はてなキーワード: 煽り運転とは
本来のアジア人は古モンゴロイドつまりインディアン、アイヌ、琉球人のように二重で目がぱっちりして、顔の彫りが深く、輪郭もくっきりした美しい顔立ちをしていた。
しかし、ある日朝鮮人、弥生人のように一重、目が細く吊り目、面長、鼻が低く、アデノイド顔貌の醜い集団が発生した。
新モンゴロイドだ。
純粋なアジア人の一部はアメリカに渡り、インディアンとして高度な文明を気づいた。
一方、旧大陸では本来の美しいアジア人が新モンゴロイドの遺伝子に汚染されてしまい、醜い顔になってしまった。
日本人も本来はアイヌのような顔の彫りが深い美しい民族だったのが、朝鮮からの渡来人に汚染され、今日に至る。
温厚で心優しい一方、好戦的で勇敢という一見相反する基質を兼ね備える
彼らは敵対しない者に対してはお人好しとも言えるレベルで優しいが、一度敵対すれば極めて攻撃的で恐ろしい相手となる。その例はいくつかある。
・東北の蝦夷安倍氏は、一度朝廷との対立関係に陥ったが、すぐに恭順の意を示し、争いを避けた。しかし、陸奥守が口実をつけて、蝦夷を挑発すると恐ろしい敵となり、その鎮圧に12年を要した(前九年の役)
・アステカの王はスペインの征服者コルテスを神の化身と考え丁重にもてなした。しかし、スペイン人がそれをいいことに破壊・略奪・虐殺に走ると、怒り狂いスペイン人を一度撃退した(悲しい夜)。更にスペイン人は大軍でアステカの首都テノチティトランを包囲するが、激しい抵抗に遭い陥落に3ヶ月を要し、コルテス自身も危うく死にかけた。
・スペインの征服者ピサロはインカの皇帝アタワルパを殺し、その弟マンコ・ユパンキを擁立する。しかし、スペイン人の残虐行為に堪忍袋の緒が切れ、スペイン軍に蜂起を起こした。その後36年間にも及ぶ激しい抵抗を続けた。マンコ皇帝自身は度々和平を申出たが、スペイン人の不当な要求を飲めず抵抗を続けた。ピサロが仲間割れで暗殺されると、マンコは寛容にもその暗殺者たちを庇ったが、裏切られた暗殺された。インカの王族たちはスペイン人に虐殺され、抵抗は終わりを告げたが、アンデスの先住民たちはその後も幾度かスペインに対して反乱を起こした。
・ワンパノアグ族は飢え、寒さ、病気に苦しむ白人を助けた。しかし、白人が彼らの土地や命を奪ったため、白人と激しく闘った。(フィリップ王戦争)
・アイヌ人は松前藩と平和に取引をしていたが、不当な為替に激怒し、シャクシャインの元で蜂起した。
・アパッチ族の戦士ジェロニモは本来は心優しい性格であったが、白人に家族を虐殺され、その後は好戦的な戦士として恐れられた。
・スー族の勇者シッティング・ブルは心優しく非常にモテた。その一方で勇敢な戦士として誉れ高く、リトルビッグホーンの戦いでは米軍の騎兵部隊を全滅させた。最後まで白人に屈することを拒み、射殺された。
・日露戦争の名将、東郷平八郎、乃木希典、秋山好古、秋山真之と太平洋戦争の名将、本間雅晴、牛島満、樋口季一郎はいずれも縄文人顔の美形である。白人との戦いで活躍した一方、平時は温和な人格者であった。
以上の例の通りアジア人とは本来顔が美しいだけで無く、勇敢と温和という美徳を備えた優秀な人種なのだ。
一方、新モンゴロイドはどうか。
・弥生人顔の香淳皇后は陰湿な性格で美人であった美智子様に冷たく接した。
・悠仁も両親がお辞儀しているのに、自分だけ頭を下げなかったり、女子生徒から水筒を奪ったりした。
・東名高速煽り運転の犯人も、名古屋アベック殺害事件、市川一家殺人事件、光市母子殺害事件、コンクリ殺人事件の犯人弥生人顔だ。
しかし、東南アジアの人々は朝鮮人よりも更に残虐なことを日本軍にもされたにもかかわらず、それを許し現代は親日的だ。これは宗教も一つの原因だろう。
だが、それだけでは仏教国のビルマ・ベトナム、イスラム教国のマレー、インドネシアが日本を許したことは説明できるが、キリスト教国のフィリピンが日本を許したことは説明できない。
朝鮮人は純粋な新モンゴロイドだ。一方、東南アジアの人々は一部新モンゴロイドの遺伝子の汚染されているが、本来のアジア人としての性質も持っている。
これもアデノイド=弥生人顔が害悪な遺伝子である証明だ。勿論発達障害だから口呼吸してアデノイド顔貌になりやすいという事実を考慮してもだ。
本来は美しい民族だったアジア人が新モンゴロイドに汚染され醜くなってしまったのは嘆かわしい。
これからのアジアの繁栄のためにはそういった醜い遺伝子を少しでも減らし、アジア人の優秀な遺伝子を後世に残すことが大切だ。
縄文人顔の諸君は同じく縄文人顔の同士と結婚し、その遺伝子を残して欲しい。
そして弥生人顔の諸君はもし僅かでも良心があるなら、子作りは辞めて頂きたい。
縄文人と結婚すれば、その美しい遺伝子を汚染してしまう。だから頼む。
これまで危険な煽り運転をしたことはないと思うけど、その軽い衝動はしょっちゅう起こっている。まさに自分も煽り運転者予備軍だと思う。
たとえば車で後続車に乱暴に抜かされたりした時に、煽り運転者がが何を感じているのか。それは、「お前ごときが生意気に車運転してんじゃねえよ」」という声である。
そこでフラッシュバックしているのは、学校時代の体育のサッカーで、たまたま自分の前にボールが来た時に、「どけよ!ジャマなんだよ!」と吐き捨てるように言われながら倒された経験である。「お前ごときが生意気にボールさわってんじゃねえよ」という扱いをされてきた経験が蓄積した結果、車で抜かされただけで、「お前ごときが生意気に車運転してんじゃねえよ」という声に聞こえてしまう。
学校時代代ずっといじめられて、「お前なんか世の中に生きている価値ねえよ」という扱いをされ続けてきた人間にとって、それは単なる被害妄想ではない。
GW名物の絶対に右側車線を譲らないマン、10台以上遭遇しました
高速道路において右側車線は通常追い越し車線です
それ以外のときに使用すると「車両通行帯違反」となり1点、6,000円の罰金になります
「左から追い抜けよ」
とでも言いたげですが、左側から追い越しをすると「追越し違反」となり、2点、9,000円の罰金になります
1点の違反をしている人のせいでこちらが2点の違反をすることになりますね
(追い抜きなら違反にならないのでしばらく左側車線を走れば大丈夫ですが)
ちなみに後ろから車が来ているのに道を譲らないのも1点、6,000円の罰金になります
「煽り運転やめて!」
と言うのは当然の権利ですし、もちろん煽り運転はいけないことですが
(続き)教育に悪いと思うのはまさしく偏った価値観に基づく考えだ。
100万年前とかに生まれていたら裸でほっつき歩いていても何も感じるものはないはずだからだ。
その教育に悪いという考えで子供に性に関するあらゆることを隠すことが、子供に性に関することへの後ろめたさを植えつけることになるのだ。
そもそも法律が撤廃されると言う前提ならその未来の撤廃された世の中で裸で歩いていても全く反社会的な行動ということにはならないので、裸を見て育つことが将来裸になって歩く因子になっているのだとしても、教育に悪いということには全くならないはずである。
法改正直後には街やテレビの映像として裸が視界に入ってくることになり、それに不快感を示す人も一定数出て来ることだろう。
しかし社会の移行期には誰かしら不都合を被る層が出てきてしまうことは当然なのである。
一切の不都合を被る層が出て来ることを恐れてはより理想的な方向への変革もままならないのである。
LGBTに対する多様性を確保した次には、このような法改正をすることでより大きな多様性を確保していくべきである。
いずれネイティブに性に後ろめたさを感じる人はいなくなっていって、裸に不快感を示すことなど「お気持ち」に過ぎなくなるだろう。
ある意味で原始時代に戻るわけである。原始時代においてそんなことに不快感を感じる人など奇異な存在というものである。
どんなときでも服を着なければならないということではなくなることによって、社会はより合理的に回るようになるだろう。
それだけではなく、同意の無い他人を巻き込まない限りは街中でオナニーすることや野外セックスだって可能である。
こんなことを言えば、また教育に悪いとか言う人が出て来るだろうか。
極端な話だが目の前で殺人が起こったからといってただちにその子供の将来が殺人犯ということになっていくのだろうか。
そこらへんもひっくるめてリアルタイムで子供を矯正していくのが親の務めだと思う。
むしろ自己完結的なあるいは納得ずくの性行為と同意なき人を巻き込んだ性行為との峻別を絶えず親は教えていくべきである。
街中で他人の納得づくの二者間のセックスを見たからといって、その子供の将来がただちに強姦魔に決するというのは、殺人の一部始終を見た子供が殺人をするようになる以上の飛躍というものである。
普通に教育すればこれほどの飛躍が発生することはまずないはずである。
現代の面前DVの定義には性行為を見せることというのがあるそうだが、個人的には嫌なことを強要し続けた段階で何事もDVであると思う。
逆に、嫌なそぶりを見せたらすぐひっこめればDVには当たらないと思う。
教育用のひらがなを教えるようなビデオを見せても関心を示さない子供の首を無理やり固定してするようなことはむしろ虐待であるから、勉強とかに興味がないとわかったら、ただちにボール遊びとか、次の将来につがなるなかで子供が興味を示すようなことを模索するものである。
興味を示したらもっと見せればよく、将来AV俳優として大成するかもしれない。
性に関することについて何が処罰される社会に変わるのか少しわかりづらいかもしれない。
簡単に言えば現代でも強要罪にあてはまるものに処罰対象が限定されるようになるということである。
しかし立ち去った相手にわざと近づいてその眼前で性器をぶらさげながらとおせんぼするようなことは、公然わいせつなどが廃止されても強要罪にあたるだろう。
そういうことがしたかったなら、もし既に裸であるなら一定の離れたところから(具体的な距離はここで考えることではない)同意を求めるべきである。
事後承諾に期待するのは勝手だが、あとで同意がなかったと被害届を出されても事後承諾を図っていたことが発覚した時点で情状酌量の余地はないことに留意するべきである。
ゆるくするところはゆるくなら、きつくするところはきつくというものである。
基本的には強要罪に一元化されるが、性に関することについては厳罰化も検討されるというのは前にも書いたとおりだ。
基本的に同じ行為に対する罰則が理由なく厳罰化するということには不公平感を感じられるものだと思う。
しかし煽り運転が厳罰化したように、悪質な犯罪が増えた場合にはそのようなことになるという例はある。
悪質な犯罪が増えることが予期された場合には厳罰化の検討ということも普通に考えられるわけである。
もっともとそれが性に関する法律を一部ゆるくするという法改正によるものならば、最初からそんなことしなければ厳罰化しなくても済むじゃないかという反論もありえよう。
なので結局改正のほうを否定するのではなく、改正したのちの未来の犯罪の動向についてどう対処すればよいかという話に帰結するべきだということになるわけである。
性に関する法律がこのように緩和されて性に対する余計な後ろめたさがなくなれば、今はわいせつとかされているものに対する不快感もなくなっていくだろう。
明らかに煽り運転で人を殺してて、記録も残ってるのに当たってこられたとか言っちゃうキチガイとか、
散々経っても未だに引きずって餃子屋の事をグダグダ言う芸能人とか、
わざわざ負ける言い合いをしに他人へ噛み付いて論破される奴とか
去勢した牛を雌だと言い放って、周りから総ツッコミ食らうYouTuberとか、
自分の素行に問題があるからクビになったのに、未練たらたらでグダグダ言ってる元Vtuberとか、
おかしい人多すぎ。
俺はまだ暗いうちから出勤するのだけど、結構頻繁に煽り運転や逆走するようなドライバーをみかける。
そのドラレコでそういう悪質なドライバーを記録していたんだけど、ようやく報われたのだ。
早朝ってあんまりパトカーもパトロールしてないんだけど、たまたまその日はパトロールカーが居て、後ろから車間距離がヤバいくらい接近している車に煽られていた俺を助けてくれた。
悪質なドライバーは煽ってないしか言わなかったんだけど、俺のドラレコが一部始終録画していたので御用となった。
ホントね、どんな時にでも備えてドラレコ付けておいたほうがいいよ。
ちなみにバイク乗りなんだけど、前後の録画できるタイプを取り付けた。
本当に助かったよ。これで悪質ドライバーが一人いなくなった。