどん堕落しろ。他人の不幸は蜜の味。
受験勉強にすらがんばれなかったという後悔は今もある。学歴コンプレックスこじらせてるな。やっぱりネットとかが好きなのでそういうものに少しでも関われる仕事をしたい。
なんだかんだあって4月からとある都内の文系学部に進むことになった。
やりたいことにどんどんチャレンジしていこう。
役に立つスキル磨いていこう。
なかのいい友達を作ろう。
熱い恋をしよう。
大学デビュー乙って思うかもしれんが、それはなにか違うんだよ。
ただ春のやわらかな風が俺の背中を押しているのを感じているんだ。
俺は変わってやる。変わらなくちゃいけない。
成績は良いほうだった。というかずっと1番だった。
小5のときにネットに出会った。最初はテレビゲームの攻略サイトとかチャットルームをよく見ていた。はじめはチャットを荒らしまくっていた。まぁ普段無口な小学生がネット弁慶になるって言うのは今でもあるだろ。
遊戯王とかパワプロのホームページを作って遊んだ。中身はないようなものだったが。
今思えば中学時代が最も充実していたかもしれない。
卓球部に入った。仲の良い友達もいたし後輩とも親しくなれた。しかし練習はちょくちょくサボっていたので中学最後の団体戦には1年生に枠を奪われて出られなかった。
塾に通い始めたおかげで、学校での成績は良好だった。
ホームページ作りに飽きて(人が集まらない)、ブログをやり始めた。が、書くネタも別になかったので何度も削除しては新しいブログを作った。
塾と部活以外は本当にだらだらネットしている中学生だった。親にパソコンをねだったが却下される。
学区内で2番目の高校に入った。
進学校を自称しているが、大半の生徒は偏差値55から60をさまよっているレベルだ。東大京大に受かる人間などまずいない。
仲の良い友人たちは別の学校に行った。非コミュの俺はあまりクラスになじめなかった。
高校最大のミスは数ヶ月で部活(運動部)の幽霊部員になったことだ。廊下で先輩と顔を合わせるのがつらかった。
塾に行かず独学を決意したのが2つ目の大きな間違いだった。入学直後の進路希望には一橋大学社会学部と早稲田大学社会科学部を書いた。当時は「働きマン」を読んでいて雑誌の編集者になるつもりだったのだ。しかし数学と理科は早々に理解できなくなったので私立大学を目指すことにした。
梅田望夫の本を読んでプログラマーになろうと決意した。志望を慶応SFCと早稲田人科に変えた。再度、親にパソコンをねだったが却下される。
俺が短期間部員だった部活の人たちはすげえリア充になっていた。
塾という外部強制から解き放たれた俺は授業2年の冬まで全く勉強しなかった。
得意科目の偏差値もやばいことになり、そろそろ勉強し始めた。プログラミングも文字を表示させるレベルで挫折して、志望はいつの間にか早稲田になっていた。将来のビジョンなど頭から消えていた。
英語と現代文ばかりやっていた。楽だったから。おかげで模試の判定はいつもEかDだった。だからといって焦ることもなかった。
勉強する習慣が身に付いていなくて、30分くらいでネットや漫画に走ってしまう。中学のときもほとんど塾で勉強していたからかな。
大学に行きたい理由も特になかったんだと思う。大学に入ってからやりたいことをやろうと考えていた。俳優とか政治家とか記者とか証券マンとかなりたかったかも。どれも3日くらいで忘れたが。
3年生になってもダラダラで、歴史科目の勉強も苦しくて苦しくてやっていられなかったので成績は悪いまま。それでも英語だけは偏差値70だったのでまぁなんとかなるだろと思っていた。
家では部屋にこもっていたので、親は俺がそれなりに勉強していると思っていただろう。
冬休みは冬期講習を受けたが、予習も復習もしなかったから金をドブに捨てたようなものだけど。
歴史科目は半分くらいしか進んでなかった。
明治には落ちてた。
入試本番。早大入試の前日に秋葉原で漫画を買ってマック食べながら読んでるレベル。それでも10パーセントくらいの確率でもしかしたら受かるかもしれないと思っていた。
母親は浪人も考えていてくれたようだが、父親は定年退職も近くてこれから給料が下がる、妹もいるということで浪人はダメだと言った。
国立一本でがんばっていれば、浪人という選択肢も出ていたかもしれないことを後悔した。
早稲田。落ちた。
中堅私立しか受からなかった。
そして高校卒業。
友達もできず、恋愛に夢中になることもなかった。
上に書いてあること全部こなしてるやつだってたくさんいるというのに。
小学生の頃から何かひとつの技術にはまって、今頃は全国有数の実力者になっているやつだっているだろう。
俺みたいな奴も少なからずいるだろうから、そういうやつは一度自分を見つめ直してほしいとは言わない。どんどん堕落しろ。他人の不幸は蜜の味。
受験勉強にすらがんばれなかったという後悔は今もある。
なんだかんだあってネットとかが好きなのでそういうものに少しでも関われる仕事をしたい。
なんだかんだあって4月からとある都内の文系学部に進むことになった。
やりたいことにどんどんチャレンジしていこう。
役に立つスキル磨いていこう。
なかのいい友達を作ろう。
熱い恋をしよう。
大学デビュー乙って思うかもしれんが、それはなにか違うんだよ。
ただ春のやわらかな風が俺の背中を押しているのを感じているんだ。
俺は変わってやる。変わらなくちゃいけない。
授業コード 5A00602
コース 2
学期名称 通年
曜日時限名称 水6
氏名 西山 茂
宗教運動とは、人間と社会が、希望なきところに希望を持ち、意味なきところに意味を見出し、どうにかして世界を故郷にしようとする集合的な企てである。この演習では、「宗教運動とは何か」について学んだ後に、事例として、戦後の日本で急膨張した創価学会運動を取り上げる。具体的には、急膨張期の創価学会運動を取り扱った優れたルポルタージュ等を読んで議論・発表し合って、宗教運動への社会学的な理解を深めたい。なお、別途、卒論題目の決め方指導も行う。
到達目標:
当該宗教運動が発展してきた社会的背景と運動を指導する側の理念・目標、さらには、運動参加者が運動に託した希望と意味等の間にあるトリアーデについて、一定の宗教社会学的理解に到ることを目標とする。
講義スケジュール 第1〜3回:まず、「宗教運動とは何か」について、複数の宗教社会学者の見解を紹介し、それを巡る議論によって、宗教運動への基礎的認識を深める。
第4〜6回:続けて、配布資料をもとに、日本の新宗教運動についての概括的な知識を身につける。
第7〜9回:第三に、配布資料をもとに、創価学会についての基本的知識を身につける。
第10〜14回:高瀬広居『第三文明の宗教』を読んで、討議・まとめ・発表を行う。
第15〜19回:鶴見俊輔『折伏−創価学会の思想と行動』を読んで、討議・まとめ・発表を行う。
第20〜24回:石田郁夫『創価学会−戦後民衆の思想とエネルギー』を読んで、討議・まとめ・発表を行う。
第25〜28回:演習活動のグループ総括発表と教員指導。なお、その間に、那須でのゼミ合宿を予定している。
指導方法 西山ゼミは、参加者が何でもやりたいことをやれるゼミではなく、教員の専門分野に即した特定のテーマについて学ぶゼミである。したがって、参加者も趣旨に同意した学生が多く、まとまりがある反面、少人数になりやすい傾向がある。
今年度の参加者の人数にもよるが、少なければ1つ、多ければ複数のグループでの討議・まとめを行って、その後、全体での発表と教員指導を行いたい。
もっとも、宗教運動や日本の新宗教運動、創価学会等についての基礎知識の教育は、はじめから、教員による全体指導によって行うこととする。
成績評価の方法 成績評価は、100%、春・秋学期の最後に提出して貰う年2回のレポートの内容をみて行う。ただし、それが水準以下の場合のみ、出欠状態の良否を参照して評価する。
テキスト ①西山茂「変貌する創価学会の今昔」(雑誌『世界』第72 7号、170−181頁,2004年6月)
③鶴見俊輔『折伏−創価学会の思想と行動』(産報,1963 年)
④石田郁夫『創価学会−戦後民衆の思想とエネルギー』(三 一書房,1965年)
参考書 適宜、演習時に指示する。
センター受け終わってリサーチも返却されてそこそこ行きたい大学にそこそこ行けそうで、2次に向けて頭切り替えて勉強しなきゃしなきゃしなきゃと思いながら、最近、自分になんにもないことに気づいてもう本当に馬鹿馬鹿しいし情けないしで恥かしくて泣いた。進路のこと話してると無性に泣きたくなるのだけど、その理由を考えたら、なんか私の人生軽くってさぁあぁ、人が好きーとか言ってみるも別に、なんか、逆に人が嫌い、なんてないんじゃないかとか、人に対する好き嫌いを人と比べることなんてできないし、だから比べる必要もないのだけど、人と比べてより大きな愛情を抱いていて貢献したいと思っていて、みたいな、そういうものしか評価されない風潮と、それに流されたり甘えたりで見失っちゃった自分と、本当に馬鹿みたい。人が好きっていうかね、無趣味だから、小学生の時の社会の授業で習った戦争についてが私の人生で最大の刺激だったんだよ。被害も加害も酷いから、なんか、ぐわーんとアタマなったのがそれくらいだから、時々考えて、パソコンあったから調べたり、して、多分、血を見てなにか思うのも感じるのも誰だってそうなのにね。
勉強が半端にできるから、しっかりしてるね頑張り屋さんだねって言われて育ったから、なんか、そうなんだと思ってたんだよ。それなりに考えててヴィジョンを持ってるんだと、本当に、思いこんでたのに、ふと気づいたら勉強に疲れて、大学なんてどこでもいいし学部だってどこでもいいし、入学後の勉強はそれなりに楽しみなんだけども、ひどく無気力になってしまって、私は、なにがしたいのかなにが欲しいのか考えるのだけど、時間がないし、求めたところで手に入らないかもしれないし、明らかに今はそんなことしている場合じゃないの、分かってるんだけど、どこでもいいなら確実な国立を前期で抑えた方が学費的にいいんじゃないかとか、自分で払えるわけじゃないから申し訳なさで思ったり、だけど勉強はそれなりにしたいし就職のことも考えなきゃいけないし、社会、広すぎて、国際関係からでもメディア関係からでも政治・経済・法・心理・言語、どこからのアプローチでもいいと思ってしまうからどの大学でも構わないしどの学部でも構わないし、できたら都会から離れたくないからーとか、就職で有利って言われてるからーとか、そんなことを思ったり、で、申し訳なさを思い出す。泣く。
こんなに短く頻繁に泣いたのは初めてだ。ぐちゃぐちゃと泣くことは稀にあったけども、最近はぱたぱた泣く。ぱたぱた涙流してそれを拭いたら終わりで、また少しして急にぱたぱた涙が出る。昨日か一昨日、ばらばらと泣いたら泣き顔があまりに幼くて笑えなかった。小さな子供みたい。もし私の背が高かったり顔や身体や雰囲気が大人びていたりしたら泣き顔の滑稽さに笑えただろうかと考えて、目と鼻と唇がやけに赤いのを、赤鼻のトナカイの歌を思い出しながら、見て、目と鼻はともかくなんで唇が赤いんだろうなぁなんて、考えて、大学のパンフレットを投げようとしたら手が滑ってポスって可愛い音たててベッドに落ちるから、もうあまりにも、ばかばかしい。
なにがしたいのかなーって考える。熱いお風呂で本が読みたい。高校生にさぁ、さぁ決めろなんて迫らないでほしいよね、自分の将来なんて。もしかしたら皆そんなにしっかり考えてないのかもしれないよな、とも思う。「とりあえず経済学部」という人も多かろう。そうしたらやっぱり私は真面目なのかもしれない。馬鹿馬鹿しく思うだけ冷静なんじゃないかとも思う。思うのも馬鹿馬鹿しい。卒業後になにをすべきかなにができるか今の自分に言えるべくもないので社会を知ろうと思って社会学部です、と、担任との面接では言った。ふぅん、と言われた。嘘じゃないのに全然違う。嫌な面接だった。個人的なことを話すのはあんまり好きじゃない。口に出すのは嫌い。キーボード叩くのは癖。ごめん。
日記を読ませろと強いられてるような感じ。あるいは今すぐここで脱げ、とか。担任相手なら脱ぐ→面接→日記の順にやる。貧乳なのは明らかだけど頭の中まで貧しいことは私の秘密なんだよ。傍目には胸並みに明らかなことかもしれないけども。それでもさぁ、なにもないくせに、プライドはあるじゃん、18年も生きたら。だから恥かしくて情けなくて何も言いたくない。何も言いたくないときに数式解いたり英文読んだりはまだましな行為で、なにか優しく語りかけてもらってるような気になる。そういうわけでまた考えるのを止めて勉強する。多分どこかに受かって張り切って、夏休みくらいまでがっつり勉強して飽きるんだろうな。大学の講義楽しいといいな。
勉強って嫌いじゃない。と、小学生の頃から思ってた。だけど趣味でもない。
受験が終わったら一人旅をしようと思う。青春18切符で。いつか体力つけられたら屋久島に行く。読みたい本がたくさんある。それから、学びをまとめてサイトを作ろうと思う。
---
おそろしくなにも考えてない文章だなぁ。
ハイチ地震の被害を伝える写真をネットで見てたらいつの間にか気晴らしになっていて自分にがっかりした。人が号泣しているのを見て痛ましく思うのは気分のいいことかもしれないけど、そうありたくはない。絶対にないし、気分をよくするなら泣く人たちに近づいちゃいけないと思う。だけど一緒になって悲しくなっていたらなにもできないのかもしれない。痛ましいと思うなら、その痛ましさが自分にとって快ベクトルであっても、絶対値の大きさで動けばいいのかな。愛よりお金が、労働力が、とにかく助けが必要なんだったら、同情されたくないんだったら、私でもいいかな。道に死体が転がっていて回収されなくて腐って衛生問題が、なんて、ちょっと信じられない話。ハイチの空気、今、どんな臭いがするんだろう。
DENPA!!!行って来ました。
ここ5,6年で一番いいpartyでした。
掛け値なしに楽しい!!!
昼間っからやってるのも健康的(←こう書いて「おっさんに優しくて」と読む)で◎。
内容、客層、ロケーション、料金すべてに満足できる、レベルの高いイベント。
ここまで"熱い"のは昨今ではかなり珍しい。マジおすすめ。ちょっとでも興味のある人は、一刻も早く行くべき。
とまぁ、ここまで書いて小休止。
自分は↓これ書いた人。
http://anond.hatelabo.jp/20081223011009
自分語り(補)
http://anond.hatelabo.jp/20081223215937
自分語り(転)
「良いイベントだなー。こんな良いイベント久しぶりだー」と強く思ったのですが、
どうも悶々とするものがあり、それをこの2日間考えてました。
んで、marquee ( vol.70「次世代ファンタジー特集」に電刃の特集あり) とかユリイカ増刊号『初音ミク』とか買って
まだわからなくて悶々としてたんですが、主催者の"点と線"さんのブログを見つけてちょっとわかった気になったのでコメントします。
以下はアリバイとして書き残したい文章。もしかしたら読む人によっては不快に感じるかもしれません。
でも、申し訳ないけど気分を害すような文章をアップします。
(なので過去の『自分語り』で不快に思った人は読まないで下さい。)
冒頭の佐々木渉氏へのインタビュー『生みの親が語る初音ミクとアングラカルチャー』が抜群に面白い。
これだけで1,200円出す価値があります。今現在、初音ミク関連の資料として最も価値のあるものじゃないでしょうか)
きちんと書いてる暇がないので。
では先に進みましょう。
//////memo//////
[前提]
自分語り133 - DENPA!!! 「超ライトオタク」 言説
http://www.technorch.com/2008/12/133---denpa.html
http://blog.dropsnap.jp/tentosen/2008/12/post-23.html
慟哭 (3)
http://web.soshisha.com/archives/otaku/2006_1019.php
栃内新,左巻健男 編『新しい高校生物の教科書』講談社ブルーバックス,71頁より
[目次]
1.「慟哭 (3)」を読んで
3.人類知に帰ろう
4.あなたはどう思ってるの?
6.参照元
------
1.「慟哭 (3)」を読んで
慟哭 (3)
「あー、デュシャンか。理解理解納得納得」って感じです。
こう言ったら失礼(ネタバレ)かもしれないけど、電刃はデュシャン - ウォーホール - 村上隆のラインの音楽・ファッションverなのねと。
この流れだとたしかに「○○論」は確かに意味を成さないっす。「意味を成さないように働く機構」という罠・舞台装置だから。
(便器語ってもしょうがないし。まぁ、人類史上もっとも「すごい」便器なんだけどw)
次のエポックメイキングな事象はアキバのホコテン復活の時かもーとか妄想しちゃいました。
(補)
レディ・メイド
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%87%E3%82%A3%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%82%A4%E3%83%89
「泉」に関する個人的な解釈は、「心のヒダへの"effect"を芸術とするなら、
便器にサインして展示会に出しても芸術作品として"アリ"なんじゃね?」と提案している作品。
デュシャンは「美術を"effect"とするなら、『美しい』でも『怒り』でも『恐怖』でも何でもいいじゃん」と
「美術(芸術)」を「拡大解釈」できる素地を作っためっちゃ偉大な人。
(それまでは「真善美」を追求するファインアートが主流だった)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%82%A1%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%A2%E3%83%BC%E3%83%88
ウォーホールは「キャンベル缶も芸術作品じゃね?」と言った人。
(余談ですけど、村上隆は美術史的「文脈」をきちんと押さえてるから海外で評価が高い。
美術史をちゃんと踏まえ、理論として一貫しており、装置として実際に働くから「海外の美術界」では評価されています)
ガイジン「あー、そうかもそうかも!!」
(電刃は村上隆と違って商売っ気が今のところなさそうに見えるから、反発(というか"やっかみ")も少ないかもしれないですね。)
(ニコニコではちょっとあるみたいだけど)
(補の補)
電刃は「オタク等々を拡大解釈させる"装置"である」と言いたいだけ。
電刃を「芸術作品だ」とは言ってない。「芸術作品」という評価は「解釈が拡大する運動性」において無意味。
http://blog.dropsnap.jp/tentosen/2008/12/post-23.html より
はてな民に対しては「気持ち悪い」かもしれませんが、
ホントは「パラレルワールドで幸せそう?に学校に行くシンジ(を描いた庵野監督)」が正解じゃないですか?
(「気持ち悪い」は悪い意味ではない。↓参照)
映画エヴァンゲリオンの最後、「気持ち悪い」ってどういう意味?
http://news4vip.livedoor.biz/archives/50801624.html
俺は電刃行って目の前ですんげぇかわいい長門がぴょこぴょこジャンプしながら踊ってて、
それ見ながらガン踊りできる幸せに絶頂を迎えそうになったけどなー。
「現実」を住みやすくする手立ては、陳腐な言葉(≠「仲良く」)の中にすでにあるのになぁと。
「アメリカヲチしようぜ!!」でいいような気がする。オバマ的な意味で。
(別にEUヲチでも構わない。もちろん)
3.人類知に帰ろう
http://blog.dropsnap.jp/tentosen/2008/12/post-23.html より
正直なところ、その違いって、テクノウチ君の考察のように参加者が共通してポジティブかどうかじゃないかなとw
それで終わりじゃ駄目なの?むしろw。
(中略)
僕や参加者がそうだと言ってるんだからそれでいいじゃないと思うんだけども、
それでも解釈(知的経験の枠)の媒介を人は要求する社会学の囚人なので、
僕なりにそれ用の答を探求してみたんですが、もとよりそんなつもりはないので嘘はつけないなあというどうしようもない始末。
庵野監督が『気持ち悪い』でEVAを終わらせた心境から遠くはないです。
(関係ないけど社会学部だった僕の卒論は「社会学は永遠に社会そのものを追い越せない」というものでした)
(中略)
これは大変ありがたいことですが、DENPAはアカデミックな言説に幽閉されるよりも、ただ好きなものを好きという幼児的で野蛮で原始的な本能に基づいているのも事実です。それもコンプレックスをいだかず堂々と。
僕らは学論の探求ではなくエンターテインメントの探求をしている。
不恰好でも感動はほんものだ。
そのシンプルな行為がこんなにもやりにくく、珍しがられる時代になってしまったんだなあ
と感慨深くなりました。
marquee(vol.70)「次世代ファンタジー特集」より
文字打ちが大変なので割愛。
「アート(引用者注:「学問」という意味も多分に含まれてる)はどこに行き着くために問い続けてるかわからない」というインタビュアーの質問に対し
点と線さんが社会学のフレームで世の中をすっきり見れるように、
若い子にもその手段をゲットできるような仕組みを作ってあげたいなーと思ってみたり。
年下の子に「学問楽しいよー。いや、むしろキモチイイとすら言える!!」としか俺はまだ言えてないけど。
(カウンターカルチャーであるはずの「学問」が、「幽閉」する機構として働く日本の異常性がアレなんだよなぁ)
学生運動とか創価学会とかオウムとかプロザックとかと変わんない気がします。
最近は「死なない程度の失敗ならおk(死なない程度に納めよう)」という考えの人多し)
鶴見済ですら
http://tsurumitext.seesaa.net/category/3920016-1.html
と言ってるのだから、たとえ手詰まりでも「ポジティブであればいい」とは言わない方がいいんじゃないかなーと思ってみたり。
まぁ、アメリカとかEUは全然手詰まりに見えないので、「手詰まり」こそが共同幻想な気がしますが。
(個人的にはバンクシーみたいな手法が好き。愛しつつコケにする系。音楽だとBUBBLE-Bさんとか)
バンクシー
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%90%E3%83%B3%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%BC
BUBBLE-B / アムロケット
4.あなたはどう思ってるの?
オタクって何?
オシャレって何?
疑問に疑問でお返しします。
----------------------------
「面白い」とか「なかなかのもの」とか言ってくれた人ありがとう。
全レスすると「キモイ」とか言われちゃうので、指摘してくれたコメにのみ応答。
clonicle 言っていることはまっとうだが、「ジャンクフード」(=人によっては取るに足らない虚像)だと発言することでテクノウチを決断主義者に仕立て上げるのは悪質
「決断主義」って言葉の意味を調べましたが、よくわからなかったです。
fuldagap「「ジャンクな物でも『おいしい』と感じる人が大半になったよ』って書いてあるだけだよ?」が微妙に誤読な気も。「化学調味料うめえ」じゃないかなーとか。総じて現役/引退オタクの自己正当化合戦に見える
そうです。たしかに「化学調味料うめえ」なのですが、
化調まで抽象化しちゃうとかえって伝わりにくいかなーと思い「ジャンクブート」にしました。
(「化調」に対応するのが「ビート」だけになっちゃうので。音楽的広がりが欲しかったので「ジャンクフード」と表現しました)
fuldagap 「全員「アツイ」から、濃淡は金・環境・時間の差でしかなかった」ってのは「アツ」くない人が見えにくかった時代がゆえの偽史だと思うなあ
「『おたく』とアイデンティファイされるようなファナティックな人々」が母集団ですから。
y_arim ぼくの知る限り、昔だってヌルいひとはいた。だけど時間の経過とともに彼らは「卒業」し、一貫して熱かったひとのみが生き残った。すると「昔は誰もが熱かった」という言説が生まれる。「元ヌルオタ」をどう語るか?
(『タイム・マシン』のエロイ的な意味で)幸せで「語り」に対してモチベがない人々に無理に語らせなくていいのでは?
ジャンプの発行部数見れば、「いた」ことはわかりますから。
mkd5 オタク 「おたく」のうち岡田氏の守備範囲が「オタク」となったってことかなあ/「(淡から濃に行かない奴は、そもそも「おたく」と呼ばれていない)」これがヌルオタなのでは
「ヌルおた」は言語矛盾を引き起こしますが、「ヌルオタ」は新語なので好きに定義しちゃってください。
『竹熊健太郎氏との対話(1)』での解説が一番しっくり来るのかなぁ。
「おたく全般」にまで広げちゃっていいのかどうかはまだ自分として決めてないです。
6.参照元
は文字数制限を避けるために↓こっちに移動。
http://anond.hatelabo.jp/20090115000935
おまけ
http://www.nicovideo.jp/watch/sm1756156
フック
(追記)
ああ、そうかそうか。書きたいこと書き殴ってたらレポ忘れてた。
"DENPA!!!"に行ってきたよ。
http://d.hatena.ne.jp/inumash/20090113/p1
お三方とそう変わらない印象。
3Fではアニソン流してカラオケノリでオイオイって感じ。2Fと3Fの交流はぼちぼち。曲や3Fの込み具合次第かな。
ロンドンナイトは行ったことないけど、普通のライブとか新宿で昔やってたグルービー・ロックキャラバンとかと相似。
僕は2Fで「普通に」踊って楽しんでました。
テクノウチさんの時間は、3Fのお客さんが大挙していらっしゃいましてまったく踊れなかったので、僕的には一番…w
NHKの方(ETVのカメラマンさん)は「アンディー」かなーっとちょびっとヲチしてました。
(こっそり追記)
metamix きちんとオーガナイズされてる良イベントだっていうのは分かったけど、
その先があるのかどうかをもっと知りたい/クラブピーポーには文化考証なんてどうでもいいんですよ。
要はその現場があるかどうかだから。
「その先」「現場」ってのがどんなものをイメージしてるかにもよるなぁ。
「Dir en grey」なのか「RYUKYUDISKO」なのか「初音ミク/ニコニコ」なのか「third summer of love」なのか。
「超ライトオタク」や「越境」云々は主催者も意図してない(?)「バズワードでのプロレス」(@inumashさん)なんで、
どの層がたくさん「ひっかかる/ひっかかってる」かにもよるかと。
(まぁ、お客がみんな「かっこいい/かわいい」と書かれているってことは、
ちょっとキモ目の"いわゆる"「おたく/オタク」はあまりいないってことでもあるような気がするのはきっと気のせい。)
(昔に比べて非寛容な人が減っただけのような気がするのもきっと気のせい。)
【佐々木渉】 三年くらいしたら「初音ミク?そんなのもあったね」で良いんですよ。(中略)
まあウチも営利団体なのでもしかしたらヴァージョン・アップ版とか出すかもしれませんけど(笑)。
ただ、引くタイミングは考えないといけませんね。初音ミクにまで泥を塗って、
グダグダと退いていくようなやり方は、やっぱり不味いので。
ユーザーさんからも「『ぷよぷよ』を作った会社(株式会社コンパイル)が辿った末路を、よく調べておいて下さい」という
(独り言)