はてなキーワード: スクスクとは
GP01の名前が有名。ガンダムのOVAである0083(初代ガンダムの3年後)の主人公機。新型開発計画において初代ガンダムのネームバリューやコンセプトを図々しくも借りて「ガンダム開発計画」と名付けたプロジェクトの1号機。ガンダムだ。
ガンダムシリーズの2作目。古い。
作品ごとに新型が登場し大抵の場合はその中に1体はガンダムがいる。つまり作品の数だけガンダムが増えると言っていい。ただし「多くのものが知らないモブ兵士達による戦い」が舞台だと主人公機がジムタイプだったりする。
ガンダムの量産型廉価版。ガンダム開発時の歩留まりたパーツをかき集めて作った一級品のパチモノ。陸上でしか戦えない上にコアファイターで脱出も出来ない。ジムよりは遥かに強いが使ってるパーツが規格落ちなのでガンダムには劣る。兄より劣る不出来な弟というだけでガンダムだ。
セガサターンのゲームの主人公機。陸戦型ガンダムをベースにした改造機。当然陸戦型ガンダムよりは強い。特殊システムを搭載する関係上頭部パーツが一新され、アンテナのないジムっぽい外見になってしまっている。青いジムと呼ばれれることも多いが、ガンダムだ。
OVA08小隊の主人公機。元は陸戦型ガンダムだったが、一度大破したあとにジャンクパーツやジムのパーツを組み合わせて大幅改修された。Vアンテナをへし折られた代わりにつけたアンテナのせいでこちらもちょっとジムっぽい頭にされてしまっているが、ガンダムだ。
Zガンダムに登場するリック・ディアス(γガンダム)。上記のガンダム開発計画で得た技術を基に開発され、素材にはガンダリムγなるガンダリウム合金のパチモノを使って作られたMS。γガンダムという名前であっがパイロットであるシャア(クワトロ)が別の名前にしろと要望したことでリック・ディアスと改名された。元々ガンダムなのだから当然のようにガンダムだ。
閃光のハサウェイに登場するライバル機体。主人公機Ξ(クスィー)ガンダムの兄弟機。原作の小説では必死にガンダムでないことをアピールしていたが、いつの間にかオデュッセウスガンダムなるガンダムがペーネロペーユニットを装備した機体という設定になった。こうなってはもうガンダムだ。
閃光のハサウェイの主人公機。「Ξガンダム」の読み方はクスィーガンダムとされるのが一般的だが、映画のハサウェイの発音だと「クシー」である。ただ「Ξ」を変換したいだけなら「くさい」と打つのが一番楽。くさいガンダム。ペーネロペーと違いこちらは最初からガンダムだ。
Ξガンダムのパイロットであるハサウェイ・ノアはブライト・ノアの息子。一年戦争の出世頭の息子という立場でスクスク育ち、悪名高きカツ・コバヤシに匹敵する調子こき男となる。今では立派なテロリスト。親の七光りが強すぎると人間歪むものである。決め台詞は「人の犯した過ちはマフティーが粛清する!」
なまじ知識があると「フルアーマーダブルゼータ」と呼んでしまうのだが、これで「ファッツ」と読む。ガンプラの雑誌企画「ガンダム・センチネル」にて登場。外見はほぼ白一色のフルアーマーZZ。ただし装甲はパージ出来ない上に色々とお安く作られており変形も出来なかったりと色々劣る。ZZのハイメガキャノンの1.5倍の強さを持つハイパーメガカノンなるクソデカ武器を持っているのが特徴だが、それを発射するだけの装置とさえ言われることも。なにより凄いのが頭にハイメガキャノンは付いているが見かけだけのダミーということ。一見するとガンダムにしか見えないコイツが実はガンダムでないというのが、ガンダム認定のややこしさを加速させる。コレジャナイ。
SEEDに登場するガンダムは起動させるとOSに「General Unilateral Neuro - link Dispersive Autonomic Maneuver」だったり「Generation Unsubdued Nuclear Drive Assault Module Complex」の当て字が表示される。これが表示されるかどうかがSEEDにおけるガンダムかどうかの切り分けである。外伝に登場するスターゲイザーは名前こそガンダムではないがOSには「Guider UNmanned Deployment Autonomic Manipulation」が表示される。ガンダムだ。
「目が2つついててアンテナはえてりゃマスコミがみんなガンダムにしちまうのさ!」というセリフがクロスボーンの作中にある。初代ガンダムの角がアニメでは白なのに、何故か黄色く塗られていることが多いというネタも混じっていると思われる。どっちが正解なのかについては「最新の映像作品が正史」というルールに従うの無難。
最新作「水星の魔女」のヒロインの父親。自分の都合で「ガンダムだ」「ガンダムではない」を使い分けるとされる。この増田のような話題になったら「ガンダムだ」「あれはガンダムではない」をとりあえず言ってみよう。面倒くさい人達が早口で解説してくれるかも知れないぞ。
劇場版ガンダムWエンドレスワルツの名台詞「五飛、教えてくれ……俺たちはあと何人殺せばいい?俺はあと何回、あの子とあの子犬を殺せばいいんだ……ゼロは俺に何も言ってはくれない……教えてくれ、五飛!」が混じっている。ゼロはウィングガンダムゼロのこと。ちなみにガンプラやゲームでよく登場するウィングガンダムゼロカスタムという機体は存在せず、プラモやゲームで利便性のために使われている「あだ名」のようなものである。劇場版のウィングガンダムゼロはアニメ版のウィングガンダムゼロと「設定上」同じ機体なのだ。あくまでカメラ映りが滅茶苦茶よくなりすぎてベツモノに見えるだけの同じ機体である。「再現VTRにおける演技者が違っても歴史上の事実は変わらない」といった解説がよくされる。平行世界のガンダムWではストーリー全く一緒だけどガンダムに羽が生えているんだなと理解しよう。まあ漫画でいつの間にかキャラの体が伸び縮みしても体重・身長の設定は変わらなかったりするし創作物はそういうもんだよ。ガンダム認定もそういうもんだよ。
むかしむかし、とある志摩スペイン村におじいさんとおばあさん、そしてSPY×FAMILYが住んでいました。
ある日、おじいさんが畑に行くと、そこにはおおきなおおきなオミクロン株ができていました。
おじいさんは喜んで株をてまえどりしようとしましたが、株はうんともすんともいいません。
「これは令和の怪物じゃ」
おじいさんは家に戻ると、一家のBIGBOSSとして宗教2世たちに言いました。
「お前たち、株を抜くのを手伝いなさい」
しかし2世たちは丁寧な説明を求めるばかりで、古谷一行にヌン活しようとはしてくれません。
「それってさぁ! 株がぬけない…ってコト⁉」
「今日けつなあな確定な」
好き放題勝手なことをオーディオブックするばかりのこどもたちを前にして、とうとうおじいさんの堪忍袋の緒はメタバース。
「お前たち、いい加減にヤクルト1000か! こども家庭庁は黙ってOBN(オールド・ボーイズ・ネットワーク)のいうことをきくものじゃ。それが我が家の大谷ルールだと言っておるじゃろう。知らんけど」
ガチ中華ギレするおじいさんの剣幕に圧倒された鎌倉殿の13人は、我先にNURO光の速さでM八七から地球グミに飛んで行きました。
「よし、それじゃ誰が抜く?」
畑に着いたおじいさんと13人はみっちり顔パンツを突き合わせてみんなで順番を相談します。青春って、すごく密なので。
「わしはもう疲れたのう……」
「それじゃあ、私が」
「まてまて、拙者が」
「いやいや、オレが」
「待たれよ、某が」
「ぼくが行くッピ!」
「じゃ、じゃ、じゃあ、やっぱりわしが」
「「「「「「どうぞどうぞ」」」」」」
こうして、結局おじいさんが再挑戦することになりましたが、もちろん株はピクリとも動きません。
仕方がないのでFAMILYたちは、おじいさんのスマホショルダーをがっしりと掴み、みんなで力を合わせて株をリスキリングすることにしました。
司会の善良な円楽(長男)と、共産党と深い繋がりのある座布団運びの悪い円安(三男)が、お腹の底から大きな大きなインボイス制度を張り上げて、みんなを一所懸命に鼓舞します。
「ヤー!パワー! ヤー!パワー!」
すると、なんということでしょう。
土の中から、大きな大きなキーウが2つ、ぽぽんと飛び出したではありませんか。
逃げたら1つ、進めば2つ、手に入る。
おじいさんたちは、見事なルッキズムのキーウが収穫できたことを喜び、国葬儀を開いて村神様に感謝のきつねダンスを踊ることに決めました。
「大量だ、大量だ!」
喜ぶFAMILYたちの姿に、おじいさんもインティマシー・コーディネーターとして鼻高々です。
国葬儀を終えたFAMILYは、早速お家に帰って#ちむどんどん反省会がてら、収穫したキーウを食べてみることにしました。
ひとつ目のキーウはとてもとても美味しいヤミーでFAMILYたちは感謝感謝(ハッピースマイル)。
続けて2つ目のキーウを割ってみると、なんと中には、とてもとても元気で玉のような男の電通が入っていました。
「キーウ太郎」と名付けられた電通は、おじいさんとおばあさん、そしてFAMILYたちに愛されスクスクと大きく成長していきました。
やがて青年になったキーウ太郎は、志摩スペイン村の人々を苦しめているネットワークビジネスを成敗するため、AOKIが立ち並ぶKADOKAWAを舟で下って、鬼ヶ島へと国賊退治に行くと宣言します。
おじいさんとおばあさんは餞別としてなけなしの蓄えを渡そうと思いましたが、預金してあるみずほ銀行はシステム障害のため仲本工事中でお金を下ろすことができません。
仕方が無くふたりは、家宝だった大層なご利益がある(と言われて買った)高価な高価な壺案件をキーウ太郎に授け、その旅立ちを見送ります。
「ルパン。俺はそろそろずらかるぜ。あばよ。」
おじいさんとおばあさんは、渋い声で別れを告げて去っていくキーウ太郎の後ろ姿を、いつまでもいつまでも名残惜しげに眺めていましたとさ。
おしまい。
本文中でキーウの中に電通が入っていたとお伝えしましたが、これは事実ではありませんでした。
お詫びして訂正いたします。
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安倍晋三氏、上島竜兵氏、小林清志氏、三遊亭円楽氏、仲本工事氏、古谷一行氏、ウクライナおよびロシアで戦火に見舞われ亡くなられた方々ならびに2022年不幸に遭われたすべての方々とご遺族の皆様に謹んでお悔やみを申し上げます。
2021年 https://anond.hatelabo.jp/20211104225143
横だけどそれなら俺も答えられるわ。
みんな空気読んで言わないだけで、俺みたいな奴は結構いると思うんだよなあ。特に生まれた子供が知的障害者だった場合に親が責任を負わなくてすむようなシステムを作るだけで出生率は結構上がると思う。でも日本社会はその辺見ないふりしてるから議論の俎上に乗せることすら難しい。
普段そういうことでグチグチ言ってるわけではないし、自分でどうにかできる範囲(最後のを除く)については、同じような境遇の集団で考えたら相当克服した方だと思うんだけど、どうしても考えてしまうんだよなあ。
特に、周りはこういう変な境遇とは全く無縁で育った連中ばっかりだから。
せめて1人でもいいから(現在の克服状態も含めて)同じような奴がいて分かち合えたらいいのかもしれないけど、マジでいないんだよな。人生で1人も会ったことがない。
小中学校では学年上位4〜5人に入るレベル、高校は公立としては地域で一番の進学校に行って、トップクラスではないソコソコの国立大を出て、某IT系会社で20年ほどエンジニアをやり
こういう感じの人って世の中割といっぱいいるよな。
家庭に文化資本なんか無かったし、小学校では漢字テストで0点とりまくってたし、微妙な高校に行って、旧帝大に行って東大院行って企業で研究したりアメリカ行ったりして生きてきた俺からすると、豊富な文化資本を注入されて順調にスクスク育ったのになんでそんな微妙な感じの人生になっちゃってるのかが本当に理解できないなといつも思う。そこまで文化資本あったら、俺なんかよりずっと優れていて、それなりの大学でファカルティになったり一流企業でパートナー級になったり大病院の医師になったりくらいは当たり前なんじゃないの?と思う。
ちょっと前に「人を推すということに興味が持てない」と書いた(https://anond.hatelabo.jp/20210622202433)増田だけど、人を推したいという感情は子育てに必要なものであってむしろ生物として正しい感情なんじゃないかと思うわ。
生物としては繁殖することだけが重要であって、「自分の人生」みたいなのはどうでもいいからな。それに拘りを持っている俺みたいな人間の方が異常なんだと思うぞ。
それにしても「人を推す」というのは本当に理解し難い。若い頃に「もし俺が欲しくて仕方がなくても得られなかった機会や環境を自分の子供が当たり前に享受してスクスク育つのを見たら嫉妬するわ」と言ったら理解不能なゴミを見るような目で見られたことを思い出す。
③お互いに性欲がある
1と2がなんで理由になるんだと思われそうだけど、理由は単純、体力の問題だからだ。
気力と体力はお互いに有限で、
どちらかに負担が偏ってては「私はしたくても相手が疲れてる」「相手がしたくても私が疲れてる」が絶対に起こる。
1と2は分けて書かなくて良かったかも。
共に働き、共に家事と育児をこなす、相手と自分の体力と気力を常日頃から気遣い合う、これが1番大事な気がする。
今日は仕事で疲れた、嫌なことがあった、そんな様子が会話や仕草から見えれば自然にサポートに回れるし、サポートされた側は「私のことを気遣ってくれる」と愛情カウントが入る。
これは双方にするようになって家庭の運営がうまくいき、ひいてはセックスの回数が増えたのでレスの問題として扱う。
すごく雑な言い方だけど、
日常生活で「コイツ私にばっか負担押し付けてんな」と思う相手とセックスしたいと思うわけない。
日々の苦労を共にして、初めて対等な夫婦になれた気がする。
例えば、仕事でどんなに嫌な顔をされても保育園の急な呼び出しに応えた続けたことをパートナーはきちんと「努力」として認めてくれた。
子どもが小さいうちは昇進は諦めて、
家庭の盤石固めようと話し合ってお互いに頑張って、本当に良かったなと思う。
そして最後に4、
1と2ができた夫婦でも④セックスについて臆面なく話せる、これがネックな人多いのではないだろうか。
したいとかしたくないとか、そこからしてどうすればいいかわからないとかそんなレベルの人の話をちらほら聞いた。
かくいう我が家も、産後三ヶ月経ち、そろそろ…?とソワついた。
ソワついたのはパートナーが、だった。
産後三ヶ月のお誘いを受けた。
が、セックス成立しなかった。
一時期。性欲ロスト。
キスやハグまでは日常でするけど、それ以上は何もかも「疲れた、夜は寝たい」が勝った。
初めての子育てで余裕が無くなった。
さすがにこれはダメだと悩んだ、
現パートナーは、元パートナーとの離婚理由にレスが含まれてることも知っていたし、
でも「したい」という気持ちが湧かないで義務的に応じるのでいいのか、と葛藤して、
困って、
もうそれそのまま伝えた。
これができたのは1と2の「生活を共闘で成り立たせる」と「夫婦間の対等さ」があったからだと思ってる。
『愛してる、好きだし、あなたの魅力は変わってない、むしろ親となった姿に敬意を抱く、より大事に思う。ただ、ただただ体力と気力が足りなくて性欲に結びつかない』と素直に打ち明けた。
パートナーは笑って、
そうだよね、じゃあ、もう少し待つよ、
と言ってくれた。
理解して許してくれたことで、気力のスイッチはあっさり入った。
その後は「体力がそんなにしんどいなら負担を見直そう」と仕事・家事・育児の分担などをお互いに見直し、体力ゲージの確保に成功した。
そして、体力の問題ならば「サクセス制度」を取り入れようという話になった。
サクッとセックス。
相手がどうしても、の時に乗り気になれないとき、サクッとしたい側の人が満足する簡単なセックスをする、の制度だ。
どちらかの気が乗らない時でも、とりあえず要求を満たすことはなるべくしたほうがいいのではないかという話し合いから生まれた。
ごめん、本当は「棒貸して」「穴貸して」って月1くらいで言ってる。私の方がパートナーに対する欲が高まることもあるし、その逆もあるのに、相手がどうしても乗り気じゃない時。
サクセス制度なんかしたら夫婦間冷めそうだと思うが実はそんなことなかった。
相手が受け入れてくれた、って充足感、
拒んだという負い目の払拭、
結果的に余裕ができたときにまたちゃんと触れ合おうね、と思い合えるのが良かった。
セックスね、しない期間開けば開くほど、
まあしなくてもいいかって面倒になるし、
やり方誘い方忘れるからね。
と、ここまで文章で書くと数十行だけど、
実際には産後からサクセス制度の成立まで数ヶ月単位の話ではある。
当然子はスクスクと育ち、
今思ったけど寝る子だから夫婦生活出来るってのもあるわな。寝る子寝ない子はガチャだからな。
サクセス制度を取り入れて夫婦生活の話題にタブーが無くなった。
恥じらいがなくなることで異性として見れないという恐れはあったけど杞憂だった。
大切なのは話すこと、やっぱりこれに尽きる。
買い物を終えて出発すべく、車がクリープ現象で動きだしたところで子供が飛び出してきた。反射でブレーキを強く踏み事なきをえた。危な。
慌てて母親がやってきて謝られる。
いやいや大丈夫です、とジェスチャーして出発しようとしたら、親御さんが幼児をひっぱり平手で子供をはっ倒すのが視界に入った。
間髪入れず怒鳴り声が車にいても聞こえてきた。
エンジン止めて車から降りると、座り込んで泣く子供にお母さんがもう一発いくところだった。
少し離れたところにこの子より一回り大きい子供がいた。お兄ちゃんだろう。
親がブチ切れたのが怖かったのかこっちも泣き出している。
手招きしてお兄ちゃんの方も呼ぶ。
謝りっぱなしのお母さんに「男の子2人ですか。大変ですね」というと、「いやもう本当そうで」と言いつつ子供に「だからアンタって子は!!」と続く。「いやいや、わたしももっと確認すべきでしたから」と遮る。
子供達に怖かったね、駐車場は危ないからね、お兄ちゃんと一緒にいようね、お兄ちゃんはお母さんと弟くんをちょっと手伝ってあげてね、と諭すうちに落ち着いてきたのか涙目程度になっていた。
その頃には子供らの母親は落ち着いたのか、手を上げるような素振りはもうなく、多少は冷静になっていた。
怖がらせてごめんね、仲直りしようね家に帰ったら手を洗ってね、と最後に子供達と握手して別れた。
日曜日の午後、小さい子供2人に母親1人。詮索は良くないけど、緊急だったし、心配する気持ちや無事だった気持ちが色々まざって手が出たんだろう。ただお兄ちゃんの泣いた反応を見るに手が出ることは多々あるんだろう。
あれから自分の運転見直して、安全運転の徹底をはかってます。ご安全に。
あとは俺は良い奴と言ってくれるのはありがたかったけど、普通に悪い奴なのでブクマやコメント関係は批判的な内容の方が響きました。ありがとう。特に俺の運転の仕方ね。
書き方が悪かったけど、教育として「叱る」の範囲とか手が出る是非の話は家庭によるので俺の考えは書かない。ただ、自分にも覚えがあるだけなので(母子家庭でまあまあ手を出されながら育った)
あの時邪魔すんなと言われりゃ何もしなかったよ。泣いてる子供と激昂する母親が落ち着いてくれりゃそれで良かった。今もこれからも地域の一員として地域の子供達が無事にスクスク大きくなることを祈ってます。