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はてなキーワード: ホビットとは

2023-04-20

たぬかなリスナー「190cmあるけどモテない」

たぬかな「ホビットの村でそういう自逆風自慢する精神性が理由ですね」

anond:20230420091202

ワイ、ホビット

店員に見下されれるのめちゃくちゃ腹が立つ

 

お前ら、座ってろ

2023-04-15

たぬかなのホビット呼びに憤慨してる男っているの?

いたとしたらお前こそが弱者男性だ、という感じ

2023-04-11

anond:20230411142904

TVに出てくるサブカル系女がフワとかあのとか喋り方変なのばっかりなんだよな

ラジオで顔出さずに普通の話し方するだけで良く思えてしま

俺はホビットじゃないからたぬかなも良いなって思う

2023-04-09

anond:20230408213000

たぬかなの復帰後の配信知らないの?

俺はストリーマー界隈見てるからチャット欄や掲示板でもたまに話題になるんだけど、しっかり「170cm以下のホビットは生きる価値ない」ってちゃんと明言してるよ

ミームから間違えて使っちゃいましたじゃなくて本当に人権という意味で使ってるだけなんだよ

擁護の仕方が周回遅れ

2023-04-08

ホビット界最強の男が前澤でしょ?

前澤になりたいか?って聞かれたら多分NOと答えるね

2023-04-03

170cm以上は人権がないと言って炎上した今古賀

古賀翔というジム経営者、パワーリフター、ボディメイカーがボディメイク世界では170cm以上は基本、人権がないという話をネタで上げたら思った以上に炎上した。

でも、現実問題としてボディメイク世界で170cmよりデカい奴はほとんど人権がない。

 

日本1位の相澤隼人身長は164cm

2位の嶋田慶太は167cm

3位の木澤大祐が170cm

日本トップフィジーカーの寺島遼は167cm

 

過去トップビルダーでも

横川尚隆→170cm

田代誠→164cm

鈴木雅→167cm

合戸孝二→164cm

加藤直之→161cm

 

ミライモンスターとして最近テレビ活躍中の

坂本陽斗→169cm

 

筋トレでつく筋肉量は身長フレームの大きさにほとんど比例しない。

まり50kgの筋肉を身に着ける努力身長が160cmのホビットでも

185cmの巨人でもほとんど変わらないということ。

その上で、

身長が高くなる=胴体四肢が長くなる=同じ筋量でも分布が広くなる=一か所につく筋肉が薄くなる

よって身長デカくなればなるほど同じ筋量を搭載していても筋肉が小さく見える。

 

ちなみにオリンピア選手バンバン薬打ちまくって鬼のように筋量を搭載しているので

逆に身長が小さすぎると筋肉いびつに見えるのである程度の高身長の人が多い。

ロニーコールマンは180cmあるし、シュワちゃんも全盛期は183cmくらいあった。

ビッグラミーフィル・ヒースも175cmある。

 

やはりジャパニーズホビットがやるスポーツじゃない。

チビ女はホビット女とドワーフ女だったらホビットの方が需要あるけど

チビ男はドワーフ男の方がまだマシな気がする

ホビ男は弱者of弱者

2023-03-31

anond:20230331185013

男にミラーリング通用しないのがわかったから無理だろうな

チビラブコメとかホビットが逆に大喜びというかもうあるし…

2023-03-27

たぬかなすっかり見つかってて本当に草

炎上する前は配信しても二桁前半しか見に来てなかったのに

今は夜帯に2時間以上配信したら確実に配信平均視聴者1000人は集めてる

 

しかコメント欄ホビット(人権ない民)がめちゃくちゃいる

たいして注目されてない鉄拳プロゲーマーやってるよりよっぽどよかったんじゃないか

2023-03-09

anond:20230308221332

ホラーではないけど低身長の人が元プロゲーマーTにホビットって弄られたからといって

ホビットゴブリンというモンスター存在は低身長差別になるのか?と言われたら違うだろうし…

2023-03-08

anond:20230308203451

これは妄想だけど近いうちに子供に見間違われたり子供呼ばわりされる成人男性成人女性

皮肉だとか悪口で言われた『ゴブリンorホビット』をあえて名乗りながら大暴れするよ

2023-02-27

全部女のせいだったんじゃねえか

ずっと自分のことをチー牛女版だと思って生きてきたけど、実はトランスジェンダーなのかもしれない。考えれば考えるほど自分人生で上手くいかなかったこと全部性別が女だったのが悪いような気がしてくる。

思い返してみれば小学生の頃はたくさん男の友達がいて毎日のようにお互いの家でスプラスマブラしてて、普通に順調に社会的に発達していってたんだった。空気が読めなくなったのは胸が膨らみ始めて、仲良かった男友達距離置かれて、女社会に放り込まれからだった。遊びに行っても好きな人が誰かとか何々ちゃんのことどう思うとかクソつまらん話するだけで終わるし、こっちが面白いと思うゲームとか漫画の話を振ってみると通じない。それで他人と何を話していいかからなくなって孤立したんじゃなかったか? 身だしなみもクラス女子みたいにメイクして髪を巻いてとかやりたくないしできなくて、モロ発達みたいな見た目になってしまって、女さえも話かけてこなくなったか孤立したんじゃなかったか? でも、自分が男だとしたらただのありふれたオタク男なんじゃないか

マジで自分は「発達障害だと思って病院に行ったらただキモいだけの健常者だった」枠だと思ってたから、トランスジェンダーという可能性に気づいてめちゃくちゃ気が楽になった。ネットで見る本物の発達障害よりかは生きづらくなかったせいで、自己不全感や空気の読めない失敗は自分のせいにするしかなかった。それが全部女という性別のせいにできて、ずっと頭の片隅にあったもやが晴れた感じだ。実家もまあまあ太くて理解あるし、頼み込んで何百万か払ってもらえば空気の読めなさやキモさが治せるんだと思うと本当に救われた気がする。

身長が160に満たない人権無しホビットになってしまうということだけが唯一のデメリットだけど、このまま女やってても彼女できないだろうし別にいか。多分オタクがいそうなサークルに入ったらチー牛の仲間に入れてくれるだろ。趣味の合う友達ができるなら今よりもずっと幸せだ。

これがトランスジェンダリズム被害者ってやつか? トランスジェンダー情報遮断されてたら男になろうと思わなかった人が勘違いFtMになってしまうやつなのか? 一人称が俺の腐女子ポリコレ肯定されてこうなってしまったのか? 別に女の体が嫌すぎてガチ鬱になったりしてなかったわけだし若干偽物トランス感はある。まあやってみて勘違いだったら女らしく「私たちトランスジェンダーにされた! 男性は男らしさを女に押し付けるな!」って活動家になって金でも稼ぐか。じゃあなアスペ女たち、お先に失礼!w

2023-02-14

たぬかなにちんぽを送りつけたら87点だった

配信でお前ちんぽちっさいんやろ?評価したるから送ってこい、とホビットに対していってて、実際に送ったやつがいたらしく、たぬかなちんぽ採点がこの3日ぐらい流行ってる

俺も送った

結果87点

会えないか打診してみたけど既読ハートをつけてくるだけ

ここからどうにかしてたぬかなと会う方法を考えてくれ

筋肉質が好きらしいがもう筋肉はそんなにない

なんとか来月中には生ハメしたい

2023-02-08

増田のいいとこってどこ?

ホビット

低学歴

性格悪い

ダサい

差別主義

精神的な病気もち

 

見た感じこう言うスペックのやつが多そうだけど誰がこいつら救えんの?

2023-01-21

弱者男性を消すたった一つの方法

弱者男性にだけ銃刀法を認める

これで少なくとも人権のない拳闘自慢筋トレ自慢のホビットモテることは無くなる

2023-01-04

カズオ・イシグロ大体読んだけど好きかわからなくなった

わたしを離さないで」(2005)

臓器移植のために育てられた人間の子どもから大人になるまでの記憶を綴る。

かに美しい小説だ。子供から大人になるにつれて、見える世界は広がっていく。たとえそれがどれほど酷なものであろうとも、子供たちはそれを受け入れねばならない。語り手は振り返り、ひとつ出来事を大切に手の中で壊れやすい卵を計るように並べている。

読者も少しずつ、まるで語り手と一緒に育っていったかのように、事の真相を知らされていく。細やかな、性格を端的に示すエピソードミルフィーユのように繊細に重ね、誰もが持つ幼いころの記憶登場人物シンクロさせる手際は見事と言っていい。主役三人の性格の違いとそれによっておこる対立の見事さは、この小説SFというよりも性格劇に分類したくなるほどだ。夢中になってはまる本とは違うけれど、読む価値はとてもある。

しかしながら、感情描写文章リズムがうますぎるあまり、根幹のSF的設定が、ふと荒っぽい夾雑物にまで見えてきてしまう瞬間がないでもない。細密な建造物を支える、太すぎる柱にたとえればいいのだろうか。

そもそも臓器移植のためだったら、人間を育てるんじゃなくて臓器だけ培養すればいい。

どうも舞台となっている世界技術水準や、テクノロジー社会に与えるインパクトの細部の詰め方が幾分甘い。

日の名残り」(1989)

かつて仕えた主人が第二次世界大戦中に対独協力者で、それを理由戦後に没落したため、その屋敷を買った米国人に仕えることになった執事の話だ。カズオ・イシグロ本領である、決定的な本音事実意図的にあるいは無意識に隠したまま語り続ける居心地の悪さ、気持ちの悪さがいかんなく発揮されている。

熟読すると面白いが、何があったかは作中では基本的には明確に語られているのもいい。

かつてはほのかな思いを寄せていた同僚であった女中からも、今となっては過去の人とみなされており、最後自分人生って何だったんだという悔恨にさいなまれるシーンは最高だ。

かつての美しいイギリス風土と、失われた執事美徳悪徳について。感情に蓋をしがちで、行動原理自分の「したいこと」ではなく「なさなければならないこと」になっているひとにおすすめしたい。面白かったので英国メイド執事の本を何冊か読んだ。

遠い山なみの光」(1982)

長崎出身現在イギリスの片田舎に住む悦子(語り手)の所へ娘のニキがロンドンから訪ねてくるところから始まる。ニキが言及する悦子の生涯を、ニキからのまた聞きや、写真の印象だけから詩にしようとする詩人が出てくるのだけれども、なんだか作者自身創作する自分のことを批判的に見ている姿が透けてみえる。全体として、シングルマザーとしての苦しみが複数語られている。

これは褒め言葉としていうのだけれど、読んでいてずっと不穏な感覚をぬぐうことができず、いいようのない気持ちの悪さがある。たぶんその正体は登場人物の会話が互いの自己主張に終わっていて、基本的相手の話を全然聞いていないところにあるのだろう。会話の形をしているのに、対話になっていない。むしろ並行する独白だ。映画脚本のお手本的でもある。

最初のうちは、この違和感終戦直後日本人ならこんなあからさまな会話なんてしないだろうからにも思われた。しかし、明治文豪の名作だって、会話が人工的であることも少なくはない。ただ、この作品ほどのひどい噛み合わなさはまれな気がする。少なくともあちらでは噛み合わせようという努力はしている。

台詞説明したり議論したりする手法は、大抵は粗削りというか不器用な印象を与えるので好まないのだが、この場合コミュニケーション不全というか、相互理解の失敗の雰囲気をよく伝えていて、効果的だった。

浮世の画家」(1986)

情けないかつての画家の話。老い第一線を退いた後も、自分はまだ影響力があると思いこんではいたが、世間自分存在などすっかり忘れている。自分のしてきたことなど、大したことではなかったのではないか、それどころか完全な誤りだったのでは。歴史によってそう裁かれることに怯えている。老人にとって、今までのお前の人生は何だったのか、と問うことほど残酷なことはあるまい。

そのくせ、隠しようのない自己満足防衛がどこまでも続いており、かつては地位のあった老人はどこまでのその虚飾から自由になれない。計算したうえでのことかどうかわからないが、この翻訳日本経済新聞の「私の履歴書」の文体そっくりだと思ってしまうのは、私のやっかみであろうか。

やはりカズオ・イシグロ真骨頂は情けのない自己弁護にある。

充たされざる者」(1995)

よく、入り組んだ官僚機構カフカ的というけれども、どっちかといえばこの作品みたいなのがカフカ的な気がする。過去というか記憶曖昧で、自分そもそも何をしたいのかわからず、その場の判断だけで物語全体が動いており、映画なんかでは必須の究極の目的・ゴールも曖昧だ。「夜想曲集」所収の旅する芸術家あるある話がベースになった作品と同じにおいがする(この短篇集は切り口の優れた良き英国短編集といった趣だ)。

すべての事件が宙ぶらりんのままにされて進み、星新一ショートショートでその場限りの対応しかしない軽薄な男を主役としたこんな作品があった覚えがあったことを思い出したが、読んだときにはどうしてもタイトルが思い出せなかった。それは結局「未来そっぷ」に収録された「熱中」であるとわかるんだが、一番満たされていないのはきっと読者だ。

カズオ・イシグロテーマひとつコミュニケーション不全が前面に出ているだけでなく、筒井康隆虚人たち」を思わせるような、自分が何者であるかわかっていないのにさほど気にしていない空疎さがあり、何かを風刺しただけではないのだろうが、それはまだ読み取れず。

奇妙だ。自分他人記憶の壁が溶けて無くなってしまったみたいな語りであり、語り手は身内だと感じるとちょっとしたことですぐに激昂したりすすり泣いたりして、いったいどういう人物なのかとらえどころがない。すべてが宙づりで半端なまま物語が終わる。語り手はどの街を訪れても、延々と同じことを繰り返すのだろうか。

わたしたちが孤児だったころ」(2000)

両親に置いていかれたのはなぜか、そして母はどこに行ったのか。著者の中では一番残酷な話かもしれない。物理的な暴力よりもその結末が。地獄の寝取らせ小説であり、真理に近づこうとして全員が不幸になる。それでも、なお、愛そうと試みたし、愛されてはいたのだ。

息子が親父と同じ道ならぬ愛という過ちを犯しかけるのは残酷ユーモアがあふれているようでいて、ある種の試練であったのだろう。試練に打ち勝ったからと言って直接幸福になるわけではないのが皮肉でいい。

追記】目の前に日本軍軍艦が停泊してるのにのんきにパーティーしている租界の人々って嫌なリアリティがあった。

忘れられた巨人」(2015)

忘却テーマだが、P・K・ディックのようにアイデンティティ曖昧になっていく離人感よりも倫理的な面を問うているようだ。つまり戦争責任とか政治的意図的隠蔽とか。

国家組織的に目を背ける行為と、個人がつらい過去を忘れることによって救われることの両方が描かれている。ファンタジーもある程度は書けるのがすごい一方で、見たくないものを見ようとしない描写や、自分のことばかりで会話が成り立たない場面は健在。

ファンタジーにしては「危険度」とか「スタミナ」の訳文がちょっといかなとも思ったけれども(別に嫌だと感じるレベルではない)、これは現代日本語としては普通に受け入れられてるのかな。

あと、サクソン人の穴を掘った(ホビットみたいな)家の描写があるんだけれど、これって実際にそうだったのかな? サクソン人の家とググっても出てこなかった。

ちなみにル・グインはこの作品を好まないらしく、ウィキペディアには両者の対話引用されている。

のしようとしたことには敬意を払いますが、私には効き目がありませんでした。うまくいくはずがありません。どの作家文学ジャンルの表層だけをうまく使えません。その深みはなおさらです。そのジャンルと同一化することを恐れるほど軽蔑している限りは。読んでいて痛ましく感じられました。まるで、高いロープから落下しながら聴衆にこんな風に叫んでいるみたいでした。「私は綱渡り芸人と呼んでもらえるのかな?」と。

ル・グインには私の本が好きか嫌いかを決める資格がありますが、私に関する限りは誤ったほうの肩を持っているようです。私は(註:作中では不可解で不気味な存在として現れた)妖精や竜の側に立っています

シグロ氏のご意見をうかがえてうれしく思います。同氏の「私の作品ファンタジーだと人々は思うでしょうか?」という質問に対する、私の明らかな早急な返答に傷つけるような内容があったことをお詫びします。

クララとお日さま」(2021)

人工知能太陽光病気回復させる効果があると思い込むことで起きる珍妙な話だ。

どう考えても不合理で奇妙な信念に従い、偶然によって祈りが叶えられる話で、しか最後はただゴミ捨て場で朽ちていく。これは無神論者による宗教パロディではないか? と勘ぐってしまう。無神論者からすれば、いかなるかたちであれ神を信じる人々は、誤った信念にすがり、存在しない相手効果のない祈りをささげる哀れな人々だ。

カズオ・イシグロSFは、SF主食人間からすると、不合理か古い知識に基づくように感じられる設定が多く感動すべきシーンもそこが気になってしまう。

たとえば、明らかに危険能力向上処置子どもにするような社会は、現代から相当な価値観の変遷があったはずだし、かなりの時間を経ていないと起こりえないだろうが、長い時間経過に伴うテクノロジーの発達については述べられていない。スマホさえ出てこない。

カズオ・イシグロSF設定がときどきザルなのはリアリティレベル小説よりSF風の映画テレビドラマくらいにまで下げていて(下手をすれば寓話絵本レベルまで)、それは脚本家でもあったからなんじゃないかって考えたんだけど、そこまでたくさん脚本を書いていたかまではわからなかった。

かに技術的細部に立ち入らないので古くなりにくい一方で、そこが物足りなく感じられる。新しい技術だけをポンと現代に放り込んだ感じで、今と地続きな感じがして生活感があるのはいいけれど、技術によって完全に変容してしまった人類の心性がもっと欲しいと感じる。未来を描く意味はそこにあるんじゃないだろうか。

だいたい、フレーム問題解決というか一般常識インストールされてないスタンドアローン親友ロボットなんて危険すぎるだろう。誰もアップデートされないスマホなんて使っていない。SFはどこまでリアリティのある技術を出すべきかという問題もないではないが、短編ならともかく長編でこのネタをこれをやるのは、平均的理系知識を持つ読者にとってはかなりしんどい

結論

以上。読んだ順。

私が好きなのはカズオ・イシグロではなく「日の名残り」だった。

追記

わたしを離さないで」だけ既読、似た感想。この小説SFというより寓話に近いと思う(増田も書いてた)。ドナー人権周りの描写も臓器を貰う側の葛藤も削ぎ落とし、搾取される者の命の輝きのみに焦点を絞ってる感じ

こちらのブコメがとても素敵だったので引用させていただきました。不都合がありましたらお知らせください。

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