■実効性のあるポスター規制を考える

都知事選のポスター問題について、実効性があり、なおかつ選挙の自由を脅かさない規制にはどんなものがありうるだろうか。

そもそも何が問題なのか

• 当選する気がないのに立候補すること→✕。これは問題にすべきではない。たとえば申込み段階での支持率◯◯％以上みたいなのを基準に「いや、お前は当選できんだろ……」という候補を弾くとしたら、それは泡沫候補の立候補の自由が妨げられるし（下手すると共産党みたいな国政政党ですら候補を擁立できなくなる）、巧みな選挙キャンペーンや有力候補の失言によって選挙期間中に支持率が急上昇する可能性も否定することになるので、じゃあそもそも選挙期間を設ける意味ってあるんですかっていう話になる。だいたい、当選できる見込みがないのに自分のアジェンダをアピールするために立候補すること自体はアメリカ大統領選でもあることなわけで……（今年のニッキー・ヘイリーはまさにそういう候補だった）
• 過激な選挙ポスターを貼ること→✕。選挙ポスターには最大限の表現の自由が適用されるべき。たとえば屠畜反対を訴えるヴィーガンの候補が残酷な屠殺写真を掲示したり、表現の自由を訴える候補がエッチなポスターを貼ったりするのは認められるべきだ。そういうことにしておかないと、「鎌と槌は共産主義による独裁をイメージさせる過激なシンボルだから禁止」みたいな運用になりかねない（これは冗談ではなくて、実際に共産主義による独裁や弾圧を経験したバルト三国・ポーランド・ウクライナでは、ナチスの鉤十字と同様に鎌と槌の公的な場での掲示が禁止されている）。そういう運用がされて損をするのは誰？　というのを考えると、左派がエッチなポスターを問題視するのは自殺行為にしか思えないんだよな……
• 不真面目な候補が立候補すること→✕。事前審査で不真面目な候補の立候補を防いでる国があるんですよね、イランっていうんですけど……（イラン大統領選はイスラム教の偉い人に認められないとそもそも立候補できない）。もちろん「真面目さ」を立候補の際の基準に測ろうとしたら、「ソ連解体後も共産主義を唱えてるのは不真面目」みたいな運用がされるに決まってるし、仮に謙抑的な運用にするなら、「うーん、この候補者は本気でNHK解体を訴えてますね……真面目だから立候補していいです！」ということになるので、それだったら普通に脳死で立候補認めて選挙したほうが二度手間にならずマシなのでは。
• 定数を超える候補を擁立すること→◯。これは泡沫候補とは次元が違う。泡沫候補は、たとえドクター中松だろうが暇空茜だろうが外山恒一だろうが理論上は当選の可能性が存在するが、定数を超えて候補を擁立した場合は全員が当選できるわけではないことが制度上確定しているわけで、民主主義の根幹たる選挙をオモチャにしているとしか評しようがない。禁止すべき。
• 定数を超える候補を擁立してポスター掲示板をジャックすること→◯。今回は選挙管理委員会がものすごい苦労していたが、まだNHK党しかそういうアホなことをする連中がいなかったので、アクリル板外付け程度の対策で済んでいた。しかし、仮に全ての党が同じことをしたらどうなるのか。資源の浪費でしかない。禁止すべき。
• ポスターを他人に使わせること→◯。選挙ポスターは、それがどんなデザインのものでもいいが、候補者の当選を目指す（or候補者本人の主義主張をアピールする）ためのものであるべきだ。したがって、表現規制反対派候補のエッチなポスターや、ヴィーガン候補の屠畜ポスター、あるいは立花孝志本人による反NHKポスターは許容されるべきだが、他人に広告収入目当てでポスターを貼らせるなんて論外。禁止すべき。

どうやって禁止するか

• 同一政党・会派からの定数を超えた立候補を禁じる→✕。これが一番手っ取り早いように思えるけど、無理難題だと思う。第一に、地方自治体の首長選挙にあたっては、特に保守系の候補者が「無所属」として立候補し、自民党から支援を受ける、という形式を取ることが多い。保守系だけではなく、今回は蓮舫も立憲民主党を離党して選挙に臨んでいる。要するに、自分は党派的な人間ではなく不偏不党の存在として執務しますよ、というアピールをしているわけだ。したがって、仮に同一政党からの定数を超えた立候補を禁じたとしても、「NHK党を離党して選挙に臨む◯◯候補」が数十人出馬するだけ。まったく意味がない。第二に、では実質で判断しようとしたときにどうなるかというと、「保守分裂」みたいな事態で詰む。たとえば去年の長門市長選では、晋太郎の代からの筋金入りの安倍晋三支持者である現職市長と、安倍晋三のライバルだった林芳正が支援する前教育部長とが激突してガチンコの選挙戦を繰り広げたが、こういうヤラセではないガチの党内分裂選挙はどう考えたって健全な民主主義であって何ら禁止されるべきではないわけで、そっちに流れ弾が行くのは好ましくない。
• ポスターのデザインを選管がガチガチに指定する→✕。選挙ポスターには色んなデザインがあってよく、選管が一方的にデザインを指定するのは選挙の自由の観点から好ましくないと思う。たとえば、「中央に候補者の顔写真を配置すること」のような規則を決めた場合、「顔にとらわれず政策だけで選ぶべきだ」という反ルッキズム候補が文字だけの選挙ポスターを制作することも認められなくなるけど、それってどうなん？　という気はする。あるいは、センスの良い人が立候補してオシャレな選挙ポスターを作るのも禁止されてしまうし、漫画家が自分の似顔絵をポスターにするのもダメってことになっちゃうし、顔以外のアピールポイントを持つ候補が自分の魅力を存分にアピールできなくなる（建築家の黒川紀章が都知事選に立候補したこともあったけど、有名なビルの設計者がビルの写真をポスターに使って「こういう都市計画をしていきますよ」とアピールするのはセーフであるべきな気がする）。
• 候補者以外の人物が写ったor描かれたポスターを禁止する→◯。人物の写真or似顔絵を入れても入れなくてもいいけど、仮に入れる場合は候補者本人の写真or似顔絵だけじゃないとダメですよ、という規制。これなら、上で挙げた例（センスが良くてオシャレなポスターを作りたい候補者とか、ルッキズム反対なので顔出しなしで勝負したい候補者とか）はどれもセーフになる。ヌードやエッチなイラストについては、候補者本人のものであればセーフなので、いつぞやのアベノマスクをブラ代わりにしたN国党の女性候補者のポスターはOKだけど、男性候補者が他人のヌードで勝負するのはNG（ドスケベマタギみたいな候補者が自分の裸体を使うのはOK）。都議会議員候補が小池百合子と並んで写ってるポスターを作ってはいけない、ということになるけど、立花孝志の売名行為を防ぐためなら仕方ないようにも思う。何かの選挙に出る人は他人のネームバリューによる助けを得ずにアピールしろ、というのは、民主主義の観点からは真っ当だろう。問題なのは架空の人物をどうするか。典型的には人気漫画家が立候補して自作のキャラクタを選挙に動員するような場合。これは（ファンとして不愉快とかそういうのは措いておくと）まさに候補者の人柄や実績を利用したアピールであって禁止すべきとはいえないが、野放しにすると「有名キャラそっくりのイラストが描かれたポスター」が大量に出現するに決まっているので、選挙での芸名使用と同じく選管で審査して、有名ラブコメ漫画の作者である候補者がその作品のキャラをポスターに使うのはOKで、その漫画と縁もゆかりも無い候補者が使うのはNG、というように運用すべきでは（候補者本人の似顔絵を有名キャラそっくりに描く？　それは……禁止しようがないよね……有名キャラに外貌が似てることは本人の責任じゃないし、そういう本人の責任ではない外見的特徴を理由に選挙の自由を制限するとしたら深刻な人権問題だし……）。

Permalink | 記事への反応(1) | 14:43

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