はてなキーワード: 文学部とは
普通に生きることはできないけど、普通じゃなく生きることもできない。
小学校のころは、いつもクラスで一番賢かった。本当はそうではなかったかもしれないけど、少なくともセルフイメージはそうだった。誰よりも本を読み、おばあちゃんからはいつも「〇〇ちゃんが賢いのは本をよく読むからだね」と言われた。
発言するのが好きだった。その割に学級委員などをしたことがなかったのは、人望が無かったからだ。正義感も強く、ただ時々パニックになって泣き出したり起こりだすことがあった。大体ちびまる子ちゃんの前田さんを想像してもらえればいい。正義感が迷惑な方向に強い子。自分の思い通りにならない世界が気に入らない子供。
神童と呼ばれた(主におばあちゃんから)私は母に進められて中学受験をした。勉強は少しもしなかったけど、模試でA判定以外を取ることはなかった。難なく合格し、通い始めた矢先、課題が終わらずに不登校になった。
休みがちになった秋、親からスマホを買ってもらった。それまでは3DSでインターネットをしていた。いつもエロい知恵袋の質問や、まとめサイトを見ていた。スマホを買ってもらってからは、ツイッターと2ちゃんにのめり込んだ。ツイッターは今も続けているが、今に至るまで特定の友人どころかコミュニティに所属するということが、インターネット上ですらできずにいる。
同じ秋、所属していた部活のライングループに、エロ画像を誤爆した。ますます学校に行きづらくなり、挨拶もせず部活を辞めた。
不登校でもエレベーター式に高校生になれてしまった。単位制のため出席しないと卒業ができない。私は頑張って学校に行った。高2までギリギリで単位を取ったが、高認の存在を知って通学をやめた。本当は理系に行きたかった。忙しいからと親から文系を勧められて、結局文学部に行った。この選択が合っていたのか間違っていたのか、今となってはわからない。
出席日数はギリギリでも、高校に入って勉強を始めた私は中学の頃は酷かった成績が、上位20%程度をキープするようになった。学校に行かないでこれなら何でみんな学校なんか行くんだろう、間抜けめwと、内心私は天狗だった。しかし逆だ。クラスメイトの顔を覚えず、交流しようという気もなく、家でテスト勉強だけしてていいなら誰だってその程度の成績は取れる。
私は良い気になっていたが同時に辛かった。どうして自分は普通みたいに楽しいJK生活を送れないのだろうと思った。中学生のオタクが皆そうであるように、オタクの友達なら私にも数人いたが、一人はいつの間にか学校を辞め、何人かはCP違いで喧嘩になり(というか私が一方的に攻撃し、当然縁を切られた)、何人かは私が約束をドタキャンするなどの不義理を重ねたため、話しかけて来なくなった。
どうして普通にできないんだろう、どうして私に楽しいことは何も無いんだろうと思った。担任の勧めでバイトを始めた。短期の品出し。お金をもらえるというのが嬉しかった。対等に評価される。私以外のバイトはみんなでラーメンを食べに行ったりしていたが、私は一度も行かなかった。それでも、自己啓発本を読むのが趣味だという大学生と話したり、専門学生のお姉さんに「メイクしないの?」と聞かれたり、他校の男の子の「卒業したら髪を赤に染めたいが、バイトは続けたいから毎日黒染めスプレーをする」という馬鹿げた計画を聞いたりするのは楽しかった。ほんの少しでも社会と関われている実感があって、確かにそうだった、と思う。
友達はできなかったが、生きていけるという自信はついた。ノー勉で高認を取得し、センターを受け、思ったよりも点が良かったので、国立大学を受け、受かった。思えば、この時が一番楽しかった。
話は飛んで私は大学生になる。大学は心地がよかった。一人でもそんなに浮かない。文学部の評価はほとんどがレポートだから、過去問がなくても単位が取れるし、中高を反省した私は、頑張ってなんとか講義を休まないようにした。
それでも6年間の癖は抜けず、授業を寝過ごし、サボり、単位は落としたし、レポートの締め切りを勘違いしたり、必要な事務手続きを怠ったりして苦労したが、なんとか見かけだけは論文に見えないこともないボロボロの卒論を出し、私は卒業した。
専攻の人数は少なく、みな友人同士だった。私だけがその誰とも仲良くなかった。挨拶をすれば仲良くなれるというネットの記事を鵜呑みして半年間毎週挨拶だけしていたオタクっぽい女の子たちも、学期が終わると他人同士になった。
卒業式には行かなかった。
私は公務員試験を受けたが、筆記は受かるのに、面接は全部ダメだった。
大学に行けばなんとかなると思ったが、ならなかった。どうやって生きていけばいいのかわからない。私は自分が頭がいいと思っていたが、どうやらそうじゃないらしい。
世間の普通に当てはまることができないとずっと悩んでいたけど、大学に入ってから、世間の普通に当てはまらない人をたくさんみた。大学院でラカンの研究をしている人、アーティストとしても活動する非常勤講師、批評家、作家。
私はなんとなく自分が作家になると思っていた。昔から国語が得意だったし、私は世間の普通とちょっと違うから。
でも、大学に行って、どういう人がそうなるのかを知った。書く前から私は何かになることを諦めた。それに、これを読んだ人ならわかるだろうけど、私は決して文章が上手くない。現代文の偏差値は、果たして何を図っていたのか、私にはわからない。
でも編集者は忙しそうだから辞めた。コミュニケーション能力がいるらしいし。私にはもっと地味な仕事が向いてる。
どうすればいいんだろう。
carrion-crow コメントしているのは大学の先生(中央大学文学部・大学院文学研究科の山田昌弘教授)らしいんだけど、実に経団連らしい結論になっているのが面白いところ(面白くない)
movesinthefield 中央大学文学部・大学院文学研究科の山田昌弘教授、内閣府の「人生100年時代の結婚と家族に関する研究会」通称“壁ドン婚活”研究会の座長。
以上の二つのみ。
「竹中平蔵」を御用学者の代名詞として使っていると解釈すれば三つ。
hard_core “中央大学文学部・大学院文学研究科”こんなのでこんな肩書き得られるから日本が少子化していく。早く引退して若手を登用してあげてください。年功序列も少子化の一因なんだろうな。
warulaw 山田先生の主張は素っ頓狂に見えるけど、さらに男性も女性も金が無くなっていくから、出生率増やすメカニズムは必須なんよね。3人産んだら、子供が全員成人になるまで十分食えるほどのお金を渡してほしいと思う。
mitz_008 山田昌弘さんだよね。切り取り方が悪いと思うけど、基本女性の賃上げ、エンパワーメントといった主旨で発言されていると思います。そのうえで、中途半端に仕事ができない男女はますます貧困になってしまいますな
ntscp2020hat 日本の少子化原因を4点、欧米の少子化対策の前提を4点、それぞれ簡潔にまとめていて、さすが山田昌弘教授と思う。経団連の場だけでなく、政府省庁にも言ってほしい。
findup 一文切り出してどうこう言ってるけど全体読むとそんなに変なことは書いて無いし、そこまで経営側に忖度した内容でも無い気がするけど。
以上の四つ。
その他。
fatpapa 経団連の爺さん方に大学の先生が優しく要因を説いてるだけでなんら具体的な施策を提案してないし経団連側も「子育て従業員に長期育休や特別手当出す」とか絶対言わんし。政府と同様「動向を注視してる」アピールやろ
全体として否定的な文章だが山田昌弘についてはそこまで否定してない。
naruruu 山田昌弘老けたなー。山田が提唱した「パラサイトシングル」がヒットワードになった90年末から四半世紀。親インフラで貧しい独身者が食わせてもらう構造が変わってない。
table 安定した収入なんて幻想で呪いのようなもの。大学とくに社会学の教授は理解不能な過去を持つ人が多いので安定性云々は刺さらない。講師やりつつオムツとミルク代稼ぎに日雇いの現場出てたような話が山ほどあるんだ
文学部の専門はどっちかって言うと読むほうなんだよなぁ
文学部出てまで、黒塗りつぶしさせられるのは耐え難き〜。
「こいのぼり」を歌ってるのがお母さん。
近藤宮子(こんどう みやこ、1907年3月21日 - 1999年4月8日)は、日本の唱歌作詞家。唱歌『チューリップ』、『こいのぼり』作詞者。
国文学者の父・藤村作が広島高等師範学校(後の広島大学)へ教授として赴任した1907年、広島県広島市国泰寺町(現在の中区国泰寺町)に出生。母・季子は広島高師附属中学、山中高等女学校の音楽教師を務めた。1910年、父が東京帝国大学文学部助教授に転任、東京市外千駄ヶ谷に転居。1931年、父の教え子で東京音楽学校(後の東京芸術大学音楽学部)講師・国文学者の近藤忠義と結婚、専業主婦となる。
主にジェンダー関連でネット社会学者が炎上しがちで、社会学そのものは割と好きで個人的に読んでいる自分には残念だけど、炎上しがちな理由も否定できない。それは、彼らの多くが文学部出身なことである。
つまり日本の社会学者は、政治、経済、法律、福祉などの社会科学の勉強をほとんどしないまま、博士号をとって大学の先生になっている。歴史学者や文学者はそれでも問題ないが、社会学者の場合はその性質上、政治、経済、法律、福祉の問題に言及しなければいけない機会が多い。社会学会の中にいる時は、素人勉強でもボロが出ずに済んだが、外に向かって情報発信すると必然的に他の専門家から雨あられのツッコミを受けることになる。
一例として、コロナ禍の給付金の時に、「給付が世帯単位になっているのは安倍自民党の家族主義的な価値観のため」という説を大真面目に語っている社会学者がいてびっくりしたことがある。時の政権のイデオロギーで一国単位の制度が左右されるほど、政治と行政は単純素朴にできていないことは、政治や行政の専門家なら常識だが、社会学の中にいるとこれが分からなくなるらしい。他にもコロナ禍で左派系の陰謀論(「検査数を意図的に抑制して感染者数を少なく見せかけている」など)にはまっている社会学者が何人も見られたが、これも政治や行政の複雑さが全く見えていないためである。自分が尊敬する社会学者はそうではないが、一般的な傾向としては確実にあると思う。
先日見田宗介が亡くなり、学問と文学を架橋したと賞賛されていた。それは否定するつもりは全くないけど、政治や法律をまともに勉強していない自覚のないまま社会評論を平然と行う社会学者を量産してしまった、という負の遺産も忘れてはならないだろう。