はてなキーワード: 縄文とは
★子供の社会科教科書を見ると、堂々と「吉野ヶ里遺跡」と「三内丸山遺跡」が載っていて、
激しく「ジェネレーションギャップ」を感じてしまった。
というのも、われわれ世代(40歳代)にとっては、吉野ヶ里や三内丸山は「ニュースの事象」であり、
吉野ヶ里の「発見」が1989、三内丸山の「発見」が1992。
当時自分は大学生ないし社会人で、これら遺跡は「ニュースで知った」ものであり、「教科書で知った」ものではない。
たぶん、今の40代より上の世代は、教科書でこの2つは習っていないはず。
なので、今の40代とか50代では、吉野ヶ里や三内丸山は「そもそも知らない」という人の方が多数派なんじゃないか?
これら世代で吉野ヶ里等を知っているのは、地元民または観光業界人または歴史マニア。
という訳で、
「遺跡が見つかるキッカケは、公共工事や商工業開発が多い」という「生きた授業」を子供相手に展開してやった。
★我々の世代は、せいぜい「登呂遺跡」を覚えておけば、事足りたと思う。
一方、今の子供の世代は、登呂遺跡以外にも吉野ヶ里とか三内丸山とか、覚えることが増えて大変だなあと同情してしまう。
吉野ヶ里とか、工業団地開発を計画しなかったら、遺跡は見つからなかった=教科書の記載も減ったわけでして。
・・・と書こうと思ったら、「登呂遺跡は、教科書によっては、記載を外しているケースもある」らしい。
子供の記憶容量は有限だから、教科書記載事項を巡る「競争」は激しく、スクラップ&ビルドも激しいらしい
・・・となると、おじいちゃんおばあちゃんが、孫を連れて静岡に行って、「これが有名な登呂遺跡だよ」と案内しても、
孫が「何それ?習ってないよ」という世代間すれ違いの悲劇が発生してしまう危険性がある。
※というか、実際静岡の人のブログを見ると「子供の教科書に載ってなくて会話すれ違い」報告有
★「一番歴史学習が大変だった」世代は、「1999頃に歴史を学習していた世代」じゃないか、という気がする。
あの頃は三内丸山も教科書に掲載されたうえ、旧石器時代の記載も「充実」していた。
→その後、毎日新聞のスクープで、旧石器時代の殆どが教科書から削除された
吉野ヶ里や三内丸山クラスの遺跡発掘のニュースが、この20年間聞こえてこない、
そのこと自体が「失われた20年」を象徴している。(公共工事激減と比例)
・・・或いはアベノミクスで、再び吉野ヶ里クラスのが見つかるか?
★登呂遺跡の件、もう少し調べてみたら、実は「登呂遺跡の教科書記載」そのものに「政治的な意義」があったらしい。
登呂遺跡発見の「政治的意義」とは、「日本書紀記載の年代以前に、東日本に稲作が伝わったこと」の立証。つまり「日本書紀の否定」
まあ、実際の学問レベルでは、日本書紀を否定する研究もされていたのかもしれないが、それが義務教育教科書に掲載されることがなかった。
義務教育には日本書紀や古事記が掲載され、子供は歴代天皇の暗記を強要された
つまり、「日本書紀・古事記・歴代天皇暗証の「偽歴史」を教育する」、そういうナンセンスな歴史教育は終了した、
そういう「歴史教育民主化・自由化」「もはや戦前ではない」のシンボルとして登呂遺跡が存在した。天皇の人間宣言と同趣旨
となると、直近の「登呂遺跡の教科書引退」の政治的意義は、歴史教育において「もはや戦後ではない」とアピールする効果。
登呂遺跡の「政治的役割」は、歴史的意義を終えた、ということなのかもしれない。
※GHQが必要以上に登呂遺跡の「意義」を強調するよう、教育介入したような気もする
★縄文時代、旧石器時代の存在は、日本書紀や古事記と真っ向対立。
多分、戦前の教育では縄文や旧石器時代は存在しないことになってた
だから、最大70万年前の旧石器時代の遺跡を発掘した「ゴッドハンド藤村某」などは、世が世なれば不敬罪になってたんじゃないかと心配する。
そもそも日本書紀や古事記の世界では、神がイザナギ・イザナミを作って、それから世界が出来た。
→多分、戦前は「恐竜の存在」は義務教育では認められなかったのではないか?
そう考えると、恐竜をモチーフとした「映画ゴジラ」は、イザナミ・イザナギの世界観を否定する恐竜をモチーフにした、ということで、極めて戦後的な気がする。
二重まぶたの日本人って3割しかいないのか。 そのうち奥二重の人も考えると、実際はもっと少ないのかな?
自分は彫りが浅くて顔がでかくて二重で目と鼻が大きい典型的な縄文ブサイクなんだが
ぶっちゃけ一重に生まれたほうが楽しかったかもなあ、と最近思う。
一重の人って顔の線が細くて、化粧映えするのがうらやましい。
鼻は大きくならないし、鼻筋が通ってる人が多い。顔も小さめ。
一重の人が二重にしたかったらアイプチ使えばいいし、結婚するつもりないから整形でもいい。
二重の縄文顔を矯正するとなると、鼻を削ったりあごを削ったりしなきゃならない。
なんか前にも書いた気がするけど、やっぱり一重の人がうらやましいよー
22歳まで化粧はほとんどしたことがなかった。理由は興味が無かったから。
女オタクにもいろんな種類の人がいると思うが、私はメイクとかファッションに興味が無いタイプのオタクだった。というか今も興味が無い。
高校が私服だったため、卒業式に袴を着た時に一度、ヘアメイクと一緒にやってもらった。それ以外は記憶にない。
なので大学に入ってもすっぴんに眼鏡で通ってた。眉毛も左右つながらないようにしてただけ。
しかし、大学生活の最後には就職活動というものが待ち構えており(高校は制服、ノーメイクで良いと聞いた)、女は化粧をしなければならない。
というわけで化粧を覚えた。そのときの化粧法を、防備録的に残しておく。
前提として、ニキビが少なくて、できても生理前くらいの肌の人向け。
下準備とりあえず、毎朝、毎晩顔を洗った後、保湿クリームか乳液、美容液など何かフタになるものをつける。
化粧水は付けた方が良いけど、無くてもなんとかなる。その場合は顔拭かないで水分が残った状態でフタになるものを塗ると良い。
自分はスキンケアレベルで興味が無かったので母の使ってた雪肌精と極潤だったと思う。
大事なのは、何を使うかではなく、何をするか。20歳前後まで化粧をしてこなかったなら肌は綺麗だと思うので、水分が飛ばないよう保湿することだけ気を付ければ良いと思う。
とりあえず、「見れる肌」を目指す。美しく見せることは考え無い。
日焼け止めが良い、というか楽。顔に塗れるやつを体と共用すると安上がりだ。
MMU(ミネラル成分のみのファンデ)だと下地つけないほうが仕上がりが良いことがある。SPFと相談。
自分はベアミネラルのプライマーを使っていたが、今はお金がないのでちふれの美容液を塗って、フェイスパウダーをはたいている。
BBクリームを使うならこのタイミングで。乳液とか化粧水で薄めると下地になるよ(ようはBBクリームの機能のうちファンデとコンシーラーの機能を無くすことができる)
特にこだわらない。塗れれば良い。初心者はプレスト(コンパクトに入ったやつ)のが良いと思う。
自分は某ミネラルファンデを大量に貰ったので、それを使っていた。
お金のない、というかメイクにお金をかける気のない人にリキッドファンデはお勧めしない。綺麗にみせるにはフェイスパウダーがいる。
色の選び方だが、美容部員に話しかける勇気のある人はこんな記事を読まんと思う。
すっぴんで行っていろいろ塗ってみて選び、その辺のテスターの乳液とかで落として帰ってくるのが一番かと。
黄色ぽいならベージュ、赤っぽいならオークルってので見当をつければ良い。
コツはブラシで塗ること。
①ドラッグストアで700円くらいで売ってるナイロンブラシにファンデを取る
②くるくる円を描くようにして頬、額、顎に塗る
割と早い。慣れれば30秒くらいで終わる。
まゆげを整える。というか化粧する前だなこれ。
剃刀より毛抜きより、980円で売ってるフェイスシェーバーが楽。メイクの上からでも剃れるし。
眉毛の形を決めるなら、「まゆげ 形」でググってそれを参考に。絵を描くオタクなら自分の顔の写メを加工だ。
眉毛というか毛そのものが太い場合、薄いデザインの眉にしようとすると眉マスカラとか必要になるので、なるべく濃い眉を参考にしよう。
自分は範囲が広いので「剃っておいて書く」だけど、普通は「書いてからはみ出た部分を剃ったり切ったりする」らしい。
形を決めるのが面倒な場合は眉間とまぶたに生えた毛と、こめかみに生えた毛を処理する。
眉を描くときはしかめっ面をして一番高くなるところを眉山にして、眉尻を書き足す。
最低限のメイクなら、ファンデと眉毛とアイラインでなんとかなる。というか自分が今その状態。
とりあえず、まぶたに近い部分に濃い色、アイホール全体に薄い色をのせれば大体OK。
縄文顔の人は正直、アイシャドウあっても無くても変わらない。特に、メイクに興味が無いなら、無理して付けることはない。
二重の人は二重の線にアイシャドーやファンデーションが溜まるので、メイク直しの時に気を付けよう。
これが一番重要と思う。
ぶっつけ本番ならペンシル、練習する気があるならリキッド。絵を描くオタクの人にはリキッドをオススメする。
とりあえず、睫毛の間を埋めるようにとか粘膜にとかメイク本には書いてあるが、そんな恐ろしいことは無理なので睫毛の根本を定規替わりにゼロ距離で書こう。割と見れる。
ペンシルは下まぶたに移るので、メイク直しの時に少し気を付けよう。
面倒なのでしなくていい。というかメイクに興味ないなら手を出さないほうが幸せなアイテム。処理が面倒。
肌の色に合わせて、オレンジかピンクの一番薄いやつを塗る。黒目の下とかちょっと外側とかから斜めに。
色の選びかただが、ファンデを塗った状態でピンクのものとオレンジのものを頬にあててしっくりくる方の色を塗れば間違いないと思う。
面接があるなら重要。「最低限」なら無くてもなんとかなる(マナー的には必要らしい)
とりあえず、唇の色が紫な人はリップクリームを塗ってから粉ファンデをはたいておくと口紅が発色します。(専用のコンシーラーもあるけど)
色ですが、チークと色を合わせれば楽勝です。
リップブラシで塗ると形が綺麗に決まります。ペンシルとかは慣れて興味が出たらで。
しなくていいです。
人間を減らしたい
できれば今すぐ
大規模に
全てとは言わない
1/10000くらいが残るように
この数値は適当だけど
消すと言っても何も殺すだけではなくて
ドラえもんの道具の独裁スイッチみたいに人々の記憶から毎消し去ったり、
縄文かそれ以前、歴史は詳しくないのでまあその辺りに巻き戻しとかでもいい
人間がわけわかんねー早さで増えていってる
自分にとってはそれがすごく気持ち悪い
虫酸が走るほど
70億だぜ 70億
わけわかんねーよ
なんだよ70億って
7000000000ってなんだよ
0多すぎていくつかぱっと見わかんねーよ
で、これだけの人間が地球っていう半径4000kmくらい?のちっちゃい球の上でうじゃうじゃ蠢いてる
純粋に気持ち悪い
ラーメンズのなんだっけタイトル忘れたけどウォークマン万引きする奴
アレみたいな感じじゃないけどマジで気持ち悪い
まだあるぜ気持ち悪いこと
これまた少数の国やら宗教やら社会やらにある程度ちゃんと収まってることだぜ
理解できねーよ
んで、たいていの奴らは指定できない生まれた国の法律を大抵ちゃんと守ってる
すげーよわけわかんねーよ
なんでそんなことできるんだよ
ついでにそいつらなんだかんだ言って殺しあいとかほとんどしないんだよなんでだよ
頼むよ誰か教えてくれよ
俺は気が狂っちまいそうだ
ああ
できることなら10万年後の世界でグラタンとうさぎのように飛び回りながらじゃがいも食ってそのまま果てたい
小麦畑はきれいだろうなぁ
先祖にアイヌの血がまず確実に混ざっているであろう横増田が来ましたよ
何でも大昔に南へ連れてこられたのが陸の孤島に住まされたそうで由来が市の歴史に残っていて
和人もほっぺたが赤いと「おてもやん」
一重だと「整形したら」とか
顔の造りによって「縄文系」「弥生系」等と言われてからかいのネタにされガチ
「民族としての誇り」とか半島系マイノリティがいかにもいいそうあるねー
和人としての誇りとか持ち合わせ無いな ゼロだ これは左翼教師が国歌も日の丸も日本もdisって
来たの刷り込まれ続けてきたおかげ
「民族としての誇り」とか要らないし、ただ『家庭画報』で昔アイヌの言葉を紹介するページが冒頭に
連載されていた時はピクっと魂に来る物感じて毎号惹きつけられていたけど、読む雑誌傾向変わったんで
今でも連載されているかどうかは知らない
仕事や勉強がダメ。何をやっても失敗ばかり。どこかずれている等…。その「使えない人」は未来人、または宇宙人の可能性がある。
もし、あなたが縄文時代へタイムスリップしたとする。「現代の知識を持ってすれば、そんな大昔の人類相手なら余裕で勝てるだろう。」と思いがちだが…
そ ん な こ と は な い !!
あなたは山で取れた木の実から食べられるものだけ選別できますか?
あなたは縄文人から見れば確実に使えないヤツに分類されるでしょう。
縄文時代の人類は、縄文時代を生きるためのエキスパートで、縄文時代では未来の人間よりも上なのです。現代人の現代を生きるための知識はほとんど役に立たないでしょう。
仮に1000年先の地球か、もっと文明の進んだ星から現代に人類(に近い生物)がやってきたら、現代人が縄文タイムスリップしたような状態になって現代に対応しきれない可能性が高いです。遠い未来ならば、機械が全ての生産をこなしてくれて、人間は就労をする必要もなくなっているかも知れない。そんな環境から突然、現代へやってきたら「相当使えない人」に成り下がってしまうことでしょう。
相関と因果は一致しない 女性平均寿命 NHKの放送受信契約数
多数論証
科学者による多数決ベースの気候変動レポート 気候変動覚え書き/ウェブリブログ
犯罪者の98%はパンを食べている。
パンを日常的に食べて育った子供の約半数は、テストが平均点以下である。
暴力的犯罪の90%は、パンを食べてから24時間以内に起きている。
パンは中毒症状を引き起こす。被験者に最初はパンと水を与え、後に水だけを与える実験をすると、2日もしないうちにパンを異常にほしがる。
六〇〇〇年前には、現在より二~三メートル高い位置まで海が広がり、複雑な海岸線をもつ入江には多種多様の貝が生息し、台地上には多くの貝塚がつくられた。
苗字に「金」や「福」、「本」、「神」が付いてる人は日本人もいるけど、一応注意した方がいい
名前に「姫」や「美」、「博」、「大」が付いてる人は要注意(但し名前ブーム時期の「大」は違う可能性あり)。
本人が知らないだけで在日何世だったりする。
やたら男尊女卑思想が強い男性、「同胞」や「友」という言葉を普段使ってる人も怪しいので注意。
人は見かけによらないというしね。
原日本人はスラブ、アイヌ系統に縄文・弥生が混ざった顔立ちだから、
二重瞼の人は日本人の可能性があるが、これは小さい子どもしか判断できない。
というのも半島人は恐ろしく日本人や欧米人が好きなので真似っこをしたがり12歳以上の女性は教育として目元のプチ整形を奨励しているから
最近は二重=日本人というのは当てにならなくなってるが、一つの指標として見ることは可能。
在日だからどうって事はないんだけど、大阪や愛知、東京ですら同和地区の問題で差別、逆差別が起ってる。
そういうゴタゴタに巻き込まれたくないなら覚えておくべし。
よくわからん。
特権階級が力を支配しているのなんて、縄文式土器文化が終わって、文明と言うものが花開いてからズット何千年も続いてきたことだろ?
それを、なぜ、今さら言うんだ?
学校でも習うよね?
人類が腐っているってのも、もう、文字が残されている太古から言われているし、
そんな中にも希望はあるというのは、ソレに比べれば最近だけど、でも、千年かそこらは言われているはずだし・・・
何を同いっても、オレやお前が生きている間には世間は変わらない。
だったら、ウダウダ言っている間に、小金稼いで娼婦でも買った方がマダマシな人生だと思うが。
力があるなら多少はモテるだろうから、小金稼いで満喫してこいよ。
http://d.hatena.ne.jp/KoshianX/20090719/1247963394
http://b.hatena.ne.jp/entry/d.hatena.ne.jp/KoshianX/20090719/1247963394
この文章読んで、妙な違和感というか疑問なんだけど
その同質性を求めていない国って、どこにあるの?
もしかしてアメリカとか言いたいの?
アメリカって、白人は白人で固まるし、それもさらにお前はXX系だとかで語ってるわけだが
どこの国のことなんだろう。
アメリカで話を進めるけど、アメリカで民族というものは厄介な物で、アメリカでは仕事の選択にすら影響してるんだが、そのへん知らない?
まぁ最近のIT系なんかだと、人種ごちゃ混ぜで若い業界だなって思う
でもそれって日本も同じ話だよね。俺の今働いているところとか外国人多いよ。IT系はみんなこんな感じじゃない?
なんか日本特殊論話す人って、世界を知らない人が多いよなぁって思う
単純な時代性を、こういう話をしたがる人はなぜか国単位で固有の物として語る。
なんで?
俺は顔が濃いからなのか、きみは日本人に見えないとか、いちいちうるさくてとにかく面倒だった
アメリカってまじで面倒。顔の違いはかならず突っ込まれる
ぜんぜんスルーしてくれない
そのへん日本人はゆるいなぁと思ったね。ああ縄文系?九州のひと?くらいでスルーしてくれるからありがたかった
てかそれが普通だとおもってたけど。
アイスコーヒーって今じゃアメリカ人も飲むんだけど、留学した当時はそんなことなくて
コーヒーに氷入れてる俺みて、ゲテモノ飲んでるみたいな感じの対応させられて、今でもトラウマ。
昔、日本人が生魚食ってキチガイ扱いされたらしいけど、こんな感じだったんだろうな
とか思ったね。
なんでも異文化を拒絶から入る。これが俺のアメリカ人のイメージ
そのくせパクるんだよ
スターバックスがパクったおかげでアメリカでもアイスコーヒー飲むようになった
いまじゃアイスコーヒーは米国の文化だとか抜かしやがる。缶コーヒーだって最近売り出してるんだぜ。調子よすぎだよあいつら
きみの周りの知的水準が低いと思うべきなんじゃないの?
ほぼ記事タイトル通りの出来事があったので思わず匿名ダイアリー。
(厳密には、八木氏はかつてはつくる会の会長だったが、今はつくる会とは無関係)
書くの初めてなので、読み難ければ申し訳ない。
先に書いておきますと、私は公立校勤務です。
で、私が勤務する地域では、「新しい歴史教科書をつくる会」の歴史教科書を採択しています。
この教育講演会(教職員一斉研修会)は、教委が主催したもので、基本的に地区内の全職員(学校事務職員も含む)が参加しました。
恥ずかしながら、誰だか知らなかったんですが。
開会前、もらったレジュメを読んでいると、最初に出てきたトピックが
“「不当な支配」の主体の転換”
という内容。
旧教育基本法の、
「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負つて行われるべきものである(旧第十条)」
という規定が、
「教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきものであり、教育行政は、国と地方公共団体との適切な役割分担及び相互の協力の下、公正かつ適正に行われなければならない(改正第十六条)」
と改められたことによって、服してはならない「不当な支配」の主体が、
before:政府の圧力
↓
after:日教組などの職員団体
と変化しており、政府首脳部からもそのような見解に立った発言が相次いでいる……という鋭い指摘。
私としては、
「なるほどそうか……。これは大変だな」
と思ったわけなのですが、その先を読んだら
「……なんか違う?」
なにしろ、いざ講演が始まったら、この
「政府=正当な支配」
「職員組合=不当な支配」
という立場を全面的に賞賛する論調でして。
日教組に参加してる職員が1%切ってる本地区でそんなこと言われてもな……。
(うちの地元には、「教職員協議会」という、日教組とは別の組織があり、これが97%の組織率を誇っています。
方針としては、行政との対話路線。
私もそっちに入っています。
新採の時、勧誘パンフが送られてきて。
「教え子を戦場に送るな!」
って書いてある。
言いたいことはわかるがちょっと引いた。)
内容は、なんというか、ツッコミどころ満載だったんですが、まず特に違和感を感じた点。
講演の中で、エルトゥルル号の遭難とか、有名な“美談”がいくつも紹介されるわけですが、その中に真岡郵便電信局事件の話も出てきました。
第二次大戦末期、樺太にソ連軍が攻め寄せてきた時、最後まで電話交換所に残った女性達が、青酸カリを飲んで自決した事件です。
事件名とか知らなくても、
「みなさん、これが最後です。さようなら……さようなら……」
とかいう台詞は聞いたことある人は多いのでは。
とか褒め称えるわけです。
このエピソードを教育にどう生かせと?
「彼女たちの行動こそ、日本人の鑑、責任に殉じる素晴らしい態度である。
お前達も、もし同じような状況に置かれたら……」
置かれたら?
自分の子どもになんと教えて欲しいかは、人によるかも知れませんが。
私としては、子どもたちには
「なんとしても生き残れ。命を大事にしろ」
……って、教えるべきなんじゃないかと思ったり。
ちなみに、八木氏は全然触れなかったことですけど、その時当直だった女性交換手は、全部で12人いたんです。
で、死ななかった3人は、最初は押し入れとかに隠れててですね。
そのままソ連統治下で職員として再雇用され、日本にも無事に帰ってくるんですけど。
彼女ら3人は、「責任に殉じ」て死ななかった駄目な日本人なんでしょうかね?
少なくとも、八木氏の言う
「ソ連軍は、刑務所から出てきたゴロツキみたいなのを最前線の兵士として送り込むわけですよ。だから、女性は陵辱されたり恐ろしい目に遭わされるわけです」
……というのは、この場合は事実に即してないと思います。
……まあ、ソ連軍がひどかったのはわりとかなり事実だと思うんですけど。
「沖縄というのは、長らく琉球王国という日本とは違う国で、その後は島津の統治下になり、近代化されたのが他の地域よりも遅れた土地なんです。
だからこそ、日本人的であろう、という責任感が逆に強くなって、それでああいう事件が起きたのではないかと思います」
という、目の覚めるような主張を展開します。
なんで目が覚めるかというと、すごいアクロバットだから。論理の。
危険なのでよい子はまねしないでください。
もし沖縄県民があの場にいたらかなり血圧が上がったんじゃないか、と思うんですが、あれはたぶん、戦わずして論敵を脳溢血で葬ろうという高度な戦術なんだと思います。
危険なのでよい子はまねしないでください。
ていうか、「集団自決」と「責任感」がどうつながるのかそもそも良くわからんのですが。
なんか、とにかく死ねば責任感がある、みたいな話で、日本文化の奥深さを感じました。
「命どぅ宝」のお婆さんは、やっぱり駄目な日本人なんじゃろうかね。
近代化が遅れた地域だからな。
あとまあ全般に言いたいことは山ほどあるんですが、重箱の隅つつきは後回しにします。
とにかく、こういう歴史観のリビジョンを促すような講演会に、公務として参加させられるのが、本地区の実態なわけですね。
開会が14:00でしたから、どの学校も特別日課で対応したと思います。
本校でも、当日は授業を午前中で切り上げて参加したわけですよ。
もちろん、講演聞いてる間にも給料が出てます。勤務時間内ですから。
内容に疑問を感じたのは何も私だけではなくて、翌日の職員室では批判大会。
「終わった後、あの先生と偉い人達とで飲み会があったらしいから、八木先生は急いでいたわけじゃないらしい。なのに質疑応答の時間を設けなかったのは、意図的なものに違いない」
……ええーっとですね。
つまり、「つくる会」の教科書を採用した地域の学校だからといって、教員が唯々諾々と「つくる会」史観に染まるわけではない、ということですよ。
このことは、左右どちらの論者にも覚えておいて欲しい、と思います。
我々はロボットではない。
その一存で採択が決まったようなもので。
しかし、「つくる会」教科書を採択した、というだけで、かなり外部からの批判にもさらされてるし、学校現場にも不満があるのが実態です。
なので、教育委員会の方針に疑問を持っている教員を「啓蒙」しよう、というのが、この講演会の趣旨だったんだと思います。
くらいのこと、10分もかけずにわかっちゃうわけですよ。
授業で、“公共心ある日本人”の美談を得々と語って聞かせたら、生徒から史実に基づいたツッコミが入る可能性くらい容易に予想されるじゃないですか?
そういう意味では、都合のいいことだけ書いた教科書というのは、発行する側は気分がいいかもしれないけど、現場の人間にとっては迷惑そのものなわけですよ。
……ああ、そうか、授業で質問の時間を設けなきゃいいわけですね。
率先垂範を地で行っておられる。
で、その他、「作る会」教科書を使ってると高校受験に対応できないとかいう現場の苦悩をよそに、首長とか教育長とか、講演会場の最前列に座っていてですね。
で、講演会が終わった時なんか、立ち上がって喝采してるわけです。
スタンディングオベーションかよ偉い人。
とりあえず絶望した。
現場がなんとかしないとならん。
以下、こまごまとしたこと。
八木氏は、聴衆に「日本の建国はいつか?」と問うて、「それは西暦600から700年前後である」とします。
なぜなら、「日本」という国号が成立し、「公」の意識が誕生したのがその時代だからだ、というのです。
ちなみに、ここで言う「公の意識」とは、天皇を中心とした中央集権体制の確立のことを指します。
天皇は独裁者ではなく、「国家の公的統治を究極において体現すべき地位」だというのですね。
八木氏は、「皇室はニッチ産業」だ、という、寛仁親王の言葉を引用します。
「政府や行政の足りないところを補う。それが、皇室の果たす役割なんです」
「このような皇室の在り方は、古代からずっとそうだったわけです」
いや……そうなの?
「平安時代、貴族は贅沢な生活をしていた一方、庶民は貧しく、奴婢は売買の対象だった」
……とかいう記述を「闘争的だ」と評します。
これらが、マルクスの階級闘争史観に子どもたちを導くものだ、というのです。
君の教科書もまっ赤っか! これはレッドベアーの陰謀だ! 愛國戦隊を呼べ!
……別に教科書の記述は、富裕層の打倒とかを呼びかけるものじゃないし、そもそも平安朝だって、階級闘争によって打倒されたわけじゃないんですが。
なんでマルクス?
明治維新を含めて、日本には「階級闘争」とか「市民革命」とかいうものはないんじゃないですかね。古い見解でしょうか?
「明治維新は、公のために働くことを自己の使命と考えていた武士たちによって実現した改革だった」(「新しい歴史教科書」。レジュメの孫引き)
そんなに昔から日本人の自覚とか公共の意識とかがあったなら、もう少し早く戦国時代が終わりそうなものですが。
武田信玄「こうして同じ日本人同士が争っていても仕方がないじゃないか!」
上杉謙信「そうだとも! 天皇陛下の元にはせ参じ、一つの国を作ろう!」
……みたいに。
八木氏によると、現在の学校教育では、歴史教育で闘争的姿勢を学び、公民教育で具体的な闘争目標を与えられている、というのです。
「公民教科書には、夫婦別姓など、まだ法的に定められてもいないトピックが取り上げられている」
とかいうのが「闘争目標の提示」だと。
……ずいぶんせこいマルクス主義ですね。
仮に、八木氏の言うとおり、飛鳥時代や平安時代がそんなに素晴らしい時代だったとしたら、逆に言って、日本社会は1400年の長きにわたって大して進歩していないことになるんですが、それでいいんでしょうか。
奴婢の話とかって、私は
「私たちの社会は、昔より良くなっているのです」
って趣旨の話だと理解していたんですが。
「人類の歴史は進歩と改良の歴史なのです。私たちも、もっともっと素晴らしい世の中を作っていきましょう。明日が今日より良い日であるように」
的な。
八木氏に言わせるとこれも「闘争的」なのかも知れませんが。
私としては、貴族と平民に大きな差があったとか、事実なんだから仕方ないんじゃないか、と思うんですがどうでしょう。
都合の悪い歴史的事実は教えない、という態度の方が、むしろ我が国を危機に追いやる気がします。
それこそ、遺伝学におけるソビエトのルイセンコ学説みたいに、学問をイデオロギーに従わせようとした挙げ句、研究開発で西側に後れを取るような。
まあ、「歴史は科学ではない」が、「つくる会」の立場なんだそうですが。
でも、望ましい思想を注入するために、歴史的事実の方を改変する、っていうのは、それこそ共産国の十八番なんじゃ。
基本的に「公共の意識」だけで日本の歴史・文化を語ろう、というのは、無理だと思うんです。
「恥の意識」とか「武士道」とかと同様、一言で語りきれるほど、日本人の精神というのは浅薄なものじゃないんじゃないでしょうか。
そもそも、「公共の意識」が飛鳥時代から日本にあった、という主張自体いかがなものか。
確かに「公」という漢字自体は大昔からありますが、古文に出てくる、「公家」とかいうときの「公」と、「public」の訳語としての「公」を同一視するのは誤りだと思うんですが。
八木氏は、「公共」の意識が近代になって成立した、というのは誤りで、日本人の日本人としての自覚はずっと以前から存在した、と言うんですが、それは逆に言って、国民国家建設のために尽力した明治の人々を愚弄するものではないでしょうか。
ちなみに八木氏は、中教審が、縄文時代の記述を重視するよう議論しているのに不満を表明しています。
から、というわけですが、これは循環論法ではないですかね。
逆に、明治憲法や現行憲法の発布、あるいは江戸幕府なり鎌倉幕府なりを「日本」の成立、と見なす立場だってあり得るわけで。
縄文人だって一生懸命に生きていたのだし、彼らが苦労して稲作技術を会得していったからこそ、現代の日本があるわけで。
「縄文人は日本人じゃない」という言いぐさは、縄文人に失礼だと思いますが。
八木氏は、チェスタトンの「伝統とは選挙権の時間的拡大」「死者には墓石で投票してもらわねばならない」なんかを引用して、伝統の大切さ、先祖の意思を尊ぶべきことを訴えるわけですが、縄文人は先祖じゃないらしいです。
……天孫降臨?
ちなみに、八木氏が引用した中には、相田みつをの「自分の番 いのちのバトン」とかまで含まれるんですが、相田さんってそういう主義の人だったのか。
ところで、八木氏は「死者の民主主義」(チェスタトン)がお気に入りのようですが、私はむしろ、「地球は子孫からの預かり物」(ケニアのことわざ)の方が好きです。
死んだ世代の意思よりも、次の世代の幸せの方が重要だ、と、私は信じます(これでも学校関係者のはしくれですから)。
……ケニアのことわざの割に「地球」とか、かなり超訳の気配ですが。
八木氏、「屋久島の灯台守り」という、これまた美談を紹介してくれたんですが。
「顔は土気色」を「どきいろ」ってあんた。
自分で持ち込んだ資料が正しく読めないって、早稲田大学法学部卒が泣くぞ。
日本の文化がどうとか言う前に、八木氏はまず日本語くらいちゃんと読めるようにすべきだと思います。
なんかあれこれコメントをもらってるようなのでここへ部分的に返信。
>教育委員会主催の講演会とかに行って何かを得たことがあるの?
ありますよ。
まあ、教育関係者の講演、というのは、聞いてすぐに教室で使える内容が多い一方、似たような話も多い……というか、教育界の通念を上手にまとめただけの、刺激に乏しい講演も多い、とは思います。
……ちょっと今回は刺激的すぎましたが。
>その場でぶつけてくれたら面白かったのに。
まあ、チキンなので。
偉い人が「つくる会」支持者で、しかも同席してるわけですから。
そこでこれだけのことを言ってしまうと、後々どんな処遇を受けることか。
それはもう、陵辱されたり恐ろしい目に遭わされるわけです。(流言)
それに、ここに書いた内容は、これでも推敲した内容です。
これをとっさに思いつける程度には賢くありたいのですが。
っていうか、偉そうなことを書いておいて恥ずかしいのですが、「女性交換手が12人いた」ということもその時は知らず、家に帰って調べてわかった次第。
でも、何か質問はしてやろう、とは思っていて、講演の間中必死で考えていたのも事実。
「古代以来、皇室はニッチ産業としての役割を果たしてきた、とのお話でしたが、私、不勉強でそういったことを存じませんでした。
そこで、例えば平安時代の朝廷が、そういった役割を果たしていた、という実例を2・3ご教示願えるとありがたいのですが……」
くらいのことを聞いてみよう、と思っていたのですが、本文で書いたとおり、質疑応答の時間がなかったので不発に終わりました。
>自分のはてなダイアリーで書いたら?
少しでも匿名性の高いところで、と思ったのです。
何か使い方として問題がありましたら申し訳ない。
(ていうか、そもそもこの内容自体トラックバックで返すべきなのかも知れませんが、匿名ダイアリーに慣れてないので、返信があちこちにばらけるのが落ち着かないのです。なんでコメント欄がないんだろう)
こんなにブックマークをもらうとは思ってなかったのでちょっと動揺しています。
偉い人にばれたらどうしよう。
>「教職員協議会」つーのは要するに「全日教http://www.ntfj.net/tanidantai/」系団体だよね。共産党系の。
右寄りではないかも知れませんが共産党系とも思ってなかったのですが。「美しい日本人」がどうとかこうとか。どうなんでしょうか。
会員でありながら組織の背後関係とかは知らないのです、申し訳ないです。(でもたぶんみんなそう)
>教師という連中が本当に馬鹿ばっかりでイデオロギーの固まりだということが良くわかった。
ククク、その通り。だが、気付くのが遅すぎたようダな……(ロシア訛り)
今や日本の教育は、我がレッドベアーの(不当な)支配下にあル!
あと10年もすれば、この国はコミンテルンの軍門に降るだろウ……!(遅すぎる)
>大学になるまで歴史教えるのやめちゃえば?自分で判断して学ぶまで教師の馬鹿どもから余計なノイズを入れないで欲しい
難しいところですね。
おっしゃるとおり、批判精神の薄い子どもに、イデオロギー教育をするのは禁忌だと思います。
その一方で、基本的な歴史知識は、全国民が持っているべき教養だとも思うのです。
そして、大学は専門教育の場であるべきで、そういうことに時間を費やすべきではないと考えます。
だから、結局は義務教育に基礎的な歴史教育を盛り込まざるを得ないのではないかと。
その内容としては、重要な歴史的事実を教えるにとどめ、それをどう解釈するか、という思想的側面は、個々人に任されるべきだと思います。
……もっとも、「歴史的事実」というのは現実にはほとんど無限に存在するわけで、その中から何を「重要」として採り上げるかに、思想的問題が絡んで来ざるを得ないのも事実ですが。
エルトゥールル号を採り上げて奴婢は省くのか、その逆をやるのか。
でも、できる限り中立であろうとする姿勢は必要だと思います。
それにしたってなんだかね。こういう生まれつき系の問題ってどうやったら解決するんだろうね、
日本というかアジア系向きのスポーツとしては、やはり「柔よく剛を制する」だとか「スモールベースボール」などの言葉に代表される「テクニック」を使ったものになる感じがある(良い悪いは別にして)。
それに人種ごとの得手不得手なんて、そりゃあるよ。もともと、その土地で生き延びやすい一族の固体が勢力範囲を広げ、個別に進化したのが人種ってものなんだから。
ただこれは知っておいて欲しいんだが、人種としての身体能力や容姿と『文化』とは、必ずしも重ならないということ。地理的要因も含め、人種と文化ってのは本来は、密接な関係がある。それを断ち切ったのが、例の「奴隷交易」などで、その末裔がアメリカ等に連れてこられたのは説明するまでも無いか。
日本の場合、身体的にはそれほど特徴のある人種ではないし、縄文・弥生系のミックス比率が違う事が、それなりの顔付きのバリエーションの多さを決めていると言われる。
一方でだが、ネット利用から分析してみても「凝ったものを作ったり、分析したりする」ジャンルでは、圧倒的に『アジア系』(日本含む)が多いらしい。日本の場合、島国であったことが良くも悪くも、文化の醸成に関しては結果的に重要な役割を果たしているとはよく言われる話だね。
なに、あいつらはズルいだけ。「競技に勝てない場合、日本人はルールの枠内で何とかしようとし、白人は『ルールを変えろ!』と抗議して自分たちに有利になるよう働きかける」という笑い話があるけど、これなどはまさに「ルール」というものに対する考えの違いを、端的に表わしている気がする。